連載小説
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三軒目:とあるミミックのご一家
※8000文字超あります。お読み下さる場合は時間に余裕がある時にお願い致します。



 PM13:00
 
 穂積さんから預かった連絡先と次の訪問するお宅の住所に、残りメンバーである加木 三郎太は難しい顔をしていた。
 
 「どーして穂積さん俺じゃなくて豪に渡すんだ……俺格好つけた意味ねーじゃん……」

 最早名前呼び捨てか。
 何やら加木にとっての俺は、何時の間にか随分距離の縮んだ関係になったらしい。
 気安いのは嫌いじゃないからいいんだけどな。

 「そう腐るなよ。……次のとこまでちょっと時間の余裕はあるな。人員補充の要請でもするか?」

 暫定支部に連絡を取って、現在地に近い暇そうな他のボランティアが要れば協力して貰おう。
 そう考えていたのは俺だけではなかったのか、加木も賛成してきた。

 支給された携帯から登録されている番号を呼び出し、繋がるのを待つ。
 程なくして繋がったのだが、結論から言うと補充は無理だった。

 「……今年はどういう訳か知らんがボランティアの段階でカップル大安売りだから、そっちで何とかしてくれってよ」

 「Oh……藤原さんと穂積さんの件から薄々予想はしてたけど、とんだ貧乏くじだな。俺等」
 
 人員補充が出来ないのは痛いが、仕方が無いので適当に駄弁りながら歩いていく。
 最初は何処に住んでいて、普段何をしてるのか。
 学校は何処か。休日は何をしてるか等だったのだが、同じ学校でクラス違い。休日も大体遊んでいるなど似たり寄ったりだった。

 「そういやさ、豪って人間?」

 唐突に切り出してきた加木。
 ……別に隠す事でもないし良いか。

 「いや、インキュバス。加木は?」

 「人間。つか、本当にインキュバス? 肌の色とか違くね?」

 通常、インキュバスは魔物娘の魔力の影響で浅黒い肌になる事がある。
 対して俺の肌は逆に若干白いものの普通の人間と同じだった。

 「肌の色も含めて生まれつきだよ。少し前まではかなり希少種扱いだけど、珍しくもないだろ?」
 
 少し前までは魔物娘から男児が生まれるというケースは全く無かったらしい。
 そのせいで魔物娘同様、この世界に現れた【教団】と名乗る一団は、声高にこれが魔物娘の世界侵略であると吠えていた。
 当初は自称【良識ある人間】達も同調していたのだが、、ある日を境に少ないながらも男児が生まれるようになると彼等に合わせて教団も強く発言が出来なくなってしまった。
 今では精々、街中でプラカード持った一団が時々練り歩いている位である。

 「凄ぇな。インキュバスって皆あんな馬鹿力なのか? 俺も成れるかな!」

 「インキュバスになる事自体は難しくないぞ。魔物娘と結婚すりゃ自然となるからな。だが、あの馬鹿力はインキュバスとは無関係だ」

 「? どういう事だよ。あんだけ力が強いのは人間を超えた人間、インキュバスだからだろ?」

 「あー……、そうだな。その辺の誤解から解いとくか」

 確かにインキュバス化すると身体能力は変わる前より大きく上昇する。
 年寄りは若返り、若者の肉体はより逞しく、あるいは靭やかになる。
 免疫系も強く、不治の病がいくつも治る病気になったくらいだ。
 だが、いくら何でも自分の倍以上の体格の人間をボールのように蹴り飛ばしたり無造作に地面に埋め込むくらいにはならない。
 これは俺の体質の問題なのだ。

 「あの馬鹿力はな、簡単に言えば体質なんだ。俺は普通のインキュバスより代謝が良いんだよ」

 人間で言う“ミオスタチン関連筋肉肥大”という症例と酷似している俺の体質。
 違う点は作用するのが筋力ではなく魔力という点。
 普通のインキュバスよりも遥かに高い魔力を体内に蓄積し、代謝と共に放散する。
 高い代謝は生物として俺を規格外に成長させ、それに伴って増産された俺のフェロモンが周囲に散っていく。
 言ってしまえば俺は他のインキュバスよりも何倍も肉体的に強く、異常なくらい魔物娘を惹きつけてしまうのだ。
 この体質が判明した切っ掛けは幼少の頃のものを壊す頻度とすぐ治る怪我、魔物娘から見てもおかしいモテっぷりだったと両親から聞いた。
 
 最初は我が子が人気者なのだという程度の認識だったらしいが、同世代の幼女から大人の女性と種族や年齢を問わず徐々に家を訪ねる魔物娘が増える事で流石に両親もおかしいと感じたらしい。
 
 インキュバスを専門に調査している機関での検査した結果、俺は強すぎる力、異常に惹きつけるフェロモンという特異な体質のせいで近い将来道を歩く事もままならなくなるだろう、という診断を下された。
 幼い当人を余所に、一人息子の将来を想像し戦慄する両親。
 膨大な伝手と情報を頼った結果、俺はとある女性を主治医とする事で事なきを得た。

 その女性は医者では無く、正確には研究者であった。
 彼女の生み出した【マイナグラ】という魔力の活動を抑え代謝を抑制する薬を服用する事で、俺は漸く一般人と変わらない日常生活を送れるようになっている。
 そう説明した後の加木は何度と無しに言われてきたのと同じ反応を返してきた。

 「代謝を落としてるってお前、じゃああれ全力じゃなかったのか!?」

 「んー……まぁ、体感だが三分の一くらいじゃないかな。俺もどのくらいが自分の上限なのか分からんから何とも言いきれんが」

 全力を出す事は主治医からも禁止されている。
 当時周囲に与える影響が公害レベルだったのだ。
 今は下手をすると災害レベルになりかねないので、少なくとも薬の服用を欠かさないようにきつく言われている。
 それに薬で抑えていた反動が自分の肉体に一気に襲い掛かる可能性もあるので、現状維持が最良という状態だ。
 
 「豪、お前さ。全力を出したいとか思わないのか? 思いっきり走りたい、とか本当の自分の見せたい、とか欲求ってないのか?」

 「やけに突っ込んでくるな……無いよ。さっきみたいな馬鹿力を出したら子供が怖がるだろ? 俺の夢の為にも、これが一番良い選択なんだよ」

 サンタクロースのイメージは『優しい』『夢や希望を叶える』『怖くない大人』なのだ。
 サンタクロースの真実は突き止めたいが、イメージを崩したら遠ざかりかねない。
 怖がられるなんてもっての他だ。

 「……待てよ? フェロモンを大幅に抑えたいのは分かったが、それなら何で魔物娘に色目使うんだよ。おかしいだろ」

 「はあ?」

 俺が色目を使った?何だそれ。記憶に全く無いんだが。

 「お前最初の家でも次の家でも幼女相手にキラッキラの笑顔振り撒いてただろ。そのせいであの娘達お前にベタ惚れだったじゃん。やっぱモテたいんだろ? お前?」

 鬼の首を取ったかのような、『図星だろ?』と言わんばかりの顔でこちらを見る加木。
 うわすっげえ殴りてぇ。

 「いいか、加木。それは幻覚だ。モテたいと思うお前自身の欲求が俺に重なってそう見えただけだ。……アレは今お前が言った目的には全くそぐわないものなんだ」

 どういう事だ、と訝しげにこちらを見る加木。
 仕方ない。これも説明しておくか。

 「俺が使ったのは『逝けメンスマイル』という被対象者に精神的ダメージを与える技だ。昔、とある経緯で教わった事があったが本当にヤバい」

 「へぇ、『イケメンスマイル』っすか豪さん、流石っすね」

 「心にも無い棒読み止めて。で、続けるがこの技を使うにあたって使用者が強い意志と穏やかな心を持たねばならないらしい」

 瞳に力を込め、真摯に相手の事だけを考えて見る。
 表情は優しく。だが、決して甘やかさない程度に引き締める。
 実践すると、加木はそっぽを向いてしまった。

 「ポイントは相手から目を離さない事だ。威力に関してはお前がしたように相手が目を背ける、もしくは遠くを見て俺を視界に入れないようにする位強い」

 「分かった! 分かったから止めてくれ! 俺が悪かったから!!」

 表情を元に戻すと加木は赤い顔で嘆息しながら俺を藪睨む。

 「とんでもねぇ威力だな、それ。やっぱ教えて欲しいわ。師匠って読んでいいか?」

 「加木がどうしても人に嫌われたいなら教えてやるよ。そうじゃないなら止めとけ」

 俺の発言に何か気になるのか、眉間に指を当てて考え込む加木。

 「……一応聞くけど、その『イケメンスマイル』を教えた人ってお前の技を見てどんな反応してた?」

 「あー、とな。確か『免許皆伝じゃヴォケェェェッ!!!』って泣きながらどっかへ走って行った。良い人だったよ……自分の技をマスターして貰えて、嬉しかったんだろうな。きっと」

 今でも昨日の事のように思い出せる。
 同級の兄という奇妙な縁だったが、あの人が居なければ今の俺はなかったろうな。
 感謝してもし足りないよ、本当。

 「いや多分それ違う――っておい! ちょっと待て!」

 「何だ、トイレか? 大か? 小か? どっちにしろもうちょっと我慢しろよ、もう次のお宅に着いたんだから」

 「違げーよ! 次のボランティアする家ってここかよ!!」

 「違う? まさか、両方か?」

 「 ト イ レ か ら 離 れ ろ ! ここ、俺の知り合いの家じゃねーか!!」

 何の変哲も無い木造家屋。
 二階建ての取り立てて特徴の無い家の前で加木は吼えていた。

 「お、本当だ。隣にちゃんと『加木』って表札出てる」

 家が近いのかと思っていたら、隣にこいつの住んでいると思しき家がある。
 隣同様、特に特徴の無い二階建てだがお隣の二階同士の距離が非常に近く、その気なれば窓伝いに移動出来るかもしれない。

 「はぁ、って事は呼んだのはあいつだな……おーい、つづらー! サンタさんが来てやったぞー! はよ開けんかーい!!」

 呼び鈴ピンポン玄関ドンドン。加えてご近所を気にしない大声量。
 横暴と言い切って差し支えない態度を取る加木の鼻っ柱に、唐突に開かれた玄関扉が飛び込んできた。

 あまりの勢いと痛みに足をばたつかせて転げまわる加木。
 元凶と思われる者の声は、想像以上に若かった。

 「こーら、サブちゃん。呼び鈴押すなら呼び鈴押すだけ、玄関叩くなら玄関叩くだけにしなさい! 壊したら家の子貰って貰うわよ?」

 白のタートルネックにピンク色のカーディガンを羽織り、ダークグレー地に赤い花の刺繍が施されたミニスカートを履いた中学生くらいの少女が立っていた。
 翡翠色をしたツーサイドアップの髪を揺らしながら白黒縞模様のニーハイソックスを履き、眩しい絶対領域を誇示しながら玄関で仁王立ちしている。
 俺は未だ悶える加木に近寄り、己の中の疑問をそのまま声に出した。

 「なぁ、加木。この娘が『つづらちゃん』なのか?」

 呻き声を上げながら悶える加木は、何とか声を出して答えてくれた。

 「いや……この人は、つづらのお母さんで……、清野(すみの)、チェスカさんだ……」

 驚いて玄関の方を見てしまう。
 どう見ても高校に上がるか上がらないかの少女は、その瑞々しい唇から外見を裏切る言を発してきた。

 「初めまして、サンタさん。一児の母でーす♪」

 もう、何でもありだな……魔物娘。
 俺は加木を立たせると、チェスカさんに導かれるまま居間へと進んでいった。

 





 「で、俺達は何をすればいいんですかね? 小母さん」

 「やーん、サブちゃんったら♥ 私達の仲なんだしいい加減名前で呼んで?」

 やる事に当て推量が付いているのか、ぶっきらぼうに問いを投げる加木に愛想良くはぐらかすチェスカさん。
 まぁ確かにこの外見で『おばさん』は呼び辛い。
 加木はそんな事ないようだが。

 「そういや、つづらは何処です? 呼んだのに小母さん寄越すだけって……」

 「つづらは今準備中よー? で、サブちゃん。お姉さん他所他所しいの嫌いだから名前で呼んで欲しいなーって思うの」

 さっさと終わらせたい様子の加木に、尚も名前呼びを促しては情報を小出しにするチェスカさん。
 あれ? これもしかして加木が名前呼ばないと終わらないパターンじゃね?

 「あのー、チェスカさん?」

 「なぁに? ってあらイケメン君。どうしたの?」

 まるで今存在に気づいたような惚けっぷりでチェスカさんは振り返る。
 イケメン君って何ですかいな。一応自己紹介した後なのに。
 まぁ、一々突っ込んでも加木の二の舞になりそうだし反論はしないでおこう。

 「失礼ですけど他の家と比べて大分、その、飾り付けが質素ですよね。もしかして一から始めるところですか?」

 言葉を選んだが質素なんてものではない。
 飾りつけがゼロだ、ゼロ。全くの無だ。
 もし一からやるのであれば程度によっては大掛かりになるし、やらないのであればさっさと次に行って解放されたい。
 俺は加木のようにここの家族と気心知れた仲では無いので居辛いのだ。
 俺の覚悟と欲望の天秤を知る筈も無いが、チェスカさんはあっさりと回答してきた。

 「もう殆ど終わってるわよ? ただ一番大事なところだけは貴方達――というかサブちゃんの協力が必要なのよね」

 「それはもしかしなくてもあのデカイ宝箱と関係あるんですか」

 通された居間には隅に二つ、大きな文字通りの『宝箱』が置いてあった。
 形はアレだ、RPGとかにあるドット絵の関係で人物と同じくらいの大きさになっているあの形だ。
 大きさこそアタッシュケース位だがドラ○エとかF○とかに出てきそうなアレそのまんまが鎮座している。
 
 「あらー♪ 察しがいいわね。そういう子、嫌いじゃないわ」

 「という訳だ、加木。逝って来い」

 「いやどういう訳だよ!? っていうかさり気に今『行って来い』じゃなくて『逝って来い』って言わなかったかお前!?」

 「「気のせい気のせい」」

 二人同時に全く同じ発言が飛び出たが、加木は何度かこちら側を振り返りながらも少しずつ宝箱へ近づいていく。
 ちなみに俺はチェスカさんが出してくれたコーヒーを、持っていた小袋入りクッキーをお茶請けにして二人で頂いている状態だ。
 どうせ逃れられん運命なのに健気に抗しようとする加木の姿がクッキーに甘みを加える。
 そうこうしている内に加木が宝箱の蓋に手を掛けた。
 一瞬の緊張の中、俺とチェスカさんはお互い全くの同時にクッキーを一枚取り出す。
 
 加木は深呼吸した後こちらに振り返ってきた。
 開けていいのかの確認だろう。
 視線だけで問いを投げ掛けてきた。

 (いいわよー)

 チェスカさんの声が頭に響く。この人、脳内に直接!?

 (いや、こっちじゃないっすよチェスカさん)

 (あ、間違えた。あっちね)

 軌道修正。
 危うく俺が開ける役になるところだった。
 加木も覚悟を決めたのか、宝箱の蓋を勢い良く開く。
 俺とチェスカさんはクッキーをサクサクと齧りながら推多を見守る。
 開けると同時に細い腕が加木の首筋に絡みついた。

 

 「やっ、ぱりかあああぁぁぁっ!!!



 力の度合いが強いのか宝箱の縁を掴んでギリギリ粘る加木と、その様子を口の中のクッキーにコーヒーを流し込む事で一気に溶かしながら見守る俺とチェスカさん。
 三者それぞれが事態に直面しながらも、拮抗は少々の時間を置いて加木の勝利で終わった。

 「どおおおおりゃあああああっ!!!」

 「きゃああああぁぁぁぁっ!!」

 背筋を弓なりに絞り、まるで大型魚類を一本釣りしたかのように後ろに倒れこむ加木。
 その胸の上には全身をリボンで包んだ控えめな体型の少女が乗っていた。
 俺とチェスカさんは全くの同時にコーヒーを飲み干すと音を立ててテーブルの上に乗せた。


 「「惜しいっ!」」

 
 「うるせえっ!」

 
 「ひゃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜」

 率直な感想に直球の怒号が返ってくる。
 加木の上に乗った少女はプルプルと小動物のように震えながら真っ赤な顔で縮こまっていた。

 




 PM13:30

 宝箱から一本釣りされた少女の名は清野(すみの)つづら。
 種族はミミックだが親に似ず引っ込み思案な性格をしており、少しの大きな音でも驚いて閉じ篭ってしまうそうだ。
 ……陸に上がったカリブディスみたいなもんか?

 「ウチの子がどうしても今年はサブちゃんと過ごしたいっていうから、お姉さんちょーっと手を回してサブちゃんが来てくれるように頼んどいたのよねー♪」

 現在俺と加木が横に並んで座り、チェスカさんとつづらちゃんと向かい合っている形となっている。
 尚、つづらちゃんは現在リボン巻きの状態から着替えて白黒ボーダーの長袖の上に薄いイエローのキャミソールを着ている。
 下は親同様ミニスカートだがこちらは色の濃い赤だ。
 若葉色の髪は親と同じツーサイドアップかと思ったのだが、後ろ髪が括られている為スリーテイルと思われる。
 正直横に並ぶとJC姉妹にしか見えない。

 「はぁ。でも小母さんがなんかしなくても、つづらが俺に言えば良いじゃないっすか」
 
 つづらちゃんを指差しながら暢気に発言する加木に、俺は頭を痛めたポーズをとる。
 チェスカさんは苦笑いを浮かべ、つづらちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。

 「え? 俺なんかした?」

 「現在進行形でな。……なぁ、加木。今日はどんな日だ?」

 「クリスマス。男女が公然といちゃつく日だ」

 タイムラグ無しに即答する加木に敬意を表するが、そこまで分かってて何で分からないんだコイツ。

 「ウチの子はあんまり積極的じゃないからねー。こういうイベントに乗じないと中々進めないのさ」

 神妙な表情で腕を組みながら頷いているチェスカさんと、再び真っ赤になってそっぽを向くつづらちゃん。
 未だに話に付いて来れていない加木を他所に俺は席を立つ。

 「じゃあな加木、短い間だったがここでお別れだ。後頼むぞ」

 「はあっ!? おい、まだ何もしてねぇぞ俺等。俺だけ残るってどういう事だよ?」

 立ち上がろうとする加木を俺は片手で押し戻した。
 無理矢理座らされた為、加木の表情も険しいものになっていく。
 険悪な空気が流れ始めた中、サンタ服の袖を引っ張る存在に加木が気付いた。
 つづらちゃんである。

 「サブ君、今日空いてる?」

 「お、おぅ……」

 真っ赤な顔を明後日の方に向けながら消え入りそうな弱い声でつづらちゃんは質問する。
 その様子に面食らったのか、毒気を抜かれた加木の体から緊張と共に余計な力も抜けていった。

 「今日、その、お父さんもお母さんも宝箱に閉じ篭るって言うから……」

 「あー、小母さんと小父さん馬鹿みたいに仲良いからな。まぁそうなるか」

 「おおっと、つづら選手。いじらしい態度で攻め込んだーっ!」

 「チェスカさん、クッキー上げるんでちょっと大人しくしてようか」

 背が低い為か座ったままの加木と顔を突き合わせる形で誘うつづらちゃんに母親からの実況が飛ぶ。
 そういや外見だけで判断してたから忘れ掛けてたけど、この人母親なんだよな。
 とりあえず菓子を与えたら両手でサクサク食べ始めたので暫くはこれで良いだろう。
 やがて勇気を振り絞ったのか、つづらちゃんは加木の方へ真っ赤な顔を向けると壮絶ともいえる迫力を目に宿して宣言した。

 「今日、私と……一晩中突き合って下さい!!」

 「ぶふぉっ!?」

 ……加木の奴、もっと遠回しに言われると思ってたんだろうな。
 顔があっち向いたりこっち向いたりしてる。あと俺の方に向けんな。当事者で判断しろ。
 そうこうしていると萎んだ風船のような力の無い声でつづらちゃんは話し掛けてきた。

 「…………駄目?」

 小動物のような弱々しい仕草で加木を覗き込むつづらちゃん。
 あー……こりゃ断れんわな。
 ここまでされたら流石に――――

 「駄目じゃない! 全っ然駄目じゃない、寧ろオールオッケー!!」

 ――――こいつみたいな朴念仁でも通じるよな。
 つづらちゃんの両手を取ってぶんぶん上下に振っている加木の姿は、まぁ悪くない。
 そんな事を考えていると加木はこちらを見て罰の悪そうな顔をした。

 「その、なんだ。悪いんだが――――」

 「分かってんよ。余計なお世話だろうが、泣かせんなよ?」

 歯切れの悪い加木に俺は一言で切って捨てる。
 この方が俺も楽だし向こうも罪悪感を感じずに済むだろう。
 
 「あ――当ったり前だろ! 誰が泣かすか!」

 勢い良く啖呵を切る加木に俺は満足し、この場を後にする事にした。
 俺はチェスカさん、つづらちゃん、加木に玄関まで見送られた後足を進める。
 やれやれ、最後は俺一人か……。

 残りは一軒。
 記載されたその住所に俺は作為性を感じつつ、冬の風を受けながら進んでいった。

14/12/23 23:57更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
暴力よりはほのぼの系、殴りあいよりも日常系が大好きです。十目です。
気が付けばキーボードを打つ手が世紀末を求めてしまうので、この話は注意して書きました。どうやら腕の疼きが静まったようで何よりです(笑)

それと本編の補足になってしまいますが、本来ミスタチオン関連筋肥大はホモとヘテロに分かれるそうです。
ホモが目に見えて筋肉が発達しヘテロはそうでもない、そんな感じらしいですね。ただヘテロでもかなり怪力さんのようですが。
豪は体の成長に伴って魔力も緩やかに増大する筈が、歯止めが利かず倍々で増産を続けているような状態といえます。
中身がリリムの魔力なので仮に教団圏に置いたら国家でも出来上がるんじゃないでしょうか(オイ

しかしこのペースで投稿しても終わりそうにありませんな……。
もっと早く投稿するべきだったと反省しています。
このような長文をご覧下さった方々、誠に有難う御座いました。
宜しければ次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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