11「突撃! 彼氏ん家(後編)」
その日、ショッピングに行っていたルミナと文葉は、地下鉄の改札を出たところで、案内板の前で困ったような表情を浮かべている和服姿の老婦人に気づいた。
「あの、何かお困りのようですが、どうされました?」
文葉が止める間もなく、ルミナが速攻で声をかける。老婦人はびっくりしたように二人の方へ振り向くと二、三度目を瞬かせ、そして相好を崩した。
「あら、ごめんなさいね。公園通りに行きたいんだけど、どの出口から出ればいいのかなって」
「公園通り、ですか……、えっと……」
横に立ち、案内板を指でなぞろうとするルミナ。
自分も不案内なくせに──そう思いながらも文葉は溜め息を吐き、口を挟んだ。
「市民公園なら南出口から出て左に行けば、歩いて十五分ほどですよ」
「そうだったわね。久しぶりにこっちに来たけど、駅の中の様子もすっかり変わっちゃってて」
「なるほど。で、公園通りのどちらに行かれるのですか? よろしければわたしたちもご一緒しますが」
「ちょっとルミナ……っ」
困っている人を見ると手助けしたくなるのは天使属の特性だと聞いてはいたけど、お節介が過ぎるのもどうかと思う。
「いえ、親戚がお店をやっているから、そこを訪ねようかと……ビストロSARASAっていう洋食屋なんだけど」
「ビストロSARASA? どっかで聞いたような……」
「知っているのかフミハ? あ、えっと──」
問い直すルミナに、老婦人は上品な笑みを浮かべたまま空いた手を胸元に当てて名乗った。
「河森雪乃(かわもり・ゆきの)。よろしくね、お嬢さんたち」
…………………………………………
……………………
…………
……
<●>
「──ということがあったんだ。わかったか」
「何えらそうに説明してんだ……ていうか、いつまでいるんだよおまえっ!?」
場面は戻って、ビストロSARASAの奥にあるテーブル席。
ルミナの説明にツッコミを入れて、ナギはテーブルの向かい側に座って無言でお茶を啜る彼方の祖母──雪乃の顔をチラッとうかがった。
グレーの髪、歳を重ねてしわの刻まれた目尻や口元、だがそれとは裏腹に姿勢がピンと伸びていて、矍鑠(かくしゃく)とした雰囲気がある。
「知れたこと。貴様がユキノさんに危害を加えないか見張っているのだ」
文葉は家族との約束があるからと先に帰宅。ヴァルキリーの少女はフンッと鼻を鳴らし、テーブルの上に置かれた箱に手を伸ばした。
「カナタのおばあちゃんにそんなことするかっ! つーか、しれっとゴザソーロー三つも食うなっ!」
「落ち着けやナギ」
言下に「さっさと帰れ」を滲ませ怒鳴るゲイザー娘を、彼方が苦笑を浮かべてなだめる。お茶請けはナギがお土産で持ってきた、神の怒りによって地域ごとに呼び方をバラバラにされたという伝説(笑)がある、あんこ入りのあの和菓子だった。
「ナギさん、とおっしゃるのね」
雪乃が湯呑みを置いて、呼びかけてきた。
「はっはいナギですっ! 明緑館学園高等部1年B組、種族はゲイザー、弓道部所属でっ、かっ、カナタとつっ、つきあってますっ!」
一ツ目や触手にも動ぜず泰然自若。口調は優しげだったが、ナギは思わず背筋を伸ばし、上擦った声で応えた。
雪乃はほんの一瞬目を丸くして単眼娘を見ると、横にいた孫に声をかけた。
「彼方、席を外してくれない? この子たちと女同士で話をしたいの」
「え……?」
「二人にお夕飯作ってあげるんでしょ? ほら、行った行った」
「…………」
促されて席を立つ彼方。不安げに見上げてくるナギと目が合った。
「カナタぁ……」
「何情けない声出しとんねん。ばあちゃんの相手頼むわ」
頭をぽんぽんと軽く叩いてリビングから出ていく彼方の背中を見送ると、ナギは「あらあら」と微笑む雪乃に向き直る。
正面に座る袴姿のゲイザー娘と、その隣で不満げな表情を浮かべる戦天使の少女を交互に見つめ、彼方の祖母は二人に問いかけた。
「あなたたちは知ってるの? あの子の両親のこと」
「前にカナタから聞いた。クルマの事故で亡くなったって」
「私もコイツと一緒に聞きました」
「そう……」
一転、神妙な顔になるナギとルミナ。雪乃は彼女たちの返事に軽くうなずくと、テーブルの上で指を組んだ。
少し昔話に付き合ってね……と前置きして彼女が語りだしたのは、その当時の彼方のことだった──
「……それで葬儀が終わって、あの子を引き取ろうとしたんだけど、『自分がいなくなったら、父さんと母さんが開いたこの店までなくなってしまう。ここから離れたくない』って大泣きしながら言い張ってね」
「じゃあ、ここって元々はカナタの両親の店なのか……」
左右に首を巡らしつぶやくナギに、雪乃が「ええ」と答えた。
「結局、弟の大輔さんがホテルシェフを辞めてこのお店を継いで、彼方の保護者になってくれたの」
「そうだったんだ……」
あのとってつけたような関西弁や飄々とした態度も、本人は意識してないかもしれないけれど全て寂しさの裏返しだったのかも……と思う。
と、そこで戦天使の少女が口を挟んできた。
「ユキノさんは、もう一度カナタを……その、ご自身の元へ連れ帰るために来られたのですか?」
「……えっ!?」
固い口調で放たれたその質問に、ゲイザー娘の萎れたようにうなだれていた背中の触手がピンと固まった。もしもそんなことになってしまったら、明緑館学園から人間の同伴者なしに出られないナギは、彼方と離ればなれになってしまう。
「え、遠距離恋愛、ワタシの苦手な言葉です……」
「ネタにはしる余裕だけはあるのだな、お前」
だが、雪乃は警戒心マシマシになった単眼娘の視線を受け流し、笑みを浮かべたまま首を横に振ると、
「今日はこっちにいる知り合いに頼まれごとをされたから、そのついでで様子を見にきただけ。いつかはわたしのところに来てほしいけど、それは今じゃないし、決めるのは彼方自身よ」
きっぱりとそう答える。ナギは胸に手を当てて、ほっと息を吐いた。
「よかった……」
「でもねナギさん、わたしはまだあなたと彼方の仲を認めたわけじゃないから」
「うえぇっ!?」
しかしいきなりのカウンター発言に、一ツ目を瞬かせて奇声を上げ、身をのり出す。
「いやちょっと待ってよおばあちゃんっ! ここは『孫を末永くよろしくねっ♪』って流れじゃないの!?」
「ふんっ、お前のような単眼触手の人外が、万人に受け入れられると思っているのか。身の程知らずめっ」
「なんだとテメエっ!!」
煽ってくるルミナの胸ぐらをつかみかけたナギだったが、雪乃の咳払いで伸ばした腕と触手を引っ込め、腰を落とした。
「ルミナさん、仮にも守護天使を名乗っておきながら、自分から喧嘩を売るような真似をするのは感心しませんよ」
「うぐっ……」
やんわりとたしなめられ、ヴァルキリーの少女は苦虫を噛み潰したような表情で呻き声を上げる。
そして雪乃は、身を縮こませて上目遣いで睨んでくるゲイザー娘に向き直った。
「あなたたち魔物娘は、人間の男性を愛して結ばれた魔王さまとやらの力で、同じように人間と愛し合えるように生み出されたのよね」
「あ、う──うん……」
「じゃあ、あなたはその魔物娘としての習性で、彼方を好きになったってことなの?」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。「ち、違うっ! 魔物娘とか習性とか、そりゃちょっとはあるかもしれないけど、アタシもホノカも、カナタたちを選んだのはアタシらの……自分の意思だっ!」
「なら、それを示してみなさいな。魔物娘じゃなく、あなた自身として」
テーブルに手を叩きつけ立ち上がるナギ。雪乃は涙を溜めたその一ツ目を真っ直ぐに見返し、それが聞きたかったとばかりに微笑みを浮かべてうなずいた。
──暗示能力を使ったら、問答無用で叩きのめしてやれたのに……
胸中で毒づくルミナだったが、魔力が行使されていない≠アとはヴァルキリーである自分が一番よく分かっている。ここでやってもないことに因縁つけたりしたら、それこそ彼女が嫌っている自称地球防衛隊の連中と同類になってしまうだろう。
ちょうどそのタイミングで、彼方と拓人がトレイを手に戻ってきた。
「ご飯できたで。シーフードスパゲッティやけど、ばあちゃんもそれでええか?」
「いいわよ。どれだけ腕が上がったか確かめてあげる」
「はは、相変わらずやなあ」
「ナギねーちゃん、いっしょに食べよう」
「お、おう……」
彼方特製、オイルサーディンと小松菜のペペロンチーノ風パスタ。
配膳を手伝いながら、ちゃっかりナギの隣の席を確保する拓人だった。
夕食終了後。
「……えっと、こっちのおねえちゃん、誰?」
「はぐぁっ!」
単眼娘のインパクトに敗北した戦天使の図(笑)。
なお彼方の作ったパスタの味は、ナギ曰く「腹立つほどおいしかった」とか。
<●>
「本当に泊まっていかなくて大丈夫なのですか?」
「ありがとう大輔さん。でももうホテルも予約してるし、遅くなったけどこれから別の人と会う予定もあるし、ね」
客足が減ったところを見計らい、雪乃は腰を上げて暇(いとま)を告げた。
「アタシ、絶対ユキノおばあちゃんにカナタとのこと、認めてもらうからっ」
「楽しみにしてるわ、ナギさん」
店の入り口まで見送りにきたナギの髪に手をやり、笑みを浮かべる。
その手つきが彼方のそれと同じだと、ゲイザー娘は背中の触手をゆらゆら揺らめかせて目尻を下げた。
「ほな送っていくわ、ばあちゃん」
「よろしくね、彼方」
孫に促されて、サイドカーの座席に身を沈める雪乃。
二人を乗せて遠ざかっていくバイクにナギが手を振っていると、横にいた彼方の叔父──大輔が問いかけてきた。
「ナギさんも言われたみたいだな。『自分自身を示せ』って」
「え? 叔父さん、どうして分かったの?」
「彼方の父親……俺の兄貴も雪乃さんに言われたんだよ。娘さんとの交際を認めてもらうときに、な」
「そうなんだ。……じゃあ今度会ったときに、アタシのイイとこをもっと知ってもらわないとなっ」
「…………」
きししっと笑うポジティブ思考の単眼娘に、つられたように笑みを浮かべる。
しばし無言で店の外に立っていた二人だったが、大輔は軽く伸びをして右の肩を回した。
「彼方が帰ってくるまで、店手伝ってくれるかい?」
「もちろん♪」
袂(たもと)から取り出した細紐をたすきがけにして袖をまとめると、彼女は叔父の後について店の中へと戻っていった。
二日後、段位審査会で雪乃が審査員として席に座っていて、ナギはガチガチに緊張した状態で弓を弾く羽目になってしまうのだが……
それはまた、別の話。
to be continued...
─ appendix ─
「ナギさん、いい子ね」
「ん〜、まあな」
駅前のホテルに送っていく途中、ヘルメットのインカムから聞こえてきた祖母の声に、彼方は曖昧な口調で返事した。
「けどなぁ、あいつ気まぐれやし、口悪いし、すぐ泣くし、なんでもかんでもいっちょ噛みするから目ぇ離されへんし──」
「だから心配になって、世話焼いて……それで好きになったのね」
「…………」
パッセンジャーシートでくすくす笑う雪乃に一瞬、言葉を途切れさせ、
「ほんま、ばあちゃんにはかなわんなあ……」
彼方は照れ隠し気味に嘆息して、そう応えた。
「ばあちゃんはナギたちに思うこと、なんもないんか?」
「そうね、短い時間だったけど、あの二人と過ごして改めて思ったわ。同じ服を着て、同じ言葉で話して、同じものを食べていたら、あの子たちはもう稀人(まろうど:異郷人や異邦人、転じて外から*Kれたモノの意)なんかじゃないって」
「せやな」
誰もがそう考えてくれればいいのだが、そうはいかないのが世の常。現実には自称地球防衛隊のようなイカれた連中が、雨後のタケノコのように湧いて出てくるのだから、ままならないものである。
「守ってあげなさいな、彼方」
「もちろんやで」
奇しくもナギが大輔に店の手伝いをお願いされたのと、同じタイミングであった。
ケガをした知り合いの代理で、弓道の段位審査会の審査員をするために来た雪乃。事前に明緑館学園の魔物娘がそこに参加することを聞かされていたのだが、
──まさか孫が魔物娘と付き合っていて、その子がくだんの弓道部員だったなんて、縁がどこでどう繋がってるか分からないものね……
「またなんか悪だくみしてんねやろ、ばあちゃん」
「さ〜あ、どうかしら?」
彼方は前を向いたまま、楽しげな口調ではぐらかす祖母に苦笑を浮かべた。
─ appendix ─
「ナギさんはいい子だったけど、うちの拓人がすっかり懐いちゃって……母親として、将来あの子の女性の好みが歪んじゃわないか心配だわ」
「考え過ぎよ。拓人くんにしたら、妖怪アニメのキャラクターが現実にとび出してきたって程度の認識じゃなくて?」
昼下がりのビストロSARASA。カウンターを挟んで彼方の叔母の涼子と、甲介の母親である知世が話し込んでいた。
「ん〜、まあ、そう、かも……」
カトラリーを拭く手を止めて、人差し指を口元に当てて首を傾げる涼子。そんな彼女に、知世はふわりと笑みを浮かべた。
母親として心配なのは分からなくもないが、さすがに幼稚園の子相手にそれは杞憂……ぶっちゃけ取り越し苦労に過ぎるだろう。
「先輩のとこはどうなんです? 先輩のお子さんの交際相手さんも一ツ目の魔物娘なんでしょ?」
「そうね。……まあ本音を言えば、こうちゃんには普通の女の子と付き合って欲しかったけど──」
知世はそこで言葉を切って、紅茶に口をつける。そしてカップをソーサーの上に戻すと、「でもね、ホノカちゃんにいろんな服着せてたら、ああこの子も普通の女の子と変わらないんだな〜って思えてきちゃって」
「はー、よっぽど気に入ったんですね、その子のこと」
「あら? 分かっちゃう?」
「分かりますよ。先輩、明緑館学園の服飾部にいた頃から、気に入った子をいっつも着せ替え人形にしてましたし」
「…………」
かくいう彼女自身が、その被害者(笑)だったりするのだが。
で、でもホノカちゃん、最後の方は嬉しそうに着替えてたし……と、ばつが悪そうに小声で付け加える知世に、後輩である涼子は呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「でもでもホントに可愛いかったのよ〜。こうちゃんがちょっと席外してるときに、ホノカちゃんったら姿見の前でスカートの裾、両手でつまんでくるくる〜って──」
「へくちっ!」
「だ、大丈夫ホノカちゃんっ?」
「ご、ごめん、コースケくん。……ううっ、だ、誰かが、わたしの、は、恥ずかしいこと言ってるような気がする──」
「あの、何かお困りのようですが、どうされました?」
文葉が止める間もなく、ルミナが速攻で声をかける。老婦人はびっくりしたように二人の方へ振り向くと二、三度目を瞬かせ、そして相好を崩した。
「あら、ごめんなさいね。公園通りに行きたいんだけど、どの出口から出ればいいのかなって」
「公園通り、ですか……、えっと……」
横に立ち、案内板を指でなぞろうとするルミナ。
自分も不案内なくせに──そう思いながらも文葉は溜め息を吐き、口を挟んだ。
「市民公園なら南出口から出て左に行けば、歩いて十五分ほどですよ」
「そうだったわね。久しぶりにこっちに来たけど、駅の中の様子もすっかり変わっちゃってて」
「なるほど。で、公園通りのどちらに行かれるのですか? よろしければわたしたちもご一緒しますが」
「ちょっとルミナ……っ」
困っている人を見ると手助けしたくなるのは天使属の特性だと聞いてはいたけど、お節介が過ぎるのもどうかと思う。
「いえ、親戚がお店をやっているから、そこを訪ねようかと……ビストロSARASAっていう洋食屋なんだけど」
「ビストロSARASA? どっかで聞いたような……」
「知っているのかフミハ? あ、えっと──」
問い直すルミナに、老婦人は上品な笑みを浮かべたまま空いた手を胸元に当てて名乗った。
「河森雪乃(かわもり・ゆきの)。よろしくね、お嬢さんたち」
…………………………………………
……………………
…………
……
<●>
「──ということがあったんだ。わかったか」
「何えらそうに説明してんだ……ていうか、いつまでいるんだよおまえっ!?」
場面は戻って、ビストロSARASAの奥にあるテーブル席。
ルミナの説明にツッコミを入れて、ナギはテーブルの向かい側に座って無言でお茶を啜る彼方の祖母──雪乃の顔をチラッとうかがった。
グレーの髪、歳を重ねてしわの刻まれた目尻や口元、だがそれとは裏腹に姿勢がピンと伸びていて、矍鑠(かくしゃく)とした雰囲気がある。
「知れたこと。貴様がユキノさんに危害を加えないか見張っているのだ」
文葉は家族との約束があるからと先に帰宅。ヴァルキリーの少女はフンッと鼻を鳴らし、テーブルの上に置かれた箱に手を伸ばした。
「カナタのおばあちゃんにそんなことするかっ! つーか、しれっとゴザソーロー三つも食うなっ!」
「落ち着けやナギ」
言下に「さっさと帰れ」を滲ませ怒鳴るゲイザー娘を、彼方が苦笑を浮かべてなだめる。お茶請けはナギがお土産で持ってきた、神の怒りによって地域ごとに呼び方をバラバラにされたという伝説(笑)がある、あんこ入りのあの和菓子だった。
「ナギさん、とおっしゃるのね」
雪乃が湯呑みを置いて、呼びかけてきた。
「はっはいナギですっ! 明緑館学園高等部1年B組、種族はゲイザー、弓道部所属でっ、かっ、カナタとつっ、つきあってますっ!」
一ツ目や触手にも動ぜず泰然自若。口調は優しげだったが、ナギは思わず背筋を伸ばし、上擦った声で応えた。
雪乃はほんの一瞬目を丸くして単眼娘を見ると、横にいた孫に声をかけた。
「彼方、席を外してくれない? この子たちと女同士で話をしたいの」
「え……?」
「二人にお夕飯作ってあげるんでしょ? ほら、行った行った」
「…………」
促されて席を立つ彼方。不安げに見上げてくるナギと目が合った。
「カナタぁ……」
「何情けない声出しとんねん。ばあちゃんの相手頼むわ」
頭をぽんぽんと軽く叩いてリビングから出ていく彼方の背中を見送ると、ナギは「あらあら」と微笑む雪乃に向き直る。
正面に座る袴姿のゲイザー娘と、その隣で不満げな表情を浮かべる戦天使の少女を交互に見つめ、彼方の祖母は二人に問いかけた。
「あなたたちは知ってるの? あの子の両親のこと」
「前にカナタから聞いた。クルマの事故で亡くなったって」
「私もコイツと一緒に聞きました」
「そう……」
一転、神妙な顔になるナギとルミナ。雪乃は彼女たちの返事に軽くうなずくと、テーブルの上で指を組んだ。
少し昔話に付き合ってね……と前置きして彼女が語りだしたのは、その当時の彼方のことだった──
「……それで葬儀が終わって、あの子を引き取ろうとしたんだけど、『自分がいなくなったら、父さんと母さんが開いたこの店までなくなってしまう。ここから離れたくない』って大泣きしながら言い張ってね」
「じゃあ、ここって元々はカナタの両親の店なのか……」
左右に首を巡らしつぶやくナギに、雪乃が「ええ」と答えた。
「結局、弟の大輔さんがホテルシェフを辞めてこのお店を継いで、彼方の保護者になってくれたの」
「そうだったんだ……」
あのとってつけたような関西弁や飄々とした態度も、本人は意識してないかもしれないけれど全て寂しさの裏返しだったのかも……と思う。
と、そこで戦天使の少女が口を挟んできた。
「ユキノさんは、もう一度カナタを……その、ご自身の元へ連れ帰るために来られたのですか?」
「……えっ!?」
固い口調で放たれたその質問に、ゲイザー娘の萎れたようにうなだれていた背中の触手がピンと固まった。もしもそんなことになってしまったら、明緑館学園から人間の同伴者なしに出られないナギは、彼方と離ればなれになってしまう。
「え、遠距離恋愛、ワタシの苦手な言葉です……」
「ネタにはしる余裕だけはあるのだな、お前」
だが、雪乃は警戒心マシマシになった単眼娘の視線を受け流し、笑みを浮かべたまま首を横に振ると、
「今日はこっちにいる知り合いに頼まれごとをされたから、そのついでで様子を見にきただけ。いつかはわたしのところに来てほしいけど、それは今じゃないし、決めるのは彼方自身よ」
きっぱりとそう答える。ナギは胸に手を当てて、ほっと息を吐いた。
「よかった……」
「でもねナギさん、わたしはまだあなたと彼方の仲を認めたわけじゃないから」
「うえぇっ!?」
しかしいきなりのカウンター発言に、一ツ目を瞬かせて奇声を上げ、身をのり出す。
「いやちょっと待ってよおばあちゃんっ! ここは『孫を末永くよろしくねっ♪』って流れじゃないの!?」
「ふんっ、お前のような単眼触手の人外が、万人に受け入れられると思っているのか。身の程知らずめっ」
「なんだとテメエっ!!」
煽ってくるルミナの胸ぐらをつかみかけたナギだったが、雪乃の咳払いで伸ばした腕と触手を引っ込め、腰を落とした。
「ルミナさん、仮にも守護天使を名乗っておきながら、自分から喧嘩を売るような真似をするのは感心しませんよ」
「うぐっ……」
やんわりとたしなめられ、ヴァルキリーの少女は苦虫を噛み潰したような表情で呻き声を上げる。
そして雪乃は、身を縮こませて上目遣いで睨んでくるゲイザー娘に向き直った。
「あなたたち魔物娘は、人間の男性を愛して結ばれた魔王さまとやらの力で、同じように人間と愛し合えるように生み出されたのよね」
「あ、う──うん……」
「じゃあ、あなたはその魔物娘としての習性で、彼方を好きになったってことなの?」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。「ち、違うっ! 魔物娘とか習性とか、そりゃちょっとはあるかもしれないけど、アタシもホノカも、カナタたちを選んだのはアタシらの……自分の意思だっ!」
「なら、それを示してみなさいな。魔物娘じゃなく、あなた自身として」
テーブルに手を叩きつけ立ち上がるナギ。雪乃は涙を溜めたその一ツ目を真っ直ぐに見返し、それが聞きたかったとばかりに微笑みを浮かべてうなずいた。
──暗示能力を使ったら、問答無用で叩きのめしてやれたのに……
胸中で毒づくルミナだったが、魔力が行使されていない≠アとはヴァルキリーである自分が一番よく分かっている。ここでやってもないことに因縁つけたりしたら、それこそ彼女が嫌っている自称地球防衛隊の連中と同類になってしまうだろう。
ちょうどそのタイミングで、彼方と拓人がトレイを手に戻ってきた。
「ご飯できたで。シーフードスパゲッティやけど、ばあちゃんもそれでええか?」
「いいわよ。どれだけ腕が上がったか確かめてあげる」
「はは、相変わらずやなあ」
「ナギねーちゃん、いっしょに食べよう」
「お、おう……」
彼方特製、オイルサーディンと小松菜のペペロンチーノ風パスタ。
配膳を手伝いながら、ちゃっかりナギの隣の席を確保する拓人だった。
夕食終了後。
「……えっと、こっちのおねえちゃん、誰?」
「はぐぁっ!」
単眼娘のインパクトに敗北した戦天使の図(笑)。
なお彼方の作ったパスタの味は、ナギ曰く「腹立つほどおいしかった」とか。
<●>
「本当に泊まっていかなくて大丈夫なのですか?」
「ありがとう大輔さん。でももうホテルも予約してるし、遅くなったけどこれから別の人と会う予定もあるし、ね」
客足が減ったところを見計らい、雪乃は腰を上げて暇(いとま)を告げた。
「アタシ、絶対ユキノおばあちゃんにカナタとのこと、認めてもらうからっ」
「楽しみにしてるわ、ナギさん」
店の入り口まで見送りにきたナギの髪に手をやり、笑みを浮かべる。
その手つきが彼方のそれと同じだと、ゲイザー娘は背中の触手をゆらゆら揺らめかせて目尻を下げた。
「ほな送っていくわ、ばあちゃん」
「よろしくね、彼方」
孫に促されて、サイドカーの座席に身を沈める雪乃。
二人を乗せて遠ざかっていくバイクにナギが手を振っていると、横にいた彼方の叔父──大輔が問いかけてきた。
「ナギさんも言われたみたいだな。『自分自身を示せ』って」
「え? 叔父さん、どうして分かったの?」
「彼方の父親……俺の兄貴も雪乃さんに言われたんだよ。娘さんとの交際を認めてもらうときに、な」
「そうなんだ。……じゃあ今度会ったときに、アタシのイイとこをもっと知ってもらわないとなっ」
「…………」
きししっと笑うポジティブ思考の単眼娘に、つられたように笑みを浮かべる。
しばし無言で店の外に立っていた二人だったが、大輔は軽く伸びをして右の肩を回した。
「彼方が帰ってくるまで、店手伝ってくれるかい?」
「もちろん♪」
袂(たもと)から取り出した細紐をたすきがけにして袖をまとめると、彼女は叔父の後について店の中へと戻っていった。
二日後、段位審査会で雪乃が審査員として席に座っていて、ナギはガチガチに緊張した状態で弓を弾く羽目になってしまうのだが……
それはまた、別の話。
to be continued...
─ appendix ─
「ナギさん、いい子ね」
「ん〜、まあな」
駅前のホテルに送っていく途中、ヘルメットのインカムから聞こえてきた祖母の声に、彼方は曖昧な口調で返事した。
「けどなぁ、あいつ気まぐれやし、口悪いし、すぐ泣くし、なんでもかんでもいっちょ噛みするから目ぇ離されへんし──」
「だから心配になって、世話焼いて……それで好きになったのね」
「…………」
パッセンジャーシートでくすくす笑う雪乃に一瞬、言葉を途切れさせ、
「ほんま、ばあちゃんにはかなわんなあ……」
彼方は照れ隠し気味に嘆息して、そう応えた。
「ばあちゃんはナギたちに思うこと、なんもないんか?」
「そうね、短い時間だったけど、あの二人と過ごして改めて思ったわ。同じ服を着て、同じ言葉で話して、同じものを食べていたら、あの子たちはもう稀人(まろうど:異郷人や異邦人、転じて外から*Kれたモノの意)なんかじゃないって」
「せやな」
誰もがそう考えてくれればいいのだが、そうはいかないのが世の常。現実には自称地球防衛隊のようなイカれた連中が、雨後のタケノコのように湧いて出てくるのだから、ままならないものである。
「守ってあげなさいな、彼方」
「もちろんやで」
奇しくもナギが大輔に店の手伝いをお願いされたのと、同じタイミングであった。
ケガをした知り合いの代理で、弓道の段位審査会の審査員をするために来た雪乃。事前に明緑館学園の魔物娘がそこに参加することを聞かされていたのだが、
──まさか孫が魔物娘と付き合っていて、その子がくだんの弓道部員だったなんて、縁がどこでどう繋がってるか分からないものね……
「またなんか悪だくみしてんねやろ、ばあちゃん」
「さ〜あ、どうかしら?」
彼方は前を向いたまま、楽しげな口調ではぐらかす祖母に苦笑を浮かべた。
─ appendix ─
「ナギさんはいい子だったけど、うちの拓人がすっかり懐いちゃって……母親として、将来あの子の女性の好みが歪んじゃわないか心配だわ」
「考え過ぎよ。拓人くんにしたら、妖怪アニメのキャラクターが現実にとび出してきたって程度の認識じゃなくて?」
昼下がりのビストロSARASA。カウンターを挟んで彼方の叔母の涼子と、甲介の母親である知世が話し込んでいた。
「ん〜、まあ、そう、かも……」
カトラリーを拭く手を止めて、人差し指を口元に当てて首を傾げる涼子。そんな彼女に、知世はふわりと笑みを浮かべた。
母親として心配なのは分からなくもないが、さすがに幼稚園の子相手にそれは杞憂……ぶっちゃけ取り越し苦労に過ぎるだろう。
「先輩のとこはどうなんです? 先輩のお子さんの交際相手さんも一ツ目の魔物娘なんでしょ?」
「そうね。……まあ本音を言えば、こうちゃんには普通の女の子と付き合って欲しかったけど──」
知世はそこで言葉を切って、紅茶に口をつける。そしてカップをソーサーの上に戻すと、「でもね、ホノカちゃんにいろんな服着せてたら、ああこの子も普通の女の子と変わらないんだな〜って思えてきちゃって」
「はー、よっぽど気に入ったんですね、その子のこと」
「あら? 分かっちゃう?」
「分かりますよ。先輩、明緑館学園の服飾部にいた頃から、気に入った子をいっつも着せ替え人形にしてましたし」
「…………」
かくいう彼女自身が、その被害者(笑)だったりするのだが。
で、でもホノカちゃん、最後の方は嬉しそうに着替えてたし……と、ばつが悪そうに小声で付け加える知世に、後輩である涼子は呆れ混じりの溜め息を吐いた。
「でもでもホントに可愛いかったのよ〜。こうちゃんがちょっと席外してるときに、ホノカちゃんったら姿見の前でスカートの裾、両手でつまんでくるくる〜って──」
「へくちっ!」
「だ、大丈夫ホノカちゃんっ?」
「ご、ごめん、コースケくん。……ううっ、だ、誰かが、わたしの、は、恥ずかしいこと言ってるような気がする──」
23/07/28 15:28更新 / MONDO
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