第15章:アタラクシアの戦い BACK NEXT

「申し上げますエル司令官。ピュース軍はこの先の平原で横陣を展開しています。
恐らくは、我が軍を正面から迎え撃つ模様です。」
「ふむ、奴らは数のみを頼りに戦うつもりか。単純で結構。」

フィンの報告を受けたエルは、無表情のまま手元の羊皮紙に目線を落とす。

「此度は特に小細工せずとも楽勝だろうな。」
「はっ、ですが油断は…」
「分かっている。あまり相手を甘く見ないようにしないとな。」
「左様ですか。では、私は持ち場に戻ります。失礼。」

司令部を後にしたフィンと入れ替わりで、ミーティアが入ってくる。


「エルさーん。お客さんが来ましたー。」
「客?俺にか?」
「うん。なんでも大将に合わせてほしいって。」
「これから戦いを始めようというのに司令官に会わせろとはまたずいぶんだな。」
「それがね、そのお客さんリザードマンなんだけど。」
「は!?」


珍しくキョトンとするエル。
十字軍にとって魔物は敵なのだ。なのに、単身陣地に乗り込んでくるとは…


「それでね、今門のところで揉めてるんだけど、ユリアさんが何とか抑えてるわ。
だからエルさんにはなるべく急いできてほしいなって。」
「ったく厄介な奴がいたもんだ。戦に出る前の兵士たちはデリケートなんだぞ。」

呆れながらも、司令官としてほおっておくわけにはいかないので
ミーティアと共に陣門へとむかう。










十字軍の陣地、正面門に多数の兵士が集まっている。
突然現れたリザードマンの訪問者。相手をするのは
よりによって教会騎士団トップのカシスだった。

険悪な雰囲気を漂わせる二人の間をユリアが何とか保っている。


「貴様…ここがどこだかわかってるのか?」
「それくらい分かってるわ。ここは、十字軍の陣地でしょう。私は大将に用があるの。」
「司令官は多忙に身だ(実は今割と暇)。敵である魔物とあっている暇はない。」
「……でも!」
「黙れ魔物。今すぐ失せねば神の剣たる我らが貴様を容赦なく…」
「カシスさん、どうか落ち着いてください。今ミーティアさんが行きましたから。」
「ですが天使様……」
「たとえ相手が魔物であっても、まず理由を聞かないことには。」
「だから理由は大将に会ってから話すって言ってるでしょ!」
「おのれ、天使様が優しいからと言ってつけあがりおって…」
(エルさん…早く来てください(汗 )


「呼んだか?」
「あ!エルさん!」
「!!」「!!」

ユリアの願いが通じたのか、エルは思ったより早く駆けつけてくれた。


「カシス、あとのことは俺に任せておけ。それよりお前は持ち場に戻れ。」
「承知…いたしました。」

カシスはしぶしぶとその場を後にする。

「お前が俺に会いたいと言っているリザードマンか。名は何と言う。」
「私はレーゼミナ。この戦いの間だけでいい、私も共に戦わせてほしいの!」
「…正気か?」
「両親の、そして村のみんなの仇を討ちたいの!だからお願い!」


必死に頼み込む、黒い鱗を持つリザードマン…レーゼミナ。
詳しく話を聞くところによれば、彼女が恋人と共に住んでいた村がピュース軍の侵略を受けて
家も恋人も友達も…全てを失ったのだという。
なんとかしてピュース侯爵ラッテンに一太刀でもいいから浴びせたい。
しかし、自分一人ではやはり無力。そこで、彼女は十字軍を頼ることにした。
もちろん、十字軍は魔物勢力の打倒を掲げているため、自分自身の身も危うい。

それでも…彼女にはこの手段しか残されていなかった。
別の敵の手を借りてでも、仇討を成し遂げると……


「ま、いいだろう。その代り先頭で戦ってもらう、いいな。」
「うん!ありがとう!」

エルのこの決定に、周囲の将兵は驚きを隠せなかった。



「いいのですか、エルさん?」
「そうですね……使えるものは何でも使う。これは戦の常識です。
たとえ潜在的な敵であっても、時には手を組むことも必要になることがあるのです。」
「ある意味エルさんらしい考えですね。私だったら、ちょっと信用できないかなと……」
「ま、今回は相手が相手ですから策略の心配もありません。
俺でも一人を敵陣に埋伏させるだけでは策略の練りようがありません。」
「しかし、彼女は本当に仇討だけで終わるのでしょうか?」
「それは彼女の戦いぶりを見て判断しましょう。」


「ええっと、聞こえてるんだけど。」
「聞かせてるんだ。」








そんなこんなで半刻後。
十字軍はいよいよ攻撃前の最後の打ち合わせに入った。

ユリア、ヘンリエッタ、フィン、セルディア、カシス、ブリジット

エルの前に将軍が集結する。


「さて諸君、直前になって申し訳ないがとても重要な連絡がある。よく聞くように。」
『ははっ。』
「今回の戦、総指揮は俺ではなくユリアさんが執ることになった。」
『!!!!』
「よろしくおねがいします。」

唖然とする将軍たちの前で、ユリアがぺこりと頭を下げる。
間際になって指揮官交代をしてしまうと
命令系統が混乱するので本来は避けたいところだが…


「諸君も『なぜ?』と思っているだろうが、これには理由がある。
今回の戦いはおそらく例がないほど簡単に勝てると思われる。
なので、この機会にユリアさんにも指揮官としての経験を積んでもらおうと思っている。」
「つまり……今回の戦いはユリア様の練習台、と考えてよろしいでしょうか?」
「ヘンリエッタの言うとおりだ。もし万が一俺の身に何かあった時には
俺の代わりにユリアさんが指揮を執ることになるだろう。
それに備えて、ユリアさんには経験を積んでもらわなければならない。」
「そうですな、天使様は常にエル司令官の御側に居りますから
エル司令官の兵法の極意をいくらか学んできたものと思われます。
しかし…こう言っては何ですが、ユリア様が直々にお手汚しをする必要はないかと。」
「いえ、そのようなことはありません。私とて、すでに何人もの命を奪っております。
従軍天使としての覚悟はもとよりです。」
「ま、そんなわけで。反対意見があったらこの場で受け付ける。なるべく早くしてくれ。」

エルはこんなことを言っているが、出せるはずもなく。


「私は特に問題ないかと思います。
今回はエル様はユリア様のサポートに回られるのですよね。
でしたら不測の事態であろうとも大丈夫でしょう。」
「フィンさんのおっしゃる通りです。私達はこれよりユリア様の指揮下に入ります。」
「何なりと、ご命令を。」
「…………ええ、共に頑張りましょう!」
『ははっ!!』


ユリアは一瞬だけ不安な表情を浮かべたが、
それをかき消すように自信に満ちた笑顔を向ける。
将軍たちに、もはや迷いの色は見られないようだ。
あとはユリアが失態を犯さなければ、この戦は負けないはずだ。

(やはり……わたしはエルさんとは違い、まだ指揮官としての信頼は無いに等しいですね。
ですが、ここで不安になってしまってはいけません。命を預けてくれる皆さんのためにも。)


今、ユリアの両手には数万人の命が握られている。
エルが日頃感じている重みは、一瞬のこととはいえユリアに容赦無く圧し掛かった。
特に右手は、権力の象徴。
この右手を高く掲げ前に振りおろせば、大勢の兵士が相手に向かって前進する。

戦場で常に隣にいる愛しい人は…常にこの重みを背負って生きている。


「エルさん。」
「なんでしょう?」
「…私、絶対に勝って見せます。」
「期待していますよ。」


ユリアの右手に握られたクルタナが高く掲げられ、勢いよく振り下ろされる。

「十字軍、出陣します!」
『ヤヴォール!!』



















十字軍の出陣は、対峙するピュース軍にも知らされた。

「閣下!敵軍が動き出しました!」
「そ、そうか!我が軍の多さに驚かないとは、た…大した奴らだ!」

偵察隊からの報告を聞いて強がって見せるラッテン。
身体が小刻みに震えているのは武者震い…ということにしておこう。


「なーに、ご安心ください閣下。このドメスが敵将を討ち取ってごらんにいれましょう。」
「我々のような優秀な騎士にとって、あやつらなど雑魚も同然でさぁ!」

角ばった厳つい顔の将軍…ドメスと、ややハンサムな将軍…ヘルレイセンの二人は
ラッテンと違い楽観した態度をとっている。よほど腕に自信があるのだろう。

偵察兵の報告はまだ続く。

「また、詳しく調べたところによりますと、敵軍の半分以上は女性兵士だったとのことです。」
『何っ!!』

三人の目が光る。

「それは真か!?」
「はっ、間違いないかと。」
「うっひょっひょ!そいつは楽しみだ!」
「こりゃ勝利した後が楽しみですな!」
「俄然やる気が湧いてきましたぜ!」

追加の報告を聞いて分かりやすく目の色を変える三人。
人は欲の前には色々と前が見えなくなってしまうのだろう。
急に強気になったラッテンは勇み足で全軍に出陣命令を下した。


ピュース侯爵軍の兵士たちにも、十字軍の兵士の半分以上が女性兵士であるという噂が
瞬く間に広がっていき、兵士たちの士気も自然と上昇している。


「聞いたか!どうやら敵軍はカワイイコちゃんばかりで攻めてくるらしいぜ!」
「聞いた聞いた!こりゃ戦闘が楽しみだ!!」
「俺の股間の槍もみなぎってるぜ!」


もはや、敵がどれだけ強いのかといった情報は一切伝わっていない。


「……以上が、僕の情報網による敵軍の強さの予想です。」
「逃げ出したくなってきたな。」
「適度に戦って退きましょう。残念ながら正面衝突となれば壊滅は免れません。」
「ったく、なにが女天国だ。あいつらも、もう少し現実を見てほしいものだ。」


一部の例外を除いて……


















半刻後、両軍は何の障害物もないだだっ広い大平原で向かい合った。
戦力は40000対51000とピュース軍が有利ではあるが、質の差は歴然としており
十字軍は全軍が見事に整列しているのに対してピュース軍は……

「酷い陣形ですね…。リリシアさんと戦った時が懐かしく思われます。」

各部隊が好き勝手に陣取っているという、なんともいえないバラバラ感があった。
軍学研究が進んでいるユリスから見ればあり得ない状況だ。
見事な横列隊形を組んできたリリシアのことをおもうと、
いよいよ人間も戦術で魔物に圧倒される日が来るのではないかとすら思ってしまう。



「身の程知らずの成り上がり者どもめ!この強大なラッテン様が、
すぐに貴様らの『軍隊』とやらを木端微塵にしてくれる!」


「ユリア様、敵が何か言っています。」
「そうですか。ではこちらも、何か言い返してやってください。」
「おまかせください。」

命令を受けたヘンリエッタが早速前衛歩兵の前に出た。


「あらあらまあまあ。よく喋るネズミさんですこと。
負け犬ほどよく吠えるとは言いますが、負けネズミも思った以上によく鳴きますのね。」
「負け犬ー!!」
「まけねずみー!!」
「くやしかったらここまできてみなー!!」


十字軍お得意の罵声攻撃が始まった。
聞くに堪えない罵詈雑言の嵐は、ピュース軍の兵士たちの頭を瞬間沸騰させた。


「くそっ!!馬鹿にする気か!!許さんぞ!!」
「なめられっぱなしで済むと思うな!突撃だ!」
「今に見てろよ!屈服させて隅々まで犯しつくしてやるからな!」


ワーワー



「ヘンリエッタさんの部隊はそのまま確固撃破をお願いします。
フィンさんとカシスさんの部隊はその場より少し後退してください。」

ユリアの指揮により、十字軍の陣形が真一文字から徐々に傘型になってゆく。
そうなると、必然的にピュース軍も十字軍を包むような形で引きずられてゆく。
このとき先頭に立つヘンリエッタの部隊には多くの部隊が押し寄せるも、
足並みがそろわず、バラバラになって突撃してくる兵士たちは
前衛歩兵のところに到達する前に弓兵の攻撃を浴びて大半が脱落し、
弓矢の弾幕をくぐり抜けたとしても、前衛歩兵の連携攻撃になすすべもなく狩られてゆく。




「ふんっ!!はっ!!せえぃっ!!」

ドカッ!ビスッ!ザンッ!


最前線に配置されたリザードマンのレーゼミナも、長剣を振い
テンポ良く敵をなぎ倒している。


「まだなの!まだ攻めちゃいけないの!?」
「慌てなくても、敵はまだ逃げませんよ。もう少しお待ちなさい。」
「わかったわ……」

彼女としては、一刻も早く恋人の仇…ラッテンを討ちたいところだが、
前進命令が出ない現在では、単体で突撃してもやられてしまうかもしれない。
だからこそ、ヘンリエッタの言うことを素直に聞いて、迎撃に努めている。

「おそらく…、そろそろ頃合いではないでしょうか。」









「すすめー!!すすめー!!」
「前の奴らは何をしてるんだ!全然敵が減ってないじゃないか!」

ドメスとヘルレイセンはしきりに兵を前進させるが、一向に効果がない。
いたずらに敵に勲功と経験値を奉げるだけになってしまっている。
それでもやることは変わらず、数を頼んだ前進あるのみ。
正規兵も、領地からかき集めた騎士も、大量に雇った傭兵も、
味方の死体を乗り越えて突撃を敢行する。
ピュース軍は徐々に兵力が集中する個所と分散する個所が生まれ始めた。




「エルさん。合図を、お願いします。」
「わかりました。」

エルは手に持つ弓に鏑矢(放つとホイッスルのような音を出す鏃)を空に向けて放つ。


ヒュルルルゥゥ!!



「合図…!皆の者、私に続け!!」
『応!!』

前衛の後ろで待機していたブリジットが率いる騎兵部隊が動きだす。


「おっ!やれとのお達しだ!そんじゃ、行くとしますか!」
『ははっ!!』

同じく待機していたセルディアの戦車隊もまた急速に動き出す。



ユリアの仕掛けた罠が発動した。
ブリジットとセルディアの機動戦力は敵の戦力が薄いところに向かって一気に突進する。
敵の前衛は抵抗もできぬまま突破され、そのまま中核まで一瞬にして到達されてしまった。
ブリジット率いる軽騎兵部隊は敵の密度が薄いところを布を切り裂くように突破し、
セルディアの戦車隊が、突然の攻勢に戸惑う部隊を蹂躙する。


「全軍に通達。総攻撃を許可します。」
『ヤヴォール!』


今まで迎撃と挑発に徹していた前衛は、ユリアの指示を受けて攻撃を開始する。


「総攻撃の合図だ。ジェン、リュナ、任せた。」
「了解!いってきます!」
「期待してて下さいねー!」

左翼に配置されたフィンの部隊から、昨日加わったばかりのレミ竜騎兵団が飛び立つ。
十字軍の信頼を獲得するためにも、ここで目立つ手柄を立てて行きたいものである。

500騎の竜騎兵たちは、反撃で動揺する敵前衛の頭上を飛び越えて一気に中陣に迫る。

「さーて、まずはあの人からかな。」
「じゃあ私はあっちの方を狙うね。」
「それ!私の槍が受けられるかな!」


彼女たちに与えられた役目はジェネラルキル……
つまり、部隊長クラスを投槍で狙い撃ちするというものだ。
特に、傭兵部隊などは団長がやられてしまえば
とたんに機能しなくなってしまう。
ジェンとリュナは、部隊長と思わしき人を見つけるや否や集中攻撃を喰らわせ、
次々と部隊を無力化してゆく。
無力化した部隊はその場から逃げだすか、
戸惑っている間に前進してきた十字軍に蹂躙される。


「おい!お前ら!前進しろと言ったはずだ!何をぐずぐずしている!」
「で、ですがドメス将軍!敵があまりにも強すぎて…我々では歯が立ちません!」
「くそっ!これだからごろつき傭兵どもは…金は一杯欲しがるくせに
碌に勝てもしないじゃないか!役立たずが!」

どこの世界でも、上手くいかないと途端に罵り始める人物はいるものだ。


「将軍!どうやら前進が止まったのはあの竜騎兵どもの仕業の様です!」
「なぬぅい!おい、許せんぞ!そこの竜騎兵、一騎打ちだ!来い!」

「ん?なんか騒いでるオッサンがいるね。もしかしてあれが敵の将軍かしら?」

ジェンもまた、大声でどなり散らすドメスの存在に気付いたようだ。


「我こそはピュース侯爵軍一の猛将、ドメスだ!かかってこい!」
「へぇ、ドメスって言う名前なんだ……。なるほどなるほど。」
「どうした!俺の姿を見て恐れをなしたか!」
「ぷっ…確かにドメスティックな顔してるわね。」
「おいこら!それはどういう意味だ!!」


ガッキーン!


槍と槍がぶつかる。


「くっ!少しはやるようだな小娘!」
「こんなやつに……こんなやつにお父さんとお母さんを殺されたなんて……」
「何を言って…………、まさか貴様らはこの前滅ぼしたはずの生意気な竜騎兵団!」
「そう!私はレミ竜騎兵団の新隊長ジェン!あなたの首は私が貰い受ける!!」


気迫のこもった言葉と共に騎乗する飛竜を一旦急上昇させ、
槍を頭上で勢いよく振り回した直後、ドメスめがけて勢いよく投擲する。


ギュウゥゥン!!   ズブリッ!!


「へぶっ!?まさか……こんな小娘にぃぃ……」

ジェンが放ったショートスピアはドメスが持つ盾すら貫通し、そのまま胸へ突き刺さった。
ピュース軍の将軍の一人は、こうしてあっけなく倒された。


「敵将!私が討ち取った!!」


ワーワー






右翼のやや後方に位置するサビヌス率いるクイントゥス傭兵団にも、
味方がかなりの劣勢を強いられているという知らせがもたらされる。

「思った通り、こっちの軍が大分劣勢だな。」
「はい。敵軍はジェネラルキルを狙って来ており、部隊が次々と無力化していきます。
総崩れになるのも時間の問題かと。」
「おいおい、ジェネラルキルって俺の身も危ないじゃないか。冗談じゃないぞ。」
「いずれにせよ、すぐに退ける準備もしておきましょう。」
「だな。」

元々やる気に欠ける彼らは、こっそりと撤退準備に移ろうとしていた。しかし……


「団長、竜騎兵です。動向にご注意を。」
「もうこんなところまで来ているのか、厄介だな。弓兵、構え!」
『ははっ!!』

サビヌスの合図で弓兵たちが矢を構える。



「待ってくださいサビヌスさーん!お話がありますから、撃たないで!」
「ん?聞き覚えがある声だな。」
「私、リュナです!お久しぶりです!」
「……弓兵、構えをといていいぞ。」

警戒態勢をといた傭兵団の中央に、臆せず降りてくるリュナ。

「こんにちはサビヌスさん。」
「お、えらいな。ちゃんと挨拶できるようになったんだな。
まあそれはともかく、話って何だ?」
「うん!単刀直入に言うと私達の味方にならない?」
「直入すぎる!」

ある程度内容は予想していたが、こうもあっさり言われると驚きだ。

「私ね!サビヌスさんみたいな強い人が味方になってくれたら、
一杯活躍できるんじゃないかって思うの!」
「まてまて…いくら俺が傭兵といえどもそう簡単には寝返れないぞ。
なにしろ傭兵には契約があるからな、まずは色々と交渉を……」
「えー、でもさーもうサビヌスさんが付いてる軍、負けそうだよ?」
「ああ…確かに。」
「お金入ってこないよ?」
「それはまずいな。」
「でもね、十字軍のエルさんはまだ未熟な私たち姉妹を受け入れてくれたんだ!
だから私達よりも強いサビヌスさんなら、きっと私達より待遇がいいはずだよ!」
「団長、私もここで寝返るべきかと思います。」
「ヴィックル、お前まで…」
「このまま戦っても勝ち目はありませんし、撤退しても我ら傭兵団の威信に傷がつきます。
ならば、リュナさんに仲介してもらって十字軍に転向する方が何かと有利かと。」
「ね!だからサビヌスさんも私と一緒に戦おうよ!」
「そうだな……別にラッテンの野郎に義理立てする理由もない。
いいだろうリュナ。今回はお前の話を信じて寝返ろう。」
「!!ありがとうございます!命懸けで説得しに来た甲斐がありました!」


リュナの説得で、クイントゥス傭兵団は十字軍についた。

「よーし!降伏の手土産に俺たちもレミ竜騎兵団を手伝ってやるか!」
『応!!』

サビヌスはリュナから受け取った十字軍の旗を掲げて、直前まで味方だった兵士を攻撃した。
まさか味方陣営から攻撃されるとは思っていなかったピュース軍右翼は、
ドメスが討ち取られたことも相まって本格的に総崩れの模様を呈し始めた。






一方左翼方面でも、ブリジットによって陣が分断されてしまい、
各個撃破の憂き目にあっている。


「あっちゃ〜、こりゃまずいな。どう考えても勝てっこねぇよ。」

ヘルレイセンはボリボリと頭を掻きながら、次々とやられていく味方を見ていた。
女性兵士の大軍と聞いて目の色を変えて突撃していた勇敢な兵士たちはどこへやら、
カシス率いる教会騎士団の攻撃で、及び腰になってしまっている。


「そもそも…なんで俺たちが教会の犬どもに攻撃されなきゃいけないんだよ?
俺何か悪いことしたか!?魔物が住む村だってたくさん滅ぼしたぜ!?」

独り言で弁明しても聞いてはくれない。
ヘルレイセンはこれ以上の攻撃は無理だと判断し、退却することにした。
情けないが、この判断はこの状況では賢明と言える。



ところが、




「むむっ!!あの白馬で戦場を駆け抜ける銀髪の乙女!!何と可憐なのだ!!
退却する前に、あの乙女に一騎打ちで勝ち、お持ちかえりするのだ!!」

命の心配より欲望が勝った瞬間だった。



ちなみに白馬に乗っている銀髪の乙女とはブリジットのことだ。


「ブリジット将軍!敵将が単騎でこちらに突っ込んできます!」
「あ、本当だ。何を考えてるんだろう?」
「まったく、将軍一人で単騎特攻など正気の沙汰ではありませんね。
はっきり言って馬鹿です。」
「でも…それだとエル様も…」
「え、エル様はお強いからいいのですよ!」


「やあやあ、そこにおわすマドモアゼル!
我こそはピュース軍一の実力者、ヘルレイセンなり!
貴女が真に勇敢な武人だという自負があるのならば!このヘルレイセンと一騎打ちを……」


猛烈な勢いでブリジットめがけて突っ込んでゆくヘルレイセン。
手に持つランスを構えて、真一文字に突撃する。


「やれっ!!」
『はっ!!』

「いざ尋常に勝b―」

ヒュンヒュン!!

ぶすっ!どすっ!

「ぶへらっ!?」


ブリジット揮下の弓騎兵二人が放った矢は、見事にヘルレイセンに命中。
その衝撃で、彼は落馬してしまう。

「な…なにをする…!!」
「単騎特攻してきたということは、兵士に討たれて死ぬ覚悟があるってことよね。」
「ち……ちがうっ!俺が望むのは…貴女との一騎打ち……だ。」
「だが断る!死ね!」


ドスドスドスドス!!


「こ…こんなはずでは……」

もう一人の将軍、ヘルレイセンは雑兵の手によってめった刺しにされた。
これにより、左翼方面も完全に戦線が崩壊。
ピュース軍には逃走か死か…選択を迫られる。

もちろん大半は逃げ出した。
引き際を誤ったものはあるいは倒され、あるいは捕らえられた。








そして残るは中陣。

総攻撃の合図を受けたヘンリエッタは、
レーゼミナを先頭に続々と押し寄せる敵をものともせず、逆に押し返す。
両翼の支援がない状態では、一度崩れた態勢を立て直すのが難しい。
ましてや、いつも適当な戦術で戦っているラッテンならなおさらだ。
ユリアが陣形を傘型に配置したのは、攻勢に移る際により早く中央を突破するためだった。
矢の雨がざんざん降り注ぎ、逃げろ逃げろと兵たちが叫ぶ。


「能無しどもめ!俺の指示通りに、なぜ動けんのだ!」

指示通りに動いたからこのような結果になったわけで…

「閣下…ここは一時城に退却し、軍を立て直すべきかと…」
「そ、そうだな!ここは一時戦略的撤退に限るな!お、俺はまだ負けたわけじゃないんだ!」
「退却!退却!一旦ビブラクスの城まで退け!」

ワーワー


中陣にいる兵士20000人の大半は軍務経験もなく、訓練もろくにされていない徴収兵のみ。
数合わせのためだけに動員された民兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。
ここまでくると、十字軍にとっては一方的な殺戮に等しい。

しかし、ユリアからの指令でなるべく民兵には手を出さず
敵総大将を一直線に狙うよう言われている。


「じゃまよ!どきなさい!ラッテンは私が討ち取るの!道を空けないと斬るわよ!」

レーゼミナもまた、ラッテンがいると思われる軍の中核目指して必死に切り込んでゆく。
一応ヘンリエッタの支援もあるが、彼女はたった一人で進んでいると言っても過言ではない。
まるで、ここが自分の死に場所だと言わんばかりに……



「ヘンリエッタ。」
「あ、これはエル司令官。こちらにいらしてたのですか。」

いつの間にか、エル自身も前線に出てきていたようだ。

「ここまでくれば戦局はもはや覆るまい。それより、あのリザードマンの様子はどうだ?」
「レーゼミナさんですね。それはそれは素晴らしい活躍をしていますわ。
元々腕がいいのもありますが、復讐のためと言う暗い理由はあれど
命を惜しまぬ勇猛果敢な戦いぶりです。敵に回さなくてよかったと思います。」
「そうだな。もし…彼女が敵だった我が軍も被害なしと言う訳にはいかないだろうな。」
「もしレーゼミナさんが敵だったら……」


二人が見守る中、レーゼミナの勢いはとどまることを知らず
ついに、必死に逃げ出すラッテンの姿を肉眼で捕らえた。

「あの目立つ黄金の鎧を着ているのがラッテン…!私の幸せを奪った……許せない!!」

レーゼミナの足がさらに加速する。

「ひぃっ!だ、誰か!あの兵士の突撃を止めろ!そ、そして…俺の身を守れ!」
「そのようなことを言われましても…護衛兵はばらばらになってしまっています…」
「なぜだ!使えぬ能無しばかりだ!俺は…こ、こんな所で死にたくはないぞ!
お前たち!ここにとどまってあいつをこれ以上俺に近づけるな!」
「か、閣下を守れ!閣下がいないと今月の給料が出ないぞ!」

ワーワー


ラッテンを目の前にして、40人近くの兵士が立ちはだかる。

「どいてよ!じゃましないで!」

レーゼミナの目には、もはや仇の姿しか映っていない。
さっさと護衛兵を倒して、ラッテンに刃を突きつけようとしていた。

しかし……



カーン!キン!ガン!キーン!

「はあっ…!はあっと…!なんでよ!もうすこしなのに…!」


いくら彼女がリザードマンだからといえども、開戦当初から全力で戦い、
なおかつ40人もの兵士の相手をするというのは、いささか無謀と言うほかなかった。
一人で突出しすぎた。そのつけが、後もう少しというところで回ってきてしまった。

敵の攻撃を徐々に避けられなくなり、身体に幾多の傷を作る。


「おいおい、強くてビビったが意外と何とかなりそうじゃねーの?」
「しかもこいつ、よく見れば結構カワイコちゃんだぜ。」
「たった一人で閣下を倒そうなんて甘いんだよ嬢ちゃん。」
「この場でおとなしく捕まれば、これ以上痛い目には合わないぜ。」

「く…ぅ、だめ……ここで負けるわけには……」

残りHPは5。しかもアーマーナイトの集団に囲まれてしまっている。
もはや自力での脱出は不可能に近い。

だが、彼女は単体で戦っているが、一人で戦っているわけではない。


ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!

「ぐわっ!」「いっ!?」「ぐふっ!」


「レーゼミナさん、危ないところでしたね。」
「あ……えっと…」
「ブリジットです。いいですか、戦場では味方と歩調を合わせないとそうなるのですよ。」
「ごめん……」
「ですが、ラッテンが逃げます。私の傷薬をあげますので、これで傷を回復してください。」
「…!ありがとう!」

寸でのところでブリジットに救われたレーゼミナ。
彼女を囲んでいたアーマーナイトは騎兵隊によって一瞬にして全滅し、
もはやラッテンを守るものはお付きの兵士数人だけの状態だ。


「さ、もたもたしているとジェンちゃ…さんたちに先を越されてしまいます。」
「そうね!私……最後まで頑張る!」


走りながら傷口に傷薬を塗り込み、再びラッテンの首を狙う。
こんどはブリジットも一緒だ。囲まれる心配はない。





「ひいっ…ひいっ…まだか、城はまだか…」
「ま…まだ見えません……」
「疲れた…もう走れない……!誰か!俺をおぶれ!」
「は、ははっ!」


兵士に負ぶさられて逃走する何とも間抜けな姿。
その光景は、上空から襲いかかるジェンにとって格好の的だ。


「敵の総大将をはっけーん!せいやー!」


ヒュウゥン!   ブスリ!!!


「アッーーーー!!」

ジェンの放ったショートスピアは見事ラッテンの尻に命中。
その衝撃でラッテンを背負っていた兵士ごとその場に前のめりに倒れる。

命中したショートスピアは槍の後方にくくってある紐を手繰り寄せて手元に戻ってくる。
ジェンは、ふと槍の先端を見ると……真っ赤な血に混じって、
なにやら茶色い物体が付着しているのに気が付いた。

「………………このショートスピア、壊れちゃったー(棒読み)」

ジェンはショートスピアを捨てた。
その合間を縫って、レーゼミナが最後の攻勢を仕掛ける。


「追いついた!追いついたわラッテン!あなたの悪行もここまでよ!」
「や、やめてくれ!ゆるしてくれ…頼む!あぁ…!」
「ゆるさない!!!」


ザシュウウゥゥッ!!


レーゼミナの長剣がラッテンの頭を兜ごと真っ二つに叩き割った。
悪行三昧だったピュース侯爵ラッテンは、こうしてあっけなく討ち取られた。


「あー!私も獲物狙ってたのに!でもまあ、いいや。頑張ったねレーゼミナ!」
「う、うん!これでお父さんとお母さん…そして恋人の仇が討てた。ありがとう…」
「お礼を言うのはまだ早いよ!まだ戦いは終わってないんだから!」


ラッテンを倒したことにより、ピュース軍の大半はその場で降伏した。
しかし、一部の兵士はまだビブラクスの本拠目指して退却している。
戦場と城の距離が近いこともあって、十字軍の追撃から何とか逃げ切れるかのように見えた。



「もうすぐだ!城に入れば助かる!」
「ああ、これで俺たちは……、おい!城壁に翻る旗…あれ、俺たちの旗じゃないぞ!」
「は?お前は何を言って……………!?ウソだろ!あれはどこからどう見ても…」


ビブラクスの城に翻るのはピュース軍の黄色い旗ではなく、青を基調とした…


『ハルモニア軍の旗だ!!』



城にいたのは味方ではなく、別の敵だった。
城門の上から男性一人と女性一人が姿を見せる。

「ピュース軍のみなさん。この城は私達ハルモニア軍がもらい受けました。」
「お前たちの帰る城はないぞ?素直に降伏したらいかがかな?」


後ろからは十字軍が迫り、本拠地は陥落。
ピュース軍の兵士たちは抵抗を諦め、全員が武器を捨てて降伏した。
戦闘開始からわずか一刻半(3時間)での勝利だった。






「ユリアさん、良く頑張りました。俺たちの完全勝利です。」
「ご苦労様でしたユリア様。」
「エルさん…ヘンリエッタさん…。勝てて良かった…。」
「さぞかし緊張したことでしょう。ですがここからは俺がやりますので安心してください。」
「お見事でしたよユリア様の戦術……。しっかりと、敵の配置を把握していたのですね。」


ユリアは敵の配置を一目見て、どういった戦術をとればいいかを把握していた。
敵の攻撃が集中する中央は一旦防御に専念させてから、攻撃が鈍ったところを反撃する。
右翼は傭兵部隊が多かったので竜騎兵によるジェネラルキルで部隊を無効化する。
左翼は鈍足な部隊が多かったので、軽騎兵による撹乱で各個撃破する。

派手さこそはないが、堅実に敵を撃破するには十分だった。
また、民兵を倒しすぎると戦後の統治で労働力が低下してしまうため、
なるべく敵将を早めに倒して戦意を喪失させることも忘れていなかった。



「勝てたのはもちろんうれしいことです。しかし……」
「分かってます。戦争の指揮が上手くなっても、ユリアさんはあまり嬉しくないでしょう。
当然です。ユリアさんはエンジェル。人を幸せにするのが役目なのですから。」
「エルさん…。ですが、私も覚悟はとうの昔にできています。エルさんのためなら…。」
「よくできました、ユリアさん。はなまるです♪」


エルは、笑顔でユリアの頭を優しく撫でる。

「あ…あうっ!?///」
「あらあら、うらやましいですねユリア様♪エル司令官、私も頑張りましたから……」
「う〜ん、俺より年上で…しかも俺より身長がデカイとちょっとな……」
「がーん!!」(ヘンリエッタ…三『フォイア!』歳、身長178cm)
「まあ、お前には恩賞をやるからそれで納得してくれ。はっはっは。」


さて、戦いが終わり結果を見てみると……


十字軍:戦死者24人、負傷者約150人。

ピュース侯爵軍:戦死者約12000人以上、負傷者約8000人、捕虜約30000人以上。


文句のつけようのない圧倒的勝利だった。


ピュース侯爵軍はラッテンが死んだことにより侯爵領自体が解体。
以降はハルモニア王国の支配下に入る。




しかし、これで終わりと言う訳にはいかず、むしろエルが忙しいのはこれからだ。



「エル様!今回の戦いで私達の味方になってくれた、クイントゥス傭兵団の方々です!」
「団長のサビヌスです。」
「参謀のヴィックルと申します。」
「うむ、早めにこちらに寝返ってくれたのは正解だった。正式に契約金を支払おう。」
「はっ…ありがとうございます。」

まずはリュナが連れてきたクイントゥス傭兵団の処遇について。

「ところでサビヌス。お前も、俺たちと一緒にアルトリアを目指さないか?」
「アルトリアを目指す?」
「我ら十字軍は、かつて人類の繁栄の中心だったアルトリアの奪還を目標としている。
そのためには、一人でも多く心強い味方が欲しいと思っている。」
「…これはこれは、また大層なことを考えていらっしゃいますね。
しかし、サキュバス達の手に落ちたアルトリアの奪還は…可能なのでしょうか?」
「可能か?可能だと判断したからこそ、こうして俺たちはアルトリアを目指している。」
「そうですよー!アルトリアを取り返せれば私立ち一躍有名人ですから!」
「…いいでしょう。我々クイントゥス傭兵団、これより十字軍と共に戦い抜きましょう。」
「やってくれるか。たのみにしているぞ、ベテラン傭兵団長。」
「ははっ!」

と、そこにヘンリエッタが割り込んでくる。

「エル様。サビヌスさんたちは、私の師団に組み込んでもよろしいでしょうか?」
「ヘンリエッタの師団にか?まあいいだろう。カナウスを落とすまでの間、訓練を任せる。」
「本当ですか!!ありがとうございます!」
「ヘンリエッタさん、といったか?我々傭兵団を編入してもらえるのは有難いが、
それほど喜ばれる理由はいったい?」
「さ…ヴィックル君。これからはヘンリエッタお姉さんが手とり足とり訓練してあげるからね♪」
「は、はあ…?よろしくお願いします。」
「おいまて!あんたの狙いはヴィックルか!?何する気だ…ってこらどこに連れて行く気だ!」

「ヘンリエッタがショタコンだってことうっかり忘れてたな。」
「あ、あはは……。変わった性癖の将軍さんもいらっしゃるんですね。」
「幻滅したか?ジェン。」
「いえ、そんなことはありません!私とリュナもこれから十字軍の一員として頑張ります!」
「そうか。期待しているぞ。」



次にエルが会ったのは、ビブラクスを占領したハルモニア軍を率いる将軍二人。
一方は紺色一色の薄手の布服に、赤いスカーフを巻いた若き女性。
もう一方は無骨な板金鎧で身を固めた、こちらもまだ若そうな男性の騎士。


「お初にお目にかかります司令官。
私はハルモニア軍の特殊部隊長のラピシエーヌと申します。
長いのでラピスとでもお呼びください。」
「俺がエルクハルトだ。エルと呼んでくれて構わない。
我らが戦っている間に本拠地を抑えてくれたこと、感謝する。」


今回の話の冒頭でエルの手元にあった羊皮紙を覚えているだろうか?
実は、あの紙にはハルモニア軍が隙をついてビブラクス城を奪取する旨が書かれていたのだ。
エルが事前に根回しをしたおかげで、ハルモニア軍特殊部隊が少数で城門を開け、
そこから本隊が一気になだれ込んだのだった。

ラピスと名乗った女性に続いて、男性騎士も口を開く。


「ピュース侯爵領を抜ければ、我々の国…ハルモニアに入ります。
我らハルモニア軍一同、快く歓迎いたす所存です。」
「うむ、しばらくの間駐留することになるだろうからな、こちらこそよろしく。
ところで……君は名を何と言う?」
「な、名前…やっぱりきたかー…」
「どうした?これから共に戦う上でせめて名前くらいは知っておきたいしな。」
「わ、笑わないでくれますよね!」
「………笑うような名前なのか?」
「僕は、その……クルルといいます。」
「それはまたなんとも…」

たまにいるのだ。大人になった時のことを考えないで子供に名前を付ける親が。
これが冒険者の名前だったらまだ良かったが、将軍となれば威厳の問題が出てくる。

「私は好きよ、その名前。」
「ら…ラピカ先輩…」
「覚えやすいし、呼びやすいし、なにより可愛いわ。」
「真顔でそんなこと言わないでください!余計恥ずかしいですから!」
「あー、そうだな。今後もネタにされる可能性があるから覚悟するように。」
「ちくしょー!!」




そして最後に……


エルとユリアは、この戦い限りで去るレーゼミナを見送ることにする。


「ありがとうエルさん、ユリアさん。おかげで心がすっきりしたわ。」
「それはよかった。実に見事な戦いぶりだったな、きっとこれからも強くなれるだろう。」
「レーゼミナさんは、これからどう生きて行くつもりですか?」
「そうね……このまま各地を旅してみたいと思う。
生きる意味を一つ失ったから、また新たな道を探してみることにするの。」
「ええ、それがいいと思います。過去はもう戻ってきません、
ですがあなたの前にはまだ無限の可能性に満ちあふれていますから。」
「ふふふ、天使さんらしいわ。ユリアさんを見てると、何だか笑顔になれる気がするわ。
じゃあ私はここでお別れするね。今日は本当にありがとう!」
「うむ、俺たちはこれから敵同士だ。だが、簡単にくたばらんようにな。」
「くれぐれも、私のことを忘れないでね!」


黒い鱗のリザードマンは、そのまま大平原を南に向かって歩いて行った。
ここから先は十字軍とは敵同士。戦場で出会ったら、刃を交わす運命にある。


「レーゼミナさん…行ってしまいましたね。」
「復讐のために敵の力を借りる。将来大物になるかもしれません。」

エルのところにブリジットとフィンがやってきた。

「寂しいのか、ブリジット?」
「そうですね……せっかく戦いを通じて少し仲良くなれたのですから、
もう少しいろいろと話してみたかったと思います。」
「ですがエル司令官。私が思うにあのリザードマンはやはり、
仇討だけが目的ではないような気がします。」
「ほう…フィン、どうしてそう思う?」


フィンもまた、先陣に立って果敢に切り込んでゆくレーゼミナの姿を見た。
それは親魔物国軍のリザードマンを相手にする時とはまた違った戦慄を伴っていた。

「彼女は、我々にも伝えたかったのだと思います。
『リザードマンを敵に回すとおそろしいことになる』と……。
彼女は捨て身で奮闘することで、敵に回さなくてよかったと思わせました。」
「そうだな……」
「我々もピュース軍と同じ…いえ、むしろピュース軍以上に魔物に対して厳しいのです。
それなのに、あえて我々の陣営について戦ったということは、ひとえに
リザードマンと言う種族の宣伝をする目的があったものと思われます。」
「さすがだフィン。そこまで洞察しているなら大したものだ。」


実際、ヘンリエッタはレーゼミナの戦いぶりを見てフィンと同じことを感じたし、
兵士の中にも、リザードマンに対して少なからず警戒心を抱いた者も少なくないだろう。
リザードマンは怒らせると恐ろしい存在……
彼女が最初からそのような目的だったかは定かではないが、
結果的に一人のリザードマンが人間に少なからず影響を与えたのは間違いない。


「だが、もちろん逆も言える。」
「逆ですか?」
「我々が影響を受けたなら、レーゼミナはそれ以上に影響を受けただろう。
つまり、彼女も十字軍の強さを身をもって知ったことだろう。」
「…!確かに!」
「いずれ彼女と戦場で相まみえる日も来るかもしれない。
その時彼女は、我々の軍に臆することなく戦える強さを持っているか、
はたまた戦う気が失せてしまうか……これからの彼女の努力次第と言ったところか。」


集団戦は、個人戦とはまた違った感覚で戦わなければならない。
個人戦ならば、相手を倒せばそれで終わりだが集団戦はそうはいかない。
自分が死んでしまえばいくら相手を倒しても負け。
生き残ること……これが集団戦における勝利。
質よりも量が勝ち、強さよりも連携が勝ち、力よりも頭がいい方が勝つ。

レーゼミナは今日一日で貴重な体験をしたのだ。



「さて、無駄話はこれくらいにしておこう。各部隊とも設営に移れ。」
『ははっ!!』

「ユリアさんはこの後、俺と一緒に反省会です。」
「え…反省会ですか?」
「そうです。司令官たるもの勝っても負けても戦を反省しなくてはいけません。
負けた場合は当たり前ですが、勝った時でももう一度戦闘を振り返り、
より完璧に勝つにはどうしたらよかったのかを自分なりに考えることが必要です。
一度勝ったからと言って、次に同じ手で勝てるとは限りませんからね。」
「確かに…。勝って兜の緒を締めよともいいますし。
ですがエルさんは…もしかして戦うたびに反省会をしているのですか?」
「ええ。ただし戦後処理と並行してやらなければならないので、
多少脳が疲れるかもしれませんが鉄は熱いうちに打たなければなりません。
では、ユリアさんの反省点をお聞きしましょうか、ね♪」

(……私もそれなりの修練は積んでいるのですが、やはりエルさんはスパルタです。)

でも、エルと二人きりになれるなら反省会も楽しいかもしれない。
たくさんダメだしされそうだけど、むしろ自分のことを見てくれている嬉しさ。
不思議なことに、エルと一緒だとなんでも前向きに捉えられる自分がいる。


「エルさん、いっぱい罵ってくださいね♪」
「勘違いされますからその言い方やめてもらえますか?(汗」



結局ユリアは反省会でみっちりしぼられた後、
ごほうびに夕飯をエルに作ってもらえました。


11/07/13 17:02 up
登場人物評


レーゼミナ リザードマン9Lv
武器:鉄の大剣
黒い鱗を持つリザードマン。腕はまだ一人前とは言えないものの身体能力は高め。
ピュース軍によって村を焼かれた際に両親恋人を失い、復讐の鬼と化していた。


ドメス  グレードナイト20Lv
武器:鋼の長槍
ピュース軍の将軍。角ばった厳つい顔で、かなり人相が悪い。
Lvの割に能力が低いため、低レベルユニットにとって格好の餌となる運命。

ヘルレイセン コマンドナイト20Lv
武器:ランス
ピュース軍の将軍。ややイケメンだが性格は悪党そのもの。特に女性に目がない。
いわゆる『ランスチャージ』を得意とするが、正面衝突しない限りかわすのは楽。


ラピシエーヌ(ラピス) アサシン21Lv
武器:ナハトアングリフ(短刀)
ハルモニア軍特殊部隊を率いる若い女性。開門から破壊工作、暗殺もやってのける。
真面目なのだが、言いたいことを遠慮なく言うため、他人を困らせることも。

クルル  セイバー17Lv
武器:銀の剣
ハルモニア軍を率いる若き剣騎士。エルの連絡に呼応して留守のビブラクスを陥落させる。
男性騎士なのに子供っぽい名前なのがコンプレックス。改名を真剣に考えている。



ヘンリエッタ「15章にして初めて仲間が増えました!ヴィックルきゅんハァハァ……」
サビヌス「やっぱりこの軍抜けようかな?」
フィン「まあまあ…、あんな性癖を持つのはヘンリエッタさんだけだから。」
カシス「まったく、普段は頼れる副軍団長なのだがな。」
ジェン「さ!参戦がちょっと遅くなったけど、これからバリバリ頑張るよ!」
リュナ「おーっ!!」
ヴィックル「ですが…我々は当分登場できないという話を聞いたのですが…。」
ブリジット「うーん、せっかく活躍したのに!忘れられるのは嫌だよ!」
クルル「僕なんか顔だしだけだったし…。」」
ラピス「そのうち話が戻ってくるでしょう。その時また活躍すればいいだけの話です。」

一同『どうか!我々の存在を忘れないでください!』

バーソロミュ
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