連載小説
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Be Your Girl
「おーい、頼まれてたモン出来たぜ!」

幼い少女が寂れた社の襖を勢い良く開け、中にいた女性の枕元に座る。女性は身体を起こして少女に少し微笑む。少女の行脚にあわせて木の床がぎしぎしと音を立てた。

女性の白く長い髪が身体の動きにつられて揺れ、靡く。女性は髪も肌も何もかもが白く、儚げな美しさだった。

一方の少女は対照的に短くきった金髪とそばかすに弾けるような笑顔の、活発さが服を着て歩いているようだ。美しいというより、可愛らしいという表現が的確だろう。

その小さな手には毒々しい黒色の液体が詰まった瓶が握られている。

「この天才魔女レーヴィ様特性の薬だ!御希望通りの激甘仕様だ。
レシピも渡しとくよ。慣れれば自分だけで作れるさ。」

「あぁ、ありがとう!助かるわ....。」

彼女の布団がはだけ、めくれ上がった。布団の下に本来あるべき二本の脚はそこにはなく、代わりに白鱗に覆われた長い身体が露わになる。

女性は龍神に使える巫女の一人であり、この古ぼけた社の主の白蛇である。
白蛇の巫女はちらちらと瓶とレーヴィと名乗った魔女を交互に見つめながら、早速、飲んでもいい?とたずねる。

「お好きに?」

その言葉を聞くや否や躊躇う事なくそれを喉の奥に流し込む。砂糖をめいいっぱい溶かし込んだ珈琲のような味のそれは巫女の味覚に合わせて緻密な計算のもとに調合されたものだ。

数分のうちに効果は現れた。彼女の尾が急に熱くなり、二股に裂ける。尾の先に十の指と爪が生え、鱗の白さが段々と人肌の白さになった。熱さが引くと、そこには二本の立派な脚がついていた。
「.......すごい..。」
自分の脚を物珍しそうに巫女が撫でる。自分の意思で動き、感覚を持ったそれは間違いなく彼女自身のものだった。恐る恐る立ち上がり、歩く事を試みるが、脚はくんにゃりと人本来の関節とは真逆の方向に曲がった。バランスを崩し、巫女は床にぺたんと座る。

「脚の骨格は蛇のままだからな、人のようにはなかなかいかないね。
ま、練習だな。ちなみにそいつは人間には効かないよ。ただのクソ甘い汁だ。」

そう研究の成果を分析するレーヴィ。その顔は余り嬉しそうではない。そもそもこの薬は、巫女がレーヴィに頼み込んで作ってもらったものだ。
その目的は婿探しに他ならない。この巫女は人間のフリをして男に近づくつもりなのだ。

それがレーヴィには面白く無いようだった。薬で身を偽ってもいつかばれるのは目に見えている。いままで騙されていたことを知った男は怒るはずだ。そうなったときに巫女が傷つくのが、長い付き合いからわかっていたのだろう。

西洋の地との交流がある港が近いこの地域にぽつんと立つ社は、その恵まれた立地に反して参拝者が非常に少ない。原因はこの社を収める巫女である白蛇の社交性の低さが原因だった。

レーヴィがそんな巫女に初めて出会ったのはもう二年ほど前のこと。珍しい魔法薬の材料収集目的でこの地域に引っ越してきたとき、人混みを避けるようにとぼとぼと歩く巫女に道を聞くために声を聞いたのが始まりだった。

白蛇の社のある丘の向こうに多くの薬草が群生していること知ったレーヴィはそこに家を建てて住み着き、頻繁に巫女の社に顔を出すようになった。

初めはレーヴィをうっとおしく思っていた巫女も次第に飾らないレーヴィの性格に惹かれて行き、今では親友同士といって差し支えないほどだった。

そんな巫女のことを考えると、本当は渡したくないと言うのが心情だったはずだ。しかし、この口下手で人付き合いの苦手な巫女にとっては自分しか唯一友人と呼べるものがいないことを理解していたのだろう。

やっと男を探す気になった巫女の背中を友人として押さないわけにはいかない。

喜ぶ巫女を見て苦笑するレーヴィの表情には、そんな優しさが見え隠れしているように思えた。

「お腹の赤ちゃんはどう?」
自分の脚を一通り堪能したのか、巫女がくるりとレーヴィのほうを振り向く。

「大丈夫よ。逞しいダーリンと超天才のママの赤ちゃんなんだから。
そんなヤワじゃないわ。」
レーヴィは愛おしそうに自分の腹を撫でる。まだ見た目に変化はないが、この少女の中には新しい命が宿っているのだ。
旅先で出会った人間との間に出来たという。




「.......で、どうするの?結婚.......するの?」

「結婚.....したい。
でね、ずっと考えてたんだけど、式をここで挙げさせてくれない?」

その言葉を聞くや否や、巫女は目を丸くした。
「.....な、なんでよりによってこんなカビ臭いところで!?
ダメよ!神社ならもっといい場所が......」
「どうして駄目なのよ?」

そう問われ巫女はしゅんと小さくなり、布団の端をきゅっと握る。
「......だって、私の神社はカビ臭くて寂れてて人気が無くて......」

「このカビ臭くて寂れてて人気が無い、ついでに辛気臭い巫女がいる神社がいいのよ。私の大事な友達がいるこの神社でね。」

優しく微笑むレーヴィに、巫女は驚いた。いつからこの魔女はこんな母性あふれる表情をするようになったのだろう。

「.....分かった。」
気づけば承諾していた。
自分が契りを結ぶ手伝いが出来るのなら、こんなに嬉しいことはない。

「良い式にしてくれよ?頼むぜ親友。」
巫女の返答に満足気な表情を浮かべ、手を握る。


巫女の白い肌に、ほろりと水滴が落ちた。
それは徐々に増え、ついには滝のように目から流れ落ちる。

「うううう。レーヴィぃぃぃぃ....!おめでとうね..?本当におめで.....とう。結婚...おめでと....。うええええええええ.....!」
レーヴィの膝に突っ伏して泣き出す巫女を、やれやれといった表情で見つめて彼女の白い頭を優しく撫でる。

「あらら。随分大きな子供だこと。泣き虫なお姉ちゃんねー?」
レーヴィはそうお腹に優しく語りかけた。

巫女の泣き声は、日が暮れるまで境内に響いていた。
14/03/11 15:21更新 / 蔦河早瀬
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■作者メッセージ
前回が重い話だったので、今回はほのぼのしたやつを。



巫女と魔法使い?幻想郷? 偶然ですよ偶然。

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