連載小説
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3-3 行ってらっしゃい
 キャスの手にはたった今青白い炎の中から出でた6本のシオンの花が優しく握られていた。
 トレアとミラの2人は、彼の言った言葉の端々に違和感を感じていた。
「『昔馴染み』とは、まだ年端もいかないキャスが何を…」
「彼らはあなたより幼い時に亡くなったの?」
「…そうだね…今僕がこうして生きてるんだから、そうなるよ…」
 キャスがそう言うと、トレアは腕を組んだ。
「含んだ言い方だな?」
「話してくれる?」
「…長くなるよ?」
「いいわ」
「ああ、話を聞くくらいの時間はある」
「そう」

    −−−−−キャスの回想−−−−−

 僕は同い年と四つ下の幼馴染がいた。ヘンリー、ナタル、コレン、アダムス、アンリ、そしてこの僕がいつも一緒にいるメンバーだった。
 ヘンリーはどちらかと言うと冷静で優しく、リーダー的な存在だった。ヘンリーとナタルは兄妹で、ナタルは四つ下になる。ヘンリーと同じく優しい性格で、花が好きな子だった。
 コレンは気が弱い男の子で、小柄でメガネをかけていた。だが、両親が元冒険者で親譲りの知識と好奇心を持っていた。
 アダムスは大柄で、ガキ大将という言葉がぴったりだ。力が強くて男気にもあふれたが、戦士主義者ぶりが目立った。
 アンリは男勝りでアダムスと喧嘩であることができる唯一の女の子だった。だが、気立てもよく、しっかりした女の子だった。
 僕はといえば、彼らに外に連れ出してもらわないと家の中で魔術書しか読んでないような子供だった。親は僕が生まれてすぐに亡くなり、みんなの親が僕の親代わりだった。
 アダムスは魔術師になりたいと言った僕と喧嘩になったこともあって、アンリが仲裁をしてくれていた。でも男の子たちは戦士や冒険家をよしとする町の空気に飲まれていた。
 それでも僕たちはうまくやっていた。
 それにアダムスも少しだけ理解を示してくれた。
「よし、おめぇがほんとに魔術師になったら、俺たちをおめぇの魔術で一緒にこの辺の空を飛びまわろうぜ?そんで、みんなで町の外に冒険に出んだ。いろんなもん見て回って、いろんなもん食って、いろんな人に会ってよ」
 みんな楽しそうに話をしていた。僕たち6人はそんな約束をして、過ぎる日々を過ごしていった。
 僕たちはいつの間にかもう15の年も終えようとしていた。僕はみんな何も変わってなんていない、そんな甘い考えでいつもを生きていた。

 僕はある日、ある所へ行った。長い休みで、みんなの親にも内緒で。そして休みが終わる頃僕は戻ってきた、大きな魔力と術を身につけて。
 ただ、戻ってきた途端に僕はそのことでみんなから責められた。確かに、黙って出て行った僕が悪い。そのことで怒ってくれたアンリとナタルにはすまないと思った。でも問題はそのあとだった。
「魔術師になんかなってどうなるっていうんだ!」
「そうだよ、冒険家や戦士が一番なんだ」
「2人とも…でも、キャス、僕は魔術師を否定するわけじゃないよ、でも君がこの町で受け入れられるかどうかは…」
 アダムス、コレン、ヘンリーは僕が魔術師になったことを怒った。
 ただみんなに喜んでもらいたかった、これからもっとみんなで楽しく暮らせる、そう思っていたのに。
 みんなに約束の事を話した。でも、帰ってきたのは。
「そんなもん、いつの話してんだよ。できるわけないだろ、そんなこと」
「キャス、もっと現実を見なくちゃ…」
 僕は僕が否定されているような気がして堪らなくなった。カッとなった僕は、みんなを酷く傷つけることを言ってしまった気がする。どうなにを言ったかは覚えていない。僕はその場から走って逃げて、その途中で頬を何かが伝う感覚を今も覚えている。
 それから僕は元自分の家だったあの小屋に閉じこもった。
 そこから僕は魔術の研究に没頭した。外界から、俗世から、すべてから僕は僕を切り離した。ただ僕がしたかった魔術の研究を僕はひたすら続けた。

    −−−−−−−−−−−−−−−

「そしてある日、僕は気まぐれから外界に出てみた。…辺りはすっかり変わっていたよ。整備されていた道は荒廃して、知っている顔は一人もいなくなっていた。僕が5人はもうこの世にいないことを知ったのはそれから数日後だった…」
 そういうとキャスは5人の墓前にシオンの花を1輪ずつ置いていった。
「キャス…お前は一体…」
 そう訊くトレアに、ナタルの墓前に花を置き終えて振り返った。
「僕はついさっき、また身をもって知ったんだ。彼に会って、君に怒鳴られ、そしてこれを見て…」
「これは?」
 キャスの差し出した古くなった茶けた封筒をミラが受け取った。
「情けないよ、今日までそれを怖くて見れなかったんだ…」
 ミラは封筒から中の手紙を取り出し、トレアもそれを覗きこんだ。
「『今日は君の誕生日だな。おめでとう…』」
 トレアは朗読した。
「『半年前、僕たちは君を傷つけるようなことを行ってしまった。本当にすまない。気付いているかどうかわからないが、あれから少したって、君に謝ろうと僕たちは何度も足を運んでいたんだ。
 でも、中から鍵をしているのか、魔法で何かしているのか、中の様子も見えないし、扉も開かない。あの時の事、心から謝りたい。君はただあの時の約束を守ろうとしてくれただけなのに。ナタルが待っている。アンリも待っている。僕たちも待っている。だから、どうか…』」
 キャスはナタルの隣の墓の前に立っていた。
「1年に一度、僕の誕生日に届いていたんだ…でも僕はそんなことをつゆほども知らなかった。彼らの気持ちも、僕の行動が周りに多かれ少なかれ影響を与えていることも…
 ナタルは手紙によると、僕に届ける花を摘みに行った帰りに雨に当たって病を患って、それが原因で死んでしまった。アダムスは、僕が出てきたときに驚くような戦士になっていなければ僕に申し訳ないって言って、生き急いだ。他のみんなも…
 それで、今度は僕の研究のせいでトーマがこっちに飛ばされてきてしまった…」
 そう言うと、彼は目の前の墓石に最後の1輪を供えた。
「僕はあまりに愚かで、世間知らずで、しょうのない奴だったんだ…今度のことで、僕はやっと気づいたんだ…」
 2人はその墓石の前に寄った。
「…これは、誰の墓なんだ?」
「…この下には誰も埋まっていないんだよ。でももう生きているはずもないからこうして5人の遺言で作られたんだ…」
「『親愛なるキャサリンへ』…」
「え?」
 ミラの言葉にトレアが振り返り、墓石の名前を見た。
「…同じ…名前…」
 ミラが読んだ宛先人の名前と同じ名前が、墓石に掘られていた。そしてそのファミリーネームは、一度聞いたことがある名前だった。
 キャスは2人を振り返って言った。
「僕の名前は…キャサリン・マイトナー、今まで何にも気付けなかった、馬鹿な魔女だよ…」
「…キャス…どうして男の振りなんか…」
 トレアは振り絞るような声で言った。
「…ゴメン、事情があったんだ…」
 キャスは申し訳なさそうに答えるだけだった。トレアはまた質問を続けた。
「その事情が無かったら…お前は素直に自分がその魔女だと…あの時言っていたか…?」
 キャスは一度トレアの顔を見て、それから俯いて苦笑いを浮かべた。
「…分からない…」
「…そうか…」
「でも…」
 キャスは意を決したように2人の顔を見ると、強い口調で続けた。
「…僕はっ…僕は変わるっ…変わらなきゃダメなんだっ…みんなのために、トーマのために、僕自身のためにっ…!
 だから、僕は今日ここへ来たんだ。ここで、みんなを弔って、謝って、話して、今までのどうしようもなかった僕を、この空っぽの墓に埋めて。
 それから、僕は4人にお願いするつもりだったんだ、みんなと一緒に旅をしたいって。旅をして、世間を知って、世界を知って、色々な知識を得て、絶対に、絶対にトーマを…元の世界に返すって!」
 キャスは目じりに涙を浮かべながら、決意を口にした。
 トレアはそっと歩み寄った。
「…なら、それはみんなが揃ったときに言うんだ…」
「うん!」
「…もしかしたら、私はお前に手を出すかもしれないぞ…?」
「うん!」
「…トーマも怒るかもしれないぞ?」
「…覚悟はできてる…!」
 3人は墓地を後にして、宿に向かうのだった。

「…だから、お願いだっ!僕を旅の仲間に加えてほしいっ!」
 キャスは宿についてトーマとノルヴィのいる部屋に入ると、開口一番に「旅に加えてほしい」と言った。訳が分からず戸惑う二人に、キャスは自らすべてを話し、そして今に至る。
「・・・・・」
 終始トーマは椅子に座り、俯いて沈黙していた。だがゆっくりと立ち上がり、またゆっくりと彼、いや、彼女に近づいた。
「ッ…!」
 キャスは思わず歯を食いしばり、目を瞑った。
 トーマの手が彼女に延びる。
「…?!」
 キャスは自分の頭の上にあった感触がなくなったことに驚き、はっとトーマを見た。
「ホントだ、こうすると女の子だってのがわかるな」
 彼女は帽子とマフラーで顔がよくわからなかったが、帽子を取っただけでも、その綺麗でかわいいという言葉がぴったりの顔立ちと、女の子らしい内巻気味のショートの金髪、大きく飲み込まれてしまいそうな目が露わになる。
「あ、帽子っ…!」
 一瞬ぼぅっとしていた彼女だが、帽子を取り返そうと手を伸ばした。すると、トーマの手のひらがキャスの頭を優しく抑えた。
「っ…?!」
「なぁ、俺は一緒の方がいいと思うんだが、みんなはどうだ?」
 トーマは3人を振り返って言った。
「俺ぁいいよ?ま、あの超痛いのをぶつけられなきゃだけどね…」
「私も賛成よ。断る理由がないもの」
「…しょうがない、そう言うことだ!」
 トレアは渋々という口調ではあったが、その表情は嬉しそうだった。
 そしてトーマはキャスを見て、微笑んだ。
「よろしくな、キャサリン」
 キャサリンはしばらくトーマや他の3人のにこやかな顔を見つめていたが、「えいっ」と帽子をトーマの手から取り返して目深にかぶり後ろを向いた。
「あっ…」
「…キャスでいいよ…」
「そうか、キャス」
 そう言ったキャスの声は震えていた。
「あっれぇ?もしかして泣いてる?」
 ノルヴィが言った。
「な、泣いてなんか…!」
 キャスは袖で目を拭って振り向いた。
「うっそつけー。なんだ?断られなくてうれしいのか?断られるんじゃねぇかって恐かったんだろ?」
 ノルヴィは意地悪そうにニカニカしながら言った。
「ちがっ、そんなんじゃないって言ってるだろっ!」
「ムキになるところがますます怪しい…」
「ッ…!」
 キャスは杖を出現させて上に向けてかざした。
「宙に満たされし力よ、光り輝く玉となりて、敵を滅せよっ!」
「あっ!ちょっ、それはなしだってッ!やめ―」
「ストライクッ!」
 そして天誅が下る。

「ぎいぃぃやぁぁぁぁ!!!!!」






 それから2日後、早朝のまだ霧も晴れていないヒンヤリとした時間に、キャスは墓地の友人たちと過去の自分を埋めた墓の前にいた。
「ヘンリー…ナタル…コレン…アダムス…アンリ…」
 彼女は5人の名前を呼んだ。
「…僕、旅に出ることにしたんだ。僕のせいで故郷からとても遠いこの世界に来てしまった男の子を返さなきゃ…始末をつけなきゃいけないんだ…だから、お別れなんだ…でも…でもっ、きっとまた会いに来るから…絶対来るからっ」
 キャスの目には光るものがあった。彼女は振り返り4人の待つ町の出口に向かおうとした。

 「「「「「行ってらっしゃい」」」」」

 キャスは立ち止まって慌てて振り返った。だが当然、そこには自分を含めた6人の墓があるだけだった。

 それは空耳かもしれない、気のせいだったかもしれない、それでもキャスはこう言わずにはいられなかった。
「行ってきますっ、みんなっ!」
 彼女は涙を拭い、笑顔で別れを言うのだった。 
12/06/11 02:02更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
今回はシリアス感が強いです。

でも、誰かが成長するのを見るのはとても気分がいいものだと思います。みなさんはいかがですか?

次回はまた話が展開します、お楽しみに

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