連載小説
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幼女の街の事情と敵
「『マオルヴルフ』という組織を知っておるかの?」

時は数か月前に遡る。ハーメルはミリアからの伝言で、フラヴァリエの中心に位置する城に呼び寄せられていた。
金髪碧眼の美少年と見紛う中性的なサキュバスと黒髪の青年が警護しているその椅子に座っているのは、銀世界を思わせる真っ白な髪と翼、そして何よりも見た者がぞっとする程の美しさをその身に宿す、最上級の淫魔。
そう、彼女は魔王の娘リリム。名をアゼレアという。
彼女は魔界の第七十王女であり、またこのフラヴァリエという国をゼロから造りあげ、現在も導き続けている指導者でもあった。
そんな彼女に、ハーメルは膝をついたまま、頭を上げて答える。

「はい。私の商会も、この国の外で幾度か被害を受けています」
「そうか……ならば、奴らの特徴も知っておるな?」

『マオルヴルフ』。この周囲の地域で商売をする者なら一度は耳にした事がある名前だろう。
簡単に言ってしまえば、それはある盗賊団の名称だ。ただし、彼らには一般的な盗賊団とは大きく異なる点があった。

「ええ。実行部隊が、組織の上部の知識を一切持っていない……ですよね」

そう。いかなる尋問、自白剤、自白魔法を用いても、分かるのは彼らが『マオルヴルフ』という組織の一員だという事までで、一向に組織の全貌が見えてこないのだという。
彼らは手に入れた報酬の一部を定期的に現れる連絡員に渡すことで、状況に応じた隠れ家や、仕事をし易い場所の情報等の見返りを受けているのだという。一度、ある教団国家が連絡員の捕縛に成功した事もあるらしいのだが……なんと、その連絡員も知っている組織の上部は、定期的に現れるさらに上位の連絡員一名だけだという。
ただし、マオルヴルフと名乗る者達による犯罪の発生頻度、隠れ家の多さやその仕組みからして、相当に巨大な規模と資金を持つ組織であるという事は推測されている。
このフラヴァリエでは、まだ彼らの活動と思われる事件は起きていないハズなのだが……

「そのマオルヴルフじゃがな……風の噂では、近いうちにこのフラヴァリエにちょっかいをかける気でいるらしいのじゃ」
「なっ……」

ハーメルはその言葉に小さく息を呑み、そして即座に気が付く。
まさか、その話をするにあたり、自分が呼ばれたという事は……

「……言わずとも察したようじゃな。そう、その目的地は、まずキュレポップになる可能性が高い」

恐らくは、単純に皆幼い見た目だから与しやすいと考えられているのじゃろうが……と続けるアゼレア。

「それは、一体いつ頃の話で……!?」
「あぁ、実はそれ程差し迫った話でも無いのじゃがな。まだ向こうは此方を攻める糸口を探している段階のようじゃ」
「……つまり……」

ハーメルは考える。国の政とは無関係な筈の自分に、本来であれば極秘である筈のその情報を与える理由。
それは即ち、この情報を自分に伝えるという行為に、何か大きな意味があるという事だ。それは例えば、そう――『本来この情報を知っている者では、不都合がある』事を、外部の人間である自分に頼もうとしているのではないか。

即ち。

「私に『マオルヴルフ』と接触し、ダブルスパイになれと……?」
「うむ、お主は本当に察しがいいの」

そう言ったアゼレアがパチンと指を鳴らすと、その手元に黒いマント、シルクハットに白いマスク、そしてステッキの一式が召喚された。

「これらはヴィントに作らせた、魔力の増幅と認識改変の効果の効果を持つ最高級の魔道具での。お主にはこれを使って、キュレポップに現れる怪人を演じて欲しい」

そしてマオルヴルフには、アゼレア達が怪人の正体はハーメルであるという情報を流す。『表の顔は街の流通の約半分を占める商会を率いる好青年、裏の顔は街を混乱に陥れる怪人』その認識をマオルヴルフに与える事が出来れば占めたものだ。この街に何か不満を持っているが故の奇行ではと、彼らから接触してくる可能性は高い。
そして街の代表であるミリアは隠し事が致命的に苦手な為、直前までこの事は伏せておくこと。その代わりに怪人への対処は程々で良い旨を伝えておく事をアゼレアが説明し終わると、その横に立つ黒髪の男が言葉を引き継いだ。

「……貴公の身は、私達が必ず護る。どうか、引き受けてくれないだろうか」

そして即答する。

「畏まりました。謹んでお受け致します」
「……思った以上に快い返事じゃの。本当に良いのか?」
「ええ。……まずキュレポップである程度の立場を持ち、かつ『妹』が居ないという最低限の条件を満たす人物が数える程しかいません。その上で、ある程度以上腕に覚えがある者となれば……その任務、お受け出来るのは本当に私ぐらいのものでしょう。それに……」
「それに?」
「……私も、あの街に危険が及ぶのは、穏やかではいられませんから」

あの街の幼女達を危険に晒す。そんな事は絶対に許しては駄目だ。
それに何より、そんな事になれば一番悲しむのは、そして一番最前線で危険な目に合うのは――

「――ラブリー☆ウィッチを、そんな目に合わせる訳にはいかぬしな?」
「!?なっ……!!」

胸の裡で密かな想い人へ向けた台詞の続きを見透かされたハーメルは、先程までの真剣な表情はどこへやら。目を大きく見開き、明らかに動揺した様子を見せている。

「ふふっ、そう隠さずとも良いではないか」

その様子を見たアゼレアは手で口元を押さえ、笑いを押さえる。

「お主をこの役目に選んだ理由、その九割は先程お主自身が推測した通りじゃが、一番大きな理由が抜けておる。リュガミエル・ガトーショコラとその使い魔ウィルマがお主を慕っているからじゃ」
「っ……!?」

あの街でミリアに次ぐ実力者である魔法少女。何か事件が起きた時、真っ先に現場に駆けつけるであろう彼女とその使い魔。
例え如何に強力な認識改変を行おうと、魔物は無意識の底は意中の相手を間違える事はありえない。ならば本人達は本気で戦っているつもりでも、知らずのうちにハーメルを傷つけない為に力のセーブがかかっている状態で戦う事になる。
ならば彼女達は本気で戦うも怪人を取り逃がしているという状況が出来上がり、それは怪人の実力を実際以上にアピールすると共に、より強い説得力をマオルヴルフ達に与える事が出来る。

「おめでとう、お主達は相思相愛じゃ。そして……それを明かしておきながら、すぐに結ばれることを許さぬ妾の不道徳をどうか許してほしい」
「……いえ、どうか顔を上げて下さい」

頭を下げるアゼレアに、ハーメルは答える。

「それを聞いて、俄然やる気が湧いてきました。……キュレポップの平和を守る為、全力を尽くさせて頂きます」
「――うむ、よろしく頼むぞ」



――そんな彼の迫真の演技に、アゼレア達が困惑の表情を浮かべるのは……それから一週間後の話だった。




――――――――――――――――――――




「って事があったらしくてねー」

お菓子をもむもむと頬張りながら話すミリア様。対して私とウィルは、人気のケーキ屋さんに開店と同時になだれ込む幼女達の如き新情報の数々に口をあんぐりと開け、身体をぷるぷると震わせていました。
そんな私達を見て、ん?と可愛らしく小首を傾げるミリア様。そんな些細な仕草でさえ、『幼女の街』の長に恥じぬ圧倒的な愛くるしさが溢れ出ています。

「……あれ、ハーメルから聞いてきたんじゃないの?」
「それが、実は……」

私達が先程起こった出来事をお伝えすると、ミリア様はその山羊耳をぺたりと伏せ。

「……そっか。多分、統制があんまり取れてない組織みたいだから、先走った人がいたんだねー。もう状況も大詰めだから、今日からリュガ達にも話していい、ってお兄ちゃん達から言われてたんだけど……」

ミリア様はそんな私達にとてとてと歩み寄り、ぽふぽふとした暖かな手で私達頭を数回撫で、そのまま、私達をぎゅっと抱きしめました。
そう、恐らくハーメル様が私達と静かな場所でしたい話とは、この事だったのです。でも、あまりにもタイミング悪く今回の事件が起きて……。

「二人とも、ハーメルがどうしちゃったのかって怖かったでしょ?よく真っ直ぐ帰ってきてくれたね――えらいえらい」
「ミリア、様……」

私達とほとんど体格は変わらないながらも、その暖かな腕の中に抱かれていると……緊張と弛緩の両極端に振れ、不安定だった私達の心が、まるで母の腕に抱かれている赤子のように無条件の安心感で満たされていきます。
とにかく、そう。もうハーメル様を疑う必要はないのです――

「――でも、ハーメルにはやっぱりお仕置きが必要かもね」
「え!?」

その言葉に慌てて私達がミリア様のお顔を見れば。何時の間にか、その表情はイタズラを思いついた時のような、ニヤニヤとしたとても悪そうな笑顔に変わっていました。

「仕方のないタイミングだったとはいえ、こんなに良い子なミリアの部下を泣かせたんだもん。これは後で二人がかりで襲われたって、文句は言えないよね♪」
「っ……!!」

そうです、そうですそうですそうですっ!先程のお話によれば、私達とハーメル様は既にりょ、両想いとの事でした!
即ち、この件さえ解決してしまえば私達とハーメル様は……っ!

「ねぇ、二人とも。もうすぐアゼレア様からマオルヴルフへの攻勢作戦が来ると思うんだけど……どうする?」
「も、勿論行くっ!行くよね、マスターっ!?」

一刻も早く、そんなハーメル様との未来を現実の物にしたいのでしょう。今にも飛び出して行ってしまいそうな、うずうずとした様子で振り向いたウィルに、私は当然です!とばかりに大きく頷きます。

「ええ。乙女の恋路に、少しでも影を差した者がどうなるのか。奴らにはその身を持って教えてあげなければなりません……!」





――――――――――――――――――――





「下の者の勝手な行動でお手数をお掛けしましたようで、真に申し訳ありません。御怪我などは御座いませんか?」

数日後、ガタガタと揺れながら走る馬車の中。怪人ロリコーンの衣装に身を包んだ男と、華美ならずとも一目で高級品と分かる装いの男が馬車の対角に腰かけていた。
張り付いたような笑みを浮かべて話しかけてくるその男に、ロリコーンの衣装を纏った彼は視線は窓の外に向けたまま。目元を覆うマスクすら外さずに返事を返す。

「ああ。問題ない」

流れゆく景色を見ながら考えるのは……彼の街に居る魔女と、その使い魔の事。ミリアも含め、純真な彼女達に隠し事は苦痛だろうという考えから直前までこの事を黙っておくつもりだったのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。
オーガのほむらとワイバーンのクレアを先回って配置していた為、実害は無かったものの……ミリアが、あの二人を上手くフォローをしてくれているといいのだが。何にしても、今はそれを信じるしかない。
そうした思考が表に出ぬよう努めながら、口を開く。あまり口を閉ざして怪しまれてはいけない。

「……だが、今回の事はどういった了見だ。危うく、計画が頓挫する所だった」
「それについては、重ね重ね申し訳ございません。どうやらノルマが近く、焦っていたようでして……」
「……」

ノルマ。上位の者は下位の者に対し、仕事の一定割合もしくは期間毎の納金を要求し、その対価として隠れ家や情報などを提供する。だが、ハーメルが彼らに接触しているうち、そのシステムの持つもう一つの側面が見えてきた。

言ってしまえば、この組織は特殊な無限連鎖講の一種なのだ。

組織員は、自らも上から得た情報等を利用して犯罪行為を行う傍ら、貧しい農民など食うに困った人々を自らの下に付くように唆し、その人数を増やす事によって自らが『上』の人間となる。そうして組織の新たな最底辺となった人間は、犯罪を犯しながら新たな人員を勧誘し……その繰り返しだ。
この仕組みの恐ろしい所は、一度組織に取り込まれた人間が外部に助けを求める事が出来なくなってしまうという事。彼らは殆どの場合、それを犯罪だと明かさず日雇い仕事の体で、『初仕事』を依頼する。そして、口車に乗せられていると気が付いた時には自分は既に犯罪者。故にこの仕組みが破綻する時が来ようとも、通常の無限連鎖講のように逃げ出す事すら出来ない。
新たな組織の構成員に組み込まれた者は、いつ捕まるとも分からぬ恐怖に怯えながら新たな犠牲者を探し出し……そうして、この組織は異常なまでの速度で膨れ上がっているのだ。

――外道共が。

思えば、『彼女』はマオルヴルフというこの組織の仕組みに早くから感付いていたのだろう。
だからこそ、このような回りくどい方法を取った。キュレポップを狙う者共だけを追い払うというのは、余りにも簡単な話だ。だが、それでは周囲の国や街はマオルヴルフの脅威に晒され続け、組織の膨張は止まらない。
そんな事を許してはいけない。その大過の目は、根本から抜き去っておかねばならない。
だが、それも今晩で完了する。今自分達が向っているのはマオルヴルフの本拠地。新しく幹部に迎えるハーメルの顔見せという名目だが、これでようやく奴らのアジトの場所を知る事が出来る。

「ともかく、貴方のお陰で我々がフラヴァリエに進出する手がかりが出来ました。約束通り、貴方にはそれ相応の地位をお渡ししましょう。……いやぁ、噂に聞く魔界国家の主要都市、どれほどの収益があるか楽しみですねぇ」

そして折しも、フラヴァリエの襲撃が行われるのは予定は今晩だ。誤った情報を流し、防御が薄いと思い込んでいる場所に攻めてきた敵をそれを圧倒的に上回る戦力で鎮圧。同時に本拠地も制圧し、この組織を根本から根絶させる。
そんな事を考えている間に徐々に馬車の速度は緩まり、やがて停止した。目的地……マオルヴルフの本拠地に到着したのだ。

「どうです、立派なものでしょう?元は組織の最古参メンバーの一人である貴族の別荘なのです」

場所を降りてまず目に飛び込んできたのは、立派な門越しに見える隅々まで手入れが行き届いている事が良く分かる噴水付の庭園だった。
美しく形作られた木々が並ぶ通路の奥に見えるのは、如何にも有力な貴族の別荘といった佇まいの、小さな城のような建物。その優雅な外面は犯罪組織のアジトというイメージとまるで結びつかない。

「どうぞ、お入り下さい」

前庭の中心を抜ける通路の先にある扉を開きながら、男が言った。
ロリコーンがその扉をくぐれば――これがマオルヴルフの中心的な人物達なのだろう。中に集まっているのは、ここまで案内してきた男と同じく、これまたどこの貴族かというような身なりの者が半分。いや、この建物の由来からして、その中には実際に貴族も混じっているのだろう。

そして、もう半分は……こちらに武器を構えている、如何にも野党といった風体の者達。

さらにガシャン!と背後から聞こえた音にロリコーンが振り返れば、先程自分が通った扉には鉄柵が降り、完全に封鎖されてしまっている。よく見れば他の扉や窓に至るまで、全ての外界との出入り口が同じような状況だ。

「……何の真似だ」
「いくら組織が大きくなろうとも、我々は後ろめたい身の集まりなものでして、ええ。言わば保険とでも申しましょうか」

男は張り付いたような笑みを浮かべたまま、ロリコーンの元へ歩み寄ってゆく。
その手には、何時の間にやら握られていた手錠が鈍い光を反射している。

「貴方がフラヴァリエ側の用意したダブルスパイであり、私達にわざと誤った弱点を教えているのではないか……そういった疑惑を捨てられない者も居ましてね。――まぁ、私がその筆頭なのですが」
「…………」

ロリコーンは近づいてくる男に視線を据えたまま、動かない。

「安心して下さい、何も貴方をどうこうしようという訳ではありません。ただ、念の為……ええ、念のために。攻め入った場所に大量の待ち伏せがいた……などという万が一の場合に備えて、少しの間だけ人質になって頂こうかと思いまして」

かちゃり。
目の前で、自らの手首に手錠が掛けられてゆく。それを、ただ見過ごす事しか出来ない。ここで抵抗してしまえば、計画が台無しになってしまう。

「杖もこちらに渡して頂けますでしょうか?」

この期に及んで慇懃無礼とも言えるような丁寧な口調とは裏腹に、ひったくるような手つきで杖を奪い去られる。
ロリコーンは、抵抗出来ない。

「どうもありがとうございます。今回の件が無事に終われば、貴方の安全と地位は保障致しますので」

逆に言えば、無事に終わらなければ――

「……ああ、分かった」




犯罪組織マオルヴルフ。
キュレポップ襲撃まで……あと、約半日。



16/05/01 22:23更新 / オレンジ
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■作者メッセージ
多分、次かその次ぐらいでエロに突入できると思います

なんかハーメル(?)がピンチですが口調が彼っぽくないですね

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