悪魔がくれる幸福
「ほう…我を呼び出すとは何者か…?」
紫色の煙が立ち込める中、現れた長身の女性のシルエット。これが、これが…本物の魔物娘…デーモン!
あの図鑑を手にした日から、ずっと焦がれていた、"あの日から"ずっと会いたかった。
「我はゾルフェル。上級悪魔、デーモンである」
やった!やった!本当にデーモンさんが現れた!しかも図鑑の挿し絵よりもカッコいいお姉さんだ…
「これは随分と小さき召喚者よ。我を呼び出し何を望む?憎き住人どもを魔界に落とすか?それとも…ふふっ…お前とその家族を異端として迫害した教団が色欲に溺れるのを見たいか?」
ゾクリ…と背筋に氷水でも流されたような冷たさが走る。この悪魔はどこまでボクのことを知っているのだろうか。
「そんなに大仰なことは望んでないよ。ぼくはただ、デーモンさんと…ゾルフェルさんと契約したいだけ」
そう、ボクはもう教団がどうとかなんて興味もない、いや人間としての生活に嫌気がさしてインキュバスにしてもらいたかったのだ。
「ふっ…ふふふ…ふはははははは!その齢で魔物娘の伴侶に、それも『デーモン』と契約を交わしたいだと?ふはははっ!」
悪魔は高笑いする
「ゾルフェルさん。ボクは本気です」
「断る」
悪魔は冷たく言い放つ
「な、なんで!ちゃんと精通だってしてますよ!」
「そんなことは問題ではない。お前は私が欲しいのではないのだろう?」
全部、お見通しなのか、この悪魔の前では
「お前は、ただ単にその図鑑に載っている我らデーモンの挿し絵に欲情しただけだ。そんな男と契約など…すると思っていたのか?」
痛いところを突かれる。
「それとも手っ取り早くインキュバスになって第2の生を謳歌するために私を利用しかったのか?」
人間の中で生きていく事に疲れてしまったのは確かだ。
「あいにく、私も一人の女でな、誰でも良いなどという男になびくつもりは更々無い」
そりゃそうか…魔物娘とは言えこれだけ高い知性と魔力を持つ種族である。当然好みはあるわけだ。
ボクはうなだれる…
「やっと魔方陣完成させたと思ったらこれかぁ。デーモンさん見れて良かったけど」
やっぱ見れば見るほど綺麗だなぁ生デーモン。
「なんだ、呼び出しておいて自分の肉欲を満たせないと思ったらこれか。情けないオスだ。私も暇ではない、帰らせてもらうぞ」
あぁ帰っちゃうのか…背を向けるゾルフェルさんのお尻、綺麗だなぁ。
グゥーーー
お腹の音が鳴ってしまった。最後まで情けないなボク。と独り言つ。ところが、ツカツカと足音が近づいてきた。
「なんだ、腹の音か」
声の主へ顔を向けるとそこには
なんだか嬉しそうなゾルフェルさんの顔があった。
「もう少しゆっくり食べろ。肘をついて食べるな!あぁもう服に染みが付くだろうが!」
盛大に空腹を示す腹の音が鳴ったあと
なぜかゾルフェルさんはボクの元へ戻ってきてくれた上に食事まで用意してくれた。
「まったくお前ときたら、貯蔵庫の中身がまるで無いではないか!」
そんな風に言うが、ボクの貯蔵庫にあった食材でこんなに美味しいものが作れるなんて…とボクは感動しながらゾルフェルさんの手料理にガッツいていた。
「どれだけ食べていなかったんだお前」
「2日くらい?魔方陣を描くのに全部費やしたよ。さすがに水は飲んだけどね」
ゾルフェルさんは、はぁ〜、と呆れている
「とにかく、契約以外の私に出来ることならしばらく面倒見てやる。だからもっとマシな生活を送れ」
デーモンって結構優しいんだなぁ。神様なんかより悪魔は人間に優しいって言うものなぁ。
「そうだね、ゾルフェルさんと二人で暮らすにはちょっと小汚なすぎる。」
食事を終えてお茶まで淹れてもらって呟く。本当に小汚ない家だ。
お茶で一服してから家の掃除をはじめる事にした。
掃除をはじめてしばらくして、ゾルフェルさんの様子を見るとしきりにボクのベットの下を覗き込んでいる。
「こういうところにあると聞いたが…果たして…」
「そういうの、持ってないよ」
突然声をかけられてびくりと跳ねるゾルフェルさん。かわいい。
「お前のような年頃は必ず持っているものではないのか?」
「同じ年頃がどうなっているのかは知らないけれど、ボクにとってはこれがすべて」
そう言って魔物娘図鑑を取り出す。
「…なぜ、我らデーモンを選んだ?肉欲を満たしたいだけなら、インキュバスになりたいだけなら、他にもうってつけはいるだろう?」
「青い肌が…綺麗だなぁって思ったんだ」
人間とデーモンは明らかに違う。
青い肌、角、翼、尻尾、黒目、あげ出せばキリがない。
「だから、デーモンさんを選んだんだ。明らかに人ならざるものだから」
「お前はもう人を愛せないから…か」
「うん、教団の人達がボクの家族を殺した。あんなに仲が良いと思ってた友達は異端と判決されたボクに石を投げた」
辛かった、怖かった、憎かった。
「でもね、この図鑑がボクを救ってくれたんだ」
「どういうことだ?」
「こんなに酷い人間達なのに、それを愛してくれる存在が、魔物娘がこの世界に実在するってこと、それをこの図鑑は教えてくれた。これだけが、ボクの希望だったんだ」
そう、こんなに醜い人間を愛してくれる存在がいるのだ。それが、ボクにとってどれ程大きな希望であったか。
「だから、ゾルフェルさん、ボクと契約してくれない?」
「断る」
しかし、悪魔は冷たい
「……ケチ」
掃除も一通り終わったころには、日は沈みかけ、二人で掃除したかいあってそれなりに綺麗になっていた。
「夕食を作るとしよう」
またゾルフェルさんの手料理が食べれるのかと思うと嬉しくなる
「あっ、でももう食材が…」
「案ずるな、少し見ていろ」
ゾルフェルさんは人指し指を伸ばして爪で空間に切れ目をつける。
カパッ
黒い裂け目から見たことのない食材が飛び出てくる。
「こ、これはいったい?」
「魔界から取り寄せた食材だ、見た目は慣れないだろうが、美味であることは保障しよう。」
料理をボクも手伝おうかと思ったが、流石に魔界の食材の扱い方などわからないのでテーブルを拭いたり食器を用意したりしていた。
二人で食事の用意をすることなどめっきりなかったので新鮮で少し楽しかった。
「ごちそうさまでした。美味しかったー」
いや、本当に美味しかった。こんなに料理上手な人をお嫁さんに貰えたら…と思う。
だが二度も断られている以上、ボクはゾルフェルさんの好みでは無いのだろう。
「良く食べたな。作りがいがある」
ゾルフェルさんが薄く笑ったような…気がした。
「で、どうしよう…」
ベッドは一つ
寝るのは二人の男女
流石にゾルフェルさんを床に寝かせる訳にはいかないからボクが床で寝ることになるのだろうけど流石に冷たいし堅そうだなぁ。
「何をしている。早く来い」
ゾルフェルさんはなぜかベッドの端の方で横になっている。つまりこれは…?
「い、いやボクは…」
「床の方で寝る。などと言うつもりか?」
少し怒っているようにも聞こえる。
「流石に一緒に寝るのは不味くナイデスカ」
「私が男を床に寝かせて自分は悠々とベッドに寝るような女だと。そう言いたい訳か」
そんなことは思ってないです。でも良いのかな?
で、結局二人で一つのベッドを使うことにしたわけだけど。近い、近すぎる…
具体的にいうとゾルフェルさんのおっぱいが。
小柄なボクが長身のゾルフェルさんに抱きかかえられているように眠ることにしたけれど、これは失敗だった。
顔の前におっぱいがいっぱいなのだ。
意識しないようにするけれど反応してしまう。
「触りたいのか?」
びくっ!と体が跳ねる
「寝てると思ったのに…」
起きているということはおっぱいガン見していたこともバレていたというわけだ。
「無理もないな、魔界の食材でいくつか催淫効果のある食材を使ったのだから」
「なっそんな…」
聞いていないよ!しかも催淫効果って…
契約はしないけどえっちな気分でムラムラさせるよ。ってこと!?
「忘れたのか?私は悪魔、デーモンだ」
ゾルフェルさんはとっても意地悪な笑みを浮かべていた。
「なんで…なんでそんなことを…」
息を荒くしながらもボクは問いかける。
「お前もあの図鑑を読んでいたなら知っているだろう?デーモンは、人間が魔へと身を堕とす姿を好む…とな」
ふふふ…と笑う。と実に楽しそうだ。こっちの気も知らないで。
「それって要するに…ゾルフェルさんのこと襲って良いってこと?」
「若さゆえの欲望を私に叩きつける、それも
良いだろう…だがお前は今、違う事を考えていたはずだ」
あぁ、そうかこの人は最初から全部知っているんだ。全部分かってしまっているんだ。
ゾルフェルさんの胸を前にしてボクは顔を埋めた。
そしてボクは…
思いっきり……泣いた。
やっと見つけた胸を貸して泣かせてくれる人の前で。
もはや魔界の食材の催淫効果など関係ない。
ボクはゾルフェルさんに抱きしめられながら泣きに泣いていた。
「ごめんなさい…!ごめんなさい…!ボクが!ボクがあんなこと!ボクの…ボクのせいで!」
元々ボクの暮らしていた街は魔物と親しい訳ではなかった。だが父さんは魔物が、否、魔物娘が人間への悪意を持った存在でないことを知っていた。だから図鑑を隠し持っていたし、真実を話し、図鑑をボクに与えてくれのだ。
けれどあの日、ボクは仲の良かった友達に図鑑を見せてしまった。一方的に親友だと思っていた。だからこの驚愕の真実を伝えたかった、秘密を共有したかった。
けれどそれからしばらくして教団の兵士と偉そうな格好のヤツらがやって来たのだ。親魔物派である、と密告されたボクたち家族を裁きに。
それからは悲惨な話で思い出したくもない。父さんは処刑され、それに抗議した母さんも一緒に殺された。まだ幼かったボクは…処刑ではなく街から追放されることになった。街の人達はおぞましい物を見る目でボクを見ていた。石を投げつける人も居た。いつもおまけをつけてくれたパン屋さん、隣に住んでいた若夫婦、ボクより小さな子どもたち…。みんながボクら家族を罵り石を向けた。そのなかに…彼が、元親友が居た。涙で滲んだボクの目の端には彼が笑っている…ようにも見えた。
「ボクが、ボクが…!」
それ以上の言葉は出なかった。
けれどゾルフェルさんはそんなボクの頭を優しく撫でてくれる。
「お前は真実を知った、そしてそれを広めたかったのだろう。それは…決して悪ではない。憎むべきは己ではない。お前の話に耳を傾けなかった愚かな住人たち、そして教団の屑どもだ。」
悪魔は…少年を唆す
「提案がある。が、その前にお前の名を聞いておこう」
涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげてゾルフェルさんと目を合わせる。
「ルルス…ボクの名前は…ルルスです」
ボクの名前を聞いて悪魔はふっ…と笑った。やっぱり笑うともっと綺麗だなぁ。なんて思っていた。
あの夜の事をボクは生涯忘れることはないだろう。
「召喚者ルルスよ。私と契約を結ぶ事を望むか?私に従属し、その残りの生涯の全てを私に委ねる事を誓うか?」
契約…その言葉の意味をボクにしっかりと分からせるようにゾルフェルさんが語りかける。
ずっと憧れていた、それだけじゃない今日という短い時間だけでボクはデーモンではなく、ゾルフェルさんに好意を抱いていた。
だから返す言葉は一つしか無い。
「誓います。ボクは…ルルス・ベルカインドは、デーモン、ゾルフェルに永遠の従属と献身をここに誓い、契約を履行します!」
言うなればこれがボクらのプロポーズだったのだろう。
ゾルフェルさんの目元からも涙が流れていたのをボクは見逃さなかった。
その晩、ボクらはそれまで2つに別れていた事が奇妙におもえるほどに、一つになった。
バサッバサッ
ボクを追い出したあの街は教団の支配地になっていた。なんでも異端者が見つかったことを理由に強引に駐留しているらしい。なんとも勝手なやつらである。
「でも都合が良いね、ゾルフェルさん」
お姫さまだっこの格好で抱かれたボクが口を開く。
「教団と街、二つを堕とす手間が省けたな、ルルス。だが『さん』を付けるのは不要だと言ったハズだが?」
ボクをお姫さまだっこして街の上空で羽ばたいているのは当然ゾルフェルさんだ。
「ごめん、ゾルフェル。やっぱり年上の人を呼び捨てにするのには慣れないや」
「まぁ良い。これから慣れさせてやるとしよう。私たちには永遠にも等しい愛が与えられているのだから」
ゾルフェルさんは一度片手でボクを抱えて、人指し指をまっすぐに立てて空間を切り開く。
「はじまるんだね…」
別にこの街がどうなろうと関係ない、ボクはもうゾルフェルさんさえいれば良いのだ。
「よく見ておけ、これが魔物娘のやり方だ」
切り開かれた闇の中から一斉に多種多様な魔物娘達が飛び出して行く。
すぐにこの街も堕落していくことだろう。
ゾルフェルさんは侵攻の様子を見守っている。
「ゾルフェル、仕事熱心なのも良いけれど契約者には構ってくれないのかな?」
「これ以上は私が出る理由も無さそうだな。帰るか」
苦もなく街の男をかっさらっていく魔物娘の姿が眼下で見える。そのなかに『彼』の姿も見えた気がしたが。まぁどうでも良いことだろう。
「今日はゾルフェルの手料理が食べたいなぁ…あと夜はあのコスチュームでしたいなぁ」
ゾルフェルさんに甘える。甘えれば甘えるほどに応えてくれるのが嬉しくてどんどんダメになっている気がするが、気のせいだろう。
「毎日作ってやってるだろうに……あの服か…わかった取り寄せよう」
「そう言えばゾルフェル、最初は我って言ってたけどアレは……」
「う、うるさいっ!……」
やっぱりゾルフェルさんは可愛い、綺麗、別嬪さん。そんなふうに自分の妻を誉めたてると、顔を真っ赤にしながら
ゾルフェルさんはとっても幸せそうな笑みを浮かべていた。
16/11/22 04:41更新 / 知覚過敏
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