連載小説
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04「サイクロプスと操り人形(後編)」
「コースケくんっ! 壊れたら何度でも私が修理するっ! だから……前に出てっ!!」

 あんなに大声を上げたのは、いつ以来だろう? それも、大勢の人が見ている前で。
 でも、あの時は恥ずかしいとか、ヒトツ目の自分が目立つと気味悪がられるとかなんて、これっぽっちも思ってなかった。彼の背中を押してあげたいという気持ちで頭の中が一杯になり、半ば無我夢中だった。
 だから、自分が組み直したメガパペットという巨大なカラクリ人形が試合に勝ったこと以上に、彼と一緒に二回戦へと進めたことが嬉しかった。

 そして「ホノカちゃん」と呼びかけられたとき……どうして自分がここまでかかわってきたのか、その理由に気づくことができた。

 そっか……コースケくん、あの人に似てるんだ──

 ずっと心の奥に仕舞い込んでいた、思いと合わせて。



 第八回全日本ロボTRY選手権、地区予選会二回戦。
 アナウンスとともに、二体の人型重機──メガパペットがバトルステージに上がり、各々の待機線へと歩を進める。

「相手は雁ヶ首大学のロボット研究会……大会の常連さんだよ」
「……勝てる?」
「勝つよ。ホノカちゃんが整備してくれたコイツで」

 隣にいるサイクロプス娘にそう答えると、甲介は前を歩く自分の機体に視線を向けた。

「いっけぇコースケ! そこのプレイヤーごとぶっとばせ〜っ!!」
「……それやったら一発で反則負けになるで、ナギ」
「なんだと!? ええいっ、この私がいる限りそんな真似は絶対にさせんぞっ!」

 防護フェンスの外側には、今日も大勢のギャラリーが応援に集まっている。
 二人が横目でうかがうと、雁ヶ首大ロボ研の女性プレイヤー(の胸)を親のカタキとばかりにヒトツ目で睨みつけながら声を上げるゲイザー娘ナギに、彼方が苦笑を浮かべてツッコんで、ヴァルキリーのルミナが眉を吊り上げまくし立てていた。その横で、文葉がスマホ片手に手を振ってくる。

「…………」
「……くすっ」

 友人たちの平常運転な姿に、肩の力がいい具合に抜けた。
 甲介たちの機体〈TX−44改〉に相対するのは、卵型の頭部が特徴的な黄色のメガパペット。登録機体名は〈キクモン03〉。胸と両肩のダメージマーカーの色は紫。
 試合開始のコールが響き、スタートシグナルの色が変わる。二体は同時に待機線を蹴り、真っ正面からぶつかり合った……
 …………………………………………



「Winner! チーム・モノアイガールズ!!」



「なんで……あんなポンコツに──っ」

 胸と右肩のダメージマーカーの色が変わったまま撤収されていく〈キクモン03〉を一瞥し、雁ヶ首大ロボ研の女性プレイヤーは苛立たしげにつぶやいた。
 口々になだめようとする取り巻きたちの声を無視して、相手チームの機体を睨み付ける。

「…………」

 僅差だった。向こうも左肩のマーカーの色が変わり、そこから肘を逆側に曲げられた左腕がぶらぶらと力なく垂れ下がっている。ツギハギな見た目もあって、相手の腕を潰したその瞬間に「勝った!」と油断、慢心してしまったのが自分たちの敗因だったのだろう。
 まさかカウンターで、胸元に頭突きしてくるとは思いもしなかった。
 ふと、向こうのセコンドと目が合った。水色の肌、額に生えたツノ、マンガみたいな大きなヒトツ目の人外少女──魔物娘。
 焦ったようにお辞儀され、目を逸らされた。

「……っ!」

 化け物女がっ……と悪態をつきかけ、すんでのところでそれを飲み込む。
 マーシャルや大勢のギャラリーが見ている前でそんなことを口走ったら、負けたくせにみっともない、見苦しい、大人げない、あの§A中と同類かよ──と逆にディスられ、こちらがいらぬ恥をかくだけである。
 彼女は少し悔し気に溜め息を吐き、踵を返した。



 次の試合は一週間後。それまでに機体を修理し、動かせるよう整備しなければならない。
 いつもの部室棟の横で、甲介とホノカはメガパペット〈TX−44改〉の修理を始めていた。
 ナギたちは部活等で不在。代わりに手伝ってくれているのは──

「よっ、おっととっ……おーいホノカぁ、これどこに置くんだ?」
「こっち。この真ん中にゆっくり置いて」
「あいよっ」

 頭ひとつ高い身長、黄緑色の肌、赤い髪、バンダナを巻いた額から生えた二本のツノ。
 機体から取り外された左肩のカウリングを片手に持った体操服姿のオーガ娘サキが、ホノカが指差すブルーシートの上にそれをそっと下ろした。「……意外と軽いんだな。巨人の鎧だからもうちょっと重いもんだと思ってたぜ」

「あんまり重いと関節部に負担がかかるからね。バッテリーの消耗も早くなるし、防御力を損なわないギリギリまで軽量化してるんだ」

 機体の首のところに跨がって頭部のセンサーを再調整していた甲介が、精密ドライバー片手にそう説明する。もっともオーガ基準での「軽い」であって、肩部の外装はそこそこ重さがある。以前オーバーホールしたときは、甲介と彼方が二人がかりで取り外していた。

「ふうん……ま、要は勝つためにいろいろ工夫されてるってことだよな」
「ま、まあね……」

 腕を組み、分かっているかのようにウンウンうなずく。そんなサキに苦笑を浮かべる甲介だが、内心ではこの鬼娘がいつ「一度コイツ(メガパペット)と戦わせろよ」とか言いださないか、ビクビクしていたりする。

「ほかの鎧はどーすんだ? ホノカ」
「今日は左腕の修理だけだから……これでいい」

 いきなりふらっと現れて、アタシにも手伝わせろと声をかけてきたサキ。聞けば文葉がスマホで撮っていた試合の動画を見て、興味をおぼえたのだとか。
 ちなみに彼女たち魔物娘は、身体構造がヒトとは違うという理由でスポーツ競技会への出場を制限されている(空を飛んだらホームランボールもアウトにされる……という例え方を真顔でする連中はバカっぽいと思うが)。そんな中で同じ魔物娘の仲間がモータースポーツのメカニックとしてではあるが、公式の大会に参加し勝ち進んでいるのだ。皆、大なり小なり気になっているのだろう。

 ……気になっているのは、もちろんそれだけではないのだが。

「ふ〜ん、中身は戦闘用の魔導義肢みたいなんだな」

 フレームとシリンダーが剥き出しになった〈TX−44改〉の左腕をしげしげと眺め、サキがぽつりとつぶやく。さすがに修理中のメガパペットに勝負をふっかけるなんてことはしなかったが、自分の腕と見比べているあたり、その気がないとは言えないようだ。

「魔導義肢?」
「装着者の持つ魔力で動く義手や義足のこと──」

 首を傾げる甲介に、ホノカが顔を上げて答えた。こっちの世界で言うところのサイバー義肢のようなものらしい。

「そうそうホノカの親父さんな、ちょっと名の知れた魔導義肢製作のマイスター(名人)なんだぜ」
「へえ……そうなんだ」
「うん」

 少し照れくさそうにしながらも、サイクロプス娘は誇らしげにうなずく。
 彼女が異世界のカラクリ仕掛け──メガパペットを整備することができたのは、種族特性で受け継いできた鍛冶(金属加工)技能に加えて、そんな家庭環境で育ってきたからか……脚立に座って機体の左肘を修理するその姿を見つめ、甲介は小さく笑みを浮かべた。



 黙々と作業を続ける甲介とホノカ。手持ち無沙汰になったサキは、ホノカにそっと近寄り、ちょいちょいと手招きした。

「何?」

 ホノカは手を止めて、脚立の上から身を乗り出す。

「やっぱ似てるよな、アイツ……」
「……!」

 耳元に小声で囁かれ、サイクロプス娘の動きが固まった。

「だ──誰、に?」
「誰って……ベイリさんにだよ。親父さんの弟子で、ホノカの初恋の相手──」
「ち、ちょっと待ってっ! ははは初恋って、……ち、違うからっ! 違うからっ!」

 内心を見透かされたように指摘され、あわてて声を上げる。
 頭部センサーの調整を続けていた甲介が、「どうしたの?」と向き直ってきた。

「ち、ちっちゃい頃の話だし……それに、べ、ベイリさんには、れ……レイシャ、さんが……いた、し──」

 さっき以上に顔を赤らめ、うつむくホノカ。
 それは彼女がまだ幼かった頃、父親のファクトリーで働きだした元騎士見習いの少年と、

「サキさん、レイシャさんって?」
「ベイリさんの恋人……ホノカの親父さんの工房で、義肢のモニターやってるオートマトンのお姉さんだぜ」
「お、オートマトン?」

 こちらの世界では、主に12〜19世紀にかけてヨーロッパ等で作られた自動人形や、デジタル回路のプログラム設計で使われる計算モデルを指す単語なのだが、

 ──えーっと確か、魔物娘版ガイノイド(女性型アンドロイド)だったっけ……

 向こうの世界ではゴーレムや呪いの人形≠ワで魔物娘化して人間の男性と恋愛するというのだから、アンドロイドと人間のカップルなんて珍しくもなんともないのかもしれない。なお「オートマトン」と聞いて、某00に出てきた箱型の自動対人攻撃ロボットがちらっと頭を掠めたのは内緒だ。
 甲介が内心でひとりツッコミしていると、黙って下を向いていたホノカが、ぽつりとつぶやいた。

「似てないよ……」
「……え?」

 甲介とサキが見つめる中、彼女は手にした工具を持ち直し、顔を赤くしたまま睨みつけるような目つきでメガパペットの修理を再開した。「似てない……、似てない…………似てないから──」

「「…………」」

 自分に言い聞かせるようにそう繰り返しながら、一心不乱に手を動かす。
 溜め息を吐いたサキがふと見上げると、機体の肩に跨った甲介が何か言いたげな顔と眼差しをホノカに向けていた……

「ホノカちゃん、そこ、取り付けが逆──」
「……あ」



 更紗市中央公園青空広場、地区予選会三回戦。
 これに勝てばベスト4──準決勝に進めるとあって、各チームとも万全のコンディションで機体を持ち込み、応援にもこれまで以上に人が集まっている。
 明緑館学園からはいつもの面々に加えて、整備を手伝ったオーガ娘のサキとアラクネ娘のヤヨイの姿もあった。フェンスの外側から立ち見で観戦するので、下半身が巨大グモでも大丈夫……もっともあからさまに人外な見た目に、遠巻きにして嫌悪感を露わにしている者も少なくない。
 そんな中、甲介と一緒に出番を待っていたホノカは、ナギにパドックの裏へと連れてこられた。

「……ナギちゃん、急にどうしたの?」

 もうすぐ試合なんだけど……と戸惑うホノカの言葉に、ナギはつかんでいた彼女の手を放すと、ゆっくり振り返った。

「……なあホノカ、コースケと何かあった?」
「!」

 ピクン、と肩が跳ね上がる。「べ、別に何も……ない、よ」

「…………」

 あからさまに目を泳がせ逸らす親友に、ナギは背中の触手をくねらせ溜め息を吐いた。
 自分もそうなのだが、なまじ単眼が大きい分、余計にそれがよくわかる……

「こないだからふたりとも、な〜んかギクシャクしてるっていうか、意識しないようにしようとして、かえって意識し過ぎてるっていうか──」
「そ、そんなこと……ない、けど……」

 顔を赤らめ言い澱むホノカ。そんな彼女に、ナギは顔の真ん中にある単眼をギョロリと動かす。

「…………」

 ホノカはその視線から逃げるようにうつむいた。
 甲介が自分の初恋だった人に似ている……と、世話焼きオーガ娘のサキに指摘されてからずっと、彼女の心の底にぐじぐじした気持ちが澱のようにわだかまっている。

 彼──甲介を、かの人の代わり≠ニして見ているんじゃないかという、自己嫌悪に似た気持ちが。

 恋愛にネガティヴ気味なのもあって、一度そう思ってしまうとなかなかそこから抜け出せない。だけど甲介のそばを離れたくない……メガパペットの修理や整備、試合中のバックアップを理由(ダシ)に、自分で自分に言い訳しているのも嫌だと思う──
 そんな親友の気持ちに気づいているのか、はなからお見通しなのか、ナギは大きく息を吸うと、

「ホノカ!」

 強い口調で呼ばれ、ホノカは反射的に顔を上げた。
 次の瞬間ナギの赤く光る単眼と目が合って、身体が動かなくなる。

「な、ナギ、ちゃん……何、を──」

 邪眼に見つめられ、ホノカの目の焦点が定まらなくなっていく。

「ゲイザーのナギが命ずる! ……ホノカ、ちょっと素直になれっ」
「あ──」

 Vサインした右手を横に倒して目の端に当て、どこぞのアニメみたいなポーズをきめて暗示を一発。そして惚けた状態で固まったホノカの背後に回って、その両肩にポンと手を置く。

「ほらホノカ、コースケが待ってるぞ」
「え? あ、う──うん……」

 何も考えずにぼんやりしていて、急にはっと我に返ったような感覚をおぼえ、ナギに背中を押されたホノカは頭を振ってそう応えると、言われたままパドックに向かって踵を返した。

「……あれ?」

 なんだかよくわからないけど、いつの間にかちょっとだけ気持ちが軽くなったような気がする……彼女は足を止めて振り向き、にまっと微笑む親友の顔を見た。

「ありがと、ナギちゃん」
「がんばれよ、ホノカ」

 その後ろ姿を見送り、ゲイザー娘は髪の中から伸びた触手を機嫌よさげにゆらゆらと動かす。

 ──アタシもコースケはベイリさんに似てると思うぞ。機械いじりが好きなとことか、童顔なとことか……

「ホノカちゃん、て呼ぶとことかなっ♪」

 きししっ、とイタズラっぽい笑みを浮かべるナギ。
 その気になればホノカに「今すぐコースケにコクれ」と、邪眼の力で命令することもできるのだが、そこは乙女な魔物娘。愛の告白は操られてではなく自分の意思で──と思ってしまうのは、彼女もまたそういうのに憧れているからなのかもしれない……指摘されたら絶対否定するだろうけど。



「第四試合、明緑館学園『チーム・モノアイガールズ』対、立花菱大付属高校『チーム・インフィニットリバーサー』を開始します──」

 ナギたち明緑館学園の面々が見守る中、右腕部と左脚部を青く塗り分けた灰白色の人型重機が、アナウンスとともに待機線へと歩を進める。カラーリングだけでなく、登録機体名も〈TX−44改〉から〈ブラウホルン〉へと改められ、その名の通り、額に当たる部分にブレードタイプの飾りツノが新たに取り付けられた。右脛部のカウリングにはMEIRYOKUKANと斜めに印字されている。
 そんな甲介たちの機体に相対するのは、純白のカウリングで全身を隙なく覆われ、そこかしこに赤いラインの塗装が施された、いわゆるデモンストレーターカラーのメガパペット。ダメージマーカーの色はイエロー。おそらくこれも後付けされたのであろう、ゴールドに塗られた額のV字ツノが目を引く。
 なんでも大手重機メーカーが開発した、次期主力モデルの試作機──プロトタイプなのだとか。

「それにしてもあの人ら、どない見ても高校生には見えしまへん……」
「いやどう見てもおっさんでしょアレ」

 手を頬に当てて首を傾げるヤヨイの天然ボケ気味な発言に、文葉は即座にツッコみ返した。
 相手チームの機体の隣に立つプレイヤーは彼女たちと同年代の男子だが、後ろで控えているセコンド二人は比喩だとか老け顔だとかではなく、正真正銘のアラサー男性だった。
 文葉は手にしたスマホのFTディスプレイに、予選会の参加チームリストを表示させる。

「チーム・INFリバーサー、プレイヤー神原ジン(じんばら・じん)、登録機体名〈Gアクセラレータ〉。……さっきのアナウンスで学校代表みたいに紹介されてたけど、実質は個人参加なのね」
「手伝どうてくれるお友だち、学校にいたはれへんのでっしゃろか……?」

 それを横から覗き込み、何気にヒドイことを言うヤヨイ。どうでもいいが、オノマトペみたいな名前だなと思う。
 モータースポーツとしてはまだまだ歴史の浅いロボTRYだか、メーカーが実績のあるプレイヤーやチームに機体やパーツを提供したりすることもある。メカニックが派遣されていてもおかしくはない。

「けどあのチームってさ、確か一度も戦わずに勝ち上がってきたんだよな」
「マジか? なんでまたそんなことになってんだ? ナギ」

 ついさっきまで「あの白いのかっけー」とか言っていたサキだったが、一転「え〜っ」といった感じで渋面を浮かべて振り返る。
 拳を交えず勝利を得る──勝者を名乗るなど、戦闘種であるオーガの彼女には理解しがたいことであった。

「えっと……カナタ、パス」
「なんでこっちに振んねん。……まあ、一回戦は準備が間に合わへんかった相手チームが棄権して、二回戦は試合開始直後に機体が急に動かんようになった相手が失格になって──で、三回戦まで来たっちゅうわけや」

 緒戦ではこういったマシントラブルによる失格がたまにあったりするのだが、二回連続不戦勝というのはさすがに珍しい。なお、試合開始直後に機体が動かなかった場合に限り、三分間の制限時間内に再始動できればダメージマーカー1ポイント分の減点≠受けて試合に復帰できるのだが、二回戦でかのチームと当たった相手はそれができなかったわけだ。

「なんだ、要するに運だけのヤツってわけか……ならホノカたちの楽勝だな♪」

 そう言って胸の前で拳と平手を叩き合わせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるサキ。

「せやけど逆に言うたら、機体にいっぺんもダメージ受けてへんっちゅうことやからな。油断は禁物やで」

 かたやメーカー謹製、こちらは使える中古パーツをかき集めてレストアした機体。ホノカの丁寧な整備で、前二戦のダメージは可能な限りリペアされているとはいえ、不安が全くないというわけではない。
 まあ、そこらあたりは甲介もホノカも重々承知していると思うが。

「それにしても、そのジンバラジンとかいう相手の巨人機遣い……どうも気になる」
「珍しいわね。ルミナがそんなこと言うなんて」
「お? さてはあんな、おぼっちゃまっぽいのがタイプなのか? お前」
「年から年中発情している貴様ら魔物娘と一緒にするなっ」

 ナギに茶化され、間髪入れずに怒鳴り返すルミナ。そしてまた、相手チームのプレイヤーへと視線を戻す。
 耳にインカムを付けプロポを手にした、ぱっと見は背の高い清潔感のあるイケメン。横に立つ純白のメガパペットと相まって、まるでこの場の主役のようにも見える……が、

 ──エビハラとサイクロプスを見るあの目つき、まるでプライドだけが肥大化した反魔派の神官兵のようだ……

 口中でそうつぶやき、女子高生ヴァルキリーは身を強張らせた。



 試合開始のコールが響き、シグナルが赤から青に切り替わる。

「見えたぞッ! 約束された勝利へのウィニングロード!!」

 チーム・INFリバーサーのプレイヤー神原ジンはそう声を上げながら、愛機〈Gアクセラレータ〉をダッシュさせた。
 一回戦、二回戦とも不戦勝で、そろそろちゃんと戦って勝たねば格好がつかないなと思っていたところに、対戦相手として出てきたのは中古のツギハギ機体……彼が内心でガッツポーズを取ったのは言うまでもない。
 そう、こちらが負ける要素など一切ない。この大会に出場するために、親のコネと金を使って、メーカーからプロトタイプの機体──最新技術をつぎ込んで作られたワンオフ機を取り寄せたのだから。
 ジンはその顔に勝利を確信した笑みを浮かべ、手首を捻ってFTディスプレイ上のアイコンを選択。純白の機体は前にとび込むように右腕を繰り出す……が、相手の機体は半身をずらしてそれをかわし、カウンターで左の一撃を放ってきた。

「く……!」

 機体の向きを強引に変えてその攻撃を避けようとしたが、がら空きの右肩にクリティカルヒットをもらい、いきなりダメージマーカーの色がイエローからオレンジへと変わる。
 スライディング気味に脚を運ばせ、踏ん張らせるように機体を立て直すと、

「……やるなッ! さすがは準々決勝まで勝ち上がってきただけのことはあるッ!」

 プロポから伸びたケーブルをひと振りし、彼は芝居がかった口調で対戦相手に語りかけた。
 むろん内心ではそんなこと毛ほども思ってはいない。今のは単なるまぐれ。よけたときに振り回した手が、たまたま上手い具合に当たっただけ……あんな型落ちのメガパペットが、この〈Gアクセラレータ〉の機動力についてこれるはずがないのだ──

「だがバトルは始まったばかりッ! 勝負はこれから…………聞けよ!

 ツギハギ機体のプレイヤー──甲介はジンの「語り」をガン無視してプロポを操作。〈ブラウホルン〉は背中のケーブルを翻して前に踏み込んだ。あわてたように繰り出された大振りなパンチを外へ弾き、がら空きになった胸元に右の拳を繰り出す。

「……! させるかッ!」

 プロポから入力された動作を間髪入れずにキャンセルされ、いきなりの制動に悲鳴じみた音を上げる膝と足首の関節部……上半身を捻ってダメージマーカーへの直撃を辛うじて避け、〈Gアクセラレータ〉は仰け反り泳ぐような体勢になりながらも間合いを取り、両腕を大きく振って構え直す。

「この機動力についてこれるのはッ、同じプロトタイプ──聞けってば!」
「…………」

 戦っている最中にアニメっぽくセリフを決めたいらしいが、そんなことに付き合う気なんかさらさらない。
 甲介はさらに自機を押し込み、一本ヅノのメガパペットは相手の左肩目がけて追撃を放った。半身を咄嗟に引いたためマーカーの色こそ変わらなかったが、純白のメガパペットは片足立ちになりかけ、バランスを崩して後ろによろめく。

 ピッ──!「〈Gアクセラレータ〉ステージアウト。ブレイク!」

 いつの間にかステージの端まで追い詰められていた。無理矢理重心を移した右足が場外にはみ出し、警告音と同時に踏み越えたラインが赤く光る。
 二体のメガパペットはその動きを止め、プレイヤーとともに再び待機線へと戻った。

「ペナルティは痛いが、仕切り直せたのはむしろ好都合。いくぞ! 本当の戦いはこれからだっ!」
「…………」

「……なあカナタ、アイツなんでいちいち何か言いながら、自分のロボットにポーズ取らせてんだ?」

 脚部を大きく開き、指をピンと伸ばした両腕を大きく回して腰を捻る──
 モーター音を鳴らして大げさな構えをとる〈Gアクセラレータ〉を金網の外から胡散臭げに見やり、ナギは隣に問いかける。

「ヒロイックムーブで『自分が主役だ』ってアピってるんやな──」
「うわそれ負けたらめっちゃイタいやつじゃん……」
「まあせやけど……未だにあんなことすんのおるんか」

 ダメージカウント1ー0で試合再開。シグナルが変わると同時に、青い機体と白い機体は真っ正面から会敵する。
 拳を繰り出すこと数合。互いの攻撃を凌ぎ合うが……

「ばっ……バカなッ!? 押されているッ?」

 先ほどからの無理な機動で脚部の踏ん張りが効かなくなりだした純白のメガパペットが、徐々に後退し始める。

「まだだ……まだいけるッ。プロトタイプは伊達じゃないッ!」

 なおもどこかで聞いたようなセリフを吐きながら、ジンはプロポの周囲に浮かぶFTディスプレイからコマンドを素早く入力、エンターキーであるトリガーを弾いた。
 すでにマーカーの色が変わっている右肩を正面に向け、〈Gアクセラレータ〉は斜め前へ一歩踏み出す……

『コースケくんっ! 左っ!』
「……!!」

 インカムから聞こえてきたホノカの声に、甲介はすかさず反応した。
 フェイントをかけて逆側へと横っ跳びした純白の機体に合わせて〈ブラウホルン〉も左へと踏み込み、その動きに連動させた腰の捻りから薙ぐように放った右腕で相手の首を刈る。
 下腕部のカウリングが割れて、青い破片が周囲に飛び散る。
 横移動のベクトルにラリアットの一撃を合わされて、赤い両足が地面から離れる──

 〈Gアクセラレータ〉は、そのまま音を立てて横倒しになった。

「……どうだっ!」

 コントロールケーブルをしならせ、甲介が叫んだ。
 純白の機体はステージに叩きつけられたまま、プレイヤーの操作にも反応せず、ピクリとも動かない。

「〈Gアクセラレータ〉試合続行不能。──第四試合Winner! チーム・モノアイガールズ!!」

 試合終了のホーンと豪快なKO勝ちに沸く歓声の中、〈ブラウホルン〉は衝撃で動かなくなった右腕の代わりに、左腕を高々と掲げた。
 整備したパートナーを信頼し、機体を限界まで使い切ったプレイヤーと、カタログスペックだけに頼った者との差が如実に現れた試合だった。

「……コースケくん!」「ホノカちゃん!」

 駆け寄ってきたサイクロプス娘と目を合わせ、ハイタッチして勝利を喜び合う。ふたりが観客席の方を見ると、フェンスの向こうからナギや彼方たちが手を振っている。
 だが、ルミナだけは一人、険しい表情でステージを見つめていた。その視線の先で、横倒しになった自機のそばに立つ敗者──ジンがうつむいたまま、一瞬ニヤッと口の端を歪める。
 そして彼は、おもむろに顔を前に向けると、

「汚い……汚いぞ! そうまでして勝ちたいのかお前ッ!」

 まわりに聞こえるようワザと大声を上げ、甲介の顔を指差した。



「…………」
「…………」
「な、なんだ……?」

 レギュレーションも違反していないし、反則もしていない。マーシャルからの警告も貰ってない。
 訝る甲介、ざわつく観客席。
 まわりの視線が自分に集まっているのを確認し、ジンはさらに声を張り上げた。

「そもそもそんなスクラップの寄せ集めでできたメガパペットが、高性能プロトタイプ機と互角に戦い勝利するなんて万にひとつもありえない! つまり……ッ!」

 そして、甲介の背中に隠れながら怯えたような視線でこちらをうかがうヒトツ目の人外少女を睨めつけると──

「そこにいる化け物女に魔法を使わせてッ、ズルをしたということだッ!」
「なっ?」

 握った右手を胸に当て、左手を横に大きく開き、ギャラリーに向かって♂ー面もなくそう主張した。

「自分の機体を魔法で強化したかッ、あるいはこっちの機体を魔法で弱体化させたかッ! こいつらは一回戦からそうやって不正をし続け、勝ち上がってきたんだッ!」
「ふざけるなっ! 誰がそんなことするか!」

 事実であるかのように決めつけるその口調に、いつもは余計な揉め事を嫌う甲介もさすがに声を荒げて怒鳴り返す。

「中世文明レベルのファンタジー世界から来た化け物女に、メガパペットの整備などできるわけがないッ! だから魔法というチートに頼ったッ! ちょっと考えれば誰でも分かることだッ!」
「ホノカちゃんたちのこと知りもしないで、勝手なこと言うなっ!」

 ぶっちゃけ、言いがかり以外の何物でもない。
 ファンタジー世界は中世ヨーロッパ風──などという固定観念しかないジンに、魔物娘や彼女たちの魔法についての理解などありはしない。というか、魔法魔法と言ってる割に、本気でそれが使われたと考えているかどうかも疑わしい。
 要は判定を覆すために、甲介たちが不正をはたらいたと観客たちやマーシャルに思わせればいいのだから。

「おいオマエっ、言うにこと欠いてなんてことぬかしやがる!」
「何イチャモンつけてんねんっ! お前それレイハラ(レイシャルハラスメント=人種的偏見に基づく嫌がらせ)やぞっ!」
「きっちり負けたくせにみっともねえぞっ! 戦いナメてんのかテメエっ!」

 フェンスの外側から、ナギたちも怒りの声を上げる。
 だが、他の観客たちは隣同士で顔を見合わせたり、バトルステージに困惑の視線を投げかけたり、あからさまに侮蔑の表情を浮かべたり──

 ガッ──!「……! コースケくんっ!!」

 いきなりホノカに向かって投げつけられた石が、彼女をかばった甲介のこめかみに直撃した。

「だ、大丈夫……」
「…………」

 額を押さえて顔をしかめながらも、彼は心配かけまいと笑みを浮かべようとする。
 ホノカは勇気を振り絞って、石が飛んできた方を睨みつけた。

「ま……魔法なんて、使って、ない…………ちゃんと、整備……した……」

 たどたどしく、ともすれば口ごもりそうになりながらも、観客席に向かって反論する。
 だが悪意は容易に伝播し、増幅していく……

 口ではなんとでも言えるよなぁ──

 魔法使ってないこと証明してみせろよ──

 その他大勢に顔≠ヘない。赤信号、みんなで渡れば怖くない。
 飲みさしのペットボトルやビン、空き缶、ゴミなどが、ふたりに次々と投げつけられる。
 甲介はまるでヒトの醜い面を見せまいとするかのように、ホノカの頭を抱き寄せ、盾になった。

「ホノカっ!」「甲介ぇっ!」

 ナギと彼方の叫び声が、観客席からの罵声にかき消される。

 汚いなさすが化け物女汚い──

 人間様の大会に出てくんじゃねーよっ──

 とっとと元いた世界に帰りやがれっ──

 かーえれっ、かーえれっ──

 かーえれっ、かーえれっ──

 かーえれっ、かーえれっ──

 かーえれっ、かーえれっ──

 …………………………………………

 だが、自分たちが今この場から逃げたら、相手の言ったことを認めたことになる。
 それだけは絶対できない。サイクロプス娘をかき抱く腕に、甲介は力を込めた。

「くっそぉテメエらそこ動くなっ! 全員ブッとばしてやるっ!!」
「だめよサキっ! 手を出したらこっちが悪者にされる!」
「サキはんこらえて……こらえておくれやすっ!」

 フェンスを引きちぎって反対側へ殴り込もうとするオーガ娘を、必死に止める文葉とヤヨイ。魔物娘が人間に危害を加えたら最後、理由など関係なしに、ジャーナリストを名乗るレポ屋や知識人と称する声と顔だけがデカい連中が嬉々として彼女たちの排斥に動くだろう。
 ジンは騒ぎ続けるギャラリーに背を向け、ニヤリ……と口の端を歪める。

 その時、あたりに白い羽根が舞い散った……

「……!?」

 次の瞬間、観客席にいた者たちはハッと我に返り、投げつけようとしていたものを手から取り落とした。
 そして囃し立てるように帰れコールを繰り返していた男たちは、冷水を浴びせられたような感覚とともに、自分たちの方が周囲から白い目で見られていることに気づく。

「あ……」
「い、いやその……っ」「こ、これは──」

 彼らは頬を引きつらせながら、誤魔化すように半笑いを浮かべる……が、視線に耐えきれなくなった一人が堰を切ったように声を上げ、全員がそれに呼応して口々に騒ぎ出した。

「……ち、違っ、お──俺はお前らに、つ、つられただけだからなっ!」
「なっ何言ってやがるっ! お前が最初に石投げつけたんだろがっ!」
「お前こそっ! 泣いて逃げ出すまでてってー的にやろうぜってゲラゲラ笑ってたろがっ!」
「ぼ、ボクはっ、や、止めた方がいいっていいい言ったんだ、なっ」
「嘘つけっ! 一番嬉しそーに帰れ帰れって喚いてたくせにっ!」

 そして、互いに責任をなすりつけ合う。これもまた、見たく(見せたく)ないヒトの醜さ。
 だが甲介は腕の中でホノカに身じろぎされ、あわてて身体を離した。

「ご──ごめん、ホノカちゃん」
「ううん。……コースケくんこそ大丈夫?」

 ホノカは首を振ると、甲介の赤く腫れた額へと手を伸ばした。
 その指が……いやその身体がまだかすかに震えていることに気づき、甲介は決意を固めて彼女の手を取った。

「……コースケ、くん?」
「決勝まで行ったらちゃんと言うつもりだったけど……今言うね」

 そう前置きして、戸惑うホノカのヒトツ目に視線を合わせると、

「僕は君が好きだ。……ホノカちゃん、僕の恋人になって」
「え……?」

 次の瞬間、ホノカの周囲から音が消えた。
 親友や仲間たちの驚く声も、他の観客たちのざわめきも、駆けつけたマーシャルに難癖をつける対戦相手の物言いも、警備スタッフに詰め寄られてなおも言い逃れようとする男たちの弁解も、聞こえているけど聞こえない。

「本気……なの?」
「もちろん」
「でも私、魔物娘……サイクロプス、だよ。目が一つだし、ツノもあるし、肌も青いし──」
「それがホノカちゃんなんだから、それでいいんだ」
「…………」

 甲介は彼女の大きな瞳を真っ直ぐ見つめて、力強くうなずく。
 その視線に気圧されてホノカが目を逸らすと、防護フェンスの向こうにナギたちの姿が見えた。

 ホノカ、素直になれっ──

 親友の声が、まるで背中を押してくれるかのように、頭の中でこだまする。
 ホノカは向き直り、一歩前に進み出ると、

「私も……私もコースケくんのことが、……大好きっ!」

 両腕を広げてとびつくように抱きつき、その手を甲介の首元に回して身体をくっつけた。
 むにゅん──と、胸の膨らみが押し付けられる。

 そして左腕を突き上げたまま立つ青い人型重機をバックに、ふたりは唇を重ねた──

「…………」「…………」「…………」「……………………」

「ばっ、化け物女とキスだとッ!? ……みみみ見たかアレをッ! 人前であんな真似ををするような奴らだッ!! あいつらが魔法でズルしたのは明白──」
「いいからさっさと撤収しなさい。次の試合が始められない」「……え?」

 唾を飛ばして支離滅裂なコトをまくし立てるジンに、マーシャルの男性は冷たく言い放った。
 むろん、判定抗議など一切とり合わない。はなからとり合うつもりもない。

「だ……だからさっきからずっと言ってるだろがッ! あのツギハギがプロトタイプ機の〈Gアクセラレータ〉に勝つなど、万にひとつもありえないと──」

「あ、あの、すいません……」

 なおもマーシャルに言い募ろうとする彼の後ろから、今までずっと黙って見ていた、というかドン引きしていたアラサー男性──チーム・INFリバーサーのセコンドのひとりが、おずおずと口を挟んできた。

「じ……実はその機体、試作モデルのままだとレギュレーション通らないから、駆動系を市販のものと替えてるんですけど」
「なん……だとッ!?」

 要するに、ガワだけだった。

「騙したわけじゃないんですけどね〜。普通、試作機の問題点を改良した市販モデルの方が、総合性能は向上してますし」
「う、ううう嘘だッ! ぷ、プロトタイプは量産型よりも、強い……はず…………」

 もう一人にそう言われ、惚けた顔でステージにへたり込むジン。セコンドふたりは顔を見合わせ、そそくさと撤収準備を始める……出向扱いとはいえ、これ以上付き従う義理はない。
 そんな対戦相手を尻目に、甲介はホノカと重ねていた唇をそっと離した。

「あ、あの……ホノカちゃ──むぐぅ!?」
「ん……ちゅっ、ちゅぱ──にゅむっ、むちゅ……れろっ、んっ、……んちゅ、…………」

 皆まで言わさず、ホノカは両手で甲介の頭をつかむと、二度目のキスでその口を塞ぎ、押し入れた舌で口内を蹂躙する。

「ん、むぐっ、……ぷはっ! ほ、ホノカ、ちゃん──?」
「えへへっ。もっと……もっと見せつけよう。コースケくんと私のラブラブなと・こ・ろ♪」

 衆人環視の中で大胆なことやってしまった反動なのか、魔物娘としての本能が表に出てきたのか、ホノカは甲介の唾液がついた自分の唇をなぞるように舐めると、息を継ぎながら自分の名前を呼ぶ愛しいオス≠ノ口角をつり上げて微笑んだ。
 艶っぽく潤んだその単眼に見つめられて、覚悟していたとはいえ、ああもう逃げられないな……と思いながらも笑みを返す甲介。今回の件で魔物娘がこの世界の人間にまだまだ受け入れられていないことを痛感したが、それでも後悔や不安は全くない。

「きししっ、やったねホノカっ♪」
「おめでとうどすえ、ホノカはん」
「羨ましいぜっ……このこのっ!」

 パドックを通って駆け寄ってきたナギたち魔物娘の仲間に揉みくちゃにされるホノカを見て、甲介は思う。こんなみんながいるんだから、何があってもきっと大丈夫……と。
 そして親友たちのハグから解放されたサイクロプス娘が、ひとつしかない大きな瞳で真っ直ぐ見つめてくる。
 隣に来た彼方に背中を叩かれ、甲介は、今度は自分から彼女を抱きしめた。

「あー、いつまでもイチャついてないで、君たちもさっさと撤収してくれないか……」
「……ひぁっ!?」

 横から咳払いとともに聞こえてきたマーシャルの声に、ホノカは顔を真っ赤にして、あわてて甲介の背中に隠れる。

「「…………」」
「大勢の視線は克服できたみたいやけど、人見知りはまだ直らへんのやな……」

 今になって思い出したように照れるホノカと甲介。そんなふたりに彼方はどこか羨ましそうな表情で、眼鏡の奥の目を細めた。

 to be continued...



─ appendix ─

「大丈夫なの? 魔法を人に向けて使っちゃいけないんじゃ……」
「状況を見定めるため飛び上がった際に、たまたまいつもより多く羽根が散ってしまっただけだ。それに私が使うのは魔法ではなく神力。問題ない」

 心配するクラスメイトにそう言い返すと、空から舞い降りたルミナは背中の翼を霧散させた。光の羽根に自分の力をのせて飛び散らせ、事態を沈静化させたことに気づいているのは彼女──文葉だけのようだ。

「でも……ありがとう、ルミナ」
「勘違いするな。魔物娘のあいつらを助けたわけじゃない……まわりの人間に危害が及ばないようにするには、ああするのが一番手っ取り早かっただけだからな」

 そう付け加え、ルミナはバトルステージに目を向ける。「……むしろエビハラがサイクロプスに堕ちてしまったことの方が、私にとっては由々しきことだ」

「…………」

 重々しい口調で腕を組むヴァルキリーに、文葉は呆れたような溜め息を吐いた。

「まさかとは思うけど、ホノカと海老原に小姑みたいな真似しないでよ」
「だっ……誰がするかっ。そんな休みのたびに実家に戻ってきて手伝いもしないくせに出された料理にケチつけたり部屋の隅のホコリに嫌味言ったり自分の子どもの面倒押し付けて遊びに行ったり前と同じ愚痴や自慢話を延々聞かせたりするようなことっ!」
「……なんでそんなに具体的なのよ」

 顔を赤らめそっぽを向くルミナだったが、その瞳はちらちらと、ステージで準決勝進出を喜ぶナギやホノカたちを見ているようだった。

「ホント、素直じゃないんだから……」


















 わんだばわんだばわんだばわんだば、わんだばだばだばだっ、ハッ!
 わんだばわんだばわんだばわんだば、わんだばだばだばだっ、ハッ!

「ソルジャーッ!
 我々はっ、地球防衛隊NTRであるっ!」
「「「ソルジャーッ!!」」」
「なっ……なんなんだお前らっ!?」

 意識を取り戻した彼──あのときホノカに石を投げつけた男たちは、目の前に横一列で並んで胴間声を張り上げる連中に、座り込んだまま後退りながら怒鳴り返した。
 壁に大小さまざまなモニターが設置された、窓のない部屋。そこにいる全員、ガタイのいい身体にグレー地に赤と青のラインが入った、なんちゃら特捜隊みたいなぱっつんぱっつんのレザースーツを着て、耳当てのところに電飾とアンテナのついたパイロット用ヘルメットを小脇に抱えている。腰にぶら下げているのはプロップガン……オモチャだろう、たぶん。

「ソルジャーッ! 我々は君のような人間を待っていたっ! 奴らと戦う使命に目覚めた戦士をっ!!」
「「「ソルジャーッ!!」」」
「だからいったいなんなんだっ!?」
「ていうかなんでこんなところに……げっ!
「な……なんでこんなの着せられてんだなっ!?」

 はっと気づくと、連中と同じ格好──特捜隊風レザースーツ姿にされていた。
 あんな真似をしたせいで、どうやらこいつらにお仲間#F定されてしまったようだ。
 魔物娘を「人類の敵」「平和を脅かす悪」と吹聴し敵視することで、ヒーローになった気でいるおめでたい連中に。
 しかし今さら後悔しても、もう遅い。

 わんだばわんだばわんだばわんだば、わんだばだばだばだっ、ハッ!
 わんだばわんだばわんだばわんだば、わんだばだばだばだっ、ハッ!

「ソルジャーッ!
 さあっ! 我らとともにっ、地球侵略をたくらむ悪の魔物たちと戦うのだっ!!」
「「「ソルジャッ! ソルジャッ! ソルジャッ! ソルジャッ!」」」
「「「NTR! NTR! NTR! NTR!」」」
「「「ソルジャッ! ソルジャッ! ソルジャッ! ソルジャアアアアアアッ!!!」」」
「「「NTR! NTR! NTR! NTアアアアアアッ!!」」」

「うわああかっ顔を近づけるな鼻息吹きかけるなあああっ!」「ひっ、人の話を──」

…………んぎゃあああああああああああああ〜っ!!



 ひと月後──

「ソルジャーッ! 地球防衛隊NTRでありますっ! 任務遂行中なので邪魔しないでいただきたいっ!」
「ソルジャーッ!」
「ソルジャーッ!」
「ソルジャーッ!」


「……いいからさっさと免許証出して」

 すっかり染まって≠オまった彼ら四人は、戦闘機のようなウイングやらノーズやら垂直尾翼やらで飾り付けられた自動車に乗り、サイレンを高らかに鳴らしながら敵の侵略拠点──明緑館学園の敷地へと突入…………する直前に車両法違反(不正改造)でパトカーに止められ、抵抗したためその場で全員逮捕された。
22/03/26 14:59更新 / MONDO
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■作者メッセージ
 MONDOです。
 モノアイ・ガールズ 04「サイクロプスと操り人形(後編)」、いかがでしたでしょうか?
 人型マシンのモータースポーツなどというニッチ過ぎるジャンルのお話でしたが、楽しんでいただければ幸いです。BACK−ONのアルバムを耳元でガンガン鳴らしながら、テンション上げまくってできあがったものなのですが……なんでこんなオチになっちゃったんだろう(笑)。
 全国大会を目指すホノカと甲介のお話は、これからも折に触れて書いていこうと思います。
 ともあれ、これからもよろしくお願いします。次回は以前に顔出しした、キキーモラのイツキをメインにしたお話にする予定──

「おいちょっと待て。メインヒロインはアタシとホノカじゃなかったのか?」
「あ、逃げた……」

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