連載小説
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八軒目:とある研究所とそれぞれへの贈り物
※以前よりは短いですが10000字超です。



 PM20:00

「(エ△エ) まずはメフィル、君だ。コレが預かり物の現状で解析出来た範囲の性能。あとこっちで改修した部分。それと今後予想される能力とその対策だ」

 先生は綺麗にラッピングされた細長い箱を取り出すとメフィルさんの前に置いた。
 メフィルさんがそれを開けると、中からUSBメモリーが現れる。

 「受け取ったわ。それと……貴方達。さっきの情報は一応機密情報もあるから、ちゃんと忘れなさいね?」

 どの部分、と言わないあたりが嫌らしい。
 要は全部忘れろという事だろう。
 メフィルさんはUSBメモリーを掴むと席を立つ。

 「またね豪君。今夜の仕事が終わったら、お姉さんに付き合って頂戴♥」

 投げキッスをしながら魔法陣を展開するメフィルさん。
 誰に向けたか知らないが、俺が棒立ちの状態になっていると愛生ちゃんと沙耶が空中で何かを捕らえるようなダイビングをしてきた。
 その様子に呆気に取られた顔をするも、クスリと笑ってメフィルさんは展開した魔法陣の向こう側に消えていく。
 俺はその様子をソファに背中を預けながら手を振って見送った。

 「……お前等、何してんの?」

 「い、いや〜」

 「お邪魔虫を退治していただけですので、お気になさらず。豪様」

 息を切らせながらのコンビプレーは見事だったが。
 虫ねぇ……そういやここ郊外だし、そういうのも居るのかね。
 
 「(エ△エ) ちなみにデビルバグとベルゼブブは居ないぞ。男も居ないしゴミもないからな」

 先生はまたラッピングされた箱を取り出した。
 先程よりも小さく、子供の手の平にも乗るくらいで形はほぼ正方形である。
 愛生ちゃんは箱を開くと、感嘆の声を上げた。

 「凄い……豪様、見て下さい。綺麗な蒼色です」

 「へぇ、確かに。深みがあるっていうのか、神秘的な感じがするな」

 「(エ△エ) あのマイティスという男が最後に使ったアイテムを参考に指輪型のマジックアイテムにしてみた。指輪自体には行き先を登録した〈帰還(リコール)〉の術式を施している。魔宝石ではなく練成した結晶体だが、下手な宝石より硬度があるし貯蔵魔力量も多い。使用時はその場から離れたいと思うだけで発動する」

 「あ、でもこれ二つありますね。何でなんですか?」

 愛生の感嘆に俺が同意し、先生が解説を加え沙耶が新たな疑問をぶつける。
 先生は続けて疑問の答えを述べた。

 「(エ△エ) 実に明快だな。彼女には妹が居るのだろう? ならばもう一つは妹にあげると良い」

 戦場になるなら、そこから護衛対象が安全地帯に瞬時に移動した方が良いにきまっているからな、と先生は補足した。
 そりゃそうか。守りながら戦うのってかなり大変って聞くしな。
 その場から非戦闘員が居なくなるだけでも、現場の人間がかなり助かるだろう。
 
 「豪様豪様、付けて下さいまし♪」

 跳ねるような声で愛生ちゃんが箱を差し出す。
 でもなぁ、こういうのって俺が付けていいもんなのかね。
 妹さんと一緒にお互い付けた方が絵になるんじゃないか?

 「(エ△エ) サイズの事なら気にするな。指輪側で合わせられるからな。よく考えてやるといいぞ」

 まぁ、新しいアクセサリーを付けてみたいっていう感覚なのかね。
 期待を裏切るのも悪いし付けてあげるとしよう。
 俺が指輪を取り出すと、愛生ちゃんは嬉しそうに左手を差し出す。

 「薬指にお願いしますね♪」

 「そういうのは好きな人としなさい」

 俺はそういうと左手の小指に指輪を通す。
 先生の言うとおり、指輪は愛生ちゃんの細い指にしっかりと合わさった。
 その様子に愛生ちゃんは大層不満そうな表情を浮かべる。

 「豪様はいけずです……」

 目に見えて頬を膨らませるのだが、仕方ないだろう。
 俺ロリコンじゃないし。

 「左手の薬指にはつける指輪は幸運を逃さないって意味があるらしいぜ? 薬指に指輪を嵌める相手を逃がさないようにっていう俺なりの気遣いだよ」

 相手は俺以外だけどな! とは流石に声に出さないが。
 俺が愛生ちゃんに指輪を付け終わると、女性陣が白い目でこちらを見ていた。何でや。

 「豪様は本当にいけずです……」

 「(エ△エ) 細かいトリビアは知っているくせに肝心な場で逃げるとは。豪の主治医辞めます」

 「流石にそれはないでしょう、豪……」

 「俺の評価ダダ下がり!? というか先生は洒落なってないから止めて!」

 本気で洒落になってないんで止めて下さいお願いします。
 狼狽する俺の様子に諦めがついたのか、愛生ちゃんは先生に話し掛ける。

 「アマルさん、申し訳ないのですが送って頂けますか?」

 「(エ△エ) うむ。元からそのつもりだしな。しばし待ち給え」

 先生が指を鳴らすと応接室の扉に魔法陣が重なる。
 どうやら扉をくぐると指定先に移動出来るらしい。

 「(エ△エ) さぁ、行き給え。君の自室に繋げておいた」

 「ありがとうございます。では、失礼しますね」

 頭を下げるとトコトコと愛生ちゃんは扉に手を掛ける。
 俺は愛生ちゃんの背中に向けて声を掛けた。

 「またな、愛生ちゃん。妹さんと仲良くな」

 「……今度は妹と一緒に伺います、豪様」

 含みのある笑顔と共に彼女は扉を開ける。
 向こう側に消えていった後、小さく扉の閉まる音がした。
 それ以降は静寂が戻る。
 先生が唐突に俺の肩に手を置いた。

 「(エ△エ) 頑張れ、少年」

 「何を!?」

 (完全にフラグ立ってるって思わないのかな、豪は)

 何を頑張らせたいのか全く分からないが、そんな俺を無視して先生は茶封筒を俺と沙耶に差し出した。
 
 「(エ△エ) 豪、沙耶君。今日はお疲れ様。特に豪には迷惑を掛けたからね。厚くしといたよ」

 受け取ると確かに重い。
 試しに隣に居る沙耶から茶封筒をひったくって比較してみる。
 何やら隣で煩(うるさ)いが、俺は目を閉じ精神を極限まで集中させた。

 ――【奥義】人間計量機!

 説明すると手の平の感覚だけで重さを量り、どっちが重いか確かめる技だ。
 割と体得している奴は多いと思う。

 「(エ△エ) そんな事しなくても横に並べて比較すればいいだろう」

 「……先生、アンタ天才だな」

 「(エ△エ) ? 何を当たり前の事を言っているんだ君は」

 「どうしよう、何処から突っ込めば良いのか分からないんですけど」

 突っ込むべきところなど欠片もない俺と先生の会話に、只管(ひたすら)疲れたような声を上げて抗議する沙耶。
 
 「(エ△エ) 沙耶君も疲れたろうからな。当たり前の事でも違和感を感じているんだろう」

 「沙耶、先生の言うとおりだ。お前疲れてるんだよ」
 
 「んな訳ないでしょう! 兎に角、帰りますよ豪。送って行って下さい!」

 やんわりと言ったのだがまだオブラートが足りなかったらしい。
 まぁ、確かに沙耶の言うとおりか。
 そろそろ帰っても良い頃だろう。

 「(エ△エ) あぁ、その事なんだが。豪、済まないがもう少し残ってくれ。君に話したい事がある」

 「残業か? 一介の学生にそんな事させんなよ。ソラさんに挨拶して帰りたいんだけど」

 正直これ以上の厄介事は勘弁して欲しい。
 こっちは少々やんちゃした普通の学生なのだ。
 こんな戦争じみた事には出来る限り遠ざかりたい。

 「(エ△エ) 大切な事だ。君自身の体質と、そして将来起こるであろう問題だよ」

 何時に無く真面目な声で先生が呼び掛けてくる。
 普段の先生なら『子供は何人くらいが希望かね。あぁ相手は僕以外でだが』とからかって来るのだが、そんな様子が一切無い。
 ――――それ程深刻な事なのか。

 「沙耶、悪いが先に帰っててくれ。……先生、頼むわ」

 「(エ△エ) うむ。そういう訳だから沙耶君。君は自宅に送ろう」

 「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 トントン拍子で進んでいく俺達の会話について来ようと沙耶が食い下がる。
 だが、俺としては踏み込んで欲しくない領域の話だ。

 「私が同席しては駄目なのですか、アマルさん! せめてご両親に客観的立場で報告をする立場の者が必要な筈です!」

 「(エ△エ) 駄目だ」

 先生はバッサリと切り捨てた。
 まぁ、仕方ないよな……。

 「(エ△エ) コレは彼のプライベートな内容になる。それに報告なら僕がすれば良い。君は気に病まず帰りなさい」

 先生の理詰めに沙耶は何か言いたそうな表情を作ったが、喉から出ずにそれをしまった様子だった。
 納得がいかないのか先生から視線を避けつつも別の用件を口にする。

 「……分かりました。でも、せめてソラスタスさんに帰りの挨拶はさせて下さい」

 「(エ△エ) ……いいだろう。終わったら電話ででも知らせなさい。そうすれば君を送れるからね」

 沙耶はうなずくと部屋を出る。
 行き先は先生に教えて貰ったので、迷う事はないだろう。
 気配が完全に消えると先生は話し出した。

 「(エ△エ) さて、豪。体の調子はどうかな?」

 いきなり健康管理の話から入るのかよ。
 まぁ、おかしなところなんてないし正直に答えておこう。

 「? いや、すこぶる良いがそれが何か関係有るのか?」

 「(エ△エ) あるさ。ちなみにどの位だ」

 ……? 調子が良いと何か困るのか?

 「そりゃ絶好調、って感じだな。頭の中の靄が晴れたみたいな、スッキリした感じだぜ?」

 「(エ△エ) それが問題だ。服薬後の君は『常に気怠けな状態』になっている筈だからな」

 そこまで言われて漸く気付いた。
 俺は確かに先程いつもの薬を飲んでいる。
 その後なのに『絶好調』などまず有り得ない。

 「……おい、それってまさか」

 「(エ△エ) 耐性が出来たのかも知れん。恐らくはコレのせいでな」

 先生は壁側まで寄るとそのまま飾ってある絵画の後ろからリモコンを取り出した。
 それを壁に向けると何かのボタンを押す。
 すると、壁が動きその向こう側が姿を現した。

 「(エ△エ) 〈レイディエンド〉。君が先刻交戦した、マイティスという騎士が装備していたものと同じ【祝福鎧(ブレス・アーマー)】だ。尤も、厄介な部分は直したがな」

 「魔力で開けられんのに変な仕掛けを――っておい。何かアレ……形、変わってないか?」

 俺は向こう側に安置された短い時間相棒だった鎧に近づく。
 俺が見た時は鈍色の簡素な最低限体を覆うだけの板金だった。
 だが、今は違う。

 鈍色だった装甲は純白に染まり、安っぽさなど完全に消えている。
 全身を金色に縁取っている意匠はどうやら文字のようだが、あまりにも細かくそうは見えない。
 一番驚いたのが、この鎧には最初に見た時と違って威圧感のような一種の『存在感』が加わっていた。
 この状態で『古い時代の代物』と言われていたら、想像の中とは言え俺は王様の頭を割らずに済んだろう。

 「(エ△エ) その通り。アレは恐らく『進化』したんだ。全く、人間とは恐ろしいものを創るものだな」

 「は?」

 進化? 無機物が? ……どういう事だ。
 俺の疑問をよそに先生が口を開く。

 「(エ△エ) 現状の薬では君の魅了の魔力を抑える事が難しい。ご両親の許可が出たら少しこの研究所に篭って欲しいんだ。何、成分の微調整で済ませられるだろうから1〜2日というところだな」

 無表情な視線は〈レイディエンド〉に注がれているものの、その視線はもう研究対象を見る楽しげなものじゃない。
 明らかな嫌悪が混ざっていた。

 「先生、何か顔怖ぇんだけど。あの鎧、何か気になるのか?」

 「(エ△エ) アレを調べるのに資料を漁っていたんだが、集めた中に見落としていた資料があったのさ。それを最近メフィルから回して貰った情報と一緒に斜め読みしていたんだが、驚いた事に関連性があった」
 
 先生は古ぼけたボロボロの本を取り出す。恐らくあれがその見つかった資料だろう。
 加えて近くにあったノートPCを立ち上げるとUSBメモリを差し込んでファイルを開く。
 こちらに向けた画面の中には良く分からないグラフと素材らしい表示。
 それに注釈なのか※印がついた分が散見された。

 「(エ△エ) ついでに言っておこう。豪、アレはもう着なくて良い。稼動データは取れたし君用の抑制具を作れるだろうから装着する必要が無くなったんだ。もしSIGから要請があろうと突っ撥ねる積もりでもある。改修しておいて良かったよ……相当な問題児だったようだ」

 先生が何時も通り饒舌だ。
 しかしそれが言い含めるような、説教じみた話し方に聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
 俺が薬が効き辛くなったのが〈レイディエンド〉という【祝福鎧】のせいだとは分かった。
 だが薬が効き辛ければ効果を高めれば良いんじゃないか?
 仮に副作用が怖いなら、先生には悪いが何か別の似たような効力のあるものを使えばいいじゃないだろうか。
 正直輪郭すら掴めない状態で『危ないものだから没収』と言われても納得出来ない。
 
 そんな俺の様子を見て、先生は少しの間目を閉じる。
 言うべきか、言わざるべきか。回転の速い脳味噌で考え尽くしているようだった。
 やがて結論が出たのか――先生は緩やかに目を開いた。

 「(エ△エ) ……豪。〈レイディエンド〉の原型は殴り書きで“ゴート”という名称が充てられていた。意味は分かるか?」

 「そりゃ、山羊とか羊とかそんな意味だろ?」

 「(エ△エ) ああ。ウシ科ヤギ属。古くから人類と共にあり、毛皮、肉、乳を得る為に遊牧民の生活に組み込まれた家畜の事だ。では、こう書くとどうだ?」

 先生は俺を呼びつつPCに向かう。
 席に着いた先生の後ろから覗き込むように画面を見ると、先生は何かのファイルを開くところだった。
 ダブルクリックをする短い間隔の音の後に現れたのは文字を入力する空欄。
 先生は淀みなくキーを叩いた。

 【scapegoat】

 先生がエンターキーを押す。
 開かれたファイルの内容を、俺は最初理解できなかった。






 年齢はバラバラで性別も無差別。出身すら統一されていない。
 名前と顔と年齢の横に何かの目安らしいグラフがあるだけの画像付プロフィール。
 それが最初の印象だった。
 だが、見進めるうちに奇妙な事に気付く。

 「先生、このグラフの赤い波線って何だ? 映ってる奴皆一定以上を示してるんだが」

 「(エ△エ) それは魔力の保有量を数値化したものだな。ここに記載されている人間は全員、自覚無自覚問わず高い魔力保有量を持つ人材だった」

 人物達の紹介欄には必ずある単語が注釈付であった。
 とある単語が最後に付いている以上穏やかな内容ではないだろうが、同じ言葉しかないので気になる。
 俺は先生に聞いてみる事にした。
 
 「先生、『Weakening death』って何だ? 死ぬって書いてるんだよな、コレ」

 「(エ△エ) ……中途半端に知っていると後悔するという事が分かったかな? これはね、『衰弱死』という意味さ。ここに載っている人間はほぼ全員、ある事が原因で死亡している」

 先生は振り向かない。
 こちらを見ずに次々とプロフィール画面を切り替えていく。
 過去の人間のデータは、まるで際限の無い資源のように現れては消えていった。
 俺は思わず後ろを振り向く。
 そこには物言わぬ鎧が一領あるだけだ。

 ――――まさか、死因って

 「(エ△エ) ある勇者は嘆いていた。『武具が力に付いてこない。力を入れれば入れただけ壊れてしまう。これでは魔王など倒せない――』とな」

 先生は手を休める事無く朗々と語りだした。

 「(エ△エ) 勇者は町中の鍛冶師に自分の為に剣を打つように頼んだ。『頼む。僕の力に耐えられる武器を作ってくれ。君達なら出来る筈だ』。しかし鍛冶師達は首を横に振るしか出来なかった。『アレが自分達の最高傑作だった』」

 何かの分別をしているのか、先生の手元の動きは速い。
 俺は見ているだけで何をしているのかさえ分からなかった。
 先生は続きを声に出す。

 「(エ△エ) 勇者は旅をした。『きっと世界には僕の力に耐えられる武器がある筈だ』。大自然の祝福を受けた一刀があると聞けば鬱蒼とする密林を掻き分け進んだ。嵐を操る杖があると聞けば全身に痛いくらいの勢いでぶつかる砂粒を吐き出す嵐を耐え進んだ。星を撃つ弓があると聞けば天高く浮く都市を巡り、燃え尽きぬ炎を宿した戦槌があると聞けば地の底にある灼熱の地獄へも向かった」

 先生が見ているのはモニターだろうか。
 それとも物語の光景だろうか。

 「一人では到底無理だった。だが、勇者には支えがあった。旅の途中で出会った仲間だ。共に力を合わせ魔王を討つと誓った仲間達だ」
 「仲間は増え、結束は強まっていく。だが肝心の武具は見つからない。星に届く天にも、地の中心に近い底にも見つからない。――――旅を続ける中ついに、一人の仲間が力尽きた」
 「誰もが勇者のように強い訳ではない。勇者はその事を忘れていた。勇者は気付いた。仲間達との時間が、執着していた武具より遥かに大切であった事に失って気付いたのだ」
 
 瞳から入る視覚情報を処理しながら先生は口ずさむ。
 
 「勇者は友の亡骸を見る度に涙した。『もう武具なんて要らない。僕はもう既にそれを持っていた。友がそれを教えてくれたのだ』。勇者は友の亡骸に自分の剣を捧げる事にした」
 「鞘に入ったその剣は、友に重なると輝きだした。勇者の心に声が響く。『どうか僕も連れて行ってくれ。僕が君の剣になろう。折れぬ心の剣になろう』」
 「友の亡骸は跡形も無くなった。残された剣に友の魂が宿ったのだ。剣の輝きはまるで友が生き返ったかのような眩いものだった」

 ――――まるで、遠い日の出来事を懐かしむかのように。

 「勇者は友の遺した剣で魔王に挑む。激闘の末打ち勝ったのは勇者だった。仲間全員の力を宿した剣は太陽すら霞む光を纏い、振り下ろした一撃は空を割って魔王を討ち倒したのだ」
 「勇者は最大の武器――『絆』を以って悪を滅ぼしたのでした。めでたしめでたし」

 独白にしては長い、御伽噺にしては短い語りが終わった。
 
 「先生、今のは――――」

 「(エ△エ) 教団の支配圏で語られる御伽噺の一つさ。子供の好きな活劇要素を盛り込みつつ、『如何なる犠牲を払っても魔王を討て』と教えているんだよ」

 本当にそれだけだろうか。
 俺には僅かに、本当に微かにだが、思い出の彼方にある郷愁が含まれているように感じた。
 だが、気になる点はそこだけじゃない。

 「人間が、犠牲になってるのか?」

 声が震える。
 分かりきっているのに、言葉に出すのが怖い。
 怖いが口に出さずには居られない。
 アレは、俺の目の前にあるアレは

 「(エ△エ) 言ったろう? 〈レイディエンド〉の原型はSIGが押収した教団の物だ」
 「(エ△エ) 馬鹿げた話だが、教団は過去の遺物を掘り出してしまった。〈レイディエンド〉の原型、“ゴート”という勇者の剣になり得るものを見つけてしまったんだ」

 一体、何人の生贄を喰らったんだ?

 俺は自然と腰を落としていた。
 視線の先には装着者を待つ顎が無造作に開かれている。
 床の冷たさは暖まった筈の体から容赦なく熱を奪い、それすら〈レイディエンド〉に奪われるような錯覚を生む。
 引き寄せられるような感覚の中、背中に当たる机の固い感触だけが俺がここに居る事を教えてくれていた。

 「――――先生は、知ってたのか?」

 恐怖で枯れた喉から何とか搾り出した声は、我ながら酷く乾いたものだった。
 先生はそれにすぐ答えてくれる。

 「(エ△エ) ……存在だけはな。それにその時は名前すら知らなかったし、あったとしても現存すら怪しいと思っていたよ。まさか、自分の手元にあったとは夢にも思わなかったが」
 
 先生が言うには、【祝福鎧】自体生産数が非常に少ないもので、かつ現存するものが少ないらしい。
 現存しても扱うのは極端に難しいらしくある種の『相性』すら必要と去れるほどだそうだ。
 特に古いものは扱うのが容易ではなく、仮に現在の状態に即して使用するには例外なく改造が施される必要があり、過去存在したものをそのまま使用するのはほぼ不可能と言い切れるらしい。
 
 「(エ△エ) 再生産も難しいんだよ、【祝福鎧】というやつはな。聖別された金属を専門の技術で加工し、加工する段階でもまた加護を与える。起動にも使用にも大量の魔力を使用する以上、今の教団には手に余る代物なのさ」

 「(エ△エ) 〈レイディエンド〉の魔力プールは“ゴート”時代の解析と進化の為の名残であり、“ゴート”時に投入された大量の人員は“ゴート”を進化させるどころか満足に起動させる事も出来ずに散っていった」

 「(エ△エ) 今思えばSIGが難なく回収出来たのも、教団が厄介払いをしたかった結果かもしれないな。一応生き残りが居るには居るが、誰も使えない勇者の剣を無理に使った結果がコレでは――採算に合わないと判断したのだろう」

 「生き――残り?」

 俺は足に力を入れて起き上がる。
 生き残り? アレに食われずに済んだ奴が居たのか?

 「(エ△エ) あぁ、見てみろ。体質か偶然かは調べないと分からないが、若干名生き残っている。運の良い連中さ」

 膨大とも思えたプロフィールの数から残ったのは、片手で数えられる程度の人間だ。
 俺は何と無しに画面を眺める。
 その時、脳裏に引っ掛かるものがあった。

 「テネレ・ロウ……ロウ? どっかで聞いた覚えが――」

 「(エ△エ) ……いかんな少年、男女の関係はきっちりと清算し給え。流石に私でも眉をひそめるぞ」

 「だったらそれらしい顔を作ってくれよ、全く……。そうじゃなくて、最近聞いたような――」

 誰だったか。
 思い出せずに頭を掻くが、中々出てこない。
 何だっけ、本当にここ最近聞いたばっかのような気がする。

 「(エ△エ) まとめて面倒を見る自信が無いなら、せめて沙耶君にするか愛生君にするか決め給え。君の股間の突撃銃には弾が入っていない訳じゃないだろうに」

 「徐々にシモ方向にシフトすんな! ん? 愛生ちゃん?」

 そういや愛生ちゃんに矢鱈と入れ込んでた奴が居たような……えー、と。

 ――――このマイティス・ロウがお迎えに上がるまで御使い様は暫く貴様等に預ける! 覚えておくが良い!

 「忘れてたーーーーっ!!」

 勢いよく立ち上がって両手で頭を抱える。
 そうだ、アイツと同じファミリーネームだ!

 「先生! マイティス・ロウって憶えてるか!?」

 「(エ△エ) あの妙に堅物な【祝福鎧】の使い手だろう。ソラと君経由で見ていたよ。ん? そうか、成る程……」
 
 先生も気付いたようだ。
 【祝福鎧】の使い手と【祝福鎧】に食われかけた奴が関係者なら、アイツが戦う理由が分かるかもしれない。
 原因が分かればアイツと戦う時に――――いや、何で戦う事が前提で考えているんだ? 俺は。

 「(エ△エ) ふむ。少し調べてみよう。どうもあの騎士は我々に対して極端に否定的ではないし、天使を狙う理由も確証がないままだ。上手くいけば【祝福鎧】ごとこちら側に引き込めるかもな」

 先生の中では既に別の計画が立ってきているのか、データを保存するとPCの画面を消した。
 残されたのは僅かな照明と照らされた試作機、それと〈レイディエンド〉だけだ。
 神聖さを感じさせる造形のくせに酷く禍々しい産物を見て、俺は先生に問い掛けた。

 「なぁ先生、俺をコイツに関わらせたくないのは用が済んだから以外に何かあるんじゃないか?」

 先生は既に席を立つところだった。
 既に向けられていた背中から声だけの返答が返ってくる。

 「(エ△エ) ……豪、先程ソレを使って戦いたいと思ったろう?」

 胸の奥が軽く跳ねる。
 声には出さなかったが、内心を見切られていたようで俺は目を開いて驚いた。

 「(エ△エ) それも理由さ。『勇者に相応しい行動を取るようにする』洗脳、使用者にはそれが段階的に刷り込まれる。君は囚われの天使達を解放する為、無茶をしたろう? それは勇気もあったかも知れないが、“ゴート”の名残がそうさせたのさ。長く自分を使わせる為に、な」

 天才が聞いて呆れるな、と先生は言う。
 無表情で棒読みだったが今漸く分かった。
 先生は自分に怒っている。
 鎧の意図に気付けず、俺に無茶をさせた事で自分を責めている。
 
 「(エ△エ) “ゴート”は使用者を搾りかすになるまで自らの糧とする、代替わり前の『呪いのアイテム』だ。改修は済ませているから今後起きないが、洗脳の方は対象のどの部分にどう作用するか確認しない限り手出し出来ない。幸い、装着しなければ掛からないし君の場合は初期段階だから人格への影響は最小限だ。それにこの手の洗脳は何度も行わないと効果がないから時間が経てば影響も消えるだろう。豪、〈レイディエンド〉はもう装着しなくて良い。……その厚くしておいたバイト代で楽しく過ごして忘れなさい」

 用件はそれだけだと言うように先生は資料を持ち、席を立って歩き出す。
 会えばからかい、引っ掻き回してくる気苦労の絶えない人なのであまり会いたくない人なのだが、それでも恩人が自己嫌悪しているところを見るのは忍びない。
 先生は事態を見抜けなかった自分の力不足が嫌なのだろう。
 恩人兼姉貴として見ている身としては、放っておきたくなかった。

 「先生」

 小柄な女性である先生に追いつくのはさして難しくない。
 俺は先生の空いている手を軽く握った。

 「……実を言うとさっきの話し結構怖くてさ。ソラさんに挨拶行くまで手、握って貰ってていいか?」

 幼い頃から知っているから、遠慮のない行動をしても滅多に怒られる事はないと見越しての行動だ。
 まぁ怒られたら怒られたで覚悟するしかない訳だが。
 先生は無表情でこちらを見る。
 深海魚めいた光の無い目の奥の感情は相変わらず読めない。
 ……早まったか? 俺。

 「(エ△エ) ……仕方のない奴だな、君は。ソラに会うまで、だからな?」

 表情は分からない。
 声の調子も平坦でいつも通りだ。
 
 「(エ△エ) やれやれ、本当に君は手の掛かる子だ」
 
 俺には少し口元が笑っているように見えた。

14/12/30 00:01更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
ようやく最終に近くなってまいりました。年末まで仕事なのに加筆して書ききれるのか不安な十目です。
一応最後は決めているので悩む必要がありませんが、当方の書く速度で間に合うのか。間に合わせないといけないのでこちらも考える必要はないのですが。
つくづく自分の無計画さを呪うばかりです。

今回は〈レイディエンド〉の原型〈ゴート〉に触れたいと思います。
前魔王時代に使われた、『勇者の能力を蓄積する』【祝福鎧】が〈ゴート〉です。
本来正式名称すらない試作品ですが、実験成果から【ブレイブマスター】の名称を授けられる予定でした。
いってしまえば究極の勇者を作る為の製造機です。
旧教団でも手に余る代物だったので、実戦投入はされず封印されていました。

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