きょうせいです！

連載小説

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9話：不浄→回帰

　時間：分からぬ。真っ暗だから夜中だと思われる。
　場所：知らん。なんか広い病院っぽいところ。
　状況：ロリっ娘が馬乗り。すっげぇ柔らかい。

　ざっと考えてこの状態なのだが。
　つまりよく分からん場所で殆ど知らないロリっ娘に『ずっと一緒に居てくれ』とかいう脈絡君が吹っ飛ばされた頼み事をされている。
　うむ、分からん。

　状況をもっと整理しようと考えていたところ、頭に軽い衝撃が走った。

　「ちょっと一兄ぃ、なんかリアクションしてよー。げいにんさんでしょー？」

　「芸人違うわ！っつーか叩くな！」

　軽くとはいえ気軽に叩きやがって。
　コンボ数でも稼ぎたいのかお前は。
　
　「ちゃんと答えないのがわるいんだから、一兄ぃの『じごうじとく』じゃない」

　わぉ、難しい言葉知ってるね霞。
　でも内容が内容だからもう少し忍耐を持とうか。
　段々殴る力強くなってるし。

　「ちょ、おま、殴るの止め！暴力禁止っ！纏まるもんも纏まらんわ！」

　「口ではそんな事言っててもうれしいんでしょ？」

　「何処でそんな台詞憶えた！？」
　
　「お母さんが言ってた」

　「だから両親んんんんんんんっ！！！」

　お前等ガチで顔見せに来いっ！
　何でちっちゃい子に明け透けでオープンな会話すんだよ！
　寧ろフルオープンかよ！！全弾発射かよ！！！
　将来お子さんに子供ってどうやって出来るのか聞かれたら

　『お父さんのインナーバレルを展開してフルチャージした後全力射撃したらお前が出来たんだよ』

　とか言う気かよ、ざけんなっ！！！

　流石に声には出せないものの、脳裏で一気に罵倒をしまくっていると霞の様子がおかしい事に気付いた。
　あ、分かる。凄っげぇ不機嫌ですね。

　「一兄ぃ……言った傍からすぐ無視なんていい度胸よね……？」
　「一兄ぃはずっとわたしを見てればいいの。ずっとここに居ればいいの」

　そういうと霞は俺の胸元に寄りかかるように体を預けて、首筋に舌を這わす。
　舌先で塗られた唾液が気化し、俺の体温が空気に溶けていくのを感じる。

　何時の間にか俺の両手足には、暴れる病人を拘束する拘束具が嵌められていた。
　殆ど動かない手足に掛かる圧迫感と共に、現実には起こり得ない現象が我が身に降りかかっている事に漸く気付く。

　「え……」

　両手足に力を入れるが本当にビクともしない。
　完全に磔（はりつけ）にされている。
　そんな俺の驚く様子を他所に、霞は心底満足げだ。

　「こうすればどこにもいけないよね？　ずっと、ずっと、ずっとわたしの傍にいられるよね？」

　（じょ……冗談じゃないっ！　完全に監禁じゃねぇかコレっ！！）

　事態を漸く飲み込む事が出来たが、このままじゃ俺は行方不明者だ。
　普通なら朝日が昇れば職員が来て事なきを得るんだろうが、ここはどうやら人間が居ない。
　誰一人居ない中、目のハイライトが仕事していないであろう少女と二人っきりというのは本来の意味で身が危険だ。
　何をされるのか分かったものじゃない。
　そう考えた途端、今俺に密着している少女の柔らかさが異様に不気味なものに感じた。
　身動き出来ない状態と相まって、まるで消化液に塗れた巨大な生物の腹の中の肉が密着しているような、生物的な危機だ。
　
　「声も出ないくらいうれしい？　そっか、一兄ぃもよろこんでくれるんだぁ……うれしい……」

　黙っている俺の態度を肯定と解釈したのか、霞がより深く己を預ける。
　肉壁が俺を食おうとしてくる。

　「ひっ……！」

　「んー？　どしたの？」

　よもやコレは可愛げのある少女ではない。
　俺の鮮度を確かめる為の少女の形をした検知器だ。
　生きたまま俺を食らおうとする魔物だ。
　このままでは、俺の命は確実に奪われる。

　「嫌だ……」

　「……ちょっとよく聞こえないや。どうかしたの？」

　俺から少し離れて顔を見せる少女型の怪異。
　その表情は予想通り目に光が無く、獲物の生きの良さを確認する為か挑発的とも思えるものだった。
　少し前の俺なら相手が年端もいかない少女だろうが『エロい』とか『犯りたい』とか思ったろう。
　だが、少女の本質に気付いた今では背筋が凍るだけのものでしかない。
　それを確認してしまったが為に、俺は自分でも歯止めが利かなくなってしまった。

　「嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ！」

　「ちょっ、お兄ちゃん！？　落ち着いて！」

　暴られると厄介と感じたのか、怪異が俺を押さえに掛かる。
　動かない状態で租借する為に死なない程度に自由を奪おうとする。
　命の危険を最高潮に感じた段階で、俺は吠えた。

　「嫌だぁぁぁああああああっ！！！」

　拘束具のガチガチという音が消える。
　唐突な開放感の中、俺はこの機を逃すまいと全力で立ち上がった。

　「ぁぁぁああああああっ！！！」

　吠え、立ち上がった俺の目に入った光景は何処かで見かけた事のある部屋だった。
　室内に灯りは点いているものの部屋の隅は薄暗い。
　電灯如きでは照らしきれない影がそこかしこに佇んでいるからである。
　
　「きゃあああっ！」

　俺が周囲を確認すると同時に甲高い悲鳴が上がる。
　声のしたほうを見ると何やらしとどに濡れた女性が一人居た。
　床には落ちたであろうお盆と、薄く広がった若干緑がかった液体。
　その中に尻餅をついた形で座り込んでいる小柄な女性は、器用にも湯飲みを逆さまにして頭の上に乗せていた。
　……何やら恨みがましい目で睨まれてんだけど。え、俺のせい？

　「イッ～～セイ～～～～」
　
　「お、おぅ。何だ？」

　声を聞いて思い出した。
　コイツ、俺の婚約者だか何だかだったじゃないか。
　一端にスーツ着てたから印象が全然違ったわ。
　気圧されて生返事をしてしまう俺に、ソイツは青筋を立てて笑顔のようなものを浮かべた。

　「『何だ』じゃねーわよっ！何いきなり＼コロンビア／してんのよ！淹れたお茶思いっきり被ったじゃない！！」

　次の瞬間烈火の如く怒り出した。
　成る程、つまり俺が勢いよく立ち上がったら偶々当たったのね。
　そりゃ怒るか。

　「あー……悪ぃ。わざとじゃ無いんだ、ただ夢見が悪かったっていうか……」
　
　首元が隠れる程度のショートカットから水滴が滴っている。
　濡れたままにも出来ないので、近くに何か拭くものが無いか見渡してみる。
　丁度俺の席に『粗品』と書かれた未開封のフェイスタオルがあったので、開封して手渡した。
　不可抗力とはいえ迷惑を掛けてしまった為、流石に反省する。

　「……分かったわよ。分かったからそんな顔しないで。貴方に掛からなければ別に……」

　手渡されたフェイルタオルに頭部の水分を含ませるように吸い取っていく。
　ん？　待て、寝落ち？　俺何か作業してたのか？
　俺の様子に気付いたのか、婚約者？　でいいんだよな。
　そいつが俺に怪訝そうな視線を送ってきた。

　「……ちょっと、大丈夫？　まさか『今までしてた仕事も忘れた』なんて言わないわよね……」

　「え？　あ～……、その、な」

　やべ、本気で分からん。
　俺何してたんだ？
　というかここ何処だ？　何か見覚えはあるんだが全然思い出せん。
　
　「呆れた。リフレッシュするにも程があるわよ。いい？　ここは会社の資料室。イッセイが最後まで駄々こねて嫌がってた『裏方部署』よ」

　その言葉で漸く思い出した。
　どうにも引っ掛かりを感じていたんだが、見覚えがある訳である。
　ここ、俺が異動先として上司から言われたとこじゃんか！
　……あれ？　でも俺、断ったような……？

　脳裏に浮かんだ矛盾点を考え込むと、彼女が助け舟を出すように声を掛けていた。
　
　「……前任者が急に辞めちゃったから期間限定で異動を了承したって言ってたじゃない、忘れた？」

　そんな事あった……か？
　俺の記憶では――――いや、どっちだった？　今は仕事を続けてるのが正しいと思うんだが、どうにもフワフワした感じが残る。
　まるでゲームの中で会話しているような、現実感の無い感覚が俺を包んでいる。

　「ちなみに私はイッセイの補佐。仕事を覚えたらそのまま引き継ぐから、しっかり教えてね。センパイ♪」

　スーツの上を抜いて白いＹシャツを晒しながら彼女は言う。
　お茶で若干変色しながらも濡れて透けて見える下着に目を奪われ、俺は慌てて視線を外す。
　しかし何というか……コイツ童顔なのか成長期に見放されたのか知らんが成人とは思えない。
　いや、胸とか平均くらいあるし尻も厚みがあって結構エロいんだが、どうにも未成年が無理して社会人の真似事してるような違和感が付き纏う。
　そんな感情が顔に出ていたのか、半眼になって彼女はこちらを見た。

　「……言っておくけど、私イッセイより年下で入社したてだからね？」

　あぁ、成る程。でも新入社員でこんな過疎地送りってどうなの。
　もっと他に選べるところがあるだろうに。
　目を見張る美人じゃないが、結構可愛いし雰囲気も普通だから何処にでも溶け込めそうなんだが。
　その疑問をそのまま口にしたら、大仰な仕草で呆れられた。
　そのまま視線と手の動きだけで座るように指示される。
　何をさせたいのか分からないまま言われたとおりにすると、彼女が俺の真正面から膝に座ってきた。

　「ねぇ。それ、本気で言ってる？」

　スーツ越しとはいえ胸元に当たる柔らかい感触に、俺の心拍数は跳ね上がった。
　既に彼女のＹシャツは四つ目までボタンを外されており、圧迫された事で深みを増した谷間が自己主張しながら顔を覗かせている。
　
　「ここってさ、人が滅多に来ないんだったよね。……今、二人っきりだよ？」

　薄緑色のブラジャーを覗かせながら、まるで重石のように俺の膝に体重を掛けてくる。
　椅子の縫い止めたまま俺の首元に顔を寄せ――――その瞬間、彼女は不愉快さを混ぜたような声を上げた。

　「――――ねぇ、イッセイ。貴方香水付けてる？　何かの花みたいな匂いがするんだけど」

　「香水？　いや、制汗スプレーくらいならするけど香水は付けないな」

　「そう――――」

　彼女はゆっくりと俺から離れていった。
　衣類を正して上着を羽織ろうとする。
　まるで、今更透けた下着を晒す事に抵抗を示したような動作だった。
　不思議と俺はそれが名残惜しいとは思わなかった。

　「イッセイ、もう少し休んだ方が良いわよ？　何だか凄く元気が無いみたいだし」

　「そんな事は」

　無い、と言い切ろうとして気付く。
　
　立ち上がれない。
　立ち上がろうとはするのだが、酷い脱力感に苛まれて膝から上が上がらない。
　それこそ風船から空気が抜けたように、唐突に活力が抜かれたような感覚だった。

　「……お疲れね。毛布があった筈だから、それ持ってくるわね。ここ、意外と冷えるから」

　未だ電算化していない資料が多いこの部屋は、資料そのものが傷まないよう空調管理がされている。
　とはいえ高度な管理ではなく、一定時間毎に空気の入れ替えをするくらいだ。
　だが、入れ替え時の温度が意外と低く長時間居ると体調を崩し易い。
　その為、資料室には小さな給湯スペースや防寒具を保管しているスペースが仕切り付きで設けられている。

　「そうするわ……なんか、しんどい――――」

　作業用デスクに突っ伏すように体を預ける。
　自分の予想以上に消耗していたのか、睡魔は程なく襲ってきた。
　急速に泥沼のような安寧に沈んでいく最中、急に疑問が沸いてくる。
　
　俺、彼女の名前聞いてたっけ――――――――

　流石に『お前』とかじゃいい加減失礼だろうし。
　恥を忍んで改めて聞いてみるか。
　多分怒られるだろうが、その時はその時で。

　そこまで考え、俺の意識は完全に沈みきった。

　
　明と暗の境がハッキリとする紙束の森。
　それが私がこの空間に抱いた印象だった。

　薄暗い物陰――――　OK。
　静かな空調音――――　OK。
　余計な邪魔が無い――――　OK。

　雰囲気自体も寂れてて、二人っきりになるには中々良い所のように思える。
　正直イッセイもこんな良い所を知っているのであれば辞めないで欲しかった。
　私の分のスーツまで買えば社内セックスプレイをするくらい訳が無いのである。
　仕事をして絶対して欲しいとは言わないが、矢張りシチュエーションプレイというのは是非一度体験してみたい。
　
　――――つくづく、タイミングが悪かったとしか言いようがないなぁ。

　今イッセイは机に突っ伏したまま寝こけている。
　ここは『彼の記憶にある会社の資料室』を再現した場所だ。
　ちなみにイッセイは私の上司。
　私は仕事を教わる新人社員という設定。

　二人っきりのこの空間で、あんな資料を参考にしたりこんな場所を整頓して貰ったり……グフフ♥
　生理が来なくなったらどうしようかしら♪

　……おっと、親父ギャグ言ってる場合じゃなかったわ。そろそろ彼、目を覚ましそう。
　それにしても、ここって何か妙に乾燥してるのよねー。喉痛めないのかしら。
　記憶の中のでっち上げだって喉は渇くだろうし、お茶くらい淹れて来ようかな。
　あ、何か新婚さんっぽい。この感じ。
　
　もしかしたら一気に飲むかもしれないし、温めに入れておこう。
　緑茶ってあったかしら。

　

　今後の注意。
　＼コロンビア／　されないようよう、今度からはイッセイから十分離れて起こそう。
　まぁ、お陰で濡れ濡れの透け透けで三割り増しくらいエロス分が加算されたけど。
　でもこれ熱めのお茶だったら絶対大火傷よ！？
　
　現実世界じゃまだ実体化できないから素通りするだろうけど、今の状態は熱さとかダイレクトにくるんだから温めにしておいて良かったって心底思ったわ。
　でも凄い大声だったわね。
　本人は夢見が悪かったっていうけど尋常じゃない。
　それに何だか――――ううん、気のせいかもしれない。
　そろそろ彼のものにして欲しいし、状況も悪くないから一線、超えちゃおうかな？

　何これ、おかしい。
　私、今日はまだ彼から少ししか精を貰ってないのに一気に減ってる。
　近くに寄って漸く分かったけど、花みたいな甘い匂いが彼の首元からしてるし、もしかして廃校から別の誰かが憑いて来た？
　でもミスティはそんな事全然言ってないし――――――――

　それにいくらなんでも精だけでなく生命力も貰いすぎな感がある。
　こんな貰い方してたら消費量が多すぎて絶対に回復が間に合わない。
　あの娘達でもその辺は心得てるだろうから、こんな無茶な貰い方はしない筈。
　まるで好きなものを好きなだけ食べる子供みたいな、そんな貰い方だ。
　……一度確認した方が良いのかもしれない。
　
　セックス出来ないのは残念だけど、今しちゃったらそれこそイッセイの命に関わる。
　ここは休んで貰うべきかな。やっぱり。
　毛布を取りに行ったけど、戻ったらイッセイの居た椅子はもぬけの殻。
　微かに彼の温もりが残るだけだった。
　私はそこに座って背を預ける。
　喉から伝わるお茶の温もりは、彼の温もりよりも熱い。

　はぁ……お腹空いたなー……。

　

　「う……んが……？」

　目が覚めたのは日が高くなって、若干室温が高くなってからだった。
　目覚まし時計は掛けているが止められた試しが無いのでいい加減買い直そうかと悩んでいる。
　
　「お……お……」

　低血圧持ちではなかった筈なんだがな……。
　身体が滅茶苦茶重たい。　
　俺は意識を覚醒させてから更に数十分を要して、漸く起き上がる事が出来た。
　朝の目覚めだけでは到底説明がつかないような虚脱感が俺の全身を蝕んでいる。

　「なんか、変な夢、を見てたような――――」

　
　――――ずっと、ずっと、ずっとわたしの傍にいられるよね？

　
　「ひっ！」

　
　詳細は憶えていない。
　ただ、漠然と命の危険を感じた記憶があるだけだ。
　夢にしては妙にリアルで、底の見えない深い深い穴を覗いた時のような原始的な恐怖が薄く体に残っている。
　判然としない脳裏に浮かぶ映像の中、一番意識に残っているのは目だ。
　生きている者が欲しくて欲しくて堪らない、深海に沈んだ氷のような目だ。
　その昏さがあまりにも生々しく掘り起こされ、俺は暫くの間己の体を抱き締める。
　
　怖い。
　部屋から――――いや、ベッドからも出たくない。
　
　一歩歩けば奴が足を掴みそうだ。
　顔を上げれば奴が目の前で嘲笑っていそうだ。
　もしかしたら俺が気付いていないだけでもう俺の目の前に――――
　
　想像は際限なく膨らむ。
　恐ろしい嵐を避ける小動物のように小さくなっていると、自然と誰かの声を思い出した。

　――――毛布があった筈だから、それ持ってくるわね。

　…………誰だっけ、こんな可愛い子知り合いに居たろうか。
　『ぼくのかんがえたりそうのかのじょ』像とは程遠いのだが、何というか普通で安心感がある。
　さっき恐ろしさを感じたのが棺桶の中の死体なら、こちらは血の通った人間といった風だ。
　矢張り詳細は思い出せないのだが、この子を思い出すと先程の恐ろしさが薄らいだ感じがした。

　「ちょっと、聞いてみるか」

　頭の中の想像なのか実際に居る人物なのか自分でも自信が無い。
　顔の造作も仕草も声も漠然としているのに、存在感だけははっきりとしているのだ。
　顔の広い和夫あたりに聞けば案外何か分かるかも知れない。

　「……とりあえずメシだな」

　俺はベッドから下り立つ。
　一歩踏み出すのに、さっきの恐れは感じなかった。

14/11/09 00:10更新 / 十目一八

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