7.一難去っても難に行き
街の入口、馬車の隣。
早朝の爽やかな空気に全くそぐわない、緊迫した状況がそこにあった。
「お前らが余計な真似してくれたおかげで、大目玉くらったよ。
たっぷり礼してやる。・・・おい、お前ら!」
ヤクトが声を上げると、辺りの草叢から数人の男が出てきた。
「おい、本当にいいんだろうな」
「構わねぇよ。このガキさえ捕まえときゃ、あいつは動けねぇ」
「へへっ、上玉じゃねぇか。でかしたぞヤクト」
下衆。
それ以外の何者でもない集団。
だが、たった一人の人質で、エトナは動けなくなっていた。
「卑怯者が・・・」
「口の利き方に気をつけろ。俺の気持ち一つでこのガキの命はねぇ。
大人しく黙ってる事だ」
ナイフをシロの首筋に近づける。
冷や汗が一滴、刃に落ちた。
「で、どうするよ? とりあえず剥くか?」
「バーカ。半脱ぎが一番そそるだろうが」
「何でもいいからさっさとしろ。・・・おいガキ。よーく見とけ。
テメェが余計な真似しやがったせいで、お姉さんが輪姦されるとこをよ」
ナイフの刃が、シロの皮膚の張力を超える。
僅かに、血が滲んだ。
それが、引き金だった。
「・・・正当防衛成立、ですね」
「あ? 何か言っ・・・あがっ!」
左足を思い切り振り上げる。
その踵は、見事にヤクトの股間に刺さった。
怯んだ隙を見逃さず、ナイフを奪い、ヤクトから離れるシロ。
そして。
「エトナさん! ボコボコにして下さい!」
「おう!」
返事をするが早いか、エトナは周りにいた男達を蹴散らした。
当然、あっという間に決着がつく。
一応、急所は外してあるのが、せめてもの情けか。
「人質を取るなら拘束してから。常識ですよ」
「不意打ちはシロの十八番だからな。流石にここで炸裂するとは思わなかったが」
「ぐっ・・・」
あっという間に形勢逆転。
程なくして、悪足掻きのタックルをしようとしたヤクトをエトナが気絶させ、
辺りには6つの伏した男達が転がった。
「本っっっっっっっっっっっ当に!!!!! 申し訳なかったーーーーー!!!!!!」
ヤクト含む男たちを運び、料理店へ。
大地を揺るがすほどの大きな叫び声を上げ、比喩でも何でもなく地面に頭をめり込ませて
土下座をするラザク。
確かに酷い悪行をされかけたが、二人はこの時、軽く引いた。
「いくらバカな息子とはいえ、人の道をここまで踏み外していたとは露知らず!
親としての責任を果たさず! 取り返しのつかない事をしでかした!
死ねと言うなら今すぐ喉を掻っ切る! 代償を寄越せと言うのなら臓器を売ってくる!
本当に、本当に、申し訳ないっ!!!」
地面に何度も頭を打ち付るラザク。
額からは血が流れ、辺りには何事かと思って人だかりができる。
「あの落ち着いて下さい。その・・・むしろ迷惑です」
「いや確かにとんでもねぇ事してくれたが・・・一回落ち着け」
土下座マシーンと化していたラザクの頭をエトナが掴み、動きを止めさせる。
ラザクの顔は血と汗と涙と砂埃と・・・それはそれは酷い事になっていた。
「まぁ何だ。シロと話したんだが、別にアタシ達はこれ以上どうこうするつもりはねぇ」
「ですから落ち着いて、ヤクトさんによく言い聞かせて下さいね」
そう、二人が言ってから数秒。
今度は、大粒の涙を流しながら。
「その寛大さ、大変痛み入るっ! 本当にすまなかった!」
大声を上げ、もう一度土下座をした。
「・・・って痛ーーーーーっ!? デコがっ! デコが痛ぇ!?」
「何を今更」
「多分、アドレナリンの分泌が止まったのでしょう。
とりあえず急いで手当てを」
「少し散歩をしてたんですけど、そしたらヤクトさんに・・・」
「そっか・・・今度からは起こしていいからアタシも連れてけ」
遅めの朝食はシロの作った半熟オムライスと野草サラダ。
ちなみに、二人の食べているオムライスの大きさは倍近くの差がある。
「エトナさんが野草に詳しくて助かりました。大分費用が浮きましたよ」
「ま、これくらいはな。食うだけっていうのも嫌な話だし」
基本的に、オーガは山岳等に棲む。
エトナもその例に漏れず、街から街への移動の際もよく山越えをしており、
その際に食べられる野草やキノコ等の自然植物を(勘を頼りに)採れるようになっていた。
「けどこの・・・マヨネーズ? だっけ? 何か野草に合うな」
「本に載ってたんで、作ってみたんですよ。主成分は油なんで、摂りすぎはよくないですけど」
馬車の中で、談笑をしながら楽しく過ごす。
そして、二人が食事を終える頃。
「シロ。あのさ・・・あの時は上手くいったけど、もうするな。
下手したら死んでたんだぞ?」
エトナは、気が気でなかった。
シロの素早い判断と行動で状況が一変したとはいえ、もしもあの時、ヤクトが何かに感づいたら。
蹴った衝撃で、ナイフがあらぬ方向に飛んだら。・・・どうなるか等、考えたくもない。
だが、当の本人は。
「あぁ、大丈夫ですよ。人質は一人だけの場合、基本的に死にません。
殺してしまったらあとは捕まるだけですし」
まるで他人事のように、平然と返す。
「・・・初めて会った時も思ったけどさ、何でお前はそこまで自分に無頓着なんだ。
あのバカの事だから、何も考えずに殺すことだってあるだろ?」
「その時はその時ですよ。どのみちエトナさんは犯されずに済みますし」
「っ! バカにするな!」
反射的に、エトナは平手打ちをした。
ギリギリで力は弱められたが、オーガの平手打ちである。当然、シロの頬は真っ赤になった。
「あっ! ・・・ごめん。でもなシロ。お前はもっと自分を大切にしろ」
「・・・?」
打った頬を摩りながら、語りかけるエトナ。
「アタシはお前に・・・ほ、惚れ、てんだよ。シロを蔑ろにする奴は許さねぇ。
たとえ、それがシロ自身だとしてもだ」
殴られたシロの頬と同じくらいに、自分も顔を赤くしながら、エトナは続ける。
「それにな、オーガは強いんだ。あのまま犯される訳無いだろ。
シロを助けて、全員蹴散らすつもりだったっての」
ゆっくりと、シロを抱き寄せる。
「シロがそういう奴って事は知ってる。けどな、頼むからもっと自分を大事にしてくれ」
「エトナ、さん・・・」
エトナの背中に手を回し、抱き返すシロ。
しばらく、二人は抱き合っていた。
「・・・コール。僕はワンペアです」
「坊主、よくそんな手で降りなかったな・・・負けたよ。Jトップのブタだ」
とある酒場にて。
大道芸で稼いだ銅貨を手に、隅で行われていたポーカーに参加したシロ。
連戦連勝とまでは行かないが、着実に元手を増やしている。
「コール。スリーカードだ」
「ツーペア。・・・くそー、何で勝てないんだ?」
その隣のテーブルで同じくポーカーをするエトナ。
シロの勝ち分を帳消しにする位の負けである。
「そろそろ上がりますね。エトナさん、何か飲みます?」
「ん、それじゃエールでも貰おうか」
「分かりました。すいませーん、エールとアイスティーを1杯ずつ」
店員に飲み物を頼むシロを見ながら、エトナはタリアナでの出来事を思い返す。
"自然と、こういう人の心理を読めるようになったんですよ"
(どうりで、この手のゲームに強い訳だ。
・・・本来、そんな事なんて出来なくていいのにな)
見た目はいたって普通の、どこにでもいる少年。
しかし、瞳の奥はいつも悲しげで、過去に苛まれる日々を過ごしていた。
(シロ。絶対にアタシが守る。・・・いや、守らせてくれ。
アタシはシロの笑ってる所を、もっと沢山見たいんだ)
酒場の客と雑談をしながら、笑うシロ。
その笑顔を守ろうと、エトナは決意を新たにした。
「この街からだとそのまま北上して行くか、少し東に行ってみるか。
あとは思い切って船で西の島へ、なんて道もありますね」
「どれも面白そうだな。シロ、やっぱり別のとこにしてみるか?」
「そうですね・・・このままでもいいですけど、もう少し考えますか」
店主に周辺の街の情報を聞くエトナとシロ。
飲み物片手に、地図をなぞる。
「一番近いのはこっちですよね。でも選択肢が多そうなのはここですし」
「そっちはまだ行った事あるけど、ここは行った事無いな。何かあったっけ?」
「名産品がこれで、あと・・・」
二人が話し合っていた時。
突如、酒場の扉が勢いよく開かれ。
「皆! 大へゴフッ!」
勢いよく、元に戻った。
「ラザクさん。いつも言ってるように、うちの扉は開きっぱなしにならないタイプですから。
もっと静かに開けて下さい」
「いたた・・・ああうん。いやそれよりだ!」
訪れたのは料理屋の店主、ラザク。一体どうしたのかと二人が入口の方を見ると。
「誰か助けてくれ! うちの店の客が暴れてるんだ!」
ラザクの料理店。
そこには、大勢の野次馬が集まっていた。
そして、その中心では。
「この店はこんなまずいメシで金を取るのか!」
客らしき男。恐らく、ラザクの言う暴れている客とは彼の事だろう。
テーブルに置かれていたのは、昨日シロが食べたオムライスだった。
「これを作ったのは誰だ! 俺がぶっ殺してやる!」
「なぁなぁ、誰が作ったんだ?」
「知らねぇよ。あれ、でもオムライスってこの店の息子が・・・」
「おいそこのお前、それは本当か!?」
「ヘッ!? いや、その。確か、そんなだったような・・・」
「はっきりしやがれ! まぁいい。そいつを引っ張り出せ!」
事実、このオムライスは料理店の息子、ヤクトが作っていた。
それ故、ヤクトはシロの感想にキレたのである。
この時、シロとエトナも料理店の前に着いた。
一部始終を見るや否や。
「エトナさん、ちょっと来て頂けますか」
「どうした?」
エトナの手を引き、野次馬の間をすり抜け、輪の中心へ向かうシロ。
そして、男に声をかけた。
「あのっ、もし今から美味しいオムライスを作れたら、落ち着いてもらえますか?」
「あぁ? お前がコレ作ったのかこの野郎!」
興奮状態の男は話を聞かず、シロに殴りかかった。
しかし、その拳はシロの顔に届く前に、エトナによって止められる。
「話聞け。シロはこの店とは何の関係もねぇよ。
・・・シロ、どうせあいつがやらかしたんだろ? ほっとけよ」
しかし、それでもシロは。
「確かにそうですが、このままではお店の評判に関わります。
それに、ヤクトさんが沈静化を図るのは難しいでしょう。
それなら、僕がどうにかします」
「シロ・・・」
シロの料理の腕は知っている。
しかし、一度ならず二度まで暴力を受けた相手の為に、それを使う。
エトナには、その考えが全く理解出来なかった。
・・・だが。
(シロ、だもんな・・・)
自分を勘定に入れない。シロの長所兼短所。
なら、いざという時は自分が守ってやればいい。
「分かった。・・・おい、シロに手ぇ出したらただじゃおかねぇからな。
黙って料理が完成するまで待ってろ」
「何でもいいからさっさとしろ! 俺は気が短ぇんだよ!」
「そんなにお待たせしませんよ。15分・・・いや、10分あれば出来ます」
そう言って、店内へ歩くシロ。
エトナも、それについていった。
「坊主、何度もすまねぇ。俺もできる限りの事はする!」
「いえ、大丈夫です。・・・材料はありますね。それでは」
完璧な手捌きだった。
片手で卵を割りながら、野菜をみじん切りにし、ボウルに入れた後、
手早く調味料をふりかけ、フライパンが熱した事を確認する。
「坊主・・・お前、俺より上手いんじゃねーか・・・?」
「あとは油・・・ラザクさん、油はどこにありますか?」
「おう、この下の扉に・・・んんっ?」
扉の中のスペースに頭をつっこむラザク。
そこから出てきたと思うと、今度は厨房一帯を見回し、収納を確認し始めた。
扉、引き出し、籠、木箱、冷蔵庫・・・それら全てを見た後。
「・・・ねぇ。油がどこにもねぇ!」
頭を抱えながら、叫んだ。
「ええっ!?」
油が無い。それは、工程の中に『焼く』という行為をする必要がある料理にとって、
あまりに致命的な事である。
「さっきまだ3本はあったはずだぞ・・・おい、倉庫にあるか見てこい!」
「店長、倉庫に油はありません!」
「嘘だろ!? 本当に確認したのか!?」
「それが・・・何者かが侵入した形跡があります!
もしかしたら、盗まれたのかもしれません!」
「・・・こんな時に何て事だ!」
ラザクは嘆いた。無理もない。
最悪のタイミングで、最も重要な物がどこにも無いのである。
「坊主、油無しで卵焼けるか?」
「うーん・・・自信は無いですね。多分焦げます。
それに、たとえ上手く焼けたとしても、風味は劣りますし・・・」
「くそっ! どうすれば・・・」
また頭を抱え、俯くラザク。
すると、その横にいたエトナが声をかけた。
「なぁ店主さん。あの客が暴れても、シロに危害加えないように出来るか?」
「へ? あ、あぁ。どうにかなると思うが」
「信じるぞ。・・・シロ、2、3分待ってろ」
「えっ? エトナさん?」
そう言い残し、エトナは店を飛び出した。
早朝の爽やかな空気に全くそぐわない、緊迫した状況がそこにあった。
「お前らが余計な真似してくれたおかげで、大目玉くらったよ。
たっぷり礼してやる。・・・おい、お前ら!」
ヤクトが声を上げると、辺りの草叢から数人の男が出てきた。
「おい、本当にいいんだろうな」
「構わねぇよ。このガキさえ捕まえときゃ、あいつは動けねぇ」
「へへっ、上玉じゃねぇか。でかしたぞヤクト」
下衆。
それ以外の何者でもない集団。
だが、たった一人の人質で、エトナは動けなくなっていた。
「卑怯者が・・・」
「口の利き方に気をつけろ。俺の気持ち一つでこのガキの命はねぇ。
大人しく黙ってる事だ」
ナイフをシロの首筋に近づける。
冷や汗が一滴、刃に落ちた。
「で、どうするよ? とりあえず剥くか?」
「バーカ。半脱ぎが一番そそるだろうが」
「何でもいいからさっさとしろ。・・・おいガキ。よーく見とけ。
テメェが余計な真似しやがったせいで、お姉さんが輪姦されるとこをよ」
ナイフの刃が、シロの皮膚の張力を超える。
僅かに、血が滲んだ。
それが、引き金だった。
「・・・正当防衛成立、ですね」
「あ? 何か言っ・・・あがっ!」
左足を思い切り振り上げる。
その踵は、見事にヤクトの股間に刺さった。
怯んだ隙を見逃さず、ナイフを奪い、ヤクトから離れるシロ。
そして。
「エトナさん! ボコボコにして下さい!」
「おう!」
返事をするが早いか、エトナは周りにいた男達を蹴散らした。
当然、あっという間に決着がつく。
一応、急所は外してあるのが、せめてもの情けか。
「人質を取るなら拘束してから。常識ですよ」
「不意打ちはシロの十八番だからな。流石にここで炸裂するとは思わなかったが」
「ぐっ・・・」
あっという間に形勢逆転。
程なくして、悪足掻きのタックルをしようとしたヤクトをエトナが気絶させ、
辺りには6つの伏した男達が転がった。
「本っっっっっっっっっっっ当に!!!!! 申し訳なかったーーーーー!!!!!!」
ヤクト含む男たちを運び、料理店へ。
大地を揺るがすほどの大きな叫び声を上げ、比喩でも何でもなく地面に頭をめり込ませて
土下座をするラザク。
確かに酷い悪行をされかけたが、二人はこの時、軽く引いた。
「いくらバカな息子とはいえ、人の道をここまで踏み外していたとは露知らず!
親としての責任を果たさず! 取り返しのつかない事をしでかした!
死ねと言うなら今すぐ喉を掻っ切る! 代償を寄越せと言うのなら臓器を売ってくる!
本当に、本当に、申し訳ないっ!!!」
地面に何度も頭を打ち付るラザク。
額からは血が流れ、辺りには何事かと思って人だかりができる。
「あの落ち着いて下さい。その・・・むしろ迷惑です」
「いや確かにとんでもねぇ事してくれたが・・・一回落ち着け」
土下座マシーンと化していたラザクの頭をエトナが掴み、動きを止めさせる。
ラザクの顔は血と汗と涙と砂埃と・・・それはそれは酷い事になっていた。
「まぁ何だ。シロと話したんだが、別にアタシ達はこれ以上どうこうするつもりはねぇ」
「ですから落ち着いて、ヤクトさんによく言い聞かせて下さいね」
そう、二人が言ってから数秒。
今度は、大粒の涙を流しながら。
「その寛大さ、大変痛み入るっ! 本当にすまなかった!」
大声を上げ、もう一度土下座をした。
「・・・って痛ーーーーーっ!? デコがっ! デコが痛ぇ!?」
「何を今更」
「多分、アドレナリンの分泌が止まったのでしょう。
とりあえず急いで手当てを」
「少し散歩をしてたんですけど、そしたらヤクトさんに・・・」
「そっか・・・今度からは起こしていいからアタシも連れてけ」
遅めの朝食はシロの作った半熟オムライスと野草サラダ。
ちなみに、二人の食べているオムライスの大きさは倍近くの差がある。
「エトナさんが野草に詳しくて助かりました。大分費用が浮きましたよ」
「ま、これくらいはな。食うだけっていうのも嫌な話だし」
基本的に、オーガは山岳等に棲む。
エトナもその例に漏れず、街から街への移動の際もよく山越えをしており、
その際に食べられる野草やキノコ等の自然植物を(勘を頼りに)採れるようになっていた。
「けどこの・・・マヨネーズ? だっけ? 何か野草に合うな」
「本に載ってたんで、作ってみたんですよ。主成分は油なんで、摂りすぎはよくないですけど」
馬車の中で、談笑をしながら楽しく過ごす。
そして、二人が食事を終える頃。
「シロ。あのさ・・・あの時は上手くいったけど、もうするな。
下手したら死んでたんだぞ?」
エトナは、気が気でなかった。
シロの素早い判断と行動で状況が一変したとはいえ、もしもあの時、ヤクトが何かに感づいたら。
蹴った衝撃で、ナイフがあらぬ方向に飛んだら。・・・どうなるか等、考えたくもない。
だが、当の本人は。
「あぁ、大丈夫ですよ。人質は一人だけの場合、基本的に死にません。
殺してしまったらあとは捕まるだけですし」
まるで他人事のように、平然と返す。
「・・・初めて会った時も思ったけどさ、何でお前はそこまで自分に無頓着なんだ。
あのバカの事だから、何も考えずに殺すことだってあるだろ?」
「その時はその時ですよ。どのみちエトナさんは犯されずに済みますし」
「っ! バカにするな!」
反射的に、エトナは平手打ちをした。
ギリギリで力は弱められたが、オーガの平手打ちである。当然、シロの頬は真っ赤になった。
「あっ! ・・・ごめん。でもなシロ。お前はもっと自分を大切にしろ」
「・・・?」
打った頬を摩りながら、語りかけるエトナ。
「アタシはお前に・・・ほ、惚れ、てんだよ。シロを蔑ろにする奴は許さねぇ。
たとえ、それがシロ自身だとしてもだ」
殴られたシロの頬と同じくらいに、自分も顔を赤くしながら、エトナは続ける。
「それにな、オーガは強いんだ。あのまま犯される訳無いだろ。
シロを助けて、全員蹴散らすつもりだったっての」
ゆっくりと、シロを抱き寄せる。
「シロがそういう奴って事は知ってる。けどな、頼むからもっと自分を大事にしてくれ」
「エトナ、さん・・・」
エトナの背中に手を回し、抱き返すシロ。
しばらく、二人は抱き合っていた。
「・・・コール。僕はワンペアです」
「坊主、よくそんな手で降りなかったな・・・負けたよ。Jトップのブタだ」
とある酒場にて。
大道芸で稼いだ銅貨を手に、隅で行われていたポーカーに参加したシロ。
連戦連勝とまでは行かないが、着実に元手を増やしている。
「コール。スリーカードだ」
「ツーペア。・・・くそー、何で勝てないんだ?」
その隣のテーブルで同じくポーカーをするエトナ。
シロの勝ち分を帳消しにする位の負けである。
「そろそろ上がりますね。エトナさん、何か飲みます?」
「ん、それじゃエールでも貰おうか」
「分かりました。すいませーん、エールとアイスティーを1杯ずつ」
店員に飲み物を頼むシロを見ながら、エトナはタリアナでの出来事を思い返す。
"自然と、こういう人の心理を読めるようになったんですよ"
(どうりで、この手のゲームに強い訳だ。
・・・本来、そんな事なんて出来なくていいのにな)
見た目はいたって普通の、どこにでもいる少年。
しかし、瞳の奥はいつも悲しげで、過去に苛まれる日々を過ごしていた。
(シロ。絶対にアタシが守る。・・・いや、守らせてくれ。
アタシはシロの笑ってる所を、もっと沢山見たいんだ)
酒場の客と雑談をしながら、笑うシロ。
その笑顔を守ろうと、エトナは決意を新たにした。
「この街からだとそのまま北上して行くか、少し東に行ってみるか。
あとは思い切って船で西の島へ、なんて道もありますね」
「どれも面白そうだな。シロ、やっぱり別のとこにしてみるか?」
「そうですね・・・このままでもいいですけど、もう少し考えますか」
店主に周辺の街の情報を聞くエトナとシロ。
飲み物片手に、地図をなぞる。
「一番近いのはこっちですよね。でも選択肢が多そうなのはここですし」
「そっちはまだ行った事あるけど、ここは行った事無いな。何かあったっけ?」
「名産品がこれで、あと・・・」
二人が話し合っていた時。
突如、酒場の扉が勢いよく開かれ。
「皆! 大へゴフッ!」
勢いよく、元に戻った。
「ラザクさん。いつも言ってるように、うちの扉は開きっぱなしにならないタイプですから。
もっと静かに開けて下さい」
「いたた・・・ああうん。いやそれよりだ!」
訪れたのは料理屋の店主、ラザク。一体どうしたのかと二人が入口の方を見ると。
「誰か助けてくれ! うちの店の客が暴れてるんだ!」
ラザクの料理店。
そこには、大勢の野次馬が集まっていた。
そして、その中心では。
「この店はこんなまずいメシで金を取るのか!」
客らしき男。恐らく、ラザクの言う暴れている客とは彼の事だろう。
テーブルに置かれていたのは、昨日シロが食べたオムライスだった。
「これを作ったのは誰だ! 俺がぶっ殺してやる!」
「なぁなぁ、誰が作ったんだ?」
「知らねぇよ。あれ、でもオムライスってこの店の息子が・・・」
「おいそこのお前、それは本当か!?」
「ヘッ!? いや、その。確か、そんなだったような・・・」
「はっきりしやがれ! まぁいい。そいつを引っ張り出せ!」
事実、このオムライスは料理店の息子、ヤクトが作っていた。
それ故、ヤクトはシロの感想にキレたのである。
この時、シロとエトナも料理店の前に着いた。
一部始終を見るや否や。
「エトナさん、ちょっと来て頂けますか」
「どうした?」
エトナの手を引き、野次馬の間をすり抜け、輪の中心へ向かうシロ。
そして、男に声をかけた。
「あのっ、もし今から美味しいオムライスを作れたら、落ち着いてもらえますか?」
「あぁ? お前がコレ作ったのかこの野郎!」
興奮状態の男は話を聞かず、シロに殴りかかった。
しかし、その拳はシロの顔に届く前に、エトナによって止められる。
「話聞け。シロはこの店とは何の関係もねぇよ。
・・・シロ、どうせあいつがやらかしたんだろ? ほっとけよ」
しかし、それでもシロは。
「確かにそうですが、このままではお店の評判に関わります。
それに、ヤクトさんが沈静化を図るのは難しいでしょう。
それなら、僕がどうにかします」
「シロ・・・」
シロの料理の腕は知っている。
しかし、一度ならず二度まで暴力を受けた相手の為に、それを使う。
エトナには、その考えが全く理解出来なかった。
・・・だが。
(シロ、だもんな・・・)
自分を勘定に入れない。シロの長所兼短所。
なら、いざという時は自分が守ってやればいい。
「分かった。・・・おい、シロに手ぇ出したらただじゃおかねぇからな。
黙って料理が完成するまで待ってろ」
「何でもいいからさっさとしろ! 俺は気が短ぇんだよ!」
「そんなにお待たせしませんよ。15分・・・いや、10分あれば出来ます」
そう言って、店内へ歩くシロ。
エトナも、それについていった。
「坊主、何度もすまねぇ。俺もできる限りの事はする!」
「いえ、大丈夫です。・・・材料はありますね。それでは」
完璧な手捌きだった。
片手で卵を割りながら、野菜をみじん切りにし、ボウルに入れた後、
手早く調味料をふりかけ、フライパンが熱した事を確認する。
「坊主・・・お前、俺より上手いんじゃねーか・・・?」
「あとは油・・・ラザクさん、油はどこにありますか?」
「おう、この下の扉に・・・んんっ?」
扉の中のスペースに頭をつっこむラザク。
そこから出てきたと思うと、今度は厨房一帯を見回し、収納を確認し始めた。
扉、引き出し、籠、木箱、冷蔵庫・・・それら全てを見た後。
「・・・ねぇ。油がどこにもねぇ!」
頭を抱えながら、叫んだ。
「ええっ!?」
油が無い。それは、工程の中に『焼く』という行為をする必要がある料理にとって、
あまりに致命的な事である。
「さっきまだ3本はあったはずだぞ・・・おい、倉庫にあるか見てこい!」
「店長、倉庫に油はありません!」
「嘘だろ!? 本当に確認したのか!?」
「それが・・・何者かが侵入した形跡があります!
もしかしたら、盗まれたのかもしれません!」
「・・・こんな時に何て事だ!」
ラザクは嘆いた。無理もない。
最悪のタイミングで、最も重要な物がどこにも無いのである。
「坊主、油無しで卵焼けるか?」
「うーん・・・自信は無いですね。多分焦げます。
それに、たとえ上手く焼けたとしても、風味は劣りますし・・・」
「くそっ! どうすれば・・・」
また頭を抱え、俯くラザク。
すると、その横にいたエトナが声をかけた。
「なぁ店主さん。あの客が暴れても、シロに危害加えないように出来るか?」
「へ? あ、あぁ。どうにかなると思うが」
「信じるぞ。・・・シロ、2、3分待ってろ」
「えっ? エトナさん?」
そう言い残し、エトナは店を飛び出した。
13/08/19 23:07更新 / 星空木陰
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