ファラオと息子
とある砂漠で、かつて太陽の王ファラオと冥界の毒蛇アポピスの戦いがあった。しかし激戦の末にファラオの軍勢は敗れ、ファラオとその夫はアポピスの牙にかかり、彼女の支配下に置かれてしまう。
だが敗北の直前、ファラオとその夫は一人娘のメシェネトを逃がしていた。彼女は軍勢をかい潜り、暗黒魔界と化した砂漠から一人逃げ延びたのである。
それからやがて三十年余りが経った。メシェネトは美しいファラオへと成長し、自らの魔力によって湧き出したオアシスを治める王となっていた。
初めは砂漠の一角に湧いた小さな泉ではあったが、それは段々と大きくなり、やがては水を求める人々と魔物娘が集まって集落が出来た。そして今や都市と呼べるほどのものとなり、四方から交易のための商人を始め、人と物の出入りも盛んになった。
治める民を持たぬ孤独な彼女であったが、今ではこの繁栄した都市に君臨する女王である。メシェネトはようやく母と同じ偉大な統治者となりつつあったのだ。
そんなメシェネトであったが、未だ寄り添う伴侶を持たぬ独り身である。有り余る美しさを持ちながら、それを受け止めてくれる相手に幸か不幸か未だ出会ってはいなかった。
ただし、彼女に今のところ不満は無い。彼女に夫はおらぬが、『愛しい息子』は既にいるのだから。
「ただいま、母様」
「おかえりなさい、トーヴ」
メシェネトの暮らす煉瓦と石で出来た宮殿。その玉座に座るファラオの前に現れた、このまだあどけなさの残る『白い肌で濃い茶髪』の美しい少年の名はトーヴ。
十二年前のある日の昼間、ファラオが河の側を供の魔物娘達と歩いていた時、葦で編んだ籠に乗せられて河を流れてきた赤ん坊の彼を見つけたのである。このままではその内溺死するかワニの餌になるのは確実だったため、ファラオ達は慌てて彼を助けた。
そのようにしてどうにか助かったものの、彼女の胸に抱かれた赤ん坊は大声で泣いた。そんな赤子の声に心を揺り動かされたのか、彼の境遇をメシェネトは哀れみ、その両親に憤慨した。
そして、同情した彼女は彼を引き取って自らの子として育てる事にしたのである。
「今日はどんな風に遊んだのかな? 後でお話を聞かせてね」
「はい!」
穏やかに微笑むファラオに元気良く返事をするトーヴ。
二人に血の繋がりは無いが、今では実の親子同様の絆で結ばれている。その仲の良さは部下のマミーやアヌビスらにも羨ましがられていた。
また、未だメシェネトの心の片隅で燻り続ける故郷の滅亡への悲しみを、彼が癒してくれていたのだった。
「………………」
だが、傍らに侍るアヌビスのメティトは薄々だが気付いてはいた。
トーヴを見つめる母の顔は、段々と“女の顔”に変わってきていた。少年は母の心を癒すと同時に、血の繋がりの無い若い牡の体で無意識に母を誘惑してしまっていたのだ。
(何も起きなければ良いのだけれど……)
メティトはそんな二人にどこか危うさを感じていた。彼女自身、主もその息子も尊び、また大事に思うが故だ。
無論、メシェネトは体目当てでトーヴ少年を養育しているのではない。彼女は誠実に母であろうとし、いずれトーヴを“王”として相応しい男に育てようと努力している。
だがそんなファラオでも、魔物娘としての本能には抗いがたいようでもあった。このアヌビスの見る限り、“女の眼”で彼女が息子を見つめているのをしばしば目撃しているからだ。
血の繋がりの無い息子であると同時に、唯一身近にして心を交わす少年。その関係を弁えていても、やがては心だけでなく体もまた繋がり、交わりたいと思うのは不思議ではない。
しかし、もし一線を越えてしまえば、二人の関係は永遠に変わってしまう。少なくとも、普通の母と子ではいられないだろう。
それを本人達が受け容れるか、あるいは幸福に思うかはその時にならねば分からない。そして親子の愛情がこの先男女の愛情に変わるか否かはこのアヌビスにも、本人達にも分からないだろう。
「今日もいっぱい遊んだんだー」
「ふふ、皆で魚を釣るのは楽しかった?」
夕食が済んだ後、メシェネトとトーヴは二人で風呂に入り、一日の疲れを癒していた。
浴室は広さこそそこまでではないが、さすがにファラオ用の浴室だけあり、所々黄金や精緻な装飾で飾られた、贅を尽くした凝った造りとなっている。
もっとも、メシェネトとトーヴの関係はあくまで母と子。故に一般の魔物娘の上流階級にありがちな、風呂場での性交を最優先に考えた構造ではない。
風呂の湯もただの熱湯で、魔界の水や性欲を高める薬などは一切入っていない。そのため、ここはあくまで『贅沢な風呂』でしかない。
「うん! 三人一緒でこーんな大きい魚をね!」
「……」
だがそれでも、母の心は段々と魔物娘の本能に蝕まれつつあった。
そのため、『三人』という息子の嬉しそうな言葉に反応し、微かに顔から笑みが消えたのだ。
「…スフィンクスのエムシェレとグールのキフィ?」
「そうだよ。今ボクが一番仲の良い友達!」
そう母に語る少年の顔は純真そのもの。例えその友達が魔物娘であっても、魔物娘に囲まれて育ったトーヴは一切偏見を持たないし、殊更意識する事は無い。
ファラオの息子である事を差し引いても、彼は友人に恵まれている。人であろうと魔物娘であろうと差別しないのはもちろん、快活で誰であろうと分け隔てなく接するからであろうか。
「……」
しかし、最初こそ母は息子が友情を育む事を大いに喜んでいたが、最近はそうでもなくなっていた。
男の子と親しくなるのはかまわない。だが、女の子は違う。
トーヴの口から親しくなった魔物娘の名が語られる度、母の心は何故か締めつけられるようになっていた。
(最近、この子に悪い虫が付くようになってきたわね…)
「?」
長く美しい黒髪を丹念に洗いながら、時折湯船に浸かるトーヴを心配そうに見つめるメシェネト。だが、彼に友達を選べとは言えないし、言ったところで聞くはずもない。
彼は人を疑う事を知らず、だからこそ付き合いのある魔物娘の少女の何人かが持つ薄汚れた下心には気づかないだろう。
(やはり監視すべきだった)
穢らわしい雌豚どもを息子に近づけたくない。故に本来なら供の何人かを付けるべきなのだろうが、それも信用出来ない。魔物娘は少女ですら肉欲に満ちているのだから、大人は尚更である。
この子は警戒心が無く、それでいて純真無垢な心と穢れなき体は、魔物娘にとって大いに眩しいもの。誰も手を付けていない御馳走が目の前にあった時、彼女等の薄い理性はいつ切れてもおかしくはない。
そのため、近々メシェネト自身が魔術を用いて監視をしようと思い立っていたのだが、都市の統治者としての務めでそこまで暇が無いのが悩みであった。
「母様、いつも髪洗うの長いねー」
ファラオがそんな風に思いを巡らせている中、息子は長く湯船に浸かっているのに飽きたらしく、ふと母に語りかける。
「ふふ、女にとって髪は命なの。だから丁寧に洗わないとね」
「ふ〜ん」
そんな事を考えていたとは悟らせないよう、湯船の息子の方へ微笑みかけるメシェネト。
体を洗うのに大した時間はかからないが、腰まである長い黒髪の方は別であり、特製の石鹸で毎日丹念に洗っている。
「……」
そんな母をぼーっと見つめていたトーヴだが、
「ボクが手伝おうか?」
「え?」
何気ない優しさか、それともただ単に長風呂に飽きたのか。母にそう申し出たのである。
「そうねぇ、助かるわぁ。お願いね?」
「うん」
母も悪い気はしなかったらしく、笑顔の二つ返事で承諾する。浴槽から上がった息子は風呂椅子を持って母の後ろに座り、石鹸を泡立て始めた。
「トーヴ、大きくなったわね…」
「えー、そうかなぁ? 分かんないや」
天真爛漫なトーヴは別に自身の成長など大して気にしていないらしく、母の髪を洗っているのもあって、てきとうな返事をする。
「えぇ、そうよ。本当に立派になって…」
そして、だからこそ母の表情の変化に気づかなかった。もちろん、母の言葉が自身の身長でなく股間にぶら下がる物の事を指し、あまつさえ二人の前の鏡に映ったそれを、発情した顔で物欲しそうに眺めていたという事もだ。
「……」
つい頬を染めて舌なめずりし、ゴクリと喉を鳴らすメシェネト。
その様はたまらなく艶っぽいのだが、このファラオの豊富な毛髪が邪魔で、鏡に映った艶姿も息子の方からは見えなかった。
「うーん…」
まさか母がそんな邪な感情を自らに抱いているなど露知らず、トーヴは母の髪を一生懸命洗っている。しかし、それはそれで幸いな事と言えるだろう。
「髪が終わったら背中も洗ってくれる?」
「うん」
このまだ幼い少年にとって、メシェネトは美しいといえどもあくまで育ての親。敬愛はすれども恋心は無く、その豊満で妖艶な肢体にも欲情した事は無い。
だが、ファラオの方は違う。まだ母としての思いやり、自制心は生きていたが、それを魔物娘としての本能が侵蝕しつつあった。
その結果、口には出さぬものの、自分以外の女が息子に近寄る事を無意識に嫌がるようになった。
もっとも、今はここまでで済んでいる。だがいつ理性のタガが外れ、息子を襲うかは分からないのだ。
「んっ……あっ…ハァン……」
母と息子の寝る真夜中の寝室に、似つかわしくない艶っぽい声が時折響く。
「ズズズズ……」
「あぁっ……上手よぉ……♥」
右のベッドでは息子が寝息を立てて眠っている。時折寝返りを打つが、目立つ事はせいぜいそのぐらいである。
一方、左のベッドに寝る母だが、彼女は深夜にもかかわらず眠ってはいない。いやそれどころか、息子が隣で寝ておりながら、なんと自慰に耽っていた。
「そう、そこをいじってぇ……母様はそこが感じるのよぉ…♥」
風呂場で息子の逸物を目にしてしまった事、また背中を洗わせた際に何度も触れられた事。そのせいで理性の下に隠された淫らな本性をいよいよ抑えきれなくなってしまったのだ。
しかし、それでもまだギリギリの所で理性が勝っていたので、メシェネトは禁忌を犯すのは躊躇った。
確かにトーヴの体は魅力的だ。日に日に淫らな気持ちが増していく。
けれども、そんな邪な気持ちであの日赤子だった彼を助けたのではない。彼を救いたいという気持ちも、引き取って一人前の大人に育てようと決意も全て本物だった。
だが、この体の火照りもまた本物だ。息子に肉の交わりを望む罪悪感を感じながらも、同時に背徳感もまた感じてしまい、かえって秘裂を弄る指の動きに激しさと快感を増してしまっていた。
「あぁっ、トーヴ、トーヴ!! 私の愛しい坊や!!
私の心も体も貴方の物なの!! だから母様の淫らな穴を貴方の逞しい物でいっぱい突いて!! 滅茶苦茶に犯してッ!!」
魔術で防音結界を作ったのをいいことに、メシェネトは淫らな告白を寝ている息子にぶちまける。
ベッドのシーツを愛液が濡らし、大きな染みを作って尚、ファラオの指は止まらない。秘裂だけでなく、充血して大きくなった陰核と大きな両乳房を弄りながら、届きはしない許されざる告白を叫び続けた。
「あぁ、坊や!! そうよ、中に射精してぇ!! 母様に貴方の子どもを孕ませて欲しいのぉ!!!!」
だが、それも長くは続かない。自分の指を息子の逸物に見立て、まだ膜の残る穴に出し入れしていたが、やがて限界が来る。
「んはああァッッ!! イクゥゥゥゥ!!!!」
ついにファラオは絶頂に達して体を痙攣させ、掻き混ぜられて濡れそぼった淫らな秘裂は突っ込まれた自身の指をきつく締めつける。
「ハァッ、ハァッ……」
火照った体と疼く子宮は、ようやく落ち着きつつあった。そうして、汗とブチ撒かれた愛液によってビショビショになったシーツの上で、ファラオはぼんやりと天井を見つめる。
「あぁ……私はまたこんな事を……! 息子に、愛しい息子にこんな淫らな気持ちを抱いてしまうなんて……っ!」
肉欲が収まったと同時に、メシェネトの中には大きな後悔が生まれる。
本来の彼女は愛しい息子に肉欲を抱く事すら許さないほどに潔癖で誇り高く、だからこそ最近生まれつつあった『もう一人の自分』に悩み、恐れていた。
トーヴを拾い、育てたのは純粋な慈しみからであり、性欲のはけ口にしようとしたからでは決してない。それを彼女は誇りとし、自分の心に刻みつけていた。
だが、魔物娘としての本能はそんな彼女の誇りを侵しつつあり、今では否が応でも彼の体を求めてしまう。そんな自らの変化にファラオは戸惑い、恐れていたのだが、どうにもならなくありつつあったのだ。
このように、母としての己と、魔物娘としての己に葛藤するメシェネト。
トーヴを拾った時は、ただ彼の健やかな成長と、一人の人間として大成する事を望んでいただけである。だから、まさかこのような事に悩むと思ってはいなかった。独り身であるが故に、彼女は己の淫らさを自覚してはいなかったのだ。
もちろん、彼女の本心はトーヴ少年の妻でなく、母としてありたかった。息子と共に暮らすこの平穏な日々を彼女は十二分に楽しんでおり、だからこそそれを破壊したくなかったのだ。
「やぁーっ!」
まだ遊びたい盛りのトーヴであるが、養子とはいえ王子故、さすがに毎日遊ばせるわけにはいかない。
王族として時には勉強、または武芸の鍛錬を積む事もある。そして今日は河原においてメティトに剣の手ほどきを受けている。
段々と周りの部下を疑うようになってきたメシェネトだが、メティトだけは別であった。彼女はファラオの側近にして、まだこの都市が小さかった頃から主君を支えてきた功労者である。
性格も冷静沈着にして真面目であり、メシェネトには一番間違いを犯さないと見られていた。
ファラオの能力として、『どんな相手であろうと命令を聞かせられる』というものがある。だが、このアヌビスはそんな物を使わなくとも、メシェネトの期待を裏切ったりはしないだろう。
「甘い!」
「あうっ!」
気合と共に木剣を振り下ろすトーヴ少年。しかし、力任せな太刀筋では通じようはずもなく、アヌビスが水平に構えた金属の杖に当たって跳ね返されひっくり返ってしまう。
「王子、これでは木切れを振り回すのと同じです。剣を振るのに大事なのは力だけではありませんよ」
まだ幼い王子はただ力任せに剣を振っているため、その愚を諭すアヌビス。
華奢で身長も低いトーヴが力任せに木剣を振ったところでどうしようもない。力の無さを補うために“技”を学ばねばならないのだ。
「そうなの?」
「はい」
アヌビスは微笑んで頷くが、トーヴの方はあまり解っていない様子であった。
もっとも、今解らずとも遅かれ早かれ自覚するだろう。この王子は素直であり、向上心もあるからだ。
「さぁ、稽古を続けましょう」
「うん!」
元気良く返事し、トーヴは木剣を持って立ち上がるが――
「あれ、誰かこっちを見てるよ?」
そこでトーヴは二人の稽古を眺める見物人がいるのに気が付く。
「ん?」
アヌビスはそんな王子の言葉に釣られて後ろを振り向くと、
「えいっ!」
「のわがッ!?」
途端にトーヴの木剣が頭に振り下ろされ、メティトは頭を抑えて蹲る。
「王子! こういう真似をするなと教えたはずでしょう!!」
すぐに起き上がり、再びこちらを向いたアヌビスはさすがに怒り、目を吊り上げてトーヴを叱った。
「えー、だって見ている人がいたのは本当だよ?」
しかし反省するどころか、トーヴは自分の言った事は間違っていないとばかりにむくれる。
「ほら、あそこに」
「……」
メティトは賢いアヌビスだった。再び王子がそんな真似をしないよう、木剣を取り上げて後ろを振り返ったのである。
「あれ? いないや」
しかし、件の人物は既にいなくなっていた。結局、この場にいるのは王子とアヌビスの二人だけである。
「………………」
だが、そこでアヌビスは何かに気づく。違和感というか、薄っすらと気になるものがあった。
「見て参ります」
慌ててトーヴが示した場所まで走り、匂いを嗅いで調べると確かに誰かいた事が分かる。
「これは…」
僅かだが魔力の痕跡がある以上、人間でなく魔物娘だ。だが、知らない匂いだった。少なくとも、メティトが出会った事のある種族ではない。
しかし、そこには爬虫類特有の生臭さもあったため、その系統の種族であろう事は分かった。
だが、それ以上に気になるのが、その女が発情していると同時に何らかの“悪意”を抱いている事だ。匂いからも魔力からも、それが伝わってくる。
「うわぁ!」
「! 王子!?」
探っている内に、後ろから王子の悲鳴が響く。振り返ると、なんとトーヴが何者かによって抱きしめられていた。
「は、放して!!」
「♥」
その姿からして、メティトもトーヴも初めて見る魔物娘だった。
下半身が蛇体なのでラミア属のようだが、下半身は普通のラミアと違って紫がかった黒である。また、上半身の女体も同じく菫色であり、目も黒地に金という不気味なものだ。
「狼藉者め! 王子を放せ!」
女は嫌がるトーヴを抱きしめると共に、長い舌を彼の首筋に這わせ、右手をズボンの中に突っ込み、中の逸物を弄り始める。
そんな王子を救うべく金属の杖を持ち、メティトは女に襲いかかるも――
「かはっ…!!」
女は王子に巻きつけていた蛇体を瞬時に解き、その強烈な尻尾の一撃をアヌビスの胴体に叩き込む。
まともに喰らったメティトは吹っ飛び、地面に叩きつけられて転がった。
「うぅ…」
「メティト!」
武芸の師匠がこうも簡単に倒され、呻き声をあげる姿に、王子は信じられないといった様子で叫んだ。
「お楽しみの邪魔をしないでよ、犬っころ」
無力化した以上興味はないといった様子で女は吐き捨て、その金色の瞳と淫欲を再び少年に向ける。
「さぁ、続きをしましょう♥」
邪魔者は消えた以上、早速女はトーヴと繋がろうとするが――
「あうっ!?」
無防備な背中に火球の一撃を喰らう。それでも人間とは違って綺麗で頑丈な肌には火傷を負っただけだ。
「はぁっ…はぁっ……」
「………………」
倒したと思っていたアヌビスの思わぬ抵抗に、女は怒りを覚える。
「! フフ…」
しかし、何か思いついたらしく、女は残忍な笑みを浮かべてメティトを見下ろす。
「あうっ!」
女は少年を蛇体より解放し、代わりにアヌビスの体に巻き付けて持ち上げる。
「お、王子…逃げて」
それでもメティトは自らの危機を顧みず、トーヴに逃げるよう促す。
「い、いやだ! メティトを置いて逃げられない!」
しかし、悪い事に王子は逃げようとしなかった。長年の付き合いの母の家臣を見捨てる事が出来なかったのだ。
「良い子ね、あの坊やも……」
犬っころ一匹見捨てて逃げれば助かるかもしれないのに。そんな二人の絆を皮肉り、嘲笑う女はアヌビスの首筋に舌を這わせ――
「ああああっ!」
牙を突き立て、毒を打ち込んだ。アヌビスはその毒の熱さ、また何処かむず痒い感覚と快楽によって声を上げる。
「メティトッ!!」
涙目で絶叫するトーヴ。
「あっ……あっ……」
「フフ……」
意識が朦朧とし、呂律が回らなくなるアヌビス。女は蛇体から彼女を解放すると、待ちに待った御馳走の方を見やる。
「あんなの放っておけばいいわ。それよりも、おねえさんとイイコトしましょ♥」
「う…うわああああああ!!!!」
ここで恐怖に駆られ、ついに少年は背を向けて逃げ出すも、既に遅かった。
「もう手遅れ♥ 犬っころが捕まってる時に逃げれば良かったのに、おバカさぁん♥」
少年の足よりも蛇体は素早く動き、あっという間に回り込み、彼を抱きしめるのに時間はかからなかった。
「い、いやだ……! やめてよっ!!」
「お断り♥ さぁ、坊や……貴方は私の物になるのよ♥」
涙を浮かべる少年の懇願も、この蛇女には届かなかった。邪悪なその牙は無慈悲にも彼の首筋に突き立てられ、毒を打ち込んだのだ。
だが敗北の直前、ファラオとその夫は一人娘のメシェネトを逃がしていた。彼女は軍勢をかい潜り、暗黒魔界と化した砂漠から一人逃げ延びたのである。
それからやがて三十年余りが経った。メシェネトは美しいファラオへと成長し、自らの魔力によって湧き出したオアシスを治める王となっていた。
初めは砂漠の一角に湧いた小さな泉ではあったが、それは段々と大きくなり、やがては水を求める人々と魔物娘が集まって集落が出来た。そして今や都市と呼べるほどのものとなり、四方から交易のための商人を始め、人と物の出入りも盛んになった。
治める民を持たぬ孤独な彼女であったが、今ではこの繁栄した都市に君臨する女王である。メシェネトはようやく母と同じ偉大な統治者となりつつあったのだ。
そんなメシェネトであったが、未だ寄り添う伴侶を持たぬ独り身である。有り余る美しさを持ちながら、それを受け止めてくれる相手に幸か不幸か未だ出会ってはいなかった。
ただし、彼女に今のところ不満は無い。彼女に夫はおらぬが、『愛しい息子』は既にいるのだから。
「ただいま、母様」
「おかえりなさい、トーヴ」
メシェネトの暮らす煉瓦と石で出来た宮殿。その玉座に座るファラオの前に現れた、このまだあどけなさの残る『白い肌で濃い茶髪』の美しい少年の名はトーヴ。
十二年前のある日の昼間、ファラオが河の側を供の魔物娘達と歩いていた時、葦で編んだ籠に乗せられて河を流れてきた赤ん坊の彼を見つけたのである。このままではその内溺死するかワニの餌になるのは確実だったため、ファラオ達は慌てて彼を助けた。
そのようにしてどうにか助かったものの、彼女の胸に抱かれた赤ん坊は大声で泣いた。そんな赤子の声に心を揺り動かされたのか、彼の境遇をメシェネトは哀れみ、その両親に憤慨した。
そして、同情した彼女は彼を引き取って自らの子として育てる事にしたのである。
「今日はどんな風に遊んだのかな? 後でお話を聞かせてね」
「はい!」
穏やかに微笑むファラオに元気良く返事をするトーヴ。
二人に血の繋がりは無いが、今では実の親子同様の絆で結ばれている。その仲の良さは部下のマミーやアヌビスらにも羨ましがられていた。
また、未だメシェネトの心の片隅で燻り続ける故郷の滅亡への悲しみを、彼が癒してくれていたのだった。
「………………」
だが、傍らに侍るアヌビスのメティトは薄々だが気付いてはいた。
トーヴを見つめる母の顔は、段々と“女の顔”に変わってきていた。少年は母の心を癒すと同時に、血の繋がりの無い若い牡の体で無意識に母を誘惑してしまっていたのだ。
(何も起きなければ良いのだけれど……)
メティトはそんな二人にどこか危うさを感じていた。彼女自身、主もその息子も尊び、また大事に思うが故だ。
無論、メシェネトは体目当てでトーヴ少年を養育しているのではない。彼女は誠実に母であろうとし、いずれトーヴを“王”として相応しい男に育てようと努力している。
だがそんなファラオでも、魔物娘としての本能には抗いがたいようでもあった。このアヌビスの見る限り、“女の眼”で彼女が息子を見つめているのをしばしば目撃しているからだ。
血の繋がりの無い息子であると同時に、唯一身近にして心を交わす少年。その関係を弁えていても、やがては心だけでなく体もまた繋がり、交わりたいと思うのは不思議ではない。
しかし、もし一線を越えてしまえば、二人の関係は永遠に変わってしまう。少なくとも、普通の母と子ではいられないだろう。
それを本人達が受け容れるか、あるいは幸福に思うかはその時にならねば分からない。そして親子の愛情がこの先男女の愛情に変わるか否かはこのアヌビスにも、本人達にも分からないだろう。
「今日もいっぱい遊んだんだー」
「ふふ、皆で魚を釣るのは楽しかった?」
夕食が済んだ後、メシェネトとトーヴは二人で風呂に入り、一日の疲れを癒していた。
浴室は広さこそそこまでではないが、さすがにファラオ用の浴室だけあり、所々黄金や精緻な装飾で飾られた、贅を尽くした凝った造りとなっている。
もっとも、メシェネトとトーヴの関係はあくまで母と子。故に一般の魔物娘の上流階級にありがちな、風呂場での性交を最優先に考えた構造ではない。
風呂の湯もただの熱湯で、魔界の水や性欲を高める薬などは一切入っていない。そのため、ここはあくまで『贅沢な風呂』でしかない。
「うん! 三人一緒でこーんな大きい魚をね!」
「……」
だがそれでも、母の心は段々と魔物娘の本能に蝕まれつつあった。
そのため、『三人』という息子の嬉しそうな言葉に反応し、微かに顔から笑みが消えたのだ。
「…スフィンクスのエムシェレとグールのキフィ?」
「そうだよ。今ボクが一番仲の良い友達!」
そう母に語る少年の顔は純真そのもの。例えその友達が魔物娘であっても、魔物娘に囲まれて育ったトーヴは一切偏見を持たないし、殊更意識する事は無い。
ファラオの息子である事を差し引いても、彼は友人に恵まれている。人であろうと魔物娘であろうと差別しないのはもちろん、快活で誰であろうと分け隔てなく接するからであろうか。
「……」
しかし、最初こそ母は息子が友情を育む事を大いに喜んでいたが、最近はそうでもなくなっていた。
男の子と親しくなるのはかまわない。だが、女の子は違う。
トーヴの口から親しくなった魔物娘の名が語られる度、母の心は何故か締めつけられるようになっていた。
(最近、この子に悪い虫が付くようになってきたわね…)
「?」
長く美しい黒髪を丹念に洗いながら、時折湯船に浸かるトーヴを心配そうに見つめるメシェネト。だが、彼に友達を選べとは言えないし、言ったところで聞くはずもない。
彼は人を疑う事を知らず、だからこそ付き合いのある魔物娘の少女の何人かが持つ薄汚れた下心には気づかないだろう。
(やはり監視すべきだった)
穢らわしい雌豚どもを息子に近づけたくない。故に本来なら供の何人かを付けるべきなのだろうが、それも信用出来ない。魔物娘は少女ですら肉欲に満ちているのだから、大人は尚更である。
この子は警戒心が無く、それでいて純真無垢な心と穢れなき体は、魔物娘にとって大いに眩しいもの。誰も手を付けていない御馳走が目の前にあった時、彼女等の薄い理性はいつ切れてもおかしくはない。
そのため、近々メシェネト自身が魔術を用いて監視をしようと思い立っていたのだが、都市の統治者としての務めでそこまで暇が無いのが悩みであった。
「母様、いつも髪洗うの長いねー」
ファラオがそんな風に思いを巡らせている中、息子は長く湯船に浸かっているのに飽きたらしく、ふと母に語りかける。
「ふふ、女にとって髪は命なの。だから丁寧に洗わないとね」
「ふ〜ん」
そんな事を考えていたとは悟らせないよう、湯船の息子の方へ微笑みかけるメシェネト。
体を洗うのに大した時間はかからないが、腰まである長い黒髪の方は別であり、特製の石鹸で毎日丹念に洗っている。
「……」
そんな母をぼーっと見つめていたトーヴだが、
「ボクが手伝おうか?」
「え?」
何気ない優しさか、それともただ単に長風呂に飽きたのか。母にそう申し出たのである。
「そうねぇ、助かるわぁ。お願いね?」
「うん」
母も悪い気はしなかったらしく、笑顔の二つ返事で承諾する。浴槽から上がった息子は風呂椅子を持って母の後ろに座り、石鹸を泡立て始めた。
「トーヴ、大きくなったわね…」
「えー、そうかなぁ? 分かんないや」
天真爛漫なトーヴは別に自身の成長など大して気にしていないらしく、母の髪を洗っているのもあって、てきとうな返事をする。
「えぇ、そうよ。本当に立派になって…」
そして、だからこそ母の表情の変化に気づかなかった。もちろん、母の言葉が自身の身長でなく股間にぶら下がる物の事を指し、あまつさえ二人の前の鏡に映ったそれを、発情した顔で物欲しそうに眺めていたという事もだ。
「……」
つい頬を染めて舌なめずりし、ゴクリと喉を鳴らすメシェネト。
その様はたまらなく艶っぽいのだが、このファラオの豊富な毛髪が邪魔で、鏡に映った艶姿も息子の方からは見えなかった。
「うーん…」
まさか母がそんな邪な感情を自らに抱いているなど露知らず、トーヴは母の髪を一生懸命洗っている。しかし、それはそれで幸いな事と言えるだろう。
「髪が終わったら背中も洗ってくれる?」
「うん」
このまだ幼い少年にとって、メシェネトは美しいといえどもあくまで育ての親。敬愛はすれども恋心は無く、その豊満で妖艶な肢体にも欲情した事は無い。
だが、ファラオの方は違う。まだ母としての思いやり、自制心は生きていたが、それを魔物娘としての本能が侵蝕しつつあった。
その結果、口には出さぬものの、自分以外の女が息子に近寄る事を無意識に嫌がるようになった。
もっとも、今はここまでで済んでいる。だがいつ理性のタガが外れ、息子を襲うかは分からないのだ。
「んっ……あっ…ハァン……」
母と息子の寝る真夜中の寝室に、似つかわしくない艶っぽい声が時折響く。
「ズズズズ……」
「あぁっ……上手よぉ……♥」
右のベッドでは息子が寝息を立てて眠っている。時折寝返りを打つが、目立つ事はせいぜいそのぐらいである。
一方、左のベッドに寝る母だが、彼女は深夜にもかかわらず眠ってはいない。いやそれどころか、息子が隣で寝ておりながら、なんと自慰に耽っていた。
「そう、そこをいじってぇ……母様はそこが感じるのよぉ…♥」
風呂場で息子の逸物を目にしてしまった事、また背中を洗わせた際に何度も触れられた事。そのせいで理性の下に隠された淫らな本性をいよいよ抑えきれなくなってしまったのだ。
しかし、それでもまだギリギリの所で理性が勝っていたので、メシェネトは禁忌を犯すのは躊躇った。
確かにトーヴの体は魅力的だ。日に日に淫らな気持ちが増していく。
けれども、そんな邪な気持ちであの日赤子だった彼を助けたのではない。彼を救いたいという気持ちも、引き取って一人前の大人に育てようと決意も全て本物だった。
だが、この体の火照りもまた本物だ。息子に肉の交わりを望む罪悪感を感じながらも、同時に背徳感もまた感じてしまい、かえって秘裂を弄る指の動きに激しさと快感を増してしまっていた。
「あぁっ、トーヴ、トーヴ!! 私の愛しい坊や!!
私の心も体も貴方の物なの!! だから母様の淫らな穴を貴方の逞しい物でいっぱい突いて!! 滅茶苦茶に犯してッ!!」
魔術で防音結界を作ったのをいいことに、メシェネトは淫らな告白を寝ている息子にぶちまける。
ベッドのシーツを愛液が濡らし、大きな染みを作って尚、ファラオの指は止まらない。秘裂だけでなく、充血して大きくなった陰核と大きな両乳房を弄りながら、届きはしない許されざる告白を叫び続けた。
「あぁ、坊や!! そうよ、中に射精してぇ!! 母様に貴方の子どもを孕ませて欲しいのぉ!!!!」
だが、それも長くは続かない。自分の指を息子の逸物に見立て、まだ膜の残る穴に出し入れしていたが、やがて限界が来る。
「んはああァッッ!! イクゥゥゥゥ!!!!」
ついにファラオは絶頂に達して体を痙攣させ、掻き混ぜられて濡れそぼった淫らな秘裂は突っ込まれた自身の指をきつく締めつける。
「ハァッ、ハァッ……」
火照った体と疼く子宮は、ようやく落ち着きつつあった。そうして、汗とブチ撒かれた愛液によってビショビショになったシーツの上で、ファラオはぼんやりと天井を見つめる。
「あぁ……私はまたこんな事を……! 息子に、愛しい息子にこんな淫らな気持ちを抱いてしまうなんて……っ!」
肉欲が収まったと同時に、メシェネトの中には大きな後悔が生まれる。
本来の彼女は愛しい息子に肉欲を抱く事すら許さないほどに潔癖で誇り高く、だからこそ最近生まれつつあった『もう一人の自分』に悩み、恐れていた。
トーヴを拾い、育てたのは純粋な慈しみからであり、性欲のはけ口にしようとしたからでは決してない。それを彼女は誇りとし、自分の心に刻みつけていた。
だが、魔物娘としての本能はそんな彼女の誇りを侵しつつあり、今では否が応でも彼の体を求めてしまう。そんな自らの変化にファラオは戸惑い、恐れていたのだが、どうにもならなくありつつあったのだ。
このように、母としての己と、魔物娘としての己に葛藤するメシェネト。
トーヴを拾った時は、ただ彼の健やかな成長と、一人の人間として大成する事を望んでいただけである。だから、まさかこのような事に悩むと思ってはいなかった。独り身であるが故に、彼女は己の淫らさを自覚してはいなかったのだ。
もちろん、彼女の本心はトーヴ少年の妻でなく、母としてありたかった。息子と共に暮らすこの平穏な日々を彼女は十二分に楽しんでおり、だからこそそれを破壊したくなかったのだ。
「やぁーっ!」
まだ遊びたい盛りのトーヴであるが、養子とはいえ王子故、さすがに毎日遊ばせるわけにはいかない。
王族として時には勉強、または武芸の鍛錬を積む事もある。そして今日は河原においてメティトに剣の手ほどきを受けている。
段々と周りの部下を疑うようになってきたメシェネトだが、メティトだけは別であった。彼女はファラオの側近にして、まだこの都市が小さかった頃から主君を支えてきた功労者である。
性格も冷静沈着にして真面目であり、メシェネトには一番間違いを犯さないと見られていた。
ファラオの能力として、『どんな相手であろうと命令を聞かせられる』というものがある。だが、このアヌビスはそんな物を使わなくとも、メシェネトの期待を裏切ったりはしないだろう。
「甘い!」
「あうっ!」
気合と共に木剣を振り下ろすトーヴ少年。しかし、力任せな太刀筋では通じようはずもなく、アヌビスが水平に構えた金属の杖に当たって跳ね返されひっくり返ってしまう。
「王子、これでは木切れを振り回すのと同じです。剣を振るのに大事なのは力だけではありませんよ」
まだ幼い王子はただ力任せに剣を振っているため、その愚を諭すアヌビス。
華奢で身長も低いトーヴが力任せに木剣を振ったところでどうしようもない。力の無さを補うために“技”を学ばねばならないのだ。
「そうなの?」
「はい」
アヌビスは微笑んで頷くが、トーヴの方はあまり解っていない様子であった。
もっとも、今解らずとも遅かれ早かれ自覚するだろう。この王子は素直であり、向上心もあるからだ。
「さぁ、稽古を続けましょう」
「うん!」
元気良く返事し、トーヴは木剣を持って立ち上がるが――
「あれ、誰かこっちを見てるよ?」
そこでトーヴは二人の稽古を眺める見物人がいるのに気が付く。
「ん?」
アヌビスはそんな王子の言葉に釣られて後ろを振り向くと、
「えいっ!」
「のわがッ!?」
途端にトーヴの木剣が頭に振り下ろされ、メティトは頭を抑えて蹲る。
「王子! こういう真似をするなと教えたはずでしょう!!」
すぐに起き上がり、再びこちらを向いたアヌビスはさすがに怒り、目を吊り上げてトーヴを叱った。
「えー、だって見ている人がいたのは本当だよ?」
しかし反省するどころか、トーヴは自分の言った事は間違っていないとばかりにむくれる。
「ほら、あそこに」
「……」
メティトは賢いアヌビスだった。再び王子がそんな真似をしないよう、木剣を取り上げて後ろを振り返ったのである。
「あれ? いないや」
しかし、件の人物は既にいなくなっていた。結局、この場にいるのは王子とアヌビスの二人だけである。
「………………」
だが、そこでアヌビスは何かに気づく。違和感というか、薄っすらと気になるものがあった。
「見て参ります」
慌ててトーヴが示した場所まで走り、匂いを嗅いで調べると確かに誰かいた事が分かる。
「これは…」
僅かだが魔力の痕跡がある以上、人間でなく魔物娘だ。だが、知らない匂いだった。少なくとも、メティトが出会った事のある種族ではない。
しかし、そこには爬虫類特有の生臭さもあったため、その系統の種族であろう事は分かった。
だが、それ以上に気になるのが、その女が発情していると同時に何らかの“悪意”を抱いている事だ。匂いからも魔力からも、それが伝わってくる。
「うわぁ!」
「! 王子!?」
探っている内に、後ろから王子の悲鳴が響く。振り返ると、なんとトーヴが何者かによって抱きしめられていた。
「は、放して!!」
「♥」
その姿からして、メティトもトーヴも初めて見る魔物娘だった。
下半身が蛇体なのでラミア属のようだが、下半身は普通のラミアと違って紫がかった黒である。また、上半身の女体も同じく菫色であり、目も黒地に金という不気味なものだ。
「狼藉者め! 王子を放せ!」
女は嫌がるトーヴを抱きしめると共に、長い舌を彼の首筋に這わせ、右手をズボンの中に突っ込み、中の逸物を弄り始める。
そんな王子を救うべく金属の杖を持ち、メティトは女に襲いかかるも――
「かはっ…!!」
女は王子に巻きつけていた蛇体を瞬時に解き、その強烈な尻尾の一撃をアヌビスの胴体に叩き込む。
まともに喰らったメティトは吹っ飛び、地面に叩きつけられて転がった。
「うぅ…」
「メティト!」
武芸の師匠がこうも簡単に倒され、呻き声をあげる姿に、王子は信じられないといった様子で叫んだ。
「お楽しみの邪魔をしないでよ、犬っころ」
無力化した以上興味はないといった様子で女は吐き捨て、その金色の瞳と淫欲を再び少年に向ける。
「さぁ、続きをしましょう♥」
邪魔者は消えた以上、早速女はトーヴと繋がろうとするが――
「あうっ!?」
無防備な背中に火球の一撃を喰らう。それでも人間とは違って綺麗で頑丈な肌には火傷を負っただけだ。
「はぁっ…はぁっ……」
「………………」
倒したと思っていたアヌビスの思わぬ抵抗に、女は怒りを覚える。
「! フフ…」
しかし、何か思いついたらしく、女は残忍な笑みを浮かべてメティトを見下ろす。
「あうっ!」
女は少年を蛇体より解放し、代わりにアヌビスの体に巻き付けて持ち上げる。
「お、王子…逃げて」
それでもメティトは自らの危機を顧みず、トーヴに逃げるよう促す。
「い、いやだ! メティトを置いて逃げられない!」
しかし、悪い事に王子は逃げようとしなかった。長年の付き合いの母の家臣を見捨てる事が出来なかったのだ。
「良い子ね、あの坊やも……」
犬っころ一匹見捨てて逃げれば助かるかもしれないのに。そんな二人の絆を皮肉り、嘲笑う女はアヌビスの首筋に舌を這わせ――
「ああああっ!」
牙を突き立て、毒を打ち込んだ。アヌビスはその毒の熱さ、また何処かむず痒い感覚と快楽によって声を上げる。
「メティトッ!!」
涙目で絶叫するトーヴ。
「あっ……あっ……」
「フフ……」
意識が朦朧とし、呂律が回らなくなるアヌビス。女は蛇体から彼女を解放すると、待ちに待った御馳走の方を見やる。
「あんなの放っておけばいいわ。それよりも、おねえさんとイイコトしましょ♥」
「う…うわああああああ!!!!」
ここで恐怖に駆られ、ついに少年は背を向けて逃げ出すも、既に遅かった。
「もう手遅れ♥ 犬っころが捕まってる時に逃げれば良かったのに、おバカさぁん♥」
少年の足よりも蛇体は素早く動き、あっという間に回り込み、彼を抱きしめるのに時間はかからなかった。
「い、いやだ……! やめてよっ!!」
「お断り♥ さぁ、坊や……貴方は私の物になるのよ♥」
涙を浮かべる少年の懇願も、この蛇女には届かなかった。邪悪なその牙は無慈悲にも彼の首筋に突き立てられ、毒を打ち込んだのだ。
19/03/25 00:40更新 / フルメタル・ミサイル
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