TAKE18.91 不良警官 in MEGAZORD
『如何です!? KANZAKIってェのがどんだけスゲーかご理解頂けまし――
電脳魔法KANZAKIを管理する姿なき魔術AI"ベン・タラー"。
豪華客船を召喚してみせた彼による意気揚々としたマシンガントークは、突如海中から伸びた一筋の赤い光線によって強制終了させられた。
『』「――」「……」
客船を薙ぎ真っ二つにする、赤い光線。
真っ二つになり火を噴きながら海へ沈む客船。
余りにも予想外過ぎる出来事に絶句する三者。
白昼炎天、煌めく浜辺の風景を、いっそ滑稽なほど不自然な、虚無にも等しい沈黙が支配する。
「……なあ、タラー」
沈黙を破り最初に声を上げたるは"怪物俳優"志賀雄喜。
果たして自分の声が姿なきAIに届いているのか、その確証すらないままに、彼は言葉を紡ぐ。
「クルーズ客船が沈んだが、あれもお前か?」
『あー……その……兄さんとしちゃ、肯定と否定どっちが好ましいんで?』
「甲乙つけがたい」
「っていうか好ましい好ましくないの問題じゃないと思うんですけど……
で、タラーさん。実際の所は?」
『船を割って沈めてんのは小生じゃござァせん、誓っていい』
「……力を誇示するため、海中にレーザー兵器を配して船を破壊したわけじゃないと?」
『勿論で! 小生が船を出したなァ、お二方へ乗って頂きてえが為!
それを態々ぶっ壊すなんざ、魔物娘が浮気対策にてめえン旦那の性欲消し去るようなもんでさァ!』
「それは……確かに有り得ないですね……」
「だったらあの船を破壊した光線の発生源はなんなんだ?
この空間内でお前の、というかKANZAKIの力を使わずにあんな真似ができるヤツなんて――……」
"いるわけないだろ"
そう言い切ろうとして、然し雄喜は絶句する。
否、雄喜だけではない。真希奈とタラーも同じく、同時に言葉を失った。
「――……」
「……!?」
『――』
三者の心境はまさに"驚愕"と"混乱"の二言に尽きた。
「なに、あれ……?」
どうにか口を開いた真希奈の言う"あれ"とは、沈みゆく巡洋客船に代わり姿を現した"何か"――察するに、光線で船を沈めたものの正体――に他ならない。
「……正気じゃないな」
続けて口を開いた雄喜は、疲弊気味に口走る。
読者諸氏にしてみれば『お前が言うな』と突っ込みたくもなろうが、然しその実"まともでない"彼でさえそう評さずにはいられないほど、海中から現れた"それ"は常軌を逸していた。
その外見を一言で言い表すなら"ヒト型ドラゴンを模した巨大ロボット"といった所か。
ただこの場合の"ヒト型ドラゴン"とは、断じて魔物娘ドラゴンに非ず。
何せ魔物娘特有の女性的な美や色香などといったものがまるでなく、そもそも有機的な意匠さえ見受けられない。
あまりにも機械的で無機質な、人工物によって象られた竜人……或いは、数多の兵装に塗れた威圧的な金属色の巨体とでも呼ぶべき存在が、そこに在った。
そして……
≪ほぉ〜ぅ……出力四割でこれほどの火力とは驚きであるなぁ。
流石は電脳魔法KANZAKI……否、我が圧倒的な実力のなせる業といった所か!≫
『はァ!? 』
「なッ、あの声っ!」
「……嘘だろ」
巨大ロボットから響く、威圧的に低い女の声。
それは三者にとって聞き覚えのある――かつ、当人らは二度と聞く事もないと思っていた――思いがけない相手のものであった。
≪恥知らずの人間ども! そして卑劣な裏切り者よ!
地上の王者が戻ったぞ! 悪しきものの敗北を引き連れてなぁっ!
……機体に不具合が発生した。暫し待て≫
巨大ロボットの、恐らくは内部で発せられているであろうハスキーボイス。
その主こそは……最早説明するまでもあるまい。
つい先程雄喜との"聖戦"に敗れ海へ沈んだ筈のドラゴン、不良警官が筆頭エールその魔物(ひと)であった。
「……ベン・タラー。あれはどういうことか、事情を説明して貰えるかな?」
『あァ〜……今一つお時間とご予算を頂けてりゃあ――ってなァ冗談ですが、小生としてもぶっちゃけ混乱してましてねェ。
フツーなら海落ちた奴ァ疑似生体構築プログラムで作っといた海棲の魔物娘や魔界獣なんかに捕まって海から出らんなくなる筈で、ましてあんなロボをKANZAKIの力も使わずポンと出すのも到底無理なんですが……
……や、待てよ? もし仮に……だとすりゃあ、そうなるからして……チキショウッ、何てこった!』
「どうしました、何かわかったんですか?」
『ええわかりましたとも! あの筋肉トカゲ、KANZAKIを不正利用してんでさァ!
ったく、脳筋の癖に狡い真似しやがらァ!』
「不正……」「……利用?」
『いかにも! そもそも小生は最終種目で反則やらかした時点で奴を見限りKANZAKIの制御権限を剥奪、
スマホからデータも抜き取り小生の許可無きゃ一切干渉できねーよう設定してたんです。
だがどうやら想定外ッ、スマホん中に破損してできた"データの切れ端"が残っていたようで……』
「その切れ端を起点として部分的にKANZAKIを行使しているわけか」
「あのロボットもそれで作ったってことですか? んな無茶苦茶な……」
『……兄さん、お嬢さん、まっこと申し訳ござァせん……
管理プログラムにあるまじき致命的な失態、どうお詫びをすりゃあいいやら……』
「詫びなんていらん、お前も被害者だろ。
今はとにかくあのメストカゲと金屑をどうにかしてやらんと……」
「メストカゲはともかく、金屑って……でも確かにあいつをどうにかしないことには海で遊ぶどころじゃないですねー。
折角タラーさんに美味しいものとか色々出して貰おうと思ってたのに……」
「まあ、仕方ないですね……タラー、何か武器とか出せるか?」
『出せねーこともありませんが……』
「何か不都合が?」
『ええ、まあそうそう有り得ねえとは思うんですが、向こうもKANZAKIを使ってる以上は小生が出したもんを無力化されたり奪われるっつー可能性もゼロじゃねーもんで……』
「なるほど、つまりステゴロか」
「いいですね、わかりやすくて」
『ええまあ、必然的にそうなりますわな――ってェェェエエエ!?
兄さんお嬢さん、今何と!? 聞き間違いでなきゃ、素手でアレと戦うって聞こえたんですがねぇ!?』
「そうですけど」「何か問題でも?」
『いや問題しかねェッ! あんな防衛相でも手古摺りそーな代物をなんで素手で相手取ろうとしてんですか! 危険過ぎまさァ!』
「……それもそうだな。何より大切な恋人を危険な目に遭わせるわけにもいかんか」
『そらそうでしょう! 序でにご自身の安全も考慮して頂きてえもんで!
対処法は小生の方で考えますんで、お二方ァ安全な所へお逃げ下せぇ!
いやあ、兄さんが物分かりのいい方で助か――
「というわけでマキさん、ここは僕に任せて貰えませんか?」
『――らねェェェエエエ!?』
「いやいやいやいや! この流れでそれはないでしょ! おかしいですよ!」
『そうだそうだ! 言ってやんなせぇお嬢さん!
言っちゃ何だが人間てなァ災害や兵器の前じゃ非力なモンよ!
折角守ってくれる奴が居んだから、そういう時ァ安全な所でホトボリ冷めるまでイチャコラしてりゃいいんでェ!
どっちも大判の正統派純愛エロ漫画で主役間違いなしのビジュアルしてんだからよォ!
てめーの命をわざわざ危険に曝す必要なんてありゃしねぇじゃねーかってんで! 止めに入ったお嬢さんはマジで正しいや!
いやもう兄さんが妙な事言い出した時はぎょっとしましたが、お嬢さんがマトモ――
「当然私も一緒に戦いますって!」
『――じゃねェェェエエエ!?
いやマジおかしい! 冗談抜きでどっちもおかしいぞコレェ!?
ちょっと兄さんお嬢さん? あんたらご自身で何言ってんだかわかってます!?』
「――然しマキさん、奴は冗談抜きでシャレにならない相手ですよ?」
「そんなのわかってます! わかってるからこそ私も一緒に戦うって言ってるんじゃないですか!」
『 聞 い て ね ェ ー ッ !
聞いてねえ! 聞いてねえよこいつら! 馬の耳に念仏ってか!?
確かに方や馬並みにデケェし、もう片方も走る西●屋どころか狸に懐かれた辛党さえ裸足で逃げ出すたわわぶりだけどぉぉぉ〜!?
なんだオイ! 呼吸するよーに奇行繰り返すぱっつん紅白ロン毛ノッポかよ!?
いや寧ろそっちにばっか栄養行ってて脳干物かこいつらッ!?
だったら脳味噌干物らしく思考停止してエロいことしてろよこンチキショーが!
おっぱい揺らしてちんちん勃てて! 揉むなり扱くなりぶちまけるなりぶち込むなりしてろってんだ!
白昼の浜辺、男女が水着で二人きりったらそれが定石じゃねーかァ!
あぁぁぁぁぁぁぁ畜生ぉぉぉぉぉ! どうしてこうなったァァァァァ! 誰のせいだコノヤロォォォォォ!』
姿なきAIが一人発狂しかけている最中にも、役者たちの言い争いは続いていた。
そして……
「――大切だからッ、愛しているからこそ危険な目に遭わせたくない……僕は貴女に生きていて欲しいんです! マキさんには、まだ未来があるじゃないですか!」
「それはわかりますよ……わかりますけど、それでもっ……こんな、守られるだけの立場を受け入れろなんて……!
私だって貴男に、ユウさんに生きていて欲しいのに……救いたいから、一緒に生きたいから、傍にいるって……わかって下さいよッ!」
お互い半泣きになりながら、柄にもなく恋愛ドラマ差乍らのやり取りを繰り広げていた。
そして……
「……しょうがないな。こういう強引なのはあまりやりたくなかったが……」
「えっ、ユウさん? 何ですかいきなり――」
「んっ」
「んンっ!?」
男優は乳牛の肩を取り対面、有無を言わさずその唇を塞いだ。
『ホぁっ!?』
全く予想外の展開に、AIは思わず――人工知能であるが故、あくまで感覚的なものとしてであるが――己の目を疑った。
「……っ、……」
「んっ、んんっ!? んんーっ!」
しかも驚くべきことに、二者の接吻は若干本格的でわりと長めに続いていた。
『……ありゃ絶対ェ舌突っ込んでんな、間違いねェ……。
しっかし、なんやかんやあってもキスか……となりゃ次は前戯、そんで本番と相場が決まってらァ。あの場でおっ始めちまうたァ聊か予想外だが、ここは一つ核弾頭にも耐えるぐれー頑丈なラブホでも作ってやるとすっかねェ〜……って、あらァ?』
二人を守るべく防壁代わりのラブホを出そうとして、タラーは異変を察知する。
長らく接吻を続けていた二者……より厳密には真希奈の様子が、どうにもおかしいのである。
『なんでェ、兄さんのが上手過ぎて失神しそうってか?
……いや、違ェ。ありゃ失神ってより……』
改めてよく観察しようとした、次の瞬間。
重なっていた二人の唇が離れたかと思うと、様子のおかしかった真希奈がぐったりと倒れ込んでしまったのである。
一見気絶したかのようにも思えたが……AIは真希奈の身に何が起こったのか、しっかりとその真実を捕らえていた。
その真実とは……
『……間違いねえ。お嬢さんめ、兄さんの腕ん中で寝てやがらァ……』
昏睡であった。
雄喜との長い接吻を終えた途端、真希奈はすぐさま安らかな表情で眠りに落ちてしまったのである。
性的絶頂からの失神などならまだわからなくもないが昏睡とは……タラーが再び観察しようとした、その時。
「タラー! ベン・タラー! 聞こえてるんだろう、返事をくれ!」
『へい兄さん、小生であればこちらにっ。して一体、何の御用で?』
タラーはこの時、てっきり雄喜から『彼女とゆっくりしたいので頑丈なラブホテルかクルーズ客船を出してくれ』との注文を受けるものとばかり思い込んでいた。
だが……
「彼女を頼む。傷一つつかないよう丁寧に守っていて欲しい。頼めるか?」
……現実は非情であった。
だがそこはこの男に誠心誠意真心込めて尽くす覚悟を決めた電脳魔法KANZAKIの管理者。口答えせずしっかり命令を聞き入れる。
『そりゃ勿論そうさせて頂きますが、兄さんはどうなさるんで?』
「決まってるだろう、あのトカゲを討ち金屑を片付ける」
『……どうしても行かれるおつもりで?』
「当然だろう、あんなもんがあったんじゃ目障りで仕方ない。
……とは言え当然、一人でってわけにもいかんだろうな。
タラー、マキさんを守る序でに僕の方も手伝ってくれないか?」
『ええ、そりゃ勿論そのつもりでしたが……然し何をすれば? 武器や兵器の類は奪われるリスクを考慮すると出すの躊躇っちまうし、ともすりゃセキュリティ面を強化しなきゃなんで手間もかかりますが……』
「ああ、心配するな。武器や道具を出してくれと言ってるんじゃない。
ただ僕の言う通りに、軽く手伝ってくれるだけでいいから」
そう言って雄喜はタラーに作戦を伝えた。
『ほ、本当にそんだけでいいんですかィ?』
「大丈夫だ、問題ない。必ず成功させ、マキさんとの性交に至ってみせるから」
『そのスラングは大抵失敗前提のヤツだしダジャレのキレもなんか今一じゃねえスか兄さん……』
ともあれタラーとの打ち合わせを終えた雄喜はそのまま浜辺に立ち、未だロボットの不具合と格闘中らしきエールと向かい合う。
≪――ぇえいッ! ここを、このようにしてッ!
即ちそこは、これであるからしてッ――
よしッ、直ったァ!≫
「ようエール。随分と長い間棒立ちだったようだが大丈夫かぁ?」
≪ぬぅ!? 貴様ユウ、どの面下げて我が前に現れたぁ!?≫
「そりゃこっちの台詞だアホトカゲ。お前僕に負けて海に落ちたんだろう? だったら大人しく海ン中で、手下どもとエア婚活の予行演習でもやってりゃ良かったんだ」
≪なにぃ!?≫
「だってのにお前と来たら、空気読まずに海から出て来やがって。
っていうか、なんだよその姿……さては唐草模様の変な果物でも食ったか?」
≪そんなわけがあるかァ!
これなるは"ドラゴアームズ・エイペックス"!
地上の王者たる我が産み出したる究極の力にして、神をも恐れぬ鋼の城塞であるぞ!≫
「つまりロボット兵器か、中に乗り込んで操縦するタイプの」
≪そうとも言う! 因みにスペックについてだが――≫
「ざっと見るに全高50メートル、全幅23メートル、全長60メートル。
重量は体格から見るに2600から3000トンって所か?」
≪……ッッ!? ふんっ、よ、よくぞ見抜いたなぁ!?
人間にしてはッ、やるではないかァ!
重量は2800トンだがぁ? それ以外はッ、大体正解だ!
さて、続いて武装だが――≫
「爪と牙は当然武器として機能するとして、両肩のそれはビーム砲か?
太腿はミサイル内臓、両腕のブースターみたいなのからはプラズマブレードが伸びそうだし、翼の丸い奴は突風を起こすファンに見えるが……。
胸部装甲はいかにも開きそうだな。中身は粗方大砲か、ドーム状の攻撃エネルギーを放出して周辺のものを無差別に破壊する技の発動装置と見た。
あとは、尻尾の先端がドリルにでもなってんじゃないのか?
といって海中に隠れてるから断言はしないが……。
ああ、口から炎やビームは当然出せるよな?
多分だが、クルーズ客船を裂いた光線がそれじゃないか?
それから――」
その後も雄喜は淡々と、エールに隙を与えぬまま"ドラゴアームズ・エイペックス"に関する考察を述べ続けた。
それら内容は彼にとって精々、思いつきからの私的な推測に過ぎなかった。
だが幸か不幸か彼の推測はほぼ的中しており、エールが述べる予定だった"真実"に限りなく近い情報であった。
しかもエール本人としては、隠れ潜み"ドラゴアームズ・エイペックス"を組み上げながら『この兵器の驚くべきスペックを聞かせ、奴を絶望のどん底に突き落としてやろう』と、海から出る瞬間を心待ちにしていたのである。
だというのに現実、それは叶わず……話を遮られ一方的に喋り倒された挙句、その内容も概ね事実……実質話を奪われてしまったとあっては、不快にならない筈もなく……
≪きッさまァ……我が部下どもを不当に痛めつけたばかりか、
我が心待ちにしていた絶好の見せ場を悉く奪い取りおってぇ……!
許さん……絶ッッッッ対に許さんぞ、畜生めがぁ!
最早貴様なんぞ人間とは思わんっ! 我が力にて徹底的に捻じ伏せた後、性処理用の愛玩動物として飼い慣らしてくれるわァ!≫
「なんだ、まるで愛を知らないダークエルフみたいな台詞だなぁ?」
≪……――……なに?≫
雄喜の軽口……彼の性格の悪さを考慮すれば何ら珍しくないそれを耳にした瞬間、エールの態度は目に見えて一変した。
≪おい外道ッ……今我に対し何と言ったぁ?≫
「なんと言ったって、そりゃあ――
≪我の台詞が"ダークエルフのよう"だとぉぉぉぉぉ!?
尚許し難し外道の悪鬼よ、王者の怒りを思い知れェ!
アトミック・バスタァァァァァァ!≫
ドラゴアームズ・エイペックスの口から放たれる、極太の熱線"アトミック・バスター"。
光線と見紛う程強烈な光を放つそれを、然し雄喜は驚異的な跳躍力で回避して見せる。
「……おかしくないかなぁ」
着地しつつ、雄喜はごく自然に呟く。
「そりゃ確かに差別や侮辱にあたるとは言え、お前がそこまでキレる理由として不十分だと思うが……
もしかして……友人知人身内なんかに、一族の歴史と伝統を何より重んじる、
一切合切非の打ち所のないほど清く正しく自他に厳しい生き方をしている、
とても誇り高く本当に素晴らしい至高のダークエルフ様でも居るのかな?
だとしたら謝ろう、すまn――
≪黙れえええエエエエエエエッ!≫
尚怒り狂ったエールは、自棄を起こしたようにビーム砲やミサイルを乱射……白昼の浜辺は一瞬にして戦場の如き地獄と化した。
『チキショウめっ、なんて威力だっ! たかがデータの切れ端からあんなもん作っちまうなんざ全く正気じゃねーぜ!』
その凄まじさはKANZAKIの管理者ベン・タラーも信じ難いものと表紙驚愕するほどであった。
然しこのAIが真に"正気でない"と感じたのは、ドラゴアームズ・エイペックスの持つ破壊力ではなく……
『しっかしよォ、全くおかしな話だぜ。
なんであのトカゲ、兄さんがダークエルフの名を出した途端目に見えて怒り狂いやがってんだ?
そらダークエルフと言やぁ今尚外野に誤解されがちな種族……地位向上のために動いたり保護や支援に打って出る団体がいるほどの不遇ぶり。
ならまあ兄さんの発言にキレる奴が居てもおかしくねぇ。つーかあんな台詞ポコポコ思いつく兄さんが真面目にわかんねーわけだが……それにしたってトカゲがキレんのも不自然だ。
同族ならまだしも何でダークエルフ侮辱発言に……そりゃ法を重んじ社会的な正しさを貫徹しよーとする社会派生真面目優等生ならわからんでもねーが、あいつがそうかってェとそれはねェ……だがだとしたらどうして奴はあそこまで……?
……読めねえなあ、全くよぉ。
しょうがねぇ、その辺は置いといて今はお嬢さんを守ることに集中しねーと……』
≪アトミック・バスタァァァァァァ!≫
「またそれか、芸がないなぁ」
何度目かの光線を、雄喜は軽々回避する。
着地後、男優は次の攻撃に備え身構える……だが、どうやらドラゴアームズ・エイペックスは再びの不具合に見舞われたらしく、またしても動きが止まってしまう。
≪ぐんぬぅぅぅぅ!? 何故だ、何故故障するっ!?
また修理せねばならんではないかぁぁぁぁっ!≫
「修理できるだけ有り難いと思えよ。
……さて、僕もそろそろやっちまうか。
タラー、頼むぞ」
『へい、畏まりやしたァ!』
棒立ちになるロボット兵器を尻目に、雄喜は姿なきAIへ呼び掛け"準備"に取り掛かる。
「……メイデュオンブリョショグリンカリジメロブリョミャファボリャガ、
エミョシャダコビリェフェジャウションエエ。
"ゴシュデェゴガ、フォムデェンロフォムダンゴ"ジャ。
デョデュビリェグロンコビリェロジャエフェシャジョイム……」
男優の口から唱えられたのは、何かの呪文らしき得体の知れない言語であった。
「コビリェロシュイミャファ。
オデェシェグロンシュイミャファ。
シャファガフォボリャデュオンブリョジェフェジウミョビリェデェジェミャファ。
シェグロンミャジュオシャン、ジュミミャジュウフェン、
シャコデェウグロンウグリンシュウミョビリェデェミャファフォベリャ……」
謎めいた"詠唱"が進むにつれ虚空から謎の文字か記号を象ったエネルギー体らしきものが現れ、
それらは男優の周囲を不規則な動作で浮遊し始める……。
「コショングシュジフェロジシェシュンムレデェミシェ、
コビリェデュシェンデェオジャロミュシュバリャファコファンジェ。
コビリェロアファビリェカエジュコブリョミャファ。
レジャフェグロンシュイガフェミョシェンビリェデェミャファ」
≪よしッ、これで直ったァ!
……って、なんだその薄気味悪い呪文はァ!?≫
「コビリェロオシュグイグションメカショショイム。
コビリェロデェングシュディブリョラウデェンガウフェガエ、
ゴシェンファジャウジャシェアデェイフェダミュシュ」
≪無視するなぁぁぁっ!≫
ロボット兵器の修理を終えたドラゴンが話しかけても、男優は意に介さず"詠唱"を続ける。
そこに他意はなかったが、然しプライドが高く怒りや敵意に囚われた巨竜はそれを故意に無視されたものと曲解し、当然の如く怒り狂う。
「コビリェログションミュグリンシュデェジグションメデェミャファ。
グションメファデョファンミカディアウミャファ」
≪おのれぇぇぇ! 調子付いていられるのも今の内だぞっ!
デストロイストォォォォォム!≫
「……ダロコションシャムショム、コションメフォミャジャ、
エミュグリンシェオシュファシェミジョブリョアシェジ。
グイコビリェシェガミブリョミャファロフォシュ、
ダファグシュデュイロラバリャグレンファメ……」
≪な、何ぃぃぃぃぃ!? 効いてないだとぉぉぉ!?≫
エールは怒りの余りロボット兵器の翼から突風を起こし吹き飛ばそうとするが、その攻撃をも意に介さず――不可視の障壁らしきもので守られながら――雄喜は詠唱を続ける。
≪ええい、だが我は諦めぬぞ! これでも喰らえィッ!≫
「フォビリェグロンコションロジョデュデェミエジャロ」
≪何、効いておらぬっ!? であればこれならどうだぁ!≫
「ジョファンオシュジャデェジ、ジェショボリャジャデェジオブリョシャジャファメ」
≪でえええい! これもダメかっ!≫
「オシュジャデェジダファシェグロンカミュシェ」
≪だりゃあああああっ!≫
「ジェショボリャジャデェジダファジュミカルブリョウ」
≪どらああああああっ!≫
「ダファエファジェ、シェンディエカミャジュジ」
≪ダメだぁぁぁぁぁっ! どうにもならんっ!≫
光線、熱線、榴弾、誘導弾……エールは様々な武装で雄喜を攻撃するも、彼を守る障壁はそれらの一切を無力化してしまう。
≪かくなる上は、これでどうだっ!
アトミック・バスタァァァァァァ!≫
「シェグランウリジャジュフンシュメジェカレボリャショム。
オシュロオシュフェガジュジラバリャグルングリンデェ。
メジェログロンミュシュンデェゴフェエミョシャダデェカ……!」
遂に大技アトミック・バスターさえも跳ね除け、詠唱は完了。それと同時に雄喜は光に包まれる。
≪ぬおぉ!? な、なんだぁっ!? 一体何が起こっている!?≫
光球と化した雄喜。その光量たるやアトミック・バスターを上回り、エールは思わず目を覆いながら困惑、攻撃の手も止まってしまう。
一方雄喜を覆う光球は加速度的に肥大化していき……
「……リム、デェム」
幽かな囁きを合図に、光球は炸裂。
程なくして眩い閃光は跡形もなく消え去った。
そして……
≪『……!?≫』
巨竜と姿なきAIは、揃って己の目を疑った。
と言うのも……
『オイオィ、こいつぁ……』
≪一体何が、どうなっているっ……?≫
嘗て雄喜の立っていた地点に、然し彼の姿はなく……
【――……――……】
代わってそこには、異形の爬虫類然とした"化け物"が佇んでいたのである。
電脳魔法KANZAKIを管理する姿なき魔術AI"ベン・タラー"。
豪華客船を召喚してみせた彼による意気揚々としたマシンガントークは、突如海中から伸びた一筋の赤い光線によって強制終了させられた。
『』「――」「……」
客船を薙ぎ真っ二つにする、赤い光線。
真っ二つになり火を噴きながら海へ沈む客船。
余りにも予想外過ぎる出来事に絶句する三者。
白昼炎天、煌めく浜辺の風景を、いっそ滑稽なほど不自然な、虚無にも等しい沈黙が支配する。
「……なあ、タラー」
沈黙を破り最初に声を上げたるは"怪物俳優"志賀雄喜。
果たして自分の声が姿なきAIに届いているのか、その確証すらないままに、彼は言葉を紡ぐ。
「クルーズ客船が沈んだが、あれもお前か?」
『あー……その……兄さんとしちゃ、肯定と否定どっちが好ましいんで?』
「甲乙つけがたい」
「っていうか好ましい好ましくないの問題じゃないと思うんですけど……
で、タラーさん。実際の所は?」
『船を割って沈めてんのは小生じゃござァせん、誓っていい』
「……力を誇示するため、海中にレーザー兵器を配して船を破壊したわけじゃないと?」
『勿論で! 小生が船を出したなァ、お二方へ乗って頂きてえが為!
それを態々ぶっ壊すなんざ、魔物娘が浮気対策にてめえン旦那の性欲消し去るようなもんでさァ!』
「それは……確かに有り得ないですね……」
「だったらあの船を破壊した光線の発生源はなんなんだ?
この空間内でお前の、というかKANZAKIの力を使わずにあんな真似ができるヤツなんて――……」
"いるわけないだろ"
そう言い切ろうとして、然し雄喜は絶句する。
否、雄喜だけではない。真希奈とタラーも同じく、同時に言葉を失った。
「――……」
「……!?」
『――』
三者の心境はまさに"驚愕"と"混乱"の二言に尽きた。
「なに、あれ……?」
どうにか口を開いた真希奈の言う"あれ"とは、沈みゆく巡洋客船に代わり姿を現した"何か"――察するに、光線で船を沈めたものの正体――に他ならない。
「……正気じゃないな」
続けて口を開いた雄喜は、疲弊気味に口走る。
読者諸氏にしてみれば『お前が言うな』と突っ込みたくもなろうが、然しその実"まともでない"彼でさえそう評さずにはいられないほど、海中から現れた"それ"は常軌を逸していた。
その外見を一言で言い表すなら"ヒト型ドラゴンを模した巨大ロボット"といった所か。
ただこの場合の"ヒト型ドラゴン"とは、断じて魔物娘ドラゴンに非ず。
何せ魔物娘特有の女性的な美や色香などといったものがまるでなく、そもそも有機的な意匠さえ見受けられない。
あまりにも機械的で無機質な、人工物によって象られた竜人……或いは、数多の兵装に塗れた威圧的な金属色の巨体とでも呼ぶべき存在が、そこに在った。
そして……
≪ほぉ〜ぅ……出力四割でこれほどの火力とは驚きであるなぁ。
流石は電脳魔法KANZAKI……否、我が圧倒的な実力のなせる業といった所か!≫
『はァ!? 』
「なッ、あの声っ!」
「……嘘だろ」
巨大ロボットから響く、威圧的に低い女の声。
それは三者にとって聞き覚えのある――かつ、当人らは二度と聞く事もないと思っていた――思いがけない相手のものであった。
≪恥知らずの人間ども! そして卑劣な裏切り者よ!
地上の王者が戻ったぞ! 悪しきものの敗北を引き連れてなぁっ!
……機体に不具合が発生した。暫し待て≫
巨大ロボットの、恐らくは内部で発せられているであろうハスキーボイス。
その主こそは……最早説明するまでもあるまい。
つい先程雄喜との"聖戦"に敗れ海へ沈んだ筈のドラゴン、不良警官が筆頭エールその魔物(ひと)であった。
「……ベン・タラー。あれはどういうことか、事情を説明して貰えるかな?」
『あァ〜……今一つお時間とご予算を頂けてりゃあ――ってなァ冗談ですが、小生としてもぶっちゃけ混乱してましてねェ。
フツーなら海落ちた奴ァ疑似生体構築プログラムで作っといた海棲の魔物娘や魔界獣なんかに捕まって海から出らんなくなる筈で、ましてあんなロボをKANZAKIの力も使わずポンと出すのも到底無理なんですが……
……や、待てよ? もし仮に……だとすりゃあ、そうなるからして……チキショウッ、何てこった!』
「どうしました、何かわかったんですか?」
『ええわかりましたとも! あの筋肉トカゲ、KANZAKIを不正利用してんでさァ!
ったく、脳筋の癖に狡い真似しやがらァ!』
「不正……」「……利用?」
『いかにも! そもそも小生は最終種目で反則やらかした時点で奴を見限りKANZAKIの制御権限を剥奪、
スマホからデータも抜き取り小生の許可無きゃ一切干渉できねーよう設定してたんです。
だがどうやら想定外ッ、スマホん中に破損してできた"データの切れ端"が残っていたようで……』
「その切れ端を起点として部分的にKANZAKIを行使しているわけか」
「あのロボットもそれで作ったってことですか? んな無茶苦茶な……」
『……兄さん、お嬢さん、まっこと申し訳ござァせん……
管理プログラムにあるまじき致命的な失態、どうお詫びをすりゃあいいやら……』
「詫びなんていらん、お前も被害者だろ。
今はとにかくあのメストカゲと金屑をどうにかしてやらんと……」
「メストカゲはともかく、金屑って……でも確かにあいつをどうにかしないことには海で遊ぶどころじゃないですねー。
折角タラーさんに美味しいものとか色々出して貰おうと思ってたのに……」
「まあ、仕方ないですね……タラー、何か武器とか出せるか?」
『出せねーこともありませんが……』
「何か不都合が?」
『ええ、まあそうそう有り得ねえとは思うんですが、向こうもKANZAKIを使ってる以上は小生が出したもんを無力化されたり奪われるっつー可能性もゼロじゃねーもんで……』
「なるほど、つまりステゴロか」
「いいですね、わかりやすくて」
『ええまあ、必然的にそうなりますわな――ってェェェエエエ!?
兄さんお嬢さん、今何と!? 聞き間違いでなきゃ、素手でアレと戦うって聞こえたんですがねぇ!?』
「そうですけど」「何か問題でも?」
『いや問題しかねェッ! あんな防衛相でも手古摺りそーな代物をなんで素手で相手取ろうとしてんですか! 危険過ぎまさァ!』
「……それもそうだな。何より大切な恋人を危険な目に遭わせるわけにもいかんか」
『そらそうでしょう! 序でにご自身の安全も考慮して頂きてえもんで!
対処法は小生の方で考えますんで、お二方ァ安全な所へお逃げ下せぇ!
いやあ、兄さんが物分かりのいい方で助か――
「というわけでマキさん、ここは僕に任せて貰えませんか?」
『――らねェェェエエエ!?』
「いやいやいやいや! この流れでそれはないでしょ! おかしいですよ!」
『そうだそうだ! 言ってやんなせぇお嬢さん!
言っちゃ何だが人間てなァ災害や兵器の前じゃ非力なモンよ!
折角守ってくれる奴が居んだから、そういう時ァ安全な所でホトボリ冷めるまでイチャコラしてりゃいいんでェ!
どっちも大判の正統派純愛エロ漫画で主役間違いなしのビジュアルしてんだからよォ!
てめーの命をわざわざ危険に曝す必要なんてありゃしねぇじゃねーかってんで! 止めに入ったお嬢さんはマジで正しいや!
いやもう兄さんが妙な事言い出した時はぎょっとしましたが、お嬢さんがマトモ――
「当然私も一緒に戦いますって!」
『――じゃねェェェエエエ!?
いやマジおかしい! 冗談抜きでどっちもおかしいぞコレェ!?
ちょっと兄さんお嬢さん? あんたらご自身で何言ってんだかわかってます!?』
「――然しマキさん、奴は冗談抜きでシャレにならない相手ですよ?」
「そんなのわかってます! わかってるからこそ私も一緒に戦うって言ってるんじゃないですか!」
『 聞 い て ね ェ ー ッ !
聞いてねえ! 聞いてねえよこいつら! 馬の耳に念仏ってか!?
確かに方や馬並みにデケェし、もう片方も走る西●屋どころか狸に懐かれた辛党さえ裸足で逃げ出すたわわぶりだけどぉぉぉ〜!?
なんだオイ! 呼吸するよーに奇行繰り返すぱっつん紅白ロン毛ノッポかよ!?
いや寧ろそっちにばっか栄養行ってて脳干物かこいつらッ!?
だったら脳味噌干物らしく思考停止してエロいことしてろよこンチキショーが!
おっぱい揺らしてちんちん勃てて! 揉むなり扱くなりぶちまけるなりぶち込むなりしてろってんだ!
白昼の浜辺、男女が水着で二人きりったらそれが定石じゃねーかァ!
あぁぁぁぁぁぁぁ畜生ぉぉぉぉぉ! どうしてこうなったァァァァァ! 誰のせいだコノヤロォォォォォ!』
姿なきAIが一人発狂しかけている最中にも、役者たちの言い争いは続いていた。
そして……
「――大切だからッ、愛しているからこそ危険な目に遭わせたくない……僕は貴女に生きていて欲しいんです! マキさんには、まだ未来があるじゃないですか!」
「それはわかりますよ……わかりますけど、それでもっ……こんな、守られるだけの立場を受け入れろなんて……!
私だって貴男に、ユウさんに生きていて欲しいのに……救いたいから、一緒に生きたいから、傍にいるって……わかって下さいよッ!」
お互い半泣きになりながら、柄にもなく恋愛ドラマ差乍らのやり取りを繰り広げていた。
そして……
「……しょうがないな。こういう強引なのはあまりやりたくなかったが……」
「えっ、ユウさん? 何ですかいきなり――」
「んっ」
「んンっ!?」
男優は乳牛の肩を取り対面、有無を言わさずその唇を塞いだ。
『ホぁっ!?』
全く予想外の展開に、AIは思わず――人工知能であるが故、あくまで感覚的なものとしてであるが――己の目を疑った。
「……っ、……」
「んっ、んんっ!? んんーっ!」
しかも驚くべきことに、二者の接吻は若干本格的でわりと長めに続いていた。
『……ありゃ絶対ェ舌突っ込んでんな、間違いねェ……。
しっかし、なんやかんやあってもキスか……となりゃ次は前戯、そんで本番と相場が決まってらァ。あの場でおっ始めちまうたァ聊か予想外だが、ここは一つ核弾頭にも耐えるぐれー頑丈なラブホでも作ってやるとすっかねェ〜……って、あらァ?』
二人を守るべく防壁代わりのラブホを出そうとして、タラーは異変を察知する。
長らく接吻を続けていた二者……より厳密には真希奈の様子が、どうにもおかしいのである。
『なんでェ、兄さんのが上手過ぎて失神しそうってか?
……いや、違ェ。ありゃ失神ってより……』
改めてよく観察しようとした、次の瞬間。
重なっていた二人の唇が離れたかと思うと、様子のおかしかった真希奈がぐったりと倒れ込んでしまったのである。
一見気絶したかのようにも思えたが……AIは真希奈の身に何が起こったのか、しっかりとその真実を捕らえていた。
その真実とは……
『……間違いねえ。お嬢さんめ、兄さんの腕ん中で寝てやがらァ……』
昏睡であった。
雄喜との長い接吻を終えた途端、真希奈はすぐさま安らかな表情で眠りに落ちてしまったのである。
性的絶頂からの失神などならまだわからなくもないが昏睡とは……タラーが再び観察しようとした、その時。
「タラー! ベン・タラー! 聞こえてるんだろう、返事をくれ!」
『へい兄さん、小生であればこちらにっ。して一体、何の御用で?』
タラーはこの時、てっきり雄喜から『彼女とゆっくりしたいので頑丈なラブホテルかクルーズ客船を出してくれ』との注文を受けるものとばかり思い込んでいた。
だが……
「彼女を頼む。傷一つつかないよう丁寧に守っていて欲しい。頼めるか?」
……現実は非情であった。
だがそこはこの男に誠心誠意真心込めて尽くす覚悟を決めた電脳魔法KANZAKIの管理者。口答えせずしっかり命令を聞き入れる。
『そりゃ勿論そうさせて頂きますが、兄さんはどうなさるんで?』
「決まってるだろう、あのトカゲを討ち金屑を片付ける」
『……どうしても行かれるおつもりで?』
「当然だろう、あんなもんがあったんじゃ目障りで仕方ない。
……とは言え当然、一人でってわけにもいかんだろうな。
タラー、マキさんを守る序でに僕の方も手伝ってくれないか?」
『ええ、そりゃ勿論そのつもりでしたが……然し何をすれば? 武器や兵器の類は奪われるリスクを考慮すると出すの躊躇っちまうし、ともすりゃセキュリティ面を強化しなきゃなんで手間もかかりますが……』
「ああ、心配するな。武器や道具を出してくれと言ってるんじゃない。
ただ僕の言う通りに、軽く手伝ってくれるだけでいいから」
そう言って雄喜はタラーに作戦を伝えた。
『ほ、本当にそんだけでいいんですかィ?』
「大丈夫だ、問題ない。必ず成功させ、マキさんとの性交に至ってみせるから」
『そのスラングは大抵失敗前提のヤツだしダジャレのキレもなんか今一じゃねえスか兄さん……』
ともあれタラーとの打ち合わせを終えた雄喜はそのまま浜辺に立ち、未だロボットの不具合と格闘中らしきエールと向かい合う。
≪――ぇえいッ! ここを、このようにしてッ!
即ちそこは、これであるからしてッ――
よしッ、直ったァ!≫
「ようエール。随分と長い間棒立ちだったようだが大丈夫かぁ?」
≪ぬぅ!? 貴様ユウ、どの面下げて我が前に現れたぁ!?≫
「そりゃこっちの台詞だアホトカゲ。お前僕に負けて海に落ちたんだろう? だったら大人しく海ン中で、手下どもとエア婚活の予行演習でもやってりゃ良かったんだ」
≪なにぃ!?≫
「だってのにお前と来たら、空気読まずに海から出て来やがって。
っていうか、なんだよその姿……さては唐草模様の変な果物でも食ったか?」
≪そんなわけがあるかァ!
これなるは"ドラゴアームズ・エイペックス"!
地上の王者たる我が産み出したる究極の力にして、神をも恐れぬ鋼の城塞であるぞ!≫
「つまりロボット兵器か、中に乗り込んで操縦するタイプの」
≪そうとも言う! 因みにスペックについてだが――≫
「ざっと見るに全高50メートル、全幅23メートル、全長60メートル。
重量は体格から見るに2600から3000トンって所か?」
≪……ッッ!? ふんっ、よ、よくぞ見抜いたなぁ!?
人間にしてはッ、やるではないかァ!
重量は2800トンだがぁ? それ以外はッ、大体正解だ!
さて、続いて武装だが――≫
「爪と牙は当然武器として機能するとして、両肩のそれはビーム砲か?
太腿はミサイル内臓、両腕のブースターみたいなのからはプラズマブレードが伸びそうだし、翼の丸い奴は突風を起こすファンに見えるが……。
胸部装甲はいかにも開きそうだな。中身は粗方大砲か、ドーム状の攻撃エネルギーを放出して周辺のものを無差別に破壊する技の発動装置と見た。
あとは、尻尾の先端がドリルにでもなってんじゃないのか?
といって海中に隠れてるから断言はしないが……。
ああ、口から炎やビームは当然出せるよな?
多分だが、クルーズ客船を裂いた光線がそれじゃないか?
それから――」
その後も雄喜は淡々と、エールに隙を与えぬまま"ドラゴアームズ・エイペックス"に関する考察を述べ続けた。
それら内容は彼にとって精々、思いつきからの私的な推測に過ぎなかった。
だが幸か不幸か彼の推測はほぼ的中しており、エールが述べる予定だった"真実"に限りなく近い情報であった。
しかもエール本人としては、隠れ潜み"ドラゴアームズ・エイペックス"を組み上げながら『この兵器の驚くべきスペックを聞かせ、奴を絶望のどん底に突き落としてやろう』と、海から出る瞬間を心待ちにしていたのである。
だというのに現実、それは叶わず……話を遮られ一方的に喋り倒された挙句、その内容も概ね事実……実質話を奪われてしまったとあっては、不快にならない筈もなく……
≪きッさまァ……我が部下どもを不当に痛めつけたばかりか、
我が心待ちにしていた絶好の見せ場を悉く奪い取りおってぇ……!
許さん……絶ッッッッ対に許さんぞ、畜生めがぁ!
最早貴様なんぞ人間とは思わんっ! 我が力にて徹底的に捻じ伏せた後、性処理用の愛玩動物として飼い慣らしてくれるわァ!≫
「なんだ、まるで愛を知らないダークエルフみたいな台詞だなぁ?」
≪……――……なに?≫
雄喜の軽口……彼の性格の悪さを考慮すれば何ら珍しくないそれを耳にした瞬間、エールの態度は目に見えて一変した。
≪おい外道ッ……今我に対し何と言ったぁ?≫
「なんと言ったって、そりゃあ――
≪我の台詞が"ダークエルフのよう"だとぉぉぉぉぉ!?
尚許し難し外道の悪鬼よ、王者の怒りを思い知れェ!
アトミック・バスタァァァァァァ!≫
ドラゴアームズ・エイペックスの口から放たれる、極太の熱線"アトミック・バスター"。
光線と見紛う程強烈な光を放つそれを、然し雄喜は驚異的な跳躍力で回避して見せる。
「……おかしくないかなぁ」
着地しつつ、雄喜はごく自然に呟く。
「そりゃ確かに差別や侮辱にあたるとは言え、お前がそこまでキレる理由として不十分だと思うが……
もしかして……友人知人身内なんかに、一族の歴史と伝統を何より重んじる、
一切合切非の打ち所のないほど清く正しく自他に厳しい生き方をしている、
とても誇り高く本当に素晴らしい至高のダークエルフ様でも居るのかな?
だとしたら謝ろう、すまn――
≪黙れえええエエエエエエエッ!≫
尚怒り狂ったエールは、自棄を起こしたようにビーム砲やミサイルを乱射……白昼の浜辺は一瞬にして戦場の如き地獄と化した。
『チキショウめっ、なんて威力だっ! たかがデータの切れ端からあんなもん作っちまうなんざ全く正気じゃねーぜ!』
その凄まじさはKANZAKIの管理者ベン・タラーも信じ難いものと表紙驚愕するほどであった。
然しこのAIが真に"正気でない"と感じたのは、ドラゴアームズ・エイペックスの持つ破壊力ではなく……
『しっかしよォ、全くおかしな話だぜ。
なんであのトカゲ、兄さんがダークエルフの名を出した途端目に見えて怒り狂いやがってんだ?
そらダークエルフと言やぁ今尚外野に誤解されがちな種族……地位向上のために動いたり保護や支援に打って出る団体がいるほどの不遇ぶり。
ならまあ兄さんの発言にキレる奴が居てもおかしくねぇ。つーかあんな台詞ポコポコ思いつく兄さんが真面目にわかんねーわけだが……それにしたってトカゲがキレんのも不自然だ。
同族ならまだしも何でダークエルフ侮辱発言に……そりゃ法を重んじ社会的な正しさを貫徹しよーとする社会派生真面目優等生ならわからんでもねーが、あいつがそうかってェとそれはねェ……だがだとしたらどうして奴はあそこまで……?
……読めねえなあ、全くよぉ。
しょうがねぇ、その辺は置いといて今はお嬢さんを守ることに集中しねーと……』
≪アトミック・バスタァァァァァァ!≫
「またそれか、芸がないなぁ」
何度目かの光線を、雄喜は軽々回避する。
着地後、男優は次の攻撃に備え身構える……だが、どうやらドラゴアームズ・エイペックスは再びの不具合に見舞われたらしく、またしても動きが止まってしまう。
≪ぐんぬぅぅぅぅ!? 何故だ、何故故障するっ!?
また修理せねばならんではないかぁぁぁぁっ!≫
「修理できるだけ有り難いと思えよ。
……さて、僕もそろそろやっちまうか。
タラー、頼むぞ」
『へい、畏まりやしたァ!』
棒立ちになるロボット兵器を尻目に、雄喜は姿なきAIへ呼び掛け"準備"に取り掛かる。
「……メイデュオンブリョショグリンカリジメロブリョミャファボリャガ、
エミョシャダコビリェフェジャウションエエ。
"ゴシュデェゴガ、フォムデェンロフォムダンゴ"ジャ。
デョデュビリェグロンコビリェロジャエフェシャジョイム……」
男優の口から唱えられたのは、何かの呪文らしき得体の知れない言語であった。
「コビリェロシュイミャファ。
オデェシェグロンシュイミャファ。
シャファガフォボリャデュオンブリョジェフェジウミョビリェデェジェミャファ。
シェグロンミャジュオシャン、ジュミミャジュウフェン、
シャコデェウグロンウグリンシュウミョビリェデェミャファフォベリャ……」
謎めいた"詠唱"が進むにつれ虚空から謎の文字か記号を象ったエネルギー体らしきものが現れ、
それらは男優の周囲を不規則な動作で浮遊し始める……。
「コショングシュジフェロジシェシュンムレデェミシェ、
コビリェデュシェンデェオジャロミュシュバリャファコファンジェ。
コビリェロアファビリェカエジュコブリョミャファ。
レジャフェグロンシュイガフェミョシェンビリェデェミャファ」
≪よしッ、これで直ったァ!
……って、なんだその薄気味悪い呪文はァ!?≫
「コビリェロオシュグイグションメカショショイム。
コビリェロデェングシュディブリョラウデェンガウフェガエ、
ゴシェンファジャウジャシェアデェイフェダミュシュ」
≪無視するなぁぁぁっ!≫
ロボット兵器の修理を終えたドラゴンが話しかけても、男優は意に介さず"詠唱"を続ける。
そこに他意はなかったが、然しプライドが高く怒りや敵意に囚われた巨竜はそれを故意に無視されたものと曲解し、当然の如く怒り狂う。
「コビリェログションミュグリンシュデェジグションメデェミャファ。
グションメファデョファンミカディアウミャファ」
≪おのれぇぇぇ! 調子付いていられるのも今の内だぞっ!
デストロイストォォォォォム!≫
「……ダロコションシャムショム、コションメフォミャジャ、
エミュグリンシェオシュファシェミジョブリョアシェジ。
グイコビリェシェガミブリョミャファロフォシュ、
ダファグシュデュイロラバリャグレンファメ……」
≪な、何ぃぃぃぃぃ!? 効いてないだとぉぉぉ!?≫
エールは怒りの余りロボット兵器の翼から突風を起こし吹き飛ばそうとするが、その攻撃をも意に介さず――不可視の障壁らしきもので守られながら――雄喜は詠唱を続ける。
≪ええい、だが我は諦めぬぞ! これでも喰らえィッ!≫
「フォビリェグロンコションロジョデュデェミエジャロ」
≪何、効いておらぬっ!? であればこれならどうだぁ!≫
「ジョファンオシュジャデェジ、ジェショボリャジャデェジオブリョシャジャファメ」
≪でえええい! これもダメかっ!≫
「オシュジャデェジダファシェグロンカミュシェ」
≪だりゃあああああっ!≫
「ジェショボリャジャデェジダファジュミカルブリョウ」
≪どらああああああっ!≫
「ダファエファジェ、シェンディエカミャジュジ」
≪ダメだぁぁぁぁぁっ! どうにもならんっ!≫
光線、熱線、榴弾、誘導弾……エールは様々な武装で雄喜を攻撃するも、彼を守る障壁はそれらの一切を無力化してしまう。
≪かくなる上は、これでどうだっ!
アトミック・バスタァァァァァァ!≫
「シェグランウリジャジュフンシュメジェカレボリャショム。
オシュロオシュフェガジュジラバリャグルングリンデェ。
メジェログロンミュシュンデェゴフェエミョシャダデェカ……!」
遂に大技アトミック・バスターさえも跳ね除け、詠唱は完了。それと同時に雄喜は光に包まれる。
≪ぬおぉ!? な、なんだぁっ!? 一体何が起こっている!?≫
光球と化した雄喜。その光量たるやアトミック・バスターを上回り、エールは思わず目を覆いながら困惑、攻撃の手も止まってしまう。
一方雄喜を覆う光球は加速度的に肥大化していき……
「……リム、デェム」
幽かな囁きを合図に、光球は炸裂。
程なくして眩い閃光は跡形もなく消え去った。
そして……
≪『……!?≫』
巨竜と姿なきAIは、揃って己の目を疑った。
と言うのも……
『オイオィ、こいつぁ……』
≪一体何が、どうなっているっ……?≫
嘗て雄喜の立っていた地点に、然し彼の姿はなく……
【――……――……】
代わってそこには、異形の爬虫類然とした"化け物"が佇んでいたのである。
21/09/17 16:57更新 / 蠱毒成長中
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