連載小説
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酔いどれ宇宙恐竜 優雅なる休日と淫らなる日常
 ーー浮遊島王城・エンペラ一世の寝室ーー

『〜〜〜〜〜〜〜〜』

 数日ぶりに帰ってきた自室の豪華なベッドの上で眠りこけるエンペラ一世。
 魔王城から脱獄するも魔王らに阻まれた皇帝だが、部下達の必死の尽力により、どうにか逃げおおせることが出来た。もっとも、そのやり方はあまりにも卑劣で汚いものであったが。

『〜〜〜〜〜〜〜〜』

 さすがに内心思うところはあった。しかし、“救世主の遺産”が2つあったとしても、魔王相手にまともに戦いながら逃げるのは相当困難であったし、何より相手は魔王だけではない。エドワードにリリム、さらには謎の黒い怪物が彼の行く手を阻み、予想以上の苦戦を強いられたのだ。
 そんな連中をまともに相手にしながら逃げるよりは、格好悪くともより安全に逃げる方法があるならそうした方が良い。それは彼も解っている。

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………………』

 皇帝にとって意外だったのは、魔王にそもそも人質などという手段が有効であったことだ。
 血も涙もない魔物(クズ)どもの親玉だけあり、輪をかけて冷酷非情だと思っていたのだが予想に反し、たかだか数万いるかいないかの人質の救助を優先し、せっかく捕らえた皇帝(自分)をむざむざ逃がした。下等生物の分際で、仲間意識だけは強いのだろうか。
 もし逆の立場だった場合、自分ならば躊躇いなく切り捨てる。一万人のために、のちのち帝国臣民全てを危機に陥れるかもしれぬ輩を逃がすという道理はないからだ。
 とはいえ、躊躇わないにしろ切り捨てた者達に対して何も思わぬわけではないが。





 そういった事を考えてはいたが、考えていた時間自体は短い。戦いと逃走で疲れ果てていた皇帝はすぐに眠ってしまったからだ。















 男と女が寝台の上で交わっていたーー皇帝と、今は亡き皇后。
 四つん這いの皇后は夫に背後から尻を鷲掴みにされ、腰を打ちつけられ髪を振り乱し、嬌声を上げていた。女陰に怒張が出し入れされる度、大きすぎる乳房は激しく前後に揺れる。透き通るように白く、シミのない肌は紅潮し汗ばみ、その雫は彼女の動作に合わせてベッドのシーツに滴った。
 例えようもないほどの美貌で知られた女だったが、犯される今の姿は美しくも非常に淫らだった。さしもの皇帝もその淫靡さにあてられてしまい、腰の動きにはいつもの泰然さというものがない。齎される快感を素直に受け止めてしまい、快楽に身を委ねてしまっている。

『………っ』

 夫に余裕がないのは妻の美貌に心奪われていたからだけではない。女神の如き見た目だけでなく、女は膣(なかみ)までも人ならざる快感だった。メアリー、アリスン、アイシアーー今まで若く美しい女を抱きはしたが、残念ながらこの女の具合の良さには及ばなかった。
 
『………♥』

 そんな夫の心情を感じ取ってか、なすがままにされつつも女は淫靡に微笑む。極上の膣肉は柔らかくもきつい締まりで、太く逞しい男根を苛み、搾り取ろうとする。

『う』

 激しく水音と破裂音が鳴り響く中、小声の呻きと共に、ついに限界が来る。夫は妻の尻に腰を密着させ一物を深く突き入れ、多量の子種を中へ注ぎ込む。

『あぁっ♥』

 妻が快感のあまり、喘ぎ声を上げる。ビクビクと身体を震わせ、夫からの熱い賜り物を子宮に受け止め、心ゆくまで堪能する。

『あ……♥』

 あまりの快感に一分近く射精が続いただろうか。しかし、妻の肉は尚も夫を求め、締めつけて放そうとしない。
 そして夫もまだまだ満足していない。続きをしようと再び妻の腰を掴み、突き入れた肉竿を出し入れしようとするがーーその瞬間違和感を覚える。

『………?』

 違うーー快感は変わらないが、何か感触が違う。どうも中の具合が変わったような気がするのだ。

『!?』

 それだけではない。いつの間にか頭に2本の角、尻には先端がハート型の尻尾、腰からは一対の翼が生えていた。

「ねぇ、もっと激しくぅ♥ 私が壊れるぐらいに犯してぇ♥」

 そんな四つん這いの妻が振り向いた瞬間、皇帝は仰天する。
 皇帝が犯していた女はいつの間にか妻でなく、ミラとかいうあの忌々しい魔王の娘に変わっていた。










『………ぬおぉあ!!』

 疲労からか、悪夢にうなされていた皇帝。だが、出入り口の扉の隣に備え付けられた呼び出し用ドアフォンが鳴り、ここで目を覚まして飛び起きる。

〈おはようございます、皇帝陛下。アリスンです〉
『あぁ………入れ』

 最悪の気分ながら平静を装う男。入室を許可すると、扉を開けてカートを押しながらメイドが入ってきた。

『失礼いたします』
『おはよう』
『おはようございます、皇帝陛下』

 笑顔で朗らかに挨拶する女官ーー皇帝の趣味なのか典型的なメイド服を着ているがーーの少女。名をアリスン・クーゼといい、主にエンペラ一世の食事の調理及び身の回りの世話を担当している。
 銀髪を前下がり気味のミディアムレイヤーボブにまとめ、赤い目に白い肌、涼しげながら端正な目鼻立ち。そして極めつけにグラマラスなプロポーションも持つ。性格は快活で機転が利くが、何処か子供っぽさもある。そんな部分も含め、皇帝の現在の『お気に入り』の一人だ。

『………………』
『ん? どうした』
『い、いえ………その……』
『! あぁ、これか………すまぬな……』

 朗らかな笑顔から一転、急に顔を赤らめ視線を逸らす女官を不思議に思ったエンペラ。だがすぐに『目が合った物』に気づき、彼の方から詫びた。

『少々奴等に毒されてな。まだその毒が抜けきらぬ』

 起きたばかりで股間の物は固く隆起していた。しかし、こう言い訳したものの、それがただの朝勃ちなのか、本当に魔物娘の魔力の後遺症なのかは本人にも分からない。後者だった場合、メフィラスに診断を頼まねばならないだろう。

『気にするな。洗面の用意を頼む』
『はい。かしこまりました』

 アリスンは部屋の隅に置いてある椅子と丸テーブルを皇帝の前に運ぶと、カートから洗面器を持ち出す。そうして、彼女は丸テーブルの上に洗面器を置き、そこに水差しからお湯をなみなみと注いだ。

『ふ〜〜………』

 皇帝は両手でゆっくりとお湯を掬い、何度も顔を洗う。終わったところで、アリスンに顔を丁寧に拭いてもらう。実年齢よりずっと若々しいとはいえ、年寄りが少女に顔を拭かせるというのは何とも言えない話であるが、王侯貴族にとっては普通のことだったりする。もちろん、着替えや髪梳きなどの身嗜みも全て使用人が行う。
 とはいえ、皇帝も元は農民出身であり、身の回りの世話全てを他人に任せるのに何も思わないわけではない。ただ、そちらの方が色々と楽なのも確かだ。

『では、朝飯を食うか』
『はい♪』

 続けて入ってきた女官達に髭剃りと洗髪をしてもらう。その後、寝間着から帝衣へと着替えさせてもらうと、アリスンに先導され、皇帝は寝室を出る。同時に、二人の前後には居室の前に待機していた、今日の護衛を担当する皇帝親衛隊の隊員がそれぞれ二名ずつ付き従う。

『本日の朝食の献立はーー』

 食堂に到着後、席につくと共に今日の献立を読み上げるアリスン。大国の皇帝故、その食事は毎度豪勢なものであるが、彼は特殊な体質故燃費が非常に悪く大食らいなため、とにかく食事量が半端ではない。それを反映し、給仕達が配膳用カートで運んでくる料理は質・量共に常人ならば見ただけで胸焼けがするようなものだった。
 皇帝への食事を作るだけあり、料理人達はいずれも凄腕の持ち主である。だが、アリスンのオートキュイジーヌを始め、料理はどれも特別な晩餐会で出されるような『手はこんでいるが、くどい』料理ばかりで、本来朝っぱらから食べるようなものではない。彼が生まれた時代の王侯貴族も、朝食は案外質素だったりするのだが、空前絶後の大国の皇帝として、彼は食事でも自己流を貫いた。

『うむ。この濃厚なフォアグラにコクのあるソースがよく合っている』

 皇帝が美味しそうにフォークで口に運ぶのは『フォアグラのソテー・黒トリュフソース』である。さらに、その横には特大のサーロインステーキやロブスターのビスク、小豚の丸焼きなどが置いてある。これらの料理が、これまた馬鹿げた大きさの食卓へ所狭しと並び、占領していた。

『お褒めの言葉をいただき、恐悦至極にございます』

 皇帝の称賛を受け、アリスンが頭を下げる。

『蘇って以降、食事の度に毎度思うが、この五百年でよくぞここまで進歩したものよ』

 皇帝が唸る通り、お抱えの料理人達の作る料理は、死ぬ以前に食べた当時の宮廷料理と比べても非常にレベルが上がっている。
 エンペラ帝国崩壊後も人類文明及び各国の文化は絶えることなく生き永らえ、発展していったが、それらの中でも特に食文化の発展は目覚ましかった。この事実は農耕・牧畜・漁業といった食料生産技術の向上はもちろんのこと、人々が日々口にする食べ物へ、腹を満たすだけでなく味も気にする“余裕”が出来たことを意味する。
 
『こんなに美味い食事を食べられるとは、余は幸せ者だな』

 乱世に生まれ、争う国々の統一を果たすべく東奔西走。そんな中ようやく彼の生活が安定してきたのは三十歳を越えた辺りで、それまでは粗末な食事や飯抜きも珍しくはなかった。特に飯抜きは大食漢の彼にとっては非常に辛いものであった。

『勿体なき御言葉……』

 皇帝の心からの称賛を受け、アリスンは嬉しそうに頭を垂れた。

『担当の日はまた頼むぞ』
『はい♪』

 そんな彼女を励ますように、皇帝は珍しく優しげに微笑みかける。それほどに彼女の料理の味を大層気に入っていたのだ。





『ふぅ……』

 あれだけあった料理だが、恐ろしい速さで皇帝の胃に収まってしまった。食べ終わって一息ついたエンペラは、今は静かにティーカップに注がれた食後のジャスミン茶を飲んでいる。
 その傍らに控えるのはアリスンに代わり、アイシア・テレクとなった。白い肌にやや短めの銀髪、ルビーのような赤眼のアリスンとは対照的な褐色肌で、臀部まで届くほど長く美しい青髪を伸ばした、サファイアのような蒼眼の少女だ。
 性格もまた対照的で、活発で蠱惑的なアリスンに対し、アイシアは沈着冷静という言葉が似合う、美しくも物静かな女である。だが、二人とも抜群のスタイルの美少女という点は共通している。

『今日の予定はどうなっておる?』
『はい。皇帝陛下の本日の予定は『療養のため、ナシ』となっております』
『………………』

 アイシアに今日の予定を尋ねるが、返ってきた答えはなんとも脱力感のあるものであった。

『………今日もか?』
『はい』

 当惑した顔でもう一度聞くが、アイシアはただ首肯するのみ。

『普段忙しいせいで、休みが続くとかえって戸惑うものだな』
『陛下は王魔界から命懸けで脱出なされたばかりです。政(まつりごと)は一旦お休みし、御身体を休めて療養に専念なされませ』
『そうか。ならばしばらくは奴等の心遣いに甘えるとしよう』

 七戮将達は皇帝を気遣い、しばらくは休ませるつもりであった。実際、気力体力共にまだ完全回復したとは言い難い。

『あぁそれと、今現在遠征に出ている者はおるか?』
『現在、ヤプール将軍閣下が超獣軍団全軍を率いて、レスカティエへ侵攻中です。新兵器の【インペリアルキャノン】も投入するとのことです』
『おぉ、そうであったな』

 捕らえられた皇帝の奪還のため王魔界へ侵攻したエンペラ帝国軍は主君と共に引き上げ、この浮遊島へと帰還していた。現在、主君と同じく戦いの疲れを癒やすため休息中であるがーーヤプール及び超獣軍団だけはそうもいかなかった。

『Mキラーザウルスは超獣軍団、いや我がエンペラ帝国軍の最新技術の粋。大破した残骸であろうと奴等に渡すのはまずいからな……』

 身一つでやってきた他の四人と違い、ヤプールはレスカティエに現れた際、『対魔物戦闘用超大型機甲外装ユニット Mキラーザウルス』に搭乗していた。彼が操る巨大な機械獣は緒戦こそ魔王の夫エドワードを翻弄したが、結局本気を出した彼に一刀のもと破壊されてしまう。大破した今、動かすことは最早叶わないガラクタと化したが、それでも機械獣はエンペラ帝国の最新の軍事技術の宝庫であった。
 当然、魔物にそれらの技術が渡ればこちらがどれだけ不利になり、被害を被ることになるかについて説明の必要はないだろう。そのため、ヤプールは戻ってきて早々、レスカティエへと奪い返しに向かっていたのだった。

『しかし陛下、ヤプール将軍の実力を疑うわけではありませんが、それでも万全を期してもっと兵を送り込むべきなのでは?』
『相手が悪かったとはいえ、それでも奴の失態だからな。まずは奴とその直属の配下である超獣軍団に当たらせるのが筋というものだろう』

 アイシアがそう疑問に思うのは分かるが、エンペラは今のところ超獣軍団以外の戦力を派兵するつもりはない。それはヤプールに失態を贖わせるためもあったが、下手に他の者を派遣して彼の面目を潰さないためでもあった。

『なぁに、案ずることはない。確かに超獣軍団の兵力は帝国軍中最少とはいえ、それでも手負いのレスカティエ如きに遅れを取るほど少なくも弱くもない。
 ……まぁ、どうしても手に負えぬようならば余を呼ぶように伝えておいたがな』

 Mキラーザウルス奪還がどうにもならず、主君にわざわざ出向かせるというのはヤプールにとって最大の屈辱であろうが、同時に最も現実的な解決策ではある。

『療養して体を休めるのはいいが、あまり閉じこもっていてもかえって体が鈍ってしまうからな』

 部下にとっては最大の屈辱になってしまうが、それでも彼としては自身が出向かざるをえなくなる展開を望んでいた。

『………………』

 目を細め、笑う主君。そんな彼の暗い笑みを見る度、アイシアは背筋が凍るような恐怖を覚えた。

(……やはり私達とは違う世界の御方なのだわ)

 例えるならば狐狩りや鹿狩りーーそれも生活の糧を得るための狩猟でなく、文字通りの娯楽、スポーツハンティング。この男にとって魔物退治も所詮はそれらと同じようなものだった。
 だから魔物とはいえ、どれだけ命を奪っても、踏み躙っても何も思わないのだ。そんな恐るべき冷酷さと残忍さを少女は時折感じ取り、戦慄していた。

『とはいえ、今はまだ余の出番ではない。呼ばれるまでは大人しくしているとしよう』

 エンペラはゆったりとお茶を楽しんだ後、アイシアに先導されて寝室へと戻っていった。










 皇帝及び帝国軍帰還後休む間もなく、ヤプールと超獣軍団は復興が始まったばかりのレスカティエへと侵攻。大破したMキラーザウルスは瓦礫撤去の邪魔となるので都市中央部から近郊の平野部へと移送され、急遽組織されたグレムリンの調査チームによってその場での調査・研究がなされていたところだったが、超獣軍団はそこへ襲いかかった。
 しかし、デルエラ及びレスカティエは、軍事機密の宝庫である機械獣を奪われたくないという敵の事情を察知していたため、この襲撃は想定内。機体と研究チームの防衛のため、周辺には総勢4万もの兵を駐屯させていたのだが、敵の数はそれを遥かに上回る規模であった。
 超獣軍団の総勢は22万ーーそれも最新の装備で武装し、練度と士気も相当に高い強兵揃い。規模に見合う数千門もの火砲を投入し砲撃の雨を降らせた上、さらには奪取の時間を稼ぐための陽動として、巨大試作兵器【550mm超高エネルギー砲 インペリアルキャノン】による敵の射程外からの超遠距離砲撃をレスカティエ目掛けて行なった。『皇帝の【レゾリューム・レイ】に匹敵する威力』とヤプールが豪語するだけあり、新兵器の破壊力はデルエラが都市に張り巡らせていた防護結界でさえ危うく破られかけたほどであった。
 そうして両軍の死闘は数日続いた。それに危機感を抱いたデルエラはついに御自ら近郊平野部に赴くも、腰を上げるのが遅すぎた。ここで防衛隊を敗走させた超獣軍団によって機械獣は奪取され、一足早く逃げられてしまったのである。
 しかし、魔王軍とて転んでもただでは起きない。奪取される可能性は当然想定済みで、グレムリン達には調査の傍ら機械獣の内部には追跡用の探知魔術及び発信機、さらには「奪い返されるぐらいなら破壊してしまえ」と非殺傷型ではあるが遠隔操作式の爆弾まで仕込ませていたのだ。これにより機械獣の行方を探ろう、もしくは破壊しようというだけでなく、あわよくば未だ判明していないエンペラ帝国の本拠地を探り当て、逆に攻め込もうと画策していた。
 ただし、そんな考えも結局帝国軍はお見通しであった。超獣軍団はまっすぐ浮遊島には帰らず、一旦ダークネスフィアに留まり、そこで機械獣の検査を実施したのだ。その結果発信機と探知魔術を発見され全て潰されてしまうものの、居場所の隠蔽を最優先したが故、爆弾の対処は後回しにされたことにより途中で爆弾が爆発。大破していた機械獣はさらに無残な粗大ゴミへと変わってしまった。
 全てが上手くいきかけていたところで、魔物どもが仕掛けていた小癪な罠によって台無しにさせられてヤプールは激怒した。だが幸い、機械獣で最も重要な部分である【レイブラッド・コア】を用いた動力炉はなんとか再利用出来るレベルでの損傷で済んだため、どうにか機械獣再生の目処が立ったのだった。










 ーーとある国の街・ベロンの家ーー

「はぁ………」
「辛気臭ぇ顔で溜息つくなや。酒が不味くなる!」

 王魔界でのエンペラ一世脱獄、さらに超獣軍団のレスカティエ侵攻から数日経ったある日。ゼットンは友人の家で昼間から酒をあおっていた。

「あぁ、すまねぇ………」
「ったくぅ、いつもの威勢はどうしたぁ!」

 家の主であるベロンはソファーに寝っ転がり、日本酒一升瓶片手に青年の覇気の無さを怒鳴る。

「………俺だって悩むことはあるさ」

 筋肉質な青年と違い、このベロンという男はやや肥満気味の髭面のハゲオヤジ。べらんめえ口調の喧しい男であるが、ゼットン青年とは不思議と馬が合い、よく酒を酌み交わしていた。

「最近変な事に手ぇ出しすぎだ。だからくだらねぇ悩みなんか出来るんだよ」
「ちげぇねぇ」

 鋭い指摘に耳が痛かったのか、ゼットン青年は苦笑した。
 アーマードダークネスの盗掘から始まり、確かにここ最近の彼は世界を揺るがす大騒動に巻き込まれている。

「クレアに勝ちたいと思ってたら、いつの間にか大騒動になっちまった」
「俺は会ったことねぇがよ、強いんだろ?」
「ああ。文字通りの化け物だな」

 妻のベルゼブブのことをそう断言する青年。もっとも、その評価自体は間違っていない。

「別に勝てなくてもいいじゃねぇか」
「んまー、そう思うことも多いんだけど……それでも俺は負けず嫌いなんでね」

 ディーヴァ相手に常識的な実力であるゼットン青年が挑むのがそもそも無謀である。だが、それでも出会った時の約束を青年は愚直に果たそうとしていた。

「魔物娘に勝てるわけねぇだろ」
「……いいや、最近勝てそうになっちまった。もっとも、そのせいで色々と思うところがあるんだが」

 最近発覚した事実。それについてゼットン青年は思うところがあり、少々悩んでいた。

「あぁ、なんか言ってたな。オメェ、人間じゃなかったんだって?」
「うん」

 脱獄したエンペラとエドワード・ミラ父娘が戦う中、突如魔王城上空に現れた巨大な漆黒の怪物。

「そん時の記憶は曖昧だが………あの時魔王城の所に現れた化け物は俺だ」

 エンペラは逃げてしまったと同時に、怪物の姿は消え失せ、その場にゼットン青年は倒れていたのをクレアに発見される。妻に抱き起こされるも、青年の意識はなく、魔王城に運ばれて数日間眠り続けていた。

「オメェ……一体何者なんだ?」
「分からん」

 自分が知りたい、といった様子で憂鬱そうに答える青年。皇帝の遺産アーマードダークネスが封印された村で生まれた男だが、自身が生まれついての化け物であったこととは関係ないと思われる。
 自分は一体何者なのか。正体があれほどの化け物であった割には人間状態の彼は弱く、貧しい農夫を二十数年も続けていたほどに知恵も技能もない平凡な存在だった。
 地元の領主の馬鹿三男をふとした事で半殺しにし、逃げる途中でクレアに出会わなければ、一生貧しくつまらない人生を送っていたであろう。

「少なくとも俺の肉体(ガワ)は人間だ。だが、魂は違ったらしい」
「人間の体にバケモンの魂ってワケか?」
「そうなんのかな〜〜………」

 詳しい事情は未だ義母である魔王が調べている最中である。娘婿の悩みというだけでなく、彼女自身大いに興味をそそられる事であるらしく、それはそれは熱心に調べてくれているようだ。
 しかし、以前から意識せずとも、ただの人間やインキュバスでは考えられない点はあった。人類最高峰の魔術師であるメフィラスの洗脳にかなり頑強に抵抗したり、ヒッポリトの青銅化魔術が全く通じなかったりした事である。それが彼の正体に由来する事であるのは明白だ。
 とはいえ、今のところ人肉が食いたいとか、人を殺したくてたまらないといったようなことはない。彼自身敵味方のある程度の識別は出来ていたし、クレアの制止に即座に反応し、攻撃を止めている。

「でも、両親親戚は皆人間だし、俺自身ガキの頃そういった点で迫害されたこともねぇ」
「じゃあ、最近になって急にそうなったってのか?」
「あぁ」

 子供の頃は貧しかったが、ただそれだけである。別に化け物らしい点など見せなかったし、周りから迫害されたこともない。
 彼の村には暗黒の鎧の封印場所から漏れ出た僅かな邪気があったようだが、別に彼だけでなく村の住人全員が浴びており、普通に暮らしていた。

「インキュバス化して結構時間経ってるから、多分そっちは原因じゃねぇ。あるとすれば……」
「エンペラ帝国か?」
「そうだな」

 彼に僅かな異変が起きつつあったのはエンペラ帝国に攫われてからである。アーマードダークネスの魔力を直接浴びてから、彼は口から火球を吐いたり、テレポートが出来るようになった。しかし、これは暗黒の鎧の影響というよりは『元からそういう能力を持っていた』のだろう。
 何らかの事情で封印されていた彼の怪物時の性質が、人間時にも段々と反映、いや侵食されつつあったのだ。

「奴等に関わってからだ」
「………………」

 もっとも、発端はゼットン青年がクレアとの勝負に拘るあまり焦って妙な呪具に手を出し、その本来の持ち主であるエンペラ帝国の注意を引いたからである。とはいえ、それを指摘するのはちょっと可哀想かと思ったのでベロンは黙っていた。

「おつまみ出来たわよぉ〜〜」
「おっ、すまねぇな!」

 ベロンがどう言葉をかければいいか考えていたところで、彼の妻であるクミスが皿に持ったつまみをお盆に載せて運んできた。

「あっ、どうもすみません義姉さん」
「いいのよぉ」

 頭を下げる義弟へにこやかに微笑む女。その顔も妹のガラテアとよく似ており、豊満な体型もほぼ同じだが、こちらの方がやや熟した色気がある。
 魔王の娘である彼女が、何故ベロンというむさ苦しいハゲデブオヤジを好きになったのか、ゼットン青年には分からない。しかしインキュバスになったにもかかわらず、ベロンの見苦しさは改善されないため、恐らくは“そういう趣味”なのであろう。

「ね、義姉さん、残りはこっちのテーブルに運んじゃいますね」
「あら悪いわねぇ、ヤメタランスくぅん」

 続いて台所から出てきたのは、途轍もなく不細工で太った、茶色い長髪の男。ベロンは太ってはいても小太りと言えるレベルなのに対して、こちらは完全な肥満である。
 この脂ぎった男の名はヤメタランス。ゼットン、ベロンと同じくリリムの婿であり、つまり三人はお互い相婿の関係にある。

(何度見ても……)
(不細工すぎる!)

 ゼットンとベロンがそう心中で毒づくように、ヤメタランスは恐ろしいほどの醜男だった。性格は気弱だが善良であるので、余計不憫に感じる。

「? どうかしました?」
「い、いや」
「なんでもねぇよ」

 二人に憐れまれているとは思わず、不思議そうに尋ねるヤメタランス。しどろもどろで否定する二人はそれ以上考えるのをやめた。

「んじゃ三人揃ったところで改めて」
「「カンパ〜イ!!」」
「………………」
「ノリ悪いやっちゃなー」

 ゼットン青年だけ乾杯しなかったため、ベロンはしかめっ面で吐き捨てる。とはいえ、そんな気分でないのは二人とも分かってはいるが。

「ゼ、ゼットンさん、今は飲んで忘れちゃいましょう」

 ヤメタランスも見かねてゼットン青年に酒を飲むよう勧めた。

「あぁ……」

 ヤメタランスに酌をされ、ぐいと飲み干すゼットン。

「良い飲みっぷりですねぇ〜〜」
「飲めや飲め飲め! 今は辛いことなんざ忘れちまえ!」
(えぇい、いったれ!)

 本来そこまで酒に強くないゼットン青年であるが、晴れぬ心の蟠りを忘れるべく、二人に勧められるまま酒を飲み干していった。










「うぅ……」

 テーブルに突っ伏していたゼットン青年が目を覚ます。

「はっ! 今何時だ?」

 慌てて窓を見やると、空はすっかり暗くなっていた。

「んごごごご!!!!」
「すびいいいいいい!!!!」

 テーブルで向かい合って飲んでいたベロンとヤメタランスだが、同じく突っ伏し涎を垂らして眠りこけていた。

(おっさんとブ男の寝顔なんか見れたもんじゃねぇな………)

 酒臭い男どもの汚い寝顔を見たせいか、青年の酔いも眠気も吹き飛んでしまった。

(ん〜〜、帰るか)

 酒を飲み、言いたいことも粗方言ったので気分はある程度すっきりした。それに彼の家に住み着く雌どもは彼が帰ってこないとうるさい故に、これ以上長居する気は青年にはなかった。

「あら、起きたのねぇ」

 ちょうどそこへ三人の様子を見に、2階に居たクミスが降りてきた。

「いやぁ、いつもご馳走していただいてすみません」
「いいのよ。これぐらい」

 礼を言われ、「義弟の悩みの解消のため、それぐらいしてあげるのは当然」といった様子で微笑むリリム。

「でもねぇ、男だけで酒ばっかり飲んでてもダメよぉ?」
「!」
「悩む貴方を一番心配しているのはお嫁さん達なんだからねぇ。それを忘れちゃダメなんだから」
「…はい」

 義姉の言葉に頷く青年。魔物娘は誰よりも夫のことを案じている。クミスに指摘され、彼は改めてその事を思い出す。

「では、そろそろお暇いたします」
「そうねぇ、それがいいわぁ」

 微笑むクミスが夫をちらりと見やると、ベロンもヤメタランスも大いびきをかいたまま起きる気配がない。

「外にポータルを作っておいたわぁ。私達もそろそろ“夫婦の時間”だからねぇ」
(はは、睡姦……いや“酔姦”すか……)

 義姉の言葉が何を意味するか瞬時に理解したゼットン。

「では、これにて失礼いたします」

 その邪魔にならぬよう、義姉の用意してくれたポータルでさっさと帰ったのだった。





「ふぅ〜〜」

 アイギアルムの街に帰ってきたゼットン。

(便利なもんだな)

 彼も似たような術は使えるようになったが、これほどの遠距離を移動出来るものではない。乱発出来る代わりに、その移動距離及び精度は大きく及ばないのだ。

(さて、おうちに帰りますか)

 青年は鼻歌を歌いながら、帰途についたのだった。





「ただいま〜〜」

 夜遅く故、静かに屋敷玄関の扉を開けるが真っ暗であった。

(みんな寝てんのか?)

 時間が時間だから仕方ない。魔物娘は夫と夜の営みが無く、他に用事が無いのならば早めに寝てしまう者も多いらしい。

(ならいいや。風呂入ろ)

 農民崩れの割には青年は綺麗好きであった。衛生面を気にして毎日風呂に入り、体の清潔さを保つのだが、ベルゼブブのクレアには不評だった。

「おわっ!?」

 夜遅く故抜き足差し足忍び足、そのまままっすぐ浴室に向かうゼットン青年。そうして脱衣所の籠に服を放り込み裸になると、タオルを持って中に入るが、途端何者かによって手を掴んで引きずり込まれる。

「あぁ……なるほど」

 暗闇に浮かぶのは16の瞳。それらが爛々と輝き、期待と発情のあまり室内には荒々しい息遣いが響くと共に、むせ返りそうなぐらい濃い淫臭と魔力に満ちている。

「遅くなって悪いな」

 わざわざ帰りを待っていた皆へ感謝の気持ちを伝える夫。その言葉を合図に、妻達は各々夫の体にしがみつく。体を舐める者、濡れる股を擦り付ける者、夫の手を取り胸を揉ませる者など様々であるが、総じて皆いつもより優しめというか、労りの気持ちが伝わる気がした。

「じゃ、よろしく」

 押し倒された夫の一物に跨る女。体躯は小柄で軽く、膣は浅く狭かった。また太く硬めの尻尾?が腿に当たったのを感じた。これらの特徴から一番手はクレアだろう。
 倒れた体の下に敷かれたモフモフとした温かい毛皮の感触に対して、揉まされた胸は冷たい。右足に擦り付けられる両腿は筋肉質で、キスした時に挿し込まれる舌はちょっとザラザラしている。これらの特徴から、各人が何処で何をやっているか分かった。
 ただし、サキュバス属の三人はまだ出番でないのか、ちょっと寂しそうにこちらを見つめているだけなのが見えた。




















 ただでさえ先日の七戮将の攻撃で少なくない被害を被っていたレスカティエだが、この数日の戦闘でさらにボロボロになってしまった。超獣軍団は火砲、爆弾、ミサイルなどあらゆる最新兵器を投入した上、【インペリアルキャノン】は凄まじい威力を誇り、デルエラの尽力でなんとか都市への直撃は防いだものの、その周辺部は丸ごと吹き飛んだ。森は焼き払われ、山脈は吹き飛び、川は蒸発して陸地と化す有様であったのだ。
 魔物娘は基本的に鷹揚であり、戦った敵であろうと敬意を払い、自身が未婚で相手が好みならばそのまま押し倒そうとするほどだ。けれども、皇帝復活後のエンペラ帝国軍の暴虐ぶりはそんな彼女等ですら激しい怒りと深い憎しみを抱くほどに凶悪極まるものであった。
 そして、王魔界侵攻とMキラーザウルス奪還作戦を経て、一部の魔物娘達はついに我慢の限界が来てしまう。王魔界でさえ怨嗟の声に満ち、魔王軍の幹部にさえエンペラ帝国を殲滅すべきだという強硬論が出始めたのである。
20/03/23 02:38更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:レイブラッド・コア

 メフィラスとヤプールが共同で製作した、“救世主の遺産(セイヴァーズ・レガシー)”の一つ、レイブラッドの杖こと【ギガバトルナイザー】の模造品。ちょうどギガバトルナイザーから柄を取り除き、鎚部分だけを残してさらに三分の一程度の大きさに縮めたような見た目をしている。
 救世主の遺産はほぼ無尽蔵に魔力を生み出すという永久機関のような性質を持つが、レイブラッド・コアはこれを再現・量産しようとした試みの末に生まれた物。浮遊島はメフィラスの構築した魔術によって10,000mの高度に浮かんでいるが、その魔力を供給しているのもこのコアの内の一つである。エンペラ帝国崩壊後、主に軍事面での利用のため研究が開始された。しかし現代においても完成度はオリジナルの出力の5%程度の物しか造れず、作る際のコストも莫大である。それでも数百年の期間である程度の量産に成功しており、浮遊島の中枢部だけでなく、グローザムやMキラーザウルスにも動力源として搭載されている。
 尚、オリジナルの5%という値は一見低いものに思えるが、そもそも大本の魔力量が常識外れに大きいだけであり、その程度の完成度の劣化品でも常時浮遊島を浮かせ続けるだけの魔力は生み出す事が出来る。ただし、レイブラッド・コア自体はあくまで『最大でギガバトルナイザーの魔力総量の5%分を取り出せる魔力炉』でしかなく、大本が持つ摩訶不思議な能力の数々までは再現されていない。
 ちなみに、救世主の遺産を再現しようという試み自体はメフィラス達以前にもあり、その努力の結晶は世界のあちこちにあるという。ただし、完成度自体はレイブラッド・コアに劣るどころか、再現という言葉すらおこがましいほどに低レベルな代物がほとんどで、一般的な魔導具程度の力しかない。もっとも、救世主の子孫を自称する家系の中には数%程度の完成度の贋作を持つものもあるという。

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