第三章【○産麺作り編】
彼がよくわからない男との勝負をしている頃、私は思い出した。
私は料理をすることが出来ない。逆に、彼は料理がとても上手い。
少し前に、どうしてそんなに料理が上手なのか、尋ねてみたことがある。
『ねぇ、どうして貴方は料理を作ろうと思ったの?』
『何? ……いや、特に理由はないな。強いて言えば、暇つぶしか』
『暇つぶしの割には美味しすぎるわ。誰に教えてもらってたの?』
『教えてもらったことはないぞ。私は城に来るシェフ達の作る様子を見て、それを真似していただけだ』
『ふーん……』
あの時の会話を思い出したあたしは、すぐに記憶の引き出しを引っ張り出していた。
ついさっきまで、あたしは気が動転して、手よりも目を動かしていた。その時、目に移っていたものは――
「ふふ……私が優勝……ボソボソ……勝ったら…………エヘヘェ……」
すぐ隣でなにやらにやけているあのケンタウロスだった。
ケンタウロスは料理が得意らしく、その手捌きは見事と言わざるを得ない。
けど――
(追いつけない速度じゃない!)
これでも旅をする前は、動きの早い鼠を目で追いかけ、素早く捕まえることが得意だった。
自分で作れないなら、真似るしかない! 出来は保証しないけど、これしかない!
『おっと、これはどういうことだ! 今まで鍋を凹ませたり粉をぶちまけていた選手番号十二番、シロ選手の手際が急に良くなったぞー!? これには観客も驚きを隠せない!』
「な、なんで急に……!?」
「くぅぅぅ、負けるもんかっ」
ケンタウロスの動きを横目で眺めつつ、その動きを真似ている内に、あたしの作っているソレが彼女のと同じ段階まで追いつく。
麺棒で生地を伸ばす作業――あたしは食器類のある場所に手を伸ばし、気づいた。
(麺棒が――ない!? なんで? さっきまであったのに! ……あっ、ひょっとして)
勝負が開始して早々、あたしは混乱のし過ぎで尻尾で鍋を叩きつけ、その衝撃で食器やらボールが飛んだ。
材料の粉も一緒に飛び散り視界がゼロになっていたからわからなかったけど、今見ると食器がいくつかなくなっている。あの時に吹っ飛んだのかもしれない。
これから記事を伸ばすというのに、これは致命的だ。
(麺棒の代わり……麺棒の……棒?)
あたしは咄嗟に、自分の尾を生地の上に乗せ、今度は力加減をしつつソレを伸ばしていった。
細かい力加減が苦手なのでゆっくりとした作業だけど、その間も進むケンタウロスの作業を盗み見る。
ケンタウロスは自分の尾で生地を伸ばす私に驚いているのか、少し動揺している。
(よし、出来た! あとは麺を切って茹でて……えっ、そんなに細く!? この包丁で!?)
やっと生地を整え終ったあたしはそれを麺の形にしようとし、包丁の大きさと他の魔物が切っている麺の細さを見てぎょっとした。
なんて細い――そして長い麺だろう。どうしてこの大きな包丁で、あそこまで細く出来るのだろう。
包丁を持つ手が、震える。
「……こうなったら」
多少太くても、多少大きくても、切るだけ切ってしまおう。
あたしは勝負に負けることよりも、勝負を捨てる方が彼に顔向けできないと思い、乱雑に包丁を振り下ろした。
『思うようにやればいい。結果はどうであれ、料理も勝負も、『気持ち』が大事だ。いくら美味い食い物も、中身がなければそれはただ味がするだけ』
『失敗を恐れず、どーんと立ち向かえ。失敗したとしても、胸を張って堂々としていろ。失敗は成功のもと、だ』
昨晩、彼があたしに言ってくれた言葉が頭を過る。
そう、あたしはあたしの思うようにやる。
失敗を気にせず、彼のために作りたいという気持ちを包丁に乗せ、麺を少しずつ切り分けていく。
切り刻めば次は、生地を伸ばし始める前に沸かしていたお湯にそれを入れる。これも他の出場者の動きを見てあらかじめやっておいたけれど、このためか!
(茹でたら次は――)
ケンタウロスがあたしに負けじと料理する手を進めてくれるおかげで、あたしも止まることなく作業が出来ている。
ふと視線を感じて観客席の方へ目を向けると、一番遠い所に、彼が立っていた。きっとあちらの勝負は終わっていたのだろう。
勝負は残すところ盛り付けのみ。ここからはあたしのオリジナル。
(これで、終わり!)
盛り付けを完成させると同時、司会者がストップの声を掛ける。
その瞬間、参加者全員が動きを止め、出来上がった料理が次々に審査員の元へ持っていかれる。
あたしの作ったものは、蕎麦だったらしく、それを審査員が食べ――
(って、そうだった! 食べるのは審査員だった! 忘れてた……)
今まで忘れていた事実を思い出し、またおろおろしていると、一番向こうで彼が微笑んでくれた。
審査は無事終わり、あたしは最下位こそ免れたものの、下から数えた方が早い評価だった。
一位はもちろん、あのケンタウロスだ。
「勝った! 私の勝利だ! 主、見ていましたかー!?」
一位になれた事がよっぽど嬉しいのか、あたしの事も忘れ、トロフィーを受け取るなりあの男の子の方へと駆けて行ってしまった。
一方あたしは、どう言おうかとその場で考えていると、彼の方からこっちへ来て、また微笑んでくれた。
「シロ、お疲れ様だ。今日の戦いは見事なものだったぞ」
「ほ、本当に?」
「ああ。まさか生地を伸ばすのに尻尾を使うとは思わなかったが、お前のあの作り方、ケンタウロス辺りのを真似ていただろう」
その言葉に、肩が跳ね上がる。
どうしてわかったの? まさか、盗み見していたのがバレていた? あの距離で?
「いや、お前の動きがあいつとほぼ一緒だったからな。多分そうなのだろうとは思ったが、違ったか?」
「……正解、あの女のやり方をずっと真似てたわ。まさか気づかれるなんて」
「職業柄、相手の動きを見るのが癖になっていてな」
「職業……なにしてるの?」
「もう辞めたものについては忘れたな、ハハハ!」
彼はなにかを誤魔化すように笑うと、その後急に真面目な顔になり、あたしの頭に手を置いた。
「よく頑張ったな。お前の作った麺は食べられなかったが、お前の気持ちは十分届いたよ」
「……言ってくれれば、また作るわ。料理もその……ちょっとは、楽しいし」
「なら、作りたい料理があれば言ってくれ。なんでも教えてやる」
くしゃくしゃと髪を撫でてもらえる事が嬉しくて、大好きな彼に気持ちが届いたことが嬉しくて、あたしは顔が熱くなり、うつむいた。
勝負自体には負けたけれど、この日はいつもより気分が良かった。
私は料理をすることが出来ない。逆に、彼は料理がとても上手い。
少し前に、どうしてそんなに料理が上手なのか、尋ねてみたことがある。
『ねぇ、どうして貴方は料理を作ろうと思ったの?』
『何? ……いや、特に理由はないな。強いて言えば、暇つぶしか』
『暇つぶしの割には美味しすぎるわ。誰に教えてもらってたの?』
『教えてもらったことはないぞ。私は城に来るシェフ達の作る様子を見て、それを真似していただけだ』
『ふーん……』
あの時の会話を思い出したあたしは、すぐに記憶の引き出しを引っ張り出していた。
ついさっきまで、あたしは気が動転して、手よりも目を動かしていた。その時、目に移っていたものは――
「ふふ……私が優勝……ボソボソ……勝ったら…………エヘヘェ……」
すぐ隣でなにやらにやけているあのケンタウロスだった。
ケンタウロスは料理が得意らしく、その手捌きは見事と言わざるを得ない。
けど――
(追いつけない速度じゃない!)
これでも旅をする前は、動きの早い鼠を目で追いかけ、素早く捕まえることが得意だった。
自分で作れないなら、真似るしかない! 出来は保証しないけど、これしかない!
『おっと、これはどういうことだ! 今まで鍋を凹ませたり粉をぶちまけていた選手番号十二番、シロ選手の手際が急に良くなったぞー!? これには観客も驚きを隠せない!』
「な、なんで急に……!?」
「くぅぅぅ、負けるもんかっ」
ケンタウロスの動きを横目で眺めつつ、その動きを真似ている内に、あたしの作っているソレが彼女のと同じ段階まで追いつく。
麺棒で生地を伸ばす作業――あたしは食器類のある場所に手を伸ばし、気づいた。
(麺棒が――ない!? なんで? さっきまであったのに! ……あっ、ひょっとして)
勝負が開始して早々、あたしは混乱のし過ぎで尻尾で鍋を叩きつけ、その衝撃で食器やらボールが飛んだ。
材料の粉も一緒に飛び散り視界がゼロになっていたからわからなかったけど、今見ると食器がいくつかなくなっている。あの時に吹っ飛んだのかもしれない。
これから記事を伸ばすというのに、これは致命的だ。
(麺棒の代わり……麺棒の……棒?)
あたしは咄嗟に、自分の尾を生地の上に乗せ、今度は力加減をしつつソレを伸ばしていった。
細かい力加減が苦手なのでゆっくりとした作業だけど、その間も進むケンタウロスの作業を盗み見る。
ケンタウロスは自分の尾で生地を伸ばす私に驚いているのか、少し動揺している。
(よし、出来た! あとは麺を切って茹でて……えっ、そんなに細く!? この包丁で!?)
やっと生地を整え終ったあたしはそれを麺の形にしようとし、包丁の大きさと他の魔物が切っている麺の細さを見てぎょっとした。
なんて細い――そして長い麺だろう。どうしてこの大きな包丁で、あそこまで細く出来るのだろう。
包丁を持つ手が、震える。
「……こうなったら」
多少太くても、多少大きくても、切るだけ切ってしまおう。
あたしは勝負に負けることよりも、勝負を捨てる方が彼に顔向けできないと思い、乱雑に包丁を振り下ろした。
『思うようにやればいい。結果はどうであれ、料理も勝負も、『気持ち』が大事だ。いくら美味い食い物も、中身がなければそれはただ味がするだけ』
『失敗を恐れず、どーんと立ち向かえ。失敗したとしても、胸を張って堂々としていろ。失敗は成功のもと、だ』
昨晩、彼があたしに言ってくれた言葉が頭を過る。
そう、あたしはあたしの思うようにやる。
失敗を気にせず、彼のために作りたいという気持ちを包丁に乗せ、麺を少しずつ切り分けていく。
切り刻めば次は、生地を伸ばし始める前に沸かしていたお湯にそれを入れる。これも他の出場者の動きを見てあらかじめやっておいたけれど、このためか!
(茹でたら次は――)
ケンタウロスがあたしに負けじと料理する手を進めてくれるおかげで、あたしも止まることなく作業が出来ている。
ふと視線を感じて観客席の方へ目を向けると、一番遠い所に、彼が立っていた。きっとあちらの勝負は終わっていたのだろう。
勝負は残すところ盛り付けのみ。ここからはあたしのオリジナル。
(これで、終わり!)
盛り付けを完成させると同時、司会者がストップの声を掛ける。
その瞬間、参加者全員が動きを止め、出来上がった料理が次々に審査員の元へ持っていかれる。
あたしの作ったものは、蕎麦だったらしく、それを審査員が食べ――
(って、そうだった! 食べるのは審査員だった! 忘れてた……)
今まで忘れていた事実を思い出し、またおろおろしていると、一番向こうで彼が微笑んでくれた。
審査は無事終わり、あたしは最下位こそ免れたものの、下から数えた方が早い評価だった。
一位はもちろん、あのケンタウロスだ。
「勝った! 私の勝利だ! 主、見ていましたかー!?」
一位になれた事がよっぽど嬉しいのか、あたしの事も忘れ、トロフィーを受け取るなりあの男の子の方へと駆けて行ってしまった。
一方あたしは、どう言おうかとその場で考えていると、彼の方からこっちへ来て、また微笑んでくれた。
「シロ、お疲れ様だ。今日の戦いは見事なものだったぞ」
「ほ、本当に?」
「ああ。まさか生地を伸ばすのに尻尾を使うとは思わなかったが、お前のあの作り方、ケンタウロス辺りのを真似ていただろう」
その言葉に、肩が跳ね上がる。
どうしてわかったの? まさか、盗み見していたのがバレていた? あの距離で?
「いや、お前の動きがあいつとほぼ一緒だったからな。多分そうなのだろうとは思ったが、違ったか?」
「……正解、あの女のやり方をずっと真似てたわ。まさか気づかれるなんて」
「職業柄、相手の動きを見るのが癖になっていてな」
「職業……なにしてるの?」
「もう辞めたものについては忘れたな、ハハハ!」
彼はなにかを誤魔化すように笑うと、その後急に真面目な顔になり、あたしの頭に手を置いた。
「よく頑張ったな。お前の作った麺は食べられなかったが、お前の気持ちは十分届いたよ」
「……言ってくれれば、また作るわ。料理もその……ちょっとは、楽しいし」
「なら、作りたい料理があれば言ってくれ。なんでも教えてやる」
くしゃくしゃと髪を撫でてもらえる事が嬉しくて、大好きな彼に気持ちが届いたことが嬉しくて、あたしは顔が熱くなり、うつむいた。
勝負自体には負けたけれど、この日はいつもより気分が良かった。
14/12/30 22:44更新 / らーそ
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