連載小説
[TOP][目次]
二軒目:とあるリザードマンのお宅
※本編には多少の筋肉とバトル要素、理不尽な展開が含まれます。
※魔物娘が痛い目に遭ってしまうので、苦手は方はお戻り頂く事を推奨します。
※1万文字超えました。すみませぬ。m(_ _;)m



 AM10:45 
 
 非常に内容の濃い一軒目が終了し、早くも体力に不安が残ってしまった。
 残りのお宅もこんな感じになるのは避けて欲しいところだ。
 元々明るいうちのサンタクロースはボランティアの為、一グループの担当する軒数は少ない。
 しかし長引くケースや今回のように途中で人員が欠けたりすると都度連絡を入れる必要がある。
 通常そこで補充要員を要請するか担当するお宅へ連絡し遅れる旨を伝える義務が発生する為だ。
 だがタイミングによってはサンタ同士がかち合う事もあり、そういった場合は適当な挨拶と暇なグループが手伝う事で時間短縮を図る暗黙の了解がある。
 何が言いたいかというと、今のところ遅れるのは想定の範囲内であまり人員を必要としていないにも関わらず、連絡する前に俺等の担当するお宅にサンタが居る筈がないって事。

 トナカイ色に塗装されているハイエースの近くに居る体格のいいサンタクロース達と、殴られて地面に伏せられている温厚そうな家主と心配そうに声を掛けながらサンタを威嚇している理知的なリザードマンならどっちを信用するかってところだ。

 「我等は正規登録されているサンタクロースだぞ!お前達の手伝いをしてやるのだから大人しく娘を渡せ!!」

 「安心しろよ、悪いようにはしねえから。ちゃーんとクリスマスが終われば返してやるよ!」

 「俺達は心優しいサンタだからなぁ!お前達魔物にも寛大なんだよお!」

 対手は四人。
 いずれも体格がよく、鍛えられた筋肉は安物のサンタ服を押し上げている。
 
 「確か娘は二人居たな、どうだ? なんだったら俺達がお前等の【性夜】に付き合ってやってもいいぞ?」
 
 「こっちは一人でもいいんだが。ただそれだと無事に帰せるか分からんからなぁ」
 
 「そこの眼鏡のリザードマン、こちらに来い。楽しませてやるぞ?」

 各々ゲラゲラと下卑た笑い声を上げながら、家主を更に痛めつけようと前に出る。
 そのお陰で何故彼等が何も出来ないか漸く理解した。
 一人がまだ幼いリザードマンの少女――いや、まだ幼女の域か――を押さえつけて家族の前に行かせまいとしているのだ。
 サンタの服を着て。

 その瞬間、今まで耐えていた部分が引き千切れた。
 理性という名の鎖が。







 何故、目の前にいるのがサンタなんだろう?
 私達に夢を希望を与えてくれる筈のサンタクロース達は、今笑い声を上げながら動けない父を殴りつけ姉すら毒牙に掛けようとしている。
 
 何故、私は弱いのだろう?
 私が強ければこんな奴等簡単に叩きのめせるのに。
 こんな悔しい思いはしないのに。

 何故、私は子供なんだろう?
 幼くなければこんな奴等の人質になんてならないのに。

 どうしてこんなにこいつ等は騒がしいのに、皆助けに来てくれないんだろう?
 こんな理不尽を野放しにしているんだろう?
 この世に私の知る正義はないのか?

 醜悪な筋肉達磨は私を強い力で押さえつけ離さない。
 
 何で、何で、何で、何で――――

 考えは纏まらず、纏まらないからこそ感情が抑えられない。
 
 悔しい。
 途方も無く悔しい。
 無力な自分が何よりも悔しい。

 悔しくて押し殺した泣き声を、悪魔は聞き逃さなかった。

 「お? どうした? 怖いか? おい」

 強い力でこちらを相手の方に向き直す赤い悪魔。
 こちらが怯えている事を確認する、弱者を嬲る者の目だ。

 「怖いだろうなあ? でもな、お前は今からもっと怖い思いをするんだよ」

 そういうとそいつは私の首を掴み地面へと引きずり倒した。
 強い力で首を圧迫されて、思うように呼吸が出来ない。

 「かはっ……ひゅ……かっ……」

 体が空気を欲しがるのに、入り口が狭くて必要な分が入らない。
 必死に呼吸の邪魔をする万力のような手を退けようとするが寒さのせいで普段以上に力が入らない。
 
 「やめろっ!娘に何をするんだ!! うっ!」

 父の声が聞こえる。
 聞こえた後また殴られたのか呻く声が届いた。
 
 「お父さん! お父さんっきゃああぁぁぁっ!!」
 
 「お嬢ちゃんはこっちにくんだよ。妹と可愛がってやるからさぁ……」

 「離してっ! お父さん! お父さん!!」

 「あーうるせ。おい、さっさと連れてくぞ。装置はしっかり働いてるようだが、念の為だ」

 心なしか意識を保つのも難しく、段々と視界が暗くなってくる。
 こいつ等の話だと私も姉も何処かに連れて行かれてしまうようだ。

 嫌だ……父さん、母さん……。
 
 「たす、けて」

 辛うじてか細い声が出せたが、それだけだ。
 それで世界は変わりはしない。
 私も姉も、何か酷い事をされるのだろう。
 もしかすると生きて帰れないかもしれない。
 助けを呼んでも目の前の空は赤黒い天幕で覆いつくされたまま晴れない。

 それでも、無駄であっても。

 「たす、……けて……」

 無様であっても。
 今自分の出来る事を遣り切りたい。

 悔しさと無力感で流れる涙が止まるなら。
 この暴力の世界が終わるなら。
 望む奇跡が起きるなら。


 ――――私の全てをくれてやったっていい。


 そう強く願った途端、息苦しさが消えた。
 目の前には蒼穹。
 乾季独特の澄み渡った青空。
 赤い天幕は何処かにいってしまった。

 いや、まだある。

 だがあいつ等とは違う。あんな安っぽい赤じゃない。
 燃えるような赤により鮮やかな赤が混ざっている。
 艶やかな赤と炎のような赤が、私を守ってくれた。
 
 「サンタ、さん?」

 筋肉達磨達の視線を追うと、私を押さえつけていた悪魔は砕かれた壁に埋もれてピクリとも動いていなかった。
 もう一度視線を目の前の人物に向ける。
 
 「サンタさん、なのか?」

 自分でも分かるくらい震えた声。
 
 怖かった。
 悔しかった。
 自分ではどうにもならないから、無様に奇跡に縋った。
 絶対に叶わないと思っていた願いを、夢を、希望を。
 目の前の存在は叶えてくれた。

 「メリクリ」

 背は向けたまま。
 願った奇跡は顔だけこちらに向けて、太陽のような笑顔で応えてくれた。







 
 「き、貴様あぁ……っ! 我々を誰だと思っている!!」

 顔を真っ赤にし筋肉の鎧を怒張させ、一際大柄なサンタクロースが歩み出た。

 「正規登録されたサンタクロース達だ! 即ち精鋭! お前達ボランティア如きが出る幕では「黙れよ」」
 
 全てを言い終わる前に距離を詰め、横隔膜を強打する。
 同時に指を引っ掛けそのまま肋骨に固定。
 途端、目の前の筋肉達磨の動きが悪くなる。

 「ぜ……ひゅ……、き、さま……何を、した……?」

 「黙れ」

 無様に前屈みになり、隙だらけになった顎へ膝を入れる。
 衝撃が逃げないようにしっかりと固定して入れた一撃は、容赦なく大男の顎を蹴り砕いた。
 尚目の前をふらつく肉壁の胸倉を掴み、頭上へ放り投げそのまま回し蹴りを見舞う。
 大男は勢いを殺さぬまま壁に激突し――今度は砕けなかった――やはりそのまま微動だにしなくなる。

 「――――俺には、許せない事がある」

 誰に聞かせるでもなく、淡々と話しながら歩み寄る。
 
 「近付くな、化け物っ! この女がどうなっても「一つは子供の夢を壊す事だ」ぶっ……!」

 小袋から菓子を投擲し顔面に勢いよく当てる。
 痛む顔面を擦る筋肉カーテンの頭をそのまま掴み、アイアンクローの要領で力を籠める。

 「があああぁぁぁぁ……っ!」

 「そしてもう一つは」

 更に力を籠めて頭部を地面に叩きつける。
 土質が柔らかいのか保護の魔力が働いたのか。
 庭の地面に男の頭を半ばまでめり込ませながら俺は続ける。

 「お前等如きが、サンタクロースを騙った事だ」
 
 痛みで失神したようだ。これで三人。
 あと一人がハイエースの近くに居た筈だ。
 叩きのめそうとしたところ――既に年長サンタによって絞め落とされていた。

 「……余計だったか?」

 ばつの悪そうに聞いてくる彼に、不思議なおかしさが込み上げてきた。

 「いえ、助かりましたよ。サンタさん」

 笑いを堪えながらそう応えるのが、精一杯だった。





 AM11:30

 結局俺達は筋肉サンタ隊を縛り上げてから近所の人を呼んで通報した。
 近所の人達は壁が壊れているの見て漸く事態の大きさに気付き、即座に警察と救急を呼んでくれる運びとなった。
 どうやら原因はエンジンの掛かっていたハイエースにあるらしく、魔力の無い人間でも機械装置の助けで人払いの魔術が使えるようになる機能が搭載されていたのが原因だ。
 
 今俺達は筋肉サンタ隊を国家権力へ引き渡した後の事情聴取を一先ず終えて、この家の家主である龍田 仁(たつた ひとし)さんと話をしている。
 呼んだ救急で病院に行って欲しかったのだが、掠り傷だと頑なに拒否されてしまい様子見をしてから病院に行って貰う事で落ち着いた。

 「本当に助かりました、事前に教えられていた君達の情報とあまりにも食い違う上に強引に敷地内に入ってこようとしたから困っていたんです」

 包帯だらけ絆創膏だらけのまま、仁さんはこちらに向かって頭を下げてきた。
 
 「止して下さい、我々は礼を言われる程の事はしていません。それと、その件に関して少々お伝えしたい事があります」

 現グループの責任者である年長サンタ、名前は穂積 敬二(ほづみ けいじ)さんが口を開く。

 「調べましたが、まず貴方方を襲撃した彼等は本部にも在籍していませんでした。また正規登録されている筈のサンタクロースが持つ章印の保有もありません。完全に騙りだったという事です」

 「通りで……、貴方方から渡されていた検知器にも反応が無かった訳ですね」

 穂積さんはその発言を聞いて、更に口を開いた。

 「しかし検知は仮に屋内であっても出来た筈。失礼ながら何故あのような無頼漢達の前に姿を現したのですか? 反応が無かった時点で支部に連絡を取り、確認をしても良かったのでは?」

 若干攻めるような強い口調。
 下手をすれば確かに人の命が懸かっていたのだが、そこまでキツく言う事は無いのではないか?
 口を開こうとすると、同年代のサンタクロース――加木 三郎太(かぎ さぶろうた)が口を挟んだ。
 
 「穂積さん、もう止めましょうよ。ここん家の人は無事だった、悪党も檻の中、俺達はボランティアを続ける。そんでいいじゃないですか」

 「君にとってはそれで良くても、ここの家の人達はそうじゃない。今後サンタクロースを騙るものが増えたらどうする? この人達みたいな被害者が出かねないんだ。そうなる前に手を打たなければならない!」

 どういう訳だろう。確かに穂積さんの言い分はもっともだが、今言う事だろうか?
 どうにもおかしい様子が気に掛かるが、加木はそれに怯まず続けた。

 「なら尚更っすよ。俺等は国家権力じゃないんです。出来る事なんてありません。お巡りさんだってこの辺の見回り強化してくれるって言ってましたし、そろそろ俺等の本当の仕事をしましょうよ」

 その発言を受けて、熱くなっていた穂積さんが急に萎んだように見えた。
 
 「……すまない、加木君。確かにどうかしていた。僕等は僕等のやる事をしよう」

 「そうですよ! じゃあ、はい」

 腰を上げた穂積さんに向かって手を差し出す加木。
 理由が分からず呆けている穂積さんに対して、早く早くと手をにぎにぎしている加木。
 ……あぁ、そういう事ね。

 「穂積さんが熱くなったせいで次の時間押してるんですよー。だから分担しましょ? 穂積さんはここでサンタして、俺等は次のお宅に行きます」

 「いや、しかし……」

 「しかしも何も無いんすよー? ここのお父さん、病院行かなきゃいけないし。そうなると残るのはお姉さんと妹さんだけっすよ。何度も同じ事は無いと思うんすけど、やっぱり女の人二人じゃ怖いじゃないっすか」

 「僕だってそんなに強くないぞ! そうだ、残るなら斑鳩君の方が頼りがいがあるじゃないか!」

 痛いところを突かれた、と加木の表情が歪む。
 それを見逃さず畳み掛ける穂積さん。
 仕方ない、助け舟でも出してやるか。

 「でも穂積さん、俺のスピードに着いてこれてましたよね。何か武道とかやってたんですか?」
 
 純粋な疑問も込めて質問する。
 自分で言うのも何だが、俺の身体能力は大分異常だ。
 さっきのように体格差のある状態でも余裕で倒せてしまう。
 一人とはいえ通常無理と言えるレベルの相手を無力化した穂積さんも、実はかなり只者ではないのでは、と感じていた。
 
 「確かに……否定はしない。僕も少しばかり場数慣れはしている。だがだからこそ―――」

 全て言い終わる前に穂積さんの手を握る人が居た。
 この家の長女―――龍田 美緒(たつた みお)さんだ。

 「あの、私は敬二さんに残って欲しいです……その方が安心出来ますから……」

 どう言う事だ、と周りを見ると加木がチェシャキャットもかくや、言う程ニヤついていた。
 こいつ……何か知ってるな?

 「私達の事が心配だからさっきはあんな言い方したんですよね? でも、心配してくれるなら私は貴方が傍に居てくれる方がずっと安心できます」

 「え、あ、いや、その」

 流石独身、綺麗な女性に一切耐性が無い。
 しどろもどろになっている穂積さんに、今度は美緒さんが畳み掛ける。
 
 「先程勇気付けられた時に感じたんです。この人はきっと同じような経験をしてるんじゃないかって。でなければ初対面の相手にあそこまで親身に何てなれません」

 握った手を大事そうに自分の両手で包む。
 その姿に、穂積さんは魂を抜き取られたように立ち尽くしていた。

 「私は、貴方の『心の強さ』が好きです。力だけではなく他人を自分の事のように心配できる貴方の優しさが好きです。私も貴方の強さを分けて欲しい……だから、一緒に居てくれますか?」

 真摯な視線を向けられ、しかし目を逸らせない穂積さん。
 彼の口は何度か開こうとしては失敗し、漸く言葉を成した。

 「僕は、貴女が考えているような人間ではありません。自分の弱さが貴女方に重なったから放っておけなかっただけです」

 「そうかもしれません。でも、私には違います」

 「僕の心は強くなんてない。ただ、弱い部分を隠しているだけです」

 「そうでしょうか、隠せるのもまた強さだと思います」

 「……もし僕が弱い部分と向き合う強さが欲しいといったら、貴女は傍に居てくれますか?」

 「勿論。離れません」

 「……貴女が傍に居れば、僕はきっと変われる気がします。だから、僕からお願いさせて欲しい。僕と一緒に生きて下さい」

 「―――えぇ、喜んで」

 二人は見つめ合い、お互いに顔を近付ける。
 徐々にその距離は縮まり、お互いの唇が触れるかと思った瞬間。
 
 「私は反対です」

 二人の間に備え付けのミカンを挟み、異を唱える少女が居た。
 この家の次女―――龍田 美奈(たつた みな)である。

 







 気に入らない。
 先程まではイカルガというサンタクロースが家に居てくれるという話の流れに変わってたのに、ホヅミという優男が家に居付く事になってしまっている。
 姉さんには悪いが、ここは譲れない。
 私はイカルガに残って欲しいのだ。
 
 あの悪魔達から凄まじい力を振るって私達を助けてくれたイカルガの方が安心なのに、姉さんはどうして分かってくれないのか。
 私を押さえ込んでいた大男を片手でゴミでも投げるように簡単に叩きのめしていく姿。
 悔しさと恐怖で固まりかけていた私の心を照らしてくれた太陽のような笑顔。
 優しさと強さと勇気を兼ね備えた、まるでおとぎ話の勇者のような男。
 いや、彼はきっと私の願いが通じた事で現れた勇者様なのだ。
 
 「私はそこの、イカルガというサンタクロースの方がいい」

 彼が私の願いによって現れたのであれば、当然彼は私のものだ。
 それに、その……願った条件を違える気もないからな!
 約束通り私の全てをイカルガに捧げようじゃないか!
 約束を破ったら嘘になる。
 母さんも嘘はいけないと言っていたしな!

 私は身長差を埋める為の踏み台に使っていた椅子から下りると、私の勇者様に近づいた。

 「イカルガ、お前が残ってくれ。私はお前が良い」

 そう声を掛けると、勇者様は困った顔をした後口を開いた。
 
 ――――すまない、それは出来ない。

 足元から周囲が全て崩れたような、何もかも無くなった気がした。








 はい、本日二回目の幼女からの告白。
 
 これヤバい。ここまであからさまだと俺でも視線で察せる。
 文字通りの意味じゃなくて本気でこっちを伴侶として見てるわこの娘。
 仮に顔に書いてあるとすると、こっちから見て左目が『ス』で右目が『キ』だわ。
 確かに目の前でトップスピード状態を披露して偽サンタ達叩きのめしたけど、あの場合は仕方ないよなぁ……。
 
 多分、あの派手な立ち回りで自分より強いと思っちゃったんだろうなー。
 この娘だってまだまだ先があるんだから俺より強くなる事だってあるだろうし。
 仕方ない、また【奥義】遠回しにお断ります、断固(迫真)を使うとするか。

 「……何故だ」

 ボソリ、と先程とは打って変わって小さい声で呼び掛けてくる幼女。
 その冷たさにこちらが息を呑んでしまう。

 「イカルガ、正直に言って欲しい。何故残ってくれないんだ?」

 これが幼女の出していい声なのか。
 あまりにも深く愛したが故のどす黒い粘り。
 そうとしか表現出来ない声を、今目の前の幼女は出している。

 「イカルガは私の勇者様だろう? 私の願いを聞いて現れてくれたのだろう? 何故去るのだ」

 目のハイライトが消えている……だと……!?
 おいヤバいよ、ヤバい!
 この娘将来有望すぎるよ!
 あと何言ってるか分からないんですけど!

 「あぁ、私の聞き間違えだな? すまないイカルガ。もう一度言ってくれ。どうやら間違えて聞いてしまったようなんだ」

 うーわー、関わりたくねー。
 でも今逃げても追いつかれそうだし、何より下手すると穂積さんの命も危険に晒される。
 仕方ない、腹を括るか。

 「美奈ちゃん、俺は何かな?」

 唐突な質問に、彼女は即座に答えてきた。

 「決まっている! 私の勇者様だ!」

 「違う。もっとよく、俺の服装を見てくれる?」

 「え? えー……と」

 少し俺から離れて俺の全体像を見る。

 「……サンタクロース?」

 「そうだよ。当たりだ」

 美奈ちゃんはピンチを救ったサンタクロースを勇者と勘違いしているだろうからな。
 その勘違い、利用させて貰うよ。

 「美奈ちゃんは勇者ってどんな人だと思う?」

 「イカルガだ!」

 「うん、聞き方が悪かった。どんな事をするイメージがある?」

 「そうだな……悪い奴をやっつけて弱いものを助ける人だ!」

 「そうだね。ここで白状するけど、俺は勇者じゃない。サンタなんだ」

 「え……?でも、イカルガは悪い奴を倒してたぞ?」

 ふむ、そう簡単にはいかないか。
 もう少し混乱させたほうがいいのかな?

 「美奈ちゃん、俺の服装をもう一度見てくれ。どう思う?」

 「サンタだろう、サンタの服だ」

 「サンタクロースってどんな事をする人?」

 「良い子にしているとプレゼントをくれる人だ!」

 「正解。美奈ちゃんは賢いね」

 俺は美奈ちゃんの頭を撫でながら支給されている袋からお菓子の小袋を出すと、それを美奈ちゃんに渡した。

 「えへへ……♪」

 「美奈ちゃんは良い子だからね。斑鳩サンタからプレゼントだ」

 「〜〜っ! おお、ありがとうイカルガ!」

 「こうしてプレゼントも渡したし、俺がサンタだって認めてくれたかな?」

 「うむ! イカルガはサンタクロースだ!」

 そろそろいいかな?
 
 「美奈ちゃん、サンタクロースはプレゼントを渡し終わったらどうすると思う?」

 「え、と……次の子のところに行く?」

 「そうだよ。美奈ちゃんは本当に頭が良いね」

 頭を撫でながら褒めちぎる。
 美奈ちゃんも満更ではないようで、気持ち良さそうにしている。

 「俺はサンタクロースなんだ。だからさっき言ったろう?『すまない、それは出来ない』ってさ」

 「……分かった、イカルガはサンタだからな。次の良い子のところに行くがいい」

 ……良かったー、何とかなったわー。
 危うく刺されんのかと思ったよ。
 ヤダよ? 染料以外で赤く染まったサンタ服なんて俺着たくないよ?

 「ただイカルガ。貰ってばかりではお前が損だ。お前だって良い子なのだからな。私がお前にプレゼントをやろう!」

 意外! それはサンタにプレゼント!
 何くれるんだろう?

 「屈め」

 「へ?」

 我ながら間の抜けた声を出してしまうが、仕方ないだろ。
 プレゼントを貰うのに屈むなんて聞いた事ないし。
 はっ!まさか……彼の有名な『我々の業界ではご褒美です』か!?
 親父さん、アンタ娘になんて事教えてんだ!

 つい父親の仁さんへ振り返るが

 (さぁ?)

 といわんばかりにアメリカ人のようなジェスチャーを返してきた。
 肉親ですら知らない情報。
 万事、休す。
 そんな俺の葛藤を知らないまま、立ち竦んでいると美奈ちゃんがもう一度声を掛けてくる。

 「イカルガ、いいから、屈め」

 その声に振り返ると、美奈ちゃんが顔を真っ赤にして凄くプルプルしていた。
 
 「あー……美奈ちゃん? その、ね。悪気があった訳じゃ「いいから」」

 有無を言わせぬ迫力で遮られる。

 「か が め」

 観念して屈むと、美奈ちゃんが何度か目の前で深呼吸をして次の指示を出してきた。

 「横を向け」

 言われた通りにする。
 平手打ちでも食らうのかね。まさか本当に業界のご褒美貰うとは思わんかったが、告白振ったんだし仕方ないかな。
 横向きなのは正面からだと殴る決意が鈍るからか。
 でもなるべく威力抑え目にして欲しいなぁ。次のお宅にモミジつけて訪問とか笑いのネタにしかならんし。

 「いくぞ? 覚悟しろよ!」

 応よ! ドンと来い、俺も男だ!!
 
 覚悟を決めて歯を食い縛る。
 すると

 

 ちゅっ



 ……何この平手柔らかい。
 というか、最近の平手って吸えるんだ。初めて知った。

 「も、もういいぞ。こっちを向け」

 何やら髪をクルクルと弄ってそっぽを向く蜥蜴幼女。
 周りを見渡すとやけに微笑ましくこちらを見る穂積さんと美緒さん。
 もうお前不思議の国に行けよ、と言いたくなるくらいニヤニヤしてる加木。
 そして―――

 「あ、美玲(みれい)? 僕だよ僕、君の旦那の仁さ。実は君に報告しなきゃならない事が出来てね。え?良いニュースと悪いニュースのどっちから教えてくれるのかって? そうだなぁ……」

 何してんだおっさーーーーーんっ!!!!????
 
 外堀か! 外堀から埋める気か!
 最早頭がパニックになりそうな状況で、チラチラこちらを見る美奈ちゃん。
 何か言いたげだったのでどうしたのか聞いてみようと近くに寄ると、また屈むように手で合図してきた。
 視線の高さを合わせると、小さな声で耳打ちしてくる。

 「父さん以外では初めてなのだからな。責任は取って貰うぞ?」
 
 内堀もきたーーーーっ!!
 クソァ! こうなったら本日二発目、『逝けメンスマイル』発動ぅ!!
 これは夢を壊すのではない。俺の未来の為、ひいては彼女の未来を切り開く、自主的に諦めて貰う為の策なのだ!!

 美奈ちゃんには悪いが、少しばかり俺に対して苦手意識を持って貰おうか!

 「嬉しいお誘いだけど、まだ結論を出すのは早いんじゃないかな?」

 なるべく優しげな声と表情で、しかし意思を強く双眸に宿らせるイメージを持って目の前の幼女を説得する。
 
 「君が大人になる頃、俺はもうオジサンだしね。大人になった美奈ちゃんなら、きっと素敵な人が沢山現れるさ。でももし君が大人になってもまだ俺を覚えてくれているなら、もしまだその時の俺が君の眼鏡に適う人物なら。俺を、貰ってくれる事を考えてくれるかな?」

 「はい……♥」

 焦点があっていない瞳でこちらを見つめながら、素直に頷いてくれる美奈ちゃん。
 本当に、この技はあまり使いたくないな……こう何度も幼心に傷を付けてると罪悪感が半端じゃない。
 しかも――

 「これは、凄い威力だ……! 不覚にも僕がときめいてしまった……っ!」

 「どうしましょう、私には敬二さんがいるのに……♥」

 「凄ぇー! 豪、俺の師匠になってくれ!!」

 「あ、美玲? どうしよう、年下の男の子もいいかなって思っちゃったんだけど……、え? 今すぐ帰る? 誰が妻か思い知らせてやるって? 美玲、誤解だよ!? 僕の一番は君だけだから! 美玲? 美玲!?……あぁ、電話が切れちゃった」

 周囲の被害もやはり酷い。
 やはりこの技は封印するべきなのだろうか。
 それと加木、人に嫌われたいのならこの技だけは使うな。修復不可能になるぞ。

 
 混沌としたこの状況の中、俺の脳裏を過ぎるのは次のお宅。
 メンバー二人でどこまでやれるのか。
 時間も体力も不安が残るが、俺と加木は先へ進む事にした。
 
 残り二軒。

 俺のサンタクロースへの道は、まだ続く。

14/12/22 10:53更新 / 十目一八
戻る 次へ

■作者メッセージ
厨二病が抜け切らない物書きモドキ、十目です。
今回は豪、大暴れです。
カラーリングはメリクリウスでもやってる事はヴァイエイトという感じですね。
普段薬で抑制していますが何かしらの理由で興奮すると一部本来の能力が戻ってしまうのが原因です。
理由については次話で触れますので今回は割愛させて頂きます。
尚、今回のリザ子さん宅訪問ですが設定上お姉さんを文系娘にしてしまった為戦力が足りない事に気付きました。
低い身体能力による戦力差をカバーするべく思案した結果、生まれたのが穂積です。
登場予定はありませんが彼は上に自由奔放な兄がおり、兄を反面教師にした結果堅物になったという経緯が有ります。
柔軟さを優柔不断さと勘違いし、柔軟=弱さと思っている為より堅物になったという悪循環に嵌りましたが美緒と結ばれた事で抜け出す切っ掛けを得た次第です。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33