気づいたんだ
「うおぉっ!?」
くりくりとした、どでかい目。
この日、トモルが起床して最初に見たものであった。
よく知っている目ではあるが、このタイミングで現れるとは
思っていなかった。
「・・・おはよう・・・♪」
「あーうん、おはようさん」
驚かれたことを全く意に介さず、ゆっくりまったり、かつ楽しげに
朝の挨拶をする彼女は、一つ目の魔物娘、サイクロプスのミキ。
布団越しにトモルの体の上に乗り、楽しそうに笑っている。
「朝だから・・・起きよう」
「分かったからどいてくれ。重い゛ッ!?」
「・・・乙女に重い、禁句」
頭突きを一発。
不機嫌な表情になりながらも、ミキはトモルから下りた。
人間と魔物娘が共存するようになり早数年。
未だ完全に浸透した訳ではないが、それでもそれなりには
魔物娘の存在が認知されつつあった。
『屈しない! 魔物などには絶対に屈しない!』と言っていた某国の首相が
『おっぱいには勝てなかったよ・・・』と言っていたのは記憶に新しい所である。
それより、ここ暫くの問題は市民層の方が多い。
特にサイクロプスのような、魔物らしい特徴をはっきりと持った魔物娘は
中々受け入れ難いというのが現状であり、迫害じみた行為も
依然として存在している。
「はよーッス」
「おはよう」
「よーおはよう。お二人さん、今日も一緒に登校ですかい? お熱い事で」
「うん、一緒」
「バーカ。そんなんじゃねーっての」
囃し立てる友人のケンヤ。それに対して満更でもないミキと、定型的な否定をするトモル。
二人の通う学校は、2年前から魔物娘と人間の共学校になり、校内には多くの
魔物娘が存在している。
この共学化はここ3年程の間に急速に進行しており、現在では全国に存在する学校の内
約6割程度が共学となっている。
余談だが、この頃ラミアやケンタウロス用の椅子、ハーピー用の文具等、魔物娘専用の
道具の需要が高まり、経済がかなり活性化。
報道各社は連日『魔物特需』として、様々な製品を紹介していたりした。
「あっそうだ。今日国語の小テストあるらしいぞ」
「マジ!? 範囲どこよ?」
「漢字辞典の23ページから26ページまで。3時間目だから急げよ」
「うわやっべ! 全然やってねぇよ!」
「トモル、勉強はちゃんとしよ」
「うるせぇ! 俺は今を精一杯生きるのに必死でそんなのやってられねぇんだよ!」
「クリアしたゲームのレベル上げを徹夜でする事が、精一杯生きてるとは思えない」
「ちくしょう! ボーっとしてそうに見えて毎回上の下くらいキープしやがって!」
ミキは授業と勉強時間だけ思い切り集中し、それ以外の時間はゆっくりと休む効率重視のタイプ。
トモルは・・・詳細を説明するのは避けておく。
「ミキ、頼むから教えてくれ!」
「漢字じゃ教えようがない」
「何でもいいから教えてくれ! すぐに覚えられる方法とか!」
「とにかく書く」
「まどろっこしい! もっと楽な方法で!」
「あきらめたらいいと思う」
「ド正論! うわー! 追試受けたくねーっ!」
テスト前のお決まりのやりとりをしている内に、担任教師がやって来て、
朝の会が始まる。
これが、彼らの日常である。
(眠ぃ・・・マジ眠ぃ・・・)
3時間目、小テスト。
見事に、夜更かしが響いた。
結局まともに勉強できる訳も無く、回答は適当に埋めただけ。
トモルは追試への片道切符となった答案用紙を力なく提出することとなった。
「・・・♪」
ミキは今回も上々の模様。
回答の見直しも終え、微笑みながら答案用紙を出した。
「よし、全員揃ったな。んじゃ、授業続けるぞ」
「あ゛ー、追試ヤダなー。・・・っと?」
ミキの席は、トモルの席から左に4つ、前に1つ。
はっきりと、確認できた。
(あいつ、またやられてるな・・・)
後ろの席の男子が、コンパスの針でミキの腕を突いていた。
当の本人は全く意に介していないようだが、男子生徒の方は
教師の死角になっている事をいいことに、執拗に針で刺し続ける。
ミキは所謂、いじめに遭っていた。
大らかな性格の彼女は殆ど気にしていないように見えるが、本当はそれなりに
傷ついている事をトモルは知っている。
(高校生にもなって何やってんだか。後で根回し、しときますか)
この状況をどうにかしようと、トモルは日頃から人脈を作っている。
いじめ問題に詳しい教師や、グループの中核にいる上級生、部活の後輩等。
彼は勉強は出来ないが、こういう事には頭が回るのだ。
(にしても、どうにかならねぇかな。結局今んとこ対処療法だし。
・・・おっ、『対処療法』ってインテリっぽくね?)
「トモルー! 聞いてるかー!?」
「えっ、はい?」
「筆者の主張はどこから始まったか、分かるよな?」
「えっ、その・・・『おじいちゃんががおならをした』のくだりからです!」
「どこにんな話載ってんだよ! 47ページだバカ野郎!」
「すいませんでしたっ!」
ドッと、教室に笑い声が響く。
それを見て、ミキもクスリと笑った。
「昼メシー!!!」
「うるせぇバカ。ほら、用意するぞ」
4時間目も終わり、昼休み。
弁当を開ける者、購買や学食へ向かう者といる中、三人はミキを中心にし、
前後をトモルとケンヤが挟む形で学食へと歩いていた。
「金、盗まれてないよな?」
「上履きの中にあるから大丈夫」
「上京したての田舎者か。まぁ、大丈夫ではあるだろうけど・・・」
盗難に遭うのも日常茶飯事。
財布に始まり弁当箱やジャージ等々、ありとあらゆる物が盗難経験を持っている。
そして、大抵が焼却炉やゴミ捨て場で見つかる。
「サダのボンクラがまともな奴だったらよかったんだけどな」
「たられば言ってもしゃーないだろ。生徒は教師を選べない」
「先生にも立場がある。しょうがない」
「ミキ、お前聖人君子か何かか」
「人じゃないけど」
「『めっちゃいい奴』って意味だから覚えとけ」
「微妙に違う気もするんだが・・・」
他愛も無い事で、会話が弾む。
仲良し三人組のお喋りは、食堂に着くまで続いた。
「カツカレーか・・・いやうどんもいいな・・・」
「カレーうどんは?」
「いや何かカレーうどんって何かこう・・・何か違うだろ?」
「あー、分かる。俺日替わりのA」
「私はミックスフライ定食にする」
「相変わらずよく食うな。太う゛っ!?」
「・・・トモル、黙ろ」
「お前先週辺りもこんな流れあったよな・・・学習しろよ」
ちょっとしたケガを負いながらも、食券を買う。
すると、そこに誰かが近づいてきた。
「おやおやー? アタシの友達のミキちゃんじゃーん?」
「「げっ」」
着崩した制服に派手な化粧。典型的な不良のそれ。
「ねーねーミキちゃーん。アタシ今月ピンチでさー。ごはん食べられないんだよねー」
早い話、たかりに来たという事である。
この不良娘、カナコは事あるごとにミキにつっかかってくる人物である。
不良グループのNo.2という位置を駆使して、嫌がらせの限りを尽くしてきた。
トモルの立ち回り、ケンヤの協力等もあって最近はそれなりに落ち着いてきてはいるものの、
こういった行為は依然としてある。
「友達でしょー? それちょーだい♪」
両手を前に出す。
『食券よこせ』の意である事が誰にでも分かる。
今まで、ミキは何の疑問も無く食券を渡していた。(曰く『お腹減ってると辛いのは皆一緒だから』)
が、今この場には二人の友人がいる。
「せーんぱーい、下級生にたかって恥ずかしくないんスかー?」
「少なくとも、俺はメシ時だけ現れて食券だけ奪うような人を友達とは認めませんね」
軽い調子で煽りを入れるトモルと、口調こそ丁寧だが静かに怒りを燃やすケンヤ。
その二人にカナコが返したのは。
「は? お前らに関係ないじゃん」
典型的な屁理屈、『関係ない』であった。
この言葉は二人も予想するところであり、一気に畳み掛ける。
「はいキターッ! 『関係ない』頂きまシタァーッ! 小学生レベルの回答でェース!
だからなんだよって事に一切気づかない! 関係なけりゃたかりもOK? 笑止千万でェース!」
「さらに言えば関係あるんですよね。この娘、俺らの友人なんで。
あぁ、勿論先輩みたいに返済無期限のATM扱いとかしてませんよ? ・・・って、分かります?
どうもこういうちゃんとした意味での友人、先輩にはいなさそうですけど」
「は? ウザいんだけど?」
「で、出たー! 貶された途端思考停止して何の理屈も無い罵倒に走る奴〜!
ウザいとかお前の事〜! 自己紹介あざーっす! 忘れるまでは忘れましぇーん!」
「ブーメランも大概にして下さいよ。因みに、『ブス』『バカ』辺りも同じですからね。
ケバい上に香水つけすぎで臭いんですよ。トイレの芳香剤の方がまだマシです」
「チッ、ウザいんだよ! アタシ誰だと思ってんだコラ!」
「よーく存じてますよー? 薄汚れた金髪とダサダサのファッションセンスで有名なカナコ先輩!
3つ目のバイト先で最速バックれ記録更新したそうですねー! おめでとーございまーす!」
「『虎の威を借る狐』ってご存知ですか? といっても、大した権力者もいませんけど。
あなた一人で出来る事って何かありますか? このままだと、ニート一直線ですが」
「・・・あーもうウザい! もういい!」
人数的利を抜きにしても、トモルとケンヤの圧勝である。
このままカナコが引き下がって終わり・・・と思われたが。
「・・・これ」
「え?」
カナコに近づき、食券を渡す。
記載されているメニューは『天ぷら蕎麦』
「迷ってたやつ。あげる」
「おいミキ! そんな奴にやる必要ねぇって!」
「つけあがられるぞ? かけ蕎麦ですら贅沢だってのに、天ぷらまでつけるとか・・・」
「いいの。ちゃんと食べないと」
まさかの事が起きた。
普通ならここで出るべきは感謝の言葉・・・のはず。
「何コレ? アタシミックスフライ定食よこせって言ったんだけど?
やっぱり目玉一個しかないから脳も半分しかないんだ。キモいんだよ」
彼女の我儘さは、人知を超えていた。
「・・・お、おう」
「・・・うわー」
種族の特徴を論って罵倒。
煽りの言葉すら出ないほどに、男子二人はドン引きだった。
そうして出来た間で。
「ん、それじゃこっち」
ミキは普通に、最初に買ったミックスフライ定食の食券を渡した。
カナコはそれを奪い取る様に貰うと、
「ありがとー! また宜しくー!」
とだけ言って、食堂の奥へ消えた。
「いじめはする側が悪いのは当然だが、される側に原因あるパターンもあるんだな。
ミキ! お前お人好しにも程があるわ!」
放課後。
帰り道を歩くトモルは、並んで歩くミキに思い切り怒鳴った。
「お腹すいてたんだから仕方ない」
「だからってあんな馬鹿に奢るこたぁねーだろ!」
「先輩、すごく痩せっぽち。ちゃんと食べないと大きくなれない」
「えぇ確かに腕は折れそうだし脚は鶏ガラだし胸もまな板でしたよ!
お前とは正反対! むっちむちで巨乳で見方によっちゃデぐほっ!」
「・・・頭痛い。物理的にもそうじゃない意味でも」
グラビアモデル顔負けのミキのむちむちボディは、全校男子の主なオカズとなっている。
男子生徒からのいじめ行為は、所謂『好きになった相手に意地悪をする』という事である。
「お前はもっと警戒心持て! サイクロプスの腕っぷしが強いのは(ゲームで)知ってる!
でもお前女なんだからさ、そこら辺考えろよ!」
「何を?」
「さりげなーくガールズトークとか聞いて、今何が流行ってるかとか理解して友達作るの!
俺とケンヤ以外にも誰かいねーのか?」
「二人がいるからいい」
「作れ! いいから作れ!」
若干、噛みあわなかったりもする言い争いは、家に帰るまで続く。
これが、二人の日常であった。
―――この日までは。
翌日、放課後。
「ったー・・・」
昨日の追試験を終え、鞄を背負って猫背になりながら家路につくトモル。
とぼとぼと歩を進めていると、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「トモル! 大変だ!」
全力で走りながら声をかけたのはケンヤ。
声色から察するに、かなり焦っているようである。
「誰が変態だって?」
「ボケてる場合じゃねぇ! ミキが!」
「ミキがどうした?」
息を整えながら、ケンヤが伝えたのは。
「ミキが・・・攫われた!」
体育館の裏にある倉庫。
そこに、ミキは囚われていた。
「アタシの事散々バカにしてくれて・・・」
首謀者のカナコは、食券をもらった恩義は勿論の事、
自分を馬鹿にしたのはトモルとケンヤという事すら忘れる程に馬鹿だったらしい。
「結構面倒だったんだぞ? 全く・・・」
「分かってるっての。後でキチンと払うからさ・・・カラダで」
実行犯は不良グループのトップであるカズキと、その手下。
トモルは追試、ケンヤは部活で近くに居ない、ミキが一人になったところを狙われた。
「今日は見たいテレビあるから帰りたいんだけど」
拘束されているにも関わらずマイペースなミキ。
その余裕綽々の態度が、カナコは気に入らない。
「呑気なもんだね。テレビは見れないけど、テレビに映れるよ」
そう言いながら手に持ったのはビデオカメラ。
その瞬間、ミキの周りに下っ端の男たちが群がる。
「姐さん、本当にいいんすね?」
「大丈夫大丈夫。いくらでもやっていいから」
「・・・え、ちょっと待って」
この状況になって、漸くミキも気付く。
カナコの目的は・・・自分が輪姦されている所を、映像に収める事だと。
「裏ビデオに流せば高ーく売れるから、昨日の食券分くらいなら返してやるよ!」
「嫌! 近づかないで! 撮らないで!」
「お断りしまーちゅ! ミキたんのボディ、しっかり堪能させてもらいまちゅからねー♪」
「魔物娘はヤるのが大好きな淫乱ビッチなんだからむしろ喜べや」
「その身体とか、誘ってるんだろ? お望みどおりにしてやるよ!」
「そんなんじゃない! 嫌、嫌っ・・・!」
男たちが、ミキの制服に手をかける。そして、カナコがビデオカメラのスイッチを・・・
「グフォッ!」
突如、不良の一人が倒れる。
後頭部から血が流れており、意識は失われている。
その場にいた全員が、倉庫の入口に目を向けた。
そこにいたのは。
「お前ら何してんだ!」
「体育館裏の倉庫・・・古典的ですねぇ」
拳を握りかためているトモルと、血の付いたバットを握りしめたケンヤであった。
「カズキ、流石にやり過ぎだ」
「ケンヤ先輩流石ッス。何の躊躇も無く脳天に」
「とりあえず全員ブッ潰せばいいんだな?」
「あそこにいるサイクロプスちゃんを除いて、ですがね」
「これはどうやら、先生の熱血指導がいりそうだな」
「ですね。お仕置きの時間だ」
「敵戦力分析完了。ターゲット全員、ランクE未満です」
「やれやれ、世話好きなヤツらだ」
「お前もな」
「今宵も拙者の竹刀は血に飢えておる・・・」
「この試験管、何が入ってると思います?」
そして、その後ろには凄まじい人数の生徒及び教師。
トモルの日々の積み重ねの結果である。
「さ、人質取られる前に行きますよ!」
「「「「「「「「「「「「オー!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」
号令と共に、体育館倉庫に一気に突っ込む。
顛末は、言うまでも無かった。
「大丈夫か?」
「うん。・・・それより、救急車呼ばなきゃ」
死屍累々とは、まさにこの事であろう。
全身そこかしこから血を流す下っ端に、痣だらけの顔となったカズキ。
『一応は女だから』という理由で被害の少なかったカナコも、あちこち傷だらけである。
「先生、これは不問ッスよね?」
「トモル、俺がどういう性格かは知ってるだろ?」
「まぁやり過ぎた感はありますが・・・私もやっちゃいましたしね」
「もみ消しなら任せて下さい」
「オタクは黙ってろ。俺が殺しゃあいいんだろ?」
「流石に殺人は擁護できませんよ?」
「白衣に血が・・・買い換えないと」
『トモルが作った』人脈である故、融通が非常に効く人々で揃っている。
会話の内容は、常人のそれでは無い。
「ありがとう。助けてくれて」
「いいって事よ。それより、さっさとずらかるぞ。救急車は・・・一応呼んでやるか」
そう言いながら携帯を取り出し、電話をかけるトモル。
この時、彼は気付いていなかった。
「もしも・・・」
下っ端とカズキは、完全に気を失っていたが。
「・・・うぇ゛っ!」
「あっ!?」
たった一人、意識の残っていた者がいたという事を。
「・・・ははっ、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!!!」
起き上がりざまに繰り出したカナコのパンチは、偶然にもトモルの左目に命中し、
隠し持っていたナイフが、脇腹を貫いた。
「トモル!」
ミキ誘拐事件から三日後、とある病院の病室。
そこに、トモルは入院していた。
「・・・何だミキか。五月蠅い」
ナイフは突き抜ける程深く刺さったが、幸い臓器からは外れており、命に別状は無かった。
・・・だが。
トモルの左目には、眼帯がつけられていた。
「・・・えっ」
「右側に来い。見えねぇ」
「嘘・・・嘘だよね・・・」
「眼帯は中二病と一緒に卒業したわ。外してぇよ」
「私の・・・せいで・・・」
「気にすんな。つーか、お前のせいじゃねーから」
左目が、見えない。
その事を知ったミキは、泣きじゃくりながら、トモルに抱きついた。
「トモル!」
「うぉっ! 待て落ち着け! 傷開くから!」
「あげる! 私の目、あげる!」
「いやいらねぇよ! 俺は目ぇ2個あるけど、お前1個しかねぇじゃねーか!」
「あげる! 私のせいでこうなったんだから、あげる!」
「バカ言え! 何にも見えなくなっちまうんだぞ!」
「見えなくていい!」
「お前ただでさえ危なっかしいのに、見えなくなったらエライ事になるだろ!」
「それなら、トモルにずっとついてく!」
「めんどくせぇわ! つーか、これしばらくしたら治るから!」
「・・・えっ?」
確かに拳が深く入り、角膜が僅かに傷ついたのは事実。
しかし、不幸中の幸いはそれ以上に深い所にダメージは無かった事。
更に、既に角膜移植のアテが出来ており、ほんの数日で、視力が回復する予定である。
「大体、俺とお前じゃ目の大きさ違いすぎるから入らねぇだろ」
「・・・あ」
「全く、抜けてんだよお前は。・・・俺がいねぇと、どうしようもないな」
「ごめん・・・」
「・・・なぁミキ、一回しか言わないから聞け」
ミキの頭をポンポンと叩きながら、その大きな瞳を見つめて。
「さっき面倒臭いとか言ったけど、それ撤回。
ずっと、俺から離れるな」
どういう事か理解するのに、時間がかかった。
そして、分かった瞬間、顔が真っ赤に染まる。
「え、え、えっ」
「で、答えは!?」
「私、魔物だよ?」
「知ってる。だから何だ」
「サイクロプスだよ? 一つ目なのに、気持ち悪くないの?」
「愛嬌ある目でいいじゃねぇか。今更何言ってんだ」
「何時も頭突きばっかりしてるんだよ?」
「原因が俺だって事ぐらい分かってるわ。馬鹿にすんな」
「・・・本当に、私の事、女の子として好き、なの?」
「あーそうだよ! 俺はお前が大好きだよ!
そのでっかい目も! 抱き心地いい身体も! マイペースな所も! 結構お茶目な所も!
意外と繊細な所も! 美味そうにメシ食う所も! 全部、ぜーんぶ大好きだ!」
「うあっ、うわはっ、うわーっ!?」
ヤケクソ気味の告白に、ミキは大混乱。
大きな目をぐるぐる回しながら、倒れた。
「痛っ、でーーーーーー!!!!!!??????」
丁度、トモルの脇腹に向かって。
トモルの退院から数日後の朝。
「・・・いや、確かにああは言ったけどさ」
「嘘つくの?」
「いやそういう訳じゃ・・・」
トモルの退院後、ミキはトモルから文字通り離れなくなった。
腕を組んで登校し、学校でも腕なり背中なりにくっつきっ放し。
帰りも一緒、家でも一緒。いつでもぴったり離れない。
風呂やトイレにまでついて着た時は、流石にトモルも驚いた。
そして現在、ミキはトモルの肩に頭を預けながらくつろぎ中。
当然、色々な目にさらされる。
「またやってるよ・・・」
「若いっていいねぇ」
「同い年だろ」
「不潔よ!」
「はいはい、そうカッカしなさんな」
学校公認カップルとなった二人を遮るものは何もない。
というか、誰一人として遮れる者はいない。
「ケンヤ・・・助けてくれ」
「無理。責任とって一緒にいてやれや。つーか、告ったのお前だろ?」
「いやそうだけどさ・・・」
「お前なぁ・・・」
歯切れの悪い回答を続けるトモルにケンヤが喝を入れようとしたその時。
思いもよらぬ人物が現れた。
「ミキちゃーん!」
「「げっ」」
つい数日前に聞いた、非常に覚えのある声。相変わらずの暗い金髪、意図的に崩した制服。
その主は。
「カナコ参上! 停学より本日! 無事! 復帰致しましたー!」
ミキの誘拐計画を企てた張本人、カナコであった。
「今更何しに来たんだ」
「あー・・・うん、そうなるよね」
「そらそうなるわ。仏のミキもご立腹・・・」
「顔色悪い。朝ごはん、ちゃんと食べた?」
「じゃありませんでした! なにこの聖人君子! つーかお袋!」
「人じゃないけど袋でもない」
「何処から突っ込めばいいんだろう! んじゃ聖まも君子!」
「無理矢理語呂合わせに行ったなオイ」
「そろそろいいかな」
突然の真面目な声。
思わず、辺りが水を打ったように静まる。
そして、その沈黙を破ったのは。
「ごめん」
カナコの発した、僅か3文字の言葉だった。
「多分・・・嫉妬してたんだと思う」
淡々と、カナコは語りだす。
「知っての通り、アタシはグループでそこそこいい位置にいた。
けど、それってすっごく薄い関係だったんだ。何か気づいたら上にいたから従う、みたいな。
それにアタシ勉強できないし、普通に会話できないし、スタイルもこんなだし。
アタシに無いものを全部持ってたミキが羨ましくて、嫉妬してたんだ」
話が途切れる。
それを聞いたトモルは、怒りや憐みが入り混じった、複雑な感情になった
「・・・だから、あんな事したのか」
「うん。全てはアタシのちっぽけなプライドを守る為の、馬鹿のやる馬鹿らしい事。
ミキの友達まで傷つけて、許されるなんて思ってないから、どう思われてもいい。
・・・ごめん、それは嘘。ちゃんと謝るから、許して欲しい。
・・・今までずっと、馬鹿な理由でいじめをしてました。ごめんなさい」
床に手をつけ、頭を下げる。
誰もが予想だにしなかった者の、誰もが予想だにしなかった行動だった。
そして、それに対するミキの行動も、誰が予測できただろうか。
「・・・友達」
「・・・?」
「先輩、私の友達になろ」
「えっ・・・?」
「ちょ、ミキ!?」
「正気か!? いくらなんでも、それは・・・」
「お腹すいてると辛い。けど、心が空いてるのはもっと辛いから」
あろうことか、今まで自分を苛め、輪姦動画まで撮ろうとした相手に
友達になる提案をしたのである。
鳩が豆鉄砲どころか、豆の一斉掃射でも喰らったかのような顔をするケンヤ。
頭を抱えるトモル。
唇をぷるぷると震わし、涙を流すカナコ。
三者三様のリアクションをする中、ミキは床に座るカナコをその大きな瞳で見つめ。
「お腹と心、いっぱいにしよう」
優しい笑顔で、手を差し伸べた。
それを縋るように掴んだカナコは。
「・・・アタシ、本当の友達できたの初めて」
とだけ零し、号泣した。
「うぇーーーん!!! ごめ゛ん゛ね゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛!!!!」
「よしよし」
頭をなでながら、ニコニコ笑うミキ。
それを見たトモルは。
(・・・ま、これがミキ、だよな)
考える事を止め、今起きていることをそのまま受け入れる事にした。
ミキとカナコが友達になるというまさかの結末から半日、放課後。
彼女はとんでもない事をのたまった。
「ねぇ、トモル」
「何だ?」
「トモルも、えっちな事したい?」
「はいっ!?」
唐突に投下された爆弾に、辺りが騒然とする。
ざわつく男子。悲鳴を上げる女子。
口笛を吹いて囃し立てる男子、興味深そうに聞き耳を立てる女子。
「おまっ、何言ってんだ!?」
「私が抱きつくと、ズボンふくらむ」
「そらそうよ! お前自分がどんだけ凶悪な身体してるか分かってねぇだろ!」
「分かってるからこうしてる」
「思ったより計算高かった! そうでしたこの娘勉強できる方でした!」
「カナコせんぱ・・・カナちゃんに聞いた。トモルは身体で誘惑すればイチコロだって」
「あのアマ純粋少女にナニ教えてくれてるんですか!?」
「トモルなら、私の身体・・・好きにしてもいいよ」
一挙に周りの声が大きくなる。
その状況を見かねて、ケンヤが助け舟を出す。
「あーっ! あんな所にヅラ追いかけてる校長が!」
古典的な手だが、一瞬クラスの目が外に向いた。
その機を逃さず、トモルは一気に教室から逃げる。
「ケンヤサンキュー!」
「・・・通用するもんだな。・・・トモルとミキがくっついて、カナコ先輩には
友達ができた。俺は・・・あーあ、主人公の友人ポジは辛いですなぁ」
そう言いながらも、彼の顔は晴れやかだった。
少なくとも、脇で怒ったり嘆いたりしている男子群と比べれば。
「ね、今日帰ったらえっちしよ」
「あぁそうするわ! 絶対寝かせねぇからな!」
幼馴染は距離が近すぎて恋愛対象にならない。
そんなものは、この二人の前では一切関係なかった。
くりくりとした、どでかい目。
この日、トモルが起床して最初に見たものであった。
よく知っている目ではあるが、このタイミングで現れるとは
思っていなかった。
「・・・おはよう・・・♪」
「あーうん、おはようさん」
驚かれたことを全く意に介さず、ゆっくりまったり、かつ楽しげに
朝の挨拶をする彼女は、一つ目の魔物娘、サイクロプスのミキ。
布団越しにトモルの体の上に乗り、楽しそうに笑っている。
「朝だから・・・起きよう」
「分かったからどいてくれ。重い゛ッ!?」
「・・・乙女に重い、禁句」
頭突きを一発。
不機嫌な表情になりながらも、ミキはトモルから下りた。
人間と魔物娘が共存するようになり早数年。
未だ完全に浸透した訳ではないが、それでもそれなりには
魔物娘の存在が認知されつつあった。
『屈しない! 魔物などには絶対に屈しない!』と言っていた某国の首相が
『おっぱいには勝てなかったよ・・・』と言っていたのは記憶に新しい所である。
それより、ここ暫くの問題は市民層の方が多い。
特にサイクロプスのような、魔物らしい特徴をはっきりと持った魔物娘は
中々受け入れ難いというのが現状であり、迫害じみた行為も
依然として存在している。
「はよーッス」
「おはよう」
「よーおはよう。お二人さん、今日も一緒に登校ですかい? お熱い事で」
「うん、一緒」
「バーカ。そんなんじゃねーっての」
囃し立てる友人のケンヤ。それに対して満更でもないミキと、定型的な否定をするトモル。
二人の通う学校は、2年前から魔物娘と人間の共学校になり、校内には多くの
魔物娘が存在している。
この共学化はここ3年程の間に急速に進行しており、現在では全国に存在する学校の内
約6割程度が共学となっている。
余談だが、この頃ラミアやケンタウロス用の椅子、ハーピー用の文具等、魔物娘専用の
道具の需要が高まり、経済がかなり活性化。
報道各社は連日『魔物特需』として、様々な製品を紹介していたりした。
「あっそうだ。今日国語の小テストあるらしいぞ」
「マジ!? 範囲どこよ?」
「漢字辞典の23ページから26ページまで。3時間目だから急げよ」
「うわやっべ! 全然やってねぇよ!」
「トモル、勉強はちゃんとしよ」
「うるせぇ! 俺は今を精一杯生きるのに必死でそんなのやってられねぇんだよ!」
「クリアしたゲームのレベル上げを徹夜でする事が、精一杯生きてるとは思えない」
「ちくしょう! ボーっとしてそうに見えて毎回上の下くらいキープしやがって!」
ミキは授業と勉強時間だけ思い切り集中し、それ以外の時間はゆっくりと休む効率重視のタイプ。
トモルは・・・詳細を説明するのは避けておく。
「ミキ、頼むから教えてくれ!」
「漢字じゃ教えようがない」
「何でもいいから教えてくれ! すぐに覚えられる方法とか!」
「とにかく書く」
「まどろっこしい! もっと楽な方法で!」
「あきらめたらいいと思う」
「ド正論! うわー! 追試受けたくねーっ!」
テスト前のお決まりのやりとりをしている内に、担任教師がやって来て、
朝の会が始まる。
これが、彼らの日常である。
(眠ぃ・・・マジ眠ぃ・・・)
3時間目、小テスト。
見事に、夜更かしが響いた。
結局まともに勉強できる訳も無く、回答は適当に埋めただけ。
トモルは追試への片道切符となった答案用紙を力なく提出することとなった。
「・・・♪」
ミキは今回も上々の模様。
回答の見直しも終え、微笑みながら答案用紙を出した。
「よし、全員揃ったな。んじゃ、授業続けるぞ」
「あ゛ー、追試ヤダなー。・・・っと?」
ミキの席は、トモルの席から左に4つ、前に1つ。
はっきりと、確認できた。
(あいつ、またやられてるな・・・)
後ろの席の男子が、コンパスの針でミキの腕を突いていた。
当の本人は全く意に介していないようだが、男子生徒の方は
教師の死角になっている事をいいことに、執拗に針で刺し続ける。
ミキは所謂、いじめに遭っていた。
大らかな性格の彼女は殆ど気にしていないように見えるが、本当はそれなりに
傷ついている事をトモルは知っている。
(高校生にもなって何やってんだか。後で根回し、しときますか)
この状況をどうにかしようと、トモルは日頃から人脈を作っている。
いじめ問題に詳しい教師や、グループの中核にいる上級生、部活の後輩等。
彼は勉強は出来ないが、こういう事には頭が回るのだ。
(にしても、どうにかならねぇかな。結局今んとこ対処療法だし。
・・・おっ、『対処療法』ってインテリっぽくね?)
「トモルー! 聞いてるかー!?」
「えっ、はい?」
「筆者の主張はどこから始まったか、分かるよな?」
「えっ、その・・・『おじいちゃんががおならをした』のくだりからです!」
「どこにんな話載ってんだよ! 47ページだバカ野郎!」
「すいませんでしたっ!」
ドッと、教室に笑い声が響く。
それを見て、ミキもクスリと笑った。
「昼メシー!!!」
「うるせぇバカ。ほら、用意するぞ」
4時間目も終わり、昼休み。
弁当を開ける者、購買や学食へ向かう者といる中、三人はミキを中心にし、
前後をトモルとケンヤが挟む形で学食へと歩いていた。
「金、盗まれてないよな?」
「上履きの中にあるから大丈夫」
「上京したての田舎者か。まぁ、大丈夫ではあるだろうけど・・・」
盗難に遭うのも日常茶飯事。
財布に始まり弁当箱やジャージ等々、ありとあらゆる物が盗難経験を持っている。
そして、大抵が焼却炉やゴミ捨て場で見つかる。
「サダのボンクラがまともな奴だったらよかったんだけどな」
「たられば言ってもしゃーないだろ。生徒は教師を選べない」
「先生にも立場がある。しょうがない」
「ミキ、お前聖人君子か何かか」
「人じゃないけど」
「『めっちゃいい奴』って意味だから覚えとけ」
「微妙に違う気もするんだが・・・」
他愛も無い事で、会話が弾む。
仲良し三人組のお喋りは、食堂に着くまで続いた。
「カツカレーか・・・いやうどんもいいな・・・」
「カレーうどんは?」
「いや何かカレーうどんって何かこう・・・何か違うだろ?」
「あー、分かる。俺日替わりのA」
「私はミックスフライ定食にする」
「相変わらずよく食うな。太う゛っ!?」
「・・・トモル、黙ろ」
「お前先週辺りもこんな流れあったよな・・・学習しろよ」
ちょっとしたケガを負いながらも、食券を買う。
すると、そこに誰かが近づいてきた。
「おやおやー? アタシの友達のミキちゃんじゃーん?」
「「げっ」」
着崩した制服に派手な化粧。典型的な不良のそれ。
「ねーねーミキちゃーん。アタシ今月ピンチでさー。ごはん食べられないんだよねー」
早い話、たかりに来たという事である。
この不良娘、カナコは事あるごとにミキにつっかかってくる人物である。
不良グループのNo.2という位置を駆使して、嫌がらせの限りを尽くしてきた。
トモルの立ち回り、ケンヤの協力等もあって最近はそれなりに落ち着いてきてはいるものの、
こういった行為は依然としてある。
「友達でしょー? それちょーだい♪」
両手を前に出す。
『食券よこせ』の意である事が誰にでも分かる。
今まで、ミキは何の疑問も無く食券を渡していた。(曰く『お腹減ってると辛いのは皆一緒だから』)
が、今この場には二人の友人がいる。
「せーんぱーい、下級生にたかって恥ずかしくないんスかー?」
「少なくとも、俺はメシ時だけ現れて食券だけ奪うような人を友達とは認めませんね」
軽い調子で煽りを入れるトモルと、口調こそ丁寧だが静かに怒りを燃やすケンヤ。
その二人にカナコが返したのは。
「は? お前らに関係ないじゃん」
典型的な屁理屈、『関係ない』であった。
この言葉は二人も予想するところであり、一気に畳み掛ける。
「はいキターッ! 『関係ない』頂きまシタァーッ! 小学生レベルの回答でェース!
だからなんだよって事に一切気づかない! 関係なけりゃたかりもOK? 笑止千万でェース!」
「さらに言えば関係あるんですよね。この娘、俺らの友人なんで。
あぁ、勿論先輩みたいに返済無期限のATM扱いとかしてませんよ? ・・・って、分かります?
どうもこういうちゃんとした意味での友人、先輩にはいなさそうですけど」
「は? ウザいんだけど?」
「で、出たー! 貶された途端思考停止して何の理屈も無い罵倒に走る奴〜!
ウザいとかお前の事〜! 自己紹介あざーっす! 忘れるまでは忘れましぇーん!」
「ブーメランも大概にして下さいよ。因みに、『ブス』『バカ』辺りも同じですからね。
ケバい上に香水つけすぎで臭いんですよ。トイレの芳香剤の方がまだマシです」
「チッ、ウザいんだよ! アタシ誰だと思ってんだコラ!」
「よーく存じてますよー? 薄汚れた金髪とダサダサのファッションセンスで有名なカナコ先輩!
3つ目のバイト先で最速バックれ記録更新したそうですねー! おめでとーございまーす!」
「『虎の威を借る狐』ってご存知ですか? といっても、大した権力者もいませんけど。
あなた一人で出来る事って何かありますか? このままだと、ニート一直線ですが」
「・・・あーもうウザい! もういい!」
人数的利を抜きにしても、トモルとケンヤの圧勝である。
このままカナコが引き下がって終わり・・・と思われたが。
「・・・これ」
「え?」
カナコに近づき、食券を渡す。
記載されているメニューは『天ぷら蕎麦』
「迷ってたやつ。あげる」
「おいミキ! そんな奴にやる必要ねぇって!」
「つけあがられるぞ? かけ蕎麦ですら贅沢だってのに、天ぷらまでつけるとか・・・」
「いいの。ちゃんと食べないと」
まさかの事が起きた。
普通ならここで出るべきは感謝の言葉・・・のはず。
「何コレ? アタシミックスフライ定食よこせって言ったんだけど?
やっぱり目玉一個しかないから脳も半分しかないんだ。キモいんだよ」
彼女の我儘さは、人知を超えていた。
「・・・お、おう」
「・・・うわー」
種族の特徴を論って罵倒。
煽りの言葉すら出ないほどに、男子二人はドン引きだった。
そうして出来た間で。
「ん、それじゃこっち」
ミキは普通に、最初に買ったミックスフライ定食の食券を渡した。
カナコはそれを奪い取る様に貰うと、
「ありがとー! また宜しくー!」
とだけ言って、食堂の奥へ消えた。
「いじめはする側が悪いのは当然だが、される側に原因あるパターンもあるんだな。
ミキ! お前お人好しにも程があるわ!」
放課後。
帰り道を歩くトモルは、並んで歩くミキに思い切り怒鳴った。
「お腹すいてたんだから仕方ない」
「だからってあんな馬鹿に奢るこたぁねーだろ!」
「先輩、すごく痩せっぽち。ちゃんと食べないと大きくなれない」
「えぇ確かに腕は折れそうだし脚は鶏ガラだし胸もまな板でしたよ!
お前とは正反対! むっちむちで巨乳で見方によっちゃデぐほっ!」
「・・・頭痛い。物理的にもそうじゃない意味でも」
グラビアモデル顔負けのミキのむちむちボディは、全校男子の主なオカズとなっている。
男子生徒からのいじめ行為は、所謂『好きになった相手に意地悪をする』という事である。
「お前はもっと警戒心持て! サイクロプスの腕っぷしが強いのは(ゲームで)知ってる!
でもお前女なんだからさ、そこら辺考えろよ!」
「何を?」
「さりげなーくガールズトークとか聞いて、今何が流行ってるかとか理解して友達作るの!
俺とケンヤ以外にも誰かいねーのか?」
「二人がいるからいい」
「作れ! いいから作れ!」
若干、噛みあわなかったりもする言い争いは、家に帰るまで続く。
これが、二人の日常であった。
―――この日までは。
翌日、放課後。
「ったー・・・」
昨日の追試験を終え、鞄を背負って猫背になりながら家路につくトモル。
とぼとぼと歩を進めていると、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「トモル! 大変だ!」
全力で走りながら声をかけたのはケンヤ。
声色から察するに、かなり焦っているようである。
「誰が変態だって?」
「ボケてる場合じゃねぇ! ミキが!」
「ミキがどうした?」
息を整えながら、ケンヤが伝えたのは。
「ミキが・・・攫われた!」
体育館の裏にある倉庫。
そこに、ミキは囚われていた。
「アタシの事散々バカにしてくれて・・・」
首謀者のカナコは、食券をもらった恩義は勿論の事、
自分を馬鹿にしたのはトモルとケンヤという事すら忘れる程に馬鹿だったらしい。
「結構面倒だったんだぞ? 全く・・・」
「分かってるっての。後でキチンと払うからさ・・・カラダで」
実行犯は不良グループのトップであるカズキと、その手下。
トモルは追試、ケンヤは部活で近くに居ない、ミキが一人になったところを狙われた。
「今日は見たいテレビあるから帰りたいんだけど」
拘束されているにも関わらずマイペースなミキ。
その余裕綽々の態度が、カナコは気に入らない。
「呑気なもんだね。テレビは見れないけど、テレビに映れるよ」
そう言いながら手に持ったのはビデオカメラ。
その瞬間、ミキの周りに下っ端の男たちが群がる。
「姐さん、本当にいいんすね?」
「大丈夫大丈夫。いくらでもやっていいから」
「・・・え、ちょっと待って」
この状況になって、漸くミキも気付く。
カナコの目的は・・・自分が輪姦されている所を、映像に収める事だと。
「裏ビデオに流せば高ーく売れるから、昨日の食券分くらいなら返してやるよ!」
「嫌! 近づかないで! 撮らないで!」
「お断りしまーちゅ! ミキたんのボディ、しっかり堪能させてもらいまちゅからねー♪」
「魔物娘はヤるのが大好きな淫乱ビッチなんだからむしろ喜べや」
「その身体とか、誘ってるんだろ? お望みどおりにしてやるよ!」
「そんなんじゃない! 嫌、嫌っ・・・!」
男たちが、ミキの制服に手をかける。そして、カナコがビデオカメラのスイッチを・・・
「グフォッ!」
突如、不良の一人が倒れる。
後頭部から血が流れており、意識は失われている。
その場にいた全員が、倉庫の入口に目を向けた。
そこにいたのは。
「お前ら何してんだ!」
「体育館裏の倉庫・・・古典的ですねぇ」
拳を握りかためているトモルと、血の付いたバットを握りしめたケンヤであった。
「カズキ、流石にやり過ぎだ」
「ケンヤ先輩流石ッス。何の躊躇も無く脳天に」
「とりあえず全員ブッ潰せばいいんだな?」
「あそこにいるサイクロプスちゃんを除いて、ですがね」
「これはどうやら、先生の熱血指導がいりそうだな」
「ですね。お仕置きの時間だ」
「敵戦力分析完了。ターゲット全員、ランクE未満です」
「やれやれ、世話好きなヤツらだ」
「お前もな」
「今宵も拙者の竹刀は血に飢えておる・・・」
「この試験管、何が入ってると思います?」
そして、その後ろには凄まじい人数の生徒及び教師。
トモルの日々の積み重ねの結果である。
「さ、人質取られる前に行きますよ!」
「「「「「「「「「「「「オー!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」
号令と共に、体育館倉庫に一気に突っ込む。
顛末は、言うまでも無かった。
「大丈夫か?」
「うん。・・・それより、救急車呼ばなきゃ」
死屍累々とは、まさにこの事であろう。
全身そこかしこから血を流す下っ端に、痣だらけの顔となったカズキ。
『一応は女だから』という理由で被害の少なかったカナコも、あちこち傷だらけである。
「先生、これは不問ッスよね?」
「トモル、俺がどういう性格かは知ってるだろ?」
「まぁやり過ぎた感はありますが・・・私もやっちゃいましたしね」
「もみ消しなら任せて下さい」
「オタクは黙ってろ。俺が殺しゃあいいんだろ?」
「流石に殺人は擁護できませんよ?」
「白衣に血が・・・買い換えないと」
『トモルが作った』人脈である故、融通が非常に効く人々で揃っている。
会話の内容は、常人のそれでは無い。
「ありがとう。助けてくれて」
「いいって事よ。それより、さっさとずらかるぞ。救急車は・・・一応呼んでやるか」
そう言いながら携帯を取り出し、電話をかけるトモル。
この時、彼は気付いていなかった。
「もしも・・・」
下っ端とカズキは、完全に気を失っていたが。
「・・・うぇ゛っ!」
「あっ!?」
たった一人、意識の残っていた者がいたという事を。
「・・・ははっ、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!!!」
起き上がりざまに繰り出したカナコのパンチは、偶然にもトモルの左目に命中し、
隠し持っていたナイフが、脇腹を貫いた。
「トモル!」
ミキ誘拐事件から三日後、とある病院の病室。
そこに、トモルは入院していた。
「・・・何だミキか。五月蠅い」
ナイフは突き抜ける程深く刺さったが、幸い臓器からは外れており、命に別状は無かった。
・・・だが。
トモルの左目には、眼帯がつけられていた。
「・・・えっ」
「右側に来い。見えねぇ」
「嘘・・・嘘だよね・・・」
「眼帯は中二病と一緒に卒業したわ。外してぇよ」
「私の・・・せいで・・・」
「気にすんな。つーか、お前のせいじゃねーから」
左目が、見えない。
その事を知ったミキは、泣きじゃくりながら、トモルに抱きついた。
「トモル!」
「うぉっ! 待て落ち着け! 傷開くから!」
「あげる! 私の目、あげる!」
「いやいらねぇよ! 俺は目ぇ2個あるけど、お前1個しかねぇじゃねーか!」
「あげる! 私のせいでこうなったんだから、あげる!」
「バカ言え! 何にも見えなくなっちまうんだぞ!」
「見えなくていい!」
「お前ただでさえ危なっかしいのに、見えなくなったらエライ事になるだろ!」
「それなら、トモルにずっとついてく!」
「めんどくせぇわ! つーか、これしばらくしたら治るから!」
「・・・えっ?」
確かに拳が深く入り、角膜が僅かに傷ついたのは事実。
しかし、不幸中の幸いはそれ以上に深い所にダメージは無かった事。
更に、既に角膜移植のアテが出来ており、ほんの数日で、視力が回復する予定である。
「大体、俺とお前じゃ目の大きさ違いすぎるから入らねぇだろ」
「・・・あ」
「全く、抜けてんだよお前は。・・・俺がいねぇと、どうしようもないな」
「ごめん・・・」
「・・・なぁミキ、一回しか言わないから聞け」
ミキの頭をポンポンと叩きながら、その大きな瞳を見つめて。
「さっき面倒臭いとか言ったけど、それ撤回。
ずっと、俺から離れるな」
どういう事か理解するのに、時間がかかった。
そして、分かった瞬間、顔が真っ赤に染まる。
「え、え、えっ」
「で、答えは!?」
「私、魔物だよ?」
「知ってる。だから何だ」
「サイクロプスだよ? 一つ目なのに、気持ち悪くないの?」
「愛嬌ある目でいいじゃねぇか。今更何言ってんだ」
「何時も頭突きばっかりしてるんだよ?」
「原因が俺だって事ぐらい分かってるわ。馬鹿にすんな」
「・・・本当に、私の事、女の子として好き、なの?」
「あーそうだよ! 俺はお前が大好きだよ!
そのでっかい目も! 抱き心地いい身体も! マイペースな所も! 結構お茶目な所も!
意外と繊細な所も! 美味そうにメシ食う所も! 全部、ぜーんぶ大好きだ!」
「うあっ、うわはっ、うわーっ!?」
ヤケクソ気味の告白に、ミキは大混乱。
大きな目をぐるぐる回しながら、倒れた。
「痛っ、でーーーーーー!!!!!!??????」
丁度、トモルの脇腹に向かって。
トモルの退院から数日後の朝。
「・・・いや、確かにああは言ったけどさ」
「嘘つくの?」
「いやそういう訳じゃ・・・」
トモルの退院後、ミキはトモルから文字通り離れなくなった。
腕を組んで登校し、学校でも腕なり背中なりにくっつきっ放し。
帰りも一緒、家でも一緒。いつでもぴったり離れない。
風呂やトイレにまでついて着た時は、流石にトモルも驚いた。
そして現在、ミキはトモルの肩に頭を預けながらくつろぎ中。
当然、色々な目にさらされる。
「またやってるよ・・・」
「若いっていいねぇ」
「同い年だろ」
「不潔よ!」
「はいはい、そうカッカしなさんな」
学校公認カップルとなった二人を遮るものは何もない。
というか、誰一人として遮れる者はいない。
「ケンヤ・・・助けてくれ」
「無理。責任とって一緒にいてやれや。つーか、告ったのお前だろ?」
「いやそうだけどさ・・・」
「お前なぁ・・・」
歯切れの悪い回答を続けるトモルにケンヤが喝を入れようとしたその時。
思いもよらぬ人物が現れた。
「ミキちゃーん!」
「「げっ」」
つい数日前に聞いた、非常に覚えのある声。相変わらずの暗い金髪、意図的に崩した制服。
その主は。
「カナコ参上! 停学より本日! 無事! 復帰致しましたー!」
ミキの誘拐計画を企てた張本人、カナコであった。
「今更何しに来たんだ」
「あー・・・うん、そうなるよね」
「そらそうなるわ。仏のミキもご立腹・・・」
「顔色悪い。朝ごはん、ちゃんと食べた?」
「じゃありませんでした! なにこの聖人君子! つーかお袋!」
「人じゃないけど袋でもない」
「何処から突っ込めばいいんだろう! んじゃ聖まも君子!」
「無理矢理語呂合わせに行ったなオイ」
「そろそろいいかな」
突然の真面目な声。
思わず、辺りが水を打ったように静まる。
そして、その沈黙を破ったのは。
「ごめん」
カナコの発した、僅か3文字の言葉だった。
「多分・・・嫉妬してたんだと思う」
淡々と、カナコは語りだす。
「知っての通り、アタシはグループでそこそこいい位置にいた。
けど、それってすっごく薄い関係だったんだ。何か気づいたら上にいたから従う、みたいな。
それにアタシ勉強できないし、普通に会話できないし、スタイルもこんなだし。
アタシに無いものを全部持ってたミキが羨ましくて、嫉妬してたんだ」
話が途切れる。
それを聞いたトモルは、怒りや憐みが入り混じった、複雑な感情になった
「・・・だから、あんな事したのか」
「うん。全てはアタシのちっぽけなプライドを守る為の、馬鹿のやる馬鹿らしい事。
ミキの友達まで傷つけて、許されるなんて思ってないから、どう思われてもいい。
・・・ごめん、それは嘘。ちゃんと謝るから、許して欲しい。
・・・今までずっと、馬鹿な理由でいじめをしてました。ごめんなさい」
床に手をつけ、頭を下げる。
誰もが予想だにしなかった者の、誰もが予想だにしなかった行動だった。
そして、それに対するミキの行動も、誰が予測できただろうか。
「・・・友達」
「・・・?」
「先輩、私の友達になろ」
「えっ・・・?」
「ちょ、ミキ!?」
「正気か!? いくらなんでも、それは・・・」
「お腹すいてると辛い。けど、心が空いてるのはもっと辛いから」
あろうことか、今まで自分を苛め、輪姦動画まで撮ろうとした相手に
友達になる提案をしたのである。
鳩が豆鉄砲どころか、豆の一斉掃射でも喰らったかのような顔をするケンヤ。
頭を抱えるトモル。
唇をぷるぷると震わし、涙を流すカナコ。
三者三様のリアクションをする中、ミキは床に座るカナコをその大きな瞳で見つめ。
「お腹と心、いっぱいにしよう」
優しい笑顔で、手を差し伸べた。
それを縋るように掴んだカナコは。
「・・・アタシ、本当の友達できたの初めて」
とだけ零し、号泣した。
「うぇーーーん!!! ごめ゛ん゛ね゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛!!!!」
「よしよし」
頭をなでながら、ニコニコ笑うミキ。
それを見たトモルは。
(・・・ま、これがミキ、だよな)
考える事を止め、今起きていることをそのまま受け入れる事にした。
ミキとカナコが友達になるというまさかの結末から半日、放課後。
彼女はとんでもない事をのたまった。
「ねぇ、トモル」
「何だ?」
「トモルも、えっちな事したい?」
「はいっ!?」
唐突に投下された爆弾に、辺りが騒然とする。
ざわつく男子。悲鳴を上げる女子。
口笛を吹いて囃し立てる男子、興味深そうに聞き耳を立てる女子。
「おまっ、何言ってんだ!?」
「私が抱きつくと、ズボンふくらむ」
「そらそうよ! お前自分がどんだけ凶悪な身体してるか分かってねぇだろ!」
「分かってるからこうしてる」
「思ったより計算高かった! そうでしたこの娘勉強できる方でした!」
「カナコせんぱ・・・カナちゃんに聞いた。トモルは身体で誘惑すればイチコロだって」
「あのアマ純粋少女にナニ教えてくれてるんですか!?」
「トモルなら、私の身体・・・好きにしてもいいよ」
一挙に周りの声が大きくなる。
その状況を見かねて、ケンヤが助け舟を出す。
「あーっ! あんな所にヅラ追いかけてる校長が!」
古典的な手だが、一瞬クラスの目が外に向いた。
その機を逃さず、トモルは一気に教室から逃げる。
「ケンヤサンキュー!」
「・・・通用するもんだな。・・・トモルとミキがくっついて、カナコ先輩には
友達ができた。俺は・・・あーあ、主人公の友人ポジは辛いですなぁ」
そう言いながらも、彼の顔は晴れやかだった。
少なくとも、脇で怒ったり嘆いたりしている男子群と比べれば。
「ね、今日帰ったらえっちしよ」
「あぁそうするわ! 絶対寝かせねぇからな!」
幼馴染は距離が近すぎて恋愛対象にならない。
そんなものは、この二人の前では一切関係なかった。
15/01/24 02:17更新 / 星空木陰