毒食らわば皿まで
和樹の腕ががっしりと掴まれる。最初に毒に侵されたあの日のように。違うのは、今日は両腕をどちらも掴まれているということだった。ぷにぷにとした肉球と冷たくなめらかな鉤爪が火照った肌に心地良い。
棘に貫かれた瞬間走ったあの鋭い痛みはもうない。その代わりに、燃えているのではないかと思うほどに熱かった。和樹はどこか超然とした目つきで、自分の手の甲から飛び出している白い棘を見つめる。
焔子の両手が持ち上がると、掴まれていた和樹の両腕も持ち上がり…ずるりと棘から引き抜かれた。動かせば痛むかと身構えたもののやはり強烈な熱さしか感じない。痛覚が麻痺しているのだろうか？
「あーあ。本当は明日まで…怖がらして、焦らすつもりだったんだけどよ」
驚いたことに、棘が両手の甲に開けた一円玉ほどの穴は何もせずともみるみるうちに閉じていく。数秒もしないうちに傷跡さえなくなって、どこが刺されたのかもわからなくなってしまった。
「きひひ…バレちったな。別に舐めなくてもアタシの棘の傷は治るんだ」
「ほ、焔子さん…？」
和樹は訳がわからなかった。傷のこともそうだが、焔子のことだ。彼女の言葉に逆らった挙句、どさくさに紛れて告白までして。そのせいで彼女を怒らせたから、罰として手を棘で痛めつけられたのだと思っていたのだ。だが彼女はそう独白したきり…殴るでもなく蹴るでもなく和樹の両腕を掴んだまま、じっと見つめてくるのみ。
これも見たことのない表情だ。和樹はそう思った。諦観、だろうか。一種の儚さのようなものを帯びたその顔は夕日に照らされて、どうしようもなく綺麗だった。和樹はただぼうっと見とれていた。今日は焔子さんのいろんな表情が見られるなぁなどと思いながら。
「…あーあ」
焔子はもう一度そうため息をついて掴んでいた和樹の両腕をぱっと離しそっぽを向いて、右手でくしゃくしゃと頭をかいた。
「まあ、いいか」
「う…っ！」
突如体に強い衝撃が加わると同時に、世界がぐるりと回った。一瞬天井が見えて、すぐに視界は焔子の顔と体でいっぱいになる。押し倒されたのだ、数秒遅れてそう気づいた。いつかと同じ、マウントポジションだった。腹にずしりとした重みを感じる。両手両脚は自由ではあるものの、体は全く動かすことができない。猫に押さえつけられたネズミのようだ。焔子は右手で和樹の胸板を押さえつけ、左手で臙脂色の髪をかき上げた。窓から差し込む西日に照らされて、彼女の表情が露わになる。
「………あ…っ」
和樹は息を飲んだ。先ほどまでしおらしげだった焔子の表情は一転、恐ろしいほどの色欲で染め上げられていたのだ。上気した顔、据わった目に、荒く深い呼吸。さながらシマウマを捕らえこれから食らおうとしているライオンだ。思わず和樹の表情に怯えが走る。
「……こりゃだめだ、我慢できねえ」
焔子はぽそりと呟くと舌をべろりと出して唇を舐めた。それと同時に──。
「ぅあっ…！？」
突如として強烈な快感が和樹を襲う。全身がびくんと跳ねた。気づけば陰茎がひんやりとした空気に晒されている。どうやら陰茎が尻尾から一気に引き抜かれたようだった。大量の襞が生む快楽を一瞬で叩き込まれ、瞬間頭がぼうっとする。
「あー…かわいいな、くそ…」
恐怖と快感を行ったり来たりする和樹の表情を、焔子はぶつぶつと呟きながら見つめている。和樹はといえば、先ほどからいまいち何を考えているのかわからない焔子に翻弄されつつ困惑の眼差しを投げ返すことしかできない。
「あ、あのっ…焔子さん…？」
「和樹お前…最初に搾ってやったとき、何でもアタシの言うこと聞くって言ったよな？はい、ってちゃんと答えたよなぁ」
和樹を遮るようにして焔子が尋ねてくる。
（…えっと…確か、あの…僕が怒鳴っちゃった日だ）
この先アタシの言うこと全部聞くなら。おぼろげな記憶の中で焔子がそう言っていたのが脳裏に蘇ってきた。息も絶え絶えではあったと思うが…はいと、確かにそう返事をした覚えがある。
（…でも）
あれは毒抜きの交換条件だったはずだ。毒抜きなんてもういいといったばかりだし、今さっき新たに棘が刺さったばかりだし、そもそも明日でこの恋人ごっこは終わってしまう。そんな諸々の疑念を、次に焔子が言った言葉がすべて吹っ飛ばしてしまった。
「…アタシと付き合え」
誰もいない放課後の教室に、高圧的な声が響いた。
・
・
・
「…へ…？」
わからない。数学の問題集を眺めているとき並にわからなかった。どうやら自分は焔子に告白されているらしい。なぜかはわからない。脳裏に最初の日のあの光景がフラッシュバックする。
罰ゲームだよ、ばーか。
今回も？だとしたらどうして？罰ゲームだってバラしたことが見張り役にバレた？それで延長とか、そういうことだろうか？
「罰ゲームじゃねえよ、ばか」
まるで和樹の心を読んだかのように焔子は言う。信じられないことに、少し罰の悪そうな顔をして彼女はこう続けた。
「その…アレに関しちゃ…悪かったよ」
余りにも予想外なことが立て続けに起こると人間の脳はフリーズしてしまうらしい。和樹は寝起きの方がまだまともだろうというような顔をして、焔子の顔をじっと見つめる。
「…嫌か？」
今度は不安げな顔。まずい、何か言わないと。否定しないといけない。心の本能的な部分が警鐘を鳴らして、無理矢理口を動かしてくれた。
「あ、いえ、その…嫌じゃないです…でも、その、どうして…」
「あ？そりゃお前…まだ付き合ってないからだ」
哲学的にも聞こえる問答に、再び和樹の頭はフリーズしかける。焔子はぽりぽりと顎をかいて付け足した。
「あ〜…恋人ごっこじゃあ…尻尾までだから、だな」
「え…」
どくん。心臓が跳ねた。男の脳みそはこういうときだけ異様に回転が早くなる。恋人ごっこは尻尾まで。じゃあ本物の恋人なら？
違う。そんなわけがない。自分は何か思い違いをしてるはずだ。それか焔子がまた本気の振りをしてからかってるだけだ。
20年弱の人生経験──主に後ろ5年間の枯れた青春で培われた常識若しくは防衛本能はそれなりに強固で、頭は必死にその解を否定する。雄の凸と雌の凹を合わせる──本番行為という解を。
「…ん〜…わかんねぇのかよ？…最後まで言わねえと」
ぺろりと舌なめずりをしながら、焔子は和樹の目をじっと見つめてくる。深い緋色だ。
「本物の…恋人同士じゃないと、見せらんねぇだろ？……『ここ』は…な？」
彼女は軽く体を起こして、前布のように股間を隠しているスカートを少しだけ…本当に少しだけ、くいと引っ張り上げた。むっちりとして柔らかい太ももが和樹の腹に密着しているところが露わになる。もう少しでショーツが見えてしまいそうだ。
「……あ、わ…っ」
頭の中でクーデターが起こった。理性が運営していた政権が、実力行使で本能に奪われていく。否定が否定され、解が肯定される。
「付き合えば見られるのになぁ、この先を。ほら…」
今度はスカートの側面、腰の辺りがぐっと持ち上げられた。腰骨のでっぱりから鼠径部まで、白い柔肌が露わになる。そこにあるはずの布地は…しかしどこにも見当たらなかった。
「えっ…！？」
「あーあ、バレちまったかぁ…そう、一枚だけだ、スカート一枚だけ。こいつをどかせば…」
心臓が口から出てしまいそうだ。そうだ、下着を着けていないのだから、スカートをめくってしまえば──。
「見えちまうんだぞ…？アタシの、女のとこ」
「…っ」
自分が生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。焔子は一際楽しそうに笑って、スカートをたくし上げていた手をぱっと離す。まるで劇の幕引きのように腰や太ももが隠れてしまった。
「きひひっ…見たいなら…なんて言えばいいか、わかるよな？」
嗜虐的な眼差しで、じいっと顔を覗き込まれる。答えが一つ以外に、あるわけがなかった。
「つ…付き合いますっ、焔子さんと、付き合いたいですっ」
「…よし♪」
満足げに呟いた焔子はスカートの端をつまんで、焦らすこともなくぴらりとめくり上げた。
「…っ」
薄暗いスカートの下で、白い肌の中で桃色に充血したその場所が、目に飛び込んできた。和樹は恥も外聞も捨てて目を大きく見開き、その淫靡な花弁を食い入るように見つめてしまう。
薄く赤らみふっくらと盛り上がった丘の真ん中に、粘膜からなる一本の筋が入っている。周りには充血して膨らんだ小陰唇と陰核があって、それはもう愛液でぬらぬらと光っていた。すっかり事に及ぶ準備ができてしまっているそこから和樹は目が離せない。いかにも童貞という風にはあはあと息を荒げながら、初めて見る女の部分に魅了されてしまっている。
「…いいのかぁ？見るだけで」
「……え？」
焔子は和樹の顔をじっと覗き込んだまま、尋ねてくる。
「もう…恋人同士、だろ？」
「〜っ！」
焔子は和樹の腹の上で誘うように腰を前後させる。余りにも扇情的なその腰つきに、思わず和樹の手が動いた。スカートの奥の秘部へ伸びようとした手はしかし、寸前で焔子に掴まれ止められてしまう。
「やれやれ」
「え…？あ、え…」
「とことん童貞だなぁ…まあ安心したけど」
右手を押さえつけられたまま困惑する和樹を見下ろして、焔子はくすくす笑う。ぽそりと和樹に聞こえないほどの声で何事か呟きながら、腹に下ろしていた腰をゆっくり上げていく。焔子の体の後ろ、股の間に、元気に屹立したままの男根が見えた。
「もう一回聞くぞ？……見るだけで、良いのか…？きひっ」
「…あ」
目が合う。今度は、そんなはずがないなどと否定する余裕も無かった。
「ほ、ほむらこさんっ」
「あんだよ…どうしたいの？ちゃんと言えよ」
「〜っ…い、入れたいですっ…焔子さんの、中に…っ」
臆面もなく頼み込む和樹に、しかし焔子は目の前に尻尾を持ってきて、チョウチンアンコウのようにふらふらと揺らして笑った。
「ん〜？どこに入れたいって？尻尾かぁ？それとも…お・ま・ん・この方か？」
わざとらしく区切って発音されたあまりにも直接的な四文字に和樹は思わず赤面する。下ネタの好きな中学生の頃どころか、無垢だった小学生の頃でさえ口にしたことがない。それだけでは無い。焔子に弄ばれている──そのことに、和樹は情けなくも興奮してしまう。
「ひひ…むっつり野郎が。ちゃんと言わねぇとわかんねぇぞ」
「あっ…！？あ、あっ…」
焔子は茶番である事を隠そうともしない。とろとろになった女性器の入口で痛いほどに勃起した陰茎を持ち主の腹に押し倒し、前後に腰を揺すり始めたのだ。柔らかい大陰唇が竿を包み込み、ぬるぬるになった小陰唇が密着し、ゆっくりとした腰使いによって亀頭と根本とを往復する。愛液が竿の裏側にべったりと塗り広げられ、擦り込まれ、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てた。それだけでも気を抜けば達してしまいそうな快感だ。
「ひひ、焦らすつもりでやってんのによぅ、もうイきそうな顔しやがって…雑魚チンポが」
焔子は嬉しそうに罵倒しながら腰を持ち上げる。陰茎はびくびくと苦しそうに震えながら、起き上がり小法師のように再び屹立した。愛液は竿の甲にまで垂れていて、和樹の方から見てもぬらぬらと光を反射している。
「ほらぁ、どこになにを入れたいんだ？もう…」
焔子の口調に少しだけ切なそうな響きが混ざる。
「もう、あんまり焦らすと怒るぞ？」
「……っ！」
焦らしているのは焔子の方ではないのか、と一瞬考えた後、言葉の意味に気づく。瞬間、恥ずかしさなどどこかに吹っ飛んでしまった。教室中に響く声で和樹は叫ぶ。
「ほ、焔子さんの…お、おまんこに、その…ちんちんを、入れたいです…！」
きひひ。嬉しそうな笑い声が遠くで聞こえた瞬間、焔子の腰が一気に落とされた。
「あ、ひぃ…っ！」
「……んくっ──！」
温かい。気持ちいい。頭が真っ白になって、繋がった部分から放たれる圧倒的な快感に全身を支配される。両手は無意識に近くにあった机の足を握りしめた。床に投げ出されていた脚がぶるぶると震えた。腰は床から浮き上がって、磁石同士のように焔子の体にぴったりとくっついている。視界の端がぼんやりとにじんで、真ん中に捕らえた焔子の顔だけにピントが合った。
彼女の顔は快楽でどろどろに蕩けていた。つり目だった瞳は目尻が下がって、いつもはしわの寄っている眉間も力が抜けてしまっている。頬は真っ赤に染まって、緩んだ口からは今にもよだれが垂れてしまいそうだ。
「は、あ…っ…これっ…やっば…」
彼女の喉から余裕のない声が漏れる。いつも自信と余裕たっぷりの焔子のものとは思えないような声だ。
「ちょ、ちょっと、待ってろ…」
焔子はかくんとうなだれて、ふー、ふーと荒い深呼吸を始める。和樹の胸板に行儀良く揃えられた獣の両手はぎゅうと握りしめられて、巻き込んだワイシャツにしわを作っていた。
「よ…よ、っし…ふーっ…ふぅーっ…ひ、あっ…ま、待たせたな……んっ」
ゆっくりと上がった顔は未だに紅潮していて、眉間も頑張ってしわを寄せようとしているのかぴくぴくと痙攣している。声にも所々甘い呻きが混ざったままだ。
和樹もただ待たされていたわけではなかった。挿入しただけで暴発しそうになるほどの快感に抗おうと、くしゃくしゃになった顔で格闘していたのだ。声など発する余裕はなかった。竿の裏側をぞりぞりと擦る何段もの凹凸に、ちょうど雁首のくびれにはまり込んで優しくなぞり上げる大量の襞。裏筋と鈴口をぴっちりと包み込む、大量のいぼを備えた肉壁。それはまるで和樹のためだけにあるかのような名器だった。仮に焔子の腰が少しでも動いていたら、間違いなく射精してしまっていただろう。
「ひ、ひひっ、なんて面だよ…んぅっ…」
「ほ、ほむらこさん、こそっ…」
普段ならばこんな口は利けない。だが自分のもので焔子が快感に悶えている、そのことが和樹の気を大きくさせていた。どこか対等だと、快楽を与え合える存在同士だと思ってしまった。それは半分正解で、半分間違いで。
「ふ、ふぅん…そういう、感じかよ…ま、いい、けど…」
「え………あ、あっ！？」
対等であるわけがなかった。魔物は生まれながら快楽を与え貪る生き物。悦び悦ばすために生きる魔物に、生きるための一手段として悦ぶだけの人間が、勝てるわけがない。
凹凸が、襞が、いぼが、ざわざわと蠢き始めた。和樹だけを悦ばせるために最適化された女性器が本気になって襲いかかってきたのだ。焔子が少しも腰を動かしていないにも拘らず接合部からはぐちゅぐちゅと陰茎を咀嚼しているかのような音が響いてくる。内部で和樹が浴びせられている熱烈な歓待が、音だけでもありありとわかってしまう。
「ま、まっ、て……で…」
出る。そう最後まで言い終わらないうちに射精が始まった。びゅーびゅーと、という擬音が相応しい、放尿のような勢いで精液が飛び出している。見えずともそうわかる。
「ぉ…お……」
弱った獣のような呻き声が和樹の喉から漏れた。一切の音が遠くなっていく。少し耳鳴りがした。自分の微かな喘ぎと呼吸音、心音と、焔子の楽しそうな笑い声、荒い息づかい。それすらもゆっくりと遠くなる。視界はいよいよ白くぼやけ狭くなって、焔子の口や目をふらふらと行き来している。夢の中のようにふわふわとした世界だった。快楽と多幸感。焔子に包み込まれている部分以外、自分と外界との境界線が曖昧になって。曖昧でも構わなくなって──。
「いっ」
突然、鮮烈な痛みで現実へ引き戻された。痛みの出所を知るのに少々時間が掛かった──寝起きで腕の動かないあの現象が全身を襲っているような感じだ。
痛んだのは右の太ももだった。そしてもう痛みは引いている。代わりに、熱い。
「ひひ…白目剥いてたぞ、和樹…まだまだこれからなのに、いま落ちちまったらもったいないぜ？」
わざとらしく、焔子の背後で尻尾が揺らされる。かちゃかちゃと棘が鳴った。
「さ、アタシは慣れてきたけどぉ…お前は……聞くまでもねえか、なっと」
「ぅ、あ…っ！」
膣壁がぎゅっとしまった。それだけでない、まるで牛の乳搾りのような激しい蠕動運動が始まる。根本から先端へ、きつく締まる部分が何度ものぼっていく。その間もいぼだらけの肉壁は亀頭にねっとりと絡みつくのをやめない。ここに出せとでも催促するように、小刻みな収縮で鈴口を舐め回す。和樹が快楽に中てられている間に、焔子はすっかり自分の武器の御し方をものにしてしまったようだった。中をどう動かせば和樹の敏感な部分を虐められるか、彼女はもうわかってしまっている。
目の前の獲物の弱点を、尻尾を使って幾日もかけて探ってきたのだ。後は武器さえ正しく操れれば狩りが失敗するわけはなかった。焔子は狩人で和樹は獲物。対等なわけがない。
「きひひっ…なんだっけ？焔子さんこそ〜、とか言ってたっけかぁ？」
「そ、こは…っ、あ…だめ、でるっ…」
ものの数秒で律動が始まった。掌に打ち込まれた毒が効いてきた頃合いだろうか。先ほど大量に射精したとは思えない、何週間も溜め込んだような量の精液が吐き出されていく。
「ん、む…っ」
視界が暗くなって、ふに、と唇に柔らかい感触が触れる。首筋に焔子の臙脂色の髪の毛がさらりと掛かった。煙草の臭いと甘い体臭。条件反射的に陰茎が反応し、一際勢いよく精液を吐き出す。
股ぐらでは女性器が腹を空かせた狼のように精液を搾り取っているのに対して、上で行われている口づけは紳士的或いは儀礼的だった。焔子の口からは一向に舌が出てこない。小鳥がついばむような、無垢な幼子の遊びのような口づけが延々と続く。
恋人みたいだ。射精の快感で明滅する意識の中、おぼろげにそう感じる。
「へへ、順番逆だったかもな…別に良いけど」
遠くなりかけている焔子の声はいやに嬉しそうだ。いや…幸せそう、だった。飛びそうな意識を必死にたぐり寄せて、焔子に告げる。
「う、ぁ…っ……そのっ…こ、恋人みっ…たいなこと、やっと…で、できて…」
和樹が話そうとしても膣の咀嚼は止まらず、ところどころ抑揚が変になる。それでも伝えたい。伝えなければ。
「う、嬉しい、ですっ…」
焔子の顔を真っ直ぐ見て、そう告げる。焔子は目を逸らしてため息をついた。頬がさらに赤らんだ気がする。
「ったく…毒気抜かれるぜ、お前と話してるとよ」
照れ隠しだろうか、膣の動きがやたらと激しくなった。尻尾の暴力的な搾精を思い出すような動きだ。あの吸引こそないものの、大量の襞に抱きつかれ揉みくちゃにされる感覚が似ている。
「っひ、ぐぅっ…！」
情けない喘ぎ声と、精液が漏れるのがほぼ同時だった。三度目にしても射精は一向に弱まらない。それどころか出せる量がだんだんと増えている様な気がする。一方快感への耐性が付く様子はなかった。一時持ち直した明瞭な意識も、再び真っ白に染め上げられていく。意識が手放されるのも時間の問題だった。また棘の毒を撃ち込んでもらえば…そんなことを考えるが──。
「あ、ぅ…ぅう…」
「トびそうか？……流石にこれ以上は撃てねえぞ、棘…人間には」
焔子の声がだんだんと優しくなってきているような気がする。もう少しだけ聞いていたい。もう少しだけ意識を保っていたい。この先に何かがあるような、そんな気がする。
「…あの、よぅ…最初から、全部嘘だったんだ。罰ゲームも、見張り役なんてのもいなかった」
焔子が何か大切なことを話しているような気がするのに、意識が快感の濁流に飲まれていく。ホワイトアウトに見舞われたように何もわからなくなって…踏みとどまれない。
「その…最初から、和樹のこと、好きで…」
ふつり、と意識が途切れた。
「あーあ…聞こえてねぇこと、わかってんのに…つくづく卑怯だよな」
寂しそうな声が、暗くなった教室に響いた。
・
・
・
「あの時焔子さん、なんて言ってたんですか？嘘がどうとか、聞こえた気がするんですけど」
「……聞いてたのかよ」
「は、はい」
「ん−、毒が尻尾で抜けるとかあれ、嘘だから」
「え？」
「アタシの毒には二つ効果があって、どっちも尻尾でどうにかなるもんじゃない」
「そ、そうなんですか…」
「精液を馬鹿みてえに作っちまうのは数日で勝手に治るし、エロ猿になっちまうのはもう一生治んねえぞ」
「えぇ…」
「これはマジだ」
「…これは…って、まだ嘘あるんですか…？」
「秘密だ」
棘に貫かれた瞬間走ったあの鋭い痛みはもうない。その代わりに、燃えているのではないかと思うほどに熱かった。和樹はどこか超然とした目つきで、自分の手の甲から飛び出している白い棘を見つめる。
焔子の両手が持ち上がると、掴まれていた和樹の両腕も持ち上がり…ずるりと棘から引き抜かれた。動かせば痛むかと身構えたもののやはり強烈な熱さしか感じない。痛覚が麻痺しているのだろうか？
「あーあ。本当は明日まで…怖がらして、焦らすつもりだったんだけどよ」
驚いたことに、棘が両手の甲に開けた一円玉ほどの穴は何もせずともみるみるうちに閉じていく。数秒もしないうちに傷跡さえなくなって、どこが刺されたのかもわからなくなってしまった。
「きひひ…バレちったな。別に舐めなくてもアタシの棘の傷は治るんだ」
「ほ、焔子さん…？」
和樹は訳がわからなかった。傷のこともそうだが、焔子のことだ。彼女の言葉に逆らった挙句、どさくさに紛れて告白までして。そのせいで彼女を怒らせたから、罰として手を棘で痛めつけられたのだと思っていたのだ。だが彼女はそう独白したきり…殴るでもなく蹴るでもなく和樹の両腕を掴んだまま、じっと見つめてくるのみ。
これも見たことのない表情だ。和樹はそう思った。諦観、だろうか。一種の儚さのようなものを帯びたその顔は夕日に照らされて、どうしようもなく綺麗だった。和樹はただぼうっと見とれていた。今日は焔子さんのいろんな表情が見られるなぁなどと思いながら。
「…あーあ」
焔子はもう一度そうため息をついて掴んでいた和樹の両腕をぱっと離しそっぽを向いて、右手でくしゃくしゃと頭をかいた。
「まあ、いいか」
「う…っ！」
突如体に強い衝撃が加わると同時に、世界がぐるりと回った。一瞬天井が見えて、すぐに視界は焔子の顔と体でいっぱいになる。押し倒されたのだ、数秒遅れてそう気づいた。いつかと同じ、マウントポジションだった。腹にずしりとした重みを感じる。両手両脚は自由ではあるものの、体は全く動かすことができない。猫に押さえつけられたネズミのようだ。焔子は右手で和樹の胸板を押さえつけ、左手で臙脂色の髪をかき上げた。窓から差し込む西日に照らされて、彼女の表情が露わになる。
「………あ…っ」
和樹は息を飲んだ。先ほどまでしおらしげだった焔子の表情は一転、恐ろしいほどの色欲で染め上げられていたのだ。上気した顔、据わった目に、荒く深い呼吸。さながらシマウマを捕らえこれから食らおうとしているライオンだ。思わず和樹の表情に怯えが走る。
「……こりゃだめだ、我慢できねえ」
焔子はぽそりと呟くと舌をべろりと出して唇を舐めた。それと同時に──。
「ぅあっ…！？」
突如として強烈な快感が和樹を襲う。全身がびくんと跳ねた。気づけば陰茎がひんやりとした空気に晒されている。どうやら陰茎が尻尾から一気に引き抜かれたようだった。大量の襞が生む快楽を一瞬で叩き込まれ、瞬間頭がぼうっとする。
「あー…かわいいな、くそ…」
恐怖と快感を行ったり来たりする和樹の表情を、焔子はぶつぶつと呟きながら見つめている。和樹はといえば、先ほどからいまいち何を考えているのかわからない焔子に翻弄されつつ困惑の眼差しを投げ返すことしかできない。
「あ、あのっ…焔子さん…？」
「和樹お前…最初に搾ってやったとき、何でもアタシの言うこと聞くって言ったよな？はい、ってちゃんと答えたよなぁ」
和樹を遮るようにして焔子が尋ねてくる。
（…えっと…確か、あの…僕が怒鳴っちゃった日だ）
この先アタシの言うこと全部聞くなら。おぼろげな記憶の中で焔子がそう言っていたのが脳裏に蘇ってきた。息も絶え絶えではあったと思うが…はいと、確かにそう返事をした覚えがある。
（…でも）
あれは毒抜きの交換条件だったはずだ。毒抜きなんてもういいといったばかりだし、今さっき新たに棘が刺さったばかりだし、そもそも明日でこの恋人ごっこは終わってしまう。そんな諸々の疑念を、次に焔子が言った言葉がすべて吹っ飛ばしてしまった。
「…アタシと付き合え」
誰もいない放課後の教室に、高圧的な声が響いた。
・
・
・
「…へ…？」
わからない。数学の問題集を眺めているとき並にわからなかった。どうやら自分は焔子に告白されているらしい。なぜかはわからない。脳裏に最初の日のあの光景がフラッシュバックする。
罰ゲームだよ、ばーか。
今回も？だとしたらどうして？罰ゲームだってバラしたことが見張り役にバレた？それで延長とか、そういうことだろうか？
「罰ゲームじゃねえよ、ばか」
まるで和樹の心を読んだかのように焔子は言う。信じられないことに、少し罰の悪そうな顔をして彼女はこう続けた。
「その…アレに関しちゃ…悪かったよ」
余りにも予想外なことが立て続けに起こると人間の脳はフリーズしてしまうらしい。和樹は寝起きの方がまだまともだろうというような顔をして、焔子の顔をじっと見つめる。
「…嫌か？」
今度は不安げな顔。まずい、何か言わないと。否定しないといけない。心の本能的な部分が警鐘を鳴らして、無理矢理口を動かしてくれた。
「あ、いえ、その…嫌じゃないです…でも、その、どうして…」
「あ？そりゃお前…まだ付き合ってないからだ」
哲学的にも聞こえる問答に、再び和樹の頭はフリーズしかける。焔子はぽりぽりと顎をかいて付け足した。
「あ〜…恋人ごっこじゃあ…尻尾までだから、だな」
「え…」
どくん。心臓が跳ねた。男の脳みそはこういうときだけ異様に回転が早くなる。恋人ごっこは尻尾まで。じゃあ本物の恋人なら？
違う。そんなわけがない。自分は何か思い違いをしてるはずだ。それか焔子がまた本気の振りをしてからかってるだけだ。
20年弱の人生経験──主に後ろ5年間の枯れた青春で培われた常識若しくは防衛本能はそれなりに強固で、頭は必死にその解を否定する。雄の凸と雌の凹を合わせる──本番行為という解を。
「…ん〜…わかんねぇのかよ？…最後まで言わねえと」
ぺろりと舌なめずりをしながら、焔子は和樹の目をじっと見つめてくる。深い緋色だ。
「本物の…恋人同士じゃないと、見せらんねぇだろ？……『ここ』は…な？」
彼女は軽く体を起こして、前布のように股間を隠しているスカートを少しだけ…本当に少しだけ、くいと引っ張り上げた。むっちりとして柔らかい太ももが和樹の腹に密着しているところが露わになる。もう少しでショーツが見えてしまいそうだ。
「……あ、わ…っ」
頭の中でクーデターが起こった。理性が運営していた政権が、実力行使で本能に奪われていく。否定が否定され、解が肯定される。
「付き合えば見られるのになぁ、この先を。ほら…」
今度はスカートの側面、腰の辺りがぐっと持ち上げられた。腰骨のでっぱりから鼠径部まで、白い柔肌が露わになる。そこにあるはずの布地は…しかしどこにも見当たらなかった。
「えっ…！？」
「あーあ、バレちまったかぁ…そう、一枚だけだ、スカート一枚だけ。こいつをどかせば…」
心臓が口から出てしまいそうだ。そうだ、下着を着けていないのだから、スカートをめくってしまえば──。
「見えちまうんだぞ…？アタシの、女のとこ」
「…っ」
自分が生唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。焔子は一際楽しそうに笑って、スカートをたくし上げていた手をぱっと離す。まるで劇の幕引きのように腰や太ももが隠れてしまった。
「きひひっ…見たいなら…なんて言えばいいか、わかるよな？」
嗜虐的な眼差しで、じいっと顔を覗き込まれる。答えが一つ以外に、あるわけがなかった。
「つ…付き合いますっ、焔子さんと、付き合いたいですっ」
「…よし♪」
満足げに呟いた焔子はスカートの端をつまんで、焦らすこともなくぴらりとめくり上げた。
「…っ」
薄暗いスカートの下で、白い肌の中で桃色に充血したその場所が、目に飛び込んできた。和樹は恥も外聞も捨てて目を大きく見開き、その淫靡な花弁を食い入るように見つめてしまう。
薄く赤らみふっくらと盛り上がった丘の真ん中に、粘膜からなる一本の筋が入っている。周りには充血して膨らんだ小陰唇と陰核があって、それはもう愛液でぬらぬらと光っていた。すっかり事に及ぶ準備ができてしまっているそこから和樹は目が離せない。いかにも童貞という風にはあはあと息を荒げながら、初めて見る女の部分に魅了されてしまっている。
「…いいのかぁ？見るだけで」
「……え？」
焔子は和樹の顔をじっと覗き込んだまま、尋ねてくる。
「もう…恋人同士、だろ？」
「〜っ！」
焔子は和樹の腹の上で誘うように腰を前後させる。余りにも扇情的なその腰つきに、思わず和樹の手が動いた。スカートの奥の秘部へ伸びようとした手はしかし、寸前で焔子に掴まれ止められてしまう。
「やれやれ」
「え…？あ、え…」
「とことん童貞だなぁ…まあ安心したけど」
右手を押さえつけられたまま困惑する和樹を見下ろして、焔子はくすくす笑う。ぽそりと和樹に聞こえないほどの声で何事か呟きながら、腹に下ろしていた腰をゆっくり上げていく。焔子の体の後ろ、股の間に、元気に屹立したままの男根が見えた。
「もう一回聞くぞ？……見るだけで、良いのか…？きひっ」
「…あ」
目が合う。今度は、そんなはずがないなどと否定する余裕も無かった。
「ほ、ほむらこさんっ」
「あんだよ…どうしたいの？ちゃんと言えよ」
「〜っ…い、入れたいですっ…焔子さんの、中に…っ」
臆面もなく頼み込む和樹に、しかし焔子は目の前に尻尾を持ってきて、チョウチンアンコウのようにふらふらと揺らして笑った。
「ん〜？どこに入れたいって？尻尾かぁ？それとも…お・ま・ん・この方か？」
わざとらしく区切って発音されたあまりにも直接的な四文字に和樹は思わず赤面する。下ネタの好きな中学生の頃どころか、無垢だった小学生の頃でさえ口にしたことがない。それだけでは無い。焔子に弄ばれている──そのことに、和樹は情けなくも興奮してしまう。
「ひひ…むっつり野郎が。ちゃんと言わねぇとわかんねぇぞ」
「あっ…！？あ、あっ…」
焔子は茶番である事を隠そうともしない。とろとろになった女性器の入口で痛いほどに勃起した陰茎を持ち主の腹に押し倒し、前後に腰を揺すり始めたのだ。柔らかい大陰唇が竿を包み込み、ぬるぬるになった小陰唇が密着し、ゆっくりとした腰使いによって亀頭と根本とを往復する。愛液が竿の裏側にべったりと塗り広げられ、擦り込まれ、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てた。それだけでも気を抜けば達してしまいそうな快感だ。
「ひひ、焦らすつもりでやってんのによぅ、もうイきそうな顔しやがって…雑魚チンポが」
焔子は嬉しそうに罵倒しながら腰を持ち上げる。陰茎はびくびくと苦しそうに震えながら、起き上がり小法師のように再び屹立した。愛液は竿の甲にまで垂れていて、和樹の方から見てもぬらぬらと光を反射している。
「ほらぁ、どこになにを入れたいんだ？もう…」
焔子の口調に少しだけ切なそうな響きが混ざる。
「もう、あんまり焦らすと怒るぞ？」
「……っ！」
焦らしているのは焔子の方ではないのか、と一瞬考えた後、言葉の意味に気づく。瞬間、恥ずかしさなどどこかに吹っ飛んでしまった。教室中に響く声で和樹は叫ぶ。
「ほ、焔子さんの…お、おまんこに、その…ちんちんを、入れたいです…！」
きひひ。嬉しそうな笑い声が遠くで聞こえた瞬間、焔子の腰が一気に落とされた。
「あ、ひぃ…っ！」
「……んくっ──！」
温かい。気持ちいい。頭が真っ白になって、繋がった部分から放たれる圧倒的な快感に全身を支配される。両手は無意識に近くにあった机の足を握りしめた。床に投げ出されていた脚がぶるぶると震えた。腰は床から浮き上がって、磁石同士のように焔子の体にぴったりとくっついている。視界の端がぼんやりとにじんで、真ん中に捕らえた焔子の顔だけにピントが合った。
彼女の顔は快楽でどろどろに蕩けていた。つり目だった瞳は目尻が下がって、いつもはしわの寄っている眉間も力が抜けてしまっている。頬は真っ赤に染まって、緩んだ口からは今にもよだれが垂れてしまいそうだ。
「は、あ…っ…これっ…やっば…」
彼女の喉から余裕のない声が漏れる。いつも自信と余裕たっぷりの焔子のものとは思えないような声だ。
「ちょ、ちょっと、待ってろ…」
焔子はかくんとうなだれて、ふー、ふーと荒い深呼吸を始める。和樹の胸板に行儀良く揃えられた獣の両手はぎゅうと握りしめられて、巻き込んだワイシャツにしわを作っていた。
「よ…よ、っし…ふーっ…ふぅーっ…ひ、あっ…ま、待たせたな……んっ」
ゆっくりと上がった顔は未だに紅潮していて、眉間も頑張ってしわを寄せようとしているのかぴくぴくと痙攣している。声にも所々甘い呻きが混ざったままだ。
和樹もただ待たされていたわけではなかった。挿入しただけで暴発しそうになるほどの快感に抗おうと、くしゃくしゃになった顔で格闘していたのだ。声など発する余裕はなかった。竿の裏側をぞりぞりと擦る何段もの凹凸に、ちょうど雁首のくびれにはまり込んで優しくなぞり上げる大量の襞。裏筋と鈴口をぴっちりと包み込む、大量のいぼを備えた肉壁。それはまるで和樹のためだけにあるかのような名器だった。仮に焔子の腰が少しでも動いていたら、間違いなく射精してしまっていただろう。
「ひ、ひひっ、なんて面だよ…んぅっ…」
「ほ、ほむらこさん、こそっ…」
普段ならばこんな口は利けない。だが自分のもので焔子が快感に悶えている、そのことが和樹の気を大きくさせていた。どこか対等だと、快楽を与え合える存在同士だと思ってしまった。それは半分正解で、半分間違いで。
「ふ、ふぅん…そういう、感じかよ…ま、いい、けど…」
「え………あ、あっ！？」
対等であるわけがなかった。魔物は生まれながら快楽を与え貪る生き物。悦び悦ばすために生きる魔物に、生きるための一手段として悦ぶだけの人間が、勝てるわけがない。
凹凸が、襞が、いぼが、ざわざわと蠢き始めた。和樹だけを悦ばせるために最適化された女性器が本気になって襲いかかってきたのだ。焔子が少しも腰を動かしていないにも拘らず接合部からはぐちゅぐちゅと陰茎を咀嚼しているかのような音が響いてくる。内部で和樹が浴びせられている熱烈な歓待が、音だけでもありありとわかってしまう。
「ま、まっ、て……で…」
出る。そう最後まで言い終わらないうちに射精が始まった。びゅーびゅーと、という擬音が相応しい、放尿のような勢いで精液が飛び出している。見えずともそうわかる。
「ぉ…お……」
弱った獣のような呻き声が和樹の喉から漏れた。一切の音が遠くなっていく。少し耳鳴りがした。自分の微かな喘ぎと呼吸音、心音と、焔子の楽しそうな笑い声、荒い息づかい。それすらもゆっくりと遠くなる。視界はいよいよ白くぼやけ狭くなって、焔子の口や目をふらふらと行き来している。夢の中のようにふわふわとした世界だった。快楽と多幸感。焔子に包み込まれている部分以外、自分と外界との境界線が曖昧になって。曖昧でも構わなくなって──。
「いっ」
突然、鮮烈な痛みで現実へ引き戻された。痛みの出所を知るのに少々時間が掛かった──寝起きで腕の動かないあの現象が全身を襲っているような感じだ。
痛んだのは右の太ももだった。そしてもう痛みは引いている。代わりに、熱い。
「ひひ…白目剥いてたぞ、和樹…まだまだこれからなのに、いま落ちちまったらもったいないぜ？」
わざとらしく、焔子の背後で尻尾が揺らされる。かちゃかちゃと棘が鳴った。
「さ、アタシは慣れてきたけどぉ…お前は……聞くまでもねえか、なっと」
「ぅ、あ…っ！」
膣壁がぎゅっとしまった。それだけでない、まるで牛の乳搾りのような激しい蠕動運動が始まる。根本から先端へ、きつく締まる部分が何度ものぼっていく。その間もいぼだらけの肉壁は亀頭にねっとりと絡みつくのをやめない。ここに出せとでも催促するように、小刻みな収縮で鈴口を舐め回す。和樹が快楽に中てられている間に、焔子はすっかり自分の武器の御し方をものにしてしまったようだった。中をどう動かせば和樹の敏感な部分を虐められるか、彼女はもうわかってしまっている。
目の前の獲物の弱点を、尻尾を使って幾日もかけて探ってきたのだ。後は武器さえ正しく操れれば狩りが失敗するわけはなかった。焔子は狩人で和樹は獲物。対等なわけがない。
「きひひっ…なんだっけ？焔子さんこそ〜、とか言ってたっけかぁ？」
「そ、こは…っ、あ…だめ、でるっ…」
ものの数秒で律動が始まった。掌に打ち込まれた毒が効いてきた頃合いだろうか。先ほど大量に射精したとは思えない、何週間も溜め込んだような量の精液が吐き出されていく。
「ん、む…っ」
視界が暗くなって、ふに、と唇に柔らかい感触が触れる。首筋に焔子の臙脂色の髪の毛がさらりと掛かった。煙草の臭いと甘い体臭。条件反射的に陰茎が反応し、一際勢いよく精液を吐き出す。
股ぐらでは女性器が腹を空かせた狼のように精液を搾り取っているのに対して、上で行われている口づけは紳士的或いは儀礼的だった。焔子の口からは一向に舌が出てこない。小鳥がついばむような、無垢な幼子の遊びのような口づけが延々と続く。
恋人みたいだ。射精の快感で明滅する意識の中、おぼろげにそう感じる。
「へへ、順番逆だったかもな…別に良いけど」
遠くなりかけている焔子の声はいやに嬉しそうだ。いや…幸せそう、だった。飛びそうな意識を必死にたぐり寄せて、焔子に告げる。
「う、ぁ…っ……そのっ…こ、恋人みっ…たいなこと、やっと…で、できて…」
和樹が話そうとしても膣の咀嚼は止まらず、ところどころ抑揚が変になる。それでも伝えたい。伝えなければ。
「う、嬉しい、ですっ…」
焔子の顔を真っ直ぐ見て、そう告げる。焔子は目を逸らしてため息をついた。頬がさらに赤らんだ気がする。
「ったく…毒気抜かれるぜ、お前と話してるとよ」
照れ隠しだろうか、膣の動きがやたらと激しくなった。尻尾の暴力的な搾精を思い出すような動きだ。あの吸引こそないものの、大量の襞に抱きつかれ揉みくちゃにされる感覚が似ている。
「っひ、ぐぅっ…！」
情けない喘ぎ声と、精液が漏れるのがほぼ同時だった。三度目にしても射精は一向に弱まらない。それどころか出せる量がだんだんと増えている様な気がする。一方快感への耐性が付く様子はなかった。一時持ち直した明瞭な意識も、再び真っ白に染め上げられていく。意識が手放されるのも時間の問題だった。また棘の毒を撃ち込んでもらえば…そんなことを考えるが──。
「あ、ぅ…ぅう…」
「トびそうか？……流石にこれ以上は撃てねえぞ、棘…人間には」
焔子の声がだんだんと優しくなってきているような気がする。もう少しだけ聞いていたい。もう少しだけ意識を保っていたい。この先に何かがあるような、そんな気がする。
「…あの、よぅ…最初から、全部嘘だったんだ。罰ゲームも、見張り役なんてのもいなかった」
焔子が何か大切なことを話しているような気がするのに、意識が快感の濁流に飲まれていく。ホワイトアウトに見舞われたように何もわからなくなって…踏みとどまれない。
「その…最初から、和樹のこと、好きで…」
ふつり、と意識が途切れた。
「あーあ…聞こえてねぇこと、わかってんのに…つくづく卑怯だよな」
寂しそうな声が、暗くなった教室に響いた。
・
・
・
「あの時焔子さん、なんて言ってたんですか？嘘がどうとか、聞こえた気がするんですけど」
「……聞いてたのかよ」
「は、はい」
「ん−、毒が尻尾で抜けるとかあれ、嘘だから」
「え？」
「アタシの毒には二つ効果があって、どっちも尻尾でどうにかなるもんじゃない」
「そ、そうなんですか…」
「精液を馬鹿みてえに作っちまうのは数日で勝手に治るし、エロ猿になっちまうのはもう一生治んねえぞ」
「えぇ…」
「これはマジだ」
「…これは…って、まだ嘘あるんですか…？」
「秘密だ」
20/09/06 01:40更新 / キルシュ
戻る
次へ