連載小説
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挑戦
赤い月が照らす、大きく開けた見渡す限りの平原。地平に広がる教団軍が迫ってくる速度は、明らかに以前よりも速くなっている。その鬨の声は彼らの士気をそのまま表しているかのごとく大気を震わせ、その大進軍に大地が揺れていた。
さらに彼らが近づいてくるにつれ、その軍勢の中に人ならざる者達が混ざっている事も視認できるようになってきた。魔物達に勝るとも劣らぬ美貌、純白の翼を背中に生やし、清らかな衣装や祝福された鎧を纏った……天使や、戦乙女の姿が。

「……凄まじい士気だな」
「ええ。戦場において、『象徴』や『旗印』は兵の心理に大きな影響を与えます」

行綱が呟き、クロエがそれに言葉を返す。
行綱は知らずのうちに、自身の鎧に刻まれた細桔梗――家紋の刺繍に手を当てていた。

「しかもそれ自身が強大な戦力となれば、猶更だよね」
「ま、だからこそそいつを挫けば――」
「……うん。そのダメージは、全体に影響を与えるような、大きな物になる。」

クレアが首をぐるりと回して関節を鳴らし、ほむらが両の拳をガツンと打ち合わせ、ヴィントが手元の魔導書のページをパラパラと捲る。

「おにいちゃんは、ミリアがバッチリ守るからね!」
「……ああ」

元気いっぱいに大鎌を振り上げたミリアの髪を、行綱の手が撫でる。
そんな面々を見渡し、微笑みを浮かべたクロエが一同に語りかけた。

「ふふ。それでは皆さん、各々全力を尽くし……元気で帰還して下さいね?」

眉庇を下ろし、剣を教団軍に向け大きく掲げる。それを合図に、彼らの貌が日常のものから、戦士としてのそれへ切り替わった。

「目標は『勇者、エドワード・ルドウィンの無力化及び捕獲』!魔王軍第26突撃部隊、突撃ぃ―――――っ!!」





――――――――――――――――――――





「ここにいる皆ならば既に重々承知の事であろうが、今回の教団の進軍には過去に例を見ない速度で戦力が投入されておる」

魔王城、指令室。アゼレアは机に腰かけ、指を絡み合わせた体制で。部屋に集めた第26突撃部隊を見回していた。

「それで、じゃ。教団内の密偵からの情報によれば……近日中に、教団軍に勇者と天使達が加わり始める」

言いながら、ぱちん!と指を鳴らすと、その手元に数枚の書類が召喚された。書類達は空中を滑るように浮遊し、各々の手元へと行きわたる。
書類を見れば、そこには一人の男の似顔絵と、その男に関する情報らしきものが纏められている。

「それが、最も近くに投入されるであろう勇者の情報じゃ。そして、おそらくは……お前達に相手をして貰う事になる」
「『エドワード・ルドウィン』……天使と同時の増援ですが、ヴァルキリーに見初められたり、エンジェルのパートナーがいる訳ではないのですね」
「なんだ完全フリーかよ。それなら他の独身共に回してやった方が喜ばれるんじゃねえの?」
「えーと、経歴は……旅の傍ら大規模盗賊団を潰し、街に近づく野生の魔物を退け……いわゆるふつーの勇者だねー」

行綱はといえば、その書類に目を通しながら、二つの疑問を抱いていた。
一つ目は、『この部隊の皆も独身ではないのか?』という、ほむらの台詞への疑問。それとも、自分がまだ知らないだけで、皆既に意中の相手がいるのだろうか。……もしそうなのだとすれば、どのような男なのだろうか?少しだけ、見てみたいような気もする。
まあ、それはいい。気にかかっているのは、二つ目の疑問――

「姫様」
「ん、何じゃ?」
「……この資料を見る限り、『天使』という者達よりも、この『勇者』が危険視されているように感じるのだが――『勇者』とは、何者なのだろうか」

天使とは、教団が祀る神の使いであるという。恐らくは、故郷で言うところの竜神様に対する白蛇、もしくは稲荷様に対する狐憑き達のような存在なのだろう。ならば手強いのは納得できる。そもそもが、魔物達と同じように、自分達人間よりも上位の存在なのだ。
だが、話を聞く限り……勇者というのは、人間であるようだ。彼女達がそこまで警戒しなければならないような相手なのだろうか?その疑問に答えたのは、行綱の隣で黙々と文章に目を通していたヴィントだった。

「……簡単に、言うと。私たちが、普段教団相手にやっているような事を。魔王軍を相手にして、出来る。」
「……は?」

自分が教団の中に飛び込んで暴れる事が出来るのは、まだそれが人間同士の戦いであるからだ。彼らが邪悪な物であると教育されているであろう魔物達の見た目のギャップに戸惑っている事もあるし、逆にその人外の能力を目の当たりにして萎縮している部分もあるだろう。
だが、魔物達は違う。人間の上位の存在であり、繁殖には人間の雄が必要な彼女達にとって、戦場は婿探しの場でもあるという。故に彼女達の士気は常に高く、戦いに臨む姿勢に迷いはない。そんな彼女達に四方を囲まれた状態で、戦い続ける事が出来る……!?

「うむ。――ゆえに、こちらの本陣に切り込まれてしまえば、どのような事になるか。お前ならば分かるであろう?」
「……それは、本当に人間なのか……?」

行綱が呟く。教団は、魔王軍のように敵の命を守りはしない。そんなものが陣内で暴れれば……!!
だが、本当に人間がそれ程の力を?驚愕に言葉を失う行綱に、苦笑気味の仲間達が言葉を続ける。

「物凄く驚いていらっしゃいますけど、加護やインキュバス化もなく私と互角に戦えて、聖騎士の中に突撃していく行綱さんも大概おかしいですからね……?」
「ジパングで例えると……あー、何だっけ、人神とか、半神とか?神様と結婚はしてないけど、そんな感じの人間だと思ってくれればいいよ」
「一応、魔王軍にも元勇者の皆さんと、そのパートナーで組織された『勇者部隊』というものが存在しているのですが……これは、言ってみれば魔王軍の切り札ですからね。この部隊が動くことはそうそうありません」
「…………」

彼らは既につがいが存在するため、交わるのに忙しいというのも彼らの出撃回数が少ない理由の一つなのだが。そもそも魔界に攻め込んでくるような人間が、魔王軍に寝返る。それは男性であれば魔物に魅了されて……というパターンがほとんどであり、目の前の男のような例は特殊なのである。
そして、その男はというと。何かを考えているかのように、視線を斜め下に固定したまま動かなくなってしまった。

「今回は全員が纏まって突撃を行い、陣内で暴れる事で勇者さんを誘い出します。その後は二手に分かれ、一方が勇者と戦い、残りの全員で横槍が入らないように教団の皆さんや天使達を食い止める形になります」
「行綱は、戦場で女子供と戦うのは抵抗があろう?今回は天使達が居る分、軍勢の中にその割合が多い。ゆえに、危険ではあるが――お前は、ミリアと共に勇者の相手をして欲しい」
「はーい!一緒に頑張ろうね、お兄ちゃんっ♪」
「………」
「……行綱?どうしたのじゃ?」
「……いえ……」

いつもならば即座に『……はっ』と返事を返してくるのが常の男が、今回はやけに歯切れが悪い。
初めて会った時、教団が雇った傭兵達に対して言っていた言葉から、天使達と戦う事には抵抗があるだろうとの考えから決めた役割だったのだが……勇者の戦闘能力を聞いた後では、恐怖心が芽生えてしまったのだろうか。

「ああ、心配せずよもよいぞ。お前はあまり知らぬかもしれぬが、ミリア達バフォメットは魔物の中でも最強に近い種族での。今回のような並の勇者ならば単騎でも問題は無い」
「そうそう、今回はミリアにどーんと任せてくれていいからね!」
「……ああ」

相変わらず、どこか気の入っていない返事。やはり、不安になるなという方が無理な話か。
だが、自分の傍に居るならば……勇者との戦いは、避けて通れぬ道。ならば今のうちに、ミリアと二人という少人数で勇者を討伐したという実績を彼の中に残し、彼の中の勇者に対する忌避感を薄めてあげねばならない。
――例え、彼の不安がどれ程だとしても。それは早い方がいい。

「本日の通達は以上じゃ。全員、解散してよいぞ」

行綱の心中を想像してちくちくと痛む胸を何とか抑え込み、アゼレアは通達の場をそう締めたのだった。





―――――――――――――――――――――





ほむらの拳が、クロエの剣が。数人の教団兵を纏めて吹き飛ばす。その二人に守られたヴィントが絶え間なく魔法を唱え続け、空からはクレアの吐いたブレスが降り注ぐ。
流石にいつまでも聖騎士のみで進軍を続けることは不可能らしく、前回の戦いに比べ教団兵の練度や装備はまばらだ。

「はぁぁぁっ!!」
「くっ!!」

だが、今回はそれにヴァルキリーやエンジェルといった天使達が加わっている。
羽をはばたかせ、自在に空から武器を、魔法を。しかも人間とは比べ物にならない程の威力で繰り出してくる彼女達の存在は脅威だ。地上のクロエ達は一点に集まって互いのフォローを行い、飛龍本来の姿になったクレアが制空権をとらせまいとその巨体で天使達を牽制する。

「だああああっ!相変わらずパタパタ鬱陶しいっ!!」
「っ!?やめろ、何をするっ!?」

痺れを切らしたようなほむらが兵の一人の胸ぐらを掴み、片手で持ち上げると大きく振りかぶった。半ば錯乱したような男が武器を取り落し、じたばたと暴れるが……ほむらはまるで意に介さない。
そしてもう片手で、空にいるエンジェルの一人をびしっ!と指差すと。

「おい、とりあえずお前!絶対避けんなよ!避けたらこいつが大変な事になるからな!?」
「は!?え、ちょっと何を……!!」
「おらぁぁっ!!」

投げた。
指名したエンジェルに向かって、教団兵を。
物凄い速度で。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!?」
「きゃっ!?」

そして、見事命中。
墜落。

「っしゃぁっ!」

ガッツポーズを取るほむらとは対照的に、想定外の攻撃を目の当たりにした天使達の間に動揺が走る。
――そして、それを第26突撃部隊は見逃さなかった。ヴィントの放った氷の竜巻が、クロエが放つ魔界銀製の鏃を持つボウガンが、クレアの飛龍の巨体が。次々と天使達を地面に落としてゆく。やがて、気が付けば。教団軍の中には、いつかのように、彼女達を中心とした無人の円が形成されていた。

「天使様達まで……!?クソッ、こいつら本物の化け物だ……!!」
「……伊達に、少数精鋭部隊やってない。」

さらに、その傍らには飛龍化したクレアが降り立つ。
これほど陣内で被害が出れば、釣り針に食いつかない訳にはいかないだろう。自軍の陣地内で魔物が大暴れ。頼みの天使達の多くも倒された。さあ、出てこい。呑気に魔王軍に切り込んでいる場合ではないハズだ。

「お前達、よくもやってくれたな……!!」

――釣れた。

正義感に溢れ、怒りを宿した、若い男の声。
半ば呆然とクロエ達を取り囲んでいた教団兵たちをかき分け、姿を現したのは、格式高い鎧をその身に纏った青年。

「おお……あれが……!」
「ああ、勇者様だ……!!」

その眼光でクロエ達を射抜き、真っ直ぐに歩み寄ってくる勇者――エドワードは、手にしたロングソードを掲げ、仲間たちを鼓舞するように叫ぶ。

「恐れるな!俺たちには主神様のご加護がある!俺があいつらの動きを封じる、その間に奴らを討ち取るんだ!」

天使達という『象徴』が倒れ、覇気を失っていた教団兵の眼前に現れた、勇者という『象徴』。その口から紡がれる言葉は、彼らの裡に再び熱を取り戻させる!

「恐怖に負けず、進んだ者……そいつこそが新たなる勇者だ!勇気を奮い魔を討つ姿を、必ずや主神様は祝福してくれる!」
「「っ……!!うおぉぉぉぉ……っ!!」」

ある者は、今まで怖気づいていた自分を叱咤するように、ある者は、勇者と共に戦える名誉に目を潤ませ。勇気を振り絞り、徐々に無人の円を狭めてゆく。
その円の中心で――デュラハンと思しき魔物が口を開いた。

「ふふ。残念ですが、エドワードさんの相手をするのは私達ではありません」
「何だと……?」

どういう意味だ、と問い詰める前に、忽然と目の前に二つの人影が現われた。
片方は、魔物の中でも最強に近いと言われる魔獣、バフォメットだろう。もう一人の男は奇妙な鎧を身に付けており……初めて見るハズなのだが、どこかで聞いた事があるような――
ともかく、この二人が唐突に眼前に現れたのは……恐らくは、転移魔法。しかし、これ程までに何の予兆も無く、忽然と現れるなどと。教団の司教クラスでも不可能なのではないか?

「じゃじゃーん!ミリアとお兄ちゃんが相手だよっ♪」
「では、私たちは引き続き一般兵の皆さんと戦わせて頂きますので!お二人とも、頼みましたよ!」
「っ!?くそっ、そうはさせるか……っ!?」

思考を巡らせている間に四方に散り、仲間達に襲いかかる魔物達に切りかかろうとして――

「えへへ、残念でしたー♪」
「……っ」

――いつの間にか、再び。自分の目の前にバフォメットと、奇妙な鎧の男が現れていた。
くそっ。こいつらを倒さなければ、他の皆を助けには行けないという事か……!
邪悪な魔物達の卑劣な手段に勇者が歯軋りしていると、奇妙な鎧を身に着けた男が口を開いた。

「お前が、勇者か」
「……ああ、思い出した。そういうお前は、最近話題の魔王軍に寝返って暴れまわっている、裏切り者のジパング人だな?」

傭兵として魔界に攻め込んでおきながら、魔に魅了され教団に牙を向く、やたら腕の立つジパング人。改めて見てみれば……なるほど、風の噂で聞いた通りの格好をしている。

「ちょっと!お兄ちゃんの事を悪く言うと、ミリアが許さな――」
「――ミリア、頼みがある」

――アゼレアの話を聞いてから、ずっと考えている事があった。
我が主は、いずれ必ずや火の国に勝る素晴らしい国を御作りになられるだろう。恐らくは、姫様の御母上が人魔の統合を成し遂げるよりも早くに。
それは、姫様の国が出来た後でも、教団との戦いは続くということであり。その教団の最大戦力は、勇者という存在であるという。

「この男とは、私一人で戦わせてくれないか」
「ふぇっ!?」

ならば――姫様の傍に居ようとする自分は、勇者を倒す事が出来る存在でなければならない。
そうでなければ、自分が姫様の傍に居る意味がない。『いつか作る自分の国を守って欲しい』という彼女の言葉を、守る事ができない。
突然何を言い出すのかと、ミリアは背後の男を振り返る。それは余りにも無謀が過ぎる申し出。愛らしく幼い魔獣は当然ながらその意見を却下しようとして――

「……頼む」
「………」

勇者を見据えたままの男の目に、尋常ならざる覚悟が宿っている事に気が付いた。少なくともこの男は、自分の力を過信してこのような事を言っているのではない。そして、勇者の力を過小評価しているのでもない。その二つを理解したうえで、一対一で戦わせてくれと、そう言っているのだ。
だからーー

「……むー……。危なくなったら、無理矢理にでも助けにはいるからね……?」
「ああ。その時は、頼りにしている」
「あと、後でミリアにお菓子いっぱい買ってね?絶対だよ?」
「……ああ。妙な頼みをして、すまない」
「ううん。――それじゃ、頑張ってね!」

そうしてミリアは、行綱と共に現れた時のようにその場から掻き消え。それからやや遅れて、少し離れた場所から元気な彼女の声と、特大の雷鳴が聞こえてきた。
その様子を訝しげに見ていた勇者が、やや困惑気に吐き捨てる。

「はっ、一対一ってか?裏切り者の割に、騎士道精神気取りとは……笑わせるな」
「……何だ、それは……?武士道ならば知っているが……」
「……。そういえばお前ジパング人だもんな……駄目だ、何かお前と向き合ってると調子が狂う……」

エドワードはぶんぶんと頭を振り、気合を入れ直すように自らの頬を軽く叩いた。

「……ま、決闘らしく、名前ぐらいは名乗っておくか。その辺の作法はジパングでも同じだろ?」
「……ああ」

二人の男は対峙したまま、それぞれの得物を構える。

「俺は勇者、エドワード・ルドウィン!天にまします主に代わり、異端者を断罪する!!」
「やあやあ、吾こそは魔王城の住人、安恒行綱なり!魔界の姫の命により、魔王に仇なす勇者の討伐に参った!」

勇者は、装飾の施されたロングソードを。
武士は、その背に背負っていた和槍を。


「いざ、尋常に――!!」


――そして。
――勇者と武士は、激突した。

18/03/23 21:23更新 / オレンジ
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