第十一話:前編 愛され男子の受難劇
学び舎を離れる卒業生、それを見送る在校生。
門出を祝う喜びも、離れ行く悲しさも、幾日か経てばそれは日常に埋没する一幕である。
季節は巡り冬は頬を小さく撫でる微風を残して去っていった。
陽光は暖かさを増し、地面に隠れていた新芽は土の暖かさが伝わったのか次々と顔を覗かせている。
寒さに耐えた命が、その温もりを謳歌しようと芽吹く時期。
普段目覚まし時計が鳴れば開く瞼も、この時ばかりは叛旗を翻しても許される瞬間と言えよう。
暖かい寝床は覚醒しかけた意識を急速に刈り取り、夢の彼方に羽ばたかんとする翼を遠慮なく与えていく。
微睡み、溶け、消えてはまた微睡みと繰り返す。
今の自分は単純な一つの歯車でありながら、しかし完全な循環をする一つの機関なのではないかと益体も無い考えを浮かべては心の中で頭を振る。
無駄で滑稽、何が変わるでもない考えだ。
その無駄は思考の使用域を拡大していくも、結局また霧散する。
人類の三大欲求は、人類を人類たらしめる知的遊戯すら粉砕するのか―――と脳裏に浮かべてはまた消えていく。
考えては霧散する意識は、まるで波に浚われる砂浜の文字である。
幾ら無限に砂地に書いても広大な海原はそれ以上の広さを持って掻き消してしまう。
「――――――あ♥深、深い♥奥っ……届いてる、からあ♥♥♥」
果ての見えぬ睡魔と言う海原に翻弄されれつつ、さながら今の自分は浚われていった小さな砂粒なのだ、と感じる。
何と滑稽な事か。
覚醒するには海原から弾き出されねばならないのに、今自分はその只中に居るのだ。
上に、下に、翻弄され続けている。
「はぁ……はぁ……お姉ちゃん、お姉ちゃん……っ!」
「ちょっ……♥待っ、て♥今、今はイってる♥♥から……♥♥」
響いては遠ざかる水音。
それはさながら、己を現世に呼び戻す呼び水の音であった。
耳朶を打つそれはきっと自身が目を覚ますまで続くのだろう。
水音と自身の意識が交わっては消え交わっては消え――――――違和感が増大した。
声が近い。
先程より聞こえる音量が明らかに大きい。
その疑問を解消しようと意識が急速浮上したところで、嬌声が重なった。
「僕、もう、駄目えぇ♥またイくぅうううう♥♥♥♥」
「ひゃあああああ♥♥♥おくに♥おくにびちゃびちゃせーえきでてりゅぅぅうううう♥♥♥♥♥」
「人の部屋で何やってんだアンタ等あああぁぁぁーーーっ!!!???」
劇的なタイミングで己の置かれている自体を飲み込んだ夢の主―――斑鳩 豪(いかるが ごう)。
彼の目覚めは大変水気溢れるものから始まった。
「あ♥おはよう、豪。随分お寝坊さんだね♪」
嬌声の片割れである人物から声が掛かる。
外見で言うなら美少年、あるいは美少女と言って差し支えあるまい。
声は変声期前なのか、幾分高く外見では男女の区別が非常に曖昧である。
何故かゴシックロリータの華美な服飾を身に纏い、目下自分の下で喘いでいる銀髪の美女に向かって一心不乱に腰を打ちつけながら粘つく水音に負けじと爽やかに朝の挨拶を投げ掛けてくる。
その様子にげんなりしながら、豪は痛む頭を押さえて口を開いた。
「……一応ここって俺の部屋だよな?一体どういう了見で何してんだ?オイ」
ぱつぱつという音が繰り返し鳴る中、ゴシックロリータを着込んだ人物は腰の動きを止めぬまま応じる。
「ん〜とね。今日は豪、大事な約束があるって言ってたでしょ?だから優しく起こそっかな〜って思って、お母さ……あ、間違えた。お姉ちゃんと一緒に起こす事にしたんだ♪」
「そう、よ♥中々豪君起きないから、あ♥翔ちゃんと、もう5回はしちゃったわ♥」
「あ、お姉ちゃん。駄目だよ〜?今は僕が豪と話してるんだからぁ、お姉ちゃんはちゃーんと、気持ち良くなってなきゃ」
言うが早いか翔と呼ばれた人物は、縦線の入ったリブ生地セーターを鎖骨辺りまで捲り上げた銀髪美女の股座に可憐な外見に不釣合いな凶悪なサイズの男根を抜ける直前まで引き戻しては勢いよく打ち付ける。
着衣と呼べるものはそれだけしか身に着けて居らず、それが余計獣欲を掻き立てるのだろう。
打ち付けては引き戻し打ち付けては引き戻し、高速で膣を乱暴に掘削する少年―――一物のサイズ的に少年と言って良いのかは甚だ疑問だが―――の獣のような攻めに、銀髪の美女はその美貌を歪めながら悶え狂う。
頭を左右に激しく振り、白目を剥いて涙と涎を垂らしながら上気するその姿にゴシックロリータの少年は欲望を更に滾らせる。
「ほらっ!ほらっ!どう?お姉ちゃん!僕のおチンポ、お姉ちゃんの膣中を掘り抜いちゃうよ?」
「ああああああ♥♥♥子宮、叩いちゃだめえええぇぇぇっ♥♥♥」
改めて始まった営みに、豪は暫し呆然としながらも状況を何とか理解しようと努める。
だが、豪の必死の努力を嘲笑うかの如く少年と美女は豪の眼前でお互いを貪り合っていた。
「おね、えちゃん……ぼく、もう♥奥、に出す、からね?受け、止、めてっ!!♥♥♥」
「あああああ♥♥♥きてりゅっ!♥赤ちゃんの素、いっぱい出てりゅうううぅぅぅぅぅ♥♥♥♥♥」
最奥まで一気に貫き、銀髪の美女に覆い被さったまま少年はビクビクと震える。
少年が震える度に注がれる生命の雫は、逃げ場の無いまま女の子を成す器官に満たされていった。
息を荒くしたまま二人は見つめ合い、情交の余韻に浸りながらも睦言を交わす。
「魅蘭、コレ、悪くないね♥癖になりそう♪」
「んもぅ、翔ちゃんったら♥こーんなに可愛いのにあんなに逞しくなるなんて。そんなに良かった?」
「…………あー、もしもし?お二人さん?チョットイイデスカネ?」
二人だけの世界に入りつつある闖入者達に、豪は額に青筋を浮かべながら問い掛ける。
押さえた眉間にはその怒りを示すかのように深い縦皺が刻まれていた。
「最高に決まってるよぉ♪ねぇ、もっとしよ?ね?」
「あん♥また大きくなって……しょうがないわね。もう一回だけよ?お客様だって待ってるんだから……」
「客居るの!?アンタ等何してんのホント!!??」
完全に目覚めた豪に対し、翔と呼ばれた少年はきょとんとした表情を浮かべ口を開いた。
「何って…………セックス?」
「行為を質問したんじゃねぇ。て言うか何で疑問系なんだよ」
「そうよ、翔ちゃん。違うわ、セックスじゃないって言ったじゃない」
組み敷かれた体勢のまま、魅蘭と呼ばれた銀髪の女性は今までの痴態が嘘のように凛とした表情を浮かべ答える。
「『ドキッ☆ご近所たてセタ巨乳お姉さんの悪戯。〜僕、女の子の格好で種付けしちゃう〜』よっ!!」
「AVの収録でもしてんのかよ!?てかタイトルも聞いてねぇからな!?キリッとしたドヤ顔すんなっ!」
「こらっ!豪。お母さんに向かって何て口を利くんだっ!」
「利きたくもなるわっ!?いい加減両親のギシアンで目覚ましされる俺の身にもなれええぇぇぇぇっ!!!」
二次性徴すら怪しい幼い声で嗜める声を、天に向かって雄雄しく吼える事で豪は掻き消した。
既に豪の体は寝床から離れており、未だ床で組んず解れずしている両親を見下ろしている。
その両親はというと
「魅蘭〜、豪が反抗期だよぉ。昔はあんなに一緒に遊んだのに、大きくなったら親なんて要らないんだぁ〜……」
「んもぅ♥そんな事ないわよ♪豪君は寂しいだけなんだから―――」
息子を前に完全にいちゃつき始めている。
豊かな乳房とその頂を攻めている自らの伴侶を胸に抱き慰めながら、魅蘭は艶かしい光を帯びた瞳で豪を見る。
組み敷かれた状態で見上げる形となっているにも関わらず、その紅い瞳に豪は自分が見下ろされているような感覚すら憶えた。
威圧感ではない。
圧倒されるような感覚。
圧されるのではなく既に引き倒され踏みつけられて息すら出来ないような錯覚を、両の足で立っている豪が感じているのだ。
その姿は例えカクカクと腰を動かし胸元の瑞々しい肉果実を弄ぶ小さな男子を引っ付けていようと、生物として豪よりも上位種なのだ、と脳内で警鐘が鳴る。
こちらに害を加える気が無くとも。
床に組み敷かれているという体勢で圧倒的不利を強いられる姿であっても。
この目の前の母親の一挙手一投足を見逃すのは自らの運命を差し出す事と同義だ、と豪の生存本能が告げている。
魅蘭の開く口の動きがやけにゆっくりと感じられる中、豪の耳にその内容が届いた。
「―――寂しくないように、家族を増やしましょ?翔ちゃんが頑張らないといけないんだから、しっかり、ね♥」
幼子をあやす母の表情を浮かべ、幼い伴侶に魅蘭は微笑んだ。
その表情に安堵したのか、小さく動かしていた翔の腰の動きが当初を彷彿させる激しさとなった。
両の手は既に胸部果実の先端を捉えており、その谷間に自らの頭部を埋めては左右に頭を振る。
忙しなく動くその姿は、自らの全身を震わせて内に外に快楽を浸透させんとする人型の玩具のようですらある。
「……うん。うんっ、ボク頑張るっ!豪、待っててね―――お父さん達、頑張って弟か妹作るからねっ!!」
「起きてんだから出てけよ頼むからさああああぁぁぁぁぁっ!!!???」
当初の目的は完全に摩り替わり、息子の部屋で子作りに勤しもうとする両親に豪は悲鳴とも怒号ともつかぬ声を上げた。
その声の響きが治まらんとする刹那、軽い破裂音がしたかと思うと小さな白煙を残し一枚の紙が現れる。
両親と入れ替わるように現れたその紙を豪は拾い、裏返す。
裏面には矢鱈と丸っこい字で
“あんまり彼女待たせちゃダメだぞ♥ 追伸:翔ちゃんとお風呂でちゅっちゅするからお客様の相手よろしくね♪ママより”
と書かれた内容を豪は見た。
疲れを癒す為の睡眠から目覚めたというのに、彼の肩には重い何かが圧し掛かる。
ある時はフライパンを木魚に見立てて念仏で起こされた時があった。
またある時は枕元に普通の目覚ましとエロ本を置かれ、
『勉強するんだよ?ガンバッ☆(o≧ω≦)ノ』
という父親の署名入りメッセージカードが添付されていた事もあった。
何時だったか両親共に自分の通っている高校の女学生用制服を着込んで、朝起こしに来る幼馴染の小芝居をされた事すらある。
何時も手を変え品を変え、朝から自分の体力を奪っていく二人だが今日のそれは今までで一番威力が高いものだった、と豪は疲れきった表情と共に頭を垂れた。
「丸投げかよ……っていうより彼女って誰だよ」
追伸の方が長ぇだろ―――と一人愚痴た後、豪は半眼のまま辺りを見回す。
「え……これ俺が掃除すんの?」
そこには、魅蘭から漏れた精液と愛液の混ざった水溜りや翔から飛び散った汗が付着した床があった。
床には汚れを付着させない魔法が掛かっており、カーペット等は敷いていない部分であった為惨事は免れていたものの身内とはいえ他人の情事の後始末が豪を待ち受ける。
既に両親は浴場に退避済みである以上、来客の応対を含め豪しか清掃をする人間が居なかった。
豪は何かを悟ったような表情を作ると光を照り返さぬ眼のまま黙々と着替え、情交後の水溜りを避けて部屋を出る。
――――――雑巾とバケツ何処だっけ。
少年はまず、来客の応対よりも自室の清掃を優先する事にした。
「まぁ、事の顛末はそういう事だったらしいわ。災難だったわね?豪」
「あははははははっ!た、楽しそうでいいじゃん、豪」
その場で見てきたような情感を込めた盛り上がるよう仕向けた語り手が一人と、その思惑通り目尻に涙を溜めたまま身を折って笑う少年が一人。
対する豪は憮然とした表情を浮かべながら、呻くように声を上げる。
「そうか。そんじゃ代わるか?サブ。毎日が賑やかだぜ?」
「絶対にNo!だな。俺、当事者より観客の方がいいんだよ」
「まぁ、何にせよお疲れ様。豪」
現在は斑鳩邸から移動し、豪は近江家にお邪魔していた。
元より今日はとある理由により一堂に会する約束だったのだが、朝のアクシデントで若干予定に狂いが出た形となっている。
斑鳩邸から移動した豪、その来客であったメフィル。
そして豪を通じて俊哉の友人となった加木 三郎太(かぎ さぶろうた)が近江家の居間で寛いでいる。
俊哉は三人と自分用に珈琲を置くと、ミルクと角砂糖の入った砂糖壷を中央に置いて輪に加わった。
「しっかしよく間に合ったな。豪の家から俊哉の家って結構離れてんだろ?俺、原付で来たけど20分くらい掛かったぜ」
砂糖壷から角砂糖を1つ程珈琲に加え、よく混ぜながら三郎太は啜った。
その問いに豪は砂糖壷から5つ程角砂糖を珈琲に加えると、ミルクを更に加えながら答える。
「あぁ、お袋が玄関に転移魔法陣仕込んでたんだ。俺の予定は伝えてたからな、行きは凄っげえ楽だった」
「豪のお母さん―――あぁ、魅蘭さんだね。お父さんの翔さんは元気?家の父さんが今度挨拶に行きたいって言ってたんで、伝えておいてくれると助かるよ」
その言葉を受けて、豪の脳裏には両親の顔が浮かぶ。
自分の母―――斑鳩 魅蘭(いかるが みらん)。
容姿端麗。性欲旺盛。
万年脳内桃色な魔物娘の中でも、多様な意味で上級種に相当するリリムである。
魔王の影響力が主神の影響力を9割無効化している現在でも、せっせと交わり魔王に魔力を供給している現行の魔王のシステムに組み込まれている一角。
豪の知る限りでは、彼女は夫である翔(しょう)と一緒にモデルの仕事をしているらしかった。
そして自分の父―――斑鳩 翔(いかるが しょう)。
物心付いた時から既に少年の外見であり、長じるにつれて兄弟にか見られなくなった。
現在どちらが兄でどちらが弟と見られているかは言うまでもない。
そのせいで豪はよく翔から揶揄われている始末である。
余談だが―――魅蘭の趣向か本人の嗜好かは別として女装の頻度が割りと、多い。
「セックスしてなきゃ伝えとく。今日はお互い休みらしいから、多分明日になると思うけどな」
乾いた笑いを上げて極甘珈琲を啜る豪に、俊哉は愛想笑いしか返せなかった。
会話から少し遠ざかっていた三郎太は今度はメフィルに声を掛ける。
「メフィルちゃんは?今日は豪と同伴だったけど、どしたの?」
ミルクのみを入れて苦味とまろやかさを堪能していたメフィルは、三郎太の声を聞き口を開いた。
「そうね……熱い一夜だったわ。豪ったら私を後ろから抱き締めるとそのまま前戯もなく……」
貪りあった光景でも脳裏に描いているのか、目を閉じ両手の平で自分の頬を押さえるとそのまま左右に頭を振るメフィル。
「『黙って俺の精液タンクになれ』って低い声で私の耳元で囁くと、下着をずらして一気に私を貫いたの。何度も子宮口を叩かれて、気をやってるのにまだ挿入を繰り返して。何度中出しされたか……」
「おい待てチビッ子。無い事で俺の包囲網を狭めんな」
身を捩って熱く語り出すメフィルに、隣に座っていた豪が口を挟む。
しかし聞こえていない振りを続けメフィルは更に芝居掛かった口調で滔々と読み上げる。
「既に何度も精液を受けた子宮は、小さな生命を宿すのに過剰な量で満たされていたわ……けれど、膨らむ下腹部を押さえながらまだ豪は膣に出すの。無理矢理子宮から押し出されようとする精液と、新しく注がれる精液……両者が鬩ぎ遭うのは当然の事。出る力と入る力の拮抗が私の体内で起こるのよ」
「苦しかったわ……けれど、それも段々と気持ち良くなってくる。苦しさで息が乱れるけど、豪は後ろから攻めたまま私の髪を掴むと無理矢理自分の方へ向かせるの。無言で唇を抉じ開け、舌で嬲り……豪は息をさせる事すら私に制限したの」
「無いから。ヤってないから俺。お前俺ん家に朝来ただけだろ―――っておぉいそこ!引かないで!?コイツの嘘だからなっ!?」
生々しく光景を語るメフィルに豪が冷静に返すが、二人はそうは思わなかったようで若干身を引いていた。
エンジンが掛かったのか、陶然とした表情を浮かべメフィルは言葉が踊るように情景を紡いでいく。
「息苦しい口付けの中、ついに私の中の拮抗は外へ出る方へと傾いたわ。狭い膣内に出来た隙間から勢いよく吐き出される精液は若い男女の褥を濡らし、豪の精液がまた間隙を縫うように注がれ―――いいえ、アレはもう『注ぐ』じゃなくて『噴射』ね……失われた精液を消防車のホースで吐き出すような勢いで私の膣内に噴射したわ」
「意識が途切れがちになる中、豪は私に覆い被さってこう言うの……『―――これで、お前は俺の物だ』って……後はお義父様とお義母様が部屋を訪ねるまで、ひたすら犯され続けてたわ」
「豪、お前……」
「口では『ガキに手を出さねえっ!』って豪語してたのに、結局欲に負けたんだね……」
「嘘ですっ!全くのデタラメですからっ!信じんなよお前等っ!?」
メフィルの語る光景に三郎太が、そして俊哉が友人に向けるにはあまりにも冷たい視線を投げる。
その視線に堪えかねたのか大声を上げて豪が猛抗議した。
豪の狼狽っぷりが面白かったのか、小さく声を上げて笑いながらメフィルは訂正する。
「―――冗談よ。本当はね、俊哉。貴方のお父さんに調べ物を頼まれてたから、その結果を渡しに来たの」
首から下げているネックレス―――正確にはそれに付随している小さな紫色の水晶を取り出しながらメフィルは答えた。
それを聞いて俊哉は真面目な表情を取り戻す。
「それは仕事の、ですか?」
「えぇそう。豪と離れるのは惜しいけど、後で時間を作るから。貴方のお父さんは何処かしら?」
「今は真崎家に居ますよ。移動には家の転移魔法陣を使って下さい。廊下に出て左の突き当りにある壁を2回、1回、2回の順番で叩けば動きます」
「そう、有難く使わせて貰うわ。……それじゃ豪、また後でね♪」
珈琲を一気に飲み干し、居間から廊下に消えるメフィル。
嵐が過ぎたような静けさが残る中、豪が真っ先に声を上げた。
「畜生……あの悪魔め、俺に安息を与えない気か……」
「まぁ、何だ。豪、元気出せよ、俺等の予定これからじゃん……」
「そうだね。でも豪、いい加減諦めた方が良いと思うよ?でないと疲れるだけだろうし」
俊哉の斬り込みに、豪は瞳に生気を取り戻す。
「前にも言ったと思うがな?俊哉……」
ゆらり、と立ち上がりながら異様な空気を纏い、豪は両腕を天高く突き上げながら吼える。
「俺はっ!ボン、キュ、ボンなお姉さんがタイプなんだよっ!断じてロリじゃねぇっ!!」
「あらそう?なら少なくとも私は当て嵌まるんだけど」
「ヒョオオォォォッ!?メフィル、何でお前まだ居るんだ!?」
豪が雄叫びを上げた豪に真崎家へ向かった筈のメフィルが入り口から顔を覗かせていた。
あまりの予想外な出来事に、豪の口から空気が漏れたような音が盛大に流れる。
「行こうとした直前に面白そうな話が聞こえたじゃない?つい気になっちゃって」
小さく舌を出すメフィルに悪びれる様子は一切無い。
その姿は正に小さな悪魔そのものである。
「で、さっきの話だけど」
メフィルは笑顔である。
彼女は外見は小学校高学年程度であり声も幼さが残るものであるのだが、異様な威圧感が存在する。
俊哉が初めて会った時にも受けたのだが、どうにも彼女は体型の事になると普段の余裕がかなり減じる傾向があった。
「もし豪が『私の言ってた事』を忠実に再現してくれるなら、そのお願い、叶えてあげられるから。だから―――」
―――頑張って頂戴ね。
それだけ言い残し、メフィルはまた廊下の影に消えていった。
その直前の表情を豪は見た。見てしまった。
オ前ヲ犯ス。
全身から威圧感を出しながら、確かにメフィルの笑顔はそう言っていた。
逃げる獲物を想像し、追い立て、最後に食らうと決めた捕食者の表情。
豪が何も言えず固まってしまった事など気にも留めず消えていった。
十数秒後、軽いノック音の振動が響いたと思うと廊下の向こうが発光したのか、光が居間にも漏れてくる。
静寂が訪れて数秒後、今度は三郎太が口を開いた。
「行った……か?」
「あぁ。流石に魔法陣が起動した時の発光は見覚えがあるから行ったろうな……もう大丈夫そうだぞ、豪」
俊哉の発言に安心したのか、豪は膝から崩れて四つん這いになった。
所謂 orz という状態である。
「何なんだよアイツのプレッシャー……何かお袋相手にしてる時みたいだったぞ」
「ちっちゃなボディーに溢れるパワー。メフィルちゃん、やっぱパネェわ。これがハートをキャッチされた感触って奴?」
「サブ。時々君は実は凄い奴なんじゃないかと本気で思うよ」
心臓を鷲掴みされたような威圧感は体型に関して言及した場合のみである、と俊哉は覚えていた為直接の被害は三郎太同様受けていないが、崩れ落ちている豪は別である。
三郎太の調子のいい発言のおかげで俊哉は早期回復出来たものの、休みを推して用意したこの企画、果たしてどうなる事か。
死んだような目をしている豪を三郎太に任せ、俊哉は準備に取り掛かった。
14/03/17 00:13更新 / 十目一八
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