連載小説
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12「ゆにぴょい伝説(前編)」
 「チナツのゆるふわラジオカフェテリア」、本日のテーマは今チャレンジしてること=I まずは更紗市のラジオネーム・白馬のプリンセスさんからのお便り〜っ!

「こんにちは! 初めてお便りします」

 はいこんにちは。よろしくね〜♪

「突然ですがチナツさんは、自転車に乗れますか?」

 乗れるよ〜。このスタジオに来るときも、家から駅までは自転車だし。

「実はわたし、今まで自転車に乗ることができませんでした。友だちが自転車に乗って買い物や遊びに行くのを、いつもうらやましく見送ってました」

 うーん、わたしも子どもの頃、乗れるまで結構時間かかったかなぁ。何度コケて膝擦りむいたことか……

「口の悪い友人は『アンタがガチで走ったら自転車より速いじゃん』なんて言ってくるのですが、そういう問題ではないと思います」

 ……え? い、いや、それはそれで凄いと思うけど。まあ得手不得手はヒトそれぞれだよねっ。F1パイロットでも自転車乗れないヒトがいるって聞いたこともあるし。

「ですが、他の仲間がいろいろ助けてくれて、わたしも自転車に乗れるようになりました! まだバランスが上手く取れなくてふらふらするし、ペダルもしっかり漕げないけど、みんなと一緒に自転車でお出かけできるようがんばってます」

 以前テレビで見たんだけど、バランスとペダル漕ぎをいっぺんにやろうとするからコケちゃうんだって。まずはペダルを取り外して、誰かに自転車を押してもらったりして、バランスを取ることだけを練習してみたらいいと思うよ。

 白馬のプリンセスさんのチャレンジ、応援してるねっ。がんばって!

 ではではっ、次のおたよりは〜っと──



─ centaur hunting ─

 二十四時間後の近未来。
 季節は初夏。放課後のひとコマ。

「大丈夫かしっかりしろ出尾池ぃ〜っ!」
「立てっ、立つんだ加眞瀬ぇ〜っ!」
「お前の犠牲は無駄にしないぞ立河割ぃ〜っ!」
「どっどうじでもおおおおおおおお〜っ、ぢ、ぢぎゅうぼぅえぃたいに入っでえええええ〜っ! ばっばけ化け物女をををっ! どにがぐ化け物女ををををっ! わだ、わだしじゃなぐでえええっ、誰がやるんだっでいうううううっ!」

 揃いのレザースーツを身につけ、両耳のあたりにアンテナが付いたヘルメットを被った集団が、わめき声やら泣き声やらを上げながら警官たちにずるずると引きずられるように連行されていく。
 毎度おなじみ(自称)地球防衛隊NTRの隊員たち。そんな彼らをジト目で見送り、絡まれていた三人の女生徒たちは安堵の息を継ぐ。

「二人とも、大丈夫?」

 髪をポニーテールに結った少女──文葉が、隣に立つ友人たちに問いかけた。

「……だ、大丈、夫」

 一人は水色の肌と額の一本ツノ、そして顔の真ん中にある蒼い一つ目が特徴の魔物娘、サイクロプスのホノカ。若干涙目。

「……ったく、毎度毎度だけど何考えてんだアイツらっ」

 もう一人は黒髪ツーテールの先から目玉のついた触手が生えた、生牡蠣色の肌と赤い一つ目の魔物娘、ゲイザーのナギ。ぷんすか憤慨中。
 二人は制服のスカートに着いた砂埃を払い、乱れた襟元を整えながら口々に返事して、同時に溜め息を吐いた。
 今日は文葉に誘われて駅前のスイーツ屋台に寄り道していたのだが、付近を徘徊もといパトロール中?だった連中の目にとまり、難癖つけられていたのである。
 ナギたちにとっては「またか」といった感じで怖さやうっとうしさよりも先に呆れ顔が浮かんでいたのだが、はたから見ればウ◯トラ防衛隊風のコスプレしたおっさんらが女子高生につかみかかっている以外の何物でもない。すかさず警察に通報され、手を振り上げたところで全員御用となったわけだ。

「あ〜、やっぱ永野と海老原についてきてもらった方がよかった、かも?」
「ん、まあ……」「どう、だろ……?」

 スクールリボンを留め直し、バツが悪そうに顔を見合わせる単眼娘たち。イチャモン避けには有効かもだが、女子同士の買い食いに自分たちだけ彼氏連れてくるのもいささか気が引ける。
 そして事情聴取を終えた警官たちが引き上げ、周囲が少しずつざわめき始めた。

「魔物娘への接近禁止命令出されてるのに、よく懲りずに絡みにいくよな」
「嫌な顔されただけで『向こうが先に近づいてきた! 攻撃してきた!』とか喚いてたしな。自分らの都合いいように解釈してんじゃないか?」
「まあさすがにつかまれようとしたら、抵抗するよな普通」
「ポニテの子はただの人間でしょ? 区別つけられない時点でアウトじゃん」
「ていうか、今どき某号泣氏ですか……」

 口々に言い合いながら散っていく野次馬たち。文葉は警察に通報してくれた人物──小太りで額が広い背広姿の男性に、「ありがとうございました」と頭を下げた。

「あ〜、い、いやぁ、ととと当〜然のコトしたまでだよ〜、うんうん」

 ポニーテール少女の背後からじーっと見つめてくる単眼娘ズに気圧され目を泳がせながらも、その男は自慢げで微妙に若ぶった、JKを相手にする中年男性の典型的な口調でそう応えた。

「「…………」」

 歳の頃は四十半ば。身なりはきちんとしていたが、そこはかとなく漂うわざとらしさと胡散臭さに、三人は眉をひそめる。
 しかし男はそんな視線に全く気付いていないかのように、距離を詰めてきた。

「あ〜、え〜、えっと、き──君たちは、そっ、その、明緑館学園の、生徒さん、だよね? ね?」
「そ、そうですけど……」

 取ってつけたようにつっかえながらそう尋ねてくる。文葉は若干引き気味になりつつ当たりさわりのない言葉を返して、後ろにいるナギたちをちらっとうかがった。
 先ほどの自称地球防衛隊とは違うベクトルで、魔物娘たちにウザ絡みしてくるたぐいだと感じたようだ。

「いやぁ、ち、ちょうどよかった〜っ。じ、実を言うとわた──ぼ、僕はその、め、明緑館学園に、そうっ、ち、ちょっとした用があるんだよ〜。で、で、よ、よかったら、いっしょに来てくれない、かなぁ、なんて……ほ、ほらぁ、さ、最近は不審者対策とかなんとかで、敷居高くなっちゃてさ〜」
「「「…………」」」

 無理につくったような言葉遣い。両手のひらを顔の前で合わせて懇願?し、そこで男は「おぉっといけない」とわざとらしくつぶやきながら、背広の内ポケットからカードケースを取り出して中の名刺を三人に差し出してきた。



「何やってんだこのハゲえええっ!!」

 甲高い声が事務所じゅうに響き、机上にあったバインダーを投げつけられる。
 床に散らばった書類をちらっと見て、駅前でナギたちを助けた(?)男はヒステリックに怒鳴りつけてくる目の前の中年女性に向かって、汗を拭き拭きしどろもどろに言い返した。

「で、ですからその、も、申し上げましたとおり、え〜その、ま、魔物娘が、その、ヒトに向かって、その、魔法、を使うことは、あ〜その、き、緊急時を除いて禁止されている、といいますか──」
「そう言われてすごすご戻ってきて、子どものおつかいかこの役立たずっ! 無能っ! 給・料・ド・ロ・ボーがああああっ!」
「も、も、もぅひわけ、もうひわけはりまひぇん……れす、ひゃいっ」

 口の端を跡がつくほどきつくつねられて、耳元で鼓膜破れろとばかりに怒鳴りつけられる。
 何処からどう見てもパワハラ以外の何物でもないのだが、毎度のことだとあきらめているのか、言っても無駄だと割り切っているのか、告発して失職でもされたら自分も一蓮托生だと観念しているのか……男は頬をさすりながら引きつりそうになる口元を抑えつけ、その顔に愛想笑いを浮かべる。
 しかしその顔がまた癇に障ったのか、雇い主である彼女はフォックス眼鏡の奥で目を吊り上げ、さらに声を荒げた。

「こっちはあいつら魔物娘どもにいろいろ便宜図ってやってるのよっ! バカ正直に学校を挟まず直接本人を連れてくればいいでしょっ! だ・か・らっお前は使えないのよ惣田ぁ!!」
「そ、そ、そう、そう、ですね、はあ……」

 ……ていうかこの人、半年前は『魔物は女の姿でも危険な存在だから即刻国外追放すべし』なんて発言していた国会議員の尻馬に乗ってたくせに──

 惣田双舵郎(そうだ・そうだろう)。更紗市議会議員、岸沼氷見子(きしぬま・ひみこ)の秘書である彼は、今日もまた彼女の無理難題に振り回され、理不尽な扱いを受けているのだった。

「とにかくこのウマ女を連れてきて、タカくんを治療させる! あの子の病気はそうしないと治せないの! 分かったらこんなとこで油売ってないでさっさと動けこのグズ野郎っ!
「わ、わかりましたっ、わかりましたっ、わかりましたです、はいっ! ……で、ですから髪の毛引っ張らないで〜っ!」

 岸沼市議が唾をとばしながら、空いた手でタブレット端末を顔に押し付けてくる。その画面には制服を着てミルク色の髪を肩まで伸ばした、馬の耳と額から生えた細長いツノがある魔物娘生徒のバストショットと基本情報が映っていた。

 生徒番号H203*****
 高等部一年D組 アイリ(魔物娘)
 種族名:ユニコーン

 ──はああ、勘弁してよぉ……

 自称地球防衛隊のSNSに「魔物娘が駅前にいる」と書き込んで焚き付けて、コトが起こったらすかさず警察呼んで絡まれていた彼女たちに恩売って──なんて今どき漫画でもやらないような真似までして学園側とコンタクトとったというのに……
 頭を深々と下げて顔を隠し、惣田は胸中で盛大に溜め息を吐いた。



 そもそものことの始まりは、タカくん──岸沼市議の息子が大病院の院長の娘と婚約しているにもかかわらず、年上の既婚者女性と肉体関係をもったことからだった。
 その揉み消しを図る過程で相手女性が複数の男性と性的関係をもち、その中の一人からこともあろうにクラミジア、いわゆる性感染症を伝染(うつ)されていることが判明。そして当の不倫息子にも、性器の腫れやかゆみといった症状が……
 だが検査や治療で医療機関にかかると、医者繋がりで婚約者の両親にもそのことが知られてしまい、さらには婚約中の不貞行為まで芋づる式に露見してしまうかもしれない。もちろんそんなことになったら婚約は当然解消だし、下手すれば母親である岸沼市議の議員生命も危うくなってしまう。
 とは言うものの、息子の病気を放っておくわけにはいかない。八方塞がりの中、彼女が沸騰しかかった頭で思いついたのが「魔物娘の力でなかったこと≠ノする」だった。

「ていうか、病名とか病歴とかは要配慮個人情報なんだから、本人の同意なしに第三者に提供されることないはずなんだけどなあ……」

 岸沼市議の前を辞し、惣田は事務所のトイレに閉じこもっていた。何度も溜め息を吐き、ぶつぶつ小声でつぶやきながらスマホの画面をスワイプする。
 表示されているのは、くだんの魔物娘──ユニコーン娘アイリの写真。人間の女生徒たちと談笑しながら下校しているところを遠距離から撮られたものだった。
 まわりより頭ひとつ背が高く、腰から下の白い馬体はいやでもよく目立つ。

「断られたその日のうちにまたしつこく頼みに行くなんて、どんだけ面の皮が厚いんだって思われるか……」

 当人や学園側が明言していないにもかかわらず、ユニコーンを種族名を持つ半人半馬の彼女にも万病を癒す力があると誰もが思っている。なので病気やケガを治癒魔法で治してほしいという頼みごとは、一時期頻繁に持ち込まれていた。もっとも明緑館学園は、魔物娘の保護と魔法の濫用防止を理由にそれらを全て断ってきたのだが。

「だいたい免許もない学生に、医者の真似事させられるわけないだろ……」

 しかし岸沼市議は、どうせ誰かが横紙破りをしているはず、学園も高額の治療費を吹っかけて秘密裏に応じているに違いない、と頭から決めつけていた。

 ケガや病気を治せるパワーがあるなら、あたしだったら絶対そうするっ。だから誰だってそうするっ! ちょっと考えればわかるでしょがっ!!

 さっきもキレ気味にこうまくし立てられたのだが、「みんなズルして当たり前」といった思考は議員としてどうかと思う。今さらだが。

「はああ、ダメ元で明日もう一度行ってみるか……」

 あれこれ思い悩んで愚痴っても、結局そういうことにしかならなかった。
 惣田は何度目かの溜め息を吐いて立ち上がり、トイレの水を流した。



 その日の朝、明緑館学園高等部一年D組の教室では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

「おはよう」「おはよう」「はよー」「おっはー」

 思い思いに朝のあいさつを交わす生徒たち。
 いつもの光景。見慣れた顔。変わらないやり取り──

「おはようさんどすえ〜」
「あ、おはようヤヨ……え? えええっ!?」

 アラクネ娘ヤヨイの挨拶に振り返ったクラスメイトの一人が驚きの声を上げ、何ごとかとそちらを見た全員が目を丸くした。
 いつもは横幅のあるクモの下半身を斜めにして、窮屈そうに教室へと入ってくる彼女だったが、

「あはは、そないに見つめてこられたら恥ずかしいどすえ」

 頬に手を当て照れながらも笑みを浮かべるヤヨイの腰から下は、人間のそれ──すらりとした二本の脚に置き換わっていた。

「おはようございまーす」

 続いて入ってきたユニコーン娘アイリの下半身もまた、馬のそれからヒトのものに変わっていた。

「「「…………」」」「……あ、え、えっと、その姿っ、て──?」

 皆が絶句する中、女子の一人が戸惑いながら遠慮がちに問いかけた。

「人化の魔法どすえ〜」
「で、でもそれって、確かずっと気を張ってないといけないんじゃ……」

 スカートの裾をつまんで「どうどすえ?」と、いたずらっぽく答えるアラクネ娘に別の生徒が尋ね返す。魔物の特徴を隠してヒトの姿に変わる人化の魔法は、こちらの世界では効きが悪い≠轤オく、常に意識していないとすぐに解けてしまうと聞いていたのだが、

「えっと実は、これ──魔力循環器をつくってもらったんです」

 そう言ってアイリが皆に見せたのは、左手首にはめられた、表面に集積回路を思わせる複雑な模様が彫られた石のブレスレットだった。

「魔力循環器?」
「魔力を流すラインを刻んで、そこに自分の魔力を蓄積して循環させることで、何度も人化の魔法をかけ直している状態をつくりだしているんです」
「A組のカナデはんが魔力ラインの図面を引いて、B組のホノカはんが彫ってくれたんどすえ」

 初めて目にするマジックアイテム。興味津々な面持ちで見つめてくるクラスメイトたちに、二人はそう説明する。
 少し離れた場所からその様子を見ていたまた別の生徒が、後ろの席に座るショートヘアの小柄な女生徒に振り向いた。

「ナオ、知ってた?」
「…………」

 声をかけられた彼女は机に置いたタブレット端末から顔を上げると、目を細めて首を傾げていたが、やがて水かきのついた手のひらをぽんと打ち合わせた。

「前に言ってた」

 D組三人目の魔物娘、翠色の鱗に覆われヒレの生えた手脚が特徴的な半魚人──サハギン娘のナオ。
 無表情で口数少なくマイペース……出会った当初は周囲にとっつきにくい印象を持たれていたため、最近では話しかけられるとちゃんと言葉で応えるよう努力しているのだとか。

「じゃあさ、あれつけたらわたしたちも魔法が使えるようになるの?」
「無理。人化の魔法に特化してるから、人間が使っても意味がない」
「そ、そうなんだ……」

 淡々と返して画面に目を戻すナオ。友人たちは肩をすくめ合い、教室の入り口付近で皆に囲まれている二人に目をやった。

「この姿ならタイト系もパンツルックも着れますし、オシャレの幅が広がりますえ〜」
「電車やバスに乗るときも、気を遣わずにすみますしね。それに──」

 言葉を区切り、アイリはクラスメイトたちの顔をぐるりと見渡すと、はにかむように微笑んだ。「みんなと同じ目線になれるのは、ちょっと嬉しい、です」

「「…………」」

 まわりより頭ひとつ背が高いこと、やっぱり気にしてたんだ……と、何人かがちらっと思った。

「え〜っ、俺、ウマの後脚の曲線にセクシーさを感じ始めてたんだけどなあ……」
「俺もクモ脚とかメカっぽくて結構好きだったんだよな……」
「特殊脚フェチ乙」

 しかしよくよく見ると、人化したヤヨイの脚はブラウスの半袖から伸びた両腕同様黒光りするキチン質っぽい皮膚(外骨格)に覆われていて、眉の上にある三対のクモ単眼も残っている。アイリの方は一応ヒトの脚にはなっているが、お尻に馬の尻尾が生えたまま、ユニコーンたらしめる額のツノもそのままだ。
 魔力循環器──人化維持の腕輪の素材にしたブレスレットは、ホノカのパートナーである甲介の母親の伝手で紹介してもらった個人経営の輸入雑貨商さんに、魔力を込めやすい材質(いわゆるパワーストーン)を指定して選んでもらったもの。しかし魔界銀等に比べると効果も効率もはるかに及ばず、完全に人間の姿に変わることはできないらしい。
 と、そこでまた別の女子生徒が首をかしげ、隣にいた男子に問いかけた。

「ねえそういえばさ、F組にもいたよね。下半身がヘビの子──ラミアって言うんだっけ?」
「バジリスクな。入学してからずっとパソコン室に引きこもってるって聞いたけど……」



「ほ〜らっ、さっさと教室に行くでやんす! もう身体が長過ぎて邪魔になるとか、ヘビだから気持ち悪がられるとかいう言い訳は効かないでやんすよっ!」
「で、で、でも、ふ、太ももに、う、ウロコ、残っちゃってる、し……」
「そんなのスカートの下になってるから、めくられでもしない限りわかんないでやんす!」
「ま、ま、待ってサーヤ! そ、その、あの、その、に、二本の脚で、歩くの、な、慣れて、ない、から、も、も、もう少し、れ、練習、して──」

「ったく往生際が悪いぜリコ。あんまグダグダ言うんだったら、あたしのカミナリでシビレさせて引きずっていこうかぁ?」

「お、横暴っ(涙)」

 相変わらず引きこもりを拗らせて、廊下でゴネるラミア種バジリスク娘のリコ(人化中)。人化維持の腕輪をはめたその手を引っ張って教室に連れていこうとする、でやんすラタトスク娘サーヤ。
 そんな二人に同じF組の魔物娘──ヒトの腕にあたる部分が鮮やかな黄色と青緑色の羽根が混じった翼腕になっているハーピー種サンダーバード娘のコトハが、横からニヤニヤしながら茶々を入れてきた。

「う〜っ、い、今さら、ど、どんな顔して、みんなの前に、出ればいい、の?」
「それこそ今さらでやんすよ。リモート授業受けてたんでやんすから、クラスのみんなリコの事情はちゃんとわかってるでやんす」
「あうう……そ、そうだ、こ、この腕輪、今、三つしかないから、こ、コトハが先に使ったら──」
「あーそう言ってくれるのはありがたいんだけど、あたしはメシ食ったり楽器弾いたりするときなんかに、この翼をヒトの腕にちょこっと変えるだけで済むから、それあんまし必要ないんだよな〜」
「…………」

 論より証拠とばかりにコトハは両翼をヒトの腕にモーフィングさせ、両手の指をグーチョキパーと動かしてみせる。E組のキキーモラ娘イツキと同様に、手首に羽根が残っているのは結構オシャレだ。

「い、行かなきゃ……ダメ?」
「ダメっ」「でやんす」
「あう……」

 目元を覆ったサイバーゴーグルの下からあきらめの涙をだばーと流し、リコは抵抗空しく自分の教室へと連れていかれるのであった。



 その日の放課後。
 玄関を出て弓道場へ向かうナギは、正門の向こう側に立って学園の中を何度も覗き込んでいる人影に気づいた。

 ──あれっ? 昨日のおっさんじゃん。

 顔の真ん中にある単眼を、訝しげに細める。
 昨日の放課後、駅前で明緑館学園に用事があると案内を頼んできたあの中年男性だった。

「何してるんだナギ。あと五分で弓道部の活動が始まるぞ」

 足を止めたゲイザー娘に、黒髪褐色肌のわんこ娘──アヌビス娘のレインが振り返って声をかけてきた。

「わかってるよっ。……ったく、ホント細かいんだから」

 小声で毒づきながら、追いつこうと歩き出すナギ。ちらっと正門の方を見ると、その男性はまだ外からこちら側をちらちらうかがっていた。



「……!」

 黒髪ツインテールのヒトツ目娘と目が合ったような気がして、男──惣田はあわてて門の影に身を引っ込めた。
 そのままおそるおそる首を伸ばして学園の中を覗き込むと、彼女が別の魔物娘生徒にうながされてその場を立ち去っていくのが見えた。無意識のうちに息を吐く。
 ユニコーン娘アイリを自分の雇い主の元へ連れていくため、再び明緑館学園を訪れた惣田だったが、学園側への再度の申し入れはインターフォン越しに速攻で拒絶された。曰く、「一度でも例外を認めたら歯止めがかからなくなる。そもそも患者や治療の内容すらきちんと明かさないこと自体、信用ならない」……正論である。

 アイツら全員ファンタジー脳なんだから、「故あって表沙汰にはできないが、市会議員を通して極秘に治療の依頼があった。これがどういう意味か分かりますよね」で押したらいけるでしょがっ!!

「いくら息子さんのこと秘密にしてコトを進めたいからって、どっちがファンタジー脳なんだよ……」

 雇い主──岸沼市議のヒス声を思い出し、愚痴が漏れる。
 おそらく彼女の頭の中では、権力者の秘密の依頼は受諾されて当然だと決めつけているのだろう。
 兎にも角にも門前払いを受けて中に入れない以上、あとは下校するユニコーン娘本人と直接交渉するほかない。魔物娘たちが暮らす女子寮が、学園から二区画離れた別の場所にあることは把握済みだ。

「…………」

 惣田は待った。ただただ待った。
 下校する生徒たちが怪訝な目でこちらを見てくる。中には「何あれ?」「きもーい」と言いながら露骨に離れて通り過ぎていく女生徒たちもいたが、「好きでやってるんじゃないっ」とわめきたくなる気持ちをぐっと抑えていつもの愛想笑いを無理矢理浮かべる。
 もっとも彼自身、いい歳した男が学校の門の前で女生徒の「出待ち」をしているという今の自分に、恥ずかしさといたたまれなさをおぼえてはいるのだが。

 ──あの馬体は嫌でも目立つはず。出てきたところでまた自称地球防衛隊の連中をかち合わせるか? いや、警察もここのまわりを定期的に巡回してるって聞いたし、下手したらこっちが不審者扱いされるかも……

 などと思案をめぐらしながら、待つこと小一時間。
 女生徒たちと笑い合うドラゴン娘、のじゃ言葉で相槌を打つ小学生かと見紛う小柄な山羊ツノ娘、カバン片手に伸びをする緑肌の大柄な鬼娘、ギターケースを肩に掛けたカラフルな鳥娘……しかしお目当ての、半人半馬の少女はまだ姿を現さない。
 下校していく生徒たちの数が減り、その間隔がまばらになりだした。顔に焦りの色が浮かべ、今し方通り過ぎた生徒たちを目で追う。「……まさか見落とした? いやそんなはずは」

「なんだおっさん、まだいたのかよ」
「……!?」

 突然声をかけられて、惣田はとび上がらんばかりに驚き振り返った。
 背後にいたのは昨日会った単眼娘二人。それぞれのそばに眼鏡をかけた背の高い男子生徒と童顔で人畜無害そうな男子生徒が、寄り添うように歩いている。

「あ、ど、どうも──」
「誰待ってるのか知らないけど、みんなあらかた下校しちゃったぞ」

 袋に入った和弓を肩に担いだヒトツ目娘がそう言いながら、横を通り過ぎていく。その赤い瞳が一瞬ぎょろりとこちらを向き、惣田は内心を見透かされたような気がしてたじろいでしまう。だが……

「ヤヨイとアイリとリコが、今度、お母さまのお店に行くって、言ってたって」
「マジ? ……どこで知ったんだろ? ウチがブティックだってこと」
「服飾部つながりやろ? 甲介のお母はん、OGで伝説になっとるみたいやし」
「うんうん」(←被害者)「…………」
「けど意外だよな〜。ヤヨイはともかく、アイリやリコも人化したとたん、おしゃれに目覚めるなんて──」

 ……などといった会話が耳に届き、弾かれたように彼らの背中を見た。

「人化、だと……?」

 その単語が意味するところに気づいた次の瞬間、惣田の胸中にドス黒いものが湧き上がった。

 ──あ、あいつらそんな真似してたのかっ!?

 単なる偶然、たまたまであった。
 しかしそれ故に勘違いしてしまう。ユニコーン娘本人に直接接触してくることを見越して彼女をヒトの姿に変え、こちらの目を誤魔化したのだ──と。

 ……もしかしたら彼は、知る人ぞ知るファンタジーアニメ映画「The Last Unicorn(邦題「最後のユニコーン」)」を観たことがあるのかも、しれない(笑)。

「ふ、ふざけやがって……」

 時間を無駄にさせられた憤りに、拳をきつく握りしめる。
 こうなったら何がなんでも彼女を市議の元へ連れていってやるっ! 惣田は明緑館学園の校舎を見上げ、憎々しげに睨みつけて決意?を新たにした。



「はぁあっ!? ヒトの姿に化けて下校されたから見逃したぁ!? どうせ女子の生脚ばっか見てたんでしょがこの脚フェチ! 変態! 欠・陥・人・間っがああああっ!!」
「ひたいひたいひたいれすっ、もぅひわけはりまひぇ〜ん!! ひゃめてくりゃひゃいいいい〜っ!!」

 しかし岸沼市議への報告の際に、アイリの顔をまともに探してなかったことをパワハラ罵詈雑言とともに指摘され、また遠慮なしに髪をつかまれ口の端をつねられるのだが──

 今回ばかりは、完全に彼の落ち度であった。

 to be continued...



─ appendix ─

 駅前通りのブティックらびあんろーず、にて──

「(試着室のカーテンを開けながら)えっと、ど……どう、ですか?」
「グッジョブどすアイリはんっ(親指グッ)。白いブラウスに白玉ドットの赤いミニスカートがむちゃかわええどすえ〜(スマホでパシャパシャ)」
「そ、そうかな?(照れ照れ)」
「ヤヨイもその黒Tシャツとスリムジーンズ、すごくかっこいいよ」
「んふふおおきにフミハはん。けどここのお店、品揃えがええからあれこれ目移りしてしまいますわぁ……って、ちょっとリコはん、それドールとお揃いで着るお洋服どすえ」
「そ、そ、そう、なんだ(おずおず)。うう……こ、こういうお店、初めてだから、その……な、何、選んでいいか、ぜ、全然、わ、わからなくて──」
「でもそのワンピース、ライムグリーンの色味がリコによく似合うと思いますよ」
「それだけで買えるか、あとで海老原のお母さんにきいてあげる」
「(手のひらを合わせて)ほなリコはん、さっそく試着どすえ〜♪ 」
「え!? あ、いや、その、お、お手柔らか、に……」

「ホノカちゃんホノカちゃん」
「な、なんですか? お母さま」

 お店の服を取っかえ引っかえしてはしゃいでいるアラクネ娘ヤヨイ、ユニコーン娘アイリ、バジリスク娘リコの三人(全員人化中)と、例によって同伴者として一緒についてきた文葉。そんな彼女たちを奥から眺めていたホノカに甲介の母親、知世が声をかけてきた。

「あの黒髪ストレートの子がクモさんで、尻尾がある子がウマさんで、ゴーグルかけている子がヘビさんなのね」
「そ、そうです、けど……?」

 もしかしてまたいつもの、気に入った子を着せ替えたがる癖が出たのかな? とヒトツ目を瞬かせるサイクロプス娘だったが、当の本人は手を腰に当てて首を傾げ、「うーん」と思案げに唸っている。

「どうして魔物娘の姿で来てくれなかったのかしら……?」
「えーっと、今日は人間体のときの、服、探しに来たから、だと……(苦笑)」

 今の姿も可愛いけど、元の姿だったら三人とも目一杯お世話してあげたのに──と残念そうにつぶやくその横顔を見て、お母さまも結構マニアック……なんて思ってしまうホノカだった。
24/05/03 10:30更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 どうも、MONDOです。
 魔物娘を排斥しようとする連中がいるのなら、逆に魔物娘を利用しようとする者たちもいるはず……今回はそんなお話にしてみました。
 前編は状況説明に終始してしまったので、後編は今回のメインキャラであるユニコーン娘アイリを中心にお話を進めていく予定です。果たして彼女は惣田や岸沼市議の思惑通りになってしまうのでしょうか? それとも──

 後編もよろしくお願いします。それではまた。

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