生き様
さて、ちょっと昔話をしようか。
俺と父さんは兵士だった。
そんでもって、父さんに関しては、この国では指折りの精鋭だった。
百戦錬磨、とまでは行かないがそれでも、死線を何度もくぐり抜けていた兵士である。
実力は他の精鋭よりも秀でていた。
暦年の勇者の集うギルドに、一般兵から数ヶ月も立たないうちに昇格。
賞金がかかっていたコロシアム戦に面白半分で挑戦し、無敵と言われていたチャンピオンに大差付け優勝、等。
誰がどう見ても、出る杭と言う奴だった。
そして、出る杭は打たれた。
父さんの才能と腕っぷしを妬んだ他の兵士が、襲撃したのだ。
それも、本人に直接ではなく、家に火をつけるという卑怯な方法で。
俺と父さんは兵士の仕事のため外に出ていたが、自宅待機だった妹は焼死。
取り残されていたのは、もう本人かどうかなんて検討もつかないような、骨の残骸だけだった。
我が家はシングルファザーだった。
母はとうの昔に癌で死んでしまっていて、父がその剣術の実力だけで生命線を繋いでいてくれたのだ。
いつでも冷静沈着、何事も客観的に判断し、絶対に慌てることのなかった父は、少なくとも俺にとっては憧れだった。
そんな父が、その肉の塊を見るやいなや、俺に
「悪ィ、レン。俺ァちょっくら用事ができちまったみてぇだ。
なぁに、心配は要らねぇ。」
と、声を震わせ、無理やり体を押さえつけているような、身が竦むような覇気を纏いながら一声かけ、ゆっくりと家を出ていってしまったのだ。
俺は当時憲兵だったので、勿論仕事をまっとうした。
思い出したくもない。
自分の家と、家族を自分の手で後片付けするのだから。
ゆっくりと家を出ていった父の、「心配はいらない」という言葉が胸に引っかかってはいたが、きっとどこか、憲兵以外で頼れる人に応援要請でもするのだろう、と、そう思っていた。
しかし、その思いは180度的外れな考えだった。
父は妹を殺した兵士に、その手で罰を下した。
後に分かった事だが、その妬んで来た兵士は王宮のエリートだったようで、その囲いとして何人もの兵がいたらしい。
クソったれ、死んじまえよクソったれ。
と叫びながら何度も剣を振り下ろし、そこに居た仲間すべてを葬るまで、父さんは剣を離さなかったそうだ。
しかしその一味を壊滅させた後は自分から兵舎におもむき、自白してお縄に捕まった。
だが背景に事情があったため、数年で釈放、その代わりとして王宮の兵士を殺したペナルティ、つまり兵士をやめさせられてしまったのだ。
俺は別にペナルティはなかったが、父さんの噂が広まり、肩身が狭くなってやめてしまった。
以来、父さんはその力で困ってる人を救うなんでも屋、として各地を渡り歩いていたのだった。
職業、っつーか、趣味だな、これはもう。
ちなみにそれなりに仕送りしてくれている。スゲェ。
まぁ、昔話はこんな所である。
「…俺はてっきり、あんたは娘の事を誰よりも愛してると思ってたよ」
「…軽い冗談だっての…放せよ…」
「…」
ふには落ないが、その手を離す。
首をさすりながら父さんは後退した。
ここらへん警戒心というか、しっかりしている。
「…ったく…若いってのは盛んだねぇ…、口が過ぎたよ、おちょくってやろうとしただけだ…そうかっかすんなや。」
「言っていい冗談と、悪い冗談があるだろうが。」
「はっはー、まさか我が子に説かれるたァねェ……気ィつけるよ、悪かったな。」
別に父さんが悪い人間でないことは知っている。
飄々としているが、これでも割といろいろ考えてくれてはいるのだ。
そんな気がする、ってだけだけど。
「…まぁ、てめぇがいつも通りで安心したぜ、坊主。」
「そりゃどうも…」
「俺の予想だと…まぁ、こってり絞られてっか、嫌われて隅っこで泣いてるか…どっちかだと思ったんだがよォ」
「二番目はいいとして一番目はなんだよ!」
「あん?そりゃぁ…なぁ…?」
「あんたは思春期の高校生か!!」
かっかっ、と笑う父。
まるで、襟首を掴まれた事も、シリアスな雰囲気だった事も何事もなかったように。
それが果たして場を和ませるためなのか、本当にどうとも思っていないのか俺にはわからなかった。
色々考えてくれているはず、とは言ったものの、何を考えているのかは実際まるっきり分からない。
「…はっは、まぁ、俺も時間が無ェからよ、大筋だけ話す。」
「…あ、あぁ?」
時間が無い?
またこの放浪オヤジは何か厄介な仕事でも請け負っているのだろうか。
「まず妹達の事だが…ありゃ、器だ。」
「…器?」
「そう、器。テメェが愛情を注げば注ぐほど輝く器…なーんて、回りくどい言い方してもバカにはわかんねぇか。」
「バカには言われたくねぇよ」
「言い返すようになったじゃねぇか。」
何が時間が無い、だよ、バリバリ脱線してるじゃねぇか。
ダイヤが乱れまくりだ。
「端的に、手短に、率直に言おう。
あいつらは俺が才能を見出した奴らの子孫だ。
つまり、強力な力を秘めてやがる。」
「…それで?」
「あいつらの力を覚醒させろ。」
「……は?」
かっこよく言ってはるがつまり、強いなーと思った魔物を捕まえて子供を産ませた、という事である。
色んな意味を込めた「は?」である。
「ま、最初の内は普通に暮らすだけでいいさ。どうせいつか勝手に芽生えてきやがる。」
全く話に付いていけない、力?何のことだよ、覚醒?こんなおっさんに限ってアニメの見すぎでもあるまいし…
「こっちは至って真剣だ。
お前にしか頼れねェ、頼む。」
それは意外な言葉だった。
「頼む」というセリフ。
俺はこの父親とはそれなりに長く話しているが、頼み事をされたのは、これが初めてだったのだから。
「…普通に暮らすだけで、いいんだよな?」
「おうともよ、なんか予兆があれば…駆けつけてやる。」
「どうやって。」
「秘密、ってやつだな、そりゃ。」
また何がなんだかわからない事をいいやがる、このオヤジは。
とりあえず普通に暮らせばいいのなら何も問題はない。
ノープログレムと言う奴である。
いや、どうだろう。
始めての頼まれごとだったので、単純にテンションが上がっているだけなのかもしれない。
「さってと…じゃ、俺ァ行くぜ。」
「お、おい…待てよ…」
「言ったろォ?時間がねェんだよ。」
「…」
父さんはふらりと玄関まで出て行き、床に捨てるようにおいてあった、細身の体に似合わない程の大きな荷物を背おってから、毒を吐くように言った。
「…お前ェさ、過去にしがみつくのも…それはそれで良いとは思うが、前、向かねェと、何事も進まねぇぞ。」
「あいつのこと…忘れろってことかよ。」
「違うな、あー、いや、そうか。そうだな、嫌な気持ちは忘れちまえ。いつまでもメソメソしてる兄なんか見てっと、あいつも悲しむだろうよ。」
「…」
それは、深層心理を深くえぐり取られたようで、どうしても反論をしてやろうと意気込んでいた喉でも、言葉を紡いでやる事が出来なかった。
立ち尽くす兄に見かねたのかと勘ぐってしまうタイミングで、妹が駆け寄ってきた。
「あっ、お父さんもう行っちゃうの!?」
「おーう、俺ァ忙しいからよう。すまねぇな、構ってやれなくて。」
「うへぇ大荷物だねぇ…お仕事頑張って!!」
「はっはー、言われんでも、全力を尽くすよ。」
さっきまでのオーラは何処へやら。
今俺の目の前にいるのは近所のおっちゃんという感じだった。
「…」
「じゃあな、坊主。ご武運を期待してるぜ。」
その時、扉を閉める父さんの背中が、今までにないくらい遠く見えたのは何かの予兆だったのかもしれない。
少なくとも俺は、その場から数分動くことができなかった。
「…にぃ?」
「あっ、あぁ、すまん、ご飯な…ご飯ご飯…」
「…大丈夫?なんかあった?」
「いや、大丈夫だ…はは。」
「…そう?」
父さんになんと言われようと、あいつはあいつしかいないし、こいつ、まゆはまゆだ。
だから決して、やり直すなんて事は出来ないのだけれど。
それでも、
「…お前さ」
「んー?」
「幸せか?」
「な、なぁに、いきなり、そんな質問…
うーん、今は幸せだよっ」
「…そっか。」
それでも俺は、やっぱり心のどこかで、寂しさをこいつらで埋め合わせてしまっているのかもしれないと、少しだけ、ほんの少しだけ、思わざる負えなかった。
俺と父さんは兵士だった。
そんでもって、父さんに関しては、この国では指折りの精鋭だった。
百戦錬磨、とまでは行かないがそれでも、死線を何度もくぐり抜けていた兵士である。
実力は他の精鋭よりも秀でていた。
暦年の勇者の集うギルドに、一般兵から数ヶ月も立たないうちに昇格。
賞金がかかっていたコロシアム戦に面白半分で挑戦し、無敵と言われていたチャンピオンに大差付け優勝、等。
誰がどう見ても、出る杭と言う奴だった。
そして、出る杭は打たれた。
父さんの才能と腕っぷしを妬んだ他の兵士が、襲撃したのだ。
それも、本人に直接ではなく、家に火をつけるという卑怯な方法で。
俺と父さんは兵士の仕事のため外に出ていたが、自宅待機だった妹は焼死。
取り残されていたのは、もう本人かどうかなんて検討もつかないような、骨の残骸だけだった。
我が家はシングルファザーだった。
母はとうの昔に癌で死んでしまっていて、父がその剣術の実力だけで生命線を繋いでいてくれたのだ。
いつでも冷静沈着、何事も客観的に判断し、絶対に慌てることのなかった父は、少なくとも俺にとっては憧れだった。
そんな父が、その肉の塊を見るやいなや、俺に
「悪ィ、レン。俺ァちょっくら用事ができちまったみてぇだ。
なぁに、心配は要らねぇ。」
と、声を震わせ、無理やり体を押さえつけているような、身が竦むような覇気を纏いながら一声かけ、ゆっくりと家を出ていってしまったのだ。
俺は当時憲兵だったので、勿論仕事をまっとうした。
思い出したくもない。
自分の家と、家族を自分の手で後片付けするのだから。
ゆっくりと家を出ていった父の、「心配はいらない」という言葉が胸に引っかかってはいたが、きっとどこか、憲兵以外で頼れる人に応援要請でもするのだろう、と、そう思っていた。
しかし、その思いは180度的外れな考えだった。
父は妹を殺した兵士に、その手で罰を下した。
後に分かった事だが、その妬んで来た兵士は王宮のエリートだったようで、その囲いとして何人もの兵がいたらしい。
クソったれ、死んじまえよクソったれ。
と叫びながら何度も剣を振り下ろし、そこに居た仲間すべてを葬るまで、父さんは剣を離さなかったそうだ。
しかしその一味を壊滅させた後は自分から兵舎におもむき、自白してお縄に捕まった。
だが背景に事情があったため、数年で釈放、その代わりとして王宮の兵士を殺したペナルティ、つまり兵士をやめさせられてしまったのだ。
俺は別にペナルティはなかったが、父さんの噂が広まり、肩身が狭くなってやめてしまった。
以来、父さんはその力で困ってる人を救うなんでも屋、として各地を渡り歩いていたのだった。
職業、っつーか、趣味だな、これはもう。
ちなみにそれなりに仕送りしてくれている。スゲェ。
まぁ、昔話はこんな所である。
「…俺はてっきり、あんたは娘の事を誰よりも愛してると思ってたよ」
「…軽い冗談だっての…放せよ…」
「…」
ふには落ないが、その手を離す。
首をさすりながら父さんは後退した。
ここらへん警戒心というか、しっかりしている。
「…ったく…若いってのは盛んだねぇ…、口が過ぎたよ、おちょくってやろうとしただけだ…そうかっかすんなや。」
「言っていい冗談と、悪い冗談があるだろうが。」
「はっはー、まさか我が子に説かれるたァねェ……気ィつけるよ、悪かったな。」
別に父さんが悪い人間でないことは知っている。
飄々としているが、これでも割といろいろ考えてくれてはいるのだ。
そんな気がする、ってだけだけど。
「…まぁ、てめぇがいつも通りで安心したぜ、坊主。」
「そりゃどうも…」
「俺の予想だと…まぁ、こってり絞られてっか、嫌われて隅っこで泣いてるか…どっちかだと思ったんだがよォ」
「二番目はいいとして一番目はなんだよ!」
「あん?そりゃぁ…なぁ…?」
「あんたは思春期の高校生か!!」
かっかっ、と笑う父。
まるで、襟首を掴まれた事も、シリアスな雰囲気だった事も何事もなかったように。
それが果たして場を和ませるためなのか、本当にどうとも思っていないのか俺にはわからなかった。
色々考えてくれているはず、とは言ったものの、何を考えているのかは実際まるっきり分からない。
「…はっは、まぁ、俺も時間が無ェからよ、大筋だけ話す。」
「…あ、あぁ?」
時間が無い?
またこの放浪オヤジは何か厄介な仕事でも請け負っているのだろうか。
「まず妹達の事だが…ありゃ、器だ。」
「…器?」
「そう、器。テメェが愛情を注げば注ぐほど輝く器…なーんて、回りくどい言い方してもバカにはわかんねぇか。」
「バカには言われたくねぇよ」
「言い返すようになったじゃねぇか。」
何が時間が無い、だよ、バリバリ脱線してるじゃねぇか。
ダイヤが乱れまくりだ。
「端的に、手短に、率直に言おう。
あいつらは俺が才能を見出した奴らの子孫だ。
つまり、強力な力を秘めてやがる。」
「…それで?」
「あいつらの力を覚醒させろ。」
「……は?」
かっこよく言ってはるがつまり、強いなーと思った魔物を捕まえて子供を産ませた、という事である。
色んな意味を込めた「は?」である。
「ま、最初の内は普通に暮らすだけでいいさ。どうせいつか勝手に芽生えてきやがる。」
全く話に付いていけない、力?何のことだよ、覚醒?こんなおっさんに限ってアニメの見すぎでもあるまいし…
「こっちは至って真剣だ。
お前にしか頼れねェ、頼む。」
それは意外な言葉だった。
「頼む」というセリフ。
俺はこの父親とはそれなりに長く話しているが、頼み事をされたのは、これが初めてだったのだから。
「…普通に暮らすだけで、いいんだよな?」
「おうともよ、なんか予兆があれば…駆けつけてやる。」
「どうやって。」
「秘密、ってやつだな、そりゃ。」
また何がなんだかわからない事をいいやがる、このオヤジは。
とりあえず普通に暮らせばいいのなら何も問題はない。
ノープログレムと言う奴である。
いや、どうだろう。
始めての頼まれごとだったので、単純にテンションが上がっているだけなのかもしれない。
「さってと…じゃ、俺ァ行くぜ。」
「お、おい…待てよ…」
「言ったろォ?時間がねェんだよ。」
「…」
父さんはふらりと玄関まで出て行き、床に捨てるようにおいてあった、細身の体に似合わない程の大きな荷物を背おってから、毒を吐くように言った。
「…お前ェさ、過去にしがみつくのも…それはそれで良いとは思うが、前、向かねェと、何事も進まねぇぞ。」
「あいつのこと…忘れろってことかよ。」
「違うな、あー、いや、そうか。そうだな、嫌な気持ちは忘れちまえ。いつまでもメソメソしてる兄なんか見てっと、あいつも悲しむだろうよ。」
「…」
それは、深層心理を深くえぐり取られたようで、どうしても反論をしてやろうと意気込んでいた喉でも、言葉を紡いでやる事が出来なかった。
立ち尽くす兄に見かねたのかと勘ぐってしまうタイミングで、妹が駆け寄ってきた。
「あっ、お父さんもう行っちゃうの!?」
「おーう、俺ァ忙しいからよう。すまねぇな、構ってやれなくて。」
「うへぇ大荷物だねぇ…お仕事頑張って!!」
「はっはー、言われんでも、全力を尽くすよ。」
さっきまでのオーラは何処へやら。
今俺の目の前にいるのは近所のおっちゃんという感じだった。
「…」
「じゃあな、坊主。ご武運を期待してるぜ。」
その時、扉を閉める父さんの背中が、今までにないくらい遠く見えたのは何かの予兆だったのかもしれない。
少なくとも俺は、その場から数分動くことができなかった。
「…にぃ?」
「あっ、あぁ、すまん、ご飯な…ご飯ご飯…」
「…大丈夫?なんかあった?」
「いや、大丈夫だ…はは。」
「…そう?」
父さんになんと言われようと、あいつはあいつしかいないし、こいつ、まゆはまゆだ。
だから決して、やり直すなんて事は出来ないのだけれど。
それでも、
「…お前さ」
「んー?」
「幸せか?」
「な、なぁに、いきなり、そんな質問…
うーん、今は幸せだよっ」
「…そっか。」
それでも俺は、やっぱり心のどこかで、寂しさをこいつらで埋め合わせてしまっているのかもしれないと、少しだけ、ほんの少しだけ、思わざる負えなかった。
15/10/14 21:06更新 / みゅぅん
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