連載小説
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2.麓の街
シロが暮らす山の麓にある街、ラシッド。この町は王国の支配下に置かれていない。

『来る者拒まず、去る者追わず』をモットーとするこの街は、
教団から破門された信者、何らかの理由で魔界を追われた魔物、没落した貴族等、
俗に言う『訳あり』の者達で構成されている。
彼らの殆どは、自らが抱える問題に神経をすり減らす日々に疲弊しており、
自分の事を誰も知らないこの地で穏やかに過ごしたいと思っている。
無用な争い事は好まないし、他人に対して無駄な詮索はしない。
国に対して反乱を起こす事も無く、納税や兵役といった義務を遂行する能力がある訳でも無い。
つまり、王国からしてみれば、支配する必要は無いし、支配下に置いた所で利は無いのだ。
かつてはそれでも強引に支配下に置こうと企てた者もいたが、
元軍人や、分裂した盗賊団の頭等もいるこの街の自衛力は高く、
寄せ集めに見えても、似たもの同士の集まり故にか意外と団結力もあり、
襲撃をかけた者達は悉く痛手を負い、損害のみを手に入れて帰っていった。
今ではこの街とビジネスライクな付き合いをする者はいても、支配を目論む者はいない。

「この街ともお別れかぁ・・・」

感慨に浸るシロを尻目に、エトナはこの街に関心を示していた。

「アタシもそこそこ色々な街に出向いた事はあるけど、ここは初めてだな。
 なぁシロ、折角だから適当に案内してくれよ」

「構いませんよ。ただ、そんなに面白い所はないと思いますけど」



「ここはラシッド中央広場。買い物はいつもここでしていました」

「ほー、確かに結構賑わってるな」

周りに何本か道が伸びているこの広場には、野菜や果物といった、
食料品の類を初めとして、革細工や宝飾品、武器や防具、
果てには幻の秘薬や、需要があるのかどうかも分からない際物等々、
とにかく様々な物が置かれている屋台が立ち並ぶ。

「大特価! パルトラ産の赤ワインが王国銀貨4枚!」
「サイクロプスが鍛えたこの銘剣、金貨11枚でどうだ!」
「このキラキラ光った銀貨3枚! 金貨3枚と交換するぞー!」
「おいなんか明らかにおかしいの混ざってるぞ」
「エトナさん、気にしたら負けです」

「でも確かに、ここなら何でも揃いそうだな。ところでシロ・・・あれ?」

いつの間にか、エトナの隣にいたシロがいなくなっていた。
何処に行ったのかと辺りを見回すと、広場の真ん中に出来ていた、人集りの中にいた。
赤と青の縦縞模様の服を着た怪しい男の隣に、シロは立っている。

「ご用とお急ぎでない方は寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これよりご覧に入れるは
 世にも珍しい神技の数々! この少年の織り成す美技をとくとご覧あれ!」

大げさな身振りをしながらそう言うと、男はシロに5つのボールを手渡した。
それを受取ったシロは、そのボールで見事なジャグリングを披露した。
観衆から盛大な歓声が上がり、おひねりが投げ込まれる。

「すげぇ・・・そこらの大道芸人なんか目じゃねぇな・・・」

感心しながら、エトナは人集りへと歩を進めた。



それから1時間後。

「皆さん、ありがとうございました」

両手を腿の前で合わせ、恭しく一礼するシロ。
どうやら、全ての演目が終了したようである。

「今回も楽しかったぞ、坊主!」
「そこのシマシマ! お前も何かやれよ!」
「あのっ、皆さん!」

突如、シロが声を上げる。

「今まで、僕の拙い演芸をご覧になって頂き、本当にありがとうございました。
 ・・・僕の芸を皆さんにお見せするのは、今回が最後です」

辺りから驚きの声が響き渡る。
中には、シロが何故こんな事を言うのか分からず、怒号を飛ばす者もいた。

「先日、僕はある方に出会いました。その方に言われたんです。
 『両親、殴りに行かないか』って。
 僕はここに来てからは、山とこの街以外のどこかに行った事はありません。
 生活するにはそれで十分でしたし、特にどこかに行きたいとも思いませんでした」

真顔でゆっくりと語り始めたシロ。
辺りは少しずつ静まり、やがてシロの話す声だけが響くようになった。

「世界には、僕の知らない面白い事がたくさんあるんだって、その方は言いました。
 ・・・嘘を言っているように見えないんですよ。
 嘘を言うような人の瞳が、あんなに澄んでる訳が無い。そう思ったんです。
 ここにいる皆さんの殆どは、ここ以外の場所であまりいい思い出は無いと思います。
 僕もその一人ですしね。だけど、僕はその方と一緒に、世界中を回ってみたくなりました。
 だから、僕はその方と一緒に旅をしようと思ったんです。ですから・・・」

「おい坊主!」

シロの前に、大柄の男が立った。
その目つきは鋭く、シロを睨んでいる。

「お前の言った通り、俺達は外の奴らを信用してねぇ。
 そんな誰とも分からない奴と旅に出るって、本気で言ってるのか!?」

大きな声で、怒鳴りつける男。
それを真っ直ぐに見上げ、シロは力強く言った。

「本気です」



(・・・シロ!)

人集りの後方でシロの演芸を見ていたエトナは、この展開に驚いていた。
どこをどう見ても、シロとその前にいる男を取り囲む空気は良いものに見えない。

(こうなりゃあの男を殴って・・・いや、そしたらシロはどう思う?
 多分それはあいつの望みじゃねぇ・・・けどじゃぁどうすりゃいいんだ!)

拳を震わせ、どうしたらいいか思案に暮れるエトナ。
しかし、その問題はすぐに解決した。

シロの前に立っていた男が、突然笑い出したのである。

「ぶあーっはっはっはっはっは! 負けだ、俺の負けだ坊主!
 そんなクソ真面目な顔で『本気です』なんて言われちゃあ無碍に出来ねぇよ!
 好きなだけ行って来いやこの野郎!」

そう言いながらシロの肩を叩く男。
同時に、辺りからもシロへの様々な声が響き渡る。

「お前は結構人を見る目ありそうだしな!」
「そいつが誰かは分かんねぇけど、達者でな!」
「出来る事なら二度と帰ってくんな! お前はこんな吹き溜まりよりも
 明るいところの方がずっと似合うからな!」

群衆の声援を受け、笑顔になったシロ。
シロはもう一度、頭を下げた。



「いやー、一時はどうしようかと思った。あいつが何かしたら
 すぐにぶん殴ろうと思ってたけど、杞憂だったな」
「気持ちは嬉しいですけど、そんなに簡単に暴力を振るおうとしないで下さい・・・」

『次は、いつもお守りを作って頂いている魔術師の方の所へ行きましょうか』
というシロの言葉を受け、一緒に歩くエトナ。
二人は広場での出来事を話し合っていた。

「確かに荒っぽい人は多いですけど、皆根っこはいい人ですから」
「そうなのか? それ単にお前がお人好しなだけって気がするんだが」
「本当ですって。そうじゃなきゃお手玉とかしただけで
 あんなにおひねり投げませんよ」
「いや、あれはアタシだって投げるわ。・・・だけど、本当にずいぶん来たな」

演芸で飛んできたおひねりは今、シロの持つ革袋の中に入れられている。
その中身は銅貨が数十枚。銀行に行けば銀貨に交換してもらえる量である。

「ま、旅するに当たって先立つものはいるし、ありがたいこった」
「ですね。・・・あ、あれが魔術師さんの家です」

そう言ってシロが指差したのは、レンガ造りの小さな家だった。



「こんにちはー」
「あぁ? 誰・・・って何だお前か」

そこに居たのは、黒いローブに身を包んだ、いかにも「怪しい魔術師」といった風貌の壮年の男。
彼は椅子から立ち上がると、玄関へと駆け寄る。

「どうした。お守りならこの前作っただろ?」
「それなんですけど、あれをできるだけたくさん作って欲しいんです」
「は? そりゃまたどうしてだ?」
「僕、この街を出ることにしまして」
「・・・は?」

困惑する男。
それを見ていたエトナは、シロにそっと囁く。

(もうちょっとしっかり説明した方いいだろ)
(そうですか? 別に興味のない事を話されても・・・)
(いやいや、興味のあるなしじゃなくて、理解してもらう為にだ)

「えっと、ブアラさん。別にこの街が嫌になったとか、そういうのじゃないんです。
 僕、旅に出るんですよ。この方と一緒に」
「旅だぁ? ・・・ってえぇっ!? 何でこんな所にオーガが!?」
「居たら悪いか?」
「いや、そんな事はねぇが・・・お前か? こいつと旅に出るってのは」
「その通り。アタシがシロを旅に誘った」
「・・・シロ?」
「ブアラさん、僕はこの方に名前をつけてもらったんです」
「ほー、名前な。ちなみに、何で『シロ』にしたんだ?」
「こいつ色白だなーって思ったから」
「・・・安直すぎね?」
「黙れ」



「・・・と言う事なんです」
「両親探しながら、世界中を見て回るねぇ・・・」

ソファーにシロとエトナを座らせ、お守りを作る、魔術師ことブアラ。

「正直俺はあんまり勧められねぇけど、お前がそう思うんなら仕方ねぇな。
 とりあえず1年分くらい作っとくから、失くすなよ?」
「分かりました。ありがとうございます」
「おう。とりあえず今日は泊まってけ。明日の朝までには出来上がるから」
「え、そんな・・・悪いですよ」
「いいからいいから。俺からの餞別だと思っとけ」



翌朝、2階の寝室から下りてきたシロ。
そこには、左手に6個のお守りを持ったブアラがいた。

「ほら、完成したぞ、『シロ』」

『シロ』の部分にアクセントを置いて、お守りを差し出すブアラ。
それを受取るシロは、少し恥ずかしそうな表情をした。

「あはは・・・ありがとうございます」
「ほいほい」

その時、エトナも2階から下りてきた。

「んぁーっ・・・お、何だ起きてたのか」
「あ、エトナさんおはようございます」
「おうおはよう。シロは任せたぞ」
「あぁ勿論。アタシが絶対にシロを守る」

そう言いながら、エトナは自分の左胸を拳で叩いた。



「それじゃ、行ってきます」
「おう、達者でな」

エトナと一緒に街の外へ向かって歩くシロ。
ブアラはそれを手を振りながら見送る。

やがて二人が見えなくなるまで手を振り続けた後、ブアラは家の中へ戻り、呟いた。

「まさかあいつが旅に出るなんてな。・・・けど、もっと驚いたのはあのオーガだな」

椅子に座り、もう一度呟く。

「早く気付いてやれよ、シロ。多分そいつみたいな魔物は二人といねぇ」
13/09/02 21:48更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
そこそこお久しぶりです。
さて、前回二人旅が始まったとか言っておきながら、
まだ街を出ただけですごめんなさい。
まぁ今回、「本格的に」始まったという事でここは一つ・・・
痛い痛い! 石投げないで! 思ったより痛い!

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