九軒目:とある埠頭と祝福の光
※最長と思える19000字超です。時間がある時に暇潰しでご覧下さい。
※地の文が一人称と三人称で混同されて読み辛いかもしれません。
人影の消えた廃屋の中、マイティスは心中穏やかではなかった。
天使達を失ったのもそうだが、それ以上に彼の希望と成り得る『御使い』までも手放してしまったからである。
心中穏やかでなくても外見にはおくびにも出さず、焦る気持ちがあろうとも再び手にする算段を考える。
そう例え――――
「俺が居ない間に随分間抜けな事をしたみたいだな? マイティスさんよ?」
――――どうしても好きになれない、粗野な同僚が同席していても不必要に心乱されては取り返せるものも取り返せない。
マイティスは心中穏やかではなかったものの、目の前の人物の機嫌を損ねぬよう言葉を選んだ。
「返す言葉もない……全ては自分の力不足に相違なし。パーシス殿には面目立たぬ」
深く腰を折って頭を下げる。
彼女から預けられた天使保護部隊を守りきれなかったのは事実である。
どのような経緯であれ壊滅させたのは己の所業なのだ。
どのような叱責でも甘んじて受けねばならない。
素直に非を認めたマイティスに対し、パーシスと呼ばれた女はニヤつきながら答える。
「あぁ、別に俺に謝らなくても良いんだぜ。あいつ等も覚悟の上で行動してたんだしな。だぁが……残念だったよなぁ? 虎の子の御使いちゃんが手に入らないって事は上はカンカン、妹さんも助かる可能性が低くなったってこった」
「……確かに。だがすぐに取り返す。時間を、頂きたい」
「どのくらいだ? 明日か? 明後日か? いや、俺はやりたいんだけどな。上を誤魔化すのも大変なんだよ……ただでさえ兵隊が減っちまったしよぉ。やるなら早急に、お前さん一人でやる事になるが構わねぇか?」
ペナルティのつもりか――――
そうは思うものの、マイティスは内心安堵した。
一度逃してしまった以上、彼が手に入れるべき天使は厳重に保護されているだろう。
それこそ部隊を率いて行けば返り討ちになるくらいの規模で。
だが、自分一人であれば話は別だ。
相手は数で勝り装備で勝り技量で勝る。
人間一人相手であれば必ずといって良いほど油断をするだろう。
それに単身であれば、仲間達に無駄な犠牲を出させる事が無くなる。
マイティスは短い時間目を瞑ると素早く瞼を開く。
「早急に、と言ったな。パーシス殿」
マイティスは立て掛けてあるクレイモア――待機状態である愛用の【祝福鎧】〈ラストスタンド〉を手に取り足早に歩き出す。
「承知した。只今より向かう故、貴公は為すべき事を為すがいい」
目標の天使が居る場所は既に割れている。
騎士道には反するが、既に栄光とは無縁の身である。
相手の驕りを存分に利用させて貰う腹積もりで、マイティスは『御使い』――天宮 愛生の奪還を果たすべく愚直ともいえる真っ直ぐさで進んで行った。
人影の消えた廃屋の中、女が一人取り残される。
「クックッ……健気だねぇ。まぁ? 可愛い妹さんの為だもんなぁ。仕方ないよなぁ?」
誰とも言わず語りかける女は、一言で言えば炎を連想させる女だった。
中途半端に伸びた赤毛は緋色に近く、癖毛なのか所々外に跳ねている。
相手を値踏みするかのような瞳は金色で、さながら温度の低い炎のようであった。
「とっくに妹なんざ消えてなくなってるってのによぉ、本当、健気なもんだなぁ? ウン」
歪めた口元には常に相手を嘲笑するような笑いが刻まれ、女性的な丸みを残しつつもしなやかに付いた筋肉には幾つもの細かい傷跡が刻まれている。
荒々しい言動と雰囲気のお陰で正直――ラフな服装で恵まれた谷間が見えなければ男でも通ったろう。
「クカカカカ……あの澄ました顔にクソみてぇな真実を告げたらどんな顔をするのかねぇ? いやホント、想像するだけで堪んねぇなぁ、オイ――」
誰に聞かせる訳でもない独り言は、ただただ愉しそうである。
さながらその表情は聖者を堕とさんとする、悪魔そのものであった。
ソラさんの容態は安定しているようだった。
未だに意識は戻らないものの、先生が言うには魔力の消耗を最低限に抑える為の休眠を取っているだけだという事だ。
峠を越したと言えるそうなので、俺等は挨拶もそこそこに帰る事にした。
「じゃ、先生。お疲れさん。ソラさんが目を覚ましたら宜しくな」
「(エ△エ) あぁ、言っておこう。薬は新しいのを調合しておくから、近日中にソラに迎えに行かせよう」
ちなみに――俺『等』というのは何故かというと沙耶がソラさんの部屋の前で待っていたからだ。
お陰で帰りはコイツと一緒である。
「何か言いたそうですね? 豪……そんなに私と帰るのが嫌なんですか」
「そうじゃねえよ。ただ帰れば家が近いんだしすぐ会えるのに何で二度手間みたいな面倒な事するのかって思っただけだ」
「いいじゃないですか。家が近いなら纏めて送って貰った方が効率的です。アマルさんの手間が増えるどころか減るじゃないですか」
「(エ△エ) 何やら宅急便のように言われているが一応転送魔法はかなり高度なんだからな? ハエが入って混ざっても知らんぞ」
ハエ男かハエ女になりたければ話は別だがな、という先生の台詞に沙耶が固まる。
先生、分かってて遊んでんなぁ……。
「……豪」
プルプル震えながら頼りなげに沙耶がこちらを見る。
恐らく虫と混ざった自分を想像したのだろう。
確かに俺もそんな光景は嫌だ。
「大丈夫だって。そもそもんな事言ったら俺なんてMTB込みだぞ。お前がハエ女になるなら俺は自転車男になっちまうだろーが」
こっちに来る前にソラさんが先生の指示でサンタクロースの暫定支部近くにあった駐輪場に停めた俺のMTBを回収していたらしく、帰る時に先生が思い出して俺の隣に用意された。
通常荷物込みでの転送って指定座標の計算やら重量と素材の分別やらでかなり難度が高いらしいのだが、少なくとも俺は先生が失敗したところを見た事がない。
「先生は何だかんだ言って天才だから。安心しろよ、な?」
なるべく不安を消すべく俺は先生の方へ顔を振り向けつつ沙耶に呼び掛ける。
そんな俺の気遣いとは裏腹に、沙耶は目を輝かせながら先生に近寄った。
「アマルさん! 豪は自転車になれるんですか?」
「(エ△エ) トランスフォームは試してないが。やってみるかね?」
「是非!」
「さらっと人体改造を依頼すんなお前! 先生も乗らないで!?」
この人少しでも面白そうと思ったら本気でやりかねないんだぞ!?
俺が赤く塗りたくられて『いい考えがある』とか言い出したら誰が責任取るんだよ。
「(エ△エ) まぁ、提案した人物だろうな」
「実行犯はもっと罪深いと思うのは俺の気のせいか先生? あと思考を読むんじゃねえ」
「(エ△エ) 君は僕を女として見てないじゃないか。なら責任は取る必要がないだろう? それと何年君の世話をしていると思っているんだ。読まなくても顔で分かるさ」
「読める事自体は否定しないんですね、アマルさん……」
さっきの事があるからあんまり強く言えないが、どうやら先生も俺も調子が戻ってきたようだ。
さて、長居するのも悪いしもういい加減帰るか。
そう考えた途端、先生が俺達の前に躍り出た。
片手を何もない空間に向けた次の瞬間、まばゆいばかりの閃光が室内を埋め尽くす。
「な、なんだこりゃ!?」
「襲撃ですか!?」
混乱に陥る一般人な俺等を他所に、先生は微動だにしない。
だが、俺は先生の発言を聞き逃さなかった。
「(エ△エ) 使用が早過ぎる……まさか、さっきの今で攻めてきたとでも――――」
最後まで言い終える事無く閃光に続いて爆音が鳴り響く。
先生は防御用の魔法陣を張っていたのだろう。続く衝撃は俺達の元に届く前に霧散する。
薄っすらと立ち込める煙が晴れてきた中に居たのは――――
「豪、さま――」
「さっきぶり、ね、アマル」
ところどころ焼け焦げて際どくなった服を身に着けた、少し前に分かれた筈の愛生ちゃんとメフィルさんだった。
加えてメフィルさんは愛生ちゃんと良く似た天使の少女も抱きかかえている。
「二人ともどうして……いや、それよりもその格好は!? 傷だらけじゃない!」
沙耶が叫ぶのも無理はない。
正直俺もこんな一時間弱程度でどのような状況の変化があったのか皆目検討が付かないからだ。
だが、現実秋の稲穂のように黄金色をしていた愛生ちゃんの髪は一部が焼けて茶色く縮れており、よく見ると軽い火傷も負っているようだ。
メフィルさんはそれに加えて痛々しい打撲痕や擦過傷が見受けられる。
俺が二人に駆け寄ると、愛生ちゃんは必死の形相で俺に掴み掛かってきた。
「お願いです、豪様……あの人を、マイティスさんを助けてあげてください!!」
時間は少し前に遡る。
場所は都市の中心部から少し離れた大きな邸宅。
そこに、物々しい格好をした者達が整列していた。
「隊長、本当に奴等はこの警備の中来ると思いますか?」
戦闘服を着込み小銃を担ぎながら若い男が問いかける。
問いかけた先の相手は男と何もかもが違う相手であった。
目玉のような装飾があしらわれた重厚な鎧。
身の丈の七割に相当する大剣。
太腿が覗ける深いスリットの入ったスカートとそこから伸びる白く長い足が酷く艶かしい。
「来なければそれで良い。来れば迎え撃つ。それだけだ」
隊長と呼ばれたのは歳若い女だった。
少なくとも話しかけた男は年若い青年といって差し支えない外見をしており、女の方との年齢差は片手で足りるくらいだろう。
意志の強い切れ長の双眸は、女に刃物のような美しさを与えていた。
「配置に着け。貴様は交代要員でもなければ客賓でもない。油を売る暇があるなら己の責務を全うするがいい」
取り付く島もない回答に、男はすごすごと持ち場へ戻って行く。
男の背中には哀愁が漂っていた。
『流石に今のはないんじゃないか? あの若人目に見えてモチベーションが下がってるようだぞ』
女の耳には小型のワイヤレスヘッドセットが付いている。
口元に伸びた小型マイクに向かって、女は話しかけた。
「構わん。戦時に人妻に色ボケするなぞ死にたいと言っているようなものだ。それに適当に誰かが慰めて終わりだろう」
『厳しいねぇ……まぁ、俺としては嬉しいがな。俺の愛する嫁は既婚で尚男を魅了する良い女だって証明できた訳だし』
「ふ……嫉妬したか?」
『そりゃ当然。もう少しで近所をふらついてた狐火憑かせるところだったぜ? 俺のモンに手を出したら只じゃ済まさん』
「怖い事だ――――む?」
女は大剣を構えると表情の鋭さを増した。
目の前に見慣れない男が現れたからである。
「そこの男、止まれ! ここは現在警備中だ。貴様、何者だ!」
男は白に近い金髪を短く刈り込み、切れ長の碧眼と意思の強そうな眉をしていた。
ジャケットにGパンといったラフな服装だが、鎧に外套を着こんでいれば女と並び誉れ高い騎士としても通じたろう。
女が騎士を連想したのには理由がある。
男が提げている容姿に似合う、華美な装飾が加わった鞘とそれに収まっているであろうクレイモアが現代の衣装とかけ離れて目立ったからだ。
「何者、か――いいだろう、こちらから名乗るとしよう」
男は提げていた鞘ごとクレイモアを女に向けると、そのまま名乗りを上げた。
「【望郷騎士団(リターン・ナイツ)】所属 天使保護部隊第二班隊長 マイティス・ロウ。故あって、御使い様の御身を預かりに参った」
「っ!? 馬鹿な、正面からだと!?」
「現世に残った騎士よ。無用な殺生は好まぬ。即刻兵を下げて撤退せよ」
マイティスの向けたクレイモアが戦いに奮えるかの如く軋みを上げる。
マイティスはその軋みに応えるように力ある言葉を口にした。
「“奮え、我と共に”」
マイティスが閃光に包まれる。
収まった後に現れた姿は、質実剛健を好しとした白黒の重甲冑であった。
「――退かぬなら、圧し通るまで」
「【祝福鎧】!? 全部隊に通達、オスカーのチームを目標の保護に充てて離脱しろ! 最優先事項だ! 他は退路の確保と別働隊を警戒して応戦。近隣のチームは私の援護に回れ!」
女は各部隊に指示を出すと手に持っていた大剣を構える。
女騎士の気迫を受けながらマイティスは多くの気配が自身を取り囲みつつある事を知った。
「退かぬか、ならば――――」
猛牛のような曲がった角が付いたフルフェイスの兜の奥でマイティスが話し掛ける。
否、これは話し掛けるというよりも宣告であった。
「圧し通らせて貰うぞ……我が身命に掛けてっ!」
動き出すは聖なる光を纏った猛牛。
女騎士――デュラハンは迫りくる絶望と戦いながら味方の到着を待った。
「マイティス、あいつが来たのか――」
現在先生と沙耶が二人の手当てを済ませ、俺はその間に淹れてきたココアを全員に配り終わった。
鎮静効果もあるし甘いので疲労回復効果も見込めるだろう。
何より温かいものというのはそれだけで安心感を与えられるものだという判断からだが、どうやら的を得ていたようで軽いパニックになっていた愛生ちゃんも大分落ち着いたようだった。
「えぇ。彼は単身で私達の警備のど真ん中に現れて、誰一人殺さずに警備隊を突破。護衛対象である天宮 愛生、天宮 愛弓(あゆみ)両名を移動中の部隊に接触し、両名を確保寸前まで追い込んだわ」
熱いのが苦手なのか、少しずつ舐めとるようにココアを飲みながらメフィルさんが説明をする。
俺はマイティスとの邂逅を思い出していた。
少なくとも俺より遥かに荒事に長けており、かつ信念のある昔の騎士のような奴だった。
確かに只者ではないと思っていたが、選りすぐりの護衛部隊を単騎で突破するとは尋常じゃない。
正直船の時にあいつが退かなければやられていたのは俺達だったのではと、今更になって身震いした。
「私達はマイティスの捨て身で何とか脱出したけど、その前に火を使う格闘家ってタイプの教団兵士に襲われたわ。そいつも【祝福鎧】持ちだったから外見は分からなかったけど、女の声だったわ」
え、色々端折られても困るんですが。
そもそも何で教団側のあいつが愛生ちゃん達を守って同じ【祝福鎧】持ちの仲間に襲われてるんだ?
大分ややこしくて理解が追いつかないんで、誰か説明出来るなら頼みたい。
「(エ△エ) 成る程。真実を知った故の罪滅ぼしか」
「先生、分かるのか?」
俺の隣の沙耶も疑問符を浮かべているので、俺や沙耶の理解力が通常の範囲だろう。
俺の発言にふむ、と肯定なのか相槌なのか判別の付き辛い一言だけを返し、先生は愛生ちゃんにいつもの無表情で質問をした。
「(エ△エ) 愛生君、マイティスは最初防戦一方だったのではないかね? そして何かを気に反撃に移り君達を逃がした。違うかな?」
「そういえば……あの赤い鎧女がマイティスさんに顔を近づけていましたが、その後急にマイティスさんが怒り出しました。思えばあれは何かあの女から言われていたのかも知れません」
「(エ△エ) では次だ。彼が君を執拗に狙うのは君の中の神力が必要だと言っていなかったか? 例えば君の中の神力は他とは違う、特別だと言っていたとか」
「――一度だけ、理由を聞いたら答えて頂けた時がありました。『貴女の神力で救って欲しい者が居ます。それは並大抵の天使では出来ない所業なのです』、と」
「(エ△エ) ……最後だ。マイティスは君達を逃がす瞬間、船の時と一緒で何か水晶のようなものを取り出していなかったか? そして相手の名前を呼んでいなかったかな」
「私も無我夢中でしたから水晶かどうかは分かりませんでしたが……確かに言われてみれば船の時と同じでした。胸から何かを取り出していたような気がします。相手の名前は、えぇと……」
「(エ△エ) 『パーシス』。そう呼んでいたろう」
「っ! 凄いです、よく分かりましたねアマルさん。そうです、パーシスと呼んでいました」
先生は愛生ちゃんへの質問を打ち切るとそのまま唇を指で触れた。
何かを考えている時の先生の癖だが、指が離れると同時に先生は立ち上がると全員に向き直った。
「(エ△エ) 証拠が無いがここまで確定条件が揃っていれば説明しても支障ないだろう。マイティスは家族の為に神力を欲したがその用途は彼の意図とはかけ離れており、しかも誘拐された側の処遇を伝えられたとみられる。彼は所属組織が腐りきっていた事と己の所業が救いの無い悪である事を認識して大本(おおもと)を潰す為に動いたと判断出来る。それと――今回、面倒が奴が絡んでいる。しかもそいつは今まで持っていなかった『戦力』すら確保した。急がねばマイティスの命が危ない」
先生は空間に魔法陣を浮かべる。
左右に一つずつ、背後に一つ。
そこから現れたのは一冊の本と小さなワンド、そして背中に浮かぶ巨大な十字架であった。
「ちょっ、ちょっと待て先生! 説明がよく分からん! そして何本気モード出してんだよ!」
俺ですら数えるほどしか見た事が無い先生の姿は、かつて俺の処遇を巡ってお袋とガチ勝負をした時と同じだった。
尚、内容は俺に似合うのが短パンハイソックスか親父と同じ女装をさせるかという割としょーもないものだったが。
「(エ△エ) 急ぐからさ。最初防戦一方だったのは、まだパーシスがマイティスにとって仲間だったからだ。しかしその期待はあっけなく裏切られた。豪、君は資料で見た筈だ。彼の妹、テレネ・ロウがどうなっているかを」
「確か衰弱死寸前で辛うじて生き残った――ってまさか」
「(エ△エ) そうだ。あの女が唆(そそのか)したんだろう。狙いは【祝福鎧】が使える扱い易い駒――マイティスを手に入れる為だ」
「だが神力が必要っていうのは? どんな理由なんだ?」
「(エ△エ) これは思い込みもあるんだがね。愛生君のように変わった外見の天使の神力は強いと思われがちなんだよ。実際には猫の毛並みみたいなもので他の天使とあまり大差がないのだ。恐らくパーシスは何らかの理由で〈ゴート〉とテレネの関係を知った。奪われた神力を特殊な天使から与える事でテレネの容態が快方に向かうとマイティスに嘘を吐いたのだろう。結果マイティスはパーシスにとって都合の良い『天使を全霊で守る役割を演じる駒』となり、守る事でその対象が特別であると他の者にも錯覚をさせる宣伝広告にもなった訳だ。その行動は頭の固い【望郷騎士団】上層部の耳にも入り教団全体の機密である【祝福鎧】に自身が関わる切っ掛けを作る事となる」
「(エ△エ) 愛生君の話では既にパーシスは自身の【祝福鎧】を入手した。そうなると自分に対抗出来る戦力を持つマイティスは邪魔にしかならない。……始末しようとしたんだろうさ」
聞いているだけで胸糞悪くなる話しだ。
家族の為に戦う奴を誑かして、弄んで要らなくなったら後腐れないよう始末する。
俺は知らない内に自分の拳が固く握られていた事に気付いた。
こんな非道、見逃して良い訳が無い。
「(エ△エ) 〈リコール〉のアイテムを使用した時にパーシスの名前を呼んだのは、その効果対象にパーシスを入れる必要があったからだな。転送先は恐らく誰も邪魔が入らない、かつ火属性に対して有利な所――例の誘拐船がある所だろう」
「(エ△エ) 僕の知る限り、パーシスは現在の教団内では珍しい魔物相手に圧倒できる一級品の戦闘能力と相手をいたぶる事を楽しみとする残虐さを備えた危険人物だ。彼女は勝つ為にいたぶるのではなく己の欲の為に、相手の尊厳を壊す為にいたぶる。急がないとね、マイティスの体が無事でも絆を信じる高潔さが失われてしまうんだよ」
助ける、というのは相手の全部を救って初めて成り立つんだ――――
先生はそれだけ言うと応接室の壁に向かって歩き出した。
その先はA.S.H研究所、もとい先生のアトリエがある。
そうか、俺を送った転送魔法陣から行けば時間の節約にもなるのか。
「待ってくれ、先生」
俺に呼び止められて先生の歩みが止まる。
無表情なのに先生が苛立っているのが分かった。
まぁ、本人が時間無いって言っているのに呼び止めたし当然か。
「(エ△エ) 何かね豪? まさか自分が行きたいとでも言うのか。馬鹿を言うな、冗談抜きで言うが死ぬぞ。僕に任せておけ」
「そのまさかだ。俺が行くよ」
マイティスは助からなきゃならない。
あいつに降りかかっている非道を許しちゃいけない。
本当に短い間でしかも敵同士だったが、あいつの戦う理由が見えた以上俺がこの手で救いたい。
「(エ△エ) ……〈レイディエンド〉を持って行く気だな? あれは使うなと言ったろう。最悪、君が君で無くなるぞ」
「それでも、だ。愛生ちゃんは俺にマイティスを救ってくれと頼ってるんだ。ならやるさ」
「ちょっと待って下さい、豪が豪でなくなるってどういう――――」
沙耶の疑問を手の平で制して先生と向き合う。
思えば――こんな形で先生に逆らうのは初めてだったな。
「(エ△エ) 奇跡でも信じているつもりかね。今は変化が少なくとも使い続ければ綻びが生じる。君が君で無くなるんだ。愛すべき隣人を敵と思うかもしれない。刃を振り下ろすかも知れない。それが恐ろしくないのかね君は」
「人は変わる、成長するもんだろ?先生。変わる内容にもよるけど、変わる事そのものが怖い奴なんていないよ。それに俺は――俺の周りの奴を信じている。間違った道に入ったらぶん殴ってでも止めてくれると信じてる。先生は俺の中でその最たる人なんだから、俺を言葉で止めるんじゃなくて」
悪いが先生にも通じてくれよ、この
「俺を、ぶん殴って止めてくれよ」
【奥義】逝けメンスマイル――――
数秒の沈黙が流れる。
やはりこれは怖い技だ。余波だけで周囲の皆が押し黙る。
この凍てつかせる効力を直接食らっている先生には本当に申し訳ないが、この顔を止めさせたければ一刻も早く許可をくれやがりなさい。
俺の心が折れるのが早いが、先生の忍耐が限界になるのが早いか。
「(エ△エ) ……暫く見ない間に、子供とは成長するものだな。本当の親に見せたいくらいだ」
折れたのは先生だった。
「(エ△エ) 良いだろう。〈レイディエンド〉を先行させる形で介入する。リアルタイムで洗脳の状態を解析して極力影響が出ないようにさせるのが譲歩だ。いいな?」
「応よ!」
「何だか知らないけど無茶をやるなら協力するわよ。あの女……私のお気に入りの服をこんなにしてくれたわけだし」
既に着替え終わっているメフィルさんが焦げ付いた布切れを摘みあげる。
「私に出来る事があれば申し付けて下さい! 何でもします!」
沙耶が鼻息荒く勢いづく。気力十分といった感じだ。
「ん? 何でも?」
「お姉さま……私たちこの殿方に何でもされてしまうのですか……?」
「それは違うのですよ、愛弓。私達が何でもして差し上げる側なのです」
「そ、そうなのですか?……がんばります!」
同じ顔を赤らめてこっちを見るな双子。
愛生ちゃんもそうだがこの娘達ちょっと世間ずれしてないか?
「(エ△エ) 君達にはカートリッジへの魔力供給を手伝って貰う。稼動状態の〈レイディエンド〉に面白いデータが見つかったので検証してみたい。それと豪、これを飲め」
先生が近くの棚から出したのは真っ白な錠剤だった。
普段の怪しい色の薬とはまるで違う市販薬のようで、先生の用意したものとは思えないくらい普通だ。
「(エ△エ) 遅効性の活性薬だ。僕の予想が正しければマイティスの救援だけでは話が終わらない。〈レイディエンド〉もそれに合わせて改装する」
先生は俺に渡すと俺の胸を軽く拳で叩いた。
「(エ△エ) 君の本気を、思いを。その場に居る全員に見せてやれ。但し死ぬんじゃないぞ。いいな?」
「死なない事なら任せておけよ。先生の下だとこき使われそうだしな」
茶化して言うが発言は本気だ。
それが伝わったのか、先生は踵を返すと研究所に向かっていった。他の面々もそれに続く。
最悪拘束されて終わりになると思っていたが、先生の助力が得られたのは大きい。
そしてマイティスも味方になるなら何が何でも助けたい。
何より――冷静に考えればマイティスを救う事で愛生ちゃんがマイティスに靡(なび)く可能性だって十分ある。
幼い姿だがマイティスが真面目な奴だという事は俺も理解出来ているから、愛生ちゃんと愛弓ちゃんが真剣に愛を説けば受け入れるだろうし。
騎士と天使、全く以ってお似合いだ。
俺も愛生ちゃんは嫌いではないが男女の好きとは違うから、マイティスを人柱――じゃなかった幸せにしてやれば天使大好きなマイティスも幸せ、マイティスの人生が救われて愛生ちゃん・愛弓ちゃんも幸せというWin−Winの関係が出来上がる。
その為には俺は何が何でもあいつを助けて恩を売らなくてはならない。
錠剤をココアで飲み下しながら、俺は自分の将来の為にマイティス救出に全力を掛ける覚悟を決めた。
無造作に詰まれたコンテナの壁に囲われ、二つの存在が浮き彫りになる。
一つは白黒の大柄な鎧。
装甲が幾つも脱落し、周囲の闇を切り払うが如く装甲が赤く染まっている。
染まっている部分の表面や先端が溶け、不規則に滴が垂れておりその跡を追った波紋が刻まれていた。
もう一つは赤と黄の細身の鎧。
体を覆う装甲の面積が少ない為防御の点で難を残すものの――この鎧に傷が付いている様子は一つも無い。
全身に付いた噴射口のような穴は、寧ろ防御よりも機動力で相手を撹乱し攻撃を当てさせないようにする意図があるようだった。
「おうおう、まだ倒れねぇのか? しぶといねぇ、マイティスさんよ。いや流石、〈ラストスタンド〉の銘は伊達じゃないってか?」
「き……さまを、倒すまで……倒れてなど、やれぬ……」
兜の角は片方が半ばで折れ片方は溶けている。
胴体を中心に風紋のように刻まれた高熱が通りすがった跡なのだろう。
鎧の装甲は溶け、焦げ、砕かれ――――刃の毀れたクレイモアを杖代わりに立っている。
今のマイティスは誰が見ても満身創痍だった。
「そうかい……ならどこまで撃てば倒れるのか試してやるよ」
瞬間、爆音が響く。
マイティスの視界から消え去ったパーシスに対し、マイティスは直感だけでクレイモアを盾代わりに構える。
構えたと同時に大気が震える。
大きく後方に吹き飛ばされたマイティスの手に有るのは、先程盾代わりにした刀身が根元付近から折れたクレイモアの残骸であった。
「穿て、〈杭(ステイク)〉!」
叫び声と共に現れたのは紅の鎧。
そして、叫び声に応じるように黄色の炎を象ったような意匠が輝きだす。
マイティスは肘打ち、裏拳、正拳、回転を加えてからの後ろ蹴りの順に為す術無く食らい続けた。
その打撃が当たる度に爆発の華が咲く。
コンテナの山に吹き飛ばされ、半ば埋もれるようにマイティスが膝を着くとパーシスは悠然とした足取りでマイティスに近づいてきた。
「どうやら、限界のようだな? 所詮硬いだけの旧型じゃあ、この〈ファイアボルト〉の敵じゃないってこった」
パーシスは自身の纏う【祝福鎧】の胸部装甲を撫でつつ歩み寄る。
紅の装甲は燃え盛る炎から発する火の粉に似た輝きを振りまきながら更にその輝きを増していった。
「せめてお前の体調が完全で〈ラストスタンド〉も消耗してなけりゃあ勝負にはなったかもな。あぁでも――永久に来ない勝負じゃあやっぱり俺の勝ちか」
マイティスに止めを刺せるのが可笑しいのか、ゲラゲラと笑いながらパーシスは近寄ってくる。
最早マイティスにはパーシスに付き合えるだけの体力も気力も残っていない。
それでも――一矢報いようとマイティスは兜のスリット奥にある瞳の力だけは抜かなかった。
「そんな体たらくだから妹一人守れねぇんだよお前。ま、どうせ遅かれ早かれ助からねぇんだ。生きてたって技研の連中に死体まで玩具にされるだけだろうし、綺麗に無くなっただけまだ良いんじゃねぇ?」
まだ挑発に乗っていけない。
パーシスは乗った瞬間〈杭〉と呼んでいた一撃を叩き込んでくるだろう。
あの攻撃は高熱を相手の体内に送り込み内部から灼く技だ。
今は〈ラストスタンド〉を装着しているお陰で表面の火傷程度で済んでいるが、先程のような連撃を一箇所に叩き込まれたらそれこそ助からない。
だからこそ、相手の装甲の薄いところに致命打を与える為もう少し相手を近寄らせないといけない。
「どれ、勇者マイティスには今までの功績を称えて褒美をやろう。天国で妹よろしくやってろよ――――」
再度爆音が響く。
〈杭〉の一撃からマイティスはそれが背面の噴射口から噴出された爆炎であると判断していた。
爆発の勢いを利用する事で相手の感知外から強烈な一撃を叩き込む。
正に〈炎弓(ファイアボルト)〉の名に恥じぬ攻撃だ。
だからこそ、隙がある。
「そこだ! パーシス、捉えたぞ!」
既に剣は折れ鎧は半壊。
頼れるのは己の経験と厚い装甲に覆われた拳だけである。
カウンターの要領であたりを付けていた空間に拳を突き出すと、その先には紅の鎧が存在していた。
「何っ!? この〈ファイアボルト〉の動きを見切っていたのか!?」
マイティスの豪腕はパーシスにとって速度差を加味すると壁のように感じただろう。
一度付いた勢いは殺せない。
マイティスの観察力が相性差を埋めた瞬間であった。
「……なーんて、言うと思ったか? オイ」
巨塊の如き拳はそのまま紅の装甲に突き刺さらんとし――その隣を紙一重ですり抜けていった。
「な……っ!」
マイティスが驚くのも無理は無い。
今しがたマイティスの目には、パーシスが『拳の突き刺さる姿勢のまま横にスライドして避けた』ようにしか見えなかったからだ。
マイティスの疑問をパーシスが埋めるように答える。
「馬ー鹿。全身に噴射口があるって事は姿勢制御も自由自在ってこった。横に小さく爆炎を出すだけで回避なんざ簡単に出来るんだよ」
密着するくらいの距離でパーシスはマイティスに説明する。
マイティスの心臓に位置する装甲の上に、パーシスが柔らかい手つきで手の平を添えた。
「あばよ間抜け。次生まれ変わるなら、スライム並みに頭を柔らかくしてこい――」
〈杭〉の魔力が熱を持って装甲に溜まっていくのをマイティスは感知していた。
だが、マイティスは動けない。
カウンターに全霊を注いだ為、最早離脱するだけの力も残っていなかった。
――――こんな奴に、自分は負けるのか。
命を軽く見、享楽の為に人格を嘲笑い、己の欲の為に他人を平気で切り捨てる。
こんな奴に自分は負けるのか。
――――済まない、少年。再戦の誓いは果たせそうにない。
どうせ負けるなら、あの少年のように真っ直ぐ自分に向かってくる者の方が良かった。
このような非道を強いる卑怯者に自分の命を握られているのが堪らなく悔しかった。
自分はこのまま死んでしまうのだろうか。
否。
誰でも良い。
自分に今を生き延びる力を与えてくれるなら誰でも良い。
家族の仇を取らせてくれるのであれば、自分の何を差し出したって構わない。
神よ――――一度で良い、我が身に奇跡を与えてくれ!
マイティスは強く願う。
それこそ、己の妹が助からぬと言われた時と同じくらいに神に祈った。
妹の時は主神に届かなかった祈りであるが、民の間では奇跡が横行する日と言われている。
汚れた身であってもその欠片程度でも良いと考え、マイティスは心底奇跡を欲した。
刹那――――
「せいやァァァァアアアア!!!」
「がはっ!?」
気合一声を受けたかと思うとマイティスの目の前に居た紅の鎧が掻き消える。
マイティスは霞む視界の中、はっきりとその後ろ姿を捉えた。
獣を模したような湾曲した頭部の飾りは自身の鎧と良く似ていた。
最低限を覆っていただけの装甲は厚く変わり、〈ラストスタンド〉に近い複層装甲を腰部や肩部に追加している。
装甲の各部に設けられたスリットは廃熱の為なのかライン分けのように何条にも全身に伸びていた。
恐らく自分の〈ラストスタンド〉とパーシスの〈ファイアボルト〉を足して割ればこのような物が生まれるだろう。
純白の装甲には魔術文字が輝き、明滅に伴って周囲に散る桃色の光は寒空に溶ける吐息のように現れては消え、その力の大きさを物語っていた。
「よう、無事か? マイティス」
軽い挨拶を交わしてきたのは聞き間違える筈も無い。
「お陰様でな、少年。どうやら、魔の神というのは意外と粋な者らしいな……」
今しがた自分が戦いたいと思っていた相手である。
よもや願った先でそれが叶うとは――マイティスは兜に隠れながら口角を上げる。
正直こう即物的に叶えてくれると、宗旨替えも検討したくなってきた。
「はは、そうだな。取りあえずお前は休め。ここは俺が――――」
豪の台詞を中断するように崩れた資材置き場からパーシスが頭を振って現れてきた。
その視線が豪を捉えると、燃え盛る炎のように殺気を立ち上がらせる。
「テメェ……やってくれるじゃねぇか。人の愉しみを邪魔したらどうなるか、分かってんだろうなぁ?」
睨むだけで人間を殺しかねない程の殺意を込めたパーシスの怒りを豪は涼しい顔で受け流す。
「――――片付けてやる」
それどころか挑発すら行う豪にパーシスの怒りは限度を超えた。
ただでさえ最高のタイミングで邪魔をされた挙句、自分を放って世間話興じ殺意を込めても歯牙にも掛けない。
立ち姿があまりにも素人くさいのに余裕のある態度も気に入らない。
あまつさえ単騎でも魔物に引けをとらない戦士であり、かつ【祝福鎧】すら装着して能力値の底上げすらしているのに『片付ける』の一言である。
紛りなりにも教団の兵士として最前線で戦い続けた者としては、侮辱の最上級であった。
「吐きやがったな、その言葉、飲み込めねぇぞ!」
爆音がした瞬間、パーシスの姿が掻き消えた。
爆発を利用した高速移動に入ったのだ。
「少年、横に飛べ! 正面から来る!」
マイティスは警告を飛ばすが、自身でも遅すぎると感じた。
そもそも歴戦のマイティスですら回避困難なのだ。
せめてまともに食らわぬよう、指示を飛ばすしかない。
だが次の瞬間、マイティスが見たのは正面から紅の鎧と対峙した豪の姿であった。
「間に合わなんだか……少年! しっかりしろ、少年!」
マイティスは呼び掛ける。
意識だけでもはっきりさせなければ、豪の命が刈り取られると判断したからだ。
「(エ△エ) その必要は無いぞ。マイティス君」
耳朶を打つ肉声に思わずマイティスは振り返る。
そこには、青白い顔をした無表情な娘が居た。
「貴女は――そうか、船で不死の戦士越しに語りかけていたのは貴女だったのか」
「(エ△エ) この姿では初めてだな。……酷い傷だ。まあ、治すのは難しくないのが幸いか」
アマルはワンドでマイティスの〈ラストスタンド〉に触れる。
触れた箇所にこそ何も起こらなかったものの、マイティスは全身に及ぶ倦怠感と引き攣った感覚、打撃によって鈍化した神経が戻っている事に気付いた。
「何という癒しの力……貴女は賢者なのか?」
「(エ△エ) 只の研究所所長だ。それよりもホレ、決着が付いたぞ」
アマルが顎で指し示す方向をマイティスは改めて見る。
そこには――――
「ぐ……がっ……?」
音を立てて崩れる紅の鎧があった。
顔面をカウンターで打ち抜かれたのだろう。
兜が砕けてパーシス本人の顔が見えている。
兜を砕くぐらいの衝撃と砕いた破片でパーシスが傷つかないのは、豪が拳に纏わせていた魔物娘の保護の魔力が働いていたからだった。
「馬鹿な……パーシスは認め難いが確かな実力を持つ戦士の筈、それをこうもあっさりと……」
「(エ△エ) 所詮人間の枠内だからな。格の違う相手では文字通り話にもならんさ。――気付かないかね?」
アマルの問い掛けの真意を測りかねたマイティスだが、すぐに意味が分かった。
体が動かない。
指一本動かすのにも意識を集中して漸く、というくらいだ。
薬でも魔法でもない。
如何に損壊しているからといって状態異常に関して、【祝福鎧】は迅速に対応出来るようなっている。
「貴公、まさかこれは――」
「(エ△エ) その通り。君だよ、マイティス。君自身の体が豪を前にして動くのを恐れているんだ」
マイティスは愕然とした。
感覚が戻ってきた事と【祝福鎧】が破損して守りが薄くなった事で、目の前の存在がどれ程規格外なのか認識出来てしまったのだ。
思えば可視可能な位強力な魔力を常時『発散』させていた時点で気付くべきだった。
目の前の少年は明らかに自分が対峙した時のそれではない。
元より【祝福鎧】は増槽を付ける、防御力を犠牲に消費魔力を抑える等をし、かつリミッターすら掛けて漸く稼動する旧世代の遺産である。
その基本性能と形状は本来逸脱をする事はなく、それを起こすには膨大な魔力を供給し続けなければならない。
自分と対峙した時、彼は既にそれをしていなかったか。
桁違いの化け物。
マイティスの知る限り、そんな人間はそれこそ旧世代の物語に出てくる勇者くらいしかいなかった。
「しかし、パーシスは一度自分のカウンターを破っています。それが何故少年には効かなかったのですか?」
感覚が戻った事でアマルの実力も把握したのか。
はたまた傷を治して貰った恩義からか。
マイティスはアマルに敬意を払い、言葉遣いを改めて問いかける。
「(エ△エ) 簡単だよ。避けられるならそれに合わせれば良い。君自身豪と対峙した時に言っていたろう? 彼の【祝福鎧】〈レイディエンド〉は動作速度を増幅させる。その気になれば好きなところから魔力噴射して軌道修正するなんて簡単に可能なんだ。加えて豪自身本来は規格外の身体能力をしている。筋力は勿論、腕力・柔軟性・耐久力・反射神経――全てがね。もし彼に格闘戦を挑んだら、それこそ伝説級の達人が相手をしない限りまず勝ち目が無い。生半可な力では押し負け、戦術を駆使しようが単純な暴力で戦術を食い破られるからね」
「……パーシスにとっては正に天敵、ですな」
マイティスは豪の足元に倒れ付すパーシスを見つめながら嘯く。
打撃時に大量の魔力を注入されたのか、パーシスは起き上がれずに時折痙攣をするだけだった。
「少年にも貴女にも助けられましたな。願わくば己の手で仇を取りたかったところですが――この身に命が残っただけマシというもの。それ以上を望むのは身の程を弁えぬ行為ですな。償いは致します……何処へなりともお連れ下さい」
「(エ△エ) そうだな――君の処遇はSIGに一任する事になる。だが、それとは別に私から良い知らせを伝えよう。君の妹御だが存命している。人間ではなくなってしまったが、君が務めを果たせば面会も出来るだろうさ」
マイティスはアマルの知らせを聞き、目を見開いて驚いた後目元を緩ませて笑顔を綻ばせた。
「――何と礼を申せば良いか。言葉もありませぬ……」
「(エ△エ) 礼はいいさ。君は若い、やり直しはまだ利くだろう。自分のこれからだけを考えていなさい」
「――はい」
一件落着とした空気の中、弱々しい笑い声が木霊した。
空気が漏れたようなものではあったが、確かな嘲りの色が滲んでいる。
笑い声の主は倒れ付していたパーシスだった。
「クカカカ……クソみてぇな結末だな……ガキに負けるなんて無様を晒すなんざ、本当にクソだ……」
「パーシス……!」
マイティスは大股で近寄ると、パーシスの胸倉を掴みあげて無理やり上体を起こさせた。
その目には最早仲間を見るある種の信用は無く、代わりに怒りが渦巻いている。
「貴様、何が言いたい。この期に及んで何を企んでいる!」
「おいおい……企むなんて人聞きが悪いな……? 俺は単に忠告してやろうかと思っただけだぜ……? お前、俺の〈ファイアボルト〉が何から魔力供給されてると思う?」
「……今、それが何の関係がある」
「大有りさ……沖合いを見てみろ……」
マイティスを含め全員が沖合いを見る。
遠方に停泊されているので非常に小さいが、船影が闇夜を切り取って黒々と浮かんでいた。
突然――赤と黄の光点が影に現れる。
「テメェ等……船の中核にある魔力炉だけ停止したろ……? それとは別にあの船には予備の魔力炉があってな……中核が停止すると一定時間後に稼動して、指定した対象に生成した魔力を送る設定がされてる……」
「送信先である俺の〈ファイアボルト〉に異常が出たんだ、行き場のない魔力が溜め込まれて爆発するってとこだろ……船があんな沖合いに牽引されたのは予想外だったが……最終的には熱エネルギーにでもなって消滅するんじゃねぇか……?」
「威力はまぁ、物質を魔力転換してるから気化爆弾くらいにはなるんじゃねぇか……? ククッ、デケェ花火を特等席で見られるぜ……俺等……」
「(エ△エ) どうやら本当だな……メフィル。沖合いに牽引したのはSIGだろう。怪しいものが無いか、船内は調べなかったのか?」
「知らないわよ。報告では何も無かったらしいもの。……もしかしたらあの子達、さっさと帰りたいから手を抜いたのかしら」
物陰から溶け出すようにメフィルが現れる。
彼女の手には、身の丈の半分はあろうかという長い棒状の包みが握られていた。
「ほら、届け物よ。全く、おかげで私もあの娘達もグロッキーだわ」
「(エ△エ) 助かるよ。これが使えるなら、あの程度の質量は簡単に消し飛ばせるだろう」
アマルはメフィルから包みを受け取ると、そのまま豪に近寄って行く。
豪が差し出された包みを受け取る時には包装そのものがなくなり中身が露わになった。
「(エ△エ) 使い方は説明した通りだ。全力で臨むといい」
現れたのは剣の柄をそのまま引き伸ばしたとしか言えないものだった。
刀身は無く、知らぬ者が見れば杖のようにも見えたろう。
豪は黙って頷くと、同時に受け取ったカートリッジを装着してそれを構える
「少年は何を……?」
微動だにしなくなった豪の姿に訝しむマイティスの疑問に答える者は居ない。
代わりに、〈レイディエンド〉の装甲全体が徐々に赤く染まり始めた。
「(エ△エ) 遥か昔。まだ教団が魔物の襲撃に怯える人々を救う勇者を抱えていた時代、一つの剣がある勇者の為に作られた」
アマルは独り言のように語り始める。
豪の抱えている物品の由来を知っているようであった。
「(エ△エ) かつて、天使達から齎された知識で作った、究極を目指して作られた武器があった」
〈レイディエンド〉の装甲が完全に赤に染まる。
紅玉のような輝きを纏うそれは、再誕の色である。
供給された魔力で過剰な熱を帯び、その熱で鍛造され、最成形される〈レイディエンド〉。
数多の力を食らったその原型は、新たな力を許容する上限まで注がれた事でその力に相応しい姿へと変わっていく。
兜は動物の角のような意匠から鳥の翼を模した意匠に変わり、目元に深い切れ長のスリットが入る事で無機質な鋭さを纏う。
胸部はより重厚感を増したものの、逆三角形のシルエットとなだらかな曲線で重さを感じさせない頑強さを漂わせている。
肩部先端と腕部の装甲は先鋭化し、より攻撃的な印象を見る者に与えていた。
そして――最も変化した部分は背面、腕部、大腿部と脛部に加わった金属の襞(ひだ)のような部品の追加である。
肩部と腰部にも似たような装甲一体型の襞があったが、それが全身に配置されたような状態になっている。
「――開(かい)」
豪が短く言葉を紡ぐと、顎を保護する部分と手甲、襞の付いた部分の胴体装甲、腰部・脛部の襞の付いた部分とその近くにあるところ以外の装甲が全て自発的に外れる。
〈レイディエンド〉の装甲が外れ、担ぐように持つ豪の姿が露わになるがその姿は彼を知る者であってもまるで記憶に合致しないものだった。
急速な代謝向上の影響か、黒く染めていた灰銀の髪は背中まで伸びている。
元々しなやかな筋肉が付いていた体は一回りほどパンプアップしていた。
何より立ち上る魔力量が桁違いである。
呼吸と共に全身から自然噴出されるそれは薄く全身に纏わり付き、淡い桜色を放っていた。
「(エ△エ) 勇者の力量に合わせ、朽ちず、折れず、毀れず――その力を遺憾なく発揮する為に、戦場のあらゆる物を使って都度鍛造される“死なない剣”」
外れた部分は脱落する事無く、豪の握る柄の先端に自ら組み上がっていった。
組み上がったそれは成した形は大剣。
ミスリル銀ベースの装甲を元に作った、使用者の身の丈を超える長大な刃を持つ大剣である。
元の金属が軽い事も相まって豪は揺らぐ事無くそれを保持する。
「(エ△エ) 聖剣〈コールエッジ〉――かつて前時代の世で覇権を握っていた、一柱の魔王を討つ際に勇者が使った『壊れない剣』だ」
闇夜に薄い光を放って浮かび上がる長い銀髪の剣士。
そして主に負けず頼もしい輝きを放つ大剣。
さながらそれは現代に蘇った神話の一ページであった。
「美しい――これぞ、本来の勇者の姿だ」
「これ程とは予想外ね。早急に手回しが必要かしら……」
「素敵です……豪様♥」
「お兄さん、すごくかっこいい……♥」
「テメェ等……一人くらいあのリッチの台詞聞いてやれよ……ていうか剣で斬る気かアイツ。正気か……? 届くわけねぇだろ、オイ」
まさかの敵方の突込みを貰いつつも、外野の声が届かないのか豪は更に魔力を高める。
如何に魔力が高くても物理的な距離が遠すぎる。
そのような事はアマルを含め豪も百も承知である。
だから――――
「(エ△エ) だから改装した。〈レイディエンド〉ソードフォーム展開」
刀身として組み上げられていた根元部分の装甲が大きく左右に分割する。
翼を模した形状の部分が分割した後、分割された根元は更に二つに分割して内部に封入されていた魔力を押し留めるように円状にゆっくりと回転する。
豪が魔力を込める度に、刀身は同じように分割しては回転していきその全長を伸ばしていった。
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
大上段で構えたその剣の全長は最早正確に計測など出来ず、天を貫かんとする光柱が聳(そび)え立つ。
閃く終光――〈レイディエンド〉の名に相応しい光景であった。
「(エ△エ) さぁ目覚めろ〈コールエッジ〉。これは過去にあった伝説の一幕。その再現だ」
アマルは呼吸を豪と合わせるよう集中する。
魔力供給は豪が行っているものの、過剰な奔流が暴走しないよう調整しているのはアマルだからだ。
振り下ろすタイミングと開放するタイミングにズレがあってはいけない。
「「消し去れ!」」
豪とアマルは同時に叫ぶ。
完全にお互いのタイミングを把握した瞬間、豪は振り下ろしアマルはその力を指向性を持たせて開放する。
「〈レイディエンド〉! 「(エ△エ) “殺人ビーム”!」ってええええぇぇぇぇ!?」
振り下ろしと開放のタイミングは完璧に重なった。
聖剣コールエッジを基軸とした大剣〈レイディエンド〉から容赦ない勢いで魔力流が発せられる。
拘束から開放された魔力流は待機時の数十倍の太さとなって沖合いにある改造貨物船を飲み込んだ。
「なんで殺人ビームなんだああああぁぁぁぁ!!」
〈レイディエンド〉から噴出する魔力流の勢いに押されぬよう、残った鎧の襞部分に魔力を送って豪は全身から魔力噴射を行う。
「(エ△エ) 今そんな事を気にしている場合か! 踏ん張らないと吹き飛ぶぞ!」
「元凶が言うな! ドチクショウーーーーっ!!!!」
結局――改造貨物船の爆発は未然に防がれ、魔力炉も魔物娘の性質に染まったのか無害で安全な状態で停止した。
誘拐事件は発覚から数時間でマイティスを含めパーシス以下市街地で暴れていた教団兵達も全員がSIGに逮捕される結末で幕を閉じる事となる。
豪はその存在から表舞台には上がらなかったものの、とある人物から勲章を授与されるのだが――それはもう少し後の話であった。
※地の文が一人称と三人称で混同されて読み辛いかもしれません。
人影の消えた廃屋の中、マイティスは心中穏やかではなかった。
天使達を失ったのもそうだが、それ以上に彼の希望と成り得る『御使い』までも手放してしまったからである。
心中穏やかでなくても外見にはおくびにも出さず、焦る気持ちがあろうとも再び手にする算段を考える。
そう例え――――
「俺が居ない間に随分間抜けな事をしたみたいだな? マイティスさんよ?」
――――どうしても好きになれない、粗野な同僚が同席していても不必要に心乱されては取り返せるものも取り返せない。
マイティスは心中穏やかではなかったものの、目の前の人物の機嫌を損ねぬよう言葉を選んだ。
「返す言葉もない……全ては自分の力不足に相違なし。パーシス殿には面目立たぬ」
深く腰を折って頭を下げる。
彼女から預けられた天使保護部隊を守りきれなかったのは事実である。
どのような経緯であれ壊滅させたのは己の所業なのだ。
どのような叱責でも甘んじて受けねばならない。
素直に非を認めたマイティスに対し、パーシスと呼ばれた女はニヤつきながら答える。
「あぁ、別に俺に謝らなくても良いんだぜ。あいつ等も覚悟の上で行動してたんだしな。だぁが……残念だったよなぁ? 虎の子の御使いちゃんが手に入らないって事は上はカンカン、妹さんも助かる可能性が低くなったってこった」
「……確かに。だがすぐに取り返す。時間を、頂きたい」
「どのくらいだ? 明日か? 明後日か? いや、俺はやりたいんだけどな。上を誤魔化すのも大変なんだよ……ただでさえ兵隊が減っちまったしよぉ。やるなら早急に、お前さん一人でやる事になるが構わねぇか?」
ペナルティのつもりか――――
そうは思うものの、マイティスは内心安堵した。
一度逃してしまった以上、彼が手に入れるべき天使は厳重に保護されているだろう。
それこそ部隊を率いて行けば返り討ちになるくらいの規模で。
だが、自分一人であれば話は別だ。
相手は数で勝り装備で勝り技量で勝る。
人間一人相手であれば必ずといって良いほど油断をするだろう。
それに単身であれば、仲間達に無駄な犠牲を出させる事が無くなる。
マイティスは短い時間目を瞑ると素早く瞼を開く。
「早急に、と言ったな。パーシス殿」
マイティスは立て掛けてあるクレイモア――待機状態である愛用の【祝福鎧】〈ラストスタンド〉を手に取り足早に歩き出す。
「承知した。只今より向かう故、貴公は為すべき事を為すがいい」
目標の天使が居る場所は既に割れている。
騎士道には反するが、既に栄光とは無縁の身である。
相手の驕りを存分に利用させて貰う腹積もりで、マイティスは『御使い』――天宮 愛生の奪還を果たすべく愚直ともいえる真っ直ぐさで進んで行った。
人影の消えた廃屋の中、女が一人取り残される。
「クックッ……健気だねぇ。まぁ? 可愛い妹さんの為だもんなぁ。仕方ないよなぁ?」
誰とも言わず語りかける女は、一言で言えば炎を連想させる女だった。
中途半端に伸びた赤毛は緋色に近く、癖毛なのか所々外に跳ねている。
相手を値踏みするかのような瞳は金色で、さながら温度の低い炎のようであった。
「とっくに妹なんざ消えてなくなってるってのによぉ、本当、健気なもんだなぁ? ウン」
歪めた口元には常に相手を嘲笑するような笑いが刻まれ、女性的な丸みを残しつつもしなやかに付いた筋肉には幾つもの細かい傷跡が刻まれている。
荒々しい言動と雰囲気のお陰で正直――ラフな服装で恵まれた谷間が見えなければ男でも通ったろう。
「クカカカカ……あの澄ました顔にクソみてぇな真実を告げたらどんな顔をするのかねぇ? いやホント、想像するだけで堪んねぇなぁ、オイ――」
誰に聞かせる訳でもない独り言は、ただただ愉しそうである。
さながらその表情は聖者を堕とさんとする、悪魔そのものであった。
ソラさんの容態は安定しているようだった。
未だに意識は戻らないものの、先生が言うには魔力の消耗を最低限に抑える為の休眠を取っているだけだという事だ。
峠を越したと言えるそうなので、俺等は挨拶もそこそこに帰る事にした。
「じゃ、先生。お疲れさん。ソラさんが目を覚ましたら宜しくな」
「(エ△エ) あぁ、言っておこう。薬は新しいのを調合しておくから、近日中にソラに迎えに行かせよう」
ちなみに――俺『等』というのは何故かというと沙耶がソラさんの部屋の前で待っていたからだ。
お陰で帰りはコイツと一緒である。
「何か言いたそうですね? 豪……そんなに私と帰るのが嫌なんですか」
「そうじゃねえよ。ただ帰れば家が近いんだしすぐ会えるのに何で二度手間みたいな面倒な事するのかって思っただけだ」
「いいじゃないですか。家が近いなら纏めて送って貰った方が効率的です。アマルさんの手間が増えるどころか減るじゃないですか」
「(エ△エ) 何やら宅急便のように言われているが一応転送魔法はかなり高度なんだからな? ハエが入って混ざっても知らんぞ」
ハエ男かハエ女になりたければ話は別だがな、という先生の台詞に沙耶が固まる。
先生、分かってて遊んでんなぁ……。
「……豪」
プルプル震えながら頼りなげに沙耶がこちらを見る。
恐らく虫と混ざった自分を想像したのだろう。
確かに俺もそんな光景は嫌だ。
「大丈夫だって。そもそもんな事言ったら俺なんてMTB込みだぞ。お前がハエ女になるなら俺は自転車男になっちまうだろーが」
こっちに来る前にソラさんが先生の指示でサンタクロースの暫定支部近くにあった駐輪場に停めた俺のMTBを回収していたらしく、帰る時に先生が思い出して俺の隣に用意された。
通常荷物込みでの転送って指定座標の計算やら重量と素材の分別やらでかなり難度が高いらしいのだが、少なくとも俺は先生が失敗したところを見た事がない。
「先生は何だかんだ言って天才だから。安心しろよ、な?」
なるべく不安を消すべく俺は先生の方へ顔を振り向けつつ沙耶に呼び掛ける。
そんな俺の気遣いとは裏腹に、沙耶は目を輝かせながら先生に近寄った。
「アマルさん! 豪は自転車になれるんですか?」
「(エ△エ) トランスフォームは試してないが。やってみるかね?」
「是非!」
「さらっと人体改造を依頼すんなお前! 先生も乗らないで!?」
この人少しでも面白そうと思ったら本気でやりかねないんだぞ!?
俺が赤く塗りたくられて『いい考えがある』とか言い出したら誰が責任取るんだよ。
「(エ△エ) まぁ、提案した人物だろうな」
「実行犯はもっと罪深いと思うのは俺の気のせいか先生? あと思考を読むんじゃねえ」
「(エ△エ) 君は僕を女として見てないじゃないか。なら責任は取る必要がないだろう? それと何年君の世話をしていると思っているんだ。読まなくても顔で分かるさ」
「読める事自体は否定しないんですね、アマルさん……」
さっきの事があるからあんまり強く言えないが、どうやら先生も俺も調子が戻ってきたようだ。
さて、長居するのも悪いしもういい加減帰るか。
そう考えた途端、先生が俺達の前に躍り出た。
片手を何もない空間に向けた次の瞬間、まばゆいばかりの閃光が室内を埋め尽くす。
「な、なんだこりゃ!?」
「襲撃ですか!?」
混乱に陥る一般人な俺等を他所に、先生は微動だにしない。
だが、俺は先生の発言を聞き逃さなかった。
「(エ△エ) 使用が早過ぎる……まさか、さっきの今で攻めてきたとでも――――」
最後まで言い終える事無く閃光に続いて爆音が鳴り響く。
先生は防御用の魔法陣を張っていたのだろう。続く衝撃は俺達の元に届く前に霧散する。
薄っすらと立ち込める煙が晴れてきた中に居たのは――――
「豪、さま――」
「さっきぶり、ね、アマル」
ところどころ焼け焦げて際どくなった服を身に着けた、少し前に分かれた筈の愛生ちゃんとメフィルさんだった。
加えてメフィルさんは愛生ちゃんと良く似た天使の少女も抱きかかえている。
「二人ともどうして……いや、それよりもその格好は!? 傷だらけじゃない!」
沙耶が叫ぶのも無理はない。
正直俺もこんな一時間弱程度でどのような状況の変化があったのか皆目検討が付かないからだ。
だが、現実秋の稲穂のように黄金色をしていた愛生ちゃんの髪は一部が焼けて茶色く縮れており、よく見ると軽い火傷も負っているようだ。
メフィルさんはそれに加えて痛々しい打撲痕や擦過傷が見受けられる。
俺が二人に駆け寄ると、愛生ちゃんは必死の形相で俺に掴み掛かってきた。
「お願いです、豪様……あの人を、マイティスさんを助けてあげてください!!」
時間は少し前に遡る。
場所は都市の中心部から少し離れた大きな邸宅。
そこに、物々しい格好をした者達が整列していた。
「隊長、本当に奴等はこの警備の中来ると思いますか?」
戦闘服を着込み小銃を担ぎながら若い男が問いかける。
問いかけた先の相手は男と何もかもが違う相手であった。
目玉のような装飾があしらわれた重厚な鎧。
身の丈の七割に相当する大剣。
太腿が覗ける深いスリットの入ったスカートとそこから伸びる白く長い足が酷く艶かしい。
「来なければそれで良い。来れば迎え撃つ。それだけだ」
隊長と呼ばれたのは歳若い女だった。
少なくとも話しかけた男は年若い青年といって差し支えない外見をしており、女の方との年齢差は片手で足りるくらいだろう。
意志の強い切れ長の双眸は、女に刃物のような美しさを与えていた。
「配置に着け。貴様は交代要員でもなければ客賓でもない。油を売る暇があるなら己の責務を全うするがいい」
取り付く島もない回答に、男はすごすごと持ち場へ戻って行く。
男の背中には哀愁が漂っていた。
『流石に今のはないんじゃないか? あの若人目に見えてモチベーションが下がってるようだぞ』
女の耳には小型のワイヤレスヘッドセットが付いている。
口元に伸びた小型マイクに向かって、女は話しかけた。
「構わん。戦時に人妻に色ボケするなぞ死にたいと言っているようなものだ。それに適当に誰かが慰めて終わりだろう」
『厳しいねぇ……まぁ、俺としては嬉しいがな。俺の愛する嫁は既婚で尚男を魅了する良い女だって証明できた訳だし』
「ふ……嫉妬したか?」
『そりゃ当然。もう少しで近所をふらついてた狐火憑かせるところだったぜ? 俺のモンに手を出したら只じゃ済まさん』
「怖い事だ――――む?」
女は大剣を構えると表情の鋭さを増した。
目の前に見慣れない男が現れたからである。
「そこの男、止まれ! ここは現在警備中だ。貴様、何者だ!」
男は白に近い金髪を短く刈り込み、切れ長の碧眼と意思の強そうな眉をしていた。
ジャケットにGパンといったラフな服装だが、鎧に外套を着こんでいれば女と並び誉れ高い騎士としても通じたろう。
女が騎士を連想したのには理由がある。
男が提げている容姿に似合う、華美な装飾が加わった鞘とそれに収まっているであろうクレイモアが現代の衣装とかけ離れて目立ったからだ。
「何者、か――いいだろう、こちらから名乗るとしよう」
男は提げていた鞘ごとクレイモアを女に向けると、そのまま名乗りを上げた。
「【望郷騎士団(リターン・ナイツ)】所属 天使保護部隊第二班隊長 マイティス・ロウ。故あって、御使い様の御身を預かりに参った」
「っ!? 馬鹿な、正面からだと!?」
「現世に残った騎士よ。無用な殺生は好まぬ。即刻兵を下げて撤退せよ」
マイティスの向けたクレイモアが戦いに奮えるかの如く軋みを上げる。
マイティスはその軋みに応えるように力ある言葉を口にした。
「“奮え、我と共に”」
マイティスが閃光に包まれる。
収まった後に現れた姿は、質実剛健を好しとした白黒の重甲冑であった。
「――退かぬなら、圧し通るまで」
「【祝福鎧】!? 全部隊に通達、オスカーのチームを目標の保護に充てて離脱しろ! 最優先事項だ! 他は退路の確保と別働隊を警戒して応戦。近隣のチームは私の援護に回れ!」
女は各部隊に指示を出すと手に持っていた大剣を構える。
女騎士の気迫を受けながらマイティスは多くの気配が自身を取り囲みつつある事を知った。
「退かぬか、ならば――――」
猛牛のような曲がった角が付いたフルフェイスの兜の奥でマイティスが話し掛ける。
否、これは話し掛けるというよりも宣告であった。
「圧し通らせて貰うぞ……我が身命に掛けてっ!」
動き出すは聖なる光を纏った猛牛。
女騎士――デュラハンは迫りくる絶望と戦いながら味方の到着を待った。
「マイティス、あいつが来たのか――」
現在先生と沙耶が二人の手当てを済ませ、俺はその間に淹れてきたココアを全員に配り終わった。
鎮静効果もあるし甘いので疲労回復効果も見込めるだろう。
何より温かいものというのはそれだけで安心感を与えられるものだという判断からだが、どうやら的を得ていたようで軽いパニックになっていた愛生ちゃんも大分落ち着いたようだった。
「えぇ。彼は単身で私達の警備のど真ん中に現れて、誰一人殺さずに警備隊を突破。護衛対象である天宮 愛生、天宮 愛弓(あゆみ)両名を移動中の部隊に接触し、両名を確保寸前まで追い込んだわ」
熱いのが苦手なのか、少しずつ舐めとるようにココアを飲みながらメフィルさんが説明をする。
俺はマイティスとの邂逅を思い出していた。
少なくとも俺より遥かに荒事に長けており、かつ信念のある昔の騎士のような奴だった。
確かに只者ではないと思っていたが、選りすぐりの護衛部隊を単騎で突破するとは尋常じゃない。
正直船の時にあいつが退かなければやられていたのは俺達だったのではと、今更になって身震いした。
「私達はマイティスの捨て身で何とか脱出したけど、その前に火を使う格闘家ってタイプの教団兵士に襲われたわ。そいつも【祝福鎧】持ちだったから外見は分からなかったけど、女の声だったわ」
え、色々端折られても困るんですが。
そもそも何で教団側のあいつが愛生ちゃん達を守って同じ【祝福鎧】持ちの仲間に襲われてるんだ?
大分ややこしくて理解が追いつかないんで、誰か説明出来るなら頼みたい。
「(エ△エ) 成る程。真実を知った故の罪滅ぼしか」
「先生、分かるのか?」
俺の隣の沙耶も疑問符を浮かべているので、俺や沙耶の理解力が通常の範囲だろう。
俺の発言にふむ、と肯定なのか相槌なのか判別の付き辛い一言だけを返し、先生は愛生ちゃんにいつもの無表情で質問をした。
「(エ△エ) 愛生君、マイティスは最初防戦一方だったのではないかね? そして何かを気に反撃に移り君達を逃がした。違うかな?」
「そういえば……あの赤い鎧女がマイティスさんに顔を近づけていましたが、その後急にマイティスさんが怒り出しました。思えばあれは何かあの女から言われていたのかも知れません」
「(エ△エ) では次だ。彼が君を執拗に狙うのは君の中の神力が必要だと言っていなかったか? 例えば君の中の神力は他とは違う、特別だと言っていたとか」
「――一度だけ、理由を聞いたら答えて頂けた時がありました。『貴女の神力で救って欲しい者が居ます。それは並大抵の天使では出来ない所業なのです』、と」
「(エ△エ) ……最後だ。マイティスは君達を逃がす瞬間、船の時と一緒で何か水晶のようなものを取り出していなかったか? そして相手の名前を呼んでいなかったかな」
「私も無我夢中でしたから水晶かどうかは分かりませんでしたが……確かに言われてみれば船の時と同じでした。胸から何かを取り出していたような気がします。相手の名前は、えぇと……」
「(エ△エ) 『パーシス』。そう呼んでいたろう」
「っ! 凄いです、よく分かりましたねアマルさん。そうです、パーシスと呼んでいました」
先生は愛生ちゃんへの質問を打ち切るとそのまま唇を指で触れた。
何かを考えている時の先生の癖だが、指が離れると同時に先生は立ち上がると全員に向き直った。
「(エ△エ) 証拠が無いがここまで確定条件が揃っていれば説明しても支障ないだろう。マイティスは家族の為に神力を欲したがその用途は彼の意図とはかけ離れており、しかも誘拐された側の処遇を伝えられたとみられる。彼は所属組織が腐りきっていた事と己の所業が救いの無い悪である事を認識して大本(おおもと)を潰す為に動いたと判断出来る。それと――今回、面倒が奴が絡んでいる。しかもそいつは今まで持っていなかった『戦力』すら確保した。急がねばマイティスの命が危ない」
先生は空間に魔法陣を浮かべる。
左右に一つずつ、背後に一つ。
そこから現れたのは一冊の本と小さなワンド、そして背中に浮かぶ巨大な十字架であった。
「ちょっ、ちょっと待て先生! 説明がよく分からん! そして何本気モード出してんだよ!」
俺ですら数えるほどしか見た事が無い先生の姿は、かつて俺の処遇を巡ってお袋とガチ勝負をした時と同じだった。
尚、内容は俺に似合うのが短パンハイソックスか親父と同じ女装をさせるかという割としょーもないものだったが。
「(エ△エ) 急ぐからさ。最初防戦一方だったのは、まだパーシスがマイティスにとって仲間だったからだ。しかしその期待はあっけなく裏切られた。豪、君は資料で見た筈だ。彼の妹、テレネ・ロウがどうなっているかを」
「確か衰弱死寸前で辛うじて生き残った――ってまさか」
「(エ△エ) そうだ。あの女が唆(そそのか)したんだろう。狙いは【祝福鎧】が使える扱い易い駒――マイティスを手に入れる為だ」
「だが神力が必要っていうのは? どんな理由なんだ?」
「(エ△エ) これは思い込みもあるんだがね。愛生君のように変わった外見の天使の神力は強いと思われがちなんだよ。実際には猫の毛並みみたいなもので他の天使とあまり大差がないのだ。恐らくパーシスは何らかの理由で〈ゴート〉とテレネの関係を知った。奪われた神力を特殊な天使から与える事でテレネの容態が快方に向かうとマイティスに嘘を吐いたのだろう。結果マイティスはパーシスにとって都合の良い『天使を全霊で守る役割を演じる駒』となり、守る事でその対象が特別であると他の者にも錯覚をさせる宣伝広告にもなった訳だ。その行動は頭の固い【望郷騎士団】上層部の耳にも入り教団全体の機密である【祝福鎧】に自身が関わる切っ掛けを作る事となる」
「(エ△エ) 愛生君の話では既にパーシスは自身の【祝福鎧】を入手した。そうなると自分に対抗出来る戦力を持つマイティスは邪魔にしかならない。……始末しようとしたんだろうさ」
聞いているだけで胸糞悪くなる話しだ。
家族の為に戦う奴を誑かして、弄んで要らなくなったら後腐れないよう始末する。
俺は知らない内に自分の拳が固く握られていた事に気付いた。
こんな非道、見逃して良い訳が無い。
「(エ△エ) 〈リコール〉のアイテムを使用した時にパーシスの名前を呼んだのは、その効果対象にパーシスを入れる必要があったからだな。転送先は恐らく誰も邪魔が入らない、かつ火属性に対して有利な所――例の誘拐船がある所だろう」
「(エ△エ) 僕の知る限り、パーシスは現在の教団内では珍しい魔物相手に圧倒できる一級品の戦闘能力と相手をいたぶる事を楽しみとする残虐さを備えた危険人物だ。彼女は勝つ為にいたぶるのではなく己の欲の為に、相手の尊厳を壊す為にいたぶる。急がないとね、マイティスの体が無事でも絆を信じる高潔さが失われてしまうんだよ」
助ける、というのは相手の全部を救って初めて成り立つんだ――――
先生はそれだけ言うと応接室の壁に向かって歩き出した。
その先はA.S.H研究所、もとい先生のアトリエがある。
そうか、俺を送った転送魔法陣から行けば時間の節約にもなるのか。
「待ってくれ、先生」
俺に呼び止められて先生の歩みが止まる。
無表情なのに先生が苛立っているのが分かった。
まぁ、本人が時間無いって言っているのに呼び止めたし当然か。
「(エ△エ) 何かね豪? まさか自分が行きたいとでも言うのか。馬鹿を言うな、冗談抜きで言うが死ぬぞ。僕に任せておけ」
「そのまさかだ。俺が行くよ」
マイティスは助からなきゃならない。
あいつに降りかかっている非道を許しちゃいけない。
本当に短い間でしかも敵同士だったが、あいつの戦う理由が見えた以上俺がこの手で救いたい。
「(エ△エ) ……〈レイディエンド〉を持って行く気だな? あれは使うなと言ったろう。最悪、君が君で無くなるぞ」
「それでも、だ。愛生ちゃんは俺にマイティスを救ってくれと頼ってるんだ。ならやるさ」
「ちょっと待って下さい、豪が豪でなくなるってどういう――――」
沙耶の疑問を手の平で制して先生と向き合う。
思えば――こんな形で先生に逆らうのは初めてだったな。
「(エ△エ) 奇跡でも信じているつもりかね。今は変化が少なくとも使い続ければ綻びが生じる。君が君で無くなるんだ。愛すべき隣人を敵と思うかもしれない。刃を振り下ろすかも知れない。それが恐ろしくないのかね君は」
「人は変わる、成長するもんだろ?先生。変わる内容にもよるけど、変わる事そのものが怖い奴なんていないよ。それに俺は――俺の周りの奴を信じている。間違った道に入ったらぶん殴ってでも止めてくれると信じてる。先生は俺の中でその最たる人なんだから、俺を言葉で止めるんじゃなくて」
悪いが先生にも通じてくれよ、この
「俺を、ぶん殴って止めてくれよ」
【奥義】逝けメンスマイル――――
数秒の沈黙が流れる。
やはりこれは怖い技だ。余波だけで周囲の皆が押し黙る。
この凍てつかせる効力を直接食らっている先生には本当に申し訳ないが、この顔を止めさせたければ一刻も早く許可をくれやがりなさい。
俺の心が折れるのが早いが、先生の忍耐が限界になるのが早いか。
「(エ△エ) ……暫く見ない間に、子供とは成長するものだな。本当の親に見せたいくらいだ」
折れたのは先生だった。
「(エ△エ) 良いだろう。〈レイディエンド〉を先行させる形で介入する。リアルタイムで洗脳の状態を解析して極力影響が出ないようにさせるのが譲歩だ。いいな?」
「応よ!」
「何だか知らないけど無茶をやるなら協力するわよ。あの女……私のお気に入りの服をこんなにしてくれたわけだし」
既に着替え終わっているメフィルさんが焦げ付いた布切れを摘みあげる。
「私に出来る事があれば申し付けて下さい! 何でもします!」
沙耶が鼻息荒く勢いづく。気力十分といった感じだ。
「ん? 何でも?」
「お姉さま……私たちこの殿方に何でもされてしまうのですか……?」
「それは違うのですよ、愛弓。私達が何でもして差し上げる側なのです」
「そ、そうなのですか?……がんばります!」
同じ顔を赤らめてこっちを見るな双子。
愛生ちゃんもそうだがこの娘達ちょっと世間ずれしてないか?
「(エ△エ) 君達にはカートリッジへの魔力供給を手伝って貰う。稼動状態の〈レイディエンド〉に面白いデータが見つかったので検証してみたい。それと豪、これを飲め」
先生が近くの棚から出したのは真っ白な錠剤だった。
普段の怪しい色の薬とはまるで違う市販薬のようで、先生の用意したものとは思えないくらい普通だ。
「(エ△エ) 遅効性の活性薬だ。僕の予想が正しければマイティスの救援だけでは話が終わらない。〈レイディエンド〉もそれに合わせて改装する」
先生は俺に渡すと俺の胸を軽く拳で叩いた。
「(エ△エ) 君の本気を、思いを。その場に居る全員に見せてやれ。但し死ぬんじゃないぞ。いいな?」
「死なない事なら任せておけよ。先生の下だとこき使われそうだしな」
茶化して言うが発言は本気だ。
それが伝わったのか、先生は踵を返すと研究所に向かっていった。他の面々もそれに続く。
最悪拘束されて終わりになると思っていたが、先生の助力が得られたのは大きい。
そしてマイティスも味方になるなら何が何でも助けたい。
何より――冷静に考えればマイティスを救う事で愛生ちゃんがマイティスに靡(なび)く可能性だって十分ある。
幼い姿だがマイティスが真面目な奴だという事は俺も理解出来ているから、愛生ちゃんと愛弓ちゃんが真剣に愛を説けば受け入れるだろうし。
騎士と天使、全く以ってお似合いだ。
俺も愛生ちゃんは嫌いではないが男女の好きとは違うから、マイティスを人柱――じゃなかった幸せにしてやれば天使大好きなマイティスも幸せ、マイティスの人生が救われて愛生ちゃん・愛弓ちゃんも幸せというWin−Winの関係が出来上がる。
その為には俺は何が何でもあいつを助けて恩を売らなくてはならない。
錠剤をココアで飲み下しながら、俺は自分の将来の為にマイティス救出に全力を掛ける覚悟を決めた。
無造作に詰まれたコンテナの壁に囲われ、二つの存在が浮き彫りになる。
一つは白黒の大柄な鎧。
装甲が幾つも脱落し、周囲の闇を切り払うが如く装甲が赤く染まっている。
染まっている部分の表面や先端が溶け、不規則に滴が垂れておりその跡を追った波紋が刻まれていた。
もう一つは赤と黄の細身の鎧。
体を覆う装甲の面積が少ない為防御の点で難を残すものの――この鎧に傷が付いている様子は一つも無い。
全身に付いた噴射口のような穴は、寧ろ防御よりも機動力で相手を撹乱し攻撃を当てさせないようにする意図があるようだった。
「おうおう、まだ倒れねぇのか? しぶといねぇ、マイティスさんよ。いや流石、〈ラストスタンド〉の銘は伊達じゃないってか?」
「き……さまを、倒すまで……倒れてなど、やれぬ……」
兜の角は片方が半ばで折れ片方は溶けている。
胴体を中心に風紋のように刻まれた高熱が通りすがった跡なのだろう。
鎧の装甲は溶け、焦げ、砕かれ――――刃の毀れたクレイモアを杖代わりに立っている。
今のマイティスは誰が見ても満身創痍だった。
「そうかい……ならどこまで撃てば倒れるのか試してやるよ」
瞬間、爆音が響く。
マイティスの視界から消え去ったパーシスに対し、マイティスは直感だけでクレイモアを盾代わりに構える。
構えたと同時に大気が震える。
大きく後方に吹き飛ばされたマイティスの手に有るのは、先程盾代わりにした刀身が根元付近から折れたクレイモアの残骸であった。
「穿て、〈杭(ステイク)〉!」
叫び声と共に現れたのは紅の鎧。
そして、叫び声に応じるように黄色の炎を象ったような意匠が輝きだす。
マイティスは肘打ち、裏拳、正拳、回転を加えてからの後ろ蹴りの順に為す術無く食らい続けた。
その打撃が当たる度に爆発の華が咲く。
コンテナの山に吹き飛ばされ、半ば埋もれるようにマイティスが膝を着くとパーシスは悠然とした足取りでマイティスに近づいてきた。
「どうやら、限界のようだな? 所詮硬いだけの旧型じゃあ、この〈ファイアボルト〉の敵じゃないってこった」
パーシスは自身の纏う【祝福鎧】の胸部装甲を撫でつつ歩み寄る。
紅の装甲は燃え盛る炎から発する火の粉に似た輝きを振りまきながら更にその輝きを増していった。
「せめてお前の体調が完全で〈ラストスタンド〉も消耗してなけりゃあ勝負にはなったかもな。あぁでも――永久に来ない勝負じゃあやっぱり俺の勝ちか」
マイティスに止めを刺せるのが可笑しいのか、ゲラゲラと笑いながらパーシスは近寄ってくる。
最早マイティスにはパーシスに付き合えるだけの体力も気力も残っていない。
それでも――一矢報いようとマイティスは兜のスリット奥にある瞳の力だけは抜かなかった。
「そんな体たらくだから妹一人守れねぇんだよお前。ま、どうせ遅かれ早かれ助からねぇんだ。生きてたって技研の連中に死体まで玩具にされるだけだろうし、綺麗に無くなっただけまだ良いんじゃねぇ?」
まだ挑発に乗っていけない。
パーシスは乗った瞬間〈杭〉と呼んでいた一撃を叩き込んでくるだろう。
あの攻撃は高熱を相手の体内に送り込み内部から灼く技だ。
今は〈ラストスタンド〉を装着しているお陰で表面の火傷程度で済んでいるが、先程のような連撃を一箇所に叩き込まれたらそれこそ助からない。
だからこそ、相手の装甲の薄いところに致命打を与える為もう少し相手を近寄らせないといけない。
「どれ、勇者マイティスには今までの功績を称えて褒美をやろう。天国で妹よろしくやってろよ――――」
再度爆音が響く。
〈杭〉の一撃からマイティスはそれが背面の噴射口から噴出された爆炎であると判断していた。
爆発の勢いを利用する事で相手の感知外から強烈な一撃を叩き込む。
正に〈炎弓(ファイアボルト)〉の名に恥じぬ攻撃だ。
だからこそ、隙がある。
「そこだ! パーシス、捉えたぞ!」
既に剣は折れ鎧は半壊。
頼れるのは己の経験と厚い装甲に覆われた拳だけである。
カウンターの要領であたりを付けていた空間に拳を突き出すと、その先には紅の鎧が存在していた。
「何っ!? この〈ファイアボルト〉の動きを見切っていたのか!?」
マイティスの豪腕はパーシスにとって速度差を加味すると壁のように感じただろう。
一度付いた勢いは殺せない。
マイティスの観察力が相性差を埋めた瞬間であった。
「……なーんて、言うと思ったか? オイ」
巨塊の如き拳はそのまま紅の装甲に突き刺さらんとし――その隣を紙一重ですり抜けていった。
「な……っ!」
マイティスが驚くのも無理は無い。
今しがたマイティスの目には、パーシスが『拳の突き刺さる姿勢のまま横にスライドして避けた』ようにしか見えなかったからだ。
マイティスの疑問をパーシスが埋めるように答える。
「馬ー鹿。全身に噴射口があるって事は姿勢制御も自由自在ってこった。横に小さく爆炎を出すだけで回避なんざ簡単に出来るんだよ」
密着するくらいの距離でパーシスはマイティスに説明する。
マイティスの心臓に位置する装甲の上に、パーシスが柔らかい手つきで手の平を添えた。
「あばよ間抜け。次生まれ変わるなら、スライム並みに頭を柔らかくしてこい――」
〈杭〉の魔力が熱を持って装甲に溜まっていくのをマイティスは感知していた。
だが、マイティスは動けない。
カウンターに全霊を注いだ為、最早離脱するだけの力も残っていなかった。
――――こんな奴に、自分は負けるのか。
命を軽く見、享楽の為に人格を嘲笑い、己の欲の為に他人を平気で切り捨てる。
こんな奴に自分は負けるのか。
――――済まない、少年。再戦の誓いは果たせそうにない。
どうせ負けるなら、あの少年のように真っ直ぐ自分に向かってくる者の方が良かった。
このような非道を強いる卑怯者に自分の命を握られているのが堪らなく悔しかった。
自分はこのまま死んでしまうのだろうか。
否。
誰でも良い。
自分に今を生き延びる力を与えてくれるなら誰でも良い。
家族の仇を取らせてくれるのであれば、自分の何を差し出したって構わない。
神よ――――一度で良い、我が身に奇跡を与えてくれ!
マイティスは強く願う。
それこそ、己の妹が助からぬと言われた時と同じくらいに神に祈った。
妹の時は主神に届かなかった祈りであるが、民の間では奇跡が横行する日と言われている。
汚れた身であってもその欠片程度でも良いと考え、マイティスは心底奇跡を欲した。
刹那――――
「せいやァァァァアアアア!!!」
「がはっ!?」
気合一声を受けたかと思うとマイティスの目の前に居た紅の鎧が掻き消える。
マイティスは霞む視界の中、はっきりとその後ろ姿を捉えた。
獣を模したような湾曲した頭部の飾りは自身の鎧と良く似ていた。
最低限を覆っていただけの装甲は厚く変わり、〈ラストスタンド〉に近い複層装甲を腰部や肩部に追加している。
装甲の各部に設けられたスリットは廃熱の為なのかライン分けのように何条にも全身に伸びていた。
恐らく自分の〈ラストスタンド〉とパーシスの〈ファイアボルト〉を足して割ればこのような物が生まれるだろう。
純白の装甲には魔術文字が輝き、明滅に伴って周囲に散る桃色の光は寒空に溶ける吐息のように現れては消え、その力の大きさを物語っていた。
「よう、無事か? マイティス」
軽い挨拶を交わしてきたのは聞き間違える筈も無い。
「お陰様でな、少年。どうやら、魔の神というのは意外と粋な者らしいな……」
今しがた自分が戦いたいと思っていた相手である。
よもや願った先でそれが叶うとは――マイティスは兜に隠れながら口角を上げる。
正直こう即物的に叶えてくれると、宗旨替えも検討したくなってきた。
「はは、そうだな。取りあえずお前は休め。ここは俺が――――」
豪の台詞を中断するように崩れた資材置き場からパーシスが頭を振って現れてきた。
その視線が豪を捉えると、燃え盛る炎のように殺気を立ち上がらせる。
「テメェ……やってくれるじゃねぇか。人の愉しみを邪魔したらどうなるか、分かってんだろうなぁ?」
睨むだけで人間を殺しかねない程の殺意を込めたパーシスの怒りを豪は涼しい顔で受け流す。
「――――片付けてやる」
それどころか挑発すら行う豪にパーシスの怒りは限度を超えた。
ただでさえ最高のタイミングで邪魔をされた挙句、自分を放って世間話興じ殺意を込めても歯牙にも掛けない。
立ち姿があまりにも素人くさいのに余裕のある態度も気に入らない。
あまつさえ単騎でも魔物に引けをとらない戦士であり、かつ【祝福鎧】すら装着して能力値の底上げすらしているのに『片付ける』の一言である。
紛りなりにも教団の兵士として最前線で戦い続けた者としては、侮辱の最上級であった。
「吐きやがったな、その言葉、飲み込めねぇぞ!」
爆音がした瞬間、パーシスの姿が掻き消えた。
爆発を利用した高速移動に入ったのだ。
「少年、横に飛べ! 正面から来る!」
マイティスは警告を飛ばすが、自身でも遅すぎると感じた。
そもそも歴戦のマイティスですら回避困難なのだ。
せめてまともに食らわぬよう、指示を飛ばすしかない。
だが次の瞬間、マイティスが見たのは正面から紅の鎧と対峙した豪の姿であった。
「間に合わなんだか……少年! しっかりしろ、少年!」
マイティスは呼び掛ける。
意識だけでもはっきりさせなければ、豪の命が刈り取られると判断したからだ。
「(エ△エ) その必要は無いぞ。マイティス君」
耳朶を打つ肉声に思わずマイティスは振り返る。
そこには、青白い顔をした無表情な娘が居た。
「貴女は――そうか、船で不死の戦士越しに語りかけていたのは貴女だったのか」
「(エ△エ) この姿では初めてだな。……酷い傷だ。まあ、治すのは難しくないのが幸いか」
アマルはワンドでマイティスの〈ラストスタンド〉に触れる。
触れた箇所にこそ何も起こらなかったものの、マイティスは全身に及ぶ倦怠感と引き攣った感覚、打撃によって鈍化した神経が戻っている事に気付いた。
「何という癒しの力……貴女は賢者なのか?」
「(エ△エ) 只の研究所所長だ。それよりもホレ、決着が付いたぞ」
アマルが顎で指し示す方向をマイティスは改めて見る。
そこには――――
「ぐ……がっ……?」
音を立てて崩れる紅の鎧があった。
顔面をカウンターで打ち抜かれたのだろう。
兜が砕けてパーシス本人の顔が見えている。
兜を砕くぐらいの衝撃と砕いた破片でパーシスが傷つかないのは、豪が拳に纏わせていた魔物娘の保護の魔力が働いていたからだった。
「馬鹿な……パーシスは認め難いが確かな実力を持つ戦士の筈、それをこうもあっさりと……」
「(エ△エ) 所詮人間の枠内だからな。格の違う相手では文字通り話にもならんさ。――気付かないかね?」
アマルの問い掛けの真意を測りかねたマイティスだが、すぐに意味が分かった。
体が動かない。
指一本動かすのにも意識を集中して漸く、というくらいだ。
薬でも魔法でもない。
如何に損壊しているからといって状態異常に関して、【祝福鎧】は迅速に対応出来るようなっている。
「貴公、まさかこれは――」
「(エ△エ) その通り。君だよ、マイティス。君自身の体が豪を前にして動くのを恐れているんだ」
マイティスは愕然とした。
感覚が戻ってきた事と【祝福鎧】が破損して守りが薄くなった事で、目の前の存在がどれ程規格外なのか認識出来てしまったのだ。
思えば可視可能な位強力な魔力を常時『発散』させていた時点で気付くべきだった。
目の前の少年は明らかに自分が対峙した時のそれではない。
元より【祝福鎧】は増槽を付ける、防御力を犠牲に消費魔力を抑える等をし、かつリミッターすら掛けて漸く稼動する旧世代の遺産である。
その基本性能と形状は本来逸脱をする事はなく、それを起こすには膨大な魔力を供給し続けなければならない。
自分と対峙した時、彼は既にそれをしていなかったか。
桁違いの化け物。
マイティスの知る限り、そんな人間はそれこそ旧世代の物語に出てくる勇者くらいしかいなかった。
「しかし、パーシスは一度自分のカウンターを破っています。それが何故少年には効かなかったのですか?」
感覚が戻った事でアマルの実力も把握したのか。
はたまた傷を治して貰った恩義からか。
マイティスはアマルに敬意を払い、言葉遣いを改めて問いかける。
「(エ△エ) 簡単だよ。避けられるならそれに合わせれば良い。君自身豪と対峙した時に言っていたろう? 彼の【祝福鎧】〈レイディエンド〉は動作速度を増幅させる。その気になれば好きなところから魔力噴射して軌道修正するなんて簡単に可能なんだ。加えて豪自身本来は規格外の身体能力をしている。筋力は勿論、腕力・柔軟性・耐久力・反射神経――全てがね。もし彼に格闘戦を挑んだら、それこそ伝説級の達人が相手をしない限りまず勝ち目が無い。生半可な力では押し負け、戦術を駆使しようが単純な暴力で戦術を食い破られるからね」
「……パーシスにとっては正に天敵、ですな」
マイティスは豪の足元に倒れ付すパーシスを見つめながら嘯く。
打撃時に大量の魔力を注入されたのか、パーシスは起き上がれずに時折痙攣をするだけだった。
「少年にも貴女にも助けられましたな。願わくば己の手で仇を取りたかったところですが――この身に命が残っただけマシというもの。それ以上を望むのは身の程を弁えぬ行為ですな。償いは致します……何処へなりともお連れ下さい」
「(エ△エ) そうだな――君の処遇はSIGに一任する事になる。だが、それとは別に私から良い知らせを伝えよう。君の妹御だが存命している。人間ではなくなってしまったが、君が務めを果たせば面会も出来るだろうさ」
マイティスはアマルの知らせを聞き、目を見開いて驚いた後目元を緩ませて笑顔を綻ばせた。
「――何と礼を申せば良いか。言葉もありませぬ……」
「(エ△エ) 礼はいいさ。君は若い、やり直しはまだ利くだろう。自分のこれからだけを考えていなさい」
「――はい」
一件落着とした空気の中、弱々しい笑い声が木霊した。
空気が漏れたようなものではあったが、確かな嘲りの色が滲んでいる。
笑い声の主は倒れ付していたパーシスだった。
「クカカカ……クソみてぇな結末だな……ガキに負けるなんて無様を晒すなんざ、本当にクソだ……」
「パーシス……!」
マイティスは大股で近寄ると、パーシスの胸倉を掴みあげて無理やり上体を起こさせた。
その目には最早仲間を見るある種の信用は無く、代わりに怒りが渦巻いている。
「貴様、何が言いたい。この期に及んで何を企んでいる!」
「おいおい……企むなんて人聞きが悪いな……? 俺は単に忠告してやろうかと思っただけだぜ……? お前、俺の〈ファイアボルト〉が何から魔力供給されてると思う?」
「……今、それが何の関係がある」
「大有りさ……沖合いを見てみろ……」
マイティスを含め全員が沖合いを見る。
遠方に停泊されているので非常に小さいが、船影が闇夜を切り取って黒々と浮かんでいた。
突然――赤と黄の光点が影に現れる。
「テメェ等……船の中核にある魔力炉だけ停止したろ……? それとは別にあの船には予備の魔力炉があってな……中核が停止すると一定時間後に稼動して、指定した対象に生成した魔力を送る設定がされてる……」
「送信先である俺の〈ファイアボルト〉に異常が出たんだ、行き場のない魔力が溜め込まれて爆発するってとこだろ……船があんな沖合いに牽引されたのは予想外だったが……最終的には熱エネルギーにでもなって消滅するんじゃねぇか……?」
「威力はまぁ、物質を魔力転換してるから気化爆弾くらいにはなるんじゃねぇか……? ククッ、デケェ花火を特等席で見られるぜ……俺等……」
「(エ△エ) どうやら本当だな……メフィル。沖合いに牽引したのはSIGだろう。怪しいものが無いか、船内は調べなかったのか?」
「知らないわよ。報告では何も無かったらしいもの。……もしかしたらあの子達、さっさと帰りたいから手を抜いたのかしら」
物陰から溶け出すようにメフィルが現れる。
彼女の手には、身の丈の半分はあろうかという長い棒状の包みが握られていた。
「ほら、届け物よ。全く、おかげで私もあの娘達もグロッキーだわ」
「(エ△エ) 助かるよ。これが使えるなら、あの程度の質量は簡単に消し飛ばせるだろう」
アマルはメフィルから包みを受け取ると、そのまま豪に近寄って行く。
豪が差し出された包みを受け取る時には包装そのものがなくなり中身が露わになった。
「(エ△エ) 使い方は説明した通りだ。全力で臨むといい」
現れたのは剣の柄をそのまま引き伸ばしたとしか言えないものだった。
刀身は無く、知らぬ者が見れば杖のようにも見えたろう。
豪は黙って頷くと、同時に受け取ったカートリッジを装着してそれを構える
「少年は何を……?」
微動だにしなくなった豪の姿に訝しむマイティスの疑問に答える者は居ない。
代わりに、〈レイディエンド〉の装甲全体が徐々に赤く染まり始めた。
「(エ△エ) 遥か昔。まだ教団が魔物の襲撃に怯える人々を救う勇者を抱えていた時代、一つの剣がある勇者の為に作られた」
アマルは独り言のように語り始める。
豪の抱えている物品の由来を知っているようであった。
「(エ△エ) かつて、天使達から齎された知識で作った、究極を目指して作られた武器があった」
〈レイディエンド〉の装甲が完全に赤に染まる。
紅玉のような輝きを纏うそれは、再誕の色である。
供給された魔力で過剰な熱を帯び、その熱で鍛造され、最成形される〈レイディエンド〉。
数多の力を食らったその原型は、新たな力を許容する上限まで注がれた事でその力に相応しい姿へと変わっていく。
兜は動物の角のような意匠から鳥の翼を模した意匠に変わり、目元に深い切れ長のスリットが入る事で無機質な鋭さを纏う。
胸部はより重厚感を増したものの、逆三角形のシルエットとなだらかな曲線で重さを感じさせない頑強さを漂わせている。
肩部先端と腕部の装甲は先鋭化し、より攻撃的な印象を見る者に与えていた。
そして――最も変化した部分は背面、腕部、大腿部と脛部に加わった金属の襞(ひだ)のような部品の追加である。
肩部と腰部にも似たような装甲一体型の襞があったが、それが全身に配置されたような状態になっている。
「――開(かい)」
豪が短く言葉を紡ぐと、顎を保護する部分と手甲、襞の付いた部分の胴体装甲、腰部・脛部の襞の付いた部分とその近くにあるところ以外の装甲が全て自発的に外れる。
〈レイディエンド〉の装甲が外れ、担ぐように持つ豪の姿が露わになるがその姿は彼を知る者であってもまるで記憶に合致しないものだった。
急速な代謝向上の影響か、黒く染めていた灰銀の髪は背中まで伸びている。
元々しなやかな筋肉が付いていた体は一回りほどパンプアップしていた。
何より立ち上る魔力量が桁違いである。
呼吸と共に全身から自然噴出されるそれは薄く全身に纏わり付き、淡い桜色を放っていた。
「(エ△エ) 勇者の力量に合わせ、朽ちず、折れず、毀れず――その力を遺憾なく発揮する為に、戦場のあらゆる物を使って都度鍛造される“死なない剣”」
外れた部分は脱落する事無く、豪の握る柄の先端に自ら組み上がっていった。
組み上がったそれは成した形は大剣。
ミスリル銀ベースの装甲を元に作った、使用者の身の丈を超える長大な刃を持つ大剣である。
元の金属が軽い事も相まって豪は揺らぐ事無くそれを保持する。
「(エ△エ) 聖剣〈コールエッジ〉――かつて前時代の世で覇権を握っていた、一柱の魔王を討つ際に勇者が使った『壊れない剣』だ」
闇夜に薄い光を放って浮かび上がる長い銀髪の剣士。
そして主に負けず頼もしい輝きを放つ大剣。
さながらそれは現代に蘇った神話の一ページであった。
「美しい――これぞ、本来の勇者の姿だ」
「これ程とは予想外ね。早急に手回しが必要かしら……」
「素敵です……豪様♥」
「お兄さん、すごくかっこいい……♥」
「テメェ等……一人くらいあのリッチの台詞聞いてやれよ……ていうか剣で斬る気かアイツ。正気か……? 届くわけねぇだろ、オイ」
まさかの敵方の突込みを貰いつつも、外野の声が届かないのか豪は更に魔力を高める。
如何に魔力が高くても物理的な距離が遠すぎる。
そのような事はアマルを含め豪も百も承知である。
だから――――
「(エ△エ) だから改装した。〈レイディエンド〉ソードフォーム展開」
刀身として組み上げられていた根元部分の装甲が大きく左右に分割する。
翼を模した形状の部分が分割した後、分割された根元は更に二つに分割して内部に封入されていた魔力を押し留めるように円状にゆっくりと回転する。
豪が魔力を込める度に、刀身は同じように分割しては回転していきその全長を伸ばしていった。
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
大上段で構えたその剣の全長は最早正確に計測など出来ず、天を貫かんとする光柱が聳(そび)え立つ。
閃く終光――〈レイディエンド〉の名に相応しい光景であった。
「(エ△エ) さぁ目覚めろ〈コールエッジ〉。これは過去にあった伝説の一幕。その再現だ」
アマルは呼吸を豪と合わせるよう集中する。
魔力供給は豪が行っているものの、過剰な奔流が暴走しないよう調整しているのはアマルだからだ。
振り下ろすタイミングと開放するタイミングにズレがあってはいけない。
「「消し去れ!」」
豪とアマルは同時に叫ぶ。
完全にお互いのタイミングを把握した瞬間、豪は振り下ろしアマルはその力を指向性を持たせて開放する。
「〈レイディエンド〉! 「(エ△エ) “殺人ビーム”!」ってええええぇぇぇぇ!?」
振り下ろしと開放のタイミングは完璧に重なった。
聖剣コールエッジを基軸とした大剣〈レイディエンド〉から容赦ない勢いで魔力流が発せられる。
拘束から開放された魔力流は待機時の数十倍の太さとなって沖合いにある改造貨物船を飲み込んだ。
「なんで殺人ビームなんだああああぁぁぁぁ!!」
〈レイディエンド〉から噴出する魔力流の勢いに押されぬよう、残った鎧の襞部分に魔力を送って豪は全身から魔力噴射を行う。
「(エ△エ) 今そんな事を気にしている場合か! 踏ん張らないと吹き飛ぶぞ!」
「元凶が言うな! ドチクショウーーーーっ!!!!」
結局――改造貨物船の爆発は未然に防がれ、魔力炉も魔物娘の性質に染まったのか無害で安全な状態で停止した。
誘拐事件は発覚から数時間でマイティスを含めパーシス以下市街地で暴れていた教団兵達も全員がSIGに逮捕される結末で幕を閉じる事となる。
豪はその存在から表舞台には上がらなかったものの、とある人物から勲章を授与されるのだが――それはもう少し後の話であった。
15/01/04 00:39更新 / 十目一八
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