第14章:招かざる客 BACK NEXT

季節は春の月中旬。
準備期間を終えた十字軍は二手に分かれて行動を開始する。

主力軍120000人はカーター、ファーリル、ユニースに率いられ、
南方のカナウスを目指す。残る40000人はエルと共に一路東へと進む。


エル率いる別行動部隊の目的地はハルモニア王国…

昔はアルトリア王国の一地方行政区に過ぎなかったが、
アルトリア王国が滅亡し、
残された国民は遠くユリスに避難するかハルモニアへと流れついた。
これがハルモニア王国が誕生するきっかけとなった。

しかしながら、アルトリア王国が滅亡したことによりハルモニア地方の秩序も崩壊した。
元々旧アルトリア王国に対し敵対的だった大小さまざまな国家が乱立し、
さらに魔物による新国家建設により、いまやユリス以上の群雄割拠時代となってしまっている。
たび重なる戦乱、繰り返される破壊、略奪や暴行。日々失われる人命は計り知れない。

アルトリア奪還を目指すにあたって、この地方の安定を取り戻すことは
足元を固める上でとても重要な意味を持っている。




なのだが





「ふ…ああぁぁぁ……」
「セルディア将軍。行軍中にあくびとは感心しませんね。
戦場では一瞬の油断が命取りなのですよ。」
「んー、とは言ってもさ、このところずーっと戦いがないから…ついね。」
「上の者は常に下の者の見本となるような態度を心がけるべきです。
セルディア将軍の気の緩みが、兵士に伝わることの無い様。」

(相変わらずお硬い奴だね。半年もこいつと一緒に過ごすのか…たまらんなー)


本隊の師団長であるセルディアと第四軍団副軍団長のフィンは、
現在ほぼ何も障害が見当たらない大平原を続々と行軍中だ。


数日前に、ラファエル海と翠蒼海を繋ぐ細い海峡…ラミアス海峡を渡り
ついに十字軍はハルモニア地方へと入ったところだ。
翠蒼海は我々の世界の「黒海」に似た内海なので、
海峡を渡ったと言ってもまだ同じ大陸内にあることは留意しておいてほしい。

ハルモニア王国まではあと一ヶ月の道程だ。





「何もないわねぇ。」
「……はい。」
「あ〜、正直暇しちゃうわ。」
「…………」
「ねえ、何か面白い話はなくて?」
「ありません。」
「そこまで言いきらなくても(汗」


一方の先頭集団では第二軍団副軍団長のヘンリエッタと
第四師団参軍ブリジットが轡を並べて進む。
暇だからと言って積極的に話しかけるヘンリエッタに対し、そっけない態度のブリジット。

有事の際にはまず彼女たちが敵に当たることになっているが、
こうも何もないとやはり気が緩んでしまうのも仕方がない。

「一昨日まではあんなに積極的にアタックしてきたのに、もうあきらめたのかしら?」


海峡を越えてすぐの時には、ここらに生息する魔物娘たちが
人間兵士の大軍が来ているという話を聞いて、我先にと押し寄せたこともあった。
本来であれば、この地域の国が一度に動員する兵力は多くても1000人程度だったし、
なにより兵士の質もほとんどが5Lv以下とかなりお粗末なものだった。

よって、軍隊という人間の集団は魔物娘たちの格好の餌と言う認識が広まっており、
ハーピー類やスライム類、それにアラクネやおおなめくじ、
場合によってはゴブリンの集団や好戦的なリザードマンの姉妹など
それはそれは多種多様にわたって積極的にエンカウントしてきていた。


ところが、彼女らの思惑に反して40000人の数の暴力の前にはなすすべもなく、
おまけに十字軍は肝心な男性兵士よりも女性兵士の方が多い(その比率は1:3)ため
今ではすっかり委縮してしまい、二日前のジャイアントアントの大軍との戦い以来
めっきり魔物が出現しなくなってしまったのだ。


「すこしかわいそうだったかしら……」
「それよりヘンリエッタ様、エル様から連絡が入っています。
今日は早めに野営するから野営地の確保も早めにせよとのことです。」
「そうね…とはいってもこの辺一帯殆ど野営できる地形だし…。
欲を言うなら水場が欲しいかしら。」


とりあえず斥候や飛竜兵を飛ばして念入りに地形情報を探っているところだ。
そのうち戻ってくるだろう斥候・飛竜兵の知らせを元に決めればいい。
たとえ水場がなかったとしてもこの一帯はほぼ平地なので野営には何の問題もない。




一時間と少し経過し、何体か偵察隊が戻ってきた。


「廃村?」
「はっ、この先の低いを丘を越えたところに無人の村を発見いたしました。」
「ならば野営はそこでいいわね。ブリジット、総司令官に連絡してきて。」
「はいっ。」

ブリジットは連絡のため中陣にいるエルの元に向かう。

「しかし…なぜこのようなところに廃村が…?」
「はっ、見た限りでは建物の損壊がかなり激しく、あたりには死骸が転がっていました。
恐らくは賊に襲われたのかと思われます。それも半年以上前に。」
「ふぅん…」


ヘンリエッタの胸には、何か引っかかるものがあった。






………






やがて十字軍は、廃村に到着した。

ヘンリエッタとブリジットに加え、報告を受けて駆けつけたエルとユリアは
数百人の兵士を伴って村内の詳しい状況の視察を開始した。


「言っていた通り建物の損壊が激しいな。それも、これは焼け落ちた跡だ。」
「酷いですね…この規模だと人も多く住んでいたのではないかと考えられます。」
「やはり盗賊の襲撃ですかね?」
「いや、たぶん違うな。この村は思っていた以上に規模が大きい。
建物数と大きさから推測すると少なくとも300人以上は住んでいたはずだ。
だったら村を完全に滅ぼすよりは定期的に襲って物資を収奪する方が効率がいいし、
もっと言えばこの村を滅ぼすせるくらいの力がある盗賊団がいるかどうか。」

普通盗賊団はいても10数人程度。いくら大きくても50人もいかないだろう。
だとすれば盗賊に滅ぼされたというのは納得がいかない。


「あ、エル様…この死骸は……」

一人の女性剣兵が骸の一つに注目した。
その骸は、壁に背を預けるようにその場に崩れ落ちていた。


「エルさん、見てください。この死骸は鉄の剣を持っています。戦って力尽きたのでしょうか?」
「恐らくはその通りだと思われます。ですが……」
「――っ!エル様!この死骸…尻尾の骨があります!!」
「エル司令官…この骨格から判断しますと、恐らくはリザードマンでしょう。」


エルの予想は確信に変わってきていた。
リザードマンはたとえ未熟な腕でも人間との基礎能力に差があるため、
訓練された人間でない限り勝つことは困難を極める。
十字軍の兵士すら、まず一対一で当たることはなく、連携して攻撃しなければならず
百人隊長クラスになってようやく互角に渡り合える。それくらい強い魔物なのだ。
しかし、周囲には武器を持った骸はこのリザードマンの骸以外はほぼ見当たらない。
ただの盗賊がリザードマン相手に死者を出さない…まず無理な話だ。ならば…


「エル様!この死骸はラミアです!」
「こちらはよくわかりませんが、足の骨がありません。恐らくはアラクネ種ではないかと。」
「この死骸には角が生えていますね…ホルスタウルスでしょうか?」

「どの亡骸も…一方を、あるいは両方を庇うかのような格好で倒れていますね……」




この村は親魔物派の人々の村であり、反魔物派の軍隊に襲われて滅んだのだろう。



「先客がいた、ということでしょうかね。村の機能はほぼ失われています。」
「うむ、この村の住人には気の毒ではあるが、
建造物を邪魔にならないよう破壊しここで野営する。
井戸水には口を付けないよう通達し、
転がっている骸は一か所に纏めて埋葬するよう指示を出せ。」
「ははっ。」


まだ日が暮れる時間ではないが、十字軍は廃墟を撤去してその上に陣地を構築する。
エルは真っ先に司令部幕舎を設置すると、そこに諸将を集めていた。

別行動部隊に選ばれたのは…

ヘンリエッタ 第二軍団副軍団長   コマンドナイト30Lv
フィン    第四軍団副軍団長   ハザーエ30Lv
セルディア  第一軍団第一師団長  カタフラクト30Lv
カシス    第三軍団第二師団長  テンプルナイト24Lv
ブリジット  第四軍団第一師団参軍 ハザーエ20Lv

の5人となっている。

騎兵や戦車は要塞攻撃に力を発揮できないため、別行動部隊に多く割り振られている。



     〜名前付き台詞タイム〜



ヘンリエッタ「この先、ハルモニア王国までの道のりはあと一ヶ月程度の見込みです。
       それまでの道のりにおいて特に大きな領土を持つものは
       ピュース侯爵領だけで、あとは大きくても荘園程度の領国を持つ国のみです。」

カシス「それにピュース侯爵領は親魔物国家ではありません。
    上手くいけば、何の障害もなくハルモニアまで到達できそうですな。」

フィン「そのことについてなのですが、先日ピュース侯爵のラッテン殿に手紙を送り
    領地の通過を認めてほしいと打診しました。
    その返信が今日来たため、今ここで開封いたします。」

セルディア「まあいちいち確認しなくても、僕たちの軍勢を阻もうとは考えないだろうね。」

エル「それはどうだろうな。フィン、返事をここで読み上げてくれ。」

フィン「はっ。では…『俺の領地を通過したいだと!?なにをふざけたこと抜かしやがる!!』
    ……ん?」


一同『あれ?』


エル「ちょっとかせ。…『貴様らのような下賤の者どもにわが領土は一歩たりとも入れさせぬ!
   みっともないゲロ犬どもは、さっさと自分どもの巣に逃げ帰るがいい。
   もっとも、この俺に降伏すると言うのなら特別に許してやろう。』とのことだ。」

ユリア「ええっと……これはつまり、交渉決裂ですか?」

セルディア「でしょうね。」

カシス「我々も甘く見られたものだな。神の剣たる我らを何だと思っているのだ。」

ブリジット「しかし…なぜここまで強気に出れるのでしょう?」

エル「ヒント、手紙を書いたのはカーター。」

ヘンリエッタ「ちょっ!?エル司令官まさか!」

フィン「…わざと挑発的な手紙を送りつけましたね。」

ユリア「え…エルさん、それでは始めから交渉する気はなかったということですね?
    私達の仲間になってくれる可能性もありましたのに、どうして……」

エル「ユリアさん…この手紙の文面を見て、この人と仲良くしたいと思いますか?」

ユリア「へ?…あ、いえ…わたしはエンジェルですので…人を差別するのは…
    ですが、どちらかと言えばあまりお近付きになりたくない…ですね。」

セルディア「僕はお断りかな。なんでもラッテンって相当評判悪いみたいだよ。」

カシス「やはり天使様はお優しいですな。
    しかし、私もあまりこの男とは係わりたくないと考えております。」

ブリジット「私はピュース侯爵についてあまりよく知らないのですが。」

セルディア「んーっとね、とりあえずざっとまとめて説明するとね、
      前ピュース侯爵ハイテは、その昔使用人だった
ラッテンの母親に一目惚れしたらしい。
      と言っても不倫で浮気だったのさ。だからラッテンは私生児ってとこかな。
      で、一家がどこかに旅行していた帰りに事故に遭い全員死亡してしまったので、
      ラッテンが跡取りとしてピュース侯爵となり君臨するようになったみたい。」

エル「要するに、単なるたなぼた野郎だ。元々前のピュース侯爵もあまり良い噂を聞かんが
   政治の『せ』の字も知らんような奴が国を動かしてやがるんだ。」

ブリジット「はぁ…それでよく国がもちますね……」

セルディア「周りが弱すぎるだけだと思う。」

ヘンリエッタ「あのー、もしかしてここにあった村を滅ぼしたのはもしかしてラッテンでは?」

エル「そう見るのが妥当だろうな。」

ユリア「では当面の敵はそのピュース侯爵領ということでよろしいでしょうか。」

エル「ええ、ピュース侯爵領を我々の支配下に置き、ハルモニアを目指します。
   ハルモニア国王に対しましてはちゃんとした親書を送り、
   すでにこちらの到着を待っているとの返答がきました。」

ブリジット「しかし、私たち十字軍は人類の繁栄を目指すものですが。
      親魔物国でない国を攻撃してしまってもいいのでしょうか?」

フィン「ブリジット、勘違いしないように。我々のなすべきことはまずこの地方での地盤固めだ。
    そのためには我々の障害となると判断すれば、人間のみの国とも戦う必要がある。
    敵の敵とは味方とは限らないのだからな。」

ユリア「今回はやや姑息な手段ですが、
私達の大義が失われないように計らったのでしょう。」

ヘンリエッタ「事前通告もなく一方的に攻撃を仕掛けるとなれば信用を失いますからね。
       相手から手出しさせるという面では、むしろ今回の手紙は大成功かと。」

ブリジット「まあ…そうですね。私としても女性ばかりの魔物を
      手にかけるより気が楽かもしれません。」

セルディア「やれやれ、本当に男性とは損だね。やられてもなかなか同情されないからね。」

ブリジット「い、いえ…別にそのような意味で言ったわけではありません!」

エル「そうだな、今回は殆ど人間兵士が相手だから精神的な負担も少ないだろう。
   油断さえしなければ特に小細工せずとも勝てる。
   諸君、ハルモニアでの地盤確保の手始めとして
ピュース侯爵領を攻め落とすぞ。いいな。」

一同『ははっ!』


エルが欲しい味方は、信頼できる味方のみ。
時には同じ人間に対しても容赦はしない。















一方、噂のラッテンの本拠地、ビブラクスでは……



「奴らはこの俺様に無礼な手紙をよこした上に、俺の領内に無断侵入しやがった。
もはや許してはおけん!全軍に出撃の用意をさせろ!奴らを皆殺しにするのだ!」

金ぴかの派手な鎧を着込んだ痩せっぽっちの男…ピュース侯爵ラッテンが、
鼠の鳴き声のようなキーキー声で威勢のいい台詞を叫んでいる。

ラッテンもともと庶民出身であり、しかも行政知識もなければ向上努力もない。
そんな彼がそこそこ大きな領地を持っていられるのは、全侯爵から受け継いだ地盤と
その貪欲さゆえの強引且つ暴力的な支配方法だからだ。
領民は重税に苦心し、度重なる徴兵と略奪により経済は疲弊しきっている。
しかしそんなことは彼の知ったことではない。自分さえよければどうでもいいのだ。


「今用意できる兵力はどのくらいだ?」
「はっ、全兵力を合わせれば22000人を動員できます。」
「そーかそーか、我が軍は強大だな!なにしろ二万だぞ!
例えハルモニアでもこれほど多くは動員できまい。」
「その通りですな閣下!十字軍だか何だか知りませんが、
下賤の者たちなぞ我々ピュース軍の敵ではありますまい!」
「我が軍のあまりの多さに腰を抜かすでしょうな!」


はっはっはと笑いあうラッテンとその部下の二人の将軍…ドメスとヘルレイセン。
別に彼らは常識的に考えれば間違ったことは言っていない。
この地方では、一番大きい国であるハルモニア王国でも全軍で約20000人くらいである。
ましてや一回戦争するくらいの動員兵力は5000人にも満たないことがほとんどだ。
ラッテン達も、十字軍は多くても8000人程度ではないかと考えていた。


ところが!



「も、申し上げます!偵察隊が戻りました!」
「どうした?そんなに慌てることでもあったのか?」
「敵の軍勢の規模が分かりました!その数およそ40000人!!」
『な、なんだってええぇぇぇぇ!!!』

ラッテンをはじめ、その場にいた人々の目が飛び出した。
そんな規模の軍勢は見たことも聞いたこともない。


「よ、よんまんだとぉ!?」
「ウソだろ…偵察兵の見間違いではないのか!?」
「残念ながら…もしかしたらもう少し多いかもしれません…」
「なんということだ!!我が軍の二倍近いじゃないか!!これじゃあ勝ち目はない…
ああっ、もう終わりだ!!い、今からでも講和はできないだろうか!?」
「閣下…もはや手遅れかと思います。奴らは聞く耳を持たないかと…」


十字軍が思っていた以上に規模が大きいと知り、急に怖気づくラッテン。
いつもは威張ってばかりいるが、根はかなり小心者だったりする。

「こうなったら、急いで我が軍も補強するのだ!!領民から働ける男を総動員しろ!」
「そうです!どうせ奴らは所詮烏合の衆です!兵力さえ上回れば勝てると思われます。」
「それと傭兵を大量に雇え!各地の傭兵詰所に連絡して集められるだけ集めろ!」
「しかしそれでは金が……」
「足りなかったら戦利品で賄えばいいだろう!とにかく兵士だ!わかったな!」
『アイアイサー』



こうしてピュース侯爵領では、大急ぎで軍拡が行われた。
たとえ一時しのぎだとしても軍備拡張にかかる予算は計り知れない。
支配下の領主たちに全軍を集めさせ、その上農民や浮浪者を徴用して兵士に仕立て上げる。
急激に増えた新兵に武器の備蓄が間に合わず、武器を片っ端から買い集めた。
武器の質は鉄製どころか銅製すら足りないため、竹槍や棍棒も武器として使うしかない。
もちろん練度はお寒い限り。武器も満足に扱えない兵士すらいる始末だ。
それに加えて多額の軍費を支払って傭兵をかき集めた。
傭兵はまかりなりにも戦のプロなのでいくぶんか練度はマシだが、
一部を除けば彼らに軍紀など無く、上官命令を聞かずに勝手気ままにふるまっている。
傭兵同士の喧嘩も絶えず、軍としてのまとまりはほぼ無きに等しい。


それでも、結果的には2週間でなんと50000人もの兵力を集めた。
やろうと思えば意外と出来る物なのだ。
その代り金庫はほぼ空になってしまったようだが。




さて、ビブラクス城に集められた傭兵たちの中に
『クイントゥス傭兵団』という中規模の傭兵団があった。
人員は400人ほどで、長槍兵と弓兵を主力としている。
派手な活躍こそないが、傭兵団を結成してから一度も負けたことはない。
『勝つ』のではなく『負けない戦い』をするのが彼らのモットーだ。

「……今回ばかりは失敗したか?」

そんなクイントゥス傭兵団を率いる団長サビヌスは現在絶賛後悔中だ。
なにしろ召集に応じてはみたものの、周囲の程度の低さに呆れかえっていた。

「いるのは数だけ揃えた寄せ集めの部隊と、無秩序な傭兵どもばかりだ。
もし俺がこいつらの敵だったとしても俺の手勢だけでも負けないだろうな。」
「だったらもう契約解除しますか団長?」

部下の軍師…ヴィックルはぼやくサビヌスに声を掛ける。


「いや、一度引き受けた仕事を直前になって破棄するとなれば、
怖気づいたと見られて、我らの信用は暴落だ。
せっかくここまで地道に気付きあげてきた信用を水の泡にはしたくない。」
「そうですか…、とは言いましても我々は半強制的に参加させられていますから、
今さら不参加の意思を表明しても受け入れてはもらえないでしょうね。」
「ううむ……」
「しかし、聞いた話によりますと相手となります十字軍は
遠く離れたユリスの地からここまでやってきたそうです。」
「それはまた遠路はるばるご苦労なこったな。でもよ、だったら奴らは
あの魔物どもがウジャウジャいるカンパネルラ地方を通ってきたわけか?
そんだけの実力があるってことは相当厄介だな。本当に大丈夫かな俺たち。」
「戦う前から弱気ではどうにもなりません。どんな相手であろうと、
いつものように『勝たずとも負けない』戦術を徹底していくだけです。」


一度は弱気になったサビヌスだったが、
ヴィックルの言葉に少し勇気づけられた気がした。

ところが、前向きになりかけた彼のところに招かざる客がやって来た。



「ここだな!クイントゥス傭兵団は!」
「これはこれは…誰かと思えばワイラー傭兵団副団長のグーベ殿ではないですか。」
「俺はもう副団長じゃねえ!団長だ!前団長がお前らにやられたからな!」
「あー、そう言えばそんなこともありましたね。」
「貴様………!!」

怒り心頭のワイラー傭兵団長。
傭兵は主を持たないため、たまに別の傭兵団同士の戦いになることもある。
そのため、傭兵団同士が非常に仲が悪いことなど日常茶飯事だ。


「前団長の仇、ここで取らせてもらうぞ!!」
「ご遠慮願いたい。戦う前から私闘で貴重な団員を減らしてどうするのです。」
「うるせえ!!こちとら貴様に会ったらすぐに仇討すると決めてんだ!!
おいおまえら!!ワイラー団長の仇打ちだ!!やれっ!!」
『おーっ!!』
「ちっ、面倒な奴らだな。」


グーベが指示すると、部下の傭兵たちが一斉にこちらに向かって来た。
粗野な傭兵団だが、団長はそこそこ慕われていたらしい。


「全員!守鉤陣形に整列!構え!」

ザッ!


対するクイントゥス傭兵団もサビヌスの指示で槍を構える。
長槍を装備した歩兵による防御陣形は、まるでハリネズミのような鉄壁と化した。
ワイラー傭兵団は、迂闊に手が出せなくなってしまった。


「その陣形ウゼェ!正々堂々と勝負しやがれ!」
「生憎我々は勝負する気などありません。大人しく自分たちの陣地に帰ることですね。」
「クソッ!おぼえてやがれ!」

結局ワイラー傭兵団はその場から退却していった。


「味方の中にいても油断はできんな…。野営中の警備は厳しくしておかなければ。」


このように、ピュース侯爵軍は問題が山積みのまま十字軍と戦うことになりそうだ。



















廃村での野営から2週間後、
十字軍はピュース侯爵領の町や村を次々に支配下に入れながら進軍し、
いよいよ本拠地まであと3日の距離にまで迫った。
これまで抵抗らしい抵抗も受けず、通過した町や村では圧政から解放された人々が
喜んで出迎えてくれていた。中には、物資を提供してくれた町もあった。
現在十字軍は降伏した郡の一つ、ワディクールの町で宿営している。

宿営地のエルの幕舎には、カシスとブリジットがおり
決戦を目前に控えているというのに、
エルとユリアも含めて暢気に小規模なお茶会を開いていた。


「本当にすんなりここまで来れましたね。もっと抵抗があるかと思っていました。」
「どうやらピュース軍は兵を小出しにしても無駄なことくらいは考えているようですな。
それとも神の剣たる我が軍に恐れをなしたのでしょう。」
「ん、そうだな。現在俺たちが負ける要素は何一つない。」
「このような戦いばかりだと楽なのですけどね。」


念入りに情報収集した結果、
ピュース侯爵軍は数だけ揃えた見掛け倒しであることが判明している。
むしろ戦わずに一ヶ月くらい様子を見るだけで、維持費がかかりすぎて自壊してしまうだろう。
人間より格上の魔物と激戦を繰り広げてきた十字軍にとって、あまりにも弱すぎる敵だった。


そこに、ミーティアが幕舎の中に入ってきた。

「エルさんエルさ〜ん。」
「ミーティア、どうした?」
「お客さんだよ。『この軍の司令官に会わせてほしい。』だって。鎧を着た女の人だったよ。」
「このようなときに何者だろうか?今どこにいる。」
「今はヘンリエッタさんと一緒に門のところで待ってるよ。」
「じゃあ悪いがここまで呼んできてくれ。」
「はーい。」

パタパタパタ……


数分もしないうちに、ミーティアとヘンリエッタが二人の女性を連れてきた。
一人は、銀髪のショートヘアに藍色のバンダナをした女性騎士。
もう一人は薄い水色の髪の毛に、こちらは鉢巻をしている軽装備の女性騎士だった。
二人とも一目見ただけで明るい性格と思えるような容姿と雰囲気を持っている。


「初めましてエル様!かねがね噂は聞いています!
私達はレミ竜騎兵隊という飛竜部隊のみの兵団です!」
「よろしくお願いします!」

二人はその場で元気よく挨拶をすると、早速自己紹介に移る。

「私は隊長のジェンです。」
「あたしは妹のリュナです。」
「姉妹か。なるほど、確かに雰囲気が似ているな。して、我が軍に何の用だ?」
「単刀直入に言いますと、私達をこの軍に入れてもらいたいんです!」
「私達も一緒に戦わせて下さい!お願いします!」
「なるほど、志願したいと言うのだな。」
『はいっ!!』

自然にぴったり息が合っている姉妹の反応に、エルは思わず笑みをこぼしそうになった。
どうやらやる気はかなりあるようだ。あとはどれだけの力を持っているかだが…

「レミ竜騎兵隊と言ったな。今どれほどの人員がいるんだ?」
「全員でだいたい500人くらいです。」
「前まではもっといたんですけど…ピュース軍に本拠地の砦を攻められてしまって
父親も母親もやられて、残りのみんなはばらばらになってしまったんです…」
「ふむ、ならば目的は両親の仇討か?」
「確かにそれもありますが、私達は今お金も食料もなくて生活に困っているんです。」
「このままだとみんなを養っていくこともできなくて…」
「なるほど。君たちの事情はよく分かった。いいだろう、受け入れよう。」
『本当ですか!?』
「将軍たちも何か異論はあるか?」

「私は受け入れに賛成ですよ。これからよろしくお願いしますね。」
ヘンリエッタはにっこりと微笑む。
「総司令官がそう言うのであれば、私からは何も文句はありませぬ。」
カシスも、別に不快ではなさそうだ。
「私と同じくらいの年齢でしょうか?親近感がわきます!」
ブリジットも嬉しそうだ。
「それに仲間が増えるのは歓迎すべきことだと思います♪」
ユリアも心から歓迎している。


「将軍たちも歓迎してくれるそうだ。後は実際の戦闘での活躍を期待しているぞ。」
『はい!よろしくお願いします!』


グゥ〜〜………


「あ…」「う…」
「緊張の糸が切れたから、腹も自己主張し始めたようだな。
ヘンリエッタ、彼女らに人数分の食事の用意と予備のテントを提供してやれ。」
「はい、仰せのままに。」

二人の竜騎兵はヘンリエッタに連れられながら、
嬉しさ半分恥ずかしさ半分で幕舎を出て行った。


「しかしエル様、彼女たちは私達の動きについてこれるのでしょうか?
仮にも我々は地獄のような訓練を積んできたのです。練度の違いが……」
「まあそれは少し不安だが、今回の戦いはやる気があればどうにかなる。
後はハルモニアについてから現地でみっちり訓練を積ませればいい。
それに、飛竜兵は貴重な戦力だ。それが向こうから志願してきたんだ。正直非常に嬉しい。
ブリジット、同じ年代の女性として仲良くしてやってくれ。」
「はっ!では早速コミュニケーションのために一緒に食事の準備をしてきます!」



こうして、十字軍に始めて新たな仲間が加わった。

エルにとって、幸先のいいスタートだった。
11/06/18 12:12 up


登場人物評


ラッテン バロン10Lv
武器:銀の大剣
ピュース侯爵。鼠の様な痩せた身体と貧相な顔で威厳が全くない典型的な悪徳領主。
おまけに自己中心的でそのくせ小心者。褒めるべき点が見当たらないのも逆に珍しい。

サビヌス ハルバーディア22Lv
武器:スレンドスピア
クイントゥス傭兵団を率いる槍使い。数多の戦場をくぐり抜けて未だに無傷の強者。
挙動がいちいちおっさんくさい。また、なぜか敬語で話している方が口が悪い。

ヴィックル クレリック9Lv
武器:回復魔法
クイントゥス傭兵団の軍師を務める少年。若いながらもその考えは常に的確である。
色白ではかなげな印象がある。過去に何度もショタコンの魔物に襲われかけている。

ジェン  ドラゴンライダー15Lv
武器:ショートスピア(投擲可能な槍)
レミ竜騎兵隊を若くして継いだ飛竜兵の女の子。逆境にもめげない明るさを持つ。
彼女が額に巻いているバンダナは母親の形見。意外と過去のことを根に持つタイプ。

リュナ  ドラゴンライダー12Lv
武器:鋼の槍
ジェンの妹。姉と同じく常に明るく活発な性格。飛竜兵としてはまだ半人前。
釣りが好きだったり、絵を描くのが好きだったりとなかなかの多趣味。





ユリア「ごきげんようございます皆さん。エンジェルのユリアです。
海を目指すとは言っていましたが、今回と次回は別行動部隊の話になります。
久しぶりに、そこそこ短い分量でしたが少し物足りなかったでしょうか?
次回は皆さんも楽しみにしているであろう戦闘パートになります。
ただ…お察しの通り初めから一方的な展開になると思われますので、
逆転劇などを望んでいる方々にはやはり物足りないかもしれません。
FEなどに代表されるSRPGは自軍不利なのが基本ですからね。
言ってみれば『経験値稼ぎに最適』といったところでしょうか?

……ゲーム感覚で戦争を語るのは避けた方がいいのは分かっていますが。

ですが、一応他にも見所は作るつもりだそうです。一体何が起きるのでしょう?
次回『アタラクシアの戦い』お楽しみに。

以上、ユリアでした♪」


バーソロミュ
BACK NEXT