*…第13章:困惑する人々 BACK NEXT

「自由都市アネット陥落、そしてカンパネルラ地方の制圧を祝して、乾杯!!」
『カンパーイ!!』

ガチャーン!!


自由都市アネット陥落の翌日…

あらかた戦後処理を終えた十字軍の将軍たちは、全員そろって戦勝記念の祝杯を揚げていた。


「はっはっは!まさか本当に3ヶ月以内に攻略できるとは思わなかった!なあブロイゼ!」
「いんや、俺は初めからできると信じてたさ。」
「調子こくんじゃねーぞおまえ!初めの時は無理だ無謀だ言ってやがったのに!」
「細かいこと気にしてるとはげるぜディートリヒ。」


「あれ?サン、ナンナ、何飲んでるの?」
「ミルクだよー。」
「私達は未成年ですので、お酒は飲めませんね。」
「そーゆーレミィは……麦茶?」
「ちがうよ!ウイスキーだよこれ!」
「だめですよレミィさん、お酒なんて。」
「なーに言ってんのよ二人とも!こんな日はむしろお酒飲まない方がおかしいでしょ!
あなた達も酒飲みなさい!飲めー!素面とかゆるさなーい!」
「落ち着いてレミィ!酔ってる!酔っ払ってるよ!」
「わ、私お水持ってきますね!」
「あら、レミィちゃーんあなたいける口みたいね?」
「私達も混ぜてほしいなー!」
「あ…ルーシェント様…チェルシー様…」
「ほらほらほらほら!サンちゃん、飲みねぇ飲みねぇ江戸っ子だってね!」
「『えどっこ』ってなんですか…?」
「ナンナちゃんもお水なんか後回しにして、お姉さんと一緒に飲みましょうね〜♪」
「だ、誰か助けてください〜…」


「マティルダ!飲み比べよ!」
「望むところですユニース様!」
「先にグラス20杯飲んだ方が勝ちよ。いいわね。」
「それくらいならどうってことありませんね。」
「……どうってことあると思われますが。」
「リノアンは黙ってなさい!ってことでノクロス、審判よろしく。」
「飲み比べの審判ですか。まあ、いいでしょう。」
「で、ユニース様、勝ったら何かくれるんですか?」
「ふっふっふ、勝った方はエルと寝られるなんてどうかしら?」
「おおっ!それは凄い!」
「…せめてエル様から許可を取られた方がいいのでは?」
「そして負けた方はその場でパンツ一丁になってもらうわよ!」
「望むところです!」
「今すぐ止めなさい!!(キビッ!)」


わずか3カ月の出来事だったとはいえ、将兵は毎日苦労が絶えるときはなかった。
だからこそ、こういった場では誰もが自然と羽目を外している。

この夜の宴会はもはや無礼講の模様を呈していた。


「ではエル司令官、ファーリル軍団長、私は見回りに向かいます。」
「ああ…すまないなフィン。お前にばかりこんな役を押し付けて。」
「いえ、私は酒が苦手ですから…この場にいるより見回っていた方が気が楽です。」
「ははは、くれぐれも付き合い悪くて友達なくさないようにね。」
「……善処します。」

スタスタ…

「やれやれ、相変わらず彼は堅い人間だね。」
「ま、本人がやるって言っているのだから、構わないだろう。
それに酒に酔った兵士が軍紀を乱すこともあるからな、誰かが見ていなければならん。」
「そうだね。フィンには感謝しないと。」
「よう、二人とも飲んでるか?」
「やあカーター、君も部下と飲まないのかい?」
「とりあえずシモンとイーフェとトステムを潰してきた。」
「あいかわらずだなお前も……すこしは部下を労わってやれよ。」
「大丈夫だ、殺しはしない。生かさず殺さずがちょうどいい。」
「とても宴会で言う言葉とは思えないね。」

エル、ファーリル、カーターの三人が杯を片手に談笑しているところに、
ユリアが混ざってきた。

「エルさん。」
「あ、ユリアさん。どうかしましたか?」
「いえ…マティルダさんとユニースさんが飲み比べを始めましたので、
こうしてエルさんの下に避難してきました。」
「あの二人またやってるんだね。女性なのに僕たちより飲むよね。」
「まったくだ、俺もあいつと飲んで何回潰されたことか。」
「か…カーターさんが酔い潰されるって……」
「あの二人から逃げてきて正解でしたねユリアさん。
俺は飲酒を強要しませんので、ゆっくりミルクを飲みながら談笑しましょうか。」
「はい♪」
「そういえばカーター、ファーリル、これはカンパネルラ城攻略の時の話なんだが……」

タッタッタッタッタッ

「エル様!大変です!」
「どうしたラルカ?」
「ユニース様とマティルダ様が飲み比べで勝った方が……その…ええっと……」
「肝心なところを早く言ってくれないと動くに動けないんだが。」
「エル、どーせあの二人のことだ。勝った方がエルに夜伽してもらうとか言ってんだろ。」
「!!カーター様、どうしてそれを…」
「図星かっ!!クソッタレ、今すぐ止めに行ってくる!」

ザッ

「あ…行ってしまいました。エルさんも大変そうですね。」
「あはは、そうですね。自分の身体が知らないうちに賞品になってしまったのですから。」
「エルもたまには諦めてどっちかに情けをやればいいのにな。」
「だ!ダメです!総司令官がそ……そのような…ことをしていては……!」
「大丈夫ですよユリアさん。ユリアさんがエルを堕とせば問題ありません。」
「大アリですっ!!よ…よりによって堕とす……なんてっ!」
「カーター、あまりユリアさんをいじめるとエルが怒るよ。」
「だな。ああいえユリアさん、今のは冗談ですから真に受けないでもらいたい。」
「は…はあ…」
「そうですね、お詫びと言っては何ですがミルクもう一杯いかがですか?」
「ええ、では有難く頂戴します。」


そういってカーターは容器からグラスにミルクを注いで、ユリアに手渡す。

「……………」
「ん?カーター…なににやにやしてるの?」
「別に。」


それから10と数分して、エルが三人のところに戻ってきた。
恐らくマティルダとユニースに軽く説教してきたのだろう。

「ったくあいつら…いくら酒が飲めるからと言ってあんなに飲みやがって。
急性アルコール中毒で倒れたらどうするつもりだ。」


「エルさーん!おかえりなさい!」
「あ、あれ?ユリアさん?」

なんと!ユリアがいきなりエルに抱きついてきた!

「おうエル、やっと戻ってきたか。
そのままあいつらに押し倒されてるんじゃないかって心配していたところだ。」
「あはははは…エル、その…なんていうか…ごめん。」
「ごめんってまさかっユリアさんにお酒飲ませただろ!」
「はい♪いただいてしまいました。」
「さてはカーター、貴様のせいだな。」
「はてはて知らんなそんなこと。証拠はどこにあるっていうんだ。」

何度も述べているように、ユリアは決して酒が苦手という訳ではないが
二・三杯飲んだだけでも次の日には二日酔いで起きられなくなってしまう。
なので、こうなってしまうともはや手遅れだ。


「ユリアさん…その手に持ってるミルクを一口もらえますか?」
「ええ、結構ですよ。変わった味のミルクでして…なかなか美味しいですよ。」
「……この匂い…やはりそうだ。」


エルは、さらに一口飲んで中身が何か確信した。





「これはフェネス酒をミルクで割ったものだろう!」
「よくわかったね……、僕は全く気が付かなかったよ。」

フェネス酒はアルコール濃度が高いくせに酒みたいな匂いがしないので、
『酒変』という別名を持ち、そこらの飲料に混ぜることでその飲料を
一瞬にして酒に変えてしまう効果があるのだ。

匂いで気付いたエルは、恐らく相当鼻が効くみたいだ。
(それか、単に何回もやられた経験から来るのかもしれない。)


「さ、エルさん♪せっかくですのでもっと飲みかわしましょう!」
「ええ…分かりました。最後までお付き合いします。」
「そうだそうだ、最初から素直にそうすればいいんだ。」
「カーターは黙ってろ。」


こうして十字軍の将軍たちは夜遅くになるまで飲んで食べて騒いで、
それはそれは楽しいひと時を過ごした。

軍人になったからには、いつも死と隣り合わせで生きていると言ってもよい。
今生きている時間を精一杯楽しみたいのは、誰だって変わらない。





だが…





「も……申し訳ありません……エル…さん。」
「ええ…全くです。これからはもう少し飲む量を考えてください。」
「ああ……少しだけ、世界が回って見えます……」
「こりゃ相当ですね……」

結局あの後、ユリアはいつにも増して飲みすぎてしまい、
こうしてエルに抱えられて寝室まで運搬してもらっている。
大多数の女性将校の羨望のまなざしを浴びながら…

ちなみに、拠点にいる間はエルとユリアは別々の部屋になっている。


「ええっと、ユリアさんの部屋は確か……」
「あの……え、エルさん……あ、あの…その…少しよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「…………、も…もよおして……来ました……///」
「ええっ!?」



……まあ、あれだけ飲めば無理もあるまい。


「わかりました!少しの間我慢してくださいね!」
「は、はひっ!」

エルはユリアをお姫様抱っこしながら一直線に廊下を駆け抜けた。
階段を思い切り跳躍し、とんでもない速度で一階のトイレを目指す。

そして…


「ユリアさん、到着しました。」
「あ…ありがとうございま……(ふらっ…)っあぁぁっ…」
「だ、大丈夫ですか?」

御手洗いの目の前でエルの腕から降ろされた瞬間、ユリアは姿勢を崩してしまった。
もはや彼女は自力で歩けないほど泥酔していたのだ。


「い……いけません…このままでは……」
「とはいってもこの先は女性トイレですので、私は入れません。」
「……、…がいします……」
「え?」
「お願いしますっ!もう少しだけ…付き合って下さい!///」
「ええーっ!」

とはいってもユリアは自力では歩けないのでどうしようもない。
結局エルは恥を忍んで、女性トイレの中までユリアを運んだ。


「で…では外でお待ちしていますので、用がすみましたら声を掛けてください。」
「はい………」

お互い非常に気不味いので、エルは逃げるようにしてトイレから出ようとした。

ところが



ドサッ    

「あうっ…」
「!?どうしましたかユリアさん!」
「あ…あのっ!え…エルさん……その…うまく……しゃがめなくて……」
「――――――――…」

ちなみにここのトイレは、床に空いた穴へ排泄して、下の空間に集積する形だ。
もう少し上等なトイレなら便座とかもついているのだが……

「え……エル…さん?」
「仕方ありません!私が肩を支えていますからその間に用を済ませてください!」
「しかし…」
「しかしもかかしもありませんっ!こんなになるまで飲んだユリアさんは反省してください!」
「ご…ごめんなさい!」

とうとうエルが切れた。心なしか怒ってる口調も女性っぽくなっている。


「私は顔をそむけてますから…。これ以上…俺を赤面させないでください。」
「では…失礼します……」
「……………」
「あ……あぁ………」

(出ちゃいます…エルさんが…いるのに……水音が……)
(さてこの後はユリアさんを部屋に送ったあと少しトレーニングして寝る前に
城下町をもう一度散策するかはたまた兵士たちが狼藉してないか見回りを)←現実逃避


二人きりのトイレに連続した水音だけが響き渡った。


「終わりました。」
「……なら結構です。再び部屋まで送りますから、おとなしくしてくださいね。」










「あ…ああっ!!エル!!」
「げっ!ユニース!」

最悪のタイミングでユニースと鉢合わせしてしまった。

「ちょっとエル!何であなたが女子トイレから出てくるのよ!まさか本当に女になったの?」
「バカヤロウ!どうしてそっちに考えが行くんだ!実はな……」


説明中…


「そう…ユリアさんが…」
「だからこうしてユリアさんを送ってあげるんだ。」

とりあえずユニースには肝心なところだけを伏せてなんとかごまかした。

「それにしても、うらやましいですねぇユリアさん。エルに抱きかかえてもらえるなんて…」
「あのな、今回は緊急事態だったから仕方なくだ。」
「きっとマティルダが見たら本格的に嫉妬するかも。」
「ありえるな。っとそういえばマティルダはもう部屋に戻ったのかな?」
「たぶん…戻っていると思うけど……」
「まあいいや、明日も休みだからゆっくり体を休めておくといい。」
「ふふふ…ユリアさんもすっかりエルに身体を預けちゃってるわね。」
「ユリアさん相当酔ってるんだ。悪いがユニース、一緒の部屋で寝てあげてくれないか?」
「いいけど…何で私?」
「まあ、別にマティルダでもいいんだが、またトイレ行きたくなったときに備えて…」
「あーはいはい、そーゆーことね。」


ユリアを抱えながら、ユニースと共に廊下を歩んでいくエル。
その顔は未だに赤みが抜けきっておらず、鼓動も落ち着いていない。

(ユリアさんだったから良かったものの…俺がもしこうなったら……考えたくもないな。)

仮にもエルは男性なので、排泄を手伝ってもらうなど死ぬより屈辱的だ。
しかも、下手すれば先ほどの行為だってまるで変態みたいだ。


「じゃあここからは私が送っていくから、エルは自分の部屋に戻りなよ。」
「ん、そうか。じゃあユニースおやすみ。」
「おやすみー!」
「ユリアさんも、おやすみなさい。」
「はい…おやすみなさい…」



部屋の前で二人と別れた後、エルはすぐさま寝台の上に突っ伏した。

「ど…どうしてああなった…?なんてことしたんだ俺は……
『一応』俺は男性でユリアさんは女性なんだぞ!!許されないだろ普通!」

冷静で、どんな危機にも動じないことで有名なエルは顔を真っ赤にして
布団を両手の拳でバフバフ叩きまくっている。
例えばの流れだとしても常識的に考えて、エルのやった行為はぎりぎりアウトだろう。
しかし、これがまだマティルダやユニースだったら色々と言い訳が立つかもしれないが
よりによってエンジェルのユリアが相手だ。エルですら敬語で話す相手に対して、
女子トイレにて排泄に立ち会うなど………

いや…やはりそれだけではないのかもしれない。
エルは明らかにユリア自信を意識していた。


「ふ…ぅ、このままだと絶対寝付けないだろう。別のことで気を紛らわすとするか…」


そんなわけで、ユリアのことを意識しないように一度軽い運動をして、簡単な記録を書く。
記録と言っても日記のような本格的な物ではなく、
その日にあったことの概要を簡潔に書きとどめる程度だ。


「アレイオン基地を出発して今日で丁度70日か…長いようで短かったな。」

何気なく3カ月分の記録を読み返してみる。

カンパネルラ電撃戦
チェンバレン急行
ルピナス河の戦い
プラム盆地の謀略
要塞カンパネルラ陥落
自由都市アネットの落日

そこには、行軍経路や戦闘経過、それに戦闘の死傷者が数値化されている。
その数値化されている死者たちにもそれぞれの生き方があったはずだ。
笑って怒って泣いて楽しんで……そして死んでしまった。

失った命はもう二度と帰ってこない。

すでに第三軍団では将軍を一人失っている。このままでは師団長の負担が増えるので、
新しく将軍を登用するか、部隊の隊長クラスを昇進させるか、決めなければならない。
また、いくらわずかな損害で勝てたと言っても、兵士の補充もしなければならない。


「勝って兜の緒を締めよ……昔の人は的を得たことを言うものだな。
さて、部屋にこもっているのも飽きた。少し外を散策するか…昨日もしたけど。」

エルは意外とじっとしていられない性格なのかもしれない。












「いよー!おこんばんわ!」
「うぉぅ、ユニース!お前ユリアさんと一緒に寝るんじゃなかったのか?」

部屋から出た途端、エルはまたしてもユニースと遭遇していた。

「ユリアさんなら今マティルダの部屋にいるわよ。」
「なんだ結局マティルダに世話を押し付けてきたのか。冷たい奴だな。」
「大丈夫よ、もうお休みになったし…きっとお昼までは起きられないと思う。」


そして、あたりまえのようにエルの横をぴったりとくっついてくる。
すでに明かりが消えて真っ暗の廊下を二人並んで進んでゆく。
士官学校にいた時には、寮生活で夜に男女の接触を禁じていたものの
たまに無視して二人だけで寮を抜けだしたこともあったが、
こうして二人が並んで歩くのは、かなり久しぶりの様な気がした。


「ユニース。」
「何?」
「どこへ行きたい?」
「どこでもいいの?」
「行ける範囲なら。」
「じゃあ二人でどこか遠い国へ逃避行とか!」
「ふむ、悪くないな。」
「え!?」
「と言うとでもおもったかバーカ!そしてお前に意見を求めた俺もばかだった。」
「ヒドイ!私傷ついた!心に重傷を負った!責任とれー!」
「はっはっはー、馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのかなー?」
「ばかっていう方が馬鹿なのよ、ばーか。」


バカバカ言い合っているうちに、いつの間にか市街地に来ていた二人。
昨日までは夜になると静まり返っているのだが、今夜は少し様子が違う。
なぜなら、町の中心広場に煌々と明かりがともり
そこに大勢の人が集まっているように見える。

「あ、エル。なんだろうねあの集まりは?」
「さあな、近付いてみるか。」
「もし住民反乱の準備とかだったらどうしようか。」
「まあその時は武力鎮圧と言うことで。」
「そだね。素手だけど。」

40レベルの総司令官と35レベルのデュークナイトがいれば、武器を持たずとも
そこらの市民が武装したところで手も足も出ないだろう。
二人は明かりの正体を探るべく、速足でその場に向かって行った。



「ねえそこの奥さん、こんな遅くにここの人たちは何をしているの?」
「あら、あなも追悼式典に……ってキャーーーッ!あ、ああ、あなた方は!!」
「追悼式典?」
「み…みんな気をつけて!十字軍の軍人が来たわよ!」

ざわ…   ざわ…


「やはり見つかってしまったようだ…」
「どうする、解散か?」
「いいや…やるなら最後までやろう。もしものときは…」
「気をつけろ…何をされるかわからんぞ。」



二人の存在に気が付いた人々は、明らかに敵意をむき出しにしている。
無数の明かりの中心には自由都市アネットのシンボルともいうべき噴水があり、
その周りにはこれまた無数の花束が捧げられている。

二人は一瞬で、彼らが何をしているのかが理解できた。

どうらここに集まった人々は、
アネット防衛で命を落とした人々をこの場で慰霊しているのだ。
しかし、このことが十字軍にばれたらただでは済まない可能性もある。
そこで彼らは軍が寝静まった真夜中にこうして集まっているのだろう。
やはりこの都市の住民たちは非常に仲間意識が強く、
新しい支配者が来ても頑強に抵抗し続けるに違いない。
ナショナリズム(自分たちの国への固執)意識がまだ薄いこの時代において、
アネットの住民たちの想いの深さは非常に希少である。



「エル…どうする?」
「そうだな…」


ふと、近くの桶の中に花束がいくつか入っているのを見つけた。
エルとユニースはそれぞれ一束ずつ花束を手に持つと、
大勢の市民が見守る中、中央の噴水まで歩いてゆく。

人々は、その光景をその場で黙って見ていた。
二人が何をしようとしているかは何となく理解できる。
だが、それでもそんなことはありえないと頭の中で必死に否定し続ける。

この二人が

二人の敵だった人々を慰霊するはずがない……と。

しかし


「よくがんばったな…敵ながら素晴らしい戦いぶりだった。」
「ええ、この人たちも…守る物のためにために命を落としたのよね。」


二人は同時に花束をその場に置いた。

たったそれだけのこと。

でもそれは、どんな言葉よりも重い意味をもった。













宴会があった日の二日後、十字軍は休養を終え、これからまた一ヶ月間訓練をすることとなった。
季節はまだ春になったばかりであはあるが、すでに日中の気温はそこそこ高くなってきている。
寒い季節が過ぎ、うららかな季節が到来することは普通の人々にとっては嬉しいことだが
猛特訓を行う兵士たちにとっては暑くなるのはあまり嬉しくないことだった。

そんな中、アネットの府庁会議室では副軍団長以上の将軍だけを集めて、
今後の戦略を決める重要な会議を開いていた。
カンパネルラ地方を制圧した今、目標のアルトリア奪還と交易路確保に大きく前進したと言える。
ただ、問題はこの先どちらを優先するかによって今後の目標が大きく変わることだ。


「順当に行くなら、まずはカナウス攻略からだろうね。」

ファーリルが地図を指さしながら話す。

「うーん、でも先にハルモニアで橋頭保を確保するのも悪くないんじゃないかしら。」

ユニースも地図を覗き込みながら意見をする。

「考えれば考えるほど、どちらも重要だ。慎重に決めねばなるまい。」

カーターも腕を組んで真剣に思考にふける。





地図は、左がカナウス周辺、右がハルモニア地方となっている。
カナウスはチェンバレンからさらに南下した地方にあり、赤道にも近い。
一方のハルモニア地方はカンパネルラ地方から東に進み、ラミアス海峡を越えることになる。
小国が群雄割拠しており、アルトリア地方への足がかりとなる地だ。

一直線にアルトリアを目指すだけなら、ラミアス海峡を越えて
この地方で数少ない友好国のハルモニア王国を起点として東進すればよい。
しかし、東西の交易路確保のためには、カナウスに拠点を置く
海賊の国『イル・カナウス』およびその向こうにあるヒッティーンを
攻め落としておかなければ、ラファエル海における安全な海路を確保できないのだ。


「恐らく、ですが帝国やユリス諸国同盟の中でも豊かではない国などは
早めの交易路確保を望んでいるものと思われます。」
「まあな、俺たち帝国は何より経済回復が最優先だからな。」
「なんとしてでも、カナウスは早めに攻略せねばならないでしょう。」

フィンの意見に帝国出身のカーターとゼクトは同意する。
海路を確保できれば、その後の補充や物資輸送がスムーズに進み
十字軍の継戦能力が格段にアップするだけではなく、
十字軍参加国にも多大な恩恵を与えることは間違いない。
兵站の面から考えて、カナウス攻略は不可欠なのだ。


「しかしながら、諸国同盟の強国や教会騎士団はアルトリア奪還が先だと言いかねませんわ。」
「そうね。十字軍でも海軍を作ってるけどまだ十分とは言えないものね。」
「今の段階だと攻略には相当な時間を割かなきゃね。少なくとも1年は欲しいよ。」
「それだと遅いのではないでしょうか。」

ヘンリエッタの意見も的を射ている。
カナウスはその地形上の関係で、海軍の充実は必須なのだ。
現在十字軍では本隊戦力とは別に港湾都市レーメイアにおいて海軍を建造している。
しかし、海軍となれば大量の船舶が必要になり、訓練も非常に時間がかかるのだ。
カンパネルラ地方が予想以上に早く制圧されたため、カナウス攻略に間に合わない恐れがある。
かといって陸上部隊だけで攻めても無駄に時間がかかるだけだろう。

「なあ、エルはどう思ってるんだ?」
「私もエルの意見が聞きたい。」
「俺の考えか。そうだな……」

珍しくあまりしゃべらないエルの意見は


「やはりカナウス攻略が先だと思う。それも1年かけている暇はない。半年で落とす。」
「相変わらず総司令は無茶なこと言いますね(汗」
「エル様が半年で出来ると言うのなら絶対半年で出来ます!」
「しかし…やはりカナウスに全軍を向けるのは効率が悪い。
そこで、一部をハルモニア方面へと回し、カナウス攻略の間に橋頭保を作ってしまおう。」
「なるほどね、今度も二方面作戦ってわけか。」

エルの基本戦略は兵力の多方面運用にある。
本来は一極集中運用が望ましいのだが、160000もの大兵力は一点に集中させてももったいない。
なので、戦線を重要度別に分けて兵力を割くことで無駄がなく素早い戦略を可能としている。
もちろん、これはカーターやファーリル、ユニースなどの優秀な将軍がいるからこそ可能なのだ。


「でもさ、カナウスが手間取ってもハルモニア方面の部隊だけで先に進むのは無理だよね。」
「まあな…カナウスには100000以上は割きたい。ハルモニア方面には
ハルモニア王国軍がいるから橋頭保確保くらいなら2,3万いれば十分だろう。
しかし、本格的にアルトリアを目指すには全軍でなければ無理だ。」
「そうなるとハルモニアに行く人は結構暇よね。主力はカナウスで頑張るんだから。」
「当分出番がなくなるなんて悲しすぎる!」
『……………………』


恐らくハルモニアに行かされる将軍は当分この話には出て来れなくなる可能性が非常に高い。
副軍団長クラス以上のキャラにとってはそんなのは御免だ。

「ハルモニア担当はファーリルでいいんじゃないか?」
「えー、あの要塞をセプテントリオンなしで落とす気?」
「むしろカーターが行った方がいいんじゃないかしら。」
「俺が行くくらいならユニース、お前が行け。」
「いやよ。半年もエルと離れるなんて考えられないわ。」
「軍団長が私情をはさまない方がいいと思うんだけど。」

三人の軍団長はとうとう任務のなすりつけ合いを始めた。

「あの、みなさん。もしものときは私がいるので大丈夫ですよ。」
『へ?』

ここで話に割り込んだのはユリアだった。
昨日は結局二日酔いで寝たきりだったが、今日はもう回復している。
ちなみに、一昨日の晩に起きたあの事件は夢だと思っている。


「私ならハルモニアとカナウスを転移魔法で移動することも可能です。
なので、どちらに行くかはそれほどこだわらなくてもよろしいかと。」
「そうか…その手があったか。」

エルが何かを思いついたような表情をした。


「どうやら三人とも別行動部隊には行きたくないみたいだな。ならば俺が行こう。」
『えええっ!!!』
「本隊の一部をハルモニア方面に回して、後は全軍でカナウスを目指す。」
「では、私もエルさんと一緒にハルモニア行きですね。」
「じゃ…じゃあ本隊の指揮はどうなるのですか?」
「マティルダに任せる。」
「は、はいっ!!」

まだ20歳のマティルダは、いきなり大軍の指揮を任されることになった。

「お前ならきっとできる。不安だったらユニースやファーリルにアドバイスしてもらえ。」
「わかりました…私にできると言うのなら……ご期待に沿えるよう努力いたします。」
「あと、なにか緊急事態があったら最高権限はカーターに任せる。」
「わかった。任せておけ。」


こうして、十字軍の今後の方針はあらかた決まった。
後はカンパネルラ攻略で失った人員の補充を話し合うことにした。




戦略会議は数刻に及び、早朝に始めたにも係わらず時刻は正午をだいぶ過ぎた。

そんな時……




コンコンッ


「エル司令官、今お時間よろしいでしょうか?」

ドアの向こうから第二軍団の将軍カシスの声が聞こえた。

「内容による。一体何の用だ。」
「はっ、当然で申し訳ありませんがクレイベル大司教様がお見えになっております。」
『!?』

ガタタッ


カシスの要件を聞いた直後、その場にいた将軍たちは一瞬にして身構えた。

「クレイベル大司教が……?わかった、この場にお通ししろ。」
「かしこまりました。」


すると会議室の扉が開き、そこから一人の女性の老司祭が姿を現した。
銀に輝く長髪を地面ギリギリつかないくらいにまで伸ばし、
白を基調とした荘厳な司祭服を身にまとう姿は、まるで年老いた女神といった風貌だ。
顔には深いしわが無数に刻まれているものの、吸いこまれるような優しい瞳が特徴的だ。

この人物こそ、エリス中央教会の全てを司る大司教クレイベル。
十字軍の発案者も彼女で、そのためにユリスの和平を実現させた。
エリス中央教会が汚職と腐敗とほぼ無縁なのは、彼女がいるからだと言っても過言ではない。
もっとも、最近は高齢を理由に政務を休むことが多いため、彼女の権威は
徐々に降下の一途をたどっている。しかしながら、彼女自身が持つカリスマは衰えておらず
普段は教会とは無縁のエルですら、敬意を払うべき存在だと認識している。


「久しぶりねエルさん。」
「はっ…大司教様もお元気そうでなによりでございます。」
「アルレインさんも元気かしらね。」
「どうでしょう、しばらく会っていませんが便りがないので恐らくまだ死にそうにないかと。」
「ふふふ…それはよかったですわ。」


そして…
なんとこの人も旧世紀から生き続けるとんでもない高齢者で、
年齢だけならアルレインよりも2つほど年上なのだ。
アルレインが世界一長寿になれないのはこの人がまだ生きているからに他ならない。

アルレインとは旧アルトリア王国にいた頃からの知り合いであり、
一時期はアルレインと共に活躍していたこともあったという。
ちなみに、彼らの世代の生き残りはさすがにこれ以上はいない。
ただ単にアルレインとクレイベルの生命力が異常なだけである。


「あ…あの、大司教様?今日はどのようなご用件で…」
ユニースが恐る恐る尋ねる。
「ああ、そうでしたね。本日ここを訪れたのは他でもありません。
エルさんに合わせたい子たちがいるのです。」
「俺に会わせたい子…ですか。」
「さ、入ってきなさい。」

クレイベルさその場で入口に向かって手招きする。




すると、会議室にエンジェルが三人入ってきた。
この事態にその場にいた全員…特にユリアは驚愕した。


「実はですね、十字軍の皆さんの活躍が中央教会に届きました結果、
是非十字軍に同行したいと申し出るエンジェルさんが大勢私のところに来ました。
しかしエンジェルをそれほど多く連れて行くわけにはまいりません。
なので、私自身が選抜したこの三人だけは加えていただけないでしょうか?」

クレイベルの話が終わると、三人のエンジェルは深々と頭を下げた。


「わ、私はエリーゼと申します!私も皆さんのために一生懸命頑張ります!」
やや小柄なエンジェル…エリーゼがその場でビシッとお辞儀をする。

「マリエルです。まだ未熟ではありますが…精進していきたいと思います。」
癖っ毛が特徴のエンジェル…マリエルが粛々と挨拶をする。

「レリと申します。私も皆さまのお役にたてたらと思います。」
身体に比して大きめの羽をもつエンジェル…レリが毅然と名乗る。



「そ、そうですね…。突然でしたので、少しだけこちらで話し合いたいのですが
話が終わるまでの少々の間…数分ですので隣の部屋でお待ちいただけますでしょうか?」
「分かりました。お話が終わりましたら声をおかけくださいね。」

エルの要請にクレイベルは文句一つ言わず、エンジェル三人を連れて隣の部屋へ向かった。












『どうしましょう?』
「落ち着けお前ら。どうしましょうが見事にハモったぞ。」

あまりの突発的な事態に、その場にいた将軍たちは動揺している。

「ええっと…私の立場はどうなってしまうのでしょうか?」
「いえ、ユリアさんはこれからもずっと十字軍を支えてもらいますから安心してください。」
「そ、そうですね。私は私のなすことを行うまでです。」

ユリアはついに先輩になったのだ。しかし、いまいち実感がわかない。


「でもよエル。いままでも、これからもユリアさんがいれば十分なような気がする。」
「そうですね…私達今までユリアさんに頼りっきりだったから…」
「はたして新入りのエンジェル達と上手くやっていけるかな?」

カーター、ユニース、ファーリルはすでにエンジェルとしてユリアの影響が大きいので
彼女たちと上手くやっていけるかどうか心配だった。
特にカーターは要注意だ。


「ですが、ユリア様の負担を軽くすることもできるのでは?」
「左様ですな。ユリア様ばかりに頼るわけには参りますまい。」
「さすがに受け入れてあげないと言うのはかわいそうですわ。」

一方の副軍団長のフィン、ゼクト、ヘンリエッタは受け入れに前向きだ。


「そうだな…では現在の議題はいったん中止してこれから軍団付エンジェルを選ぶことにしよう。
ファーリル、カーター、ユニース…そして副軍団長の三人は話し合いが終わった後、
誰をどの軍団に配属するか決めること。そして、一ヶ月の訓練期間で調節して
軍団にあったエンジェルを選んでくれ。なに、心配することはない。
クレイベル大司教が選んでくれたんだから、すばらしいエンジェルたちに違いないさ。」
「まあ、エルがそう言うなら。」
「私の好みで決めちゃってもいいのかな?」
「調教はアリか?」
『ナシ!!』


こうして、戦略会議をいったん中断し、各軍団長は隣の部屋へと向かった。
会議室にはエルとマティルダ、ユリアだけが残った。


「エルさん…。」
「どうしましたか?ユリアさん。」
「その…どんなことがあっても私はエルさんと共に在ります。」
「エル様!私もずっとエル様と共に戦い続けます!」
「……あたりまえだ。」



新たなエンジェルが加わり、ますますにぎやかになりつつある十字軍は
一ヶ月後の出陣に向けて厳しい訓練を重ねる。

次なる目的地は…海賊の国『イル・カナウス』
エルたちは海を目指す。

11/05/21 18:32 up
コラムの羽
『ユリスにおけるトイレ事情』

カーター「ごきげんよう諸君。第三軍団長のカーターだ。今回のコラムを担当する。
さて、今回のテーマはズバリ『糞便学』…つまりスカトロジーだ。
汚い話が苦手な奴や、これから飯を食う奴は聞くな。変な想像した奴は鞭でしばく。

排泄は全生物に共通の行為だ。人間や魔物はもとより動物も植物も菌でさえも、同様に排泄を行う。
つまり排泄の歴史は生物の歴史にそのまま重なるわけだ。排泄物には食べ物のかすや
細菌などが残っているから、その内容を調べれば「落とし主」が何を食べ、どのような生活をし、
どのような病気にかかったか、といった貴重な情報が分かるわけだ。糞便学も舐めた物ではないぞ。


では、我々ユリスのトイレ事情だが、自慢ではないが中世文明屈指の技術を持っている。
これは元々旧アルトリア王国が高度な文明だった影響で、その技術がアルトリア難民…
つまりアルばばあと大司教の婆さんの世代の人々がユリスに技術を丸ごと持ってきたんだ。
それゆえ我々ユリスの民は金さえあれば下水道工事はお手の物、
俺たち帝国の首都やロンドネルみたいな大都市にはすでに水洗便所があるのだ。凄いだろう。
下水の通り道の上に便座を作ってそこで用を足して、後はスポンジで拭いて終わり。
裕福じゃない都市では、一度排泄物を地下にためて定期的にくみ取る方式をとっている。
アネットのトイレなんかは典型的な地下貯蔵式のトイレだ。でもあれクサイんだよな…
しかも下手すれば便座も付いてないし。
さらに、兵舎とかそういう大勢の人がいるところだとトイレはさらにアバウトになる。
特に男子便所なんか建物の中に水をためてるところがあてそこに直接用を足すんだ。
さすがに女子便所は色々配慮されてるようだが…所詮男子は立ち小便で済むからな。

しかし…だ。めんどくさくてトイレを設置していないどうなるか。
これがまた最悪だ。つまり垂れ流し!あちらこちらに汚物が!
こうなると衛生的に非常によろしくない。そういう町には疫病がはやるからな。
実際中世ヨーロッパはそんな感じだったらしいが、今では想像もできんな。
それと、大都市でもトイレは一階にしか作れないから、偶に二階以上に住む人が
排泄物の処理を面倒くさがって道路にぶちまけることもあるんだ。
ばれたらロンドネルでは財産半分没収、帝国の首都では死刑だ。厳しいだろ。
トイレの問題と言うのは結構厄介なんだこれが。

それとだな、この時代にはまだ排泄物を肥料として使うといった考えは無い。
ジパングや一部の親魔物国では実現しているようだが、さすがに
ユリスはそこまで進んだ考えは持っていない。
むしろ、下手に下水道技術が発達してるからそういったことが思いつかないんだろうな。
ちなみにジパング出身の諸君はたまに建物の壁に鳥居が書かれているのを見るだろう。
あれはな、稲荷神がトイレの神様であることに由来するんだ。
聞いたことは無いか?稲荷に小便を掛けると呪われてアソコが腫れてしまうという話を。
お稲荷さんに小便でもぶっかけようなものなら、オチンチンが腫れるよと警告しているのだな。
え、何だって?じゃあ白い液体はどうか?自分で確かめてみろ、ただし責任は持たん。


にしても、トイレの話題だけでずいぶんと長くなるものだな。
興味を持ったスカトロジスト諸君は是非いろいろ調べてみるといい。

バーソロミュ
BACK NEXT