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中編

最初に俺が目にしたのは開拓のあまり進んでいない草原。
地面は短い草に覆われ、他にも一メートルを超えるススキ等がある。
また数キロ離れた先には山のようなシルエットが浮かび上がってる。

「此処は何処だ…?」

辺りを見渡しても周囲に人影の様な姿はない。
俺は視力が良い方だからこれだけ広ければ誰かが居てもすぐに肉眼で捉える事が出来る。

「俺はどうしたんだっけ?」

光に包まれた後、不思議な感覚が流れ込んで来たのは覚えてる。
そう言えば、この景色は夢に出てきた景色と若干異なるが似ている。

「まさかな…」

俺は"絶対にあり得ない"と思って草原に横たわる。
これは夢だ…きっと悪い夢に違いない、もう一度目を覚まそう。
俺は目を覚ますべく為、再び瞳を瞑って眠りに付く。

数分後、けたたましい声に俺は瞳を見開く…きっと美由姫だ。
だがそこに居たのは全く似ても似つかない三人組の男だ。
一人は背が高く一人は背が低く一人は中間あたりの背丈がある。
彼等は侍が好んで着る古風な服装…まるで戦国時代に居る様だ。

「おい、お前」
「何だよ」

人が折角、夢から目覚めようとしているのに邪魔しやがって。
半身を起こした俺は一人のリーダー格の様な男を見る。

「妙な格好をしているな」
「してるな」
「へへっ」

一人はドスのきいた声、一人は低い声、一人は普通?
どうでもいいけど…こいつら鬱陶しい、何が「へへっ」だ。

「あんたらには関係ない」
「関係、大ありなんだな」
「なんだな」
「へへっ」

このチビは「へへっ」しか言えないのか?
一番背が高い奴もリーダー格の最後の語尾だけか?
夢にしては上出来だ…こんなにもリアルに再現できるなんてな。

「身ぐるみを全て置いてけ」
「置いてけ」
「へへっ」

いつの時代の言葉だよ…身ぐるみってようは俺が着ている服の事だろ。
前言撤回、まさしくこれは世が乱れている戦乱の夢だな…良く出来てるな。
これで断ればどうなるか…簡単だ、殺された後に身ぐるみを剥がされる。
そこで「はい、どうぞ」と素直に俺が従って渡すわけないだろ。

「嫌だね、お断りだ」
「断る…?」
「素直に聞いてくれないか?」
「へぇ…そこの背が高い奴も話す事が出来るんだな」
「こいつ…今の状況が分かってるのか?」
「おーおー、そこのチビも話せたんだな、こりゃ失敬」
「ち、ち、チビ!?この餓鬼が!」
「待ちな」

リーダー格の男が今にも俺に飛び掛かりそうなチビを制止する。

「今の現状を理解していないのか?こっちは三人、お前は一人だぞ?」

男は腕を組んで不敵に笑う。

「だから?」
「丸腰のお前には何もできないって事だ」
「大人しくするんだな」
「あっしを侮辱した事を後悔しろ!」

三人組はそれぞれ腰に携えた刀を抜くと刃が不気味に光る。
構えも何もあったものじゃないが確かにそこには殺気がある。
だがいくら殺気があるとはいえ、使い手がこれでは刀が可哀そうだ。
しかし油断は出来ない…夢の中とはいえ、斬られればかなり痛いだろう。
俺は三人組に注意しつつ刀の代わりになるものを探し始めた。
刀の代替物なら何でもいい…こいつ等の言うとおり今の俺は丸腰だ。

「(何か無いのか?)」

いくら周囲を捜しても此処は広い草原…武器なんてあるわけない。

「(こんな事になるなら木刀か居合刀を持ってくるんだった…)」

俺は剣撃の軌道を先読みしながら数少ない動作で回避に専念してる。
三人組もいい加減焦れて来たらしくリーダー格の男が二人に合図を送る。

「…っ!?」
「悪いな餓鬼」
「あっし達は野盗だ」

すると回避に専念しすぎた所為か、はたまた周囲の確認を怠った所為か…いずれにしても俺の不注意が招いた結果、二人組の男にうつ伏せにされた。

「これが女なら散々犯した後、身ぐるみを剥いで売りさばくんだがな」
「お前ら……もとは何処かに仕えていた身だろ!義はどうした!?」
「そんなもの…とうの昔に捨てた」
「悪く思うな、恨むのなら野盗に出遭った自分の不運を恨め」

俺に筋力や腕力があるとは言え、大人二人に上から全体重を乗っけられ、更に両腕を拘束されていれば身動きが一切も取れない。
振り下ろされる刃…もう駄目かと思ったその時、透き通った懐かしい高い声がする。

「待ちなさい!」

振り下ろされるはずだった刃は寸前の所で止まる。
この透き通るような高い声を俺が聞き間違える筈が無い。
僅かに顔を上げた先に居たのは太股を半分まで覆う黒いニーソックス、紺色の短いスカートを穿いたルックスの良い少女が仁王立ちしていた。

「お、お前…」
「もう…お兄ちゃん、捜したよ」

そこに居たのは琥珀色の瞳、膝まで長い黒髪を束ねた妹の美由姫。
俺は自分の目を疑った、どうして美由姫がこの世界に居るんだ。
そもそもどうやって美由姫は、この世界に来たんだ?人違いだろうか?
いや、人違いじゃない…あの少女は少し乱暴者だけど歴とした俺の妹だ。

「女が居るじゃねか」

リーダー格の男は下品な笑いを浮かべて美由姫に近寄っていく。

「(あいつ…本当に武士だったのか?あの笑い…)」

あいつの素性は兎も角、美由姫の安否が心配だ。
いくら幼少の頃から共に武芸を学んできたとは言え、美由姫は女の子だ。
もし仮に複数の"山賊"に捕まってしまえば非常に美由姫の安否は危険だ。

「おい!チビとノッポ、離せ!!」
「ノッポじゃない」
「あっしもチビじゃねぇ」
「ぐっ」

俺は地面に這いつくばらされたまま頭を押さえ付けられた。

「あの女をヤった後、俺様がお前を消す」

リーダー格の男は捨て台詞を残していった。

「み、美由姫……」


お兄ちゃんから私の許に少しずつ歩み寄ってくる一人の野盗。
右手には定期的なメンテナンスを行なわず使い続けた一振りの太刀。
未だ切れ味が劣らない不気味に光る刀身以外は相当ぼろぼろになってる。
油断なく徒手空拳の構えで歩み寄ってくる野盗に私は注意する。
私はお兄ちゃんの様に武器を扱わない古武術の類を幼い頃から習っていた。
その為、お兄ちゃんの様に何もない場所でも私は対応できる。
けど徒手空拳には欠点があり、ある一定の範囲まで間合いを詰めなければ相手に一撃を与える事が出来ない。私は普通の娘より鍛えているけど、どんなに腕力や筋力が普通の女子よりあっても所詮は女の力…私の細腕で、もし両腕を固定されてしまえば恐怖と言う名の鎖に縛られて何もできなくなる非力な存在。

「あなたがリーダーね」
「そうだぜ、嬢ちゃん」
「あなたを倒す」
「いいぜ、俺様は女子供問わず手加減しないからな」
「上等よ!あなたこそ女だと思って油断しないことね!」

言うや否や私は問答無用で相手の腹部に渾身の蹴りを放った。
"この世界"に来る前、お兄ちゃんに放った蹴りじゃない。
人を殺める事が出来るほど強力で危険な蹴りを野盗にお見舞いする。

「うげっ」

私の放った渾身の一撃は見事、野盗の腹部に直撃する。
そのまま野盗は大きく吹き飛ばされて草原の地に倒れ込む。
私は油断せず周囲に気を配りながら構えを取り続ける。
"この世界"は私達の暮らしていた世界と恐らく全く違う。
少しの油断が大惨事を招く結果になるほど混迷した世界。

「あ、あにき!」
「大丈夫か」

お兄ちゃんを束縛していた残りの野盗はリーダー格に男に近寄る。

「ひぃ!泡を吹いてる」

二人の野盗は私が吹き飛ばした男を肩に担ごうとした。

「このまま俺が行かせると思ってるのか?」

お兄ちゃんの手にはいつ手にしたのか分からない鈍らの刀がある。
つい先程、弱々しい気配は既になく剣士としての気配が周囲に漂っている。
熟練した者ならお兄ちゃんの周囲に漂う空気が普通じゃないのが分かる。
でも相手は野盗二人組"刀を持って強気になった人間"としか頭にないと思う。

「何のつもりだ?」
「見れば分かるだろ?」
「こっちは二人だ」
「だからなに?俺が怖い?」

比較的多い挑発に乗った二人の野盗はお兄ちゃんに斬りかかった。
お兄ちゃんはそれを少ない動作で回避し、刀で相手の得物を弾く。
ただの野盗じゃ、お兄ちゃんに一太刀すら浴びせる事は出来るわけない。
達人と誉れ高いお爺ちゃんからお兄ちゃんは一本も取った事が無いんだから。
それにお兄ちゃんの目には恐らく相手の動きが完全に見えてる。
ほどなく息切れを起こした野盗、それに対してお兄ちゃんは全く乱れてない。

「て、てめぇ……ぜぇぜぇ」
「もう疲れたのか?」

当たり前だ、無駄の多い動きばかりしてれば体力はすぐに削れる。
対してお兄ちゃんは殆ど、その場から動かず弾き続けて回避してる。
改めて見ると、お兄ちゃんって刀を持つと全くの別人になる。

「悪いな」

言うや否や神速の速さで野盗二人組の腹部に刀の峯を叩き込んだ。
非常に体力が消耗した二人組は反応が完全に遅れて直撃を受ける。
そのまま私が吹き飛ばしたリーダー格の男に倒れ込む。

「終わり」
「まだ分からないよ」


美由姫に注意され、完全に伸びきったことを確認した俺は構えを解く。
色々美由姫には聞きたいことが山ほどあるが今は現状をどうするかだ。
野宿とは言っても此処に来る前、野宿用の道具等を用意してない。
そもそも此処が何処なのかも分からない為、どうしようもない。

「とりあえず人里を捜そう」
「うん、此処に居ても何も解決しないもん」

人里を捜す為、暫らく草原を歩いていると小さな村が見えてきた。
村に着いて俺達を最初に出迎えたのは殺気の籠った村の住人達の視線。
彼等は草を刈る時に使う鎌や農具等を手に持ち、俺達を睨んでいた。

「誰だ!」
「この村に何の用だ!」

彼等は歴史で勉強した弥生時代の様な服装をしている。
殺気立って居るのは恐らく…いや十中八九、俺達が原因だな。
暫らくすると長い黒髪を束ねた女性が騒ぎを聞きつけてやって来た。

「何事ですか」

凛とした美声…村の奥から現れたのは古代巫女装束を纏う美しい女性だ。
彼女の胸元から覗く煽情的な乳房に俺は自然と眼がクギ付けになってしまう。
それを素早く察知した美由姫が力いっぱい俺をつねり上げた。

「(いっ!?)」

彼女の手には、華奢な身体に不釣り合いなほど大きな薙刀がある。
薙刀は武器の中でも扱うのが非常に難しいと言われている。
あれ?けど、この女性と最近、何処かで会った様な気がする。

「もしや…救世主殿か!?」
「え?うわっ」

突然、初対面である筈の俺に女性は躊躇なく抱きついてきた。
改めて顔を近くで見ると吸い込まれそうな黒い瞳と整った顔立ちをしてる。

「(うわわっ…む、胸が当たってる!?)」
「お主を待っておったのじゃぞ」

そこで俺は気付く…え?待っていた?どう言う事だ。
それに、この口調どこかで…そうだ!思い出した。

「もしかして夢枕にいた女性なのか?」
「なんじゃ気付いておらんかったのか?」

女性はすぐに離れると夢の中に出た時の姿になる。

「え?じゃあ、本当に此処…いや、この世界は…」
「お主の察す通り"異界"じゃ」

それから俺は改めて夢の中では語られなかった"この世界"の歴史等を聞いた。
殆ど夢の中で聞いた内容と同じだが、あの時より更に鮮明に教えてもらった。
この世界には"光の教団"と言う宗教団体があり、彼等は神の定めた古来の定義『魔物は悪である』を理念に掲げ、この世界で暮らす彼女達を駆逐してる。
また教団は彼女達と共に生きる道を選んだ小国や隣国、村や人、同じ教団だった者達も神の名の下に正義の鉄槌・正義の裁き等を容赦無く与えている。
と、この世界の現状や歴史等を挙げると区切りが無くなる為ここで終わろう。

「つまり大陸を渡って来た教団の侵攻を受けているのか?」
「うむ、そして城の若き領主…妾の愛する婿殿が囚われの身になった」

彼女が説明するに、この"ジパング"と言う島国は古来より人と魔が共に歩み寄ってきた特殊な土地であり、魔物が人間の隣人として扱われている。
その為、一方的に"彼女達"が悪と決めつけられているわけじゃない。
しかし、親魔物派である唯一の港町が教団の侵攻を受けて支配された。
現在、港町は教団の領土となっている為、親魔物派の住人は隠れ里に避難し、彼女達と一緒に身を潜めて虎視眈々と反撃の機会を窺っていると言う。
だが教団の勢力が思っていたよりも強く中々動けないのが現状みたいだ。

「彼奴等は越後城を掌握して勢力を拡大しているのじゃ」
「越後城ね…」

そこでふと疑問が浮かび上がった。今、彼女…越後城って言ったよな?
越後城と言えば確か『越後の蒼龍』の領土じゃないか…他にも『甲斐の白虎』『奥羽の朱雀』『出雲の玄武』と言う不思議な異名がある。その中でも力があったのは確か『出雲の玄武』で、そこに女王の倭姫(やまとひめ)が統治する邪馬台国を中心とした小さな連合国が多数ある。
あれ?でも変じゃないか…邪馬台国と言えば確か丁度、稲作が始まって金属器等を扱い、農耕が発達するに伴って村の中では貧富の差が生じ、次第に人々を指導する有力者が生まれてくる時代だ。そして人口が増加してくれば農地を拡大する為、自然とより多くの収穫物を得ようとする動きが出てくる。更に、より良い土地を獲得しようと倉庫に貯蓄された余剰作物をめぐって村同士が頻発に激突する様になった時代でもある。

しかし"此処の地方"はどちらかと言えば群雄割拠する戦国時代の様な風景だ。
先程、俺は侍が好んで着る様な古風な服装をした賊をこの目でしかと見た。
あれは恐らく元は何処かに仕えていたはずの下級武士だ。
だが城が落とされた事により主を失ってしまい、生きる目標を失った哀れな武士達が生きる為に盗賊や山賊等になってしまったのだろう。

話を戻そう…つまり俺達の世界の言葉で表すなら九州や四国等は"邪馬台国を中心とした古代文明の時代"であり、中部や東北等は"戦乱の世を中心とした中世の時代"言う事になる。
だが全て同じと言う事では無く所々に僅かだが微妙な歪みが生じている。
これが俺達の世界と全く似て非なる存在…『パラレルワールド』と言う世界。
幻想や夢幻では無い…俺は異界に居ると言う事を改めて自覚した。

「ならこれからどうする?」
「問題はそこじゃ」

彼女が説明するに教団の勢力は破竹の勢いで越後城を中心に近隣国を支配下に置いている。そして支配下に置かれた小国や大国等で暮らす魔物娘は教団の勢力が届かぬ場所で再起を図る為、逃亡生活を余儀なくされてしまった。
だが衰える所を知らない教団の勢いは益々激化していき、ついに彼女達の最後の砦である『龍神ヶ丘』にまで勢力の手が伸びてきてしまった。

此処で『龍神ヶ丘』について彼女から聞いた事を簡単に説明しよう。
『龍神ヶ丘』とは遥か昔、天から舞い降りた龍の神が創ったとされる鉄壁の守護を誇る天然の要塞であり、護る事において一番に真価を発揮する。
美由姫はどうか分からないが俺は丁度、『龍神ヶ丘』の麓の草原に送り込まれたみたいだ。

「数カ月前に連合国である甲斐城と奥羽城の領主に文(ふみ)を送ったのじゃが双方どちらとも教団の侵攻を受けている為、援軍に駆け付けれないのじゃ」
「成程…その二つの国境に位置する場所に教団は陣営を構えているって事か」
「うむ…しかし、いつまでも此処に籠っていては兵達にも限界が来る」
「そうだな…それに、いつ教団が強行手段を取ってくるか分からない」
「うむ…じゃが、越後城が支配下に置かれた以上、妾ではどうする事も出来ないのじゃ」

成す術無しとはまさにこの事…だが戦に疎い俺ではどうする事も出来ない。
俺の力が及ぶ限り出来る事は、その越後城に潜入して領主を助け出す事だ。
彼女に仕える者達の話を聞く限り越後城には未だ多くの兵達が待機している。
しかし領主である主君が人質に囚われている以上、家臣達には何もできない。
そこである一定の人数が越後城に行軍して領主の身柄を確保すれば或いは…。

「(彼女は此処の指揮官だから無理…となると俺か美由姫が行くしかない)」
「お兄ちゃん…」
「一つ…提案がある」

戦術や戦略等に疎い俺は自分が出来る最大限の案を出した。
これが吉と出るか凶と出るか今はまだ分からない。
何故ならこれは初めて他人と自分の命を賭けた一世一代の大勝負だから。

俺は今、馬に跨り、樹木の多く生えた山を颯爽と疾駆している。
その周囲では彼女が厳選した四人の精鋭が辺りに気を配りながら"自分の脚"で走っている。
精鋭は皆、覆面で顔を隠し、動きやすさを重視した肌の露出が多い忍装束を身に纏っている。
彼女等は戦国時代、殆ど表舞台に姿を現さなかった影の暗躍者クノ一部隊だ。

「救世主殿、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ」
「では少し馬を休ませましょうか?」
「ん、そうするか」

俺が手綱を引くと馬は大人しくなり難なく下馬する事が出来た。
クノ一部隊は円陣を組むと周囲に気を配り始める。
森の中とは言え教団の侵攻を受けている為、何処に誰が居るか分からない。
常に辺りを警戒していなければ、それはその人間の命取りとなる。

「俺の居た世界と全く違うんだな」

独り言のように呟いた俺の言葉にクノ一が一人ずつ相槌を打ってきた。

「救世主殿の世界は違うのですか?」
「人々の争いの種は消えないが身近な所でこんなに神経を張り詰めないな」
「では救世主殿の居た世界はどんな所ですか?」
「そうだな…」

俺は自分の居た世界の事を彼女等に語り始めた。
世界の事、学園の事、乗り物の事など昔を懐かしむ様に話す。

「救世主殿は、その…元の世界に帰りたいですか?」
「どうだろう…毎日の刺激が少なくて退屈してるからな」
「でしたら私達の世界にずっと居てくれませんか?」
「えっ?」

不意の告白に俺は逆に聞き返してしまった。

「この後も千代姫(ちよめ)様と蒼緋(そうひ)様を支えてほしいのです」
「考えておく…それよか質問がある」
「何でしょう?」
「千代姫(ちよめ)様と蒼緋(そうひ)様って誰?」
「これは失礼しました」

恭しくかしこまるクノ一部隊は千代姫と蒼緋について語ってくれた。
千代姫は俺をこの世界に呼び寄せた"九尾の巫女"であり、クノ一部隊を束ねる統領でもある。
彼女は戦災孤児や捨て子となった少女を保護し、呪術や忍術、護身術の他に相手方が男性時、色香を使って惑わして情報を得る方法など色々と教えた人物。
蒼緋とは千代姫の夫で今は人質となった越後城の若き領主。
二人の出会いは必然的なもので不思議と魂が惹かれあったらしい。

俺は再び馬に跨り、手綱を持ち、クノ一部隊と越後城に向かう。
越後城に向かう途中、俺は『龍神ヶ丘』に残した美由姫の事を考えてた。
当初、美由姫は俺がクノ一部隊と共に城へ行く事に猛反対した。
理由はクノ一部隊に俺を任せられないと言う変な理屈だった。
更にクノ一の服装を見た瞬間、美由姫の機嫌も悪くなった。

―「肌の露出が多いよ」―
―「これはこのような服装なのです」―
―「嘘、お兄ちゃんを惑わそうとしてるんでしょ」―
―「滅相もありません、救世主殿を惑わそうなど…」―

追及されたクノ一部隊は、どうしていいのか分からない様子だった。
そして納得のいかない美由姫を何とか宥めた俺はクノ一部隊に頭を下げた。

―「救世主殿、頭を上げてください」―
―「い、いや…しかしだな」―
―「私達は気にしておりません…どうか」―

そして今に至る。美由姫…ちゃんと自分の仕事を真っ当してろよ…。
俺は『龍神ヶ丘』に残してきた美由姫に不安を抱えながらも馬を走らす。
美由姫の事も心配だが今、俺がやるべき事は一つ…領主を助け出す事だ。
これで蒼緋さんを助け出す事が出来れば起死回生の逆転となるかもしれない。
それに俺は城へ向かう際、千代姫さんから"あるモノ"を受け取った。
この戦…絶対に負けられない、所謂これが俺の初陣と言う事になる。

私は『龍神ヶ丘』千代姫邸の一室で多くのクノ一部隊を統率する千代姫様の警護をする為、お兄ちゃんに留守番を頼まれた。別に千代姫様の警護をする事が嫌なわけじゃない…。

「まだ納得がいかぬのか?」
「当たり前よ」
「じゃが、お主が心配する様な事はないと思うがの…」

それは妹の私自身が一番に理解している…でもお兄ちゃんが他の女性と一緒に居るって考えると居ても立っても居られなくなる。
それを見透かしたように千代姫様は私に向かって訪ねて来た。

「お主…救世主殿に好意を抱いてるじゃろ?」
「…っ!?そんな事無い!私はお兄ちゃんの妹よ!」

確信をつかれた私は否定した。

「では救世主殿が他の娘と夫婦(めおと)になったらどうするつもりじゃ?」
「それは…」
「お主の兄はいつかお主の前から居なくなってしまうのじゃぞ?」
「分かってる…分かってるけど、どうしようもないでしょ!」

今まで秘めていた自分の感情をむき出しにして私は喰って掛かる。

「私は妹だもん…ずっとお兄ちゃんの傍に居られるわけじゃない…いつかはお兄ちゃんだって他の女の人の所へ行って私の前から居なくなっちゃう事くらい分かるもん…」
「それでは今一度聞く…お主は兄である救世主殿の事をどう思ってる?」

千代姫様は赤子をあやす様に私を包み込み、私の気持ちを訪ねて来た。

「私はお兄ちゃんが好き…例え兄妹でも私はお兄ちゃんと結ばれたい」
「そうか…それでは妾の閨(ねや)に向かうとしよう」
「そこで何をするの?」
「お主が最愛の兄と結ばれる為の儀式を執り行うのじゃ」
「でも『龍神ヶ丘』は?」
「案ずる事はない」

千代姫様はそう言うとクノ一部隊にそれぞれ指示を出す。
クノ一部隊は、それを了承して自分達の任務につく。
そして閨に案内された私は布団に優しく寝かせられる。

「儀式の前にお主に妾の本当の姿を見せよう」

すると千代姫様は瞬く間に変化し、尾てい骨からは先程まで無かった筈の九つの尾が生え、頭の上に狐の耳が生えた人外の美しい姿になる。
私は千代姫様に身を委ね、お兄ちゃんと結ばれる為の儀式を行なった。

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10/09/12 23:34 蒼穹の翼

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