連載小説
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6.有能仇となり
「おはようございます、領主様」
「おはよう、領主さん」
「おはよう。昨日はお楽しみ、だったかな」
「そりゃもうバッチリと」
「ちょっ、エトナさん!?」

港町タリアナ、領主の城。
平和を取り戻した街は以前通りの活気を見せていた。

「ここから見えるだけでも、すごく発展した街なんですね」
「王国の施策と同じく、魔物を積極的に受け入れた成果だ。
 といっても、あんな事があったのだ。当分魔物は来てはくれまい。
 周辺の街と連携して、誘致活動をせねばな」
「安心しろって。こんないい男ばっかの街をアタシらが見逃すわけないだろ」
「そう言って頂けるとありがたい。私はともかく、民は・・・」
「おいおい。この街一のいい男が何言ってんだよ」
「世辞はよせ。それに、私にはもう妻がいる。
 魔物に現を抜かすような事があれば、私はその日中に魚のエサだ」
「だとしても、スキュラやメロウが放っておかないと思いますが」
「はは。シロ殿。そなたはもう少し子供らしく生きろ。
 こういう会話での上手い言い回しが必要なほど、老いてはいまい」
「本心を喋っただけなんですけどね。善処します」
「だからそう難しい表現を・・・まぁ、これも一つの個性か。
 馬車は外に用意してあるが、折角だ。朝食もここで食べていけ」
「お、それじゃご馳走になりますか」



「あの、領主様?」
「どうした? シロ殿」
「これ、本当に貰っていいんですか・・・?」

そこにあったのは、良質の木材を使い、要所に装飾を施した、
それはそれは豪勢な屋根つきの馬車。
その前方には、黒毛の馬が二頭繋がれている。

「僕の知ってる馬車と大分違うんですけど・・・」
「本来君達に与える恩賞は馬車一台程度では済まぬのだ。そこで、
 『シロ殿の提示した枠組みの中で』私なりに最大限の感謝の気持ちを表した。
 領主として、この街を救ってくれた英雄に野宿をさせる訳にはいかない」
「馬車っていうより、移動式の宿屋だな。領主さん、ありがとう」
「構わんよ。それより、次は何処へ行くつもりだ?」
「うーん、ここからだと王国に行くには山越えになるんですよね。
 北上して回りこむつもりです」
「ならばとりあえず、ここから少し行った所にある宿場町に行ってみたらどうだ。
 目立った所はないが、旅の計画を立てるにはいい場所だぞ」
「アタシも賛成。その辺りなら行った事あるし、急ぎの旅でもないしな」
「ですね。それでは領主様、僕達はこの辺りで失礼します」
「うむ。・・・皆の者!」

「「「「「はっ!」」」」」

領主が後ろを振り向きながら声を上げると、そこには沢山の兵士達が集まっていた。
すると、先頭の兵士長は頭を下げ、

「シロ殿、エトナ殿、お達者で!」
「「「「「お達者で!!!!!」」」」」

二人に、餞の言葉を贈った。

「何かあったらまた来るとよい。君達なら何時でも大歓迎だ」
「ありがとうございます。皆さんもお元気で」
「ありがとな。それじゃ、行ってくる!」



タリアナを出て三十分後。
馬車の中で、シロはエトナの膝枕で眠っていた。

「お疲れシロ。次の町までしっかり休め」

シロの柔らかい髪をそっと手櫛で梳きながら、寝顔を見つめるエトナ。
普段とは全く違う、母性溢れる姿である。

(シロの両親がシロを売った教会ってどこなんだろうな。
 情報探すなら王都が一番だが、今はまだ、ゆっくり旅をしますか。
 ・・・しっかし、領主さん頑張りすぎだろ)

馬車の内部。
壁に取り付けられたランプ、毛皮の絨毯、
『餞別』と書かれた、中に旅道具や銀貨が入っていた木箱。

そして、クイーンサイズのベッド一台。
枕元には丁寧な事に『室内防音加工済み』と書いてある紙。

(余計な心遣いを・・・いやありがたいけど。凄くありがたいけど。
 ・・・うー、またヤりたくなってきた・・・)
「さん・・・エトナさん・・・」
「ふわっ!?」

シロの寝言に驚き、素っ頓狂な声を出すエトナ。

「だい、すきです・・・むにゃ・・・」
「・・・アタシも。今度は起きてる時にな」

安心しきった寝顔。
それを見ている内に、エトナの欲望はいつの間にか、なりを潜めていた。



「お、見えてきたな」
「あれですか? 小屋が何軒かある辺りの」
「それ。ここから見えてる分は大体宿屋か酒場だな」

夕方、空の色がほんのりと赤らみ始めた頃、二人は宿場町に到着した。

宿場町ロコ。大陸北方への中継地点の一つ。
特徴が無いのが特徴という、至って普通の宿場町。
強いて言うなら町の位置が旅人にとって丁度いい、という位か。

「何にも無いとこだけど、だからこそ落ち着くんだよな、この町」
「領主様から頂いた地図によると・・・ここからは色々な方向に進めそうですね。
 王都への最短ルートは北東ですけど、北の方が町は多いですし・・・」
「まぁ何にせよ、とりあえずメシだ。昼の燻製とパンはもう消化しちまってる。
 腹が減っては何とかだ。メシ食ってから考える」
「それもそうですね。それじゃ、先ずは夕食にしましょう」



「なかなかウマいなむぐむぐ、結構ボリュームもあるしもしゃもしゃ」
「食べるか喋るかどっちかにして下さい・・・」
「んじゃ食う!」
「あはは・・・エトナさん、やっぱり見てて気持ちいい食べっぷりですね」

勢いよく料理をかき込むエトナ。
しかし、シロは何故かあまり食が進んでいない。

「・・・うーん、違うよな、もっとこう・・・」
「どうした?」
「え? あぁいえ、ちょっと考え事を」

シロが注文したオムライスは2割程度しか減っていない。
一口食べる毎に、首を傾げている。

「3・・・いや2。素材はいいから、あとは・・・」
「シロ、何考えてるのか気になるから教えてくれ」
「え? あ、すいません。このオムライスなんですけど、ちょっと気になりまして。
 宜しければ一口どうぞ」
「ん、じゃあ貰う。・・・別に普通のオムライスだけど?」
「メニューには『とろとろふわふわ半熟オムライス』とありましたけど、
 半熟感に欠けません?」
「あー確かに。これだとただのオムライスだな」
「これ、結構いい卵使ってると思うんですよ。
 ですからこういう惜しい所があると気になって仕方なくて・・・」
「舌肥えてるんだな。アタシだったら何にも考えずに食べてたと思う」
「僕が気にしすぎ、というか我儘なだけで・・・ぐっ!?」

突如、シロの体が宙に浮く。
服の首回りの辺りを掴まれ、後ろに引っ張られた。
そして、背後には長身の男が一人。

「だったらテメェが作れやクソガキが!」

男はそう言うと、シロを投げ飛ばした。
シロは後方にあったテーブルの足に頭をぶつけ、床に倒れる。

「あがっ!!!」
「シロ! テメェ何しやがる!」

すぐさまエトナは男に殴りかかる。しかし、

「エトナさ・・・うっ、ぼ、暴力は・・・」
「でもシロ! お前・・・」
「大丈夫で・・・す・・・ちょっとクラクラしますけど、何とか・・・」

後頭部を押さえながら、ゆっくりと立ち上がろうとするシロ。
しかし、衝撃で失った平衡感覚が戻らず、中々立ち上がれない。

「無理すんな! 待ってろ、とりあえず何か冷やすもんを!」

エトナは大急ぎで厨房に飛び込み、ぎょっとする店員をよそにタオルを取り、
それを水で濡らし、シロの頭に当てる。

「おい・・・テメェ何てことしてくれてんだああ゛っ!?」

まさに『鬼の形相』である。
それも無理は無い。目の前にいるのは愛する男に怪我を負わせた人間だ。
しかし、彼は一切悪びれない。

「客はこっちが出すもん黙って食って、黙って金置いてきゃいいんだよ!
 細かいことをグチグチグチグチ言いやがって!」

自分のした事を棚に上げての、完全なる逆ギレである。

(・・・シロ、ごめん。こいつは痛い目見ないと分からないらしい)

もう、語る事は無い。
拳を固く握りしめ、エトナは男に向かって真っすぐ拳を―――

「お前は何をしてくれてんだこのバカ息子がーっ!!!!!」

大声と共に、男は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
エトナの拳は空を切り、1秒前まで男がいた場所で止まる。

「・・・へ?」

あまりに唐突な状況の変化についていけず、呆けた声を出すエトナ。
一度落ち着き、辺りを見回す。

シロ 濡れタオルを後頭部に当てながら丸くなっている。
   痛みは少しずつ引いてきた模様。

男  壁にもたれるような体勢で気を失っている。
   当分目覚めなさそう。

?? 男を殴ったらしき人物。
   顔は真っ赤。相当な興奮状態。

状況の整理を終え、エトナの頭がはじき出した結論は。

「さっぱりわからん」

何とも分かりやすく、何も分からないという事だった。



「うちのバカが本当に申し訳ない事をした!
 謝って済む問題じゃねぇが・・・本当に申し訳ない!!」
「落ち着いて下さい。むしろ、僕より息子さんの方が大変な事に・・・」
「あのバカはああでもしないと反省しないんだ! 本当にバカで申し訳ない!!!」

どうやら、この人物はシロを投げ飛ばした男の父親だったらしい。
大声で謝罪の言葉を叫びながら、土下座を繰り返している。

「あの、エトナさん。あちらの方の介抱をお願いできますか?」
「お前、怪我させられたってのに・・・ま、シロが言うなら」

エトナはシロの頼みを聞き入れ、男の方へ歩く。
彼が目覚めるには、結構な時間を要しそうだ。



「改めて、本当に申し訳なかった。俺はこの店の店主のラザク。で、このバカが息子の」
「・・・ヤクト」

ヤクトが目を覚ましたのは2時間後。
依然として、父親に殴られた右頬が真っ赤に腫れている。

4人は椅子に座り、それぞれ話し始めた。

「店主さんだったんですか」
「おう。坊主、本当に大丈夫か?」
「えぇ。エトナさんにきちんと手当てしてもらいましたから」
「そうか。本当にごめんな。お詫びと言っちゃあなんだが、メシ代はいらねぇ。
 もちろん、そこのオーガの分もな」
「え、そんな。悪いですよ」
「メシ自体は結構美味かったし、別にそこまでしなくても・・・」
「いや、こうでもしないと俺の気がおさまらん。
 それに、聞いてみたら坊主に出した飯に不手際があったらしいな」
「僕が我儘なだけですって。味はよかったですし」
「いやいや。坊主が言ったのは我儘じゃねぇ。ありがたーい助言だ。
 そうだな、ヤクト?」
「・・・ちっ」
「・・・すまんな。こいつには後で言って聞かせておく。
 その、何だ。こんな事があった後でアレだが、この町を楽しんでくれ」
「はい。そうさせて頂きます」
「店主さん、もしそいつが言うこと聞かなかったらアタシを呼んでくれ。
 5秒でボコボコにする」
「エトナさん・・・」



店を出てから数十分。二人は馬車に戻っていた。
ベッドに横になり、色々な事を話している。

「思った通り引っかかってくれて、カウンター炸裂。
 見事に相手は吹っ飛んだって訳だ」
「なるほど、相手の心の隙をうまく突きましたね」

それは、例えばエトナの武勇伝だったり。

「一度だけ見たことがあるのは、どこかの民族のお面ですね。
 誰が買ったかは分かりませんけど、何故か結構な値で売れたみたいで」
「物の価値なんて人それぞれだ。アタシにも分からんが」

二人が出会う前の、シロの生活の日々の話だったり。

「大陸を海沿いにぐるっと回って、色々見ながら王都へ、ってとこか?」
「間に教団領がありますから、ここはこっちに進んでいきましょう」

これからの旅の計画の事だったり。
二人の会話は、シロが眠気を覚えるまで続いた。



翌朝。

「ん・・・んあぁーーっと」

大きな欠伸をしながら寝惚け眼を擦り、ベッドから起き上がるエトナ。
ぼんやりとしながら、辺りを見回すと。

「・・・あれ、シロ?」

シロの姿が見えない。
外に出たのかと思い、馬車の周りを探してみたが、どこにもいない。

「おいおい、何処に行ったんだよ」

一旦、馬車に戻ろうとした所。

「待ちな」
「あ? ・・・お前!?」

そこに居たのは。



「昨日は世話になったな、クソ鬼が」
「エトナ、さん・・・」



料理店の息子のヤクトと、ナイフを首筋に当てられたシロだった。
13/08/04 23:40更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
とてつもなくお久しぶりです。
諸事情で執筆の出来ない環境にいましたが、一時的に復帰しました。

恋人を人質を取る。魔物娘に対してかなり有効な策。
果たして、この状況をどう打開するのか。

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