謀略
「はぁ・・・」
溜め息を吐くポーラ。彼女の心を
代弁するかのように空の色も暗い。
「もう昼だけど、食べないのか?」
ふと横から声が掛けられる。振り向けば
心配そうな表情でベルモットが覗き込んでいる。
「あんなもん見せられたら食事どころじゃないよ・・・」
「まぁ、それは分かる。だけど折角の結婚式なのに
辛気臭い顔をしてどうする?」
ベルモットは呆れた様に首を振った。
「ん、誰か結婚するの?」
「何言ってるの。貴女が結婚するんでしょう?
聞いたわ。勇者に求婚されたって」
反対側からキルシュが声を掛けて来た。
「・・・・・・はぁ!?」
寝耳に水の話だ。素っ頓狂な声が思わず飛び出る。
「いやいやいや、あたしゃ求婚なんてされて――」
「違うの? ジャンって人が嫁に貰って行くとか会議で
言ってたから、てっきり結婚するのかと・・・」
首を傾げてベルモットに目を合わせるキルシュ。
肯定するようにベルモットも答えた。
「ああ。向こうで指揮官を集めて話し合ってる。
お前が居れば停戦まで持ち込んでみせるとか、
上手く行けば私にも婿が紹介できるとか色々
説明してたぞ」
恍惚とした表情で語るベルモット。積年の願いが
叶う期待に酔いしれているようであった。
「とりあえず、話を聞きに行った方が良さそうだな」
手早く朝食を掻き込んで立つポーラ。
心なしか、頬の色が赤らんでいるのであった。
時は遡り、場所も移る。現状で最高の指揮権を持つ
ディートリンデと、事の元凶たるジャンが天幕の
奥で向かい合いつつ座っていた。
「その堅物さ、昔と変わらねぇな〜。もうちょい
上手く立ち回らないと敵が増えるだけだろ?」
「じゃかぁしい。こちとら曲がった事は嫌いなんだ」
水差しに直接口を付けて口を潤すジャン。
傍らに積まれた甲殻虫のフライを流し込みつつ
慣れた手つきで書類の写しを書き上げていた。
「それに、上の連中は実力主義だからな。黙らせるには
実績で納得させる方が早い。丁度良く手頃なのが
罠に掛かったおかげで内部から干渉できそうだしな」
彼は不敵な笑いを浮かべつつ空腹を癒していた。
「何をしでかすつもりだい?」
「決まっている。悪だくみさ」
ジャンはバキバキと指を鳴らしつつ伸びをした。
「俺の計画は全部で三つ。此処の戦力を別の戦線に
移す事、人間の国で俺と共に裏工作をする事、
幹部格の魔物に教育を普及させる事。ポーラさえ
手に入れば全部同時にやれるだろうな」
ディートリンデは書類に目を通しつつ訊ねた。
「そんな事できるのか?」
「可能だ。半ば脅迫染みたやり方になるのは
不本意だが、軍縮と経済発展の利益で国を
丸ごと買い取れる。婿不足も一発で解消だ」
ディートリンデは楽しげに笑う彼を見て、
かつての学院生活を思い出していた。
「損はさせねぇ。また悪だくみに一枚噛むなら
担保として俺自身をくれてやる。どうだ?」
「よし、乗った。詳しく話せ」
悪童のような笑みと共に彼女は身を乗り出した。
「まずは裏工作からだな。諜報や穏健派への助力、
並びに異なる派閥の諜報員との折衝が中心となる。
可能ならポーラ女史を同行者として選抜したいが、
拒否された場合は銃士の中から協力を願いたい」
笑みが消え去り、真顔になってジャンは語り始めた。
「始めに穏健派の財源を増やす。ホルスタウロスミルク
増産に関しては現状の五割増しで利益が見込める。
その事業の看板娘としてポーラが欲しい」
いきなりのビッグマウス。されど至って真面目な
彼の表情から、勝算が有る事は見て取れた。
「そんな事ができるのか。一体どうやって?」
「単純だが乳房をでかくする。品種改良に加え、
人間側の性癖操作が成功した研究例がある。
この資料に目を通してくれ」
ジャンがイラスト付きの紙束を渡した。
描かれているのは、立っているにも拘らず
腰が見えなくなる程に肥大化した双乳を
抱えたホルスタウロスだ。
「魔物の外見は夫の好みに変化する。これを利用して
超乳性癖を植え付けた人間を集め、その子供の中で
特に優秀な奴を品種改良した結果がこれだ。母乳の
量は既存の平均より2・3倍も多く出たぞ」
頁をめくるとグラフやら年度別の資料が
ずらりと並んでいた。
「残念ながら人間側の手の大きさは変えられなかった。
なので搾乳効率は既存のままだが、この量だからな。
グレムリンとの伝手が確保できれば搾乳機の
実験をやってみたい所だ」
余りにも大きすぎる為、乳房では無く乳首を握るのが
精一杯。搾乳姿勢も正面から出ないと手が届かない。
つまり後背位で犯しながら搾る事が出来ない点が
ネックとなっている。そう資料には記されていた。
「最近は義手とか言う物があるだろ? アレを魔界銀で
夫の魔力を馴染ませて、調教道具に使えば効率化も
出来るかもしれないが・・・それは置いておいて」
ジャンは胸元で物を払い除ける様な仕草をした。
「この仕事には超乳性癖を増やす諜報員が必要だ。
宣伝や絵画で文化汚染を仕掛けるんで、名実共に
秀でたポーラが欲しいんだ。顔も広い彼女の胸が、
腰まで肥大化すれば影響は言わずもがなだ」
救国の英雄であり、奥手としても知られている彼女が
結婚したとなれば宣伝効果も一塩。まして、相手が
七姫を半壊させた勇者となれば注目度も高い。
「身を張ってるなぁ。とろけの野菜や
夫婦の果実なんて食ってるのはその為か?」
「それに加えて彼女から搾ったミルクもな。
やると決めたからには妥協はしねぇよ」
封をしても尚、甘い香りを放つミルクを
詰めた瓶がジャンの手に有った。
「それに、ポーラの故郷は碌な産業が無い。ここを
超乳性癖の普及拠点として穏健派を誘致すれば、
交易の中継地点として産業を興せる。過激派に
対する防波堤にもなるしな」
ジャンは追加で資料を差し出した。そこれは
ジパングにて採用されている牛犂や人力車の
運用を記録した物であった。
「種族柄ホルスタウロスは体力に秀でるからな。
戦争続きで馬が不足している現状なら稼ぎ時だ。
長距離の移動に耐えられるし、何より輸送量が
段違いだ。後方でなら充分動かせる」
兵站線の脆弱さは確保は魔界の軍勢における急所だ。
甲殻虫の襲撃、形状が安定しないので輸送に困る芋。
サカリ肉の需要から多くは狩れない豚。これらの
存在が壁となっているのが原因である。
「野良仕事でも普通の牛より重い牛犂を使える分
深く耕せるし、観光での案内役も任せられる。
馬と違って会話できるし、合法的に婿探しで動ける
からな。馬車用の馬を育てるより経済的だ」
実際にジパングで人力車が普及している理由は、
馬よりも人間の労働コストが安く済むからだ。
夫さえいれば食費すら浮かせられる魔物ならば
費用対効果も上になる筈だ。
「歩けるなら人間にもできるからな。貧困で生じる
盗賊や棄民の受け皿になる。つまり警備の人件費や
食糧難で苦しむ国には大助かりなのさ。飯は母乳で
どうにかできるし」
窮民救済は軍の仕事とは言うけれど、あくまで平時の
話である。戦争で兵糧も人手が足りない現状では
治安維持に支障が出ているのが実情なのだ。元凶が
無くなれば、軍も過激派との戦闘に専念できる。
「それに、戦争が有れば傷痍軍人が出るからな。それを
スカウトすりゃ体力の有る男手を婿にできるし、国も
恩給を支払う手間が省ける。経済的にも美味しいぞ」
兵士たちの士気を保つには、怪我をしても保護される
保障が必要である。多くの仕事は手足が必要だが、
これなら寝るだけでも仕事になる。
「ちゃっかりしてるな。悪辣さじゃ勝てる気がしねぇ」
魔物だけでなく人間にも旨味が有る話である。改めて
彼女は目の前にいる男の狡賢さを認識するのであった
「欲を言えば、ラタトスクやリャナンシー辺りに
広報活動を手伝って貰いたいがね。とにかく、
資金を調達したら次は諜報活動だ。これに関しては
俺の方で情報をリークするんで割愛する」
フライを食べ終わって空になった皿が片付けられ、
空いたスペースに別の資料が置かれた。
曲がりなりにも教団から護衛の兵士が派遣される
大物勇者。内部事情は手に取る様に分かるのだ。
「で、問題は俺達以外の派閥から送られた諜報員だ。
過激派の暗殺者や工作員を見抜いて妨害したり、
俺達にとって邪魔な人間を消させるように誘導
するなら銃士の協力が欲しい」
銃士であり、ホルスタウロスであり、拠点確保の
強力なコネを持つ。ジャンがポーラを本気で欲しがる
理由が一つに繋がった。
「工作員は俺が直接ぶちのめしても良いんだが、
俺がマークされても困るし、追加の人手が
どこに増えたか分からなくなっても困るんでね」
「よくもまぁ、ここまで調べたな・・・」
感心半分、呆れ半分でディートリンデは呟いた。
閻魔の加護を授かった辺り、ジパングまで足を
運んだのだろう。凄まじい行動力と情報収集力。
流石は勇者と言った所だ。
「こちとら戦闘力は低いんでね。財力と権力で
番外戦術を仕掛けないと勝てん。それじゃあ
次は戦線の移動だ」
ジャンは喉を潤して再び口を開いた。
「このままだと過激派とのパワーバランスが崩れる。
だから梃入れをする予定だ。具体的には戦争を
泥沼化させて出会いを増やす。その為に穏健派で
塩の流通を掌握しようと考えている」
ジャンは地図に朱を塗り始めた。
「人間側の弱点は塩だ。戦線が伸びて補給が覚束無い
だけでなく、その護衛に戦力が割かれている。
それを俺が肩代わりして前線に兵を集中させれば
過激派連中にとって出会いが増える機会となる」
続けて青いインクで予想される進行ルートに
但し書きを書き始めた。
「こうすれば此処の戦力が移動する建前になるんで、
此処の停戦を後押しする材料になる。魔界化の
進行も遅れるんで時間稼ぎに可能だ。その間に
最後の勉強会を一気に進める」
水も底をついたのだろう。ジャンは
水差しも片付けて資料を置き始めた。
「落盤事故の様な惨状を防ぐには、無秩序な魔力の
発散を防がなきゃならん。だが、ゾンビとか
闇精霊の発生までは防げん。なので魔物達の忠誠心を
利用して上から押さえつける方法を採用する」
ジャンはディートリンデに一冊の名簿を手渡した。
「おい、これって出勤記録じゃないか?」
渡された物は、魔物達が使う勤怠表であった。
幾つかの名前が朱で丸を付けられており、
備考欄に欠勤理由が記されていた。
「魔宝石採掘場で発生した落盤事故の原因は色々だが、
その中には明らかに人災と分類できる物が有る。
魔界熱やアルラウネ花粉症を発症しながら外出して
魔力を垂れ流した事が原因だったり・・・とかな」
ジャンは備考欄を指で叩いた。
「そしてこっちが事故の起きた鉱山に関する記録だ。
この勤怠表と合わせると休んだ魔物と事故の日付、
そして魔力の波長が一致するんだよ」
ジャンは別の記録を差し出した。確かに一致している。
「こうした危機管理意識の無さが原因で事故が
起きているからな。知能の低い魔物は現場で
叩きのめせばどうにかできる。だが幹部は別だ。
これを使って部下の意識を改める教育を施すぞ」
荒々しく袋を取り出すジャン。デルエラの魔力が
布越しにも感じられる。
「デルエラを始め、過激派の上層部がヘマをした
証拠は抑えてるんでね。馬鹿共を更迭させたら、
部下にも失敗させないように躾けて貰おう。男を
殺したんだ。さぞ、内ゲバも激しいだろうな」
男が報酬として貰えるからこそ過激派は勇み足で
戦地へ赴く。だが、その報酬が失われている事、
その原因が己の軽率さが招いた事だとすれば・・・
「こりゃ荒れるな。つーか、どうやって入手した?」
特にデルエラは部下達の責任を取る事になる筈だ。
間違いなくバッシングを受ける事になるだろう。
ディートリンデは身震いを隠せずにはいられなかった。
「他の戦線で支援した時に拠点から回収したのさ。
罪を裁くのが俺の仕事なんでね。証拠品として
使わせて貰った」
さも平然とジャンは種を明かすのであった。
「色々と穴はあるが、そこは今後の協議で
詰めていく。此処までで何か質問は有るか?」
流石に疲れたのだろう。椅子に体を
預けながらジャンは訊ねた。
「確かに良く出来た計画だろうけどさ、お前の
実力で奴らを抑え込めるのか? 喧嘩の腕は
下から数えた方が早いんだし」
彼女は最大の欠点を指摘した。
「確かに犯罪者とアンデットなら条件さえ満たせば
格上でも相手取れるが、他は無理だ。なので、
そこは切り札を一枚使わせて貰う」
ジャンは自らの頭を指で叩きながら答えた。
「何をするつもりだ?」
「オリヴィエ女史に協力を願おう。デーモンの契約を
仲介させるのさ。奴さんが探している恋人の場所は
知っているんでね。対価として差し出すのさ」
「お前、どうしてそれを?」
「そいつは俺の庇護下に有るからだ。そして、
魔物に攫われんように保護しているのも俺だ」
ディートリンデの笑みが凍りついた。
オリヴィエが過激派に属している理由。その原点は
恋人に裏切られた事、そして未だ見つからぬ恋人を
探しているからだ。されど精の臭いすら嗅ぎ取れて
いない為、創作は難航している。その筈だ。
「俺にとって魔物と人の違いは関係無い。ただ罪を
犯して償っているかだけが重要だ。贖罪の最中に
邪魔が入らないようにするのも俺の務め。彼女には
悪い事をしたが、奴の気配は俺が封じさせて貰った」
それがジャンが使える手札の一つであった。
腐敗と権力闘争に塗れ、暗殺などの罪業を重ねた
レスカティエ。断罪の為に赴いた際、罪人の中に
オリヴィエの恋人も含まれていたのだ。
「奴の部下がヘマをして男が死んでるんだ。
その罰として受け取って貰おう。今までの
罪のツケ、きっちり払って貰わんとな」
冷たく吐き捨てるように言葉を口にするジャン。
その目には怒りの炎が燃え上がっているように
感じるディートリンデだった。
溜め息を吐くポーラ。彼女の心を
代弁するかのように空の色も暗い。
「もう昼だけど、食べないのか?」
ふと横から声が掛けられる。振り向けば
心配そうな表情でベルモットが覗き込んでいる。
「あんなもん見せられたら食事どころじゃないよ・・・」
「まぁ、それは分かる。だけど折角の結婚式なのに
辛気臭い顔をしてどうする?」
ベルモットは呆れた様に首を振った。
「ん、誰か結婚するの?」
「何言ってるの。貴女が結婚するんでしょう?
聞いたわ。勇者に求婚されたって」
反対側からキルシュが声を掛けて来た。
「・・・・・・はぁ!?」
寝耳に水の話だ。素っ頓狂な声が思わず飛び出る。
「いやいやいや、あたしゃ求婚なんてされて――」
「違うの? ジャンって人が嫁に貰って行くとか会議で
言ってたから、てっきり結婚するのかと・・・」
首を傾げてベルモットに目を合わせるキルシュ。
肯定するようにベルモットも答えた。
「ああ。向こうで指揮官を集めて話し合ってる。
お前が居れば停戦まで持ち込んでみせるとか、
上手く行けば私にも婿が紹介できるとか色々
説明してたぞ」
恍惚とした表情で語るベルモット。積年の願いが
叶う期待に酔いしれているようであった。
「とりあえず、話を聞きに行った方が良さそうだな」
手早く朝食を掻き込んで立つポーラ。
心なしか、頬の色が赤らんでいるのであった。
時は遡り、場所も移る。現状で最高の指揮権を持つ
ディートリンデと、事の元凶たるジャンが天幕の
奥で向かい合いつつ座っていた。
「その堅物さ、昔と変わらねぇな〜。もうちょい
上手く立ち回らないと敵が増えるだけだろ?」
「じゃかぁしい。こちとら曲がった事は嫌いなんだ」
水差しに直接口を付けて口を潤すジャン。
傍らに積まれた甲殻虫のフライを流し込みつつ
慣れた手つきで書類の写しを書き上げていた。
「それに、上の連中は実力主義だからな。黙らせるには
実績で納得させる方が早い。丁度良く手頃なのが
罠に掛かったおかげで内部から干渉できそうだしな」
彼は不敵な笑いを浮かべつつ空腹を癒していた。
「何をしでかすつもりだい?」
「決まっている。悪だくみさ」
ジャンはバキバキと指を鳴らしつつ伸びをした。
「俺の計画は全部で三つ。此処の戦力を別の戦線に
移す事、人間の国で俺と共に裏工作をする事、
幹部格の魔物に教育を普及させる事。ポーラさえ
手に入れば全部同時にやれるだろうな」
ディートリンデは書類に目を通しつつ訊ねた。
「そんな事できるのか?」
「可能だ。半ば脅迫染みたやり方になるのは
不本意だが、軍縮と経済発展の利益で国を
丸ごと買い取れる。婿不足も一発で解消だ」
ディートリンデは楽しげに笑う彼を見て、
かつての学院生活を思い出していた。
「損はさせねぇ。また悪だくみに一枚噛むなら
担保として俺自身をくれてやる。どうだ?」
「よし、乗った。詳しく話せ」
悪童のような笑みと共に彼女は身を乗り出した。
「まずは裏工作からだな。諜報や穏健派への助力、
並びに異なる派閥の諜報員との折衝が中心となる。
可能ならポーラ女史を同行者として選抜したいが、
拒否された場合は銃士の中から協力を願いたい」
笑みが消え去り、真顔になってジャンは語り始めた。
「始めに穏健派の財源を増やす。ホルスタウロスミルク
増産に関しては現状の五割増しで利益が見込める。
その事業の看板娘としてポーラが欲しい」
いきなりのビッグマウス。されど至って真面目な
彼の表情から、勝算が有る事は見て取れた。
「そんな事ができるのか。一体どうやって?」
「単純だが乳房をでかくする。品種改良に加え、
人間側の性癖操作が成功した研究例がある。
この資料に目を通してくれ」
ジャンがイラスト付きの紙束を渡した。
描かれているのは、立っているにも拘らず
腰が見えなくなる程に肥大化した双乳を
抱えたホルスタウロスだ。
「魔物の外見は夫の好みに変化する。これを利用して
超乳性癖を植え付けた人間を集め、その子供の中で
特に優秀な奴を品種改良した結果がこれだ。母乳の
量は既存の平均より2・3倍も多く出たぞ」
頁をめくるとグラフやら年度別の資料が
ずらりと並んでいた。
「残念ながら人間側の手の大きさは変えられなかった。
なので搾乳効率は既存のままだが、この量だからな。
グレムリンとの伝手が確保できれば搾乳機の
実験をやってみたい所だ」
余りにも大きすぎる為、乳房では無く乳首を握るのが
精一杯。搾乳姿勢も正面から出ないと手が届かない。
つまり後背位で犯しながら搾る事が出来ない点が
ネックとなっている。そう資料には記されていた。
「最近は義手とか言う物があるだろ? アレを魔界銀で
夫の魔力を馴染ませて、調教道具に使えば効率化も
出来るかもしれないが・・・それは置いておいて」
ジャンは胸元で物を払い除ける様な仕草をした。
「この仕事には超乳性癖を増やす諜報員が必要だ。
宣伝や絵画で文化汚染を仕掛けるんで、名実共に
秀でたポーラが欲しいんだ。顔も広い彼女の胸が、
腰まで肥大化すれば影響は言わずもがなだ」
救国の英雄であり、奥手としても知られている彼女が
結婚したとなれば宣伝効果も一塩。まして、相手が
七姫を半壊させた勇者となれば注目度も高い。
「身を張ってるなぁ。とろけの野菜や
夫婦の果実なんて食ってるのはその為か?」
「それに加えて彼女から搾ったミルクもな。
やると決めたからには妥協はしねぇよ」
封をしても尚、甘い香りを放つミルクを
詰めた瓶がジャンの手に有った。
「それに、ポーラの故郷は碌な産業が無い。ここを
超乳性癖の普及拠点として穏健派を誘致すれば、
交易の中継地点として産業を興せる。過激派に
対する防波堤にもなるしな」
ジャンは追加で資料を差し出した。そこれは
ジパングにて採用されている牛犂や人力車の
運用を記録した物であった。
「種族柄ホルスタウロスは体力に秀でるからな。
戦争続きで馬が不足している現状なら稼ぎ時だ。
長距離の移動に耐えられるし、何より輸送量が
段違いだ。後方でなら充分動かせる」
兵站線の脆弱さは確保は魔界の軍勢における急所だ。
甲殻虫の襲撃、形状が安定しないので輸送に困る芋。
サカリ肉の需要から多くは狩れない豚。これらの
存在が壁となっているのが原因である。
「野良仕事でも普通の牛より重い牛犂を使える分
深く耕せるし、観光での案内役も任せられる。
馬と違って会話できるし、合法的に婿探しで動ける
からな。馬車用の馬を育てるより経済的だ」
実際にジパングで人力車が普及している理由は、
馬よりも人間の労働コストが安く済むからだ。
夫さえいれば食費すら浮かせられる魔物ならば
費用対効果も上になる筈だ。
「歩けるなら人間にもできるからな。貧困で生じる
盗賊や棄民の受け皿になる。つまり警備の人件費や
食糧難で苦しむ国には大助かりなのさ。飯は母乳で
どうにかできるし」
窮民救済は軍の仕事とは言うけれど、あくまで平時の
話である。戦争で兵糧も人手が足りない現状では
治安維持に支障が出ているのが実情なのだ。元凶が
無くなれば、軍も過激派との戦闘に専念できる。
「それに、戦争が有れば傷痍軍人が出るからな。それを
スカウトすりゃ体力の有る男手を婿にできるし、国も
恩給を支払う手間が省ける。経済的にも美味しいぞ」
兵士たちの士気を保つには、怪我をしても保護される
保障が必要である。多くの仕事は手足が必要だが、
これなら寝るだけでも仕事になる。
「ちゃっかりしてるな。悪辣さじゃ勝てる気がしねぇ」
魔物だけでなく人間にも旨味が有る話である。改めて
彼女は目の前にいる男の狡賢さを認識するのであった
「欲を言えば、ラタトスクやリャナンシー辺りに
広報活動を手伝って貰いたいがね。とにかく、
資金を調達したら次は諜報活動だ。これに関しては
俺の方で情報をリークするんで割愛する」
フライを食べ終わって空になった皿が片付けられ、
空いたスペースに別の資料が置かれた。
曲がりなりにも教団から護衛の兵士が派遣される
大物勇者。内部事情は手に取る様に分かるのだ。
「で、問題は俺達以外の派閥から送られた諜報員だ。
過激派の暗殺者や工作員を見抜いて妨害したり、
俺達にとって邪魔な人間を消させるように誘導
するなら銃士の協力が欲しい」
銃士であり、ホルスタウロスであり、拠点確保の
強力なコネを持つ。ジャンがポーラを本気で欲しがる
理由が一つに繋がった。
「工作員は俺が直接ぶちのめしても良いんだが、
俺がマークされても困るし、追加の人手が
どこに増えたか分からなくなっても困るんでね」
「よくもまぁ、ここまで調べたな・・・」
感心半分、呆れ半分でディートリンデは呟いた。
閻魔の加護を授かった辺り、ジパングまで足を
運んだのだろう。凄まじい行動力と情報収集力。
流石は勇者と言った所だ。
「こちとら戦闘力は低いんでね。財力と権力で
番外戦術を仕掛けないと勝てん。それじゃあ
次は戦線の移動だ」
ジャンは喉を潤して再び口を開いた。
「このままだと過激派とのパワーバランスが崩れる。
だから梃入れをする予定だ。具体的には戦争を
泥沼化させて出会いを増やす。その為に穏健派で
塩の流通を掌握しようと考えている」
ジャンは地図に朱を塗り始めた。
「人間側の弱点は塩だ。戦線が伸びて補給が覚束無い
だけでなく、その護衛に戦力が割かれている。
それを俺が肩代わりして前線に兵を集中させれば
過激派連中にとって出会いが増える機会となる」
続けて青いインクで予想される進行ルートに
但し書きを書き始めた。
「こうすれば此処の戦力が移動する建前になるんで、
此処の停戦を後押しする材料になる。魔界化の
進行も遅れるんで時間稼ぎに可能だ。その間に
最後の勉強会を一気に進める」
水も底をついたのだろう。ジャンは
水差しも片付けて資料を置き始めた。
「落盤事故の様な惨状を防ぐには、無秩序な魔力の
発散を防がなきゃならん。だが、ゾンビとか
闇精霊の発生までは防げん。なので魔物達の忠誠心を
利用して上から押さえつける方法を採用する」
ジャンはディートリンデに一冊の名簿を手渡した。
「おい、これって出勤記録じゃないか?」
渡された物は、魔物達が使う勤怠表であった。
幾つかの名前が朱で丸を付けられており、
備考欄に欠勤理由が記されていた。
「魔宝石採掘場で発生した落盤事故の原因は色々だが、
その中には明らかに人災と分類できる物が有る。
魔界熱やアルラウネ花粉症を発症しながら外出して
魔力を垂れ流した事が原因だったり・・・とかな」
ジャンは備考欄を指で叩いた。
「そしてこっちが事故の起きた鉱山に関する記録だ。
この勤怠表と合わせると休んだ魔物と事故の日付、
そして魔力の波長が一致するんだよ」
ジャンは別の記録を差し出した。確かに一致している。
「こうした危機管理意識の無さが原因で事故が
起きているからな。知能の低い魔物は現場で
叩きのめせばどうにかできる。だが幹部は別だ。
これを使って部下の意識を改める教育を施すぞ」
荒々しく袋を取り出すジャン。デルエラの魔力が
布越しにも感じられる。
「デルエラを始め、過激派の上層部がヘマをした
証拠は抑えてるんでね。馬鹿共を更迭させたら、
部下にも失敗させないように躾けて貰おう。男を
殺したんだ。さぞ、内ゲバも激しいだろうな」
男が報酬として貰えるからこそ過激派は勇み足で
戦地へ赴く。だが、その報酬が失われている事、
その原因が己の軽率さが招いた事だとすれば・・・
「こりゃ荒れるな。つーか、どうやって入手した?」
特にデルエラは部下達の責任を取る事になる筈だ。
間違いなくバッシングを受ける事になるだろう。
ディートリンデは身震いを隠せずにはいられなかった。
「他の戦線で支援した時に拠点から回収したのさ。
罪を裁くのが俺の仕事なんでね。証拠品として
使わせて貰った」
さも平然とジャンは種を明かすのであった。
「色々と穴はあるが、そこは今後の協議で
詰めていく。此処までで何か質問は有るか?」
流石に疲れたのだろう。椅子に体を
預けながらジャンは訊ねた。
「確かに良く出来た計画だろうけどさ、お前の
実力で奴らを抑え込めるのか? 喧嘩の腕は
下から数えた方が早いんだし」
彼女は最大の欠点を指摘した。
「確かに犯罪者とアンデットなら条件さえ満たせば
格上でも相手取れるが、他は無理だ。なので、
そこは切り札を一枚使わせて貰う」
ジャンは自らの頭を指で叩きながら答えた。
「何をするつもりだ?」
「オリヴィエ女史に協力を願おう。デーモンの契約を
仲介させるのさ。奴さんが探している恋人の場所は
知っているんでね。対価として差し出すのさ」
「お前、どうしてそれを?」
「そいつは俺の庇護下に有るからだ。そして、
魔物に攫われんように保護しているのも俺だ」
ディートリンデの笑みが凍りついた。
オリヴィエが過激派に属している理由。その原点は
恋人に裏切られた事、そして未だ見つからぬ恋人を
探しているからだ。されど精の臭いすら嗅ぎ取れて
いない為、創作は難航している。その筈だ。
「俺にとって魔物と人の違いは関係無い。ただ罪を
犯して償っているかだけが重要だ。贖罪の最中に
邪魔が入らないようにするのも俺の務め。彼女には
悪い事をしたが、奴の気配は俺が封じさせて貰った」
それがジャンが使える手札の一つであった。
腐敗と権力闘争に塗れ、暗殺などの罪業を重ねた
レスカティエ。断罪の為に赴いた際、罪人の中に
オリヴィエの恋人も含まれていたのだ。
「奴の部下がヘマをして男が死んでるんだ。
その罰として受け取って貰おう。今までの
罪のツケ、きっちり払って貰わんとな」
冷たく吐き捨てるように言葉を口にするジャン。
その目には怒りの炎が燃え上がっているように
感じるディートリンデだった。
18/07/01 21:46更新 / rynos
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