連載小説
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3-2 少年と旧友
「魔女は時空間魔法は使えるか?」
 そんな言葉で、トーマの質問は始まった。
「時空間魔法?」
 キャスは訊き返した。
「ああ、どうなんだ?」
「使えるよ。小規模なら普通に。大規模なのだと未だ試験段階だけど」
 彼はさも当然という風に答えた。
「ここ一か月以内に使ったりはしていないか?」
「…使ってないよ。でも、それがトーマから魔力を微塵も感じないのとどういう関わりがあるっていうんだ?」
「・・・・・」
 トーマは少し考えてから「キャスは…」と口を開いた。
「異世界ってあると思うか?」
「なに?平行世界、別次元とかのこと?」
 キャスは腕を組んで言った。
「ああ」
「さぁ、行った事はないけど、あると思うよ。だって、この空の光の届いてる星の中にだって、生命が存在する星は僕の試算だとない方がおかしいくらいの結果が出た。というか、この世界と言う大きさの単位なら、僕の周りに君たちがいるくらい当然な事かもね。ただ、互いの間には並大抵だと越えることのできない壁があって、干渉はあまりできないだろうけど…」
 トーマは驚いた。正直、彼がここまで頭がいいとは思っていなかったのだ。確かに迷信的な考えの部分もあるかもしれなかったが、それでも試算で生命が存在する星の数をはじき出すなど、元の世界でのこの時代に当たる人々は考えもしなかっただろう。下手をすればまだ天動説が色濃いころだ。
「…ちなみに全員に訊くが…」
 トーマは試しに彼に質問した。
「天と地、動いているのはどっちだ?」
「え?何をいきなり…」
「あのねぇトーマ、動いてるのはどっちかなんて、見たら一発でしょうよ?天だよ、天」
「そうだ、私も天だと思う」
 トーマは〔ああ、やっぱり…〕と思った。この世界は魔法という自分の考えでは及ばない力と、それを使用する技術はあるものの、多少物理法則が違うにしても、科学的なところはあまりわかっていないのだとトーマは確信した。
 その時、キャスはため息をついた。
「はぁ…、何言ってるんだ、両方だよ」
「両方?」
 ノルヴィは不可解そうな顔をした。
「地球は太陽の周りを公転してるし、他の水星、金星、火星、木星、土星も太陽の周りを回ってるんだ。太陽だって常に星雲の中で移動はしてるだろうし、そう言うなら天も地も動いてることになるよ」
「私も同じ意見よ。というか、知ってるもの」
 ミラもそれに賛同した。
「なんでだよ、ミラ。なんで知ってるんだ?」
「だって私、オーデンダイアに勉強に行っていたんだもの。あの街じゃ、地動説は常識よ?」
 トーマは知識格差がかなり大きいことを感じた。
「俺のいた世界でも、地動説が常識だったよ。ただ、キャスみたいにかなり大きい括りで捉える人は少ないだろうけどな」
 と、トーマは言った。
「まて、トーマ、なんだって?」
 キャスは当然、彼の発言に引っかかりを感じて質問する。
「俺は、1カ月くらい前に元の世界から、こっちの世界に飛ばされてきたんだ」
「なんだって?…ああ、それで今の質問ね…それからトーマのいた世界には魔法も魔力もない、だから君から魔力を感じないってわけだ」
「その通りだ」
「じゃあトーマは元の世界へ帰るための旅をしてるんだね?」
「ああ」
 キャスはトーマの返事を聞くと、少し考え込んだ。そして「ねぇ」と続けた。
「ちょっと謝らなきゃいけないことが2つあるんだ…」
 キャスは改まって言った。
「なんだ?」
「さっき、魔女は時空間魔法を使ってないって言ったけど、本当は1か月前使ってるんだ」
「何だって?!」
「おい、なぜそんなウソを?」
 ノルヴィは狼狽し、トレアは驚いて詰め寄った。
「…悪かったよ、でも、多くの魔導師やししょーみたいに研究をしてる人たちにとって、いつどんな規模の魔法を試験したかっていうのを口外するのはいいことじゃないんだ…」
「それは、自分が研究している術が漏えいするのを防ぐのと、あとはプライドね?」
 ミラが言うと、キャスは頷いた。
「そうなんだ。もし魔法使用の痕跡を調べられて、残留している魔力から変化公式と構成式、それに拡散収束のプロセスを知られれば、せっかくの研究が漏えいして、努力が水の泡になることもある。それに時空間魔術みたいな特殊魔術や上級魔術は悪用されると面倒だからね。特に教団に漏れると面倒なんだよ」
 トレアは納得したように小さく数回頷いた。
「そうだな。騎士団が送り込まれると、いくら魔王軍と言っても…」
「それに、魔導師たちにはプライドが高い人間が多いんだ。特に、魔術行使が失敗したっていうのは他人や他の魔導師には知られたくないだろうね。今回は、はっきり言って媒体に使ったものが悪くて、魔力伝導率がいつも以上の出力が出て、見当違いなところに開いたんだ。こんないいことはしていいものじゃないけど、事故…だったんだ」
「ッ―!」
 とたんトレアはキャスに掴みかかった。
「貴様ッ、ふざけるなっ!事故だとッ?!じゃあこいつはっ、トーマは魔女の魔術の暴走でこっちに飛ばされてきたって言うのかッ?!」
 トレアが怒るのも尤もだった。
「うっ…」
「…トレア、よせ」
 トーマはキャスの胸倉を掴むトレアの腕を握った。
「お前は腹が立たないのかッ?!」
「理不尽だとは思う、だが、それを言ったところでどうなることでもないし、それにキャスを責めるのは違うだろ?」
「…すまない…つい頭に血が上ったんだ…」
 トレアは手を離して座った。
「…ううん、怒るのもわかる」
「それで、もう1つは?」
「…当然な話だけど、トーマが元の世界へ戻るためにはもう一度同じ次元へ魔法を干渉させる必要があるんだ。だけど…」
 キャスはそこで俯いて言葉を止めた。
「…正直、不可能に近い…か?」
 トーマは分かっていたかのように言った。いや、事実そうだと感づいていたのだろう。今の話で、元の世界とこの世界が繋がったのは偶然であることは明らかだった。
「そんな…?!」
 トレアはトーマの顔を見つめた。
「…いや、たぶんやろうと思えばやれる。だけど、難しいことに変わりはない。あの時の変化公式も構成式も魔力の出力だって復元はすぐにできるよ。でも特定の時空間に干渉するのは難しいし、媒体の伝導率を調整するのにも時間が掛ると思う」
「時間と言うのはどのくらいだ?」
「…わからない。1カ月か…10年か…」
「そうか…魔女は今どこだ?」
「…出かけてる」
「いつ帰るんだ?」
「わからない」
 キャスはそう言って窓の外を望んだ。

 この小屋に来て1時間半が経った頃、4人は小屋を後にした。
 トレアは手に絹の袋を持っている。その中にはギルドで受けた依頼で採取するはずだった薬草が入っているのだが、それはふと依頼の事を口にした際にキャスが持たせてくれたものだった。
 聞くところによるとその薬草、かなり数が少ないらしく今から探すのは骨が折れるらしい。そこでキャスは余りがあったはずだと言って奥からその薬草を持ってきた。それを手土産代わりに持たせたのだ。
 だが、トレアは小屋を出てから機嫌が悪かった。
「どうしたんだ、トレア」
 トーマが訊くと「なんでもない」とつっけんどんに返した。明らかに怒っている。トーマは考えた。
〔何に怒ってるんだ?誰にだ?…もしかしてさっきのことか?〕
「トレア、もし俺が魔女の魔術の暴走でこっちに飛ばされてしまったということに同情して怒ってくれてるのなら、気持ちは嬉しいけど俺はそこまで悲観してはいないから」
 トーマはそう言ってトレアの肩に手を置いた。
「そうじゃないッ…私が腹を立てているのは、お前がそんなに悠長にしているからだっ!」
「なっ…」
 そこからトレアはまくしたてるように言った。
「トーマ、お前は少しでも悲しいとは思わないのかッ!?帰りたいとは思わないのかッ!?なんでそんなにのんびりしていられるんだッ!私ならあり得ないッ!家族がいないことも依然聞いた、だけど一人くらい会いたい奴がいるだろうッ!?
 お前は故郷が恋しいとは思わないのか!?お前がいくらここが気に入ったとしても、そんなのお前が元居た世界が一番いいに決まっているじゃないかッ!」
 トーマは圧倒されて何も言えずにいた。だが、彼も言葉を返した。
「お前に、俺の何がわかる?」
「ッ…」
「お前が俺の何を知ってる?俺がどんな人生を生きてきたか、どんな思いをしてきたのか、お前は俺がいつか話したことで解っている気にでもなってるのか?」
 トーマとトレアは険悪なムードになった。もちろんトレアが怒っているのはトーマを気にかけてのことだ、それはミラもノルヴィもそしてトーマもわかっていた。
 トレアは下唇を噛みしめトーマと見合っていたが、「…もういいっ」と言って町の中へ消えて行った。
「トレアっ…」
 ミラはトレアを追おうとしたが、トーマも気にかかってしまい彼を振り返った。
「…行ってやってくれ」
「…分かったわ」
 ミラはトレアを追いかけて町に消えた。

「トレア、待ちなさい」
「…ミラぁ…」
 ミラは仏頂面で歩くトレアに追いつき呼び止めた。彼女はミラを振り返ると、今にも泣きだしそうな顔で名前を呼んで答えた。
 ミラは〔やっぱり〕という笑みを浮かべて、近くにあったカフェに入った。
 カフェの中には『澄ましたタイプ』の剣士や武器使いがいて、トレアは窓際の席に座った。ミラはその前の位置に立ったまま着いた。
「何か頼む?」
「・・・・・」
 彼女はコクリと頷きいた。
「すみません」
「はい」
 ミラは店員を呼んだ。
「アールグレイとなにかおすすめのケーキがあればそれで。あなたは?」
「…苺ショート…」
「はい、すぐお持ちいたします」
 店員は店の奥に消えた。すると、トレアは「はぁあぁぁ〜〜〜…」と大きなため息をつき、テーブルの上に突っ伏した。
「ミラ…私は…大ばか者だぁ…」
「どうしたの?」
 ミラはそうは訊いたが、正直彼女がどうしてこうなっているのかは分かっていた。だがトレアが話しやすいようにあえてそう訊いたのだった。
「…トーマは…トーマは悪くないんだ…キャスも彼の師匠の魔女も本当は悪くないんだ…。そんなこと言われなくてもわかっているんだ、本当はっ…」
「それで?」
「…トーマが故郷をどう思っているのかも、もちろん誰がどう思おうと人それぞれで、私がとやかく言えることじゃないことだってわかってる…それなのにぃ…うぅ〜…」
 トレアは心底落ち込んだ様子で吐露すると、最終的に唸った。そんな中、店員が空気を読まずに品を持ってくるが、これも仕事である。
「…もぐ…私は…もぐもぐ…私の…もぐ…そういうことに…もぐ…対する考え方だけで…もぐもぐ…文句言って…もぐ…勝手に怒って…もぐもぐ…」
「それで、あなたの本当の気持ちはどうなの?」
 ミラは出されたチーズケーキを一口食べた。
「…おいしい…じゃなくて、…最近、トーマと一緒に旅をしてて…始めの内は、あいつが早く元の世界に戻れればいいと思っていた…だけど、最近なんだかあいつが元の世界に帰れるかもしれないと思うとなんだか…胸が締め付けられるみたいに苦しくなるんだ…それなのに、あいつは本当に戻りたいのかどうかもはっきりしないし、戻れる方法も不確かで…」
 トレアはケーキを半分まで食べ進めていて、もう一口食べようと持ち上げていた欠片をフォークごと置いた。
「帰れる方が良いはずなのに、そうなって欲しくない自分がいて…自分で自分が鬱陶しんだ…」
「それで、その裏返しがさっきの剣幕…か」
「…まったくもって情けない。戦士にあるまじきことだ…」
「…でも、いいんじゃない。それも」
「…ミラ」
「みんなそうよ、私だって自分の価値観で物を言うことだって怒ることだってあるわ。その原因が自分のはっきりしない気持ちだったりもする。でも、それって生きてたら当たり前なのよ。誰だって、1つや2つそんな感情は持ち合わせてるものよ」
「ミラ…ありがとう」
「ええ」
 トレアはミラに礼を言うと、照れくさそうに窓の外を見た。
「あっ…」
「あら、キャスじゃない?」
 外の道の人ごみの向こうを、キャスが歩いていくのが見えた。
「もしかしたら魔女に会いに行くのかも…」
 そう言うとトレアは残っていたケーキを掻きこむように食べ、最後に苺を口の中に放り込んだ。
「どうするの?」
「魔女に会うなら、急いでくれるように直談判してくるっ!」
 トレアは店を飛び出した。
「…全くもう…ここで言った事はなんだったのやら…」
〔まぁ、それがトレアのいいところよね…〕
「店員さん、チーズケーキと紅茶と苺ショート、おいくらかしら?」

 トレアはキャスの向かっていた方向に人ごみを分けて駆けていた。
〔確かここを曲がったはず…〕
 彼女は道を曲がり、塀に挟まれた道を抜けようとしていた。
「ストライクッ!」
 聞いたことのある声と言葉と見たことのある光球が飛んできた。ミラは慌てて剣で弾き飛ばした。
「…あれ、なんだ…君か…えっと…?」
「トレアだっ…危ないだろ、いきなり攻撃するな!」
「悪かったよ、最近どうも友好的じゃない奴に付きまとわれているようでね。ずっと付けられている感じがしたから、そいつらだと思ったんだ」
 キャスの持っていた杖は燃えるような視覚的効果を表しながら消えた。もちろん魔法で消しただけである。
「魔力の感覚で誰だか解るんじゃなかったのか?」
 トレアは剣を納めながら言った。
「街中で歩きながらはさすがにキツイよ。あんなに人が多いなら、立ち止まって集中しないと」
「…まぁいい」
「何の用さ?…また文句言いに来たの?」
 トレアの眉がピクリと動き、明らかに小さな怒りが表れた。
「ほぉ、貴様がそう言うなら行ってやらんこともないが、今に至っては違う」
「じゃあ何?」
 トレアは息を整えた。
「もし今から魔女に会いに行くのなら、私も連れて行ってほしい。トーマが1日でも早く元の世界に戻れるように努力してくれるよう直談判する」
 それを聞いたキャスは帽子の広いつばの淵を両手で摘み、俯いた。
「…直談判って、どうするの?」
「ただただ頼む。私には払えるような対価も、できるようなことも限られている。だから、膝をついて額を地面に擦り付けてでも頼む」
 トレアは真剣な面持ちでそうはっきりと言った。帽子のつばの下からキャスはその顔を覗いていた。
 そのとき、後ろからミラの蹄の音が響いてきた。
「…ミラ」
「やっと追いついたわ。ちょっと探しちゃったじゃない…」
「ああ、すまない…」
 そしてミラはキャスを見つめた。
「それで、どうなのかしら?」
 キャスは俯いたまま言った。
「悪いけど、僕は魔女に会いに行くんじゃないよ…」
 そう言うとキャスは歩き出した。2人もその後ろについて歩いくと、道は町の外の方に続いていた。
「…トレアは魔女に直談判するって言ってたけど、その必要はないよ。彼女はもうその準備にかかろうとしてるんだ。それに、ひどく君の言葉にやられてるんだよ」
 2人に背中を向けて歩きながらキャスは言った。
「魔女は私が言った事を聞いていたのか?!」
「うん、そうだよ。それで、今から僕が行くのはあの彼を元の世界へ返す努力をするための始めの一歩なんだ。魔女じゃないけど、誰かに会いに行くっていうのは間違ってないよ…」
 そして目的地はついに見えた。2人は一瞬戸惑いを隠せなかった。
「あそこは…」
「どういうことなんだ…ここは…」
 2人が目にしたキャスの目的地、それは鉄柵の向こうで、切り出されて文字を掘られた石が土の上に整列して建てられている場所だった。
「見ての通り、墓地だよ」
 キャスはそう言うと、墓地の奥へ進んでいった。そしてある墓石の前で立ち止まった。
「ヘンリー・アルゾン、ナタル・アルゾン、コレン・バットロイ、アダムス・リッヘンベルク、アンリ・ジャメル…5人みんな…僕の昔馴染みさ…」
 彼はそう言うと、俯けた顔の視線の先に、まるで細いものを持つような仕草をした手を持って行った。
 すると青白い炎の中から、6本のシオンの花が表れた。

12/06/11 02:02更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
今回は少し前半でやたらとセリフが多くなってしまって見にくいかと思いますがご勘弁を;

この章ではキャスの非凡さのかけらと、トレアのちょっとした人間臭さ(魔物なのに?)を出せればとも思いました。
書いていて、ミラ姉大人だなぁと思います-ω-

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