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前編

俺の名前は風神(かざかみ)輝(ひかる)ただの平凡な学生だ。成績は中の上下を行ったり来たり、これと言った特徴は無い…強いて言うなら運動神経が人並みに高く、家が道場と言う事もあり、幼少の頃から武芸をたしなみ、主に剣術…その中でも"居合い"を得意としていることくらいだ。
両親は既に他界している為、今は祖父の経営する大きな道場で暮らす。

一週間位前から俺は毎晩、不思議な夢を見ている。
それが夢に出て来た時、最初そこが何処なのか全く見当がつかなかった。
ただ異国の装束を身に纏う女性が現れ、何かを祈っているだけだった。
だが近頃になってようやく、その風景等が分かるようになってきた。

それは何処か遠い遠い異国の景色。
山紫水明、花鳥風月等の言葉が非常に良く似合う場所。
俺はもう少しその景色を見たいと思って再びベッドで惰眠を貪る。
数分後…騒がしい声と共にノックをする音が扉から聞こえる。

「お兄ちゃん、朝だよ!」
「ぐぅ…ぐぅ…」
「遅刻するよ〜」

俺の耳には何も聞こえない…これは、ただの幻聴の様だ。

「…」

ん…?静かになったな、ふぅ…よかった…よか…。

「もう!起きろ〜!」

先程まで扉の前で聞こえてた妹の声が突然部屋からする。

「え?」

俺は咄嗟の判断、シックスセンス…直感と言えば正しいのか。
瞬時に俺は腹部に振り下ろされる筈だった妹の拳を寸前で回避する。
あと一歩、俺の判断が遅ければ殺人拳と云われもある妹の拳を受けてた。

「あ、危ないだろ!」

そこに居たのは膝まで長い黒髪と琥珀色の瞳をした制服姿の少女。

「うるさい!お兄ちゃんが早く起きないからよ」
「だからって、拳を振るう必要が何処にあるんだ!」
「文句言わないの!目が覚めたでしょ?」
「あのなぁ…」

お前の拳は人を殺める事が出来るほど危険なんだ、とまでは言えない。
実際、妹の一撃はそこまで殺傷能力はないが…まぁ言葉のあやってやつだ。
ああ…自己紹介が遅れたな、こいつは俺の一つ年下で妹の風神(かざかみ)美由姫(みゆき)。兄である俺が言うのもなんだが非常にルックスの良い美少女だ。
武器を扱う俺に対し、妹は武器を使わない古武術の類を得意とする。
両親が他界してから殆ど家事全般を妹が担当している。
俺も負担をかけないように手伝っているが如何せん妹の方が仕事は早い。

「それより、ほら!もう朝食が出来てるんだよ」
「わかったわかった」

渋々ベッドから起き上がった俺はパジャマに手をかける。
そこでふと疑問が浮かんだ。

「なぁ…美由姫」
「ん?なぁに、お兄ちゃん」
「お前が居ると着替えれないんだが」
「でも…私が降りたら寝るんじゃないの?」
「俺…そんなに妹からの信用がないのか?」
「ないよ」

屈託のない笑顔で美由姫は俺に微笑む。
ちょっと傷つくぞ。

「うそうそ、降りて待ってるよ」

そのまま美由姫は俺の部屋から階段を下りて大広間に向かった。
急いで俺も学生服に着替えると美由姫のあとを追う。
ダイニングテーブルには既に三人分の朝食が用意されていた。

「おはよ」
「やっと起きて来たか」

俺が椅子に座り、その向かい側で新聞に目を通しているのは甚平を着た祖父。
名前は風神(かざかみ)耕平(こうへい)道場の師範であり俺と美由姫の師匠だ。
祖父は反則なまでに強く何度も手合わせしているが未だに勝てた試しがない。
また初代が学園の経営者と言う事もあり、祖父は学園長も務める。
続いてキッチンで後片付けを終えた美由姫が椅子に座る。

「ご飯が冷めちゃうから早く食べよう」

朝食を終えた俺と美由姫は茶碗や食器など洗って整理棚に片付ける。
祖父は一粒一粒を丁寧に味わって食べる為、箸の速度は遅い。
だがそれでいつも時間に間に合っているから不思議なんだよな。

「お兄ちゃん、早く行こうよ」
「先に行けばいいだろ」
「お兄ちゃんと一緒に登校したいの!」

いつもそうだ…美由姫は一緒に登校する為、先に支度を終えて待機してる。
美由姫の方が早起きなんだから先に行ってればいいものを…。
だが断固として美由姫は俺と一緒に学園へ行く事を譲らない。
傍から見れば仲睦まじい兄妹に見えるが、俺は美由姫の同級生の一部から以前こんな指摘を受けた事がある。

―「輝先輩と風神(かざかみ)って恋人みたいですね」―
―「わたしも思いました、美由姫とはどんな関係なんですか?」―

どんな関係と聞かれても美由姫は大切な妹だから正直に答えた。
俺と美由姫はただの兄妹であり、それ以上でもそれ以下でもない、と。

「もう…お兄ちゃん!遅刻するよ」
「わかったわかった」

靴を履いた俺は鞄を担ぎ、美由姫と一緒に学園に向かう。
その際、美由姫は俺の腕に自分の両腕を絡めて寄り添う様に歩く。
昔から美由姫はこうやって歩くのが好きで、それは今も変わらない。
だが最近になって俺は、この行為が恥ずかしい事に気付き始めた。
俺も美由姫も年頃の男女であり、何かと周囲の視線が気になるからだ。
しかし美由姫はそんな事、気にもせずに堂々と俺に密着して歩く。

「こうやって歩いていると私達…恋人同士に見えるかな?」
「さすがにそれはないだろ」

その時ぎゅぅ、と美由姫は絡めた両腕に力を込めてきた。
さいわい美由姫は手加減してくれてる為、骨が折れる心配はない。
美由姫が本気を出せば剣術で鍛えているとは言え、俺の腕は直ぐ折れる。

「(お兄ちゃんのばか)」

美由姫と歩幅を合わせながら暫らく歩くと白いワンピースにサンダル、黒い瞳に長い茶髪を後ろで束ねた妙齢の美しい女性が花に水を上げてる。

「おはよう、今日も仲が良いね」
「おはようございます」
「おはようございます」

彼女は俺と美由姫が通う学園の女医、冬馬(とうま)由希(ゆき)さん。
由希さんは俺と美由姫の従姉で昔はよく共に過ごして遊んでもらった。
彼女は一時期この町を離れてたが女医になって学園に赴任してきた。

「今日も綺麗ですね、由希姉さん」
「輝くんもお世辞が上手になったね、けど…そんな事を言ってると美由姫ちゃんに怒られるわよ?」
「え?何でそこで美由姫が…って痛い!痛いぞ、美由姫」

朝の挨拶をする俺の腕に美由姫は絡めた両腕により一層力を込めてくる。
由希姉さんと朝の挨拶をしただけなのに美由姫は今朝より機嫌が悪い。
それに俺を起こしに来た時より物凄く不機嫌だ…なんか俺、悪い事したか?
普通に由希姉さんと会話をしてるだけなのに何故機嫌が悪いのだろうか。

「早く行くよ!お兄ちゃん!」
「う、うわ…待て待て、引っ張るな」
「待たない!遅刻するでしょ!」
「だからって引っ張るな!あ…由希姉さん学園でね」
「言っておくけど学園では"先生"だよ?」
「分かってるよ」

俺は美由姫に連行される形で学園に向かう。
学園に着いた俺達は玄関で靴を履き替えて各自のクラスへ向かう。
その際、朝の稽古をする弓道部に顔を出した後、俺はクラスに向かった。
そして、クラスに挨拶をした俺は窓側に設けられた自分の席に座る。
暫らく夏の空を見上げていると朝のホームルームが始まった。

昼…俺は百個限定販売の焼きそばパンを買う為に購買へ向かう。
このパンは非常に人気があって限定の為、物の数分で無くなる。
俺は学生の間を縫う様にして購買のおばちゃんの所へ向かった。

「おばちゃん!焼そばパン!」

おばちゃんにお金を渡すと同時に俺は焼きそばパンを貰った。
ソース、紅ショウガ、青海苔等の美味しい香りが腹を唸らせる。
ほくほく、とした足取りで俺は売店をあとにしようとした。
その時、売店の人だかりの中から一人の少女が後方に突き飛ばされた。

「いったぁい…」

それは良く聞き慣れた声…視線を移せば美由姫が膝を抱え、隅っこの方で涙を滲ませて座り込んでいた。妹は短いスカートを穿いてる為、白い下着が顔を出し、太股も顕わになり、そこから美しい脚線が覗いている。
推察するに焼きそばパンを手に入れようと妹は奮闘したが敢え無く失敗したんだろう。

「大丈夫か?美由姫」
「お兄ちゃん…平気だよ、大丈夫……いたっ」

俺の手を借りて立ち上がろうとした美由姫は、その場でうずくまる。
美由姫の前に俺はしゃがみこむと妹が押さえている部分を見た。
見れば足の付け根の部分が少しだけ赤く腫れている。
恐らく突き飛ばされた際に足を軽くひねったんだろう。

「ったく…ほら」
「え…?」

俺は美由姫を保健室に連れていく為、背中を見せる。

「その足じゃ歩きにくいだろ?連れて行っていく」
「い、いいよ…こんなのすぐに治るよ」

変な美由姫だ…いつも学園に向かう時は腕を絡めてくる癖に…。

「今さら遠慮なんてするな」
「そ、そうじゃなくて…何ていうか恥ずかしい」
「授業に支障をきたす、早く乗れって…昼休みが終わるぞ」

美由姫は渋々だが少しだけ羞恥をにじませながら俺の背中におぶさる。

「お兄ちゃん、その強引な所…昔から変わらないね」
「そうか?」
「うん…」


私はお兄ちゃんの背中におぶさり、首に両腕を廻して瞳を閉じる。
そして、さらさらしたお兄ちゃんの優しい茶髪に顔をうずめる。
幼い頃こうやって何度も私は、お兄ちゃんにおぶさった事がある。
普段いい加減でどうしようもないダメな人だけど凄く心優しい。
ダメだと分かっているけど私は一人の男性としてお兄ちゃんが好き。

「(お兄ちゃんの背中って結構大きいな…肩幅も広い)」

閉じた瞳を開けた私は次にお兄ちゃんの肩を見る。
お兄ちゃんの肩幅は意外と広く毎日木刀を振ってる為か筋肉もある。
また私は家事があるから帰宅部だけど運動神経の良いお兄ちゃんは理事長である、お爺ちゃんに気付かれない程度に運動部で部活を行なってる。
妹の私が知ってるんだから理事長が知らないわけないと思うけど…。
暫らくお兄ちゃんの背中におぶさっていると保健室に着いた。

「由希先生、居ますか?」

返事がない…お兄ちゃんは戸を開けて綺麗なベッドに私を座らせてくれる。
消毒液や包帯等の保健室独特の香りが私達の鼻孔をくすぐる。

「居ないみたいだな」
「そうだね…」

その時ぐぅ〜、と私のお腹が食べ物を求める為に唸る。
私が視線を移せばお兄ちゃんの手には一日百個限定の焼きそばパン。
物欲しそうに見つめる私の視線に気付いたお兄ちゃんは困惑した。
私も好物だけど、お兄ちゃんも焼きそばパンは好物。

「食うか?」
「え…?い、いいよ…それはお兄ちゃんのだから…」

しかし言葉とは裏腹に私の、お腹は正直に再び唸りを上げる。

「俺…そんなに腹は減ってないし、美由姫にやるよ」
「い、いいの?でも…何だか悪いよ」
「って言いながら焼きそばパンを受け取ってるぞ」

お兄ちゃんの言うとおり、私は焼きそばパンを手に持ってる。
我ながら恥ずかしい…けど空腹にはどうしても勝てない。
私は焼きそばパンをシーツの上に、こぼさないよう食べる。

「ありがとう…お兄ちゃん、美味しい」
「そっか、よかったな」

お兄ちゃんは微笑みながら大きな手で私の頭を優しく撫ぜてくれた。
自分では分からないと思うけど私…今、きっと幸せな顔をしてる。
だってこんなにも大好きな人に頭を撫ぜてもらってるんだから。
でも周りから見れば私達はやっぱり仲の良い兄妹にしか見えないよね。
どうして私はお兄ちゃんの妹として、この世に生を受けたの…。
その時ツーっ、と私の頬に何かが伝わり手で拭うと、それは涙だった。

「…っ!?」
「お、おい…美由姫、どうした?」
「な、何でもないよ…」

お兄ちゃんに泣き顔を見せないよう私は顔を伏せる。

「(こんな顔…お兄ちゃんに見せられない)」


美由姫が突然泣き始めて俺は、どうしていいのか分からなくなった。
一日限定販売の焼きそばパンがそんなに美味かったのだろうか?

「ひねった足首が痛むのか?」

顔を伏せたまま美由姫は首を横に振る。
なら一体どうして美由姫は泣いているんだ?
俺があれこれ考えていると保健室の引き戸が開く。

「輝くんに美由姫ちゃん、保健室に何か用事?」

入って来たのは白衣に膝までのスカートを穿いた保健女医の由希先生だ。
由希姉さんはベッドの上で泣いている美由姫、その場に立ちつくす俺、双方を確認した後、今の状況を素早く察知して俺に向き直る。

「保健室で何をしようとしてたのかな?」
「い、いや…決して由希姉さんの考えている事は…っ」

その言葉に由希姉さんは整った美しい顔を近づけてきた。
由希姉さんからは美由姫とは、また違った大人の香りがする。

「"先生"でしょ?」
「はい…ごめんなさい」
「それで…輝くんは美由姫ちゃんに何をしたの?」
「えっ?決定事項ですか?由希先生」
「質問してるのは先生です」

由希姉さんは見事に私生活と学園生活を使い分けている。
今朝、挨拶をした由希姉さんとは全く別人だ。
俺は由希姉さんから疑いを晴らす為、全てを話し始める。

「…そう言う事だったのね」
「だから決してやましい事はしてません」
「わかったわ、輝くんを信じます」

由希姉さんは美由姫の足首の手当てをしながら俺の話を聞いてくれた。
何とか由希姉さんに疑いを晴らす事が出来た俺は時計を見る。
丁度その時、昼休み終了の予鈴が鳴り、午後の授業が始まる。

「はい、美由姫ちゃん、これで大丈夫よ」
「ありがとうございます、由希先生」
「焼きそばパンもいいけど怪我をしないようにね?」
「はい」

自分の教室に向かう為、美由姫は足首に気を配りながら立ち上がる。
美由姫はよろよろ、とした足取りで保健室をあとにした。
次の瞬間ぱこっ、と後頭部に軽い痛みが走る。
振り向けば教材を丸めた由希姉さんが腕を組んでいた。

「輝くん、美由姫ちゃんを見て何も感じない?」

由希姉さんに言われ、保健室をあとにした美由姫を見る。
美由姫は壁に手をを添えながら、ゆっくりと歩いている。
納得した俺は美由姫に駆け寄ると登下校時にするよう腕を貸す。
美由姫は少し照れた顔をしたがすぐに両腕を絡めてきた。
数分後、美由姫の教室に着いた俺は教員に事情を話した後、自分の教室に向かった。
丁度、保健授業だった為、由希姉さんは何も言わず席に促してくれた。
ただ例外なのは出席簿の欄に『遅刻』と由希姉さんが書いたことぐらいだ。
席に戻った俺は顎に手を当て、午後の授業を聞きながら夏の空を見上げてた。

放課後…帰りのホームルームが終わり、皆が帰り支度をしている。
俺はカバンを担ぎ、教室に残る皆に挨拶をした後、弓道部に顔を出す。
弓道部の稽古場では朝と同じく後輩の清水(しみず)優奈(ゆうな)ちゃんが真剣な表情で弓の弦を引き絞り、黒い瞳は正面の的を真っすぐ見据えている。
小さいながらも綺麗に整った顔立ち、緩やかに流れる長い茶髪を白いリボンで束ね、弓道着姿の優奈ちゃんは何処か神々しい。
ひゅんっ、と風を切る優奈ちゃんの矢が引き絞った弓の弦から放たれる。
見事に放たれた矢が乾いた様な軽快な音を出して的の中央に突き刺さる。

「あ!輝先輩!」

俺の視線に気付いた優奈ちゃんは先程とは全く違う可愛い表情をしながら駆け足でこちらに歩み寄って来た。

「美由姫ちゃんから伝言です」
「やぁ優奈ちゃん、美由姫からどんな伝言?」
「ありがとう嬉しかった、そう伝えてほしいって」
「そっか…でも何で優奈ちゃんに伝言を頼むんだろうな」
「きっと美由姫ちゃん、恥ずかしいのだと思います」
「そうなのかな?」
「そうですよ」

朗らかに微笑んだ優奈ちゃんは再び矢を放つ既定位置に戻った。
一呼吸入れた優奈ちゃんは弦に矢を番えて弦を思いっきり引き絞った。
ひゅんっ、と風を切る優奈ちゃんの放った矢は見事中央に命中する。
優奈ちゃんは、その繰り返しを何度も行ない、俺は静かに弓道場を離れた。
俺は剣道部に一応入っているが殆ど幽霊部員の為、顔を出す機会も少ない。
暫らく考えに耽った俺は柔剣道場に向かわず帰路に着いた。

家に着いた俺は早速、日課の抜刀術五百回の素振りを行う為に庭へ向かう。
この庭は池を中心に土地の起伏を生かし、庭石を築き草木等を植えている。
さながら日本庭園の様な美しい景色が、この道場の庭に広がっている。
真剣を使用するわけにいかない為、俺は木刀を使って抜刀術の素振りをする。
だが実際は真剣で行なう際、片手で刀を振れるほど腕力・筋力が必要になる。
しかし、だからと言って体力が無ければ長時間の間、刀を振る事が出来ない。
夏の夕方、五百回の素振りを終えると、そこらじゅうから汗が噴き出てきた。

「夏はやっぱ暑いな…シャワーを浴びるか」

俺は二階に上がり、木刀を片づけると下りて脱衣所に向かう。
そこにはバスタオルを身体に巻いただけの美由姫の姿があった。
スラリとした肢体、括れた腰回り、透き通る様な瑞々しい人肌、成長を続ける胸の膨らみ…美由姫は丁度、白い下着を脱いで洗濯の籠に入れる途中だった。
茫然とたたずむ美由姫…数秒の沈黙の後に美由姫が先に口を開いた。

「お兄ちゃんのエッチ〜っ!」
「ま、まて…不可抗力だ」
「問答無用!スケベ!」

ピンクのバスタオルを巻いた美由姫は一瞬で間合いを詰める。
最後に見たのは左足を軸に細くしっかりした美由姫の右脚から放たれた烈火の如く力強い豪撃の蹴りが俺の腹部を直撃した所までだった。

「(よかった、足首のねん挫…治ったみたいだな)」

美由姫の蹴りを受けた俺の意識は、そのままシャットダウン。
次に意識が回復したのは夕食の準備をする美由姫の姿。
美由姫は脱衣所の事は忘れ、ご飯の用意をしていた。
夕食を食べた後、風呂に入って夢の続きを見る為、俺は一足早く寝た。

またあの夢だ、異国の装束を纏う美しい女性が月に照らされた泉の中にいる。
今宵は満月…月明かりの下、薄手の白い衣服を着衣したまま清らかな泉の水で身体を清め、夜空を見上げる姿は何処か美しい。

―「風神輝か?」―
―「…っ!?」―

夢の中…だよな?何故、俺の存在に気付く事が出来るんだ?

―「それはな…」―
―「…っ!?」―

声の主はまるで俺の考えを見透かしたように口を開く。

―「妾(わらわ)とお主の意識を同調させたのじゃ」―
―「同調…シンクロしたって事?」―
―「"しんくろ"とは一体何じゃ?」―
―「…」―
―「兎に角、妾の声が聞こえるのなら問題ない」―

夜空を見上げる女性は俺に向き直った。
白い薄手の生地は水を含んでいる為、遠目でも若干肌が透き通って見える。

―「さて…妾は此処より別の時空から神通力『次元を紡ぐ力』を使っておるのじゃ」―
―「別の次元?」―
―「うむ…言うなれば『異界』と言った方がしっくりくるかの」―

異界ね…そんな夢物語のような出来事が実際にあるのだろうか。
それ以前に『神通力』って極一般の人間が簡単に使える様なものじゃない。
と言う事は人間以外…仮に扱えたとして次元を超えてまで使えるのか?

―「半分が正解で半分が間違いじゃ」―
―「そうなのか?」―
―「うむ…妾の世界の者達は妾達の事を『魔物』と呼んでいる」―
―「魔物?」―
―「そうじゃ」―

俺は魔物とは何なのかと言う事を聞いた…簡単にまとめると。
彼女が説明するに魔王が世代交代した為、例外を除いて魔物は基本的に人間の女性の姿をし、そのほぼ全てが牝であり、牡は確認されて無いらしい。
また基本的な世界の成り立ちは俺の住む世界と同じだが彼女の居るパラレルワールドには人間や動物の他に魔族や神族など様々な種族が多数住み、剣と魔法に支配され、全ての生きる者達は神族によって生み出されたとされている。

―「お主は妾達の世界に導かれたのじゃ」―
―「そうなのか?」―
―「うむ…そうでなければ、こうして話す事も出来ないじゃろ?」―
―「そう言われればそうだが…」―

未だに俺の中では半信半疑だ…魔物とか魔法とか絵空事と言われて素直に「はい、そうですか」と言って納得できるわけない…これは夢の中だぞ。
朝起きてみたら"これは夢でした"何て事があるかもしれない。
だが現に俺は別の世界の住民と、こうやって普通に会話をしてる。

―「信じられないのも無理ないが事実じゃ」―

夢の中の女性と意識を同調している為、俺の考えている事は筒抜けだ。

―「信じられないか…ならばこうしよう」―
―「何をする気だ?」―
―「別に変なことではない」―

女性は顎に手をやって考えた後、口を開いた。

―「お主…明日は学園を休め、拒否は許さぬ」―
―「なんでそうなる!?」―
―「毎日に退屈しておるのじゃろ?」―
―「う…」―

彼女は俺の思考を読み取り反論できない言葉を言う。
そう言われると確かに、その通りだが…。

―「無理だ、祖父は俺達が通学した後に出るんだ」―
―「ならば明日の早朝だ」―

有無を言わさず彼女は強制的に決定させた。

―「明日の早朝、庭の池に来るのじゃ」―
―「俺…朝は弱いんだよ」―
―「気にするでない、妾がお主を起こしてやる」―

うんうん、と頷く彼女は俺が考えてた人物像と全く違う。

―「では明日の朝は早い、今宵はゆっくり休め」―

彼女の声は霧に包まれた様に消えた。

早朝…何故か俺は不思議と目が覚めた。彼女の力だろうか?
ワイシャツとズボンに着替えた俺はスニーカーを履き、言われた通り庭の池に来た。

「(蒼い月?)」

すると池に見えるのは普通の月ではなく蒼い月。
俺は夏の朝空を見上げる…そこにあるのは昇り始めたいつも見る太陽。
しかし再び視線を池に移せば、そこにあるのはどう見ても太陽じゃない。
その時、不意に地震が起こり俺は片膝を立ててうずくまる。

「(何だ…地震!?)」

だが普通の地震じゃない…例えるなら次元が裂ける様な地響き。
辺りを見渡せば道場には何の被害もない…"ここ"だけ地震が起きてる。

「(な、何だ…うわぁああっ)」

光に包まれた俺はそのまま意識を失った。

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10/09/12 23:34 蒼穹の翼

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