連載小説
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遅効性
 焔子が寝ているところを和樹は初めて見た。二人は別のクラスだし、放課後の勉強会では焔子が後ろだ。こっそり寝ていたとしてもわからない。
 かわいい。そんなことを思ってしまう。
 ふかふかの獣の両手を枕にして顔を埋めた彼女の背中は、規則正しく上下していた。それに同期して、猫か犬かが熟睡しているときのようなふすー、ふすーといった寝息が漏れ聞こえてくる。時折テレビの動物番組で見かける、人慣れした虎かチーターが人間と同じ布団で無防備に寝ている動画が思い出された。
 「……べ、勉強、勉強…」
 すぐに搾ってはもらえなかったことへの若干の落胆に肩を落とし、和樹は焔子の前の席に向かう。結局今日まで恋人らしいことはできなかったな。そんなことをふと思った。


 焔子がすやすやと寝息を立てる一つ前の席で、和樹は今日も数学の問題集とにらめっこをしていた。やはり苦手な教科ということもあるが、いつにもまして頭が働かない。
 早く起きてほしい。
 ああ、いたのか。じゃあ始めるか。などと言って、有無も言わさず下を脱がされて。いつものように射精の量からペースまでを支配されて、気を失うまで搾り抜いてほしい。あの人理を超えた快楽が、欲しくてたまらない。
 こっそりと、後ろを向く。勉強会の途中で自分から後ろを向くのはこれが初めてだった。焔子は変わらず自家製枕に突っ伏して熟睡している。獣の耳が時折ぴこぴこと動くのが小動物のようでかわいらしい。
 「……あ」
 彼女の隣の席の机の上には、尻尾がだらりと投げ出されていた。いつもは外側を堅牢に守っている件の棘は内側にしまい込まれているのか、一本も見当たらない。ただの臙脂色のボールのようになった尻尾はどうにも新鮮だ。
 「……!」
 何の気なしに尻尾の先端を見た和樹はぱっと目を見開き、ごくりと生唾を飲み込む。尻尾の口がだらしなく開き、ゆっくりと蠢く桃色の粘膜が露出していたのだ。和樹にとって搾精と屈服の象徴であるそこからは、まるで口を開けて寝ている人のようにだらだらと粘液が垂れ流されている。
 にわかに和樹の劣情が高まりはじめた。尻尾の口は丁度机の縁にあって、上手く腰をあてがえば…容易く陰茎を挿入することができそうだった。まして今は、掴むのに邪魔な棘もない。
 和樹は音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。ばくばくと心臓が暴れていた。
 いれたい。しかしバレたら一体どうなってしまうだろうか。この9日間、焔子の尻尾に自分から触れたことはなかった。搾られるときは大抵抵抗できないような体勢だったし、両手が自由なときも尻尾に触れる勇気はなかった。焔子を怒らせてしまいそうだったし、間違って棘に触れでもしたら大変だ。だが今はその棘もない…寝ている間は引っ込むのだろうか?
 「……」
 なんとかしてこっそりと、気づかれずに快楽を貪ることはできないだろうか。焔子を無理に起こす勇気があるわけもないが、目の前にあるのはこの数日間ですっかり虜にされてしまった肉の穴。どうしてもそこから目を離すことができなかった。
 少し待てばいい。彼女が目を覚ましさえすれば、頼まずとも搾り取ってくれるのだ──気を失うまで。それだけだった、ただそれだけのことなのに…体の奥はうずうずと疼き、男根はもう押さえ込めないほどに膨らんできている。


 ああ、もうどうでもいいや。
 ぐるぐると回り始めた思考。常識やら理性やら経験則やらで構成されたそれを、和樹はふいと投げ捨ててしまう。目の前に尻尾があって、その口が開いている。今すぐ目の前に、あの狂おしい快楽が待っているのだ。そう思うと他のことなどどうでも良かった。正常な頭の働きではない、どこかでそう気づいていた。それでも和樹は抗いたくなかった。もう溺れてしまいたかった。
 静かにベルトを、ボタンとチャックを外し、陰茎を露出させる。どくどくと脈打つそれは、この偽物で爛れた関係を始める前より二回りほど大きくなっているように見えた。宇宙ステーションのドッキングのように慎重にゆっくりと、腰を前へ進める。息が荒い。脚が期待に震えている。

 ちゅ。亀頭が脱力した搾精孔の入口に触れた。いつもはざわざわと亀頭を舐め回す襞はゆったりと蠢くのみで、抵抗もほぼ無い。緩く重なった襞と襞とをかき分けて、陰茎は奥へ奥へと飲み込まれていく。
 力の抜けたため息が漏れた。暴力的な搾精ではわからなかった襞一つ一つの感触が、余すことなく伝わってくる。襞が竿全体にゆるゆると絡みつき、優しく射精を促してくるかのようだ。意識がなくともオスを受け入れ甘やかし精液を得んとするその動きに、相手が魔物である事をまざまざと思い知らされる。まるで北風と太陽だ──もっとも焔子の北風は太陽に勝るとも劣らないが。
 結局搾られようが搾られまいが、和樹が我慢できる時間はそう変わらず──ほぼゼロだった。根本まで搾精孔に沈み込んだ瞬間陰茎がびくびくと震えて、白濁を吐き出し始める。
 「あ、ああぁ…」
 焔子が起きてしまう、そんなことにも気が回らずに感嘆のため息をつく。脱力している搾精孔は精液を吸い上げることはせず、ゆっくりとした蠕動運動で奥へ奥へと運びこもうとしているようだった。射精を上書きしてくるいつもの苛烈な吸引は鳴りを潜め、ひたすらに甘く男根を歓待してくる。自分を好いているかのような優しくゆるやかな刺激に、どうしようもなく和樹は興奮した。
 一度射精した陰茎が息をつく間もなく再び充血し、搾精孔に包まれたまま大きく膨らんでいく。浅ましい劣情に脳天からつま先までを支配され、和樹はゆっくりと腰を動かし始めた。引き留めるかのようにまとわりつく襞に逆らって腰を引けば、雁首のくびれが幾枚もの襞に引っかかる。すんなりと侵入者を受け入れる肉孔へ腰を進ませれば、包まれた先から気怠げな襞の蠢きにくすぐられる。和樹はあっという間に眠った搾精孔の虜になっていた。
 「はっ…はあっ…焔子さんっ…きもちい、です…っ」
 どきどきと心臓を高鳴らせ、棘の引っ込んだ尻尾に指を伸ばす。
 それは空気の抜けた自転車のタイヤのような手触りだった。もっと硬くごつごつしていると思っていたが、甲殻は予想外の弾力を備えている。それにすべすべしていてほんのり温かい。ずっと触っていたくなる感触だった。
 普段棘が生えている場所は、尻尾に平行なスリット状になって閉じている。触ってみたい。今にも焔子が起きて棘が飛び出してくるかもしれないというのに、どうにも好奇心が抑えられなかった。両側がぷくりと膨れたそのスリットを、指でつうっとなぞる。
 「ん…」
 「…!」
 和樹はびくりと身を固くした。焔子から漏れ出た声に、ではない。搾精孔の動きにだった。ぴっちりと閉じた筋をなぞった瞬間、搾精孔の内部がきゅんと甘く締め付けてきたのだ。性に関しては飛躍しがちな男子高校生の思考が和樹の脳内を駆け巡る。
 今の声と締め付け。もしかして感じているのではないだろうか。
 思わずもう一度、筋を優しくなぞる。するとやはり肉孔はきゅうと締め付けてきた。
 「ん、ふ…ぅ…」
 枕代わりの獣の手の下から甘い吐息が聞こえてくる。すりすりと指を動かすと、焔子の肩が僅かに跳ねた。
 間違いない、感じてるんだ。和樹はそう確信する。自分が好いている──そう、最早好いてしまっている女を自分の手でよがらせている。そのことが和樹の心に幸福感と充足感をもたらした。和樹の指がスリットをなぞる度に搾精孔はきゅうきゅうと切なそうに締め付ける。まるで精を健気にねだるかのような動きに、和樹の腰から力が抜けた。いや、自分から力を抜いてしまったのかもしれない。
 肉襞の要求に応えるかのように陰茎が震え、とくとくと精液を吐き出していく。これより激しい射精はいくらでもしたことがあるはずなのに、とろとろと穏やかに精液を吐き出すこの時間はいつになく幸せだった。
 「あぁ…好き、好きです…焔子さん…っ」
 「おう、そうかよ」
 「はい……え?」
 視界の端で、獣の耳がゆっくりと起き上がっていく。ぎろり。冷たく光る緋色の双眸が、和樹の快楽に惚けた情けない顔をびたりと見据えていた。




 「まあ焦るなよ」
 焔子は優しい声色で話しかけてくる。和樹はといえば恐怖の余り失神してしまいそうだった。
 我ながら滑稽だ。こうなることは自明だったはずなのに、どうしてこんなことをやってしまったんだろう?
 わかってはいる。魔物の魅力に抗えなかった、そういうことだとわかってはいるが、わかったところでそれがこの事態を打開してくれるわけもない。
 「アタシは低血圧気味でね…頭が起きても『体が起きる』までは数分かかる。だから」
 やはり焔子の口調は穏やかだ。しかし一方で目つきは冷たく鋭く和樹を射貫いている。『体が起きる』のを待っているのだろう。そう理解するに難くない。
 「そうなる前に、尻尾から手を離してソイツも引き抜いて…その格好のままおとなしく椅子に座れば」
 焔子がにたりと笑う。
 「半殺しで許してやるよ。優しいだろ?」
 何も難しくはない提案だった。手を引っ込めて腰を引いて、自分の席に戻れば良い。ただそれだけだ。和樹はこくこくと頷きながら、焔子に従おうと体に力をいれるが──。
 「…え!?」
 瞬間、何が起きたのかわからなかった。あろうことか手はがっしりと尻尾を掴み、腰はゆっくりと前後運動を再開してしまったのだ。
 「あ、う…なんでっ…!?…こ、これは…違うんです…っ」
 誰かに体を乗っ取られたかのような感覚に、和樹は軽くパニックになる。頭は間違いなく焔子から離れるように全身に指令を出しているのに、体は勝手に動き続けて一向に止まろうとしない。眠ったままの搾精孔が与えてくる蕩けそうな快感を、和樹の体は自ら進んで貪ってしまっているのだった。
 「んっ…なにが、違うんだ…?なあ、やめねえってのは…」
 和樹の指が棘をしまっているスリットに食い込むと、焔子の声色が乱れる。
 「く、ふぅっ…ぶっ殺されてぇって…そういう、ことだな?」
 その艶やかな響きからして、やはり棘のスリットは性感帯で間違いないようだった。もちろん、和樹には答えが合っていたことを喜んでいる余裕はない。
 「は、うぅ…か、体が勝手に……んっ…止まん、なくてっ…!」
 小学生でも鼻で笑うような言い訳を、和樹は快楽に喘ぎつつ必死に絞り出した。せめて腰を止めようとするものの、まるで何かに取り憑かれたかのように体は動き続ける。混乱している間にも頭の中にはじわじわと快楽が塗りたくられて、理性の領分が無慈悲に狭められていく。
 これがマンティコアの恐ろしさだった。彼女らの狡猾な毒に蝕まれ変性した体は二度と戻らない。快楽を貪ろうとする本能が理性をかいくぐり、肉体を支配するようになってしまうのだ。毒抜きなどというのは不可能だ。そんなものは焔子の真っ赤な嘘であった。もちろん和樹はそれを知らないし、知ったとてできることなど持ち合わせてはいない。
 「あぁ…っ…う、うぅ…」
 和樹はもはや弁明することもなく、ぼうっとした顔つきでひたすらに腰を振っている。手は棘がないのを良いことに尻尾をぎゅっと掴み、ゆっくり前後していた腰は今や獣の交尾のように激しく搾精孔にぶつけられていた。未だ脱力している搾精孔がオスの剛直でかき回され、ぶちゅ、ぐちゅといやらしい音を立てる。理性は本能を押しとどめるのを諦めたばかりか、劣情の濁流に飲まれてどこかに押し流されてしまったようだった。
 「きひ、きひひっ…そんなにがっしり掴んでていいのか?もうすぐ…ん、くぅっ……と、棘…出てきちまうぜ?」
 焔子は僅かに息を荒げ、頬を薄い赤に染めて話しかけてくる。初めて見る表情だった。蔑むような、或いは嘲るような顔で搾られ続けてきた和樹には、それは余りにも扇情的な顔つきで。
 「……っ…」
 これが女の顔というものだろうか。焔子のそんな表情を見た瞬間、恐怖ではない、熱くどろどろとした感情が和樹の胸に沸き上がった。棘に刺されるなんてもうどうでもいい。ましてこの先にどんなむごい仕打ちが待っていようが、彼女のこの顔が見られただけで──もう、どうなっても良いような気がしてしまった。
 「毒抜き、折角良いとこまで…っ、進んでたのになぁ…ぜーんぶ、おじゃんだな?」
 「あ……そ、そのっ」
 思わず口が動く。
 「毒抜きは…もう良いんです。焔子さんのことが、す、好きだから、その…一生、魅了されても、う、う、嬉しい、です」
 ぽろぽろと言葉が漏れ出ていく。数日前にお前のせいで人生がダメになった、などと叫んだ男の言葉とは思えない甘ったるい告白だった。
 「罰ゲームでもいいですから…何番目でもいいですから、この10日間が終わった後も、また………ぃ、あっ!!?」
 騙されていたことも知らない健気な愛の告白は、苦痛の叫びで中断された。和樹の両手に鋭い痛みが走る。ぱっと手を見やれば。

 「…きひひひっ」
 眼下に見えるのは現実離れした光景。和樹の手の甲から何かが飛び出している。尻尾を掴んだ両手とも、白く細長い棘に貫かれているのだった。
20/09/03 19:13更新 / キルシュ
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