連載小説
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TAKE18.9 洋上両断Cruise ship
(くっ……こんな筈ではっ……!)
(んー……あと少しで頂上か……)

 競技開始から一時間。勝負は雄喜が優勢のまま、遂に決着を迎えようとしていた。

『さーてさてさて! こいつぁ中々やべぇ状況だ!
 兄さんはとにかく正解連発、コンスタンスに壁を登り続けてるってぇのに、対してエールのアネさんったら不正解ばかり!
 たまに正解しても次で不正解になって回答権移った兄さんに正解を許しちまうから結局壁を登れてねえ!
 お陰で方や頂上寸前、肩や落水寸前と状況は両極端!
 小生としちゃ一応、雇い主みてーな立場のアネさんに勝って貰いてえなって思ってんですがねェ、こりゃどうしたもんか……』

 空間全体を取り仕切る姿なきAIは、暫し考え込み……

『……そうだ、いいこと思いついたぜ!
 これより、特例措置を取らせて頂きやす!』
「特例措置」「だと?」
『ええそうです! まあ兄さんにとっちゃ納得いかねーかもしれませんがね……
 ただこのベン・タラー、エールのアネさんに雇われた立場なもんで、アネさんを贔屓するような真似もほんのチッとばかしなら許されやしねーかとも思う所存で!
 筋の通らねえ真似なのは那由他も承知ですが、このまま決着がついちまうのも惜しいような気がしちまいましてねぇ……!』
「そうか……まあ、内容にもよるが僕は別に構わんぞ。おいメストカゲ、お前も大丈夫だな?」
「貴様何を上から目線で話しておる!? というかタラー貴様! 地上の王者たる我に情けをかけるとは、愚弄するつもりか!? ドラゴンの誇りを何と心得る!?」
『も、申し訳ござァせん! 特例措置なんてシャバいもん考えちまって!
 すぐに取り消し――
「早くその特例措置とやらを講じんかァッ!」
『……え? あ、はい……
 そんじゃあ特例措置の方、取らせて頂きやす。ええ……』
(ドラゴンの誇り、安いなぁ……)

 かくして講じられた特別措置とは……

『今し方、アネさんの前に"逆転"と書かれたボタンを用意致しやした! そのボタンを押して頂きましたらば、小生がアネさんに特別な問題をお出し致しやす!
 そんでアネさんがそいつに正解できましたらば、兄さんより五点分有利になるよう壁を登って頂けます!
 ただそれ以外のルールは通常の問題通りとさせて頂きまして、アネさんが三度答えを間違えますと回答権は兄さんへ移り、兄さんが正解ならば問答無用で頂上へお登り頂いてその時点でアネさんの負けが確定! 兄さんが不正解でもお二方の位置関係は一切変動致しませんでご注意を!
 あと問題の難易度も中々高めっつーか厄介なことになっちまってますが何卒ご了承頂ければ!
 アネさん兄さん、それで構いませんねっ!?』
「……まあ、そのくらいなら構わんさ」
「ふん、望むところだ!」

 かくしてエールは眼前に現れた"逆転"と書かれた大きな白いボタンを力強く押した。

『さあて久々にコレ言っとくかィ――ン問題ィッ!
 "不思議の国"固有種で虫系といえばワンダーワーム
 奴らの特徴は何といっても「変態しねぇ」ことッ!
 原種グリーンワームは成長過程で蛹んなって成体のパピヨンへ"変態"する!
 然し女王陛下の魔法で"変異"したワンダーワームは"変態的な行為"に及びこそすれパピヨンへの"変態"はしねえってんだから驚きだ!
 だがより驚くべきは、このワンダーワームみてーな"子供の姿のまんま大人になっちまう動物"が地球にも存在するってことだろう!
 てなわけでアネさんにゃ、その"動物が子供の姿のまんま大人になる現象"の名を当てて頂きてえっ!』
「ふむ、地球生物がワンダーワームのようになる現象ということだな?
 ならば簡単なこと!
 ワンダーワームは魔王家三女の魔術により食欲を奪われし芋虫! その主食はキノコを原材料とする煙草であるという!
 よって答えは、喫煙をせずにはいられぬ病……そう、ニコチン依存症だッ!」
『ハイっ、ハズレェー!
 ……アネさんアネさん、エールのアネさん?
 その答えはダメでしょうよ。
 不思議の国の煙草と地球の煙草を同一視ってなァ、魔界ってのを知らねえ狭量なバカがするような間違いでさァ。
 そもそもニコチン依存症は疾患であって現象じゃねえッ。小生が聞いてんのは"動物が子供の姿のまま大人になる現象"の名前ですぜ?
 こちとら一応アネさんに勝って頂きてえ一心でやってますんでねェ、そこんとこ間違えねえで頂きてえもんで……』
「うむ、すまぬタラー。貴様の想いを無駄にする所であった。
 現象……そうか、現象か。
 というか確かに、不思議の国製と地球製の煙草を同一視してはならんかったな。
 あれはまずそもそも原材料からして煙草とは言えぬ……
 よし、わかったぞタラー!」
『おゥほゥ! そりゃよかった! そんじゃお答えをどうぞ!』
「ワンダーワームは食欲なき魔物。食わぬが故成長せず幼い姿のまま年を食うということ!
 よって答えは、拒食しょ――
『ハズレェー!』
「……」
『……ハァ。
 アネさん、答えるべきは"現象"です。"疾患"じゃねえ。
 それが起こる対象は全体ッ、個人なんてちっぽけな規模じゃねえんです。
 そこンとこよーく考えてお答え頂きてえ!』
「わ、わかった……そうだな。ニコチン依存症も拒食症も個人に起こる疾患……
 現象とはそれを凌ぐスケールの大きな出来事であるからして……
 ……動物が、子供のまま大人に……子供のまま、大人……ということは……
 よしわかったぞ!
 答えは"サバト化"だ!」
『……』
「……」
「……?
 おいタラー、どうしt――
『へい、というわけでネ! 兄さんに回答権が移ります!』
「おいタラー!? 貴様何を――
『さあ兄さん! 回答を! お願えしやすッ!』
「幼形成熟(ネオテニー)」
『YES!! 大正解ッ!』


「なっ、なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 海上へ響く、タラー渾身の叫び。
 刹那、宙吊りの雄喜は一気に壁の頂上まで引き上げられ、同時にエールの身体からロープが外れ海へ落ちていく。

「うおおおおおおお!?
 こんなバカなっ!?
 このエールが……このエールがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





(終わった……)


 壁面頂上の足場。
 落ちゆく巨竜を見もせずに、雄喜は安堵していた。


(漸く終わったんだ……長かった。
 万引き犯退治を引き受けたと思ったら変な連中にデートを邪魔され、
 挙句こんな何処ともわからん異空間で暴れる羽目になったなどと……
 まあ小田井さんの水着姿が見られたのは幸いだったが、それなら屋敷のプールに誘うだけでいいわけで……
 まあ、いいや。ともかく終わったんだかr――

「みぃとめぬぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


(……あぁ、終わってなかった)



 耳障りな叫びに振り向けば、そこには背の翼で飛び上がり頂上へ迫るエールの姿が。

「認めぬ! 認めぬぞぉ!
 ドラゴンたる我が!地上の王者たるこのエールが!
 たかが人間如きに敗れるなど!
 断じて認めてなるものかぁぁぁぁっ!」
(……そりゃそうだよなぁ、"飛べる"んだから。
 そのまま落としたって、そりゃ素直に落ちるわけがない)

 仕方ない、やってやるか。雄喜は身構える。
 相手の実力は分からないが、何にせよ"負けるわけにいかない"のだから"勝つしかない"。
 静かに決意し拳を握り締めた、その時……

「常勝無敗! それこそドラg――
『墜落(おち)ろォォォォォォッ!』
「グアアアアアアアアアアアッ!?」


 空間を揺さぶらんばかりに響く、タラーの怒号。
 続けざまに虚空より飛来した、電撃とも光線ともつかない"何か"がエールに直撃。
 あたかもギャグ漫画の"実験失敗で爆発事故に巻き込まれた学者"の如く黒焦げになった巨竜は、そのまま力なくぐったりと、あたかも遺棄された死体かの如く――当然死んではいないが――海中へ没するのだった。

『……言ったよなァ、エールちゃんよォ?
 飛んだら墜落(おと)すってさァッ!』
(……)

 海の中へ沈んでいくエールを見つつ『ここにいる限りあいつ(ベン・タラー)だけは敵に回しちゃいけない』と確信する雄喜であった。


 その後タラーの手助けもあり浜辺に戻ってきた雄喜は、一先ずKANZAKIによる異空間から出して貰えないかと姿なき人工知能に相談を持ち掛ける。

『そいつぁ御尤も!
 というか小生としましてもお二方は何とかお助けしなきゃならねぇと思ってましてねぇ!
 これまでは色々事情がありましてそうもできなかったんですが……少々お待ち下せぇ。
 今ちっと上の方に連絡を入れますんでね……』

 そう言ってタラーはどこか――曰く"上の方"、即ち恐らく製造元のサバト――へ連絡を入れる。

『お疲れ様です! タラーです! たった今試運転の方が概ね完了致しましたんで報告の方させて頂きたく!
 はい! 現状ほぼ問題はねえものと思われまして! ええ、はい! 物体換装機能も疑似生体構築プログラムも全て問題なく作動しとりますんで! ええ! そりゃあ勿論!
 一時はどうなるかと思いましたが奴らまんまと引っ掛かってくれやがったってんだから好都合ってもんですわ!
 被害者が有能だったってのもあるんでしょうが元はと言えばKANZAKIを奴らに掴ませようって副局長の案が良かったってことなんじゃねーかと思う次第で! ええ!』

 これより後、姿なきAIとサバト関係者の通話はかなり長引くこととなる。


「いやぁ〜、協力的な方が居て助かりましたねー」
「全くです。彼が完全にあちら側だったらどうしようかと……」
「想像したくないですねそれは……。
 ところでユウさん、KANZAKIの話になった時その辺詳しそうにしてましたけど……」
「小耳に挟んで調べたことがあったんですよ。
 その名も『チヴァナータ・シッターカ・サバト』……そのスタンス故に"偽りのサバト"や"窓際のサバト"、"サバトの名を騙る悪質なカルト集団"、"サバト型反社"とも呼ばれ、界隈じゃ名を出すことも禁忌、時には存在しないものとして扱われる事さえあるほどだとか……。
 特に魔王軍サバトを率いる本名不詳の筆頭様は蛇蝎の如く忌み嫌っておいでだそうで」
「えぇー……魔王軍の"バフォ様"って、普通なら敵対関係にある筈のマルーネ筆頭とも和解して彼女のサバトを正式に認可するぐらい同族に優しいじゃないですか。
 一体何をやったんです? まさか魔物娘の禁忌をかえって推進してるとか……?」
「そこまでじゃありません。仮に魔物娘が殺人や不貞を推進してたらサバトどころか魔王家の重鎮さえ動きかねませんからね。そうなれば幾ら力があろうととっくに消えてるし、奴らもそこまでバカじゃない。
 チヴァナータ・シッターカ・サバトが嫌われる理由は単純明快、幼体主義を否定してるからですよ」
「よ、幼体主義の、否定?」
「ええ。なんでも『性癖も体型も自由でいい筈だ。自分の価値観を妄信し強制するなど魔物娘にあるまじき悪行である』と主張してましてね」
「うわあ……」
「合言葉は『ロリコン天下を、ぶっ壊す』らしく」
「今の社会で言ったら結構アウトなヤツそれ……」
「そもそも幼体主義を"盲信し強制する"サバトなんて一部の窓際族だけの筈なんですが……
 因みにそんな奴ら乍ら組織規模と実力は少なくとも地球上に存在するサバトの過半数を凌駕するのではとの説もあり、このKANZAKIのような電脳魔法をはじめ他のサバトではそう至り得ない境地に達していたりと、純粋に考えれば結構凄いサバトなんですよ。窓際族だけど」
「ほんと、幼体主義さえ否定してなきゃ八大サバトの九番目になってましたよね。ちなみにそのチヴァなんとか……」
「チヴァナータ・シッターカ・サバトですね。界隈では"名前を出しちゃいけないアレ"と呼ばれ、身内でも専ら"チカ鯖"とか"ヴァナ鯖"と呼ばれているそうで」
「へぇ〜。じゃあその"チカ鯖"ですけど、一体どこにあるんですか?
 サバトって世界各地に拠点がありますし、ましてそんな窓際族の嫌われ者なら活動拠点を確保するのも一苦労な気がするんですけど」
「マキさん流石、いい質問をなさる。
 ご指摘の通りサバトは過激派共々世界各地に関連施設がありそれぞれが縄張りに目を光らせている。
 よって嫌われ者の"チカ鯖"、地上は勿論空中や地中、海中にさえ領土を確保することは難しい……それこそ"魔物娘が近寄ろうとしない"ような地域でもなければ」
「ま、魔物娘が近寄ろうとしない土地ぃ? そんな所ありました?
 仮にあったとして、そもそも生き物が住めないとか、排他的な民族が支配的だったりとか、そんな所しか思い浮かばないんですけど。まして大きな施設を建てるだけの土地なんて……」
「それがあるんだからチカ鯖はでかい面ができてる。
 ……ヒントを出しましょう。
 民族分布と会わない国境、未だ独裁政権の国家が多く政府の信用は皆無、内戦や紛争だらけで経済も停滞し盗みと麻薬が大流行。終いには合衆国も匙を投げる国をも擁する……」
「……アフリカ、ですか?」
「ご名答。地球の各所へ適応する魔物娘もアフリカには行きたがらない……図書館サバト系列の一次団体三つと地球ニ十ヶ国の大手報道機関が合同で調査・作成した『魔物娘が選ぶ住みたくない国ランキング』の上位殆どをアフリカ大陸の国が占めているのが何よりの証拠です」
「けど、だからこそ魔物娘に嫌われがちなチカ鯖にとってはアフリカが好都合だったと」
「その通り。確か総本山はエチオピアの首都アディスアベバにあったんだったか。
 聞いた所によるとチカ鯖、未だ完全ではないものの紛争や貧困、飢餓、感染症の流行といった当該地域の抱える諸問題を的確に解決へ導いているそうで」
「窓際族らしからぬ働きっぷりですね……」
「まあ、上の考えに反発してるが故の窓際族なので。
 実力と良識はしっかりあるんでしょう」


 二人の雑談はその後暫く、タラーがサバトとの通話を終えるまで続いた。


『てなワケでござァしてッ、お二方にゃ大変申し訳ねーんですが……』
「ああいえ、お気になさらず。そちらも色々大変でしょうし」
「寧ろそれができたとして奴が素直に従うなんて有り得んからな……」

 通話を終えたベン・タラー。
 大袈裟なほどに芝居臭く、いかにも申し訳なさそうな態度で話を切り出したこの姿なきAIが語った内容を要約すると『異空間からの脱出は可能だが、現実世界に戻れる時刻はかなり遅くなってしまうだろう』との事であった。
 というのもこの電脳魔法KANZAKI、本来ならばタラーの管理者権限で内部の存在を自在に出し入れ可能である筈が、元々高性能かつ大掛かりな装置を用いて発動すべき所を若干旧式のスマートフォンにアプリとして捻じ込んで無理に運用した為データが部分的に破損してしまっており、起動した者が自らの手で魔法を解除しなければ内部の者を現実世界に戻せなくなってしまっていたのである。
 即ち二人を現実世界に戻せるのはKANZAKIの捻じ込まれたスマートフォンの持ち主たるエールだけ……なのだが、当の巨竜はつい先程雄喜との勝負に負けた挙句タラーによって海へ落とされてしまっている。
 ともすれば彼女と共に落水したスマートフォンが無事とは思えず、仮に持ち主共々回収できたとして発動したKANZAKIを解除できるのはエールのみ……プライドが高く強情なあの巨竜が、敵対関係にある人物の頼みを聞き入れるわけもない。
 よってタラーは製造元であるチヴァナータ・シッターカ・サバトに連絡を入れ指示を仰いだ。
 結果、サバト側は異空間内部へ担当者を派遣し破損したデータを修復させる判断を下したのだが、それら作業も一朝一夕でこなせるものではないだろう……ということであった(そもそも異空間内部に入るだけでもかなりの手間がかかり、到着からして最低でも一時間以上はかかるのだという)。

『全く申し訳ねえ……本当にすんませんッ……小生も色々手を尽くしてはみたんですがどうにも……』
「大丈夫ですって。そんなに気に病まないで下さいよタラーさん」
「何があったのかは存じんがお前だって被害者なんだ、気にするなよ」
「そうそう、ユウさんの言う通り。折角なんだからポジティブに行きましょうよっ」
『うおおお……かたじけねえ……かたじけねえっ!
 然しそーは言ってもこのベン・タラー、お二人への罪滅ぼしをしねーことにはてめえを許せる気がしねえ!
 てなわけでお二方っ! 道具施設に食いもん生きモン、ご入用とありゃ何なりお申しつけ下せぇ!
 このベン・タラー、KANZAKIの力でもって出せるもんは何であれご用意させて頂きやす!
 データ修復そして脱出を待つ間、お二人にゃ極上のひと時を過ごして貰いてえんでねぇっ!』
「ほう、それは楽しみだな……」
「やー、これが世に言う怪我の功名? 正直そこまでして貰えるとは思ってなかったんですけど、なんだかんだ良かったですねー」
「言うて必然的に古坂社長からの仕事をすっぽかす羽目になってしまったのは普通に致命的ですし、痛み分けといった所ですがね」
「……それは言わないで下さい。忘れようとしてたんですから」

 かくして役者たちは脱出までの間、常夏の浜辺が再現された異空間でのひと時を楽しむこととなる。

『では早速何をお出ししましょうかィ!? 何でもお申しつけ下せぇ!』
「なんでもと言われると迷うんだがな……マキさん、何かありますか?」
「何かって言われても……そもそも何が出せるのかわかんないからなぁ」
『ふーむ! そう言われちゃあ説明せずにはいられませんなァ!
 一応申し上げますと、聖戦八試合の為に用意しましたる競技場やら道具の類!
 ありゃ全部小生がKANZAKIの力を以て管理者権限で作り出した代物でしてねェ!
 あの辺出すのに使った力が大体全力の0.02%ぐらいと思って頂けりゃ何も問題はねぇかなっつー感じで!』
「微妙に分かり辛いな」
「っていうかあれだけの規模の設備で0.02%って……もっと大きなものも出せるってことですか?」
『まァ〜そうなりますわな! もしやお嬢さん、何でも出せるつったってパラソルや浮き輪、バーベキューセットなんぞが精々とでもお思いでしたかィ?
 ならばそいつぁ誤解ってもんで! 既に申した通り、KANZAKIの力で出せんなァ道具施設に食いモン生きモン! その気んなりゃ水中眼鏡からクルーザー、果てはゲーセンラブホに水族館! 結構色んなモンが出せちまうんでねェ!
 まあ百聞は一見に如かず! 実際お見せした方が早ェってなもんですかねェ!

 ソイヤッ!』

 声高に宣うタラーは、洋上へ巨大な巡洋客船を召喚して見せた。

「……そ、そんな……!」
「冗談だろ……」

 信じ難い出来事に、役者たちは思わず言葉を失いかける。
 何せ召喚された巡洋客船は全長300メートルをゆうに超え、幅と高さも数十メートル以上と規格外の大きさである。
 そんなものが人工知能の掛け声一つでいきなり海の上に現れたのだから、驚かないなど無理というものであろう。

『どうですどうです! これが小生! これがKANZAKIでさァ!
 あちらに見えますはアメリカ合衆国が大手老舗海運業者「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル」保有のオアシスクラス客船「オアシス・オブ・ザ・シーズ」!
 無論オリジナルを直に引っ張り込んだわけじゃなく、所詮は模倣品ですがね。
 然し模倣品たって見縊(みくび)っちゃならねぇ! これでも一応サイズに重量スペック諸々、果ては船内施設の機能や内装に至るまで事細かに再現させて頂いとりァす!』
「そ、それは凄いな……」
「凄すぎてなにがなんだか……」

 雄喜と真希奈はいっそ困惑しそうになるが、タラーのマシンガントークは尚も止まらない。

『勿論疑似生体構築プログラムでもって乗組員も準備済み!
 総勢2160名精鋭揃いのスタッフが全力でお持て成し致しやす!
 何ならお二方以外の乗客も30名から定員数の上限までご用意できまさァ!
 何だったら本来の「客船オアシス」にねぇ施設を増設することだってできちまう!』

 意気揚々と客船について語り続けるタラー。
 その喋りは最早それそのものが一つの芸として成立しそうな程であった。
 だが……

『如何です!? KANZAKIってェのがどんだけスゲーかご理解頂けまし――


 突如海中から伸びて船を薙いだ一筋の光によって必然、彼のトークは中断された。
21/08/29 19:05更新 / 蠱毒成長中
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