連載小説
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10話:澱の欠片
※注意※
今話では魔物娘側から齎された技術で死者が出ている設定を用いています。
間接的なものですが、間接的でも『魔物娘側は絶対に死者を出さない』と捉えられている方は恐れ入りますがご覧頂くのを推奨致しません。
それでも良い、という方は宜しければご覧下さい。





 「と、いう訳でなんか心当たりないか」

 『唐突だな。せめて何が聞きたいかくらい教えてくれないと困る』

 目覚めてから少し時間を置いて、俺は気分を落ち着けてから連絡した。
 相手は俺を車で連れて行った友人、園田 和夫(そのだ かずお)である。
 声からだと今一判別がつかないが、韜晦(とうかい)した様子はない。
 俺のド直球な質問に対し明確な回答が出来ないとは。
 コイツ、俺が何を知りたいかわかっていないのだろうか?

 「しらばっくれんな。俺が変な夢見るようになったのはお前から誘われて帰ってきたあたりだからな。原因がお前しか思い浮かばん」

 演技かも知れんので一応強気に出ておく。
 何も知らなければここで手詰まりだし、何か知っていたら大きく前進する。
 やっておいて損は無いだろう。
 暫く沈黙があったが、和夫は心配げな声音で返答してきた。

 『変な夢? それってどんなものだ?』

 「どうってお前、色々だよ。なんかスッゲェ怖かった気はするけど、笑いあり涙ありの冒険譚じゃない事だけは確かだ」

 相談しておいてなんだが、俺も詳細を記憶していない。
 目覚めた瞬間は間違いなく記憶にあるんだが、目覚めて時間が経つと印象が非常に劣化する。
 夢を明確に記憶出来ている人間なんて稀だろう。

 『……内容も分からず俺に連絡したのか? 俺はフロイト先生じゃないんで判断出来んよ?』
 
 「誰が専門家に倣えと言った。俺はお前が何か知らないか聞いてるだけだ」

 原因を聞いているのに何故自分の内情を掘り下げられなきゃならんのだ。
 相変わらずズレている奴だが、今回は抑えなくては。
 何か気に障って返答がないのは非常に困る。
  
 『すまないが、心当たりないな』

 俺の気遣いを完全に無にする発言をどうもありがとう、友よ。
 あー……振り出しか。後は図書館でも行ってあの場所の資料を探すしかないのかね。
 
 そこまで考えて電話を切ろうとしたところ、和夫の一言が気になった。

 『しかし本当に憶えてないのか? 例えば何かエロかったとか気持ちよかったとか』

 そう言われて脳裏を過ぎったものがある。
 そうだ、今思い出した。

 「黒髪でショートカットの女の子知らないか? 頭に赤いカチューシャ付けてる。で、外見は14〜16歳くらいで、実際は俺達の一つ下くらいらしい」

 『……服装は?』

 「そこはよく憶えてないんだが……そうだ、季節過ぎてんのにワンピース着てた! 薄手で下着が見えそうなやつ!」

 『健全だなぁ、お前さん』

 「言わせたのはお前だろうがっ! で、? 心当たり、あるか?」

 数秒黙考したのか、音声が聞こえなくなる。
 ややあって返答が返って来た。

 『いや、思い出せないんだが何か引っ掛かる。ちょっと知ってる子に声掛けてるみるわ』

 先程よりは幾分頼りがいのある返答に、俺は内心安堵する。
 これで望みが完全に絶たれるという事はなくなった。

 「頼むぜ、俺も調べてみる。それとついでなんだが、もう一人知らないか? 腰まである長い髪の10歳くらいの女の子なんだが」

 『何……いや、分からない。けどまぁついでに知ってる奴が居るか探してみるわ』

 最初なんか緊張感があるような声だったが。何か知ってるのか?
 
 「どした? なんか気になる事でもあったか?」

 『……あぁ。まぁ、な』

 こいつ、何か知ってやがる。
 だが次瞬間発せられた発言で、その考えた誤解であったと気付いた。

 『まさかイッセーがロリコンだとは思わなくてな。友人の普段見ない性癖にちょっと驚いただけだ』
 
 「よし、お前ちょっとそこ動くな。あと場所教えろ

 『照れるな照れるな。確かにお前くらいの年齢じゃ世間体が悪いだろうが、愛があれば年齢なんて些細なもんだぞ』

 「ざけんな、お子様なんて論外だってんだよっ! 胸は普通でもいいが対象は『大人』一択だっ!!」

 凄い真剣な声出しやがったからこっちも真面目に聞いたっつーのに、言うに事欠いてコノヤロウ。
 俺がロリコン? 死ね。氏ねじゃなくて本当に死ね。

 『いや俺が夢でエロい事とか気持ちいい事がないかって聞いた後にそれじゃ、普通そう思うだろ』

 「思うか馬鹿っ!切るぞ!」

 本当は『エロい事』で幼女に性的に擦り寄られた事まで思い出したのだが、絶対言わない。
 言ったら冤罪が確定になってしまう。
 それだけは絶対に避けたい。

 『あぁちょっと待て。最後にこれだけは言わせてくれ』

 「? 何だ」

 ろくでもない予感しかしないが、一応耳に入れておこう。
 本っ当にしょーもないが大事な事だと後々困る。

 『探しものなら身嗜みくらい整えて行けよ? 社会的信用はまず形から、だか』

 何か途中まで和夫は言っていたが無言で電話を切る。
 無駄に疲労感を覚えつつ、重い足取りを進めて自室へ向かう事にした。
 外出するので外着に着替える為だ。
 和夫に言われたからではないが、一応身嗜みは整えておこう。
 
 









 「らな……って切れた。相変わらずせっかちな奴だな」

 「ど〜したの〜?」

 和夫の後ろからのんびりとした口調で現れたのは一人のゴーストだった。
 彼女の名前はミスティ。
 元々は和夫が連れて行った廃校舎で偶然彼と出会い、彼に持ち帰られた伴侶である。
 現在彼女は正妻としてつい数日前に和夫が持ち帰った他のゴースト達――ヘイズ、ファム、レインの三名――と一緒に毎日を過ごしている。

 「あぁ、ミスティ。いいところに来てくれたね。ちょっと聞きたい事があるんだ」

 後ろから首に柔らかく回された腕を取りながら、和夫は首だけ振り返る。
 丁度そこには触れればすぐ唇が重なりそうな位置にミスティの顔があった。
 
 「それってもしかして〜花ちゃんのこと〜?」

 ミスティの返答に和夫の頬は緩む。
 彼女は本当に自分のして欲しい時にして欲しい事をしてくれる。

 「うん。彼女から何か連絡はあったかな?」

 和夫の言葉から今しがた念話したばかりの内容を告げる。
 和夫の表情は目に見えて曇っていった。

 「『精の減りが早い』か、さっき会話したけどイッセーの元気さはあまり普段と変わらなかったんだけどな」

 「人間じぶんの事になると〜意外と分からないものよ〜?」

 だから周りが気をつけなきゃ〜、と締めるミスティに和夫は更に質問を重ねた。

 「イッセーを連れて行った時の日だけど、イッセーが持ち帰ったのは『一人だけ』で間違いない?」

 「それは間違いないわ〜。彼に憑いていけたのって〜花ちゃんだけだし〜」

 それを聞いた和夫はミスティの両腕をやんわりと解くと、彼女から少し離れた位置で電話を掛け始めた。
 何かしらのサポートは友人という立場上自分が行う積もりであったが、もし自分の考えが事態に合っているのなら最早自分一人では手に負えない。

 「もしもし、園田です。忙しいところ済まないね。今、大丈夫?」

 ミスティに聞こえたのは電話口の相手が男性だという事だけだった。
 しかし彼女にはそれで充分な情報である。
 今、彼女の頭の中を占めているのは今日の食事に精力剤を混ぜたら何回戦出来るか、という事と念の為に古巣で何か新しい情報を聞いておくかどうか、という事くらいだった。

 


 

 
 図書館では静かに、とはよく言ったものである。
 微かな換気音や紙の擦られる音、探し物があるのかキーボードを叩く音やタッチ式のパネルが反応した時の軽快な電子音だけが時折響いていた。
 日常知覚しない音を『静かに過ごす』という事を実践するだけでこんなにも多く聞く事が出来る。
 館内で無料提供されている温冷様々な飲料に口を付けながら、俺は今緩やかな時間を過ごしていた。

 ちなみに調べ物は驚くほど早く終了。
 というか調べるべきものが異様に少なかった。

 俺が最初に探したのは和夫に連れられたあの廃校舎だが、本来あれば学び舎ですらなかったようだ。
 まず教育機関に届け出られる筈の学び舎としての登録そのものがなかった。
 登録が失効した、という考えもあるが一番の疑問はあれが『いつからそこに有ったのか分からない』という点だ。
 この時点で既に情報が無いに等しいのだが、どうやら神は俺を見放していなかったようだ。
 オカルトか何かの物好きが瓦版のように刷っていた自主制作らしい当時の新聞が見つかったのだ。
 手元にあるのがその新聞なのだが、A3くらいの大きさの紙にでかでかと

 
 “怪奇! 郊外に現れた謎の城下街!”

 “侵略か!? 謎の人影を調査員は見た!!”

 “派遣調査員、決死の大脱出! カメラは最後の瞬間を捉えた!!”


 等々。
 何部か一枚程度のペラ紙に90年代を彷彿させる頭の悪そうなテロップが貼り付けられている。
 内容も正直ゴシップ紙以外何物でもなく、掲載された写真には『人間を食らう邪悪な魔物』という注意文を添えられていた。
 とはいえ胸の谷間を強調しながらこちらを覗き込むようなアングルで投げキッスをしているグールが選ばれている以上この瓦版を作った奴も何がしたいのか分からない。
 思わず『グラビアか!』と突っ込みを入れた程だ。

 ちなみに作った新聞社名を見てみると【神教新聞】とある。
 あー、アレか。魔物娘と一緒にこの世界に来た教団って奴らか。
 他の瓦版を見ても時々英語だか何だか分からない文字が混ざっていたり愛くるしく笑顔を振り撒く美少女達の写真を掲載しているから、本気で魔物嫌いなのかと疑いたくなってくるな。
 まぁ多分、撮影できた写真の中でまだ『何とかなる』と判断したものを載せたんだろう。
 その涙ぐましい努力だけは買うかね。

 他にも怪談や都市伝説然とした内容の履歴や記録くらいしかなかったが、内容からあそこがガチでヤバイところだったという事が分かる。
 肝試しに行った男女やグループが何人もあそこで行方不明になっては数日後あの場所で見つかっているという記事もある。
 取材を受けた奴も何名か居たようだが、揃って『話したくない』の一言で去っている。
 正直俺は引き返して正解だったようだ。
 
 有益と思われる情報はあったものの自分の出来事と噛み合わない以上は捨て置いて良いだろう。
 それと何となくだが、気になる事件の記事があったので現在それを斜め読みしている最中だ。
 内容は一人の少女への医療ミスに関してが記載されている。
 
 記事の内容は実用化され始めた魔力を動力源にした人工臓器移植について。
 開発期間からノウハウの多い人工心臓がその対象に選ばれ、体内埋め込み式でありながら魔力を供給する事で半永久的に動く、本当の意味での心臓代替品が作られた。
 動物実験でもほぼ完璧といって良い結果を収め、海外では取り入れられた手術での成功率も当時失敗無しとまで言われていた画期的な事案であった。

 だが、その後の経過で動物、女性は魔物娘化。男性はインキュバスやアルプ化する事が判明してしまい元気になり過ぎる事が笑い話のように付け加えられた。
 しかし俺が見ている内容はこの事件で死亡した人間が居るというものだ。
 原因は患者の先天的な体質によるものが関わっていたようで、適合するか充分なテストもせず安易な、文字通り“魔法のような技術”を盲目的に信じて投じた当時の関係者達への痛烈な批判も消されずに残っている。
 
 反魔物を主張する集団もこれを気に立場を優勢に持って行きたかったのか、関係者への通勤路への待ち伏せや勤め先へのアポイント無しの訪問、深夜の張り込みと犯罪めいた事すら行っており、それが別件で事件として記事になっていた。
 
 この事件は最終的に、遺族の『娘をそっとしておいて欲しい』という一言と施術した病院側から多額の慰謝料を支払われる形で終結となる。
 以降、人の心がまだ残っていた反魔物勢力は両親の心境を考慮し追及を止め、人の心を無くした反魔物勢力は家族の後を追っては彼等の護衛に人生の墓場へと直行させられたとこの記事には書いてあった。
 年代は今から大体12〜13年ほど前の事だ。
 当時の俺は小学校中学年くらいだろうか?
 ガキンチョには違いないので大雑把でいいだんろうが。

 「この女の子どっかで見た記憶があるんだがな……」

 当時の新聞記事には小さく写真入りでこの世を去った少女の名前が書いてあった。
 
 鷺 霞(さぎ かすみ) 年齢 6歳。
 腰まである長い髪が特徴の少女である。


14/11/13 23:23更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
投稿、間に合いました。十目です。
今回で霞ちゃんがゴーストになる経緯の触りの部分が判明しました。
よくある話ですが彼女は生前、生存する為の能力に先天的な欠陥がある子と設定しています。
現代科学で言えば遺伝的な問題。
魔物娘側で言えば魔力生成量が少なく、他者の魔力を受け付け難い体質からくる問題。
本来行うべき適合検査は魔力に対して理解の少ない人間側の成功という慣れと結果から来る希望的観測からロクに行われず、一人の少女を救えなかったという結末を導いてしまいました。

余談ですが彼女の名字に使った鷺、という字ですが鷺草から取っています。
花言葉は『夢でもあなたを思う』だそうです。
彼女に限らず魔物娘全般に言える、彼女達の純粋さを表すような言葉に惹かれて付けた次第。
彼女の純粋さは取り返しのつかない事態を招くのか。
匙加減に注意しながら進めていく所存ですので、どうか宜しくお願い致します。

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