猫村さんと俺の夜更けから夜明けにかけてA
「私思うの、今の魔物娘は本当にこのままでいいのかなって。って言っても、新藤君にはちょっと急な話だったかな。ごめんね、ちゃんと説明するから。えーっとどこから話そうかな。魔物娘の基本的な理念とか性質っていうものはもう話したよね。エッチなことと人間が大好きで、特に旦那さんとか恋人となった男性を強く好むっていうの。
時には乱暴な手を使うけど、襲って側も、襲われた側も絶対に不幸にならない、とかね。そういうの。絶対幸せになるっていうのは全然変わってないし、絶対に変えちゃいけないっておもってる。当然だけどね。
でも、何というか漠然とした考えだけど、このままじゃ後々大変なことになるんじゃないかとも思うの。
ただ、それだけっていうか、いきなり訳も分からないまま、この世のものとは思えないぐらい非現実的にかわいい魔物娘とひたすらエッチするだけじゃ、いつか絶対に限界が来るんじゃないかって。
魔物娘が男性と幸せに結ばれるためには、今のままではなにか足りないものがあるんじゃないかとも私は思うの。
もちろん別に私は、魔物娘である自分自身の性質を否定するつもりなんて小指の先ほどもないよ。そう生まれついてしまったんだから、そこを否定してもどうしようもないもの。私たち魔物娘が男の人に一目ぼれするのはもうほとんど本能みたいなものだから、そこはどうやったって抑えることは出来ないっていうのは一つの事実だからね。
現にそれこそが、私たち魔物娘を魔物娘たらしめている要素なわけだし。
でもこのまま何も変わらずにいると、私たちがどんなにある一人の男の人のことが好きで、どんなに必死に誘惑したとしても、その時代の人が求めているものと全然違ったんじゃ、相手がドン引きするだけで終わっちゃうじゃない。あるいはよっぽど現実逃避をしたくて、何かとても都合のいい妄想が実際に起こるのを本気で信じ込んでいる、極めて少数の人にしか受け入れられなくなる。
そして私たち魔物娘は、ただの性欲旺盛なだけの、異形のかわいい女の子たちという枠組みの中に閉じ込められて、そのまま忘れ去られ、魔物娘と言う概念や存在、あり方そのものが時代に順応できずに風化していってしまう……。
そんな寂しいことになってしまうっていうような、根拠のない不安がいつもあるの。何でかっていうのはうまく説明できないんだけどさ。
私たちの、性に対して自由奔放な姿勢と、男性へのひたむきで一途な愛情、そして愛と勇気と優しさ、そしてエッチの素晴らしさについて、誰よりもよく知っているっていう、魔物娘にとって何よりも大切な要素を決して変えずに、それでも何か今本当に必要な変化を恐れることなく取り込んでいかないといけないんじゃないか。そんな風に考えられずにはいられないんだ、最近。
それは具体的にはどんな変化だって聞かれると、すっごく困っちゃうんだけどさ。
だからこそ私は、新藤君が家に来てもぐっとこらえてご飯をご馳走するにとどめたわけだし。そのちょっと新しい現代的なアプローチの一環としてね。まさかあなたの方からあんなにグイグイ来るとは思ってなかったけど。ふふ。
……もともとはこの渡航計画だって、魔界での魔物の進出が進み過ぎたから提唱されたものなんだ。魔王軍の侵略作戦が功を奏して、世界に魔物娘の数が増加して、それが一層激しくなった時に、不安になった誰かが呟いたの。
このまま、みんな魔物娘とインキュバスしかいなくなったらどうなってしまうんだろうって。ただインキュバスと魔物しかいない画一化された世界は、果たして健全で美しいものだと言えるのかってね。
まあそういう背景があって、この渡航計画って、ある意味ではコロナイゼーション、植民地化計画みたいな側面も持ってるんだけどね。
とにかく、そういう意味でも、どのみち私たちは新たな道を探すより他ないんだ。それがよいものを運んでくるか、悪いものを運んでくるかは分からないけれど。
変化の無い集団や方法、文化や思想と言うのは、いつか必ず廃れるの。必ずよ。
伝統的な芸能、それこそ歌舞伎や落語なんかのジャンルが今でもしっかりやれているのは、変化を恐れない新しい新しい方法を取り入れてきたからであって、そこに新しい風を吹き込む勇気ある最初の一人が存在したからなの。
そういうことを考えるたびに、私は毎回今の魔物娘のこれからのことについて、なんとなく不安な気持ちになるの。
私たちはこのままでいいのかな、ちゃんとやれてるのかなって。
だって、一時期は驚くほどの隆盛を誇った一つのジャンルが時代の推移とともに忘れ去られていくのを見るのはとてもじゃないけど耐えられないじゃない。
もちろん、私たちの存在と芸能文化は別で、誰かに知られずとも生きていくこと自体は出来るけど……。それでもやっぱり、忘れられるのはやっぱり寂しいじゃん。
私が今言った漠然とした不安っていうのは、こんな感じのことなんだ。とっても曖昧な話なんだけどね。わかって欲しいな。……ふふ、困った顔してる。ごめんね、こんなこと急に話しちゃって」
そう猫村さんは語り終えると、それこそ本当の猫みたいに、両手をベッドにつけたまま、お尻を引き上げて伸びをした。そしてごろんと寝返りをうって、毛布を巻き込みながら向こうの方を向いてしまった。俺の分の毛布がちょっと短くなった。
俺は何とも言えずしばらくの間黙っていたが、結局自分が言うべきことが見つからずに、口をつぐんだままでいた。それでもなんとなくこれだけは言っとかないといけないような言葉を探したが、それもやっぱり見つけられなかった。
19/08/03 11:17更新 / マモナクション
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