四軒目:とあるデュラハンの留守番
※前回よりは少し短めです。
※顔文字が苦手な方には申し訳ない文章となっています。
PM 14:15
インターホンを押しても誰も出ないのは何ででせうか。
寒さに震えながら携帯を取り出して時間を見てみるが、寒風に晒されながら待つ事十数分。
電池と時間が減るだけで一向に誰も姿を現さない。
一応物音はするので居る事は間違いなさそうなのだが、この調子では呼び鈴が壊れているのではと疑いたくなる。
「いっそ裏に回るか……?」
普通はそこまでしない。
正直今の段階でも不審人物として通報されかねないのだが、今回に限りそうではない。
何の変哲もない二階建ての家だが、表札にある名前は“日藤(ひとう)”。
俺の家の向こう三軒両隣と言えばいいのか、親交の深い家である。
年齢が長じるに従って家族ぐるみの付き合いも減ってきたが、一緒に育ってきた沙耶(さや)とはいまだに仲が良い為多少の非常識は笑って許して貰える筈だ。
そこまで考えたが、最後に一回くらいはインターホンを鳴らして家に電話するくらいはするべきだろう。
そう考えてインターホンを押そうとしたのだが――ドタドタと忙しない足音が響いてきた事に嫌な予感がしたので即バックステップした。
「すみません! 遅くなりました!!」
擬音を付けるなら『グォン』というところであろうか。
風を切るような勢いで開け放たれた扉は非常に殺傷度が高そうだった。
効果範囲内に居たら間違いなく先程の加木のような痛烈な一撃を貰う羽目になっていたろう。
「沙耶。慌ててんのは分かるが前にも言ったとおり、まず開ける前に人が居るか確認しろ」
こいつは昔からそそっかしいというか慌てん坊というか、口調に反して落ち着きがない。
学校で他の級友と話してる時はしっかりしているんだが、知っている人間の前では油断するのか兎に角周りが見えない時が多い。
この間なんて何もないところですっ転んで頭が取れてたからな。
俺がキャッチしてなきゃどうなっていた事か。
「へ?…………え、豪……?」
おーおー、見て分かるぐらい目が白黒しておるわ。
どうやら呼んだサンタが俺だとは、コイツは知らなかったようだな。
「な、何で居るの!? 私全然聞いて――ちょ、ちょっと待ってて! お父さん! お母さん! 豪、豪がサンタに――っていなーーーい! 何処行ったのーーーーーー!?」
パニック起こすほどの事か。
声に涙が混じり始めてるが、正直寒い。
沙耶には悪いがせめて玄関の中くらいには入れて貰おう。
「おーい沙耶ー、寒いんで上がるぞー?」
「ふぇ!? 待って、ちょっと待って! 片付けるから!」
……散らかしてるとは珍しいな。
コイツの親父さんもお袋さんもそういうのは結構厳しい人だから、俺が行く時は結構片付いていた記憶しかない。
まぁ、幼少期の話しだし最近はお邪魔してないしな。
年齢ゆえの反抗とか、今は親父さんもお袋さんも居ないみたいだから気が抜けてたのかもな。
……そう考えると俺が寄越されたのってもしかして沙耶の監視も兼ねてか?
あの親父さんやお袋さんならやりかねんのが怖い。
というかさっきから重いもの引き摺ったり適当に寄せて満足した後崩れて驚いたり何か適当なモン被せて誤魔化そうという類の発言が聞こえまくってるんですが。
アイツ本気で何してんだ?
「大丈夫かよ、梃子摺(てこず)ってるようなら手伝うぜ? 俺、ボランティアだし」
音のする方をひょっこり覗き込むが、部屋の中には居なかった。
サッシが開け放たれているところからどうやら作業は室内ではなく屋外で行っているようだ。
俺が踏み込むと同時に外から沙耶が息を切らして帰って来る。
「はぁ……はぁ……なんで……あんなに重いのよ……・!」
「重いって重いもんだったら手伝えって言えばいいだろ」
俺の呼び掛けで漸く俺の存在を思い出したのか、沙耶を中腰のままこちらに顔を向ける。
瞬間、絵に描いたように目を丸くして驚いた表情を浮かべるのだがそこまで大げさにされると珍獣扱いされてるようで悲しくなってきた。
「ちょ……っ!? 待っててって言ったでしょ! 何で入ってくるの!」
「応、お邪魔してるぜ。ついでに悪い子はいねが?」
「赤いけど地方と時期が違うわよ! アンタ子供泣かせたいの!?」
おーおー、狼狽してても突っ込みは入れるか。
これはこれで楽しいんだが、話が進まないのでそろそろ流れを戻そう。
「沙耶、言葉遣いが普段と違うぞ。親父さん達が居なくても『普段どおり』にな?」
多少意地悪い表情を作ると沙耶は納得がいかない顔を浮かべつつも、二、三度咳払いをする。
意識的に空気を仕切ると改めて背筋を正してこちらに挨拶をしてきた。
「コホン……お忙しい中我が家にお越し頂き有難う御座います。つきましては豪、本日は貴方がお手伝いを頂けるのですね?」
先程とは打って変わった対応に、内心笑いを堪えるのが精一杯な状況です。
この似非貴族みたいな喋り方をするコイツのフルネームは日藤 沙耶(ひとう さや)。
種族はデュラハンで、以前はこんな喋り方をしなかったのだが、何の影響か変に馬鹿丁寧に話すようになった。
親父さんもお袋さんも特に気にしてない様子だが、昔から付き合いがありコイツのあんな秘密やこんな秘密を知っている身としては未だに違和感が拭えない。
「まぁな。でも結構質素なんだろ? 俺ん家と同じで市販のツリー組み立てて適当にそれっぽい料理とケーキを食うだけだった気がするが」
沙耶の家は共働きだ。
別段家計がヤバイとかそんなんじゃなく、単に両親が同じ職場で働いているだけという話なのだが理由が『お互い少しでも長く一緒に居たいから』。
……まぁ、魔物娘とその旦那だしね? 言いたい事は分かるんだが娘放っておくのはどうよと思う。
実際、小さい時はそう思って沙耶本人に聞いたりしたんだが、『豪が居るから寂しくない』って返された。
友人で寂しさ埋められるのは魔物娘も人間も大差ないみたいだし、単純に自分が必要とされている事が嬉しかったので俺もこの件は触れなくなった。
「な……! ご、豪! 貴方今日は食事もしていくのですか!? ヤッバ、可愛い系の下着洗濯中だった……不覚……! ああでも強引に来られたら……お父さんお母さん、沙耶は今日大人になります……!」
「へ? あ、いやそこまで厚かましくねーよ。終わったらちゃんと帰るから安心しろ」
後半部分は聞き取れなったが、流石に家族の団欒に水差すような真似は出来ないしな。
俺は俺で帰っても親父達のデートを見送った後ゴロゴロする予定だったが、だからと言って誰かの家にご厄介する気も無い。
大体彼女や彼氏持ちだし、独り者は涙を飲んでレンタルDVDでも消化してればいいし。
…………自分で言ってて悲しくなるな。
む? 沙耶が OTL ってなってるがどうしたんだ?
というか今まで気にしてなかったが中々凄い格好をしているなコイツ。
上にジャンパー羽織ってるが、下はタンクトップとスパッツが一体化したような黒い厚手のインナーだけだ。
生地が厚いようで下着の有無は分からないが、体の線は出るので結構エロい。
というかコイツも成長してたんだな……普段から見慣れてるせいでちょっとした変化も見落としていたのを今実感した。
「どうした、コンタクトでも落としたか?」
「うるさいっ! 私の覚悟を返せ!」
キッと食って掛かるように沙耶が俺を睨む。
何これ理不尽。
まだ何もしてないのに何故に俺が怒られるのでしょうか。
そんな俺の内心を知らず、何やら怒りの空気を纏って沙耶が立ち上がる。
「バイトが終わって帰ってきたら寒い家に誰も居ないし誰か来たと思ったらサンタ姿の豪だし二人っきりになれると思ったのにこっちの心の中お構い無しの鈍感だし…………」
ブツブツ小声で何言ってんのか分からんがこれだけは分かる。
さっさと逃げないと母親直伝と言われた一刀が俺の脳天をかち割りに来る空気が満々だ。
コイツの恐ろしいところは威力もそうだが隙を見せると同じ箇所を正確にぶん殴ってくる目の良さが大きい。
ガキの頃ふざけてチャンバラごっこをした時の悦の入った獲物を狩る目を俺は忘れていない。
そうこうしている間に何時の間にか沙耶の手に木剣が握られていた。
「ふ、ふふ……豪は悪い子悪い子悪い子悪い子にはお仕置きが必要……うふ。大丈夫、何かあっても私が傍に居て面倒見てあげますから、……ね?」
「『ね?』じゃねーよ! 何ナチュラルに暴力振るおうとしてんだお前! というか俺が何をした!?」
ゆっくりと上段に木剣を振り上げる沙耶と、体重を後ろに掛けていつでも離脱出来るように間合いを計る俺。
緊迫した空気の冷たさは外の寒気にも負けては居ない。
一触即発の空気の中、些細な変化も逃さないよう全力で神経を研ぎ澄ませる。
振り返れば一介の高校生が何故一日に何度も暴力沙汰に巻き込まれるのか。
そんな益体もない思考が脳裏に浮かんでは過ぎていく中、変化は唐突に現れた。
《((((o´ω`o)ノコンニチワァ》
「「!?」」
――――但し、完全に予想外の形で。
音は無い。
映像も無い。
ただ脳裏に『情報だけ』浮かんでくる。
大よそ人間――というよりは既存の生物――の範疇外のコミュニケーションに俺と沙耶は反射的にサッシを見た。
そこには、顔の半分ほどを骨の意匠に隠した長身の影が佇んでいた。
喪服のような黒い男性スーツに身を包んでいるものの、白に近い背中を覆うほどの長い灰色の髪と服を押し上げる豊満な胸、なだらかな曲線を描くくびれ、適度に脂肪と筋肉の付いた臀部は全体的に折れそうな印象を与える細さを持つ彼女の強烈なアクセントとなっている。
爛々と佇む仄暗い赤を瞳に湛え、無表情に彼女は佇んでいた。
《(; ̄ー ̄)……邪魔だったかしら?》
気まずい感情というべきか空気で彼女は語りかけてくる。
繰り返すようだが彼女自身は無表情のままだ。
石膏像のように表情は微動だにしない。
だが、だからといって感情が死滅している訳ではないのである。
「いや、大丈夫っすよソラさん。お久しぶりです」
頭を下げる俺に倣って沙耶も木剣を捨てて腰を折る。
彼女――ソラスタスさんは俺の薬を作っている変態研究者の部下だ。
彼女自身スケルトンという種族なのだが、何度も実験に付き合った結果通常とは違う変異体となっている。
《ひさしぶりっ♪ヾ(*`ω´*)元気だった?》
見た目は怜悧な姉御という感じなのだが、中身を空けると女学生のような気安い感じのお姉さんな対応なので彼女を初見の人物は大体最初の対応の時点でずっこける。
実験を行った上司に言わせれば『ギャップ萌え』らしいが――確実に萌えを履き違えている。
そんな俺の思考を遮ったのは、その場に居た沙耶であった。
「何故ソラスタスさんがここに……。あ、もしかしてもう時間ですか?」
心当たりがあったのか、沙耶は壁に掛けてある時計を見る。
時刻は既に15:30を回っていた。
《(*'-')b ウン。何度か呼び鈴鳴らしたけど誰も出なかったから》
裏から回ってきた、と。
……俺等一時間近く固まったままだったのか。
この貴重な一日に有り得ないくらい無駄な時間だったな。
沙耶は慌てて外に向かっていった。
「あわわわわ……す、すみません! すぐにお渡しします!」
俺に見えないところで何やらカチャカチャガチャガチャ操作する沙耶と、それを見守るソラさん。
ややあって沙耶がソラさんに何か細長いものを手渡した。
飾り気の無いそれは一瞬しか見えなかったが、USBメモリーのようだ。
それを受け取るとソラさんはスーツのポケットから折り畳み式の携帯端末を取り出す。
タッチ式の大型パネルを採用した端末が普及している中、古めかしいとさえ言えるその端末は何故か彼女に似合っている。
口元を一切動かさないその姿は話しているフリだけをしているように見えるが、実際彼女が連絡を受け取ると俺と沙耶が経験したような情報だけ頭の中に入ってくる感覚があるので会話は成立する。
彼女はその状態で数分固まると、俺に携帯端末を渡してきた。
代われ、という事らしい。
『(エ△エ) やぁ、少年。ムラムラしてるかな?』
「……先生、薬はまだ余裕あるんで要らないんすけどねぇ……」
開口一番これかよ。
電話の相手は俺の使っている薬を開発した人で、アマルという女性だ。
自費で研究、開発をしておりその仕事の種類は本人の興味の赴くままという自由っぷりである。
その余りある好奇心は時に思わぬ産物を生むものの、仕事の速さ、質両面で高い結果を出す為高い金を払って商品開発を依頼する会社も少なくない。
結果、彼女は好きな時に好きなだけ好きな研究をするという自由人極まれりという生活が可能となっている。
ちなみに先生はリッチという魔物娘だが研究と同じくらい下ネタ大好きである。
なので俺はこの人が苦手だし、顔を会わせる度に止めてくれって言ってるんだが一向に聞きゃしねぇ。
『(エ△エ) 何と。ムラムラしていないと!? いかん、それはいかんよ若人。若いうちはその情熱を遺憾なく発散させるべきなんだ。歳をとっても恋は出来るが、若さに任せた恋は今だけだ。君はもう少し欲望を吐き出すべきだな』
「とりあえず薬の事以外で先生に付き合うとロクな事にならないんで。俺も忙しいんで用件だけお願いできませんかね」
この人との会話は一年に36分もあれば充分だ。
一ヶ月三分、十二ヶ月の計算である。
『(エ△エ) ……これが世代差か。老人の楽しみである若人との語らいは若人にとっては苦痛でしかないとは。世も末だ……』
「泣き言を棒読みすんな。いい加減切るぞ顔面死後硬直」
この人は毎回俺をおちょくっては楽しもうとする。
実年齢は俺どころか親と言わず祖父母以上なのだが、精神年齢は俺より低いんじゃないかと思える時がほぼ毎回だ。
高齢者の狡猾さと稚児の無邪気さを併せ持つ、俺の中の『出来るなら関わりたくない相手No 1』である。
『(エ△エ) まぁ待て。君に良い話を持ってきた。お互いの益になる話だ』
「……身長は165cm前後、体重は50kgくらいでボンキュボンな巨乳でおっとりした可愛い感じのお姉さんでも紹介してくれんのかよ?」
魔物娘の『良い話』に期待して駄目元で聞いてみる。
程なくして帰ってきた回答は俺の予想通りであった。
『(エ△エ) 紹介してもいいがドMだぞ。いいのか?』
「話って何だ? 俺と先生に益のあるそうだが」
俺、度を越したMとかSとかはちょっと……。
やっぱり適度に、健全にね!
唐突な話の路線修正に戸惑いも見せず、先生は気を害した様子も無く話し始めた。
『 (エ△エ) 何、少々魔王様直轄の組織から押収した装備品のデータを解析するよう頼まれてね。ある程度は分かったんだが何分この装備品、人間用なのか魔物娘では起動出来ても動かなくてね』
「ちょっと待て。既にきな臭いんだが、この時点での俺の身の安全は大丈夫なんだろうな」
『(エ△エ) 問題ないよ。どうせ思春期の妄言と取られるさ。……さて、それで依頼元の組織でもインキュバスに装備させて動かそうとしたんだが、燃費が悪いのか2分も状態を保てず停止したという訳だ。私も静止状態ではある程度のデータ取得は出来るんだが、矢張り実際に動かさないと分からない部分が出てきてしまったんだ。向こうからは分かる範囲で構わないとは言われているが、出来るなら完全な資料を作りたいんだよ』
「……成る程。で、俺に着せたいと。俺のメリットは?」
先生は俺の体質を知っているからな。
恐らくその悪い燃費とやらも俺には関係ないだろう。
それに命に関わるような事をしてきた事は無いし、ここらで俺が日常生活を送れている恩を返すのも悪くないかもしれない。
まぁ、口が裂けても言わないけどな。
『そうだな……とりあえず20万でどうだい? 何かしら必要であればプラスするという形で』
わぁーお太っ腹。
ただ何時間も拘束されるのは流石に困るので、そこだけははっきりさせておこう。
「随分割りの良いバイトだな。ちなみにどのくらいの時間着てればいいんだ?」
『(エ△エ) ふむ、そう長い時間は必要ないからね。精々2時間というところかな。どうだね?』
「乗った」
どうせ家に居てもレンタルDVDの消化しかしないしな。
だったらちょっと高額のバイトして懐を暖めてからでもいいだろう。
普段よりちょっと多めに借りて、普段よりちょっと質の良いファーストフードとケーキでも買って帰れるし。
あれ、なんでちょっと視界が歪むのかな? おかしいなー。悲しくなんて無いのにな。
少々アンニュイな気分になりつつある時に、先生から今度は沙耶に代わる様に頼まれた。
代わった後の沙耶は最初は緊張していたようだが、先生が何か言わない筈がない。
案の定慌てたり真っ赤になったりと忙しそうだった。
最終的に携帯端末は持ち主であるソラさんに返り、彼女が数秒間無言で端末を耳に当てた後に元の場所に収納される。
《(*・∀-)b じゃ、行こっか♪》
言うが早いか日藤家の前に大型の10tトラックが停車する。
クラクションを軽く鳴らし存在を誇示したソレは、車体後ろの搬入・搬出用扉を開閉させた。
《(*'ー'*)おねーさん、この子を積んじゃうから。先に乗っててね?》
そういうとソラさんは沙耶の隠していたであろう膨らんだビニールシートに向かう。
既に半ばまで見えていたそれは重厚そうな厚みの金属塊にしか見えなかったが、ソラさんは軽い荷物でも運ぶように手際よく積んでいった。
種族を無視した怪力加減である。
「乗るか、俺等……」
「うん……」
もう全部あの人だけでいいじゃないかな――――
そんな事を考えつつ、俺と沙耶はトラックの助手席へと向かっていった。
※顔文字が苦手な方には申し訳ない文章となっています。
PM 14:15
インターホンを押しても誰も出ないのは何ででせうか。
寒さに震えながら携帯を取り出して時間を見てみるが、寒風に晒されながら待つ事十数分。
電池と時間が減るだけで一向に誰も姿を現さない。
一応物音はするので居る事は間違いなさそうなのだが、この調子では呼び鈴が壊れているのではと疑いたくなる。
「いっそ裏に回るか……?」
普通はそこまでしない。
正直今の段階でも不審人物として通報されかねないのだが、今回に限りそうではない。
何の変哲もない二階建ての家だが、表札にある名前は“日藤(ひとう)”。
俺の家の向こう三軒両隣と言えばいいのか、親交の深い家である。
年齢が長じるに従って家族ぐるみの付き合いも減ってきたが、一緒に育ってきた沙耶(さや)とはいまだに仲が良い為多少の非常識は笑って許して貰える筈だ。
そこまで考えたが、最後に一回くらいはインターホンを鳴らして家に電話するくらいはするべきだろう。
そう考えてインターホンを押そうとしたのだが――ドタドタと忙しない足音が響いてきた事に嫌な予感がしたので即バックステップした。
「すみません! 遅くなりました!!」
擬音を付けるなら『グォン』というところであろうか。
風を切るような勢いで開け放たれた扉は非常に殺傷度が高そうだった。
効果範囲内に居たら間違いなく先程の加木のような痛烈な一撃を貰う羽目になっていたろう。
「沙耶。慌ててんのは分かるが前にも言ったとおり、まず開ける前に人が居るか確認しろ」
こいつは昔からそそっかしいというか慌てん坊というか、口調に反して落ち着きがない。
学校で他の級友と話してる時はしっかりしているんだが、知っている人間の前では油断するのか兎に角周りが見えない時が多い。
この間なんて何もないところですっ転んで頭が取れてたからな。
俺がキャッチしてなきゃどうなっていた事か。
「へ?…………え、豪……?」
おーおー、見て分かるぐらい目が白黒しておるわ。
どうやら呼んだサンタが俺だとは、コイツは知らなかったようだな。
「な、何で居るの!? 私全然聞いて――ちょ、ちょっと待ってて! お父さん! お母さん! 豪、豪がサンタに――っていなーーーい! 何処行ったのーーーーーー!?」
パニック起こすほどの事か。
声に涙が混じり始めてるが、正直寒い。
沙耶には悪いがせめて玄関の中くらいには入れて貰おう。
「おーい沙耶ー、寒いんで上がるぞー?」
「ふぇ!? 待って、ちょっと待って! 片付けるから!」
……散らかしてるとは珍しいな。
コイツの親父さんもお袋さんもそういうのは結構厳しい人だから、俺が行く時は結構片付いていた記憶しかない。
まぁ、幼少期の話しだし最近はお邪魔してないしな。
年齢ゆえの反抗とか、今は親父さんもお袋さんも居ないみたいだから気が抜けてたのかもな。
……そう考えると俺が寄越されたのってもしかして沙耶の監視も兼ねてか?
あの親父さんやお袋さんならやりかねんのが怖い。
というかさっきから重いもの引き摺ったり適当に寄せて満足した後崩れて驚いたり何か適当なモン被せて誤魔化そうという類の発言が聞こえまくってるんですが。
アイツ本気で何してんだ?
「大丈夫かよ、梃子摺(てこず)ってるようなら手伝うぜ? 俺、ボランティアだし」
音のする方をひょっこり覗き込むが、部屋の中には居なかった。
サッシが開け放たれているところからどうやら作業は室内ではなく屋外で行っているようだ。
俺が踏み込むと同時に外から沙耶が息を切らして帰って来る。
「はぁ……はぁ……なんで……あんなに重いのよ……・!」
「重いって重いもんだったら手伝えって言えばいいだろ」
俺の呼び掛けで漸く俺の存在を思い出したのか、沙耶を中腰のままこちらに顔を向ける。
瞬間、絵に描いたように目を丸くして驚いた表情を浮かべるのだがそこまで大げさにされると珍獣扱いされてるようで悲しくなってきた。
「ちょ……っ!? 待っててって言ったでしょ! 何で入ってくるの!」
「応、お邪魔してるぜ。ついでに悪い子はいねが?」
「赤いけど地方と時期が違うわよ! アンタ子供泣かせたいの!?」
おーおー、狼狽してても突っ込みは入れるか。
これはこれで楽しいんだが、話が進まないのでそろそろ流れを戻そう。
「沙耶、言葉遣いが普段と違うぞ。親父さん達が居なくても『普段どおり』にな?」
多少意地悪い表情を作ると沙耶は納得がいかない顔を浮かべつつも、二、三度咳払いをする。
意識的に空気を仕切ると改めて背筋を正してこちらに挨拶をしてきた。
「コホン……お忙しい中我が家にお越し頂き有難う御座います。つきましては豪、本日は貴方がお手伝いを頂けるのですね?」
先程とは打って変わった対応に、内心笑いを堪えるのが精一杯な状況です。
この似非貴族みたいな喋り方をするコイツのフルネームは日藤 沙耶(ひとう さや)。
種族はデュラハンで、以前はこんな喋り方をしなかったのだが、何の影響か変に馬鹿丁寧に話すようになった。
親父さんもお袋さんも特に気にしてない様子だが、昔から付き合いがありコイツのあんな秘密やこんな秘密を知っている身としては未だに違和感が拭えない。
「まぁな。でも結構質素なんだろ? 俺ん家と同じで市販のツリー組み立てて適当にそれっぽい料理とケーキを食うだけだった気がするが」
沙耶の家は共働きだ。
別段家計がヤバイとかそんなんじゃなく、単に両親が同じ職場で働いているだけという話なのだが理由が『お互い少しでも長く一緒に居たいから』。
……まぁ、魔物娘とその旦那だしね? 言いたい事は分かるんだが娘放っておくのはどうよと思う。
実際、小さい時はそう思って沙耶本人に聞いたりしたんだが、『豪が居るから寂しくない』って返された。
友人で寂しさ埋められるのは魔物娘も人間も大差ないみたいだし、単純に自分が必要とされている事が嬉しかったので俺もこの件は触れなくなった。
「な……! ご、豪! 貴方今日は食事もしていくのですか!? ヤッバ、可愛い系の下着洗濯中だった……不覚……! ああでも強引に来られたら……お父さんお母さん、沙耶は今日大人になります……!」
「へ? あ、いやそこまで厚かましくねーよ。終わったらちゃんと帰るから安心しろ」
後半部分は聞き取れなったが、流石に家族の団欒に水差すような真似は出来ないしな。
俺は俺で帰っても親父達のデートを見送った後ゴロゴロする予定だったが、だからと言って誰かの家にご厄介する気も無い。
大体彼女や彼氏持ちだし、独り者は涙を飲んでレンタルDVDでも消化してればいいし。
…………自分で言ってて悲しくなるな。
む? 沙耶が OTL ってなってるがどうしたんだ?
というか今まで気にしてなかったが中々凄い格好をしているなコイツ。
上にジャンパー羽織ってるが、下はタンクトップとスパッツが一体化したような黒い厚手のインナーだけだ。
生地が厚いようで下着の有無は分からないが、体の線は出るので結構エロい。
というかコイツも成長してたんだな……普段から見慣れてるせいでちょっとした変化も見落としていたのを今実感した。
「どうした、コンタクトでも落としたか?」
「うるさいっ! 私の覚悟を返せ!」
キッと食って掛かるように沙耶が俺を睨む。
何これ理不尽。
まだ何もしてないのに何故に俺が怒られるのでしょうか。
そんな俺の内心を知らず、何やら怒りの空気を纏って沙耶が立ち上がる。
「バイトが終わって帰ってきたら寒い家に誰も居ないし誰か来たと思ったらサンタ姿の豪だし二人っきりになれると思ったのにこっちの心の中お構い無しの鈍感だし…………」
ブツブツ小声で何言ってんのか分からんがこれだけは分かる。
さっさと逃げないと母親直伝と言われた一刀が俺の脳天をかち割りに来る空気が満々だ。
コイツの恐ろしいところは威力もそうだが隙を見せると同じ箇所を正確にぶん殴ってくる目の良さが大きい。
ガキの頃ふざけてチャンバラごっこをした時の悦の入った獲物を狩る目を俺は忘れていない。
そうこうしている間に何時の間にか沙耶の手に木剣が握られていた。
「ふ、ふふ……豪は悪い子悪い子悪い子悪い子にはお仕置きが必要……うふ。大丈夫、何かあっても私が傍に居て面倒見てあげますから、……ね?」
「『ね?』じゃねーよ! 何ナチュラルに暴力振るおうとしてんだお前! というか俺が何をした!?」
ゆっくりと上段に木剣を振り上げる沙耶と、体重を後ろに掛けていつでも離脱出来るように間合いを計る俺。
緊迫した空気の冷たさは外の寒気にも負けては居ない。
一触即発の空気の中、些細な変化も逃さないよう全力で神経を研ぎ澄ませる。
振り返れば一介の高校生が何故一日に何度も暴力沙汰に巻き込まれるのか。
そんな益体もない思考が脳裏に浮かんでは過ぎていく中、変化は唐突に現れた。
《((((o´ω`o)ノコンニチワァ》
「「!?」」
――――但し、完全に予想外の形で。
音は無い。
映像も無い。
ただ脳裏に『情報だけ』浮かんでくる。
大よそ人間――というよりは既存の生物――の範疇外のコミュニケーションに俺と沙耶は反射的にサッシを見た。
そこには、顔の半分ほどを骨の意匠に隠した長身の影が佇んでいた。
喪服のような黒い男性スーツに身を包んでいるものの、白に近い背中を覆うほどの長い灰色の髪と服を押し上げる豊満な胸、なだらかな曲線を描くくびれ、適度に脂肪と筋肉の付いた臀部は全体的に折れそうな印象を与える細さを持つ彼女の強烈なアクセントとなっている。
爛々と佇む仄暗い赤を瞳に湛え、無表情に彼女は佇んでいた。
《(; ̄ー ̄)……邪魔だったかしら?》
気まずい感情というべきか空気で彼女は語りかけてくる。
繰り返すようだが彼女自身は無表情のままだ。
石膏像のように表情は微動だにしない。
だが、だからといって感情が死滅している訳ではないのである。
「いや、大丈夫っすよソラさん。お久しぶりです」
頭を下げる俺に倣って沙耶も木剣を捨てて腰を折る。
彼女――ソラスタスさんは俺の薬を作っている
彼女自身スケルトンという種族なのだが、何度も実験に付き合った結果通常とは違う変異体となっている。
《ひさしぶりっ♪ヾ(*`ω´*)元気だった?》
見た目は怜悧な姉御という感じなのだが、中身を空けると女学生のような気安い感じのお姉さんな対応なので彼女を初見の人物は大体最初の対応の時点でずっこける。
実験を行った上司に言わせれば『ギャップ萌え』らしいが――確実に萌えを履き違えている。
そんな俺の思考を遮ったのは、その場に居た沙耶であった。
「何故ソラスタスさんがここに……。あ、もしかしてもう時間ですか?」
心当たりがあったのか、沙耶は壁に掛けてある時計を見る。
時刻は既に15:30を回っていた。
《(*'-')b ウン。何度か呼び鈴鳴らしたけど誰も出なかったから》
裏から回ってきた、と。
……俺等一時間近く固まったままだったのか。
この貴重な一日に有り得ないくらい無駄な時間だったな。
沙耶は慌てて外に向かっていった。
「あわわわわ……す、すみません! すぐにお渡しします!」
俺に見えないところで何やらカチャカチャガチャガチャ操作する沙耶と、それを見守るソラさん。
ややあって沙耶がソラさんに何か細長いものを手渡した。
飾り気の無いそれは一瞬しか見えなかったが、USBメモリーのようだ。
それを受け取るとソラさんはスーツのポケットから折り畳み式の携帯端末を取り出す。
タッチ式の大型パネルを採用した端末が普及している中、古めかしいとさえ言えるその端末は何故か彼女に似合っている。
口元を一切動かさないその姿は話しているフリだけをしているように見えるが、実際彼女が連絡を受け取ると俺と沙耶が経験したような情報だけ頭の中に入ってくる感覚があるので会話は成立する。
彼女はその状態で数分固まると、俺に携帯端末を渡してきた。
代われ、という事らしい。
『(エ△エ) やぁ、少年。ムラムラしてるかな?』
「……先生、薬はまだ余裕あるんで要らないんすけどねぇ……」
開口一番これかよ。
電話の相手は俺の使っている薬を開発した人で、アマルという女性だ。
自費で研究、開発をしておりその仕事の種類は本人の興味の赴くままという自由っぷりである。
その余りある好奇心は時に思わぬ産物を生むものの、仕事の速さ、質両面で高い結果を出す為高い金を払って商品開発を依頼する会社も少なくない。
結果、彼女は好きな時に好きなだけ好きな研究をするという自由人極まれりという生活が可能となっている。
ちなみに先生はリッチという魔物娘だが研究と同じくらい下ネタ大好きである。
なので俺はこの人が苦手だし、顔を会わせる度に止めてくれって言ってるんだが一向に聞きゃしねぇ。
『(エ△エ) 何と。ムラムラしていないと!? いかん、それはいかんよ若人。若いうちはその情熱を遺憾なく発散させるべきなんだ。歳をとっても恋は出来るが、若さに任せた恋は今だけだ。君はもう少し欲望を吐き出すべきだな』
「とりあえず薬の事以外で先生に付き合うとロクな事にならないんで。俺も忙しいんで用件だけお願いできませんかね」
この人との会話は一年に36分もあれば充分だ。
一ヶ月三分、十二ヶ月の計算である。
『(エ△エ) ……これが世代差か。老人の楽しみである若人との語らいは若人にとっては苦痛でしかないとは。世も末だ……』
「泣き言を棒読みすんな。いい加減切るぞ顔面死後硬直」
この人は毎回俺をおちょくっては楽しもうとする。
実年齢は俺どころか親と言わず祖父母以上なのだが、精神年齢は俺より低いんじゃないかと思える時がほぼ毎回だ。
高齢者の狡猾さと稚児の無邪気さを併せ持つ、俺の中の『出来るなら関わりたくない相手No 1』である。
『(エ△エ) まぁ待て。君に良い話を持ってきた。お互いの益になる話だ』
「……身長は165cm前後、体重は50kgくらいでボンキュボンな巨乳でおっとりした可愛い感じのお姉さんでも紹介してくれんのかよ?」
魔物娘の『良い話』に期待して駄目元で聞いてみる。
程なくして帰ってきた回答は俺の予想通りであった。
『(エ△エ) 紹介してもいいがドMだぞ。いいのか?』
「話って何だ? 俺と先生に益のあるそうだが」
俺、度を越したMとかSとかはちょっと……。
やっぱり適度に、健全にね!
唐突な話の路線修正に戸惑いも見せず、先生は気を害した様子も無く話し始めた。
『 (エ△エ) 何、少々魔王様直轄の組織から押収した装備品のデータを解析するよう頼まれてね。ある程度は分かったんだが何分この装備品、人間用なのか魔物娘では起動出来ても動かなくてね』
「ちょっと待て。既にきな臭いんだが、この時点での俺の身の安全は大丈夫なんだろうな」
『(エ△エ) 問題ないよ。どうせ思春期の妄言と取られるさ。……さて、それで依頼元の組織でもインキュバスに装備させて動かそうとしたんだが、燃費が悪いのか2分も状態を保てず停止したという訳だ。私も静止状態ではある程度のデータ取得は出来るんだが、矢張り実際に動かさないと分からない部分が出てきてしまったんだ。向こうからは分かる範囲で構わないとは言われているが、出来るなら完全な資料を作りたいんだよ』
「……成る程。で、俺に着せたいと。俺のメリットは?」
先生は俺の体質を知っているからな。
恐らくその悪い燃費とやらも俺には関係ないだろう。
それに命に関わるような事をしてきた事は無いし、ここらで俺が日常生活を送れている恩を返すのも悪くないかもしれない。
まぁ、口が裂けても言わないけどな。
『そうだな……とりあえず20万でどうだい? 何かしら必要であればプラスするという形で』
わぁーお太っ腹。
ただ何時間も拘束されるのは流石に困るので、そこだけははっきりさせておこう。
「随分割りの良いバイトだな。ちなみにどのくらいの時間着てればいいんだ?」
『(エ△エ) ふむ、そう長い時間は必要ないからね。精々2時間というところかな。どうだね?』
「乗った」
どうせ家に居てもレンタルDVDの消化しかしないしな。
だったらちょっと高額のバイトして懐を暖めてからでもいいだろう。
普段よりちょっと多めに借りて、普段よりちょっと質の良いファーストフードとケーキでも買って帰れるし。
あれ、なんでちょっと視界が歪むのかな? おかしいなー。悲しくなんて無いのにな。
少々アンニュイな気分になりつつある時に、先生から今度は沙耶に代わる様に頼まれた。
代わった後の沙耶は最初は緊張していたようだが、先生が何か言わない筈がない。
案の定慌てたり真っ赤になったりと忙しそうだった。
最終的に携帯端末は持ち主であるソラさんに返り、彼女が数秒間無言で端末を耳に当てた後に元の場所に収納される。
《(*・∀-)b じゃ、行こっか♪》
言うが早いか日藤家の前に大型の10tトラックが停車する。
クラクションを軽く鳴らし存在を誇示したソレは、車体後ろの搬入・搬出用扉を開閉させた。
《(*'ー'*)おねーさん、この子を積んじゃうから。先に乗っててね?》
そういうとソラさんは沙耶の隠していたであろう膨らんだビニールシートに向かう。
既に半ばまで見えていたそれは重厚そうな厚みの金属塊にしか見えなかったが、ソラさんは軽い荷物でも運ぶように手際よく積んでいった。
種族を無視した怪力加減である。
「乗るか、俺等……」
「うん……」
もう全部あの人だけでいいじゃないかな――――
そんな事を考えつつ、俺と沙耶はトラックの助手席へと向かっていった。
14/12/24 23:59更新 / 十目一八
戻る
次へ