28.情けは人の為ならず
一夜明け、馬車の中。
シロは未だ、隅っこで体育座りをしたまま。
「ははっ・・・はははっ・・・」
危ない意味しか持たない引き笑いを零す様になったことくらいしか、変化なし。
自身の惨状が相当堪えたらしい。
「シロー。むにー」
「あひゃは・・・ひゃは・・・」
「むににー・・・ダメだこりゃ」
伝家の宝刀、ほっぺた引っ張り療法も効果なし。
となると、残された方法は。
「・・・・・・ぎゅっ」
「あひっ!」
ズボンの上から、握る。
瞬く間に硬度を増していく、股間。
「今度は普通に、優しくしてやるから。な?」
「・・・はい」
インキュバスの性欲には、抗えない。
最もシンプルで、最も効果的な、シロを立ち直らせる、新たな方法。
それが、確立された。
娯楽都市シャルクを一頻り楽しんだ二人。
この街であったことを思い返してみる。
「お酒に酔っておかしくなって、娼館の3Pでおかしくなって、
コスプレでおかしくなって・・・」
「もしかしなくても、ヤってばっかだったな。普通じゃない感じに」
「僕もそれしか出てきません。ただ、やっぱり最大の変化は、
僕が完全にインキュバスになったってことですね」
「いつなってもおかしくなかったけどな。あれだけ精が出て、魔力ブチ込まれたし。
娼館の時の相手がサキュバスだった、ってことが大きかったか?」
「かも、しれませんね。サキュバス種は総じて、魔物娘の中でも、魔力の保有量が多く、
それを流し込む力も大きいと聞いたことがあります。とはいえ、殆どは
エトナさんから貰ったものですけど」
「だろうな。・・・んじゃ、とりあえず次の街まで二、三戦するか!」
「(寧ろこっちの方からお願いしたい位だけど・・・)
いやその、したいですけどまだ本調子じゃ・・・」
「欲望には従順になれ! そりゃーっ!」
「うわーっ!?」
インキュバスなりたてのシロは、まだまだ固さが取れないが、
一つの壁を乗り越え、これからは加速度的に、インキュバスらしくなっていくだろう。
期待するエトナと、精神と肉体を一致させることが急務となったシロ。
愛し合う二人を乗せ、馬車はゆっくりと、次の街へと歩み出した。
「とりあえずフェラで湿らすか。ほら、楽にしろ」
(敵わないなぁ・・・敵わなくても、いいけど・・・♥)
その日の夜。
街を出てからずっと交わり続けていたが、遂にシロが力尽きた。
「もう・・・動けません・・・」
「お疲れ。それじゃ、アタシのおっぱいで遊ぶか」
精力は問題ないが、体力が足りない。
疲れ切るまでした後は、エトナがシロの玉袋を揉んだり、シロがエトナの乳を吸ったりと、
絶頂を促すのではなく、ゆるゆると疲れを抜きつつ、余った性欲を満たす時間。
「んー・・・ちゅぱっ、ちゅー・・・・」
「うんうん。ちゃんと子供らしくもなれよー。好きなだけしゃぶっていいからなー」
生まれてすぐに教団に引き取られ、抜け出した後は一人暮らし。
愛情を受けずに育ったシロは、女性の象徴である、乳房に執着心を持っている。
他、太ももや二の腕等、柔らかい部分に触れていることを好む。
性欲は増加したが、性的嗜好は変わっていない。
エトナは、どちらかが眠りにつくまで、静かにシロを受け入れる。
片方の手で陰嚢を撫でるように揉んでいる時、もう片方の手は大体、頭に添えられている。
柔らかで癖の無い髪を手櫛で梳いたり、時折匂いを嗅いだり。
「綺麗だよな。これ、どうやってんだ?」
「んちゅっ。普通に洗って、よく拭いて乾かして、香油つけてるだけです。
エトナさんも、ちゃんと手入れすればいいと思うんですけど」
「言っといてなんだが、面倒臭ぇ」
「それじゃ、今度からは僕にやらせて下さい。それで、ポニーテールにして下さい。
きっと、もっと素敵になると思うんで」
「・・・うん、頼んだ」
ピロートークを交わしながら、夜は更けてゆく。
この二人の間に、邪魔など・・・
「・・・んっ?」
「えっ?」
あった。
「・・・何か聞こえたな。ちょっと待ってろ。外見てくる」
「はい、気を付けて下さいね」
身なりを整え、僅かに開けたドアの隙間から、外の様子を窺う。
聞こえてくる音が大きくなるごとに迫る影がいくつか。
この辺りは木が生い茂っている場所、そして、この時間帯。
そんな中、来る輩といえば。
「ここを通りたかったら、金出しな!」
当然の如く、夜盗の類。
数は3人、手に持っているのはナイフ。
「・・・・・・あぁうん、知ってた」
溜息をつきながら、扉を開ける。
二人の時間を邪魔されたエトナは怒り心頭。
だが、シロは基本的に暴力を嫌っている。
なら、手短に、かつ与える傷は最小限に追い払う事に・・・
「お、姉ちゃんいい乳してんじゃん?」
「お金なかったらそれ揉ませてくれるだけでもいいッスよ?」
する予定だったが、どうやら彼らは頭が弱いらしい。
「失せろ!!!」
懐に飛び込み、右ストレート、ハイキック。
瞬く間に2人を倒し、3人目を・・・
「ごめんなさいっ!!!」
と思ったところ、その対象は何故か、土下座していた。
よく見ると、彼だけナイフを持っていない。
「僕はやめようって言ったんですけどあの二人が! だから僕は悪くな・・・
いや止められなかったから同じですけどごめんなさい本当にごめんなさい!
お願いですから許して下さい!」
謝罪の言葉こそ場当たり的ではあるが、態度は悪くない。
こう、やや過剰な位に反応されてしまうと、エトナはどうしていいか分からない。
「・・・とりあえず顔上げろ。事と次第によっちゃ見逃してやらんこともない」
騙し討ちの可能性も考慮し、身構えたままでいたが、相手は普通に顔を上げるだけだった。
表情は完全に恐怖に塗りつぶされており、抵抗の意志など微塵も感じられない。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! どうしようもなかったんです!」
「どうしようもなかった? どういうことだ?」
「路銀が尽きて、食べられるものなかったもんで、もうこれしか・・・
城下町に戻れば、ギルドから報酬金出るんですけど、そこまで持ちそうになくて・・・」
どうやら、この三人組は依頼帰りの冒険者らしい。
強盗をしようとしたのもこれが初めてで、出来るならしたくはなかったようだ。
「3人がかりならどうにかなるってことでこうしたんですけど・・・
本当にすいませんでした!!!」
「成程な・・・だが、お前らがやったのはやっちゃいけねぇことだ。
その態度は立派だが、お前もタダじゃおかねぇ。・・・うらっ!」
ビシッ、と音が鳴り響く、強烈な平手打ち。
謝罪はしたということで、グーで殴るのは勘弁してやった、というところか。
「・・・本当に、すみませんでした!」
痛みをこらえながら、もう一度土下座。
この姿を見る限り、心の底から反省しているようだ。
(あの二人はともかく、こいつはまだまともそうだな。
それなりに制裁は下したし、一応シロにどうするか聞いとくか)
馬車に戻る中、ふと思う。
(路銀無いって言ってたな・・・あ、コレ多分・・・)
何となく、シロの回答の想像がついた。
彼の性格上、ほぼ間違いない。
「うめぇ・・・うめぇよ・・・」
「二日ぶりの炭水化物! 二日ぶりの、水以外のメシッス!」
「乾パンって、こんなに美味しかったんですね・・・」
「お疲れ様でした。急に詰め込むと胃に悪いですから、ゆっくり食べて下さいね」
(・・・まぁ、こうなるわな)
状況を知って、軽くご馳走。
やむを得ず夜盗をすることになった彼らに食料を差し出し、
「とりあえず、お腹満たしてからにしましょうか」
という、優しい言葉をかける、
相変わらずのお人好しぶりを遺憾なく発揮した。
「坊主! いや、兄貴と呼ばせて下せぇ!」
「いやいや、そんな大したことでは」
「アンタは神様ッス! こんな俺たちにメシをくれるなんて!」
「結構、量ありましたし、次の街で買い足すつもりでしたので」
「本当にすいませんでした! こんな、こんなことまでして頂いて!」
「もう謝るのは止して下さいよ」
といっても、それがシロの持ち味であり、人を惹きつける力である事も事実。
それに、彼は人を見る目がある。優しくする相手を間違えたりはしない。
「姉御! 身の程知らずな馬鹿ですいませんでした!」
「分かればいい。あと姉御はやめろ」
「ヘラヘラしてた俺に喝、ありがとうございまッス!」
「その気合は別の方へ回してくれ」
「殴り足りませんよね? 僕で良かったら思いっきり!」
「何でキラキラした目でんなことほざけるんだよ」
勿論、エトナにも感じ入っている三人。
元は普通の冒険者であったし、改心は早い。(手の平返しが酷いとも言えるが)
「「「ごちそうさまでした!!!」」」
「はい、お粗末様でした」
「兄貴、姉御、このご恩は一生忘れません! というか、今すぐにでも返します!
何か、俺達に出来ること無いですか?」
流石にここまで施しを受けて、何もせず帰る訳にはいかない。
三人組は全員、何らかの形で恩を返したいと思っている。
「そうだ、用心棒とかどうです? 俺らが二人を守るッス!」
「お前ら、10分前思い出してみ」
「あっ」
「姉御いりゃ必要ないよな。んじゃ金とか? このナイフ売ればそれなりの額に」
「それ、冒険道具店で結構よく見るんですが」
「僕も結構見てますし、二束三文ですね。それ以前に、これギルドからの借り物です」
「忘れてた。・・・おいどうする、何も出来ねぇぞ俺ら」
返せるものが、何一つとして浮かばない。
夜盗を働いた自分たちに食料の提供までされたのに、何も出来ない。
「そもそも、恩返しなんて必要ないですよ。好きでやったことなんですから」
「アタシは腑に落ちねぇけど、シロが言うからメシをやった。
そして、見返りを求めてねぇってトコは一緒」
シロは基本的に、自分を勘定に入れない。
タリアナでの活躍で一番気にしたのが、領主の間の扉の弁償。
ロコでのオムライス作りも「誰の手柄かはどうでもいい」発言と、とことん欲が無い。
そういったところをエトナは気にしているが、「シロなら仕方ない」ということで、
受け入れる事にしているし、彼女の行動原理はシロ優先。
となれば、二人が冒険者達にお礼を要求することはない。
それでも、彼らは食い下がった。
「いや、このまま帰ったら一生後悔します、何も出来なかったって!
何か、何かしたいんス!」
「何かって言われてもな・・・特に、何もないぞ?」
「くそっ、僕たちは・・・ロクに恩も返せないのか!」
「・・・いや、待てよ」
三人組の真ん中、恐らくリーダー格の男が、何か考えついたらしい。
「兄貴、姉御。何か、知りたいこととか無いですか。
俺の知り合いに情報屋やってる奴がいるんですけど、そいつに話つけます」
情報の提供。
王都で集めようと思っていたものを、一歩先に手に入れることが出来るという、この提案。
「どれくらいの情報持ってんだ?」
「腕は保障しますよ。あいつにかかれば行方不明者の捜索から王妃のスリーサイズまで、
3日もあれば知れますから」
(となると・・・)
シロとエトナの、旅の最終目的、『シロの両親を殴る』。
その為には、両親の所在地がどこであるかを、知る必要がある。
恐らくは、シロの生まれた土地だと思われるが、何せ、引き取られた時のシロは赤子。
出身地はおろか、顔も、名前も朧。唯一確かなのは、教団と金貨一万枚の取引があったこと。
もし、その情報屋とやらの力が、冒険者の言う通りのものであれば、
この僅かなヒントで、所在地を割り出してくれるかもしれない。
「・・・お願い、出来ますか」
「勿論! というか、させてくれ! そうでもしねぇと、気が収まらねぇんだ!」
「役立たずかもしれませんけど、ついでに用心棒も兼ねるッス!」
「僕、夜目が利くんで、深夜の見張りは任せて下さい!」
シロの優しさが、まさかまさかの一番欲しいものとなって返ってきた。
思いがけない収穫に、シロは笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! それじゃ、宜しくお願いしますね!」
「はい! そういう訳で姉御、これで礼をさせてもらうってことで、何とか!」
「何とかも何も、むしろありがたいわ。どうせ城下町に行く予定だったし、乗ってけ。
運賃は護衛代と相殺させとくからよ」
「マジッスか!? 何から何まで・・・ありがとうございまッス!」
それぞれの目的地は一致している。
シロとエトナ、冒険者三人組一同を乗せ、馬車は進んだ。
もう一度夜を明かした頃、城門が見えてくる。
朝日に映える真っ白な城壁は、流石は王都への直通経路の城下町、といったところか。
「周辺異常なし! このまま進んでもらって構いません!」
「兄貴、姉御。本当にありがとうございまッス! このご恩は一生、忘れないッス!」
「着いたら案内しますよ。情報屋の場所も含めて」
「では、宜しくお願いしますね」
「ま、今度からはメシと金、しっかり用意しとけよ」
王都への足掛かりの一つ、軍事都市ゲヌア。
軍事都市と言うだけあって、王国軍の駐留所を始めとする軍事施設が充実している。
他、冒険者ギルドや鍛冶屋など、戦うことに関わるものは一通り揃っている。
王都を中心にして南は山、北は教団領、東は別の街、そして、西にゲヌア。
このような形である為、他国が王都へ攻め込むとなると中々に骨が折れる。
要所となるこの街が軍備を固めているのは、至極当然のことである。
「うぉーっ! デケェ!」
「あれ大砲ですよね? それにしても巨大すぎやしませんか?」
「あぁ、あれはお飾りッス。一応、観光名所的なものをつくるべきかなってことらしいッス」
天を衝くかの如く聳え立つ、金色の巨大な大砲。
ゲヌア名物、『完全勝利のゲヌア砲』である。
「何か、維持費結構かかるんで、もうこれ取り払って軍備拡張すべきじゃないかって話も」
「でもこれ、集客効果はありそうですし、象徴的な存在ですよね。
どうにかならないものなのでしょうか」
「取ったら取ったで寂しくなるだろ。アタシもこれ、残してほしい」
「姉御みたいな意見が多くて、現在保留って形らしいッス」
「ここにいても歓声が聞こえますね」
「あるとは思ったが、デケェな。今やってるのは・・・リザードマンVS剣闘士か」
「娯楽関連はシャルクに持ってかれてますが、ここは譲れないッス!」
兵士たちの訓練や、有力な人材の発掘なども兼ねての試合が繰り広げられる、闘技場。
観戦は勿論、勝利予想賭博もあるので、財源の確保にもなる。
「何だったら姉御、出てみますか? ブロンズクラスなら無条件で出れますよ」
「んー、考えとく。試合のレベル次第だな」
「ケガだけはしないようにして下さいね」
「その点は大丈夫ですよ。ルールがしっかり決められてるんで、死人や重傷者は出ていません。
医務室も完備してますし、多少のケガや傷くらい、問題ないですよ」
「おっと、一旦ギルド行ってきますね」
「はいよ。・・・ここもデケェなおい」
「色々と不必要に大きいですよね。ゴブリンが治めてたりするんですかこの街」
ギルド自体はどの街にもあるが、この街は冒険者向けの求人・依頼特化。
猛獣の討伐、要人の護衛など、戦闘が絡むものがほとんどである。
「こっちは賞金首のポスターか」
「・・・あ、この人ラシッドで見ました。賞金かかってたんですね。
通りでやけに顔隠してるなと」
戦闘力があれば、経済力にもなる。
シャルクは金が全てであるように、ゲヌアは『力』が全て。
力無き者は、この街では生きていけない。
「ただいまッス。兄貴、姉御、本当にありがとうございました。
それじゃ、俺はここで失礼するッス」
「僕もこれで。後はクラックさんに宜しくお願いしますね」
どうやら、この三人は元から組んでいた訳では無く、依頼限定のパーティーだったらしい。
二人がそれぞれ別の道へと向かった後、リーダー格の男、クラックが戻ってくる。
「お待たせしました。それじゃ、案内します。
・・・察してるとは思いますが、絶対にバラさないで下さいよ。基本、俺からの紹介でしか、
場所は知らせないことになってるんで」
「心得ました。お約束します」
「バラす意味もないしな」
情報は、ギルドで集めることも出来るし、その方が正確かつ確実。
しかし、時としてモグリの情報屋は、金貨数百枚クラスの情報を所有していることもある。
『情報力』も、立派な力の一つだ。
「ここです」
「裏通りから細い道を何本か通った所にある入口の分かりづらい廃屋の、
これまたどう行くのか分かりにくい中庭の隠し階段を通った先の地下・・・」
「そら分かる訳がねぇよ。アタシだったら場所分かれば壁壊しながら真っすぐ行くけど」
「・・・僕、ようやくエトナさんの規格外さを理解出来るようになったかもしれません」
薄暗い階段を下り、扉を開けると部屋が一つ。
その奥に、情報屋らしき女が佇んでいた。
「いらっしゃい。『紅い月夜に』」
「『鮮血の匂い』」
「正解。久しぶり、クラック」
シロよりも更に白く、透き通るような肌に、色素の薄い金髪と、対照的に真っ赤な瞳。
どこか人間離れした美貌を持つ女・・・実際、彼女は人間ではない。
「720時間ぶりね。ここに人を連れて来た時だけで言うなら2160時間くらい」
「素直に一ヵ月、三ヶ月って言えや。あと、毎度毎度この合言葉いるか?
お前なら匂いで分かるだろ?」
「えぇ。それでも」
外套で覆っていた、口元には。
「ヴァンパイアは、完璧主義者なの。
たとえ1%でも、削れるリスクは削る。そういう種族だから」
鋭く光る、牙が覗いていた。
「クラックが連れて来たというのなら、それなりに敬意を払うべき相手ということ。
だけど、この稼業をしている以上、私は名を明かす訳にはいかないの。ごめんなさいね。
呼ぶ時は・・・そうね、イリスとでも呼んでちょうだい」
椅子に身体を預け、リラックスした状態で。
ルージュの塗られた唇から出る声は、それだけで男を魅了できる程に妖艶。
「貴方達も名乗る必要はないわ。で、依頼は何かしら?」
「人探しですね。・・・イリスさん、依頼者が提供した情報を更に他の人に提供する例ってありますか?」
確実なヒントは、息子が『破魔蜜』であり、教団に金貨一万枚で売られた事。
これを魔物娘、それも情報屋相手に伝えるとなると、相当なリスクを負う事となる。
「無くは無いわね。そんな事を聞くって事は・・・訳アリか」
「イリス、この二人は俺にとっては恩人なんだ。上積みは出すから、頼む」
「ふーん、嫌に熱心ね。ま、貴方の頼みなら断らないけど」
クラックとイリスの二人に、どんな関係があるのかをシロとエトナは知らない。
しかし、このやり取りを見る限り、決して浅いものでは無さそうだ。
「分かった。今回限り、貴方からの情報は秘密にしておく」
「ヴァンパイア相手となると、流石に骨が折れるが・・・万一の時は容赦しねぇぞ」
「日光出されたら勝ち目ないし、そうそう不用意な行為はしないわ。そこは信じて」
「ありがとうございます。では・・・」
両親に売られたこと、その先でのこと、自分が『破魔蜜』であること。
その全てを、シロは語った。
「以上が、僕から出せる限りの手がかりです」
「ふうん・・・君があの『破魔蜜』ねぇ・・・」
『破魔蜜』の存在は、イリスも知っていたらしい。
その正体が今、目の前にいる幼い少年ということは、流石に予想外だったようだ。
「そりゃ、念押ししない訳にはいかないわね。教団やら反魔物勢力に提供したら、家が建つわ。
けど安心して。この情報を教団とかに出すのは、リスクとリターンがどうしたって釣り合わない。
言われなくても、今聞いた話は君の依頼でしか使わないから」
「俺も誓って口外しません。兄貴と姉御には本当に助けられましたから」
「感謝します。・・・それで、出来ますかね」
「あら、私を誰だと思ってるの?」
「情報屋のヴァンパイアって事以外に何も分からねぇよ」
「それもそうね。まぁ、任せて。伊達にこの仕事、長くやってないから。
受信専用の通話機を渡しておくわね。2、3日くらいしたら、連絡するわ。
・・・あぁ、一応言っておくけど、故意・過失問わずこの場所を誰かに知らせたら、
体重が8%減ると思いなさい」
人体には、体重の十二分の一の量の血液が流れていると言われる。
どういうやり方で減量するかは、想像に難くない。
「肝に銘じます」
「それじゃ、頼んだぞ」
「帰りはちょっと道順変わるんで、送りますよ。あと、何かあったら呼び出して下さい。
俺、基本ギルドにいるんで」
「これ以降、私に何か用があるならクラック経由でね。それじゃ、気を付けて」
情報屋のヴァンパイア、イリス。
如何にも怪しく、この依頼を素直に受けてくれるとは思えない。
しかし、二人は確信している。
シロは、歴戦の猛者であるエトナが、人を見誤ることはないと信じている。
エトナは、とてつもなく濃い人生を送ってきたシロには、人を見る目があると感じている。
お互いに、対象をしっかりと見たが、問題は無いと判断した。
なら、本当に問題無いのだろう。
「・・・っと。お疲れ様でした。あいつから連絡来たら、俺呼んで下さい。
また案内しますんで」
「本当にありがとうございました。クラックさんもお気をつけて」
「また今度な」
「はい! では、失礼します」
大通りを駆け、ギルドへと走るクラックを見送る。
思いがけない収穫を得た。後は、いつも通りこの街を楽しむだけ。
「さて、どこ行くよ?」
「まず宿の確保をして、その後は闘技場に行きますか」
「賛成! アタシも出てみっかな、闘技場!」
「あはは・・・でも、エトナさんなら大丈夫ですよね」
新しい出会いと、目的への一里塚。
軍事都市ゲヌアは、今までの街に無かったものをもたらしてくれた。
それが、よい事ばかりではないということを、二人はまだ知らない。
シロは未だ、隅っこで体育座りをしたまま。
「ははっ・・・はははっ・・・」
危ない意味しか持たない引き笑いを零す様になったことくらいしか、変化なし。
自身の惨状が相当堪えたらしい。
「シロー。むにー」
「あひゃは・・・ひゃは・・・」
「むににー・・・ダメだこりゃ」
伝家の宝刀、ほっぺた引っ張り療法も効果なし。
となると、残された方法は。
「・・・・・・ぎゅっ」
「あひっ!」
ズボンの上から、握る。
瞬く間に硬度を増していく、股間。
「今度は普通に、優しくしてやるから。な?」
「・・・はい」
インキュバスの性欲には、抗えない。
最もシンプルで、最も効果的な、シロを立ち直らせる、新たな方法。
それが、確立された。
娯楽都市シャルクを一頻り楽しんだ二人。
この街であったことを思い返してみる。
「お酒に酔っておかしくなって、娼館の3Pでおかしくなって、
コスプレでおかしくなって・・・」
「もしかしなくても、ヤってばっかだったな。普通じゃない感じに」
「僕もそれしか出てきません。ただ、やっぱり最大の変化は、
僕が完全にインキュバスになったってことですね」
「いつなってもおかしくなかったけどな。あれだけ精が出て、魔力ブチ込まれたし。
娼館の時の相手がサキュバスだった、ってことが大きかったか?」
「かも、しれませんね。サキュバス種は総じて、魔物娘の中でも、魔力の保有量が多く、
それを流し込む力も大きいと聞いたことがあります。とはいえ、殆どは
エトナさんから貰ったものですけど」
「だろうな。・・・んじゃ、とりあえず次の街まで二、三戦するか!」
「(寧ろこっちの方からお願いしたい位だけど・・・)
いやその、したいですけどまだ本調子じゃ・・・」
「欲望には従順になれ! そりゃーっ!」
「うわーっ!?」
インキュバスなりたてのシロは、まだまだ固さが取れないが、
一つの壁を乗り越え、これからは加速度的に、インキュバスらしくなっていくだろう。
期待するエトナと、精神と肉体を一致させることが急務となったシロ。
愛し合う二人を乗せ、馬車はゆっくりと、次の街へと歩み出した。
「とりあえずフェラで湿らすか。ほら、楽にしろ」
(敵わないなぁ・・・敵わなくても、いいけど・・・♥)
その日の夜。
街を出てからずっと交わり続けていたが、遂にシロが力尽きた。
「もう・・・動けません・・・」
「お疲れ。それじゃ、アタシのおっぱいで遊ぶか」
精力は問題ないが、体力が足りない。
疲れ切るまでした後は、エトナがシロの玉袋を揉んだり、シロがエトナの乳を吸ったりと、
絶頂を促すのではなく、ゆるゆると疲れを抜きつつ、余った性欲を満たす時間。
「んー・・・ちゅぱっ、ちゅー・・・・」
「うんうん。ちゃんと子供らしくもなれよー。好きなだけしゃぶっていいからなー」
生まれてすぐに教団に引き取られ、抜け出した後は一人暮らし。
愛情を受けずに育ったシロは、女性の象徴である、乳房に執着心を持っている。
他、太ももや二の腕等、柔らかい部分に触れていることを好む。
性欲は増加したが、性的嗜好は変わっていない。
エトナは、どちらかが眠りにつくまで、静かにシロを受け入れる。
片方の手で陰嚢を撫でるように揉んでいる時、もう片方の手は大体、頭に添えられている。
柔らかで癖の無い髪を手櫛で梳いたり、時折匂いを嗅いだり。
「綺麗だよな。これ、どうやってんだ?」
「んちゅっ。普通に洗って、よく拭いて乾かして、香油つけてるだけです。
エトナさんも、ちゃんと手入れすればいいと思うんですけど」
「言っといてなんだが、面倒臭ぇ」
「それじゃ、今度からは僕にやらせて下さい。それで、ポニーテールにして下さい。
きっと、もっと素敵になると思うんで」
「・・・うん、頼んだ」
ピロートークを交わしながら、夜は更けてゆく。
この二人の間に、邪魔など・・・
「・・・んっ?」
「えっ?」
あった。
「・・・何か聞こえたな。ちょっと待ってろ。外見てくる」
「はい、気を付けて下さいね」
身なりを整え、僅かに開けたドアの隙間から、外の様子を窺う。
聞こえてくる音が大きくなるごとに迫る影がいくつか。
この辺りは木が生い茂っている場所、そして、この時間帯。
そんな中、来る輩といえば。
「ここを通りたかったら、金出しな!」
当然の如く、夜盗の類。
数は3人、手に持っているのはナイフ。
「・・・・・・あぁうん、知ってた」
溜息をつきながら、扉を開ける。
二人の時間を邪魔されたエトナは怒り心頭。
だが、シロは基本的に暴力を嫌っている。
なら、手短に、かつ与える傷は最小限に追い払う事に・・・
「お、姉ちゃんいい乳してんじゃん?」
「お金なかったらそれ揉ませてくれるだけでもいいッスよ?」
する予定だったが、どうやら彼らは頭が弱いらしい。
「失せろ!!!」
懐に飛び込み、右ストレート、ハイキック。
瞬く間に2人を倒し、3人目を・・・
「ごめんなさいっ!!!」
と思ったところ、その対象は何故か、土下座していた。
よく見ると、彼だけナイフを持っていない。
「僕はやめようって言ったんですけどあの二人が! だから僕は悪くな・・・
いや止められなかったから同じですけどごめんなさい本当にごめんなさい!
お願いですから許して下さい!」
謝罪の言葉こそ場当たり的ではあるが、態度は悪くない。
こう、やや過剰な位に反応されてしまうと、エトナはどうしていいか分からない。
「・・・とりあえず顔上げろ。事と次第によっちゃ見逃してやらんこともない」
騙し討ちの可能性も考慮し、身構えたままでいたが、相手は普通に顔を上げるだけだった。
表情は完全に恐怖に塗りつぶされており、抵抗の意志など微塵も感じられない。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! どうしようもなかったんです!」
「どうしようもなかった? どういうことだ?」
「路銀が尽きて、食べられるものなかったもんで、もうこれしか・・・
城下町に戻れば、ギルドから報酬金出るんですけど、そこまで持ちそうになくて・・・」
どうやら、この三人組は依頼帰りの冒険者らしい。
強盗をしようとしたのもこれが初めてで、出来るならしたくはなかったようだ。
「3人がかりならどうにかなるってことでこうしたんですけど・・・
本当にすいませんでした!!!」
「成程な・・・だが、お前らがやったのはやっちゃいけねぇことだ。
その態度は立派だが、お前もタダじゃおかねぇ。・・・うらっ!」
ビシッ、と音が鳴り響く、強烈な平手打ち。
謝罪はしたということで、グーで殴るのは勘弁してやった、というところか。
「・・・本当に、すみませんでした!」
痛みをこらえながら、もう一度土下座。
この姿を見る限り、心の底から反省しているようだ。
(あの二人はともかく、こいつはまだまともそうだな。
それなりに制裁は下したし、一応シロにどうするか聞いとくか)
馬車に戻る中、ふと思う。
(路銀無いって言ってたな・・・あ、コレ多分・・・)
何となく、シロの回答の想像がついた。
彼の性格上、ほぼ間違いない。
「うめぇ・・・うめぇよ・・・」
「二日ぶりの炭水化物! 二日ぶりの、水以外のメシッス!」
「乾パンって、こんなに美味しかったんですね・・・」
「お疲れ様でした。急に詰め込むと胃に悪いですから、ゆっくり食べて下さいね」
(・・・まぁ、こうなるわな)
状況を知って、軽くご馳走。
やむを得ず夜盗をすることになった彼らに食料を差し出し、
「とりあえず、お腹満たしてからにしましょうか」
という、優しい言葉をかける、
相変わらずのお人好しぶりを遺憾なく発揮した。
「坊主! いや、兄貴と呼ばせて下せぇ!」
「いやいや、そんな大したことでは」
「アンタは神様ッス! こんな俺たちにメシをくれるなんて!」
「結構、量ありましたし、次の街で買い足すつもりでしたので」
「本当にすいませんでした! こんな、こんなことまでして頂いて!」
「もう謝るのは止して下さいよ」
といっても、それがシロの持ち味であり、人を惹きつける力である事も事実。
それに、彼は人を見る目がある。優しくする相手を間違えたりはしない。
「姉御! 身の程知らずな馬鹿ですいませんでした!」
「分かればいい。あと姉御はやめろ」
「ヘラヘラしてた俺に喝、ありがとうございまッス!」
「その気合は別の方へ回してくれ」
「殴り足りませんよね? 僕で良かったら思いっきり!」
「何でキラキラした目でんなことほざけるんだよ」
勿論、エトナにも感じ入っている三人。
元は普通の冒険者であったし、改心は早い。(手の平返しが酷いとも言えるが)
「「「ごちそうさまでした!!!」」」
「はい、お粗末様でした」
「兄貴、姉御、このご恩は一生忘れません! というか、今すぐにでも返します!
何か、俺達に出来ること無いですか?」
流石にここまで施しを受けて、何もせず帰る訳にはいかない。
三人組は全員、何らかの形で恩を返したいと思っている。
「そうだ、用心棒とかどうです? 俺らが二人を守るッス!」
「お前ら、10分前思い出してみ」
「あっ」
「姉御いりゃ必要ないよな。んじゃ金とか? このナイフ売ればそれなりの額に」
「それ、冒険道具店で結構よく見るんですが」
「僕も結構見てますし、二束三文ですね。それ以前に、これギルドからの借り物です」
「忘れてた。・・・おいどうする、何も出来ねぇぞ俺ら」
返せるものが、何一つとして浮かばない。
夜盗を働いた自分たちに食料の提供までされたのに、何も出来ない。
「そもそも、恩返しなんて必要ないですよ。好きでやったことなんですから」
「アタシは腑に落ちねぇけど、シロが言うからメシをやった。
そして、見返りを求めてねぇってトコは一緒」
シロは基本的に、自分を勘定に入れない。
タリアナでの活躍で一番気にしたのが、領主の間の扉の弁償。
ロコでのオムライス作りも「誰の手柄かはどうでもいい」発言と、とことん欲が無い。
そういったところをエトナは気にしているが、「シロなら仕方ない」ということで、
受け入れる事にしているし、彼女の行動原理はシロ優先。
となれば、二人が冒険者達にお礼を要求することはない。
それでも、彼らは食い下がった。
「いや、このまま帰ったら一生後悔します、何も出来なかったって!
何か、何かしたいんス!」
「何かって言われてもな・・・特に、何もないぞ?」
「くそっ、僕たちは・・・ロクに恩も返せないのか!」
「・・・いや、待てよ」
三人組の真ん中、恐らくリーダー格の男が、何か考えついたらしい。
「兄貴、姉御。何か、知りたいこととか無いですか。
俺の知り合いに情報屋やってる奴がいるんですけど、そいつに話つけます」
情報の提供。
王都で集めようと思っていたものを、一歩先に手に入れることが出来るという、この提案。
「どれくらいの情報持ってんだ?」
「腕は保障しますよ。あいつにかかれば行方不明者の捜索から王妃のスリーサイズまで、
3日もあれば知れますから」
(となると・・・)
シロとエトナの、旅の最終目的、『シロの両親を殴る』。
その為には、両親の所在地がどこであるかを、知る必要がある。
恐らくは、シロの生まれた土地だと思われるが、何せ、引き取られた時のシロは赤子。
出身地はおろか、顔も、名前も朧。唯一確かなのは、教団と金貨一万枚の取引があったこと。
もし、その情報屋とやらの力が、冒険者の言う通りのものであれば、
この僅かなヒントで、所在地を割り出してくれるかもしれない。
「・・・お願い、出来ますか」
「勿論! というか、させてくれ! そうでもしねぇと、気が収まらねぇんだ!」
「役立たずかもしれませんけど、ついでに用心棒も兼ねるッス!」
「僕、夜目が利くんで、深夜の見張りは任せて下さい!」
シロの優しさが、まさかまさかの一番欲しいものとなって返ってきた。
思いがけない収穫に、シロは笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! それじゃ、宜しくお願いしますね!」
「はい! そういう訳で姉御、これで礼をさせてもらうってことで、何とか!」
「何とかも何も、むしろありがたいわ。どうせ城下町に行く予定だったし、乗ってけ。
運賃は護衛代と相殺させとくからよ」
「マジッスか!? 何から何まで・・・ありがとうございまッス!」
それぞれの目的地は一致している。
シロとエトナ、冒険者三人組一同を乗せ、馬車は進んだ。
もう一度夜を明かした頃、城門が見えてくる。
朝日に映える真っ白な城壁は、流石は王都への直通経路の城下町、といったところか。
「周辺異常なし! このまま進んでもらって構いません!」
「兄貴、姉御。本当にありがとうございまッス! このご恩は一生、忘れないッス!」
「着いたら案内しますよ。情報屋の場所も含めて」
「では、宜しくお願いしますね」
「ま、今度からはメシと金、しっかり用意しとけよ」
王都への足掛かりの一つ、軍事都市ゲヌア。
軍事都市と言うだけあって、王国軍の駐留所を始めとする軍事施設が充実している。
他、冒険者ギルドや鍛冶屋など、戦うことに関わるものは一通り揃っている。
王都を中心にして南は山、北は教団領、東は別の街、そして、西にゲヌア。
このような形である為、他国が王都へ攻め込むとなると中々に骨が折れる。
要所となるこの街が軍備を固めているのは、至極当然のことである。
「うぉーっ! デケェ!」
「あれ大砲ですよね? それにしても巨大すぎやしませんか?」
「あぁ、あれはお飾りッス。一応、観光名所的なものをつくるべきかなってことらしいッス」
天を衝くかの如く聳え立つ、金色の巨大な大砲。
ゲヌア名物、『完全勝利のゲヌア砲』である。
「何か、維持費結構かかるんで、もうこれ取り払って軍備拡張すべきじゃないかって話も」
「でもこれ、集客効果はありそうですし、象徴的な存在ですよね。
どうにかならないものなのでしょうか」
「取ったら取ったで寂しくなるだろ。アタシもこれ、残してほしい」
「姉御みたいな意見が多くて、現在保留って形らしいッス」
「ここにいても歓声が聞こえますね」
「あるとは思ったが、デケェな。今やってるのは・・・リザードマンVS剣闘士か」
「娯楽関連はシャルクに持ってかれてますが、ここは譲れないッス!」
兵士たちの訓練や、有力な人材の発掘なども兼ねての試合が繰り広げられる、闘技場。
観戦は勿論、勝利予想賭博もあるので、財源の確保にもなる。
「何だったら姉御、出てみますか? ブロンズクラスなら無条件で出れますよ」
「んー、考えとく。試合のレベル次第だな」
「ケガだけはしないようにして下さいね」
「その点は大丈夫ですよ。ルールがしっかり決められてるんで、死人や重傷者は出ていません。
医務室も完備してますし、多少のケガや傷くらい、問題ないですよ」
「おっと、一旦ギルド行ってきますね」
「はいよ。・・・ここもデケェなおい」
「色々と不必要に大きいですよね。ゴブリンが治めてたりするんですかこの街」
ギルド自体はどの街にもあるが、この街は冒険者向けの求人・依頼特化。
猛獣の討伐、要人の護衛など、戦闘が絡むものがほとんどである。
「こっちは賞金首のポスターか」
「・・・あ、この人ラシッドで見ました。賞金かかってたんですね。
通りでやけに顔隠してるなと」
戦闘力があれば、経済力にもなる。
シャルクは金が全てであるように、ゲヌアは『力』が全て。
力無き者は、この街では生きていけない。
「ただいまッス。兄貴、姉御、本当にありがとうございました。
それじゃ、俺はここで失礼するッス」
「僕もこれで。後はクラックさんに宜しくお願いしますね」
どうやら、この三人は元から組んでいた訳では無く、依頼限定のパーティーだったらしい。
二人がそれぞれ別の道へと向かった後、リーダー格の男、クラックが戻ってくる。
「お待たせしました。それじゃ、案内します。
・・・察してるとは思いますが、絶対にバラさないで下さいよ。基本、俺からの紹介でしか、
場所は知らせないことになってるんで」
「心得ました。お約束します」
「バラす意味もないしな」
情報は、ギルドで集めることも出来るし、その方が正確かつ確実。
しかし、時としてモグリの情報屋は、金貨数百枚クラスの情報を所有していることもある。
『情報力』も、立派な力の一つだ。
「ここです」
「裏通りから細い道を何本か通った所にある入口の分かりづらい廃屋の、
これまたどう行くのか分かりにくい中庭の隠し階段を通った先の地下・・・」
「そら分かる訳がねぇよ。アタシだったら場所分かれば壁壊しながら真っすぐ行くけど」
「・・・僕、ようやくエトナさんの規格外さを理解出来るようになったかもしれません」
薄暗い階段を下り、扉を開けると部屋が一つ。
その奥に、情報屋らしき女が佇んでいた。
「いらっしゃい。『紅い月夜に』」
「『鮮血の匂い』」
「正解。久しぶり、クラック」
シロよりも更に白く、透き通るような肌に、色素の薄い金髪と、対照的に真っ赤な瞳。
どこか人間離れした美貌を持つ女・・・実際、彼女は人間ではない。
「720時間ぶりね。ここに人を連れて来た時だけで言うなら2160時間くらい」
「素直に一ヵ月、三ヶ月って言えや。あと、毎度毎度この合言葉いるか?
お前なら匂いで分かるだろ?」
「えぇ。それでも」
外套で覆っていた、口元には。
「ヴァンパイアは、完璧主義者なの。
たとえ1%でも、削れるリスクは削る。そういう種族だから」
鋭く光る、牙が覗いていた。
「クラックが連れて来たというのなら、それなりに敬意を払うべき相手ということ。
だけど、この稼業をしている以上、私は名を明かす訳にはいかないの。ごめんなさいね。
呼ぶ時は・・・そうね、イリスとでも呼んでちょうだい」
椅子に身体を預け、リラックスした状態で。
ルージュの塗られた唇から出る声は、それだけで男を魅了できる程に妖艶。
「貴方達も名乗る必要はないわ。で、依頼は何かしら?」
「人探しですね。・・・イリスさん、依頼者が提供した情報を更に他の人に提供する例ってありますか?」
確実なヒントは、息子が『破魔蜜』であり、教団に金貨一万枚で売られた事。
これを魔物娘、それも情報屋相手に伝えるとなると、相当なリスクを負う事となる。
「無くは無いわね。そんな事を聞くって事は・・・訳アリか」
「イリス、この二人は俺にとっては恩人なんだ。上積みは出すから、頼む」
「ふーん、嫌に熱心ね。ま、貴方の頼みなら断らないけど」
クラックとイリスの二人に、どんな関係があるのかをシロとエトナは知らない。
しかし、このやり取りを見る限り、決して浅いものでは無さそうだ。
「分かった。今回限り、貴方からの情報は秘密にしておく」
「ヴァンパイア相手となると、流石に骨が折れるが・・・万一の時は容赦しねぇぞ」
「日光出されたら勝ち目ないし、そうそう不用意な行為はしないわ。そこは信じて」
「ありがとうございます。では・・・」
両親に売られたこと、その先でのこと、自分が『破魔蜜』であること。
その全てを、シロは語った。
「以上が、僕から出せる限りの手がかりです」
「ふうん・・・君があの『破魔蜜』ねぇ・・・」
『破魔蜜』の存在は、イリスも知っていたらしい。
その正体が今、目の前にいる幼い少年ということは、流石に予想外だったようだ。
「そりゃ、念押ししない訳にはいかないわね。教団やら反魔物勢力に提供したら、家が建つわ。
けど安心して。この情報を教団とかに出すのは、リスクとリターンがどうしたって釣り合わない。
言われなくても、今聞いた話は君の依頼でしか使わないから」
「俺も誓って口外しません。兄貴と姉御には本当に助けられましたから」
「感謝します。・・・それで、出来ますかね」
「あら、私を誰だと思ってるの?」
「情報屋のヴァンパイアって事以外に何も分からねぇよ」
「それもそうね。まぁ、任せて。伊達にこの仕事、長くやってないから。
受信専用の通話機を渡しておくわね。2、3日くらいしたら、連絡するわ。
・・・あぁ、一応言っておくけど、故意・過失問わずこの場所を誰かに知らせたら、
体重が8%減ると思いなさい」
人体には、体重の十二分の一の量の血液が流れていると言われる。
どういうやり方で減量するかは、想像に難くない。
「肝に銘じます」
「それじゃ、頼んだぞ」
「帰りはちょっと道順変わるんで、送りますよ。あと、何かあったら呼び出して下さい。
俺、基本ギルドにいるんで」
「これ以降、私に何か用があるならクラック経由でね。それじゃ、気を付けて」
情報屋のヴァンパイア、イリス。
如何にも怪しく、この依頼を素直に受けてくれるとは思えない。
しかし、二人は確信している。
シロは、歴戦の猛者であるエトナが、人を見誤ることはないと信じている。
エトナは、とてつもなく濃い人生を送ってきたシロには、人を見る目があると感じている。
お互いに、対象をしっかりと見たが、問題は無いと判断した。
なら、本当に問題無いのだろう。
「・・・っと。お疲れ様でした。あいつから連絡来たら、俺呼んで下さい。
また案内しますんで」
「本当にありがとうございました。クラックさんもお気をつけて」
「また今度な」
「はい! では、失礼します」
大通りを駆け、ギルドへと走るクラックを見送る。
思いがけない収穫を得た。後は、いつも通りこの街を楽しむだけ。
「さて、どこ行くよ?」
「まず宿の確保をして、その後は闘技場に行きますか」
「賛成! アタシも出てみっかな、闘技場!」
「あはは・・・でも、エトナさんなら大丈夫ですよね」
新しい出会いと、目的への一里塚。
軍事都市ゲヌアは、今までの街に無かったものをもたらしてくれた。
それが、よい事ばかりではないということを、二人はまだ知らない。
15/06/22 21:25更新 / 星空木陰
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