連載小説
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魔術師の女
 レミエルが勇者として育てるべくダイロ少年を引き取ってより一年ほど経った。その間にも二人は守護天使と勇者見習い、また師匠と弟子として絆を深め合い、毎日を過ごしている。

「やぁーっ!」

 勇者となるのには弛まぬ努力以外に近道は無い。そのため、今日もダイロは剣術のお稽古である。

「いいわよ、ダイロ。なかなか形になってきた」

 弟子の上達ぶりが嬉しくなり、稽古の最中でもつい顔をほころばせてしまうレミエル。
 以前は剣術の“け”の字も知らず、また字も知らないほどに学もなく、その上農民の子でありながら農作業にも苦労した貧弱な少年。同年代の子どもと喧嘩でもすれば、まず敵わず、一方的に叩きのめされたであろう。
 しかし驚くべき事に、そんな彼でも勇者の素質があった。まだ一年程度だが、それでも毎日鍛錬を積んだ事により、ようやく秘めた才が芽を出し始めた事を彼女は師匠として、そしてヴァルキリーとして心底喜んでいたのである。

「あなたが勇者になるのも、そう遠くはないわね」
「ホントに!?」
「隙アリ」
「あうっ!」

 その言葉を聞いて大喜びしてしまうダイロだが、その途端に隙をさらしてしまい、レミエルの棒切れが彼の頭頂部を叩く。
 哀れ、喜びが悲しみに変わってしまったダイロは蹲ってしまう。

「嬉しいとは思うけど、そのぐらいでいちいち隙をさらしていては駄目。実戦では少しの隙が、あなたの命を失わせる事になりかねないのよ」
「ご、ごめんなさい」

 見下ろすヴァルキリーの手厳しい指摘に、尻餅をついたままうなだれるダイロ少年。

「今は稽古中だからそれで済む。けれど、実戦では魔物に――」

 そこで彼女の脳裏には、愛しい少年が浅ましい魔物どもに打倒される姿が映る。
 彼の服は切り裂かれ、剥き出しとなった裸体に魔物の雌どもが襲いかかる。少年は抵抗もままならず、下劣で浅ましい魔物共にいいように犯され、汚し穢されていく。
 男の子の目から涙が溢れ、か細く許しの言葉を口にしても、魔物共は下卑た笑みを浮かべて自身の汚い愛液を彼の体へ塗りつけ、輪姦を続けるばかり。
 いつ終わるかも分からない、この地獄のような時――少年は組み敷かれ、代わる代わる自身を犯し、嬲りものにする魔物共を下から見上げ、そして絶望の中で祈るのだ。

(助けて……おねえちゃん…助けて!)
「……っ」

 ――所詮、これはただの幻覚に過ぎない。もちろん、それはレミエルも自覚している。しかし、将来起こりうるかもしれぬという現実的な可能性、そして生々しさがあった。
 愛しい愛しい少年が薄汚い魔物共に嬲られ、犯されるという、見るに耐えぬその光景。例え妄想、幻覚といえどもそれが許せず、彼女の美しい顔は一気に怒りに満ちた険しいものとなる。

「お、おねえちゃん?」
「…うぅん、嫌な事を思い出しただけよ」

 師匠の顔が急に怒りに満ちたものへと変わったのを察し、怯えた少年が恐る恐る声をかけた事でレミエルは我に返り、元の美しく穏やかな顔で彼に微笑みかける。

(私も焼きが回ったわね)

 目を瞑り、自身の変化を自嘲するレミエル。かつて、誇り高きヴァルキリーたる己がそんな事で心を乱されるなど無かった。
 しかし、愛しいダイロが薄汚い魔物に穢されるなど、例え想像の中だけでも我慢ならない。最近は殊更にそう思うようになった。

「私はあなたが魔物に倒される事なんて想像したくないの。さっきのはそういう事よ?」
「おねえちゃん…」

 そう言って微笑むヴァルキリーに少年は目を潤ませて感激し、思慕の念をますます強くした。
 親代わり姉代わりにして恋い慕う彼女が自身を愛してくれる事は、この少年にとっては何よりも嬉しく、誇りに思える事であったのだ。

(ダイロ、私の可愛い坊や……あなたを魔物になんて穢させない、犯させない)

 しかし、まだ幼さの残る少年は気づいていなかった。

(いいえ、人間の女だってダメよ。あんな薄汚い欲望にまみれた不細工で浅ましい連中なんか、貴方には釣り合わない)

 愛おしそうに彼を見つめるレミエルの瞳が、初めて会った頃より濁っていた事に。

(でも安心して? 人間でも魔物でも、あなたに色目を使う愚か者がいたら……私がみ〜んな八つ裂きにしてあげる)

 ――彼に抱く愛が深く、暗く、歪み、そして狂気の入り混じったものであった事に。










「〜♪」

 その翌日、食糧と日用品の買い出しのために、ダイロは二人の家から一番近くにある街へとやって来ていた。
 読み書きに稽古の毎日であるが、それ故にたまには息抜きも必要だろうとレミエルは休みをくれる事がある。今日がまさにその日だった。
 ダイロは自身の村を離れて一年余り経つが、普段はレミエルと共に家にいる事がほとんどだった。確かに、常に一緒にいれば目が届き、“悪い虫”が付くことも防げるが、同時に彼が世間知らずのまま大人になってしまうのはよろしくない…とレミエルは考えていた。
 成人になっても世間一般の常識や法律を知らず、また他人の心も分からない。そんな者が果たして勇者として大成するか、神の信徒達のために働けるかと言われれば、答えは“否”であろう。
 それを防ぐためにも、たまには人々と触れ合い、その心の機微を学び、俗世間への理解見識を深めさせた方が良い。
 勇者としての武芸や魔術、読み書きを学ぶのが重要なのは言うまでもないが、そういった場所に出かけさせる事もまた同じく必要であろうとレミエルは考えていた。
 しかし、そう理解していても、彼女は毎度不安になる。
 『親代わりとして』ダイロを勇者とし、また人としての健やかな成長を願うレミエルであるが、『女として』は極短い間だけとはいえ愛しい坊やと離れるのは苦痛だった。
 だが、それを隠し通し、ヴァルキリーは毎度笑顔で彼を街に送り出す。可愛いからこそ、子には旅をさせるべきなのだ。

「〜♪」

 街の中をぶらぶらと歩くダイロだが、その心は楽しさで弾んでいる。
 人生のほとんどを今まで貧しい村で過ごし、一年余り前に始まった新しい生活もまあまあ楽しいとはいえ、毎日同じ事の繰り返しで単調ではある。
 そのため、たまに違う景色を見るだけで、それだけで新鮮に感じられるのは仕方ないのかもしれない。

(まあ、あんまりお金は無いけれど)

 しかし贅沢出来るほど金を与えられているわけではないので、街で出来る事は限られる。言いつけられた買い物以外で出来るのは、せいぜい安宿に一泊出来る程度である。
 これはいきなり多額の金銭を与えられた場合、今までの貧しい生活の反動によって金遣いが荒くなりかねないとレミエルが考えたからである。もちろん、年頃の少年に何もするなと言うのも酷だとは思うので、歳相応の金は渡してはあるが。

(それでも楽しいから、まあいいや)

 しかし、この少年の心は、街を散策しているだけで楽しい。
 市場での商いや人々の往来を見るのが娯楽になるほど、この少年が今までいた世界は閉塞的で変化に乏しいものであったのだ。

「〜♪」

 あまり持ち合わせは無いが、純真で慎ましい少年には特に不満もない。鼻歌を歌いながら、街を気の向くままに歩き回る。

(………………)

 しかし、この少年は知る由もない――――自身に淫らな感情を抱くのが共に暮らすヴァルキリーだけではない事を。
 天界の戦女がいない今、誰も護る者がいない彼を淫らな目で品定めしている者がいる事になど、彼は微塵も気づいていなかった。





 定食屋で食事をしたり、古本屋で立ち読みをしたり、雑貨を買おうかぼんやり眺めたりしている内に、いつしか日は沈みつつあった。

「もう夕方かぁ…」

 昼間はこのようにある程度安全な街も、夜になればその景色は変わる。
 大抵の店が閉まるのと入れ替わりに飲み屋が開き、気の荒い労働者がそこに集まる。さらに薄暗い路地裏には犯罪を生業とする悪党どもが跋扈する。
 そして、愛しい坊やがそんな輩に絡まれたり害されたりするのを恐れ、レミエルはダイロ少年に日が暮れる前に帰ってくるように言いつけている。

「そろそろ帰らなきゃ…」

 この街は治安が悪いというわけではないが、それはあくまで昼間の話。何らかの目的があるか、もしくは腕っぷしに自信があるのでもない限り、長く留まり続ける必要はない。

(馬車はまだあるよね…)

 たまの休み故に若干名残惜しくはあるが、素直に帰ろうと思ったダイロは早足で街の東の外れに向かう。そこには辻馬車の乗り場があるからだ。
 彼は街にやって来る際、家から最寄りの駅に向かい、そこより馬車に乗ってこの街へやって来ている。

「えっ!?」

 歩く事三十分ほど。やがて馬車の停留所に到着したダイロだが、目の前の光景に愕然とする。

「無い…行っちゃったの…?」

 なんと、この時間帯にはあるはずの辻馬車の姿が一つも無い。団体の客でもいたのか、馬車は全て出払ってしまっている。

「あっ……今月から時間が変わったのか…」

 暗くなりつつある中、停留所の柱に張ってあった予定表を見ると、ダイロの知るものとは違う発車時刻が書かれていた。
 どうやら今月に入ってから発車時刻が若干早まったようなのだが、残念な事に彼はそれを知らず、迂闊にも馬車が全て出払った後に来てしまったようだ。

(うぅ〜、どうしよう……)

 想定外の事態に狼狽する少年。歩きでも一応数時間かければ家に辿り着けるが、街の中ですら夜は危ないのだから、その外を歩く事はさらに危険なのは言うまでもない。
 街中でゴロツキ相手ならばなんとか逃げおおせる事も出来ようが、闇夜の街道で盗賊に襲われた場合、残念ながら逃げ切る自信はこの少年には無かった。

「……」

 財布の中を覗くと、入っている金は少ない。宿での一泊はギリギリ可能であるが、すると今度は翌日の馬車代が消えてしまうため、それを考えたら宿の質は最低に落とさねばならない。

「はぁ……泊まるしかないか」

 観念し、ため息をつく少年。本当ならばレミエルに迎えに来て欲しいところだが、連絡したところで来てはくれないだろう。むしろ良い機会だという事で泊まってこいとすら言うかもしれない。
 宿を探すためにダイロは夜の街の中をトボトボと歩いていった。





 一方その頃、レミエルは夜になってもダイロが帰ってこないため、段々と不安に思い始めた。

「遅いわね……もしかして宿にでも泊まるのかしら?」

 恐らくは馬車を逃したのだろう。一応、一泊程度は出来る金は渡してあるため、もし帰れないようなら宿屋に泊まるよう言いつけてあるが。
 多少費用はかかるが、それでも下手に夜の街道を通って盗賊に襲われでもするよりはずっと良い。
 勇者と成るべき者が夜の街道で盗賊にカネ目当てで襲われて殺される、あるいは捕まって奴隷として売り飛ばされるなどとなっては目も当てられない。
 そうなってはダイロの両親に申し訳が立たないし、何より力を分け与えた神の面目が立たぬだろう。

「………………」

 だが、それでもレミエルの心にはわだかまりがあった。
 愛しい坊やの健やかな成長を願い、自分と過ごすばかりでは駄目だと送り出したはいいが、その行いを後悔しそうになるほどに。

(あぁ、私の可愛い坊や………………何故、貴方は今ここにいないの?)

 神の創りし世界。さらにそこで出会う事が出来た、目に入れても痛くないほどに愛しい坊や。
 以前から神に仕える事への喜びと誇りはあったが、ダイロと過ごす日々に比べれば味気なくつまらないもの。
 いや、彼との絆と愛を一日ごとに深めていく今の日々と比べれば、以前の自分は『死んでいた』とさえ断言出来る。

(寂しい……寂しい……)

 少年と少し離れただけで、心に言いようもない寂寥感を覚えるレミエル。勇者として育て、鍛えるはずの少年を愛してしまってから、強く清いはずのヴァルキリーはこのように変わってしまった。
 生まれてから死ぬまで、主神に捧げ続けるはずだった愛、忠誠、献身。しかし、いつしかそれらを神でなく、愛しい少年に向けるようになっていた。
 入れ替わりに、それ以外のものは急速にどうでもよくなりつつあった。
 以前はヴァルキリーとしての彼女にとっての存在意義ですらあったはずの主神でさえ、今ではダイロと一緒に暮らすための方便の一つでしかない。
 一応まだヴァルキリーとしての矜持、ダイロを勇者として育てる使命こそ残ってはいるが、それも時間の問題であろう。

(……何も無ければ良いのだけれど)

 愛しい少年の帰りを待ちわびるヴァルキリーはベッドに寝そべり窓を見つめるが、外は暗闇故に映るのは闇ばかりである。そして、その光景はまるで今の彼女の晴れぬ心持ちを表しているかのようであった。

(でも、あの子は優しくて魅力的だけれど、まだまだ頼りない。
 もし薄汚い魔物どもがそれらにつけこんで、あの子に手を伸ばしたら……)

 時折見るようになった幻覚や悪夢。しかし、それらは所詮妄想であり、現実には起こりえない。

(いえ……大丈夫よ。まだまだあの子の体は未熟だけれど、心の方は強い)

 もし仮にダイロが魔物に打ち倒され、その無垢な体を犯されたとしても、彼の心は魔物に屈しない。

(何より、私をとても愛してくれているもの……だから、あの子は負けない)

 何故ならレミエルとダイロは深く愛し合っているからだ。
 即ち、このヴァルキリーの清らかな愛に支えられ満たされた少年の心は被虐の屈辱に泣く事はあっても、快楽に呑まれる事は無い。
 短い間ながらも強固に築き上げた深い絆の前には、魔物の浅ましい肉欲や淫らながらも薄汚い肉体は無力なのだ。

(でも、ダイロ……貴方が穢されるなんて私は耐えられない。
 もしそうなった場合は……優しい貴方にとっては悲しいでしょうけれど、手を出した薄汚い売女どもは始末しなければならない)

 そして、自らに屈服しない少年に怯んだ魔物どもは、愛しい少年を穢した罪をヴァルキリーによって断罪される。

(有りもしない愛を囁いて貴方を騙し、犯し交わっただけでも許せないのに……ましてや貴方の子を産もうとする女なんて、絶対に生かしてはおけない!!)

 少年へ“偽りの愛”を囁いた事を白状させられた後に拘束され、レミエルの剣によって全身を端から少しずつ、ゆっくりと切り刻まれる。
 徐々に刻まれる肉と流れ出る血によるあまりの苦痛に、彼奴らは今までの淫らさなどかなぐり捨てて泣き叫び、許しを請うであろう。

(でもね、貴方は何も気にしなくていいの。手を下すのは貴方でなく、この私。
 どんなに強力な魔物であっても、私が必ず殺してあげる。貴方を穢した報いを必ず受けさせてあげる)

 だが、どんなに絶叫したところでヴァルキリーは許しなどしない。
 愛してもいないのにダイロ少年を無理矢理犯し、穢した魔物どもに、レミエルが情けをかけるはずもない。
 苦しめるだけ苦しめて絶望させ、触れてはならぬものに手を出した事を後悔させたところで、死の間際に追い込んでやる。そうして最後には裁きの光でその身を焼き尽くし、ダイロを犯した愚かな雌どもを灰にしてやるつもりだった。

(ああ、私の可愛い坊や……誰にも貴方は渡さない!!
 貴方と愛し合っていいのは私だけ!! 貴方を犯していいのは私だけ!! 貴方の子を産んでいいのは私だけ!! 全て私だけなのよ!!!!)

 ヴァルキリーらしからぬ処刑法を決心させるのは、レミエルの中で燃え盛る許されざる愛。
 しかし、それ以上にヴァルキリーの中で蒼く燃えるのは嫉妬と狂気、歪んだ独占欲であった。










 己が帰らぬ故に師匠のヴァルキリーが情緒不安定となり、不穏な感情を抱いているなど露知らず、ダイロ少年は宿を探すために夜の街を彷徨いていた。

「ギャハハハハ!」
「てめぇブッ殺すぞ!」
(………………)

 飲み屋から響く酔客の哄笑や怒号を聞く度、少年の不安は掻き立てられる。
 貧しい農村で育った少年には、昼間の街はどこか新鮮さに満ちていた。だが、夜の街は昼間の活気とは違う、荒々しい喧騒に満ちており、純朴な少年には刺激が強すぎたのである。

(怖いなぁ……早く宿を探さないと)

 ダイロが剣の稽古を積んでより一年経つが、まだ気弱な性格のままである。当然、あんな気の荒い連中などと関わりたくはない。
 一応自衛用として背中にレミエルに与えられた剣を背負ってはいるが、それはあくまで最後の手段である。
 「戦うぐらいなら逃げなさい」とレミエルに言いつけられており、まだ自らが未熟であると痛感するダイロ本人もその方針に不服はなかった。





「あっ、あった」

 薄暗い中歩きながら何人かの通行人に宿の場所を尋ね、ようやく辿り着いたのは街の西にある安宿。

(うぇ〜、汚いな……でも、しょうがないか……)

 まだ暮らして一年ほどであるが、レミエルと共に住む家は小さくも手入れがよく行き届いており、清潔と言える住環境である。
 一方、目の前の宿の外観は安普請に加え、年数の経った外壁の所々は腐って穴が開いている。さらには近所が飲み屋であるせいか、宿の周りの道には酔客が吐いた吐瀉物がそこかしこで悪臭を放っている有様で、衛生的とは到底言えない。

「はぁ……」

 それでも、ひとまず宿に辿り着いたという安心感からか、少年には不快感よりも安堵の溜息の方が出た。
 月明かりと近所の灯火によって辛うじて見える店の立て札を確認すると、泊賃はなかなか安い。これならば明日馬車で帰る事が出来るだろう。

「……よしっ!」

 少年は意を決し、中に入ろうとする。

「あら、やめといた方がイイわよ?」
「えっ?」

 しかし、ドアノブに右手を掛けようとした瞬間、後ろより声をかけられる。

「こんなきったない所で一泊だなんて、趣味が悪いわ」

 ダイロが振り返ると、黒いローブに身を包んだ人物がこちらを見ていた。近所の飲み屋の明かりが頼りの薄暗がりという事もあり、人相や体型はあまり分からない。
 もっとも、その高くはっきりと通る声と口調、足元から見えるヒールの付いた靴から、相手が女であるとはすぐに分かったが。

「……お金が無いからしょうがないんです」

 その怪しい風体から、ダイロは背後の人物に警戒した様子で返答する。
 確かに最低クラスの宿であろうが、一応雨風は凌げる。だが、それ以上にこのような怪しい人物と関わる確率はまだ低いだろう。

「なら、私の家に来る? 子どもからお金を取るのもイヤだし、宿代はタダでイイわよ?」
「えっ!?」

 まだ二人が出会って1分も経っていない。にもかかわらず、女は見ず知らずの少年に何の警戒心も見せず、それどころかなんと家に泊まるよう言ってきた。
 予想だにせぬ申し出にダイロは戸惑い、思わず変な声が出てしまう。

(なんで僕を家に泊めてくれるんだろう…? それもタダで…)

 けれども相手が相手だけに、少年はこの申し出を訝しむ。
 二言三言言葉を交わしただけの少年に、この女はわざわざタダ宿を提供するという。だが、『タダより高いものはない』という諺もある。
 自分に対し、何らかの良からぬ目論見があるのでは?…と、いくら純朴な少年であっても疑うのは無理はない。
 何より、『知らない人についていってはいけない』という事はレミエルに言われるまでもなく理解している。

「せっかくですけど、ご遠慮します」

 せっかくの申し出であるが、残念ながら信用出来ない。ぺこりと頭を下げるも――

「子どもなのに遠慮しちゃダ・メ♪」
「っ!?――――――はい……」

 頭を上げた次の瞬間、ダイロの顔の前には女の右人差し指が向けられていた。そして指先が淡く光ると共に少年の意思は希薄となり、何を言われても従うほどに従順となってしまった。

「さ、行きましょ」
「は…い…」

 意識が朦朧とする中、少年は女に言われるまま彼女と共に歩き出し、裏通りの闇の中に消えてしまった。










「はっ!」

 どれだけ時間が経ったのだろうか。やがて、ダイロは正気に戻る。

「こ、ここは…?」

 いつの間に椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏していたかは分からない。そんな疑問をよそに少年は慌てて立ち上がって辺りを見回すも、そこはどう見ても泊まるはずだった宿屋ではない。
 外からでも分かるほどにボロボロで安普請だったあの宿屋と違い、この部屋は新しく清潔で、そして内装にそこそこの金がかかっている。それは壁と床に使われた木材の質、さらには部屋のあちこちにある家具や調度品の内容からして明らかであった。

「あら、起きたのね?」

 ダイロが見知らぬ光景に戸惑う中、彼を拐かした件の女らしき人物が奥の台所から現れる。

「あ…」

 あの時は夜の暗闇とローブに包まれて容姿は分からなかったものの、改めて彼の前に現れた姿は非常に美しい。ヴァルキリーという美しくも勇ましい天界の戦乙女を間近で見続けたダイロでさえ、魅せられてしまい一瞬息を呑んだほどである。
 ウェーブのかかった菫色の髪は膝まで伸び、目鼻立ちの良く整った非常に端正な顔立ちはダイロと暮らすレミエル同様、人外の者を思わせる異界の美と妖艶さを纏っている。
 また、貧しい農民の子故か貧弱な体つきのダイロとは真逆とも言える、豊満な体躯であるが、美しさの中にしなやかさもあるレミエルと違い、より柔らかで女性らしいものであった。
 そして本人も自らの美貌と肉体を自覚しているのか、服装もまた派手なもの。
 黒と紫で染められた魔女のワンピースのような服を着ているが、胸元は大きく切り開かれて大きな乳房をかなり大胆にさらしている。同様にスカートには大きなスリットが入り、これまた綺麗な生足をさらけ出し、若々しくも官能的な魅力を余す事無く周りに振り撒いている。

「ごめんなさいねぇ。拐うような真似しちゃって」
「…!」

 そんな美貌を持ちながらやや卑屈に、申し訳なさそうに微笑む女。
 しかし、そんな女の心情などいざ知らず、美しさに呑まれかかりつつも振り払った少年は、即座に背中に背負っていた鞘から剣を抜こうとするも、何も無い事に気づく。

「ああ、あの剣はベッドの所に置いてあるわ。
 でもね、食事の時に剣を背負ってる必要は無いと思うわよ?」
「食事…?」
「まだ夕飯を作っている最中だから、もう少し待っててね」

 女はダイロが自らに敵意を向けた事を咎める事無く、再び台所の方に戻る。
 一方、少年の方はなけなしの闘志を見せるも肩透かしを食らい、また無い剣を抜こうとしたバツの悪さもあってやる気を失い、再び椅子に座りこんだ。

(なんで僕を拐ったんだろう……?)

 少なくとも奴隷にして売り飛ばすためではなさそうだ。だが、ダイロ少年にわざわざ魔術をかけて操ってまで己の住居に連れてくる必要もない。
 しかし、女の見せた笑顔には悪意や敵意はまるで感じられなかった。誘い方は非常識極まりないが、泊めてくれる事自体は事実で、また純粋な厚意によるものであるのだろうか。

「でも……」

 とはいえ、やり方は普通でない以上、この家に留まるのは不安があった。
 そのため、ダイロは椅子から立ち上がって寝室のベッドに向かい、置いてあった愛剣を取り戻すと踵を返し、ドアの前へと立つ。

「……!?」

 そうしてドアノブに手をかけ、家から立ち去ろうとする。けれども、ドアノブを捻っても全く動かない。
 何度やっても、どんなに手に力を籠めて動かしてもそれは変わらなかった。

(壊れてるわけじゃない……何かの魔法の力で動かないんだ…)

 そこでようやく少年はかけられた術の存在に気づいた。
 まだ習って一年あまり故、魔法は使えないものの、何らかの術をかけてあればその気配を察知出来るようにはなっていたのである。

(多分、窓にも同じ力が働いているはず…)

 僅かな可能性にかけて部屋中の窓に触って調べるが、結果は残念ながら彼の予想通り。
 理由は分からぬが、女はダイロ少年を家から帰す気は無いようだった。





「さ、遠慮しないで食べてね」

 それから数十分ほどして、女は『如何にも精がつきそうな、こってりとした濃厚な料理』を何品かテーブルに運んできた。

「………………」

 しかしダイロは疲れて空腹でありながら、いくら美味そうな料理が目の前に並べられても手を付けようとせず、それどころか訝しげな目で女を見るばかり。

「どうしたの?」
「……なんで僕を拐ったんですか?」
「あぁ、その事ね。でもね、別に大した理由なんかじゃないのよ?」

 少年の問いかけに対し、彼を拐かした事に対し申し訳なさそうにしつつも、同時に何故か女は照れ笑いを浮かべる。

「貴方をひと目見た時から、私の心は貴方に囚われてしまったの。
 “私達”の習性とはいえ、名前さえ知らない貴方の事を、私はひと目見ただけで好きになってしまったの」
「え……」
「不思議よね。何故なのかは私も分からない。
 でも、この気持ちが一時の気の迷いだとは思いたくない。私達は男が好きだけれど、男なら誰だっていいわけじゃないもの。
 今まで生きてきて、少年も、青年も、壮年も、老人もたくさんたくさん見てきた。でもどんな男を見ても、どんな男と言葉を交わしても、貴方と同じ感情を抱いた事は無いの。
 そう、貴方が生まれて初めて。この胸の高鳴りも、火照る体も、狂おしいほどに交わりたい気持ちも全て、生まれて初めてなの」

 滔々と、情熱的にダイロへの感情を語る女。
 もっとも、ダイロの方は突然の告白に戸惑い、どう返答して良いかも分からぬ有様であったのだが。

「でもね、私は貴方の名前さえ知らない。貴方が何処の子かも分からない。
 仮に遠くの土地から来た子なら、この街を訪れるのはもしかしたら今日で最後になるのかもしれないじゃない? もしそうだった場合、一生会えないかも」
「だから……だから僕を拐ったんですか?」
「そうね…確かに悪い事をしたとは思うわ」

 だが、もちろん罪の意識が無いわけではない。
 まだあどけない少年を連れ去る形で家に招くというのは、お世辞にも褒められたものではない。彼の意思を尊重する形で、もっと上手いやり方があったかもしれない。

「でも、貴方に危害を加えようとしたわけじゃないの。それだけは信じて欲しい」
「………………」

 女の顔から照れ笑いが消え、真剣な表情でダイロを見つめる。

「…分かりました」
「!」

 一応、女の言葉に嘘は無いと判断し、ダイロは彼女を許す事にした。
 もし自分に危害を加えるつもりなら、最初からそうしているだろう。もっとも、ダイロから取れるような金など無いし、彼自身を売り飛ばすつもりならばそもそもこのような饗応などはせぬはずだ。

「ただ、僕は明日自分の家に帰ります。だから、魔法は解いて下さい」
「えぇ、もちろんだわ…!」

 ダイロの許しを得たため、女は金色の瞳を輝かせ、その顔には再び笑みが戻った。
 しかし、この少年が女を許したのはその優しい性根もあるが、同時に気弱で臆病故に、面倒事にはこれ以上関わりたくなかったというのが真相である。
 確かに彼はあくまで家に連れてこられただけで、暴力を振るわれたり、金品を盗まれたわけではない。むしろ彼女は普段の慎ましい生活では食べられないような豪勢な料理を振る舞い、下手な宿では考えられないような寝床を提供してくれてはいる。
 だが、それでも犯罪を躊躇なく行う女には変わりはない。そんな者相手に下手に強気に出たり、断ったりして刺激した場合、どうなるかは分からないと考えたから、彼はあえて許したのだ。

「さぁ、冷めない内に食べましょう」
「はい」

 そのように警戒はしていたが、所詮は少年の理性。育ち盛り故に空腹を我慢するのは辛くて辛くてたまらなかった。
 本音を言うと、例え毒が入っていようが目の前の料理の数々を食べたくて仕方なかったのである。

「! 美味しい!」
「でしょう?」

 食欲に突き動かされるままスープを一匙口に運んだ瞬間、その美味さの余り目を見開くダイロを見て、女は顔をほころばせる。
 貧しい農民の子である故か、ダイロはつい最近までロクな物を食べてこなかった。
 小麦は高級品であり、それらを使ったパンなど食べた事は無い。もっぱら彼等が食べるのは大麦の粥か、あるいは豆の入ったスープ、そして豚の干し肉などである。それらの味はお世辞にも旨いと言えるものではなく、また食感は固いものが多かった。
 ダイロは子どもらしく肉が好きであったが、それも滅多に食べられなかった。それどころか満腹に食べられる事も少なく、空腹を我慢するために水をがぶ飲みする事も多かった。
 そんな彼の境遇を両親も申し訳なく思ってはいたが、結局どうにもならない。しかし、優しい彼は何一つ文句を言わなかったのである。

「若いんだから、どんどん食べなさい」

 レミエルもダイロの健康面に気を使っていたが、清貧を重んじるという宗教の教義から、食事は豪勢なものではなかった。もっとも、川が家の隣にあるために川魚が食卓には多く上がったので、それだけでダイロは喜んではいた。
 しかし、今食べている物は農民時代やつい昨日までには想像も出来なかったほど豪勢で美味だった。
 牛フィレ肉のステーキ、牡蠣のクリームパスタ、アボガドとトマトのカプレーゼ、スッポンのニンニクスープなどは今後レミエルと過ごしている限りはまず食べれはしないだろう。

「………………」

 女の勧めに従い、大量の料理を頬張るダイロ。元々少女と見紛うばかりに華奢な体躯であるが、それは貧しい生活によるものであって、食べる事自体はレミエルとの性交と同じぐらい大好きである。
 ましてや、今まで食べた事の無い豪勢な料理の数々。ダイロは初めての美食の喜びもあり、見ていて心配になる量を食べ続ける。
 そして、女はそれを嬉しそうに見つめ、時折口元を緩め――

(でも坊や、それで満足してはダメ。まだメインディッシュは残っているのよ?)

 同時に淫らな期待の余り、下半身は熱く疼き、下着を湿らせている。
 しかし、食べるのに夢中な少年はそれに気づいてはいなかった。

「夢中で食べているところ悪いケド……お互い自己紹介がまだだったわね?」

 そんな様子を全く気取らせず、微笑む女はダイロに尋ねる。

「え…ああ、そうですね…」

 一方、夢中で料理を頬張っていた少年だが、彼女の提案に躊躇う様子を見せた。

(う〜ん、まだ警戒されているようね…)

 少年の様子から、女はまだ自分が警戒されている事を知る。
 とはいえ素直に表情へ反映されるため、彼女から見てこの少年の考えは分かりやすく、そして「そこもまた可愛い」と思った。

「じゃあ、私から名乗らせてもらおうかしら。
 私の名前はアビー……アビーゲイル・プリン。この街で魔法薬調合師をやっているわ」
「………………」

 それを聞いた少年は先ほどの警戒した表情から一転、きょとんとした顔をする。恐らくは彼女の職業について、知識があまり無いのだろう。

「まぁ、ようするに薬屋よ。もっとも、そこらの薬とは効果が段違いだけどね、ウフフフフ……」
「……!」

 アビーゲイルが最後に漏らした意地の悪い笑い声を聞いて、背筋の寒くなった少年の表情は再び強張ったものとなってしまった。

「んもう、大丈夫よ。別に人体に問題のある薬は扱っていないから」
「そ、そうですか…」

 少年が恐れたのは正直そこではないのだが、とりあえず話を合わせた。

「ウチの薬は安全安心、その上効き目抜群。だから儲けさせてもらってるわ。忙しくて人手が足りないぐらいにね」
「へぇー、そうなんですか」

 家の造りや調度品からして、確かに自慢げに語る通り金回りが良いらしい。貧農出身のダイロとはまさに真逆と言える。
 もっとも、ダイロはレミエルと共に過ごす今の境遇に満足しているため、特に羨ましいとも思わなかったが。

「そこでお詫びと言ってはなんだけど、貴方私の弟子にならない?
 まぁ弟子といっても従業員だから、きちんとそれなりのお給料は出すわよ?」
「え…」

 そんな風に思っていた中、アビーゲイルからの予想だにせぬ申し出に面食らうも、ダイロは一瞬「悪くないかな」と思ってしまう。
 しかし、レミエルと暮らす日々は彼にとってかけがえのないものとなっている。また折角両親やヴァルキリーが掛けてくれた期待に反するのもどうかとも考える。

「すいません。せっかくですけど…」

 一瞬心動いたものの、結局ダイロは申し出を断る。

「そう、残念ね。お給料が良いのは保証するんだけれど…」

 アビーゲイルは目をつぶり、残念そうにため息をつく。
 とはいえ、今は断られても、向こうの反応からして心変わりをしないとは言い切れない。この少年を『契約させる』機会はまだあるのだ。

「では、私の方はここまでにしておきましょう。
 私は名乗ったんだから、今度は坊やのお名前を教えてちょうだいな♪」
「………………」

 アビーゲイルはにこやかな笑みを浮かべて少年に名を尋ねる。
 しかし、正直ダイロとしてはこの女に名前を教えるのはあまり気が進まない。だが気性が大人しくお人好しで、そしてやや間の抜けた少年は適当な嘘を言って切り抜ければいいとは終ぞ思わなかった。
 もっとも、この少年が嘘を言ったところで、この魔法使いの女はすぐに見抜く事が出来るのだが、ダイロには知る由もない。

「ダイロ…です」
「ウフフ……よろしくね、ダイロ君」

 そしてついに、少年は自らの名を口にしてしまう。
 まぁ、ダイロが勝手に恐れているだけでアビーの方には別に彼を害する気は無いのでそれは杞憂、取り越し苦労というものだが、それを彼に察しろというのは難しい。

「ついでに、貴方の身の上話も聞いていいかしら」
「え?」
「まぁ、食事代と宿代の代わりという事で」
(……そう言われたら断れないじゃないか…)

 「意地悪な人だ」と、ダイロは思った。既に食事は粗方食べ終わったところで、それを聞かれては断れないからだ。





「ふーん、なるほど……」

 ダイロは渋々ながら、自らの身を語った。とはいっても、彼の人生はまだ十四年ばかりで、激変を起こしたのはつい一年前。語れる事は多くない。
 しかし、アビーゲイルは別に退屈そうな様子を見せる事無く、黙して聞いてくれた。

「貴方はヴァルキリーのお姉さんと一緒に暮らしながら、勇者の修業をしているわけね」
「はい」

 アビーゲイルはティーカップに食後のお茶を淹れながら、ダイロに改めて問いかける。

「けど、勇者の修業は大変じゃない?」
「はい。でも、僕は両親とお姉ちゃんの期待に応えたいですから」
「……」

 そう語るダイロの態度に不満はなく、そこからこの少年の勇者になりたいという思いは本物であると分かる。
 しかし、勇者の道が過酷である事をアビーゲイルはよく知っていた。
 そして、そんな過酷な道にダイロを誘い込んだヴァルキリーに軽蔑と不快感を覚えていた。

「良い子ね、貴方は。でも辛かったら、逃げたっていいのよ?」

 嘘偽りなく、アビーゲイルは心からそう思ってダイロに告げる。

「逃げません。僕は勇者になって、魔物に脅かされる人々を助けたいんです」

 両親とヴァルキリーの期待に応えたいだけではない。今の言葉もまた、ダイロ少年の偽らざる本音である。
 しかし、悲しいかな。世間知らずな少年は、『世の真実』というものを知らなかった。

「貴方、本当に魔物が人を殺すとでも思っているの?」

 そして、真実とは残酷である。それを今からアビーゲイルはダイロに教えねばならなかった。

「えっ…」
「魔物は人を殺さないわ。もう魔物は変わってしまったの。
 ヴァルキリーが教えてくれた事は遥か昔…数百年も前の話なのよ」

 少年はアビーゲイルの話が信じれないといった様子であり、呆然としていた。

「そもそも貴方、魔物が人に危害を加えたり、人を殺すところを見た事があるの? 貴方の周りの人が誰か殺されたりでもした?」
「いえ……」
「でしょうね。まあ、この辺には元々あまり魔物はいないけれど」

 勇者となって魔物を倒し、人々を助けたいと語っている時点でこの少年が魔物の事などほとんど知らないのは明白であった。

「勇者はね、貴方みたいに魔物がいない地域出身の世間知らずな子が多いの。いえ、そうでなければなれないと言うべきかしら?
 魔物がいる地域で、魔物が人を殺すなんて言ったら笑われるわよ、貴方」
「………………」

 内容は信じ難いが、ダイロ自身魔物を見たことが無く、魔物に関してはレミエルに教えられた知識以上のものを持たない。それ故、この女の言う事が嘘だと断定出来なかった。





「はぁ〜……」

 魔物の悪行に関する明確な論拠を持たぬ故、感情に任せた言い合いにはならなかった。
 しかし、アビーゲイルも「言い過ぎてしまった」と詫び、今日一日の疲れを風呂場で癒すよう勧めてくれ、ダイロも厚意に甘える事にした。

(アビーさんは魔物のたくさんいる国の出身なのかな?)

 体を洗った後、風呂の湯に首まで浸かり、ぼんやりと考えるダイロ。
 謎めいた御仁であり、この街の者にしては浮世離れした雰囲気と魔物に対する知識から、恐らくは魔物の多くいた地域の出身なのかもしれない。

(……でも、本当なのかな? お姉ちゃんの言っていた事は嘘だったって)

 ダイロはレミエルの言うことは盲信と言ってもいいぐらいの信頼を置いていた。それは神に仕えるヴァルキリーが嘘をつくはずがないという、勝手だが分からなくもない思い込みに端を発している。
 しかしそれでも、ヴァルキリーが言うことを嘘だとはまだ信じ難かった。

「はぁ〜……」

 いくら考えても、何も知らぬ己一人では結論を出せぬ事だ。ここは何もかも忘れ、素直に風呂で疲れを癒そうとダイロは目を瞑る。

「ハァイ、ダイロ君! 湯加減はどうかな〜〜!?」

 そこへ突如浴室の戸を開けて入ってきたアビーゲイル。一気に現実に引き戻されたダイロは、慌てて自分の股間を手で隠す。

「!? ちょっ…アビーさん、ハダカ!?」

 しかし、もっとまずいのは、アビーゲイルがその豊満で官能的なボディを惜しげも無くさらけ出している事だ。
 いくらヴァルキリーと爛れた日々を過ごしていたダイロといえど、これには反応してしまう。

「アハッ☆」

 怒張しきった若者の一物は両手だろうと隠しようがない。それを見たアビーゲイルは実に上機嫌な声を出す。

「えっ、ちょっ……何を!?」

 こんな物を見てしまっては、もう彼女の昂った本能は抑えきれない。
 アビーゲイルはダイロを浴槽から引きずり出すと、自分の全身に大量のボディシャンプーをぶっかけ、そのまま少年を浴室の床に押し倒してしまったのである。
17/03/25 04:40更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
 ストーリーが一話から全く思いつかず悩む事半年以上、年を跨いでようやく二話目を投稿する事が出来ました。
 このようなザマでは次回がいつになるのか分からないため、そこで補足を入れておこうと思います。

@アビーゲイル・プリン
 アビーさんは人間から魔物娘になったのではなく、元から魔物娘として生まれた個体であります。
 また、魔物娘になる前から元々魔術を扱う家系であり、魔術師の中でも名門の出身です。ちなみに彼女の母曰く、先祖を辿ると人類最古の魔術師にして“救世主”と呼ばれた『レイブラッド・マイラクリオン』に行き着くとされていますが、アビーさん自身は眉唾な話として全く信じていません。
 さらには祖先の一人がその始祖マイラクリオンと対立していた『混沌の魔物』と呼ばれる邪神の二柱を崇め、代わりに秘儀や禁断の知識を得ていました。
 しかし、彼女の父方の曾祖母が現魔王による魔物娘化のどさくさに紛れてその邪神と縁を切り、別系統の魔術へと鞍替えをし、現在に至ります。

Aレミエル
 アビーの料理は濃厚で精のつくのが持ち味ですが、レミエルの料理は逆に薄味です。とはいえ宗教の教義上、基本的に美食を戒めているため、余程不味くて栄養に乏しくない限りはOKなのですが。
 また、この時ダイロが悟ってしまうのが、レミエルの料理の腕はあまり良くないという事です。舌が肥えるという事は恐ろしいですね。

 ちなみにレミエルさんの存在はアビーは教えられるまで気づきませんでしたが、それはまだレミエルさんの魔物化が中途半端だったからです。
 したがってダイロ君の体からはまだ魔物娘の匂いはせず、それ故に既にコブ付きだと気付かずにアビーさんが引っかかったのであります。

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