05「キキーモラのバースディパーティ(前編)」
「チナツのゆるふわラジオカフェテリア」、続いては更紗市のラジオネーム・ホワイトプリムさんからのおたより〜!
「こんにちはチナツさん。初めておたよりします」
こんにちはっ。おたよりありがとうねっ♪
「来週、学校で職場体験学習があり、私のグループは近所にある幼稚園に行くことになりました」
へえ、懐かしい……あたしも中学生の頃、行ったことあるなぁ、幼稚園の保育士さん体験。
「子どもたちが私たちに懐いてくれるのか、どんな遊びをすれば喜んでくれるのか、先生方のお邪魔にならないか、みんな今からとても心配しています……」
だ〜いじょうぶ! 子どもたちは、実習のお兄さんお姉さんが来たらすっごく喜ぶから。教室に入って五分もしないうちに、人気者になること間違いなし♪ 遊びも具体的にどんな──っていうより、子どもたちが誘ってきたら一緒に仲よく楽しめばいいと思うよ。
「それと、特技があれば披露してくださいって言われています。ちなみに私は、料理、洗濯、裁縫、掃除、接客が得意です」
…………いや、それだけできれば充分じゃない? 子どもたちにおやつとか作ってあげたらどうかな?
あと、単に体験するだけ、実習するだけって気持ちで行ったら逆に迷惑だからね。笑顔と元気! ぼーっとしてないで子どもたちにどんどん話しかけて一緒に遊ぶ! わからないことは自分で判断せず先生にちゃんと聞く! 経験者からのアドバイス♪
ホワイトプリムさ〜ん、来週の体験学習がんばってね〜っ。ほんじゃ、ここで一曲……
─ happy birthday ─
二十四時間後の近未来。
季節は六月。衣替えの頃──
「みんな〜、今日は明緑館学園の魔物娘さんたちが、はなまる幼稚園に遊びに来てくれました〜」
「「「こんにちはっ! みんなよろしくね〜っ!」」」
笑顔であいさつは基本中の基本。照れと緊張から二人ほど声がうわずっていたが、それはそれでご愛嬌。教室にいた年長組の園児たちも、「こんにちは〜っ」と元気よくあいさつを返してくれる。
前もって先生が言い含めていたのか、それとも近所で見かけたことがあるのか、人外の見た目に怖がって泣き出す子がいなかったのはありがたい。
明緑館学園に寄宿する十七人の魔物娘たちは四つのグループに分かれて、今日それぞれ図書館、水族館、ホテル、そしてここ──はなまる幼稚園で職場体験学習を行う。本来なら中等部(中学生)で実施するカリキュラムなのだが、彼女たちがこの世界に適応する手助けになれば……と、学園長自らが受け入れ先を探し出し、特別に枠を設けたのである。
もちろん、この取り組みを通して魔物娘に対する偏見を少しでも払拭したいという側面があるのは言うまでもない。今回この幼稚園での職場体験に参加しているのは、ゲイザーのナギとサイクロプスのホノカ、ヴァルキリーのルミナ、オーガのサキ、キキーモラのイツキの五名。
影で「イツキ以外は人選ミスだろ」とかなんとか囁かれているとかいないとか──
「つ、つかれたぁ……」
そうつぶやくと、教室に戻ってきた体操服姿のナギは、床にぺたんとへたり込んだ。髪の中から生えた目玉付き触手もダラけたように垂れ下がっている。
ついさっきまで、中庭で元気いっぱいな男子園児たちのヒーローごっごに(怪獣役で)付き合わされていた彼女。おざなりに相手するわけにもいかず、かといって触手で縛り上げたりして怖がらせるわけにもいかず、体力的にではなく精神的に疲労困憊。気づかれというやつだった。
子どもたちに「胸ちっちゃい」と言われたときはさすがに本気になりかけたが、ヴァルキリーのルミナがいつもの調子で割って入ってくれたおかげで、大事?には至らなかった。
……で、その当人はというと、
「ルミナおねえちゃん、おひめさまごっこしよう!」
「え? あ……いや、私はお姫さまではなく戦天使であるから、あいつらを監視する役目が──」
「ここがおしろ! おねえちゃんがおひめさま!」
「じゃあ、あたしおひめさまのおねえさん!」
「えー、あたしもおひめさまのおねえさんがいい!」
「あたしもおひめさまのおねえさんする〜!」
「あたしも〜!」
「ち──ちょっと待てっ、私にはいったい何人お姉さんがいるんだ〜っ!?」
金髪碧眼な見た目と、体操服の上から装着した白銀色の胸甲のせいで、なぜかお姫さま#F定されていた。
天界に住まうエンジェルやヴァルキリーにとっては、互いが姉であり妹である。しかし、元勇者候補生を父に、受肉した戦天使を母にもち、人界で生まれ育ったルミナにその感覚はあまりない。
余談だが、こちらの世界のとある宗教関係者に「天界とはいかなる場所なのか」と尋ねられた彼女は、次のように答えたという。
「私は実際見たことはないし、母もよくおぼえていないのだが……イメージとしてはあれが近いか。テレビでやってたM78(以下略)」
以来、その手の取材は一切こなくなった……閑話休題(それはさておき)。
「…………あれより怪獣ごっこの方がマシだったな」
砂場で女児たちのままごと遊びに巻き込まれているルミナを生暖かい視線で眺め、口元に半笑いを浮かべるナギ。
ふと横を見ると、単眼仲間である親友──ホノカが、教室の端っこで集まった園児たちに何やら教えていた。
「こんな風に組み合わせて、このとんがっているところを中に曲げて、ここに差し込む」
「……こう?」
「そうそう。あとはこの部品を真ん中に入れて……はい、できあがり」
「これがコマなの? サイコロオニのおねえちゃん」
「うん、ちゃんと回るよ。ほら」
サイコロオニじゃなくてサイクロプスなんだけど……苦笑しながら小声で園児たちにそう訂正すると、ホノカは折り紙三枚を組み合わせて作ったコマを指でつまみ、座卓の上で回してみせた。
「「「わあっ……」」」「ホントにまわった!」「すごーい」
「じゃあ、まだできてない人は手伝ってあげるから、がんばって完成させよう」
「「「はーい」」」
なるほど折り紙ねぇ……そう感心しながら別の方を見ると、もう一人の鬼娘──オーガ娘のサキが園児たちを膝や肩に乗せ、絵本を読み聞かせていた。
「……こうして桃太郎は、鬼たちから宝物を取り返し、イヌ、サル、キジと一緒に、おじいさんとおばあさんが待っている村へと帰りましたとさ。めでたしめでたし」
「…………」
なんでまたよりにもよって、その本チョイスした……と、ナギは半眼になった。
「ねえ、サキおねえちゃんもおにさんだから、ももたろうにたいじされちゃうの?」
「ははは、心配してくれてありがとな」
真剣な表情でそう問いかけてくる女の子の頭を、サキはぽんぽんと優しく撫でた。「……けど、アタシはオーガだから、こんなシマシマパンツ履いてるヤツなんかの何十倍も強いんだぞ〜」
ジパングのアカオニアオオニたちが聞いたら激怒しそうなことを言いながら、サキは二の腕に力こぶをつくってニヤッと笑った。その腕にじゃれてしがみつく男の子をそのまま持ち上げながら、ナギの視線に気づいて振り返る。
「なんか手慣れてるな、サキ」
「まあな。実家にはこんなチビ助たちが、いっぱいいたし」
オーガ娘の返事に、そういやこいつの両親って身寄りのない戦災孤児いっぱい引き取ってたよなぁ……と思い出す。
次の瞬間、座り込んでいたナギの目の前がいきなり真っ暗になった。
「だ〜れだ?」
「……ゲイザーのアタシに目隠しは効かねーぞ、タクト」
「ちぇっ……」
触手の先端にある目に視界を切り替えて、背後にいる男の子を睨み付ける。名前を呼ばれたその園児はナギの顔から手を離すと、やんちゃそうな笑顔を浮かべた。
「へへへ、ナギねーちゃん」
「……ったく」
腰に手を当てて、やれやれと溜め息を吐くナギ。パートナーである彼方の弟──叔父さんの子どもなので正確にはイトコ──と、まさかこんなところで鉢合わせるなんて思ってもいなかった……
「なあたくと、ひとつめこぞーとしりあいなのか?」
「「しりあいしりあい、おしりあい〜♪」」
「誰が小僧だコラ」
さっき一緒に遊んでいた男の子たちが、どこぞのアニメの幼稚園児みたいにお尻を振りながら声をかけてきた。弟くん──拓人(たくと)は「よくぞきいてくれた」とばかりに胸を張ると、
「ナギねーちゃんはおれんちの、かなたにーちゃんのカノジョなんだぞっ」
「「「えーっ?」」」
どうだ凄いだろ〜と、得意げな顔をした。
「お……おい、タクトっ」
「たくとのにーちゃんすげー。まものむすめとバカップルなんだー」
「バカップルだー」
「意味わかって言ってないだろ……」
ボヤくようにつぶやくナギだったが、声を聞きつけた子どもたちがわらわらと集まってくる。
「ナギねーちゃんはうちにきたことあるし、いっしょによるごはんたべたこともあるんだぞ」
「いいなあ〜」
「じゃあさ、おまえのにーちゃん、このひとつめこぞーとケッコンするのか?」
「だから小僧言うな…………って、け──結婚っ!?」
「すげー、ケッコンだあ」
「「「ケッコン、ケッコン、ケッコン、ケッコン──♪」」」
「う、うわあああ〜っ!」
カノジョイコール結婚、というマーチヘアばりの短絡連想で囃し立てる園児たちに、ナギは一気に顔を赤らめ単眼を白黒させた。
「……あ〜、え〜、え〜っそのなんと言うか結婚するのはやぶさかではないというか一応そのつもりというかぶっちゃけすぐにでもヤッちゃいたいんだけど高校生のうちからずっこんばっこんヤッて相手をインキュバス化させたら将来いろいろ問題が起こるから自重しろって学園長に言われててそれはそれで魔物娘的にどうなんだと思う今日この頃──」
「お前は幼稚園児相手に何を語ってるんだっ」
ぐるぐる目でパニクってわけのわからない弁解を始めるゲイザー娘。サキにつむじのあたりをチョップされ、頭を抱えてその場にうずくまる。
放っておいたら、教育上不適切なアレやコレやを口走りそう……いや、もうすでに口走りかけているが。
ちょうどそのタイミングで、調理室にいたキキーモラ娘のイツキが両手にトレイを持ち、おやつ当番の先生と並んで教室に入ってきた。
「お待たせいたしました。みなさま、ティータイム……もとい、おやつの時間ですよ〜」
「「「わあっ」」」「めいどさんだぁ──」
ボブカットにした髪の両側に垂れた犬のような耳、お尻から伸びたふさふさの大きな尻尾、手首に飾りのような鳥の羽根、スカートの裾から覗く鳥のような鱗に覆われた足先。
他の面々が学校指定の体操服なのに、彼女だけはいつの間にか自前のメイド服に着替えていた。家事をするときはこの姿がデフォルトだというが、ちょっとずっこい。
「いいにおい……」
「うわぁ、おいしそう!」
ドライフルーツ入り特製手作りカップケーキの甘い匂いが、鼻をくすぐる。イツキ曰く、こちらの世界の調理器具や調理家電が便利で優秀なので、いろいろ凝ったことができて楽しい……のだそうだ。
「待ってましたっ♪ イツキが作ってくれるお菓子は、どれも絶品なんだよな〜」
園児たちが一斉に喜ぶ中、しゃがんでいたナギも顔を上げて、同じように相好を崩した。
だけど──
「ナギちゃんそれ子どもたちの、だよ」
「ぐ……」
ホノカにそうツッコまれ、トレイに手と触手を伸ばしかけた姿勢で固まってしまった。
<●>
魔物娘たちも加わり、いつもとはちょっと違ったおやつタイム。
拓人にケーキをひと口もらって「お姉ちゃん嬉し〜♪」と彼に抱きつくナギと、そんな親友を呆れたような目つきで見つめるホノカ。スプーンが上手く使えずテーブルにケーキの生地をぽろぽろこぼす子たちに、大きな手を添えてあげるサキ。定番のヤ◯ルトをちびちび舐めるように飲みながら、女児たちに慕われまんざらでもない表情を浮かべるルミナ。
園児たちとすっかり打ち解けた彼女らに、一時はどうなるのかと思っていた先生らも、ほっとひと息つく。
そんな中イツキは、目の前に置かれたケーキを、手もつけずにじっと見つめている子がいるのに気づいた。
クセのない黒髪を肩のあたりで切り揃えた、おとなしそうな女の子。食べたいのに我慢しているようにも見えて、キキーモラ娘は首を傾げた。
自分が担当したグループの中にいた、確か名前は──
「あの……もしかしてルリちゃんの苦手なものが、入ってました?」
「えっ?」
丁寧な言葉遣いでいきなり話しかけられ、その子はくりっとした目をさらに丸くしてイツキの顔を見上げた。
ふるふると首を振ると、小さな声で遠慮がちに言う。
「ち、ちがうよ。おうちにもってかえれないかなって、おもってたの」
「えっと……どうして持って帰りたい、のかな?」
イツキが傍らにしゃがみ込み、目線の高さを揃えて優しく問いかけると、彼女──樋口瑠璃(ひぐち・るり)は、少し照れ臭そうに答えた。
「あのね、もうすぐおたんじょうびなの」
「まあ……」
口元で手を合わせ、キキーモラ娘は柔らかく微笑んだ。
だけど、瑠璃はイツキの「おめでとう」に、少し寂しそうな顔を浮かべた。
「でもね、パパおしごといそがしいから、きっとおたんじょうびパーティできないの」
「…………」
そんな父親を気遣い、一人で誕生日を祝おうと、ケーキを持って帰りたいなんて言い出したのだろうか。子どもらしくない達観と、見え隠れする不満気な思い。
あきらめたような口調でつぶやく少女に、お母さんは──と言いかけてイツキは口をつぐんだ。事情は分からないが瑠璃が父子家庭だということは、ヒトの感情の機微に敏感なキキーモラでなくても容易に察することができる。
イツキは手を伸ばして、瑠璃の頭をそっと撫でた。
「……優しいのですね、ルリちゃんは」
「え?」
唐突にそう言われて、瑠璃はうつむいていた顔を上げた。
「イツキさん、あとはわたしが話を聞くわ」
「あ、はい──」
見ていた先生が近寄ってきて、イツキの耳元でそっと囁く。
一日だけの実習生に、園児の家庭環境にまで踏み込ませるわけにはいかないのだろう……そう思った彼女は後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、場所を譲った。
あっという間に、お別れの時間になった。
「エ〜ッ!?」「もうかえっちゃうの?」
「もっとあそぼうよ〜!」
園児たちはまだ遊び足りないのか、口々にそう言ってナギやホノカ、イツキたちにじゃれつくが、担任の先生たちに諭され、しぶしぶ離れていく。
「「「おねえちゃんたち、バイバ〜イ!」」」
教室から聞こえてくる声を聞いて、中庭に出て手を振る魔物娘たちそれぞれの顔にも優しい笑みが浮かんだ。
「…………」
ただ一人、何か言いたげな表情を浮かべて自分を見つめる瑠璃に気づいたイツキを除いて。
<●>
その日の夕方、イツキは再度はなまる幼稚園を訪れていた。
「申し訳ございません。私の個人的な用事についてきていただいて」
「いいっていいって。魔物娘が外に出るときは、人間が一緒でないとダメな決まりだし──」
何より他ならぬイツキの頼みだしねっ、と付け加え、頭を下げるキキーモラ娘に向かってぱたぱたと手を顔の前で振るのは、B組のクラス委員で「明緑館学園の魔物娘全員と仲良くなる」と公言している女子生徒、阿久津文葉。E組のクラス委員であるイツキとは、代表委員会を通して付き合いがある。
「……ところでここってさ、今日の職場体験で来た幼稚園でしょ? 何か忘れ物でもしたの?」
「忘れ物……ええ、ある意味そうかもしれません──」
イツキはそう答えると、首を傾げる文葉と一緒に門をくぐった。ちょうどお迎えの時間だったので、中庭にいた先生たちに挨拶し、姿に気付いて声をかけてくる子どもたちに手を振り返す。
「あら? イツキ──さん?」
「こんにちは先生。昼間はお世話になりました……あの、つかぬことをおうかがいしますが、ルリちゃんはもうお迎えが来て帰ったのですか?」
体験学習を担当していた女の先生に呼び止められたイツキは、挨拶もそこそこにそう問いかけた。我が子を迎えに来た保護者たちが、制服姿の二人をちらちら見ながら横を通り過ぎていく。
「瑠璃ちゃんならまだ教室に残ってるわ。お父さん、お迎えが少し遅くなるって」
「そうですか……」
「困るんだよね〜。いくら警察の仕事がいそがしいからって、お迎えの時間はちゃんと守ってもらわないと──」
「ちょっと二見さんっ」
別の若い先生が愚痴混じりに口を挟んできて、その発言をたしなめられる。
「ルリちゃんのお父さんって、おまわりさんだったんですね」
なるほど確かにいそがしくて、ルリちゃんが気をつかうわけです……と思いながら、イツキは彼女たちに一礼して教室の方へと歩き出し、文葉はあわててそのあとを追った。
「あ、イツキおねえちゃん!」
「こんにちは、ルリちゃん」
椅子に座って退屈そうに足をぶらぶらさせてお迎えを待っていた瑠璃は、教室の戸を開けて入ってきたイツキの姿に驚いて目を見開き、次の瞬間ぱっと顔を輝かせた。
キキーモラ娘も笑顔を浮かべ、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「ルリちゃんのことが気になって、遊びに来ました。お父さまが迎えに来られるまで、一緒にお話ししましょう」
「うん!」
カバンを置いて立ち上がり、イツキはスカートが皺にならないよう撫で付けて床に腰を下ろす。
隣に座った異形のお姉さんに、瑠璃は早速あれこれと話し始めた。お気に入りのアニメのこと、友だちや先生たちのこと、この前みんなで絵を描いたこと──昼間の体験学習の場で聞いたのと同じ話も混じっていたが、イツキは気にすることなくそれらに耳を傾け、そこここで相槌を打つ。
「……瑠璃ちゃん、魔物娘さんたちが帰ったあとも、ずっとイツキさんのこと話してたの。また一緒に遊びたい、今度いつ来るんだ──って」
「そうだったんですか……なるほど懐かれるわけだ」
タイミングを逸して蚊帳の外に置かれてしまった文葉だったが、先生の話になるほどと得心する。保護者でない自分たちがここにいてていいのか気になってもいたが、どうやら大目に見てもらえるようだ。
「カップケーキ、ちゃんと食べてくれて嬉しかったです」
「うん! おいしかった!」
キキーモラのふさふさした尻尾を楽しげに触りながら答える瑠璃と、くすぐったそうにしながらも彼女に優しい眼差しを向けるイツキ。
そんなふたりをほっこりと見つめる文葉と先生だったが、その時──
「すいません遅くなりました、樋口ですっ」
外から男性の声が聞こえてきた。
「あ! パパだっ」
瑠璃は弾かれたように椅子から立ち上がると、イツキの手を引っ張った。
「おねえちゃん来て!」
「は、はい」
そのまま立ち上がり、ふたりは文葉と先生の間を通って教室の外へ出た。
「おかえりパパ、イツキおねえちゃんとおはなししてた!」
「ただいま、遅くなってゴメ……ん?」
瑠璃を迎えに来た父親──樋口浩幸(ひろゆき)は、娘と一緒に出てきた異形の女子高生に言葉を途切れさせ、面食らったような表情を浮かべた。
年の頃は三十歳前後、短く切り揃えた黒髪、真面目そうな顔、細身だががっちりした身体付き。しかし着ているワイシャツの襟やネクタイ、ズボンの裾が若干縒れていて、いささかくたびれたような印象がある。
「え、えっと……」
「ルリちゃんのお父さまですね。イツキと申します。種族はキキーモラ。今日の職業体験学習でルリちゃんとお友だちになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ああ……こ、こちらこそ──」
楚々とした仕草でスカートの両裾を摘んで一礼するイツキに、彼は顔を赤らめながら頭に手をやった。
「イツキおねえちゃんなんでもできるんだよ。つくってくれたケーキすごくおいしかったし、たくとくんがよごしちゃったふくも、あっというまにきれいにしちゃうんだよ」
「そ、そうか……すごいんだな」
腰に抱きつき、笑顔を浮かべて我がことのように話す愛娘に、戸惑いながらも笑みを返す。
そして、浩幸はイツキに向き直ると、
「うちの娘の相手になってくれて、本当にありがとう。……瑠璃、おまえもお姉ちゃんにちゃんとお礼言いなさい」
「うん! ありがとう、イツキおねえちゃん」
「顔を上げてくださいお父さま。私もルリちゃんと一緒にいれて楽しかったですから」
頭を下げる父娘に、イツキはやんわりとした口調で微笑んだ。
「それにしても樋口さん、今日のお迎え、どうしてこんなに遅くなったのですか? うちは保育所じゃないんですよっ」
「二見さん、またそんなことを──」
「すいません、実は今日の昼過ぎに、ここの近所の駐車場で許可も取らずに人型重機を動かしてる連中がいるって通報がありまして……」
「え?」
「……あ、ネットに上がってる…………げっ!?」
スマホのFTディスプレイをフリックしてSNSを確認していた文葉は、貼り付けられていた動画に顔をしかめて嘆息した。「ま〜た、こいつらか……」
『ウォオオどけえエエッ! 悪の魔物どもに占拠されたッ、はなまる幼稚園の園児らを救えるのはッ、我ら地球防衛隊NTR第七独立強襲遊撃機動小隊だけなのだアアアアアッ!!』
『大丈夫かしっかりしろ出尾池(でおち)ぃ〜っ!』
『立てっ、立つんだ加眞瀬(かませ)ぇ〜っ!』
『お前の犠牲は無駄にしないぞ立河割(たてがわり)ぃ〜っ!』
「「「…………」」」
再生中の画面の中では、某ロボットアニメの某連邦軍みたいな制服?を着たいい年した男たちが、警察官に取り押さえられて暑苦しくわめいている。その背後に映った駐車場には、チェーンソーや削岩機、清掃用ブロワーを魔改造したグレネードランチャー(っぽいもの)を腕や肩にくくりつけたメガパペット──競技用人型重機が数体仰向けに倒れ込んでいた。
おそらくあわてて歩かせようとして、転倒させてしまったのだろう。背負子みたいな円柱形の搭乗ポッド(コクピット)を背中に取り付け機体を無理矢理乗り込み型にしたため、トップヘビーな重心になったのが原因と思われる……よく怪我人が出なかったものだ。
あと、機体はどれも額にV字ツノを付け、腕と脚が白、胸部が青で爪先が赤という某機動戦士トリコロール塗装で揃えていた(笑)。
「あんなものでカチコミかけるつもりだったのか……」
「「…………」」
文葉のつぶやきに、先生ふたりが不安げに顔を見合わせた。明日、このニュースを見た保護者から質問や苦情が殺到するかもしれない。
浩幸曰く、抵抗されたので全員取っ捕まえてしょっ引いてきたのはいいが、彼らをどこの課で取り調べもとい面倒見る≠フか署内でひと悶着した結果、自身のいる生活安全課に押し付けられたため、その対応でお迎えの時間が遅くなったのだとか。
なお、捕まった連中は「いずれ魔物どもは人類に牙を剥く。そうなれば、奴らと戦う我々は速攻で釈放されるだけでなく、特別待遇間違いなし」などとうそぶき、逮捕されたことを屁とも思っていないらしい。あと念のため言っておくが、「巨大人型ロボット兵器」などというナンセンスな代物は、この世界でもアニメの中だけにしか存在しない。
「…………」
イツキはまるで主神教団の狂信者に絡まれているかのように顔を強張らせ、スカートの裾を握りしめた。
「私たちがここに来たから、結果的に皆さまにご迷惑をおかけしてしまったのですね──」
「イツキ……」
「それは違う」
キキーモラ娘のつぶやきを、浩幸は言下に否定した。
そして、不安げに自分の顔を見上げる愛娘の視線に気づき、その頭を優しく撫でると前に向き直る。
「悪いのは勝手な思い込みだけで君らを敵視して、まわりの迷惑を一切考えずにコトを起こそうとした連中だ。イツキさんが気に病む必要なんかない」
「は、はい……」
魔物娘がいなければ、あんなイカれた連中も現れなかったと言う者もいる。しかし、警察官である浩幸はそれに同意する気など毛頭ない。痴漢に遭うのは満員電車に乗った方が悪い、空き巣被害に遭ったのは家を留守にした方が悪い──と言っているのと同じだからだ。
「だいじょうぶだよイツキおねえちゃん。おねえちゃんたちをいじめるひとは、パパがやっつけてくれたから!」
「そうですよね……ルリちゃんのお父さまの方が、正真正銘の正義の味方≠ネんですよね──」
イツキは前にかがんで微笑むと、瑠璃にそう答えた。文葉が励ますようにその肩をポンと叩く。
瑠璃も一緒に、笑顔を浮かべた。
「ルリちゃん、お父さま」
先生たちに一礼して帰ろうとした父娘を呼び止めるイツキ。一瞬、言葉を途切れさせ、しかし意を決して口を開く。
「もし……もしよろしければ、私をルリちゃんのお誕生日会に招待していただけないでしょうか?」
「「……へ?」」
突然そう言われて、瑠璃も浩幸も目を瞬かせた。
イツキは目を閉じてひと呼吸し、ふたりを見つめると、
「ご招待いただければ、私がルリちゃんに素敵なお誕生日会をプレゼントいたします。えっと、つまり──」
「お仕事がいそがしいお父さんの代わりに、瑠璃ちゃんのお誕生日パーティをやっちゃおうってワケよ……ね、イツキ♪」
文葉がイツキの両肩に手を置き言葉を継いで、小首を傾げてウインクする。
イツキが「はいっ」と首肯すると、なごり惜しそうにしていた瑠璃の顔が、ぱっと明るくなった。
「ほんとに……ほんとにおたんじょうびパーティしてくれる、の?」
「こらっ瑠璃。……あ、いや、その気持ちはありがたいんだが──」
「どうかご遠慮なさらずにお父さま。キキーモラはそもそも、世話好きな種族なのですから」
「パパ、あたしイツキおねえちゃんと……おたんじょうびパーティしたい!」
「…………」
滅多にワガママを言わない我が子が、真剣な目つきで見上げてくる。
しばし口を閉じ、やがて浩幸は観念したかのように肩をすくめて白旗を掲げた。
「わかった。……じゃあイツキさん、よろしくお願いします」
「はい、お任せください♪」
頭を上げた浩幸は、キキーモラ娘が浮かべた花のような笑顔に見惚れて、年甲斐もなく顔を赤らめるのであった。
<●>
撫子寮の自室に帰ってきたイツキは大急ぎで制服からメイド服に着替えると、一階にある食堂のキッチンへと駆け込んだ。
「ただいま戻りました。申し訳ありません、遅くなって──」
寮では十七人の魔物娘たちが交代で夕食を作っているのだが、イツキは毎日それを手伝っている。今夜はイツキのものとよく似たメイド服を着た、青みがかった灰色の肌をもつ魔物娘がキッチンに入っていた。
「ちょっと待ってイツキさんっ。どうして貴女が遅れたのか、わたくしが推理してみせますわっ」
そんな彼女が振り向き、手にした菜箸を突きつけながら、なぜか自信たっぷりに言い放つ。
白目の部分が黒く、瞳は金色。ぬめっとした光沢を帯びた長い黒髪をポニーテールに結び、腰から下は限りなく黒に近い深紫色の粘体がロングスカートのように広がっている。そこから先端をホイッパー(泡立て器)やフライ返し、おたまなどに変化させた半透明の触手がうにょうにょといくつも伸びていて、料理をこしらえていた。
ちなみに今日の夕食のメニューは、ご飯にオムレツ、サラダ、大根のお味噌汁。
「その乱れた着衣、上気した息遣い、そして『ただいま』という外から帰ってきたときの挨拶……そう、普段はアヌビスのレインさん並みに時間厳守な貴女が夕飯作りに遅れた理由、それはズバリ、意中の殿方ができたということですわねっ!」
イツキと同じE組の、混沌系スライム種──ショゴスのリッカ。学者である父親の影響か無類の本好き読書好きで、こちらの世界に来てからはミステリーというジャンルにずっぱまりしてしまい、しばしばホームズになりきって相手の様子から読み取った「推理」を披露することがある。
「違います」
「あ、あれ……?」
……もっともそのほとんどが、的はずれなのがお約束だったりするのだが。
自慢の推理をばっさり否定されて触手を硬直させたショゴス娘を尻目に、イツキはエプロンを締め直した。
「で、結局なんで遅くなったんだ?」
「ルリちゃんに会いに、はなまる幼稚園に行ってたんですよ」
マヨネーズを手にしてカウンターから身を乗り出し尋ねてくるナギにそう答え、イツキはにっこりと笑みを浮かべる。
そして、食堂に集まってきた魔物娘たちをぐるりと見回すと、
「そうだ……もしよかったら、ナギさんたちも手伝ってくださいませんか?」
「な、何を──?」
だけどこの時、リッカの「推理」が意外と核心を突いていたことに、イツキ自身まだ気づいていなかった……
to be continued...
─ appendix ─
ナギ『ふっふっふー、ゆうしゃどもめー、このわたしにかてるなどどおもっているのかー(←棒読み)』
男子園児A『なにをーっ、まけるもんかーっ、イヤーッ!』
ナギ『グワーッ!』
男子園児B『イヤーッ!』
ナギ『グワーッ!』
男子園児C『イヤーッ!』
ナギ『グワーッ! ……ヤ・ラ・レ・タァァーッ!!』
彼方「なんや、結構ノリノリやんけ──」
ナギ「ぎゃああああっバカ見るなあああっ!! 誰だこんな動画撮ったヤツぅぅっ!?」
ルミナ「…………(ぷいっ)」
「こんにちはチナツさん。初めておたよりします」
こんにちはっ。おたよりありがとうねっ♪
「来週、学校で職場体験学習があり、私のグループは近所にある幼稚園に行くことになりました」
へえ、懐かしい……あたしも中学生の頃、行ったことあるなぁ、幼稚園の保育士さん体験。
「子どもたちが私たちに懐いてくれるのか、どんな遊びをすれば喜んでくれるのか、先生方のお邪魔にならないか、みんな今からとても心配しています……」
だ〜いじょうぶ! 子どもたちは、実習のお兄さんお姉さんが来たらすっごく喜ぶから。教室に入って五分もしないうちに、人気者になること間違いなし♪ 遊びも具体的にどんな──っていうより、子どもたちが誘ってきたら一緒に仲よく楽しめばいいと思うよ。
「それと、特技があれば披露してくださいって言われています。ちなみに私は、料理、洗濯、裁縫、掃除、接客が得意です」
…………いや、それだけできれば充分じゃない? 子どもたちにおやつとか作ってあげたらどうかな?
あと、単に体験するだけ、実習するだけって気持ちで行ったら逆に迷惑だからね。笑顔と元気! ぼーっとしてないで子どもたちにどんどん話しかけて一緒に遊ぶ! わからないことは自分で判断せず先生にちゃんと聞く! 経験者からのアドバイス♪
ホワイトプリムさ〜ん、来週の体験学習がんばってね〜っ。ほんじゃ、ここで一曲……
─ happy birthday ─
二十四時間後の近未来。
季節は六月。衣替えの頃──
「みんな〜、今日は明緑館学園の魔物娘さんたちが、はなまる幼稚園に遊びに来てくれました〜」
「「「こんにちはっ! みんなよろしくね〜っ!」」」
笑顔であいさつは基本中の基本。照れと緊張から二人ほど声がうわずっていたが、それはそれでご愛嬌。教室にいた年長組の園児たちも、「こんにちは〜っ」と元気よくあいさつを返してくれる。
前もって先生が言い含めていたのか、それとも近所で見かけたことがあるのか、人外の見た目に怖がって泣き出す子がいなかったのはありがたい。
明緑館学園に寄宿する十七人の魔物娘たちは四つのグループに分かれて、今日それぞれ図書館、水族館、ホテル、そしてここ──はなまる幼稚園で職場体験学習を行う。本来なら中等部(中学生)で実施するカリキュラムなのだが、彼女たちがこの世界に適応する手助けになれば……と、学園長自らが受け入れ先を探し出し、特別に枠を設けたのである。
もちろん、この取り組みを通して魔物娘に対する偏見を少しでも払拭したいという側面があるのは言うまでもない。今回この幼稚園での職場体験に参加しているのは、ゲイザーのナギとサイクロプスのホノカ、ヴァルキリーのルミナ、オーガのサキ、キキーモラのイツキの五名。
影で「イツキ以外は人選ミスだろ」とかなんとか囁かれているとかいないとか──
「つ、つかれたぁ……」
そうつぶやくと、教室に戻ってきた体操服姿のナギは、床にぺたんとへたり込んだ。髪の中から生えた目玉付き触手もダラけたように垂れ下がっている。
ついさっきまで、中庭で元気いっぱいな男子園児たちのヒーローごっごに(怪獣役で)付き合わされていた彼女。おざなりに相手するわけにもいかず、かといって触手で縛り上げたりして怖がらせるわけにもいかず、体力的にではなく精神的に疲労困憊。気づかれというやつだった。
子どもたちに「胸ちっちゃい」と言われたときはさすがに本気になりかけたが、ヴァルキリーのルミナがいつもの調子で割って入ってくれたおかげで、大事?には至らなかった。
……で、その当人はというと、
「ルミナおねえちゃん、おひめさまごっこしよう!」
「え? あ……いや、私はお姫さまではなく戦天使であるから、あいつらを監視する役目が──」
「ここがおしろ! おねえちゃんがおひめさま!」
「じゃあ、あたしおひめさまのおねえさん!」
「えー、あたしもおひめさまのおねえさんがいい!」
「あたしもおひめさまのおねえさんする〜!」
「あたしも〜!」
「ち──ちょっと待てっ、私にはいったい何人お姉さんがいるんだ〜っ!?」
金髪碧眼な見た目と、体操服の上から装着した白銀色の胸甲のせいで、なぜかお姫さま#F定されていた。
天界に住まうエンジェルやヴァルキリーにとっては、互いが姉であり妹である。しかし、元勇者候補生を父に、受肉した戦天使を母にもち、人界で生まれ育ったルミナにその感覚はあまりない。
余談だが、こちらの世界のとある宗教関係者に「天界とはいかなる場所なのか」と尋ねられた彼女は、次のように答えたという。
「私は実際見たことはないし、母もよくおぼえていないのだが……イメージとしてはあれが近いか。テレビでやってたM78(以下略)」
以来、その手の取材は一切こなくなった……閑話休題(それはさておき)。
「…………あれより怪獣ごっこの方がマシだったな」
砂場で女児たちのままごと遊びに巻き込まれているルミナを生暖かい視線で眺め、口元に半笑いを浮かべるナギ。
ふと横を見ると、単眼仲間である親友──ホノカが、教室の端っこで集まった園児たちに何やら教えていた。
「こんな風に組み合わせて、このとんがっているところを中に曲げて、ここに差し込む」
「……こう?」
「そうそう。あとはこの部品を真ん中に入れて……はい、できあがり」
「これがコマなの? サイコロオニのおねえちゃん」
「うん、ちゃんと回るよ。ほら」
サイコロオニじゃなくてサイクロプスなんだけど……苦笑しながら小声で園児たちにそう訂正すると、ホノカは折り紙三枚を組み合わせて作ったコマを指でつまみ、座卓の上で回してみせた。
「「「わあっ……」」」「ホントにまわった!」「すごーい」
「じゃあ、まだできてない人は手伝ってあげるから、がんばって完成させよう」
「「「はーい」」」
なるほど折り紙ねぇ……そう感心しながら別の方を見ると、もう一人の鬼娘──オーガ娘のサキが園児たちを膝や肩に乗せ、絵本を読み聞かせていた。
「……こうして桃太郎は、鬼たちから宝物を取り返し、イヌ、サル、キジと一緒に、おじいさんとおばあさんが待っている村へと帰りましたとさ。めでたしめでたし」
「…………」
なんでまたよりにもよって、その本チョイスした……と、ナギは半眼になった。
「ねえ、サキおねえちゃんもおにさんだから、ももたろうにたいじされちゃうの?」
「ははは、心配してくれてありがとな」
真剣な表情でそう問いかけてくる女の子の頭を、サキはぽんぽんと優しく撫でた。「……けど、アタシはオーガだから、こんなシマシマパンツ履いてるヤツなんかの何十倍も強いんだぞ〜」
ジパングのアカオニアオオニたちが聞いたら激怒しそうなことを言いながら、サキは二の腕に力こぶをつくってニヤッと笑った。その腕にじゃれてしがみつく男の子をそのまま持ち上げながら、ナギの視線に気づいて振り返る。
「なんか手慣れてるな、サキ」
「まあな。実家にはこんなチビ助たちが、いっぱいいたし」
オーガ娘の返事に、そういやこいつの両親って身寄りのない戦災孤児いっぱい引き取ってたよなぁ……と思い出す。
次の瞬間、座り込んでいたナギの目の前がいきなり真っ暗になった。
「だ〜れだ?」
「……ゲイザーのアタシに目隠しは効かねーぞ、タクト」
「ちぇっ……」
触手の先端にある目に視界を切り替えて、背後にいる男の子を睨み付ける。名前を呼ばれたその園児はナギの顔から手を離すと、やんちゃそうな笑顔を浮かべた。
「へへへ、ナギねーちゃん」
「……ったく」
腰に手を当てて、やれやれと溜め息を吐くナギ。パートナーである彼方の弟──叔父さんの子どもなので正確にはイトコ──と、まさかこんなところで鉢合わせるなんて思ってもいなかった……
「なあたくと、ひとつめこぞーとしりあいなのか?」
「「しりあいしりあい、おしりあい〜♪」」
「誰が小僧だコラ」
さっき一緒に遊んでいた男の子たちが、どこぞのアニメの幼稚園児みたいにお尻を振りながら声をかけてきた。弟くん──拓人(たくと)は「よくぞきいてくれた」とばかりに胸を張ると、
「ナギねーちゃんはおれんちの、かなたにーちゃんのカノジョなんだぞっ」
「「「えーっ?」」」
どうだ凄いだろ〜と、得意げな顔をした。
「お……おい、タクトっ」
「たくとのにーちゃんすげー。まものむすめとバカップルなんだー」
「バカップルだー」
「意味わかって言ってないだろ……」
ボヤくようにつぶやくナギだったが、声を聞きつけた子どもたちがわらわらと集まってくる。
「ナギねーちゃんはうちにきたことあるし、いっしょによるごはんたべたこともあるんだぞ」
「いいなあ〜」
「じゃあさ、おまえのにーちゃん、このひとつめこぞーとケッコンするのか?」
「だから小僧言うな…………って、け──結婚っ!?」
「すげー、ケッコンだあ」
「「「ケッコン、ケッコン、ケッコン、ケッコン──♪」」」
「う、うわあああ〜っ!」
カノジョイコール結婚、というマーチヘアばりの短絡連想で囃し立てる園児たちに、ナギは一気に顔を赤らめ単眼を白黒させた。
「……あ〜、え〜、え〜っそのなんと言うか結婚するのはやぶさかではないというか一応そのつもりというかぶっちゃけすぐにでもヤッちゃいたいんだけど高校生のうちからずっこんばっこんヤッて相手をインキュバス化させたら将来いろいろ問題が起こるから自重しろって学園長に言われててそれはそれで魔物娘的にどうなんだと思う今日この頃──」
「お前は幼稚園児相手に何を語ってるんだっ」
ぐるぐる目でパニクってわけのわからない弁解を始めるゲイザー娘。サキにつむじのあたりをチョップされ、頭を抱えてその場にうずくまる。
放っておいたら、教育上不適切なアレやコレやを口走りそう……いや、もうすでに口走りかけているが。
ちょうどそのタイミングで、調理室にいたキキーモラ娘のイツキが両手にトレイを持ち、おやつ当番の先生と並んで教室に入ってきた。
「お待たせいたしました。みなさま、ティータイム……もとい、おやつの時間ですよ〜」
「「「わあっ」」」「めいどさんだぁ──」
ボブカットにした髪の両側に垂れた犬のような耳、お尻から伸びたふさふさの大きな尻尾、手首に飾りのような鳥の羽根、スカートの裾から覗く鳥のような鱗に覆われた足先。
他の面々が学校指定の体操服なのに、彼女だけはいつの間にか自前のメイド服に着替えていた。家事をするときはこの姿がデフォルトだというが、ちょっとずっこい。
「いいにおい……」
「うわぁ、おいしそう!」
ドライフルーツ入り特製手作りカップケーキの甘い匂いが、鼻をくすぐる。イツキ曰く、こちらの世界の調理器具や調理家電が便利で優秀なので、いろいろ凝ったことができて楽しい……のだそうだ。
「待ってましたっ♪ イツキが作ってくれるお菓子は、どれも絶品なんだよな〜」
園児たちが一斉に喜ぶ中、しゃがんでいたナギも顔を上げて、同じように相好を崩した。
だけど──
「ナギちゃんそれ子どもたちの、だよ」
「ぐ……」
ホノカにそうツッコまれ、トレイに手と触手を伸ばしかけた姿勢で固まってしまった。
<●>
魔物娘たちも加わり、いつもとはちょっと違ったおやつタイム。
拓人にケーキをひと口もらって「お姉ちゃん嬉し〜♪」と彼に抱きつくナギと、そんな親友を呆れたような目つきで見つめるホノカ。スプーンが上手く使えずテーブルにケーキの生地をぽろぽろこぼす子たちに、大きな手を添えてあげるサキ。定番のヤ◯ルトをちびちび舐めるように飲みながら、女児たちに慕われまんざらでもない表情を浮かべるルミナ。
園児たちとすっかり打ち解けた彼女らに、一時はどうなるのかと思っていた先生らも、ほっとひと息つく。
そんな中イツキは、目の前に置かれたケーキを、手もつけずにじっと見つめている子がいるのに気づいた。
クセのない黒髪を肩のあたりで切り揃えた、おとなしそうな女の子。食べたいのに我慢しているようにも見えて、キキーモラ娘は首を傾げた。
自分が担当したグループの中にいた、確か名前は──
「あの……もしかしてルリちゃんの苦手なものが、入ってました?」
「えっ?」
丁寧な言葉遣いでいきなり話しかけられ、その子はくりっとした目をさらに丸くしてイツキの顔を見上げた。
ふるふると首を振ると、小さな声で遠慮がちに言う。
「ち、ちがうよ。おうちにもってかえれないかなって、おもってたの」
「えっと……どうして持って帰りたい、のかな?」
イツキが傍らにしゃがみ込み、目線の高さを揃えて優しく問いかけると、彼女──樋口瑠璃(ひぐち・るり)は、少し照れ臭そうに答えた。
「あのね、もうすぐおたんじょうびなの」
「まあ……」
口元で手を合わせ、キキーモラ娘は柔らかく微笑んだ。
だけど、瑠璃はイツキの「おめでとう」に、少し寂しそうな顔を浮かべた。
「でもね、パパおしごといそがしいから、きっとおたんじょうびパーティできないの」
「…………」
そんな父親を気遣い、一人で誕生日を祝おうと、ケーキを持って帰りたいなんて言い出したのだろうか。子どもらしくない達観と、見え隠れする不満気な思い。
あきらめたような口調でつぶやく少女に、お母さんは──と言いかけてイツキは口をつぐんだ。事情は分からないが瑠璃が父子家庭だということは、ヒトの感情の機微に敏感なキキーモラでなくても容易に察することができる。
イツキは手を伸ばして、瑠璃の頭をそっと撫でた。
「……優しいのですね、ルリちゃんは」
「え?」
唐突にそう言われて、瑠璃はうつむいていた顔を上げた。
「イツキさん、あとはわたしが話を聞くわ」
「あ、はい──」
見ていた先生が近寄ってきて、イツキの耳元でそっと囁く。
一日だけの実習生に、園児の家庭環境にまで踏み込ませるわけにはいかないのだろう……そう思った彼女は後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、場所を譲った。
あっという間に、お別れの時間になった。
「エ〜ッ!?」「もうかえっちゃうの?」
「もっとあそぼうよ〜!」
園児たちはまだ遊び足りないのか、口々にそう言ってナギやホノカ、イツキたちにじゃれつくが、担任の先生たちに諭され、しぶしぶ離れていく。
「「「おねえちゃんたち、バイバ〜イ!」」」
教室から聞こえてくる声を聞いて、中庭に出て手を振る魔物娘たちそれぞれの顔にも優しい笑みが浮かんだ。
「…………」
ただ一人、何か言いたげな表情を浮かべて自分を見つめる瑠璃に気づいたイツキを除いて。
<●>
その日の夕方、イツキは再度はなまる幼稚園を訪れていた。
「申し訳ございません。私の個人的な用事についてきていただいて」
「いいっていいって。魔物娘が外に出るときは、人間が一緒でないとダメな決まりだし──」
何より他ならぬイツキの頼みだしねっ、と付け加え、頭を下げるキキーモラ娘に向かってぱたぱたと手を顔の前で振るのは、B組のクラス委員で「明緑館学園の魔物娘全員と仲良くなる」と公言している女子生徒、阿久津文葉。E組のクラス委員であるイツキとは、代表委員会を通して付き合いがある。
「……ところでここってさ、今日の職場体験で来た幼稚園でしょ? 何か忘れ物でもしたの?」
「忘れ物……ええ、ある意味そうかもしれません──」
イツキはそう答えると、首を傾げる文葉と一緒に門をくぐった。ちょうどお迎えの時間だったので、中庭にいた先生たちに挨拶し、姿に気付いて声をかけてくる子どもたちに手を振り返す。
「あら? イツキ──さん?」
「こんにちは先生。昼間はお世話になりました……あの、つかぬことをおうかがいしますが、ルリちゃんはもうお迎えが来て帰ったのですか?」
体験学習を担当していた女の先生に呼び止められたイツキは、挨拶もそこそこにそう問いかけた。我が子を迎えに来た保護者たちが、制服姿の二人をちらちら見ながら横を通り過ぎていく。
「瑠璃ちゃんならまだ教室に残ってるわ。お父さん、お迎えが少し遅くなるって」
「そうですか……」
「困るんだよね〜。いくら警察の仕事がいそがしいからって、お迎えの時間はちゃんと守ってもらわないと──」
「ちょっと二見さんっ」
別の若い先生が愚痴混じりに口を挟んできて、その発言をたしなめられる。
「ルリちゃんのお父さんって、おまわりさんだったんですね」
なるほど確かにいそがしくて、ルリちゃんが気をつかうわけです……と思いながら、イツキは彼女たちに一礼して教室の方へと歩き出し、文葉はあわててそのあとを追った。
「あ、イツキおねえちゃん!」
「こんにちは、ルリちゃん」
椅子に座って退屈そうに足をぶらぶらさせてお迎えを待っていた瑠璃は、教室の戸を開けて入ってきたイツキの姿に驚いて目を見開き、次の瞬間ぱっと顔を輝かせた。
キキーモラ娘も笑顔を浮かべ、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「ルリちゃんのことが気になって、遊びに来ました。お父さまが迎えに来られるまで、一緒にお話ししましょう」
「うん!」
カバンを置いて立ち上がり、イツキはスカートが皺にならないよう撫で付けて床に腰を下ろす。
隣に座った異形のお姉さんに、瑠璃は早速あれこれと話し始めた。お気に入りのアニメのこと、友だちや先生たちのこと、この前みんなで絵を描いたこと──昼間の体験学習の場で聞いたのと同じ話も混じっていたが、イツキは気にすることなくそれらに耳を傾け、そこここで相槌を打つ。
「……瑠璃ちゃん、魔物娘さんたちが帰ったあとも、ずっとイツキさんのこと話してたの。また一緒に遊びたい、今度いつ来るんだ──って」
「そうだったんですか……なるほど懐かれるわけだ」
タイミングを逸して蚊帳の外に置かれてしまった文葉だったが、先生の話になるほどと得心する。保護者でない自分たちがここにいてていいのか気になってもいたが、どうやら大目に見てもらえるようだ。
「カップケーキ、ちゃんと食べてくれて嬉しかったです」
「うん! おいしかった!」
キキーモラのふさふさした尻尾を楽しげに触りながら答える瑠璃と、くすぐったそうにしながらも彼女に優しい眼差しを向けるイツキ。
そんなふたりをほっこりと見つめる文葉と先生だったが、その時──
「すいません遅くなりました、樋口ですっ」
外から男性の声が聞こえてきた。
「あ! パパだっ」
瑠璃は弾かれたように椅子から立ち上がると、イツキの手を引っ張った。
「おねえちゃん来て!」
「は、はい」
そのまま立ち上がり、ふたりは文葉と先生の間を通って教室の外へ出た。
「おかえりパパ、イツキおねえちゃんとおはなししてた!」
「ただいま、遅くなってゴメ……ん?」
瑠璃を迎えに来た父親──樋口浩幸(ひろゆき)は、娘と一緒に出てきた異形の女子高生に言葉を途切れさせ、面食らったような表情を浮かべた。
年の頃は三十歳前後、短く切り揃えた黒髪、真面目そうな顔、細身だががっちりした身体付き。しかし着ているワイシャツの襟やネクタイ、ズボンの裾が若干縒れていて、いささかくたびれたような印象がある。
「え、えっと……」
「ルリちゃんのお父さまですね。イツキと申します。種族はキキーモラ。今日の職業体験学習でルリちゃんとお友だちになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ああ……こ、こちらこそ──」
楚々とした仕草でスカートの両裾を摘んで一礼するイツキに、彼は顔を赤らめながら頭に手をやった。
「イツキおねえちゃんなんでもできるんだよ。つくってくれたケーキすごくおいしかったし、たくとくんがよごしちゃったふくも、あっというまにきれいにしちゃうんだよ」
「そ、そうか……すごいんだな」
腰に抱きつき、笑顔を浮かべて我がことのように話す愛娘に、戸惑いながらも笑みを返す。
そして、浩幸はイツキに向き直ると、
「うちの娘の相手になってくれて、本当にありがとう。……瑠璃、おまえもお姉ちゃんにちゃんとお礼言いなさい」
「うん! ありがとう、イツキおねえちゃん」
「顔を上げてくださいお父さま。私もルリちゃんと一緒にいれて楽しかったですから」
頭を下げる父娘に、イツキはやんわりとした口調で微笑んだ。
「それにしても樋口さん、今日のお迎え、どうしてこんなに遅くなったのですか? うちは保育所じゃないんですよっ」
「二見さん、またそんなことを──」
「すいません、実は今日の昼過ぎに、ここの近所の駐車場で許可も取らずに人型重機を動かしてる連中がいるって通報がありまして……」
「え?」
「……あ、ネットに上がってる…………げっ!?」
スマホのFTディスプレイをフリックしてSNSを確認していた文葉は、貼り付けられていた動画に顔をしかめて嘆息した。「ま〜た、こいつらか……」
『ウォオオどけえエエッ! 悪の魔物どもに占拠されたッ、はなまる幼稚園の園児らを救えるのはッ、我ら地球防衛隊NTR第七独立強襲遊撃機動小隊だけなのだアアアアアッ!!』
『大丈夫かしっかりしろ出尾池(でおち)ぃ〜っ!』
『立てっ、立つんだ加眞瀬(かませ)ぇ〜っ!』
『お前の犠牲は無駄にしないぞ立河割(たてがわり)ぃ〜っ!』
「「「…………」」」
再生中の画面の中では、某ロボットアニメの某連邦軍みたいな制服?を着たいい年した男たちが、警察官に取り押さえられて暑苦しくわめいている。その背後に映った駐車場には、チェーンソーや削岩機、清掃用ブロワーを魔改造したグレネードランチャー(っぽいもの)を腕や肩にくくりつけたメガパペット──競技用人型重機が数体仰向けに倒れ込んでいた。
おそらくあわてて歩かせようとして、転倒させてしまったのだろう。背負子みたいな円柱形の搭乗ポッド(コクピット)を背中に取り付け機体を無理矢理乗り込み型にしたため、トップヘビーな重心になったのが原因と思われる……よく怪我人が出なかったものだ。
あと、機体はどれも額にV字ツノを付け、腕と脚が白、胸部が青で爪先が赤という某機動戦士トリコロール塗装で揃えていた(笑)。
「あんなものでカチコミかけるつもりだったのか……」
「「…………」」
文葉のつぶやきに、先生ふたりが不安げに顔を見合わせた。明日、このニュースを見た保護者から質問や苦情が殺到するかもしれない。
浩幸曰く、抵抗されたので全員取っ捕まえてしょっ引いてきたのはいいが、彼らをどこの課で取り調べもとい面倒見る≠フか署内でひと悶着した結果、自身のいる生活安全課に押し付けられたため、その対応でお迎えの時間が遅くなったのだとか。
なお、捕まった連中は「いずれ魔物どもは人類に牙を剥く。そうなれば、奴らと戦う我々は速攻で釈放されるだけでなく、特別待遇間違いなし」などとうそぶき、逮捕されたことを屁とも思っていないらしい。あと念のため言っておくが、「巨大人型ロボット兵器」などというナンセンスな代物は、この世界でもアニメの中だけにしか存在しない。
「…………」
イツキはまるで主神教団の狂信者に絡まれているかのように顔を強張らせ、スカートの裾を握りしめた。
「私たちがここに来たから、結果的に皆さまにご迷惑をおかけしてしまったのですね──」
「イツキ……」
「それは違う」
キキーモラ娘のつぶやきを、浩幸は言下に否定した。
そして、不安げに自分の顔を見上げる愛娘の視線に気づき、その頭を優しく撫でると前に向き直る。
「悪いのは勝手な思い込みだけで君らを敵視して、まわりの迷惑を一切考えずにコトを起こそうとした連中だ。イツキさんが気に病む必要なんかない」
「は、はい……」
魔物娘がいなければ、あんなイカれた連中も現れなかったと言う者もいる。しかし、警察官である浩幸はそれに同意する気など毛頭ない。痴漢に遭うのは満員電車に乗った方が悪い、空き巣被害に遭ったのは家を留守にした方が悪い──と言っているのと同じだからだ。
「だいじょうぶだよイツキおねえちゃん。おねえちゃんたちをいじめるひとは、パパがやっつけてくれたから!」
「そうですよね……ルリちゃんのお父さまの方が、正真正銘の正義の味方≠ネんですよね──」
イツキは前にかがんで微笑むと、瑠璃にそう答えた。文葉が励ますようにその肩をポンと叩く。
瑠璃も一緒に、笑顔を浮かべた。
「ルリちゃん、お父さま」
先生たちに一礼して帰ろうとした父娘を呼び止めるイツキ。一瞬、言葉を途切れさせ、しかし意を決して口を開く。
「もし……もしよろしければ、私をルリちゃんのお誕生日会に招待していただけないでしょうか?」
「「……へ?」」
突然そう言われて、瑠璃も浩幸も目を瞬かせた。
イツキは目を閉じてひと呼吸し、ふたりを見つめると、
「ご招待いただければ、私がルリちゃんに素敵なお誕生日会をプレゼントいたします。えっと、つまり──」
「お仕事がいそがしいお父さんの代わりに、瑠璃ちゃんのお誕生日パーティをやっちゃおうってワケよ……ね、イツキ♪」
文葉がイツキの両肩に手を置き言葉を継いで、小首を傾げてウインクする。
イツキが「はいっ」と首肯すると、なごり惜しそうにしていた瑠璃の顔が、ぱっと明るくなった。
「ほんとに……ほんとにおたんじょうびパーティしてくれる、の?」
「こらっ瑠璃。……あ、いや、その気持ちはありがたいんだが──」
「どうかご遠慮なさらずにお父さま。キキーモラはそもそも、世話好きな種族なのですから」
「パパ、あたしイツキおねえちゃんと……おたんじょうびパーティしたい!」
「…………」
滅多にワガママを言わない我が子が、真剣な目つきで見上げてくる。
しばし口を閉じ、やがて浩幸は観念したかのように肩をすくめて白旗を掲げた。
「わかった。……じゃあイツキさん、よろしくお願いします」
「はい、お任せください♪」
頭を上げた浩幸は、キキーモラ娘が浮かべた花のような笑顔に見惚れて、年甲斐もなく顔を赤らめるのであった。
<●>
撫子寮の自室に帰ってきたイツキは大急ぎで制服からメイド服に着替えると、一階にある食堂のキッチンへと駆け込んだ。
「ただいま戻りました。申し訳ありません、遅くなって──」
寮では十七人の魔物娘たちが交代で夕食を作っているのだが、イツキは毎日それを手伝っている。今夜はイツキのものとよく似たメイド服を着た、青みがかった灰色の肌をもつ魔物娘がキッチンに入っていた。
「ちょっと待ってイツキさんっ。どうして貴女が遅れたのか、わたくしが推理してみせますわっ」
そんな彼女が振り向き、手にした菜箸を突きつけながら、なぜか自信たっぷりに言い放つ。
白目の部分が黒く、瞳は金色。ぬめっとした光沢を帯びた長い黒髪をポニーテールに結び、腰から下は限りなく黒に近い深紫色の粘体がロングスカートのように広がっている。そこから先端をホイッパー(泡立て器)やフライ返し、おたまなどに変化させた半透明の触手がうにょうにょといくつも伸びていて、料理をこしらえていた。
ちなみに今日の夕食のメニューは、ご飯にオムレツ、サラダ、大根のお味噌汁。
「その乱れた着衣、上気した息遣い、そして『ただいま』という外から帰ってきたときの挨拶……そう、普段はアヌビスのレインさん並みに時間厳守な貴女が夕飯作りに遅れた理由、それはズバリ、意中の殿方ができたということですわねっ!」
イツキと同じE組の、混沌系スライム種──ショゴスのリッカ。学者である父親の影響か無類の本好き読書好きで、こちらの世界に来てからはミステリーというジャンルにずっぱまりしてしまい、しばしばホームズになりきって相手の様子から読み取った「推理」を披露することがある。
「違います」
「あ、あれ……?」
……もっともそのほとんどが、的はずれなのがお約束だったりするのだが。
自慢の推理をばっさり否定されて触手を硬直させたショゴス娘を尻目に、イツキはエプロンを締め直した。
「で、結局なんで遅くなったんだ?」
「ルリちゃんに会いに、はなまる幼稚園に行ってたんですよ」
マヨネーズを手にしてカウンターから身を乗り出し尋ねてくるナギにそう答え、イツキはにっこりと笑みを浮かべる。
そして、食堂に集まってきた魔物娘たちをぐるりと見回すと、
「そうだ……もしよかったら、ナギさんたちも手伝ってくださいませんか?」
「な、何を──?」
だけどこの時、リッカの「推理」が意外と核心を突いていたことに、イツキ自身まだ気づいていなかった……
to be continued...
─ appendix ─
ナギ『ふっふっふー、ゆうしゃどもめー、このわたしにかてるなどどおもっているのかー(←棒読み)』
男子園児A『なにをーっ、まけるもんかーっ、イヤーッ!』
ナギ『グワーッ!』
男子園児B『イヤーッ!』
ナギ『グワーッ!』
男子園児C『イヤーッ!』
ナギ『グワーッ! ……ヤ・ラ・レ・タァァーッ!!』
彼方「なんや、結構ノリノリやんけ──」
ナギ「ぎゃああああっバカ見るなあああっ!! 誰だこんな動画撮ったヤツぅぅっ!?」
ルミナ「…………(ぷいっ)」
23/04/02 22:23更新 / MONDO
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