連載小説
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Borderline
私は心地よい草の感覚を楽しみながらレーヴィの家を目指す。足は蛇のままだ。友人とあうのに一々薬を使うのは気が引ける。その薬をくれた張本人にあうのだからなおさらだ。程なくして私は小さな二階建ての一軒家の扉の前にいた。木の扉を叩くと、中から出てきたのはレーヴィでは無く、痩せた男だった。青年と言うほど若くも無いが、年老いているわけでもない。私の好みでは無いが、中々の男前だ。私の下半身をみて少し驚いた顔をしたが、レーヴィが彼の脇から顔を出し、お互いの素性を説明してくれる。

どうやら彼がレーヴィの婚約者であり、腹の子の父親のようだ。

迎え入れられた私はゆっくりと腰を下ろす。いつも通りくたびれた椅子が一人で歩いてきて私の鱗に覆われた尾に収まる。空中をふわふわと浮遊するカップには、私好みの煎れたての甘いコーヒーが入っているはずだ。

男が席を立ち、それではそろそろおいとまを、と帰りを告げる。もしかしたら、私は邪魔だったのだろうか。私が口を開こうとした前に彼はいそいそと帰ってしまった。

「悪いことしちゃったかしら....?」

「あの人シャイなのよ。全く可愛いいんだから!」

彼の素性はよく知らないが、中々整った身なりだった。正直言ってレーヴィには勿体無いと思った。こんな幼児体系と性交に及ぶとは人は見かけによらぬものだ。

結婚式の計画を練るに辺り、出席者の確認にあたる。レーヴィは遠い親戚がいるようだが、彼の方は天涯孤独の身らしく、呼ぶ人はいないようだ。あまり派手な式では無く、静かで厳かなものになるだろう。

それから暫くの月日はレーヴィと二人で式の事での話合いに時を取られた。場所は決まって彼女の小さな魔法の家だ。彼女の体を考えると、私が出向くしかなくなったからだ。おそらく式は冬頃になるだろう。
私がそう告げると、レーヴィは嬉しそうに待ち遠しいわと手にもった編み棒を動かす。
この気が早い妊婦は暇さえあれば赤ん坊の為の帽子や靴下を毛糸でいまから編んでいるのだ。どんどん作るので当然毛糸が足りたくなる。その度に私が町に買い出しに行かされるのだ。正直勘弁して欲しい。

「あ〜!また毛糸無くなっちゃった!頼む!買ってきてくれ〜!」
「.....貴方、毛糸いくつ使う気よ?!
買いに行く奴の身にもなりなさい。」
レーヴィの背後には既に子供3人分程の衣類が出来上がっている。しかし、この女は止まる気配が一行に見られない。

「仕方無いだろ〜。これしかすることねーんだから。頼むよー。毛糸。黄色いやつ。
産まれたら抱っこさせてあげるからさ....、ね?」
「.................約束よ?」




あぁ、つくづく私は甘い。一人店の並ぶ街並みを歩きながら私は人混みを掻き分ける。目立たないようにいまは薬で人間に化けているのだが、最初に比べれば歩けるようにはなった。それでも少し気を抜けば逆関節に曲がりそうになる。

人波に幾度も攫われそうになりながら店に辿り着き、目当ての品を手に入れた。

「毎度あり!いつも御贔屓してもらっちゃって助かるわぁ!旦那に編んであげるのかい?熱いねぇ〜.....。」

「....え?..あ、...違っ...」
何度も足を運んでいるせいか、店主の老婆に完全に顔を覚えられてしまった。次から何と無く行きにくくなるのでつらい。眼鏡の奥で下世話な光が輝いていた。
店を出ると何だか疲れてしまい、私はいそいそと帰路を急いだ。


しかし、私は暫くしてその歩みを止めた。人混みの中、私の目がとられたのは二人の男女と彼らによく似た小さな男の子だった。男女は男の子の両脇に仲良く並んで歩いていた。男の子はくりくりした可愛らしい目で男を見上げた。男はそれに優しく笑いかけた。その笑顔を作る痩せた頬に私は見覚えがあった。二人はよく似ていた。



レーヴィの婚約者だった。彼は天涯孤独なはずだが、それではあの女性と彼に似た子供は何なのだ。

私は彼と彼に寄り添う二人をみて、不吉な仮説を立てた。
気づかれないよう、距離をとって彼らの後をつけた。仮説を確かめてどうする気だと私の中の私が問うがそれを無視して進んだ。


婚約者の男が花屋の前で足を止めた。それを見て男の子が彼に尋ねた。

「お父さん、どうしたの?」
「あぁ、少し買いたいものがあってね。母さんとちょっと待っていてくれ。」

そう告げると、一人店の中に入って行った。
私は群衆に紛れてそれを見ている。息が苦しいのは人混みの暑さのせいだけでは無かっま。知ってしまった事実をどう受け止めるべきか、彼女に伝えるべきか、わからなかった。

暫くして店から出て来たあの男は、手に鉢を抱えていた。鉢に収まっていたのは鬼灯だ。歩くたびに赤い実が揺れていた。

「あなた、鬼灯なんかどうするの?お盆はもう終わったのに。」

「園芸でも始めようと思ってね。綺麗だろ?」

彼は眩しいくらい爽やかな笑顔でそれを抱える。男の子は鬼灯の紙風船のような薄い果実に興味心身のようだ。母親はそれを見てまた続きもしない趣味をと笑った。

三人家族が仲良く歩いて行く。私とは逆方向だ。
私は一人その場に立ち、ただあの仲睦まじい家族を見送った。

的中してしまった最悪の予感を受け止められずに。



あのとき、私が魔物の姿で彼に詰め寄っていたら未来は変わったんだろうか。

レーヴィは幸せになれたんだろうか。


あのの惨劇を止められたのだろうか。
14/01/21 21:56更新 / 蔦河早瀬
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■作者メッセージ
あんまり気持ちの良い話には仕上がりませんね。でも次はきっとハッピーな展開になります。

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