第12章:自由は死なず BACK NEXT


その日の夜は新月だった。
月明かりがなく、わずかな星の光だけが頼りの真っ暗闇。

その闇の中に、蠢く影が複数あった。

自由都市アネットの城壁から500メートルほどの地点だろうか。
防音魔法と気配隠蔽魔法が施されたやや大きな魔法陣の中で、
何者らがひっそりと何かを行っている。
この暗闇では、近くに行っても何をしているのか分かるまい。


だが、その正体不明の集団に二つの影が近づいてきていた。




「……!………!(止まれ!何者だ!)」(←防音魔法発動中)
「悪い、そっちが何を言っているのかわからん。
だがそっちからは聞こえるようだな。俺は総司令官のエルだ。
そして、もう一人はユリアさんだ。作業中悪いが通してくれ」
「………!?…………!!(エル様!?失礼しました、どうぞ!!)」


ここに近付いてきた人影はエルとユリア。
そして、ここで作業をしているのは
第二軍団の工兵(工事や技術を扱う兵士)部隊だった。

工兵部隊には、護衛のためにサエの率いる魔道部隊の一部と
リッツの率いる帝国軍精鋭が配置されている。


エルとユリアは魔法陣の中に足を踏み入れる。
すると、とたんに作業中の兵士や周りの護衛兵の会話や物音が耳に入る。
見たところ、彼らはしきりに土を麻の袋に詰め込んでいる。
その土は魔法陣の中央に穴を掘って用意しているようだ。


「これはエル様、そしてユリア様。わざわざご足労ありがとうございました。」

第四師団長のサエが笑顔で二人出迎えてくれた。

「そろそろ完成すると聞いてな。作業の様子を見に来たんだ。」
「ずいぶんと捗っているようですね。安心しました。」
「ええ、捗っているどころか、もう今夜には完成いたします。
なにしろリッツさんが工兵をキビキビと働かせていたものですから。」
「そうか、良く頑張ってくれた。これほど早く完成するとは大したものだ。」
「その言葉は私にではなく、工兵のみなさんにかけてあげて下さいませ。」


すると、丁度穴の中から工兵がぞろぞろと出てきた。
暗闇ではよくわからないが、どの兵士も泥だらけになっている。
そして工兵たちが出た後に部隊の指揮官であるリッツが出てきた。


「土竜諸君、穴掘りご苦労だった。二ヶ月も続いたクソッタレな作業は今日で終わりだ。
諸君の活躍は一見地味で目立たぬように思えるが、一番手柄は間違いない。
あとのことは正規兵たちに任せ、諸君は長期間の重労働による疲れを癒しておけ!」
『ヤヴォール(了解)!!』

やはり暗闇でよく分からないが、工兵たちはきっと達成感に満ちた顔をしているだろう。

「リッツさん。」
「ん?どうした。」
「総司令官のエル様がいらっしゃっていますよ。」
「エル司令官が来ている!?全員、正方陣に整列!!」
『ヤヴォール!!』
「あー、そのままでいい。暗いから並ぶのも面倒だろう。」

エルは整列させようとするリッツを制止させて、そのままの状態で話し始める。

「まさかこれほど早く完成するとは思わなかった。
諸君の頑張りによって、アネット陥落の予定は大分早まったと言える。
総司令官の俺からも盛大に労おう。みんなご苦労だった。」
「私からも、皆さんの働きに感謝します。
もしかしたら、皆さんのおかげで無用な血が流れずに済むかもしれません。
本当にご苦労様でした。」


そう言って、ユリアは兵士全員に疲労回復魔法を施す。
一瞬だけ光が広がり、夜間作業で疲れた兵士たちを瞬く間に癒した。

「エル様!私達のためにわざわざありがとうございます!!」
「ユリア様にも労われるなんて……頑張った甲斐がありました!」
「初めのうちは気がおかしくなるくらい辛かったのに、
今ならどこまでも掘っていけるような気がします!!」(←ある意味重症)

「ではリッツ、サエ。そろそろ撤収準備に入れ。」
「ははっ!」「承知いたしました。」


作業を終えた十字軍の兵士たちは暗闇の中テキパキと荷物をまとめ始める。
鋤や鍬、櫂などの土木工具を束ね、土の入った袋を荷馬車に積みこむ。

しかし、なぜかリッツはいつもの指示を終えると、
自由都市アネットの方を、ぼんやりと眺めていた。

「どうしたリッツ。鬼将軍のお前が余所見など珍しいこともあるものだな。」
「いえ、司令官。申し訳ありません、何分感慨にふけっていたものでして。」
「別に今くらいは余所見していてもいいだろう。
そういえば、お前は確か昔アネットに住んでいたんだっけ。
なにか思い出すことでもあるのか?」
「思い出すこと…とまではいきませんが、今さらながら
ここに帰ってこれたという実感がわいてくるのです。
革命が起きたあの日から、もう二度と帰らぬと決めたというのに。」
「……、リッツ。お前は今、少しでも後悔しているか?」
「少しどころか、後悔しすぎて逆になんとも思わなくなりましたがね。」
「なら問題ないな。カンパネルラ地方での最後を飾る戦いだ。
頼りにしているぞ……帝国親衛隊(インペリアルナイト)大隊長
リッツ・フォン・シュタットハルト将軍。」
「ははっ。」


二人が話している間に、撤収準備が完了したようだ。
あとは敵に気づかれないようカモフラージュした後、
音も立てずにその場から撤収していった。







第二軍団の陣地に戻ったエルは、第二軍団司令部幕舎へと足を運ぶ。
すでに日付が変わってだいぶ経つという時間なのに、
司令部幕舎には明かりがともり、内部には複数の人影が見える。

中にいたのは、ファーリルとリッツ、それに第一師団参軍ローディアの三人だった。

「おかえりエル。リッツから報告は聞いたよ、ついに坑道が完成したようだね。」
「うむ。城壁を超えるのが難しいなら、潜ってしまえばいいという発想、悪くないぞ。」
「まあ実を言うと地下通路自体は元々あったんだけどね。」
「あら、それでしたらわざわざ地下道を掘らなくても、
その通路を使えば良かったのではないでしょうか?」

ユリアがもっともな疑問を口にする。

「本当ならばそうしたいのですが、どうやら敵もあの通路の存在を
知っているようなのです。現に、一ヶ月ほど前にアネット兵が地下通路を使って
我が軍の背後から奇襲攻撃を仕掛けてきました。
となれば、アネット側もそれなりの対策をしていると見て間違いないでしょう。」
「ええ……考えてみれば、その危険は大きいです。
それでわざわざ別の地下道を掘っていたわけですね。」
「そうです。あの地下通路は位置さえ正しければ
アネット府庁の周辺に出れるはずです。後は直接出口を開けて突入する予定です。」


この作業にかかった期間は実に5週間以上。
長さ約1.2qにも及ぶ地下通路の工事は、かなりの苦行だったに違いない。
穴を掘るだけでなく、掘った後の土を袋に入れて土嚢とし、通路の壁に再利用している。
この時代の土木工事技術も案外舐めた物ではないのかもしれない。


と、彼らが話している間に誰かもう一人幕舎に入ってきた。

「おいファーリル、地下通路が完成したそうだな。大分早かったな。」
「こんな夜遅くにご苦労なこったな、カーター。」
「こんばんわ、カーターさん。」
「おっと、エルとユリアさんもいたんだ。こりゃいよいよ大詰めか。」

カーターは挨拶もそこそこに手近な椅子に無造作に腰掛ける。

「あれ?カーター。さっき僕が連絡した時、
第三軍団から別同部隊として派遣してくれる将軍を連れてきてほしいって言ったよね?」
「言ってたな。」
「でもさ、誰も連れてきてないじゃん。せっかくこの場で、
地下道部隊の最終確認をしようと思ったのに。」
「別にこれでいいんだよ。」
「いやだからさ……」
「カーター。もしやお前自身が行く気か?」
『え!?』

エルの指摘に、ファーリルやユリアを始めとする人々は素っ頓狂な声を上げる。

「その通り。第三軍団からは俺自身が行く。
毎日毎日後方からの指揮ばかりで辟易してたところだ。
だからそろそろ俺も前線に出たいと思ってな。」
「で、ついでに第三軍団の総指揮を俺に代わってくれと言いたいんだな。」
「さすがエル、話が早くて助かる。少しの間だけ頼んだ。」
「わかった。明日からは特別に俺が第三軍団を指揮する。お前は思う存分暴れてこい。
もっともお前が行かなかったら俺も別同部隊に混ぜてもらうつもりだったんだけどな。」
「あ、やっぱりエルも行きたかったんだ。」
『……………』

リッツも、サエも、ローディアもこの会話に唖然としてしまっている。
一体どこの世界に好き好んで危地に赴こうとする総司令官がいるのかと…

「ええっとですね、エル様、カーター様……
軍のトップが最前線に出られるのはあまり好ましくないかと。」
「そうですよ。お二人の身に何かあったら十字軍は崩壊してしまいます。」

ローディアとサエが、なんとか思いとどまらせようと諫言するも、
恐らくこの戦争馬鹿二人は聞き入れないだろう。

「こう言っては何ですが、わざわざカーター様が出向かずとも十分かと。
鶏を捌くのに聖剣を用いる必要はないと存じます。」
「別に鶏を聖剣で捌いてはいけない理由もないだろう。」

リッツの苦言もこの通りだ。

「じゃあカーター。任せたよ。」
「オーケー。くっくっく、久々に思う存分鞭が振えるな。」
「あの、カーターさん。怖いです…」

カーターのどす黒い笑顔に、ユリアがかなり引いていた。




















開戦から72日目。
この日は今までにない規模の攻撃が行われた。

今まで損害を抑えながら戦ってきた第三軍団は、
「今までのは別に本気じゃなかったんだからねっ!!」
と言わんばかりに猛烈な攻撃を繰り広げていた。
さらに…

「私も援護します!行きましょう!

Tu es la lumière blanche etc devenir un miroir

de son corps touche le soleil brillera et l'argentblende!


「光り在れ!!」


ユリアから発せられた光が第三軍団全体を包む。


「すごい!身体の奥から力がわいてくる!!」
「これが天使様の力…!」
「よーし!今日は命を惜しまず攻撃だ!我々にはユリア様が付いているぞ!」

ワーワー







一方のアネット城内では。


「フェデリカ様!敵の総攻撃が始まりました!
その勢いは今までの攻撃の比ではありません!
このままでは外周城壁の守備部隊が全滅してしまいます!」
「奴ら…今まで本気を出していなかったのか?
仕方がない、予備兵力も投入しよう!何としても守り抜くんだ!」

十字軍の総攻撃に対し、フェデリカはついに
何かあった時のために備えた予備兵力を守備に回した。
もはや兵力を温存している場合ではない。


「レナス!カペラ!シャノン!」
「なんじゃ?」「ええ。」「どうしましたか?」
「三人は私と共に陣頭指揮をとってくれ。」
「わかったのじゃ。」
「お安いご用よ。」
「私も喜んでいきます。」
「グレイシアはパスカルと共にここに残ってくれ。」
「わかりました。何かあればその都度お知らせいたします。」
「いいかみんな!もしかしたらこれが最後になるかもしれない。
苦しい戦いになるだろう。痛い思いを何度もするかもしれない。
だが、諦めないで守り抜こう!自由都市アネットの未来のためにも!」
『おーーーっ!!』

フェデリカは何度も将兵を激励し、押し寄せる十字軍と奮闘した。

すでに城壁の一部では、十字軍が梯子を登りきって
城壁の上で白兵戦をしている個所もあったし、
連日の攻撃を受けて城壁自体が崩れ落ちている個所もあった。
満身創痍の自由都市アネットだったが、
それでも反撃の勢いは未だに衰えを見せていない。


両軍必死の攻防は開始から二刻が過ぎ始めた。




「やれやれ、奴らも諦めが悪いな。だが、時間的にもそろそろかな。」

エルは何気なく自分の影を見た。

「伍の刻(だいたい午前10時過ぎ)…」
「エルさん、あれを見てください!」
「?」

エルは、ユリアが指差した先に視線をやる。



城壁の向こう側、市街地よりもさらに奥のあたりから
うっすらと黒煙が上がっていた。












ドカアアァァァン!!


「突撃開始!!出会った端から切り倒せ!!」
『おーーーっ!!』

轟音と共に、アネット府庁にある広場に大穴があき、
そこからカーターを先頭に大勢の兵士たちが続々と出てきた。

「トスカ中隊長、合図ののろしを。」
「了解。」

リッツは部下の帝国親衛隊中隊長に命じて、
その場で可燃物を集め炎魔法で強引に着火させる。
ユリアが見た黒煙の正体はこれだった。


「よし!我らもカーター軍団長に続け!!
もたもたするな!遅れるんじゃないぞ!」
『ヤヴォール』



この時城内に直接進入したのは…

カーター率いる高地連隊兵500人
リッツ率いる帝国親衛隊300人
サエ率いる魔道兵部隊600人
ローディア率いる抜刀隊600人

総計2000人からなる別同部隊が、殆ど無防備だった
自由都市アネットの中核に襲いかかった。


「うわあぁぁっ!!なんでこんなところに敵がいるんだよ!?」
「もう城門が突破されたの!?それとも空から降ってきたって言うの!?」
「逃げろ!皆殺しにされてしまうぞ!」

この奇襲によって、府庁の守備隊や役人は大混乱を起こした。
人々はその場で右往左往し、とても反撃する余裕はない。

奇襲部隊は武器を持っている兵士は男女人魔関係なく殺戮し、
武器を持っていない者には見向きもしなかった。
(武器を持たない者を殺したら軍律違反なので。)


「みんな!この騒ぎは何事だ!?」
「パスカル様、グレイシア様!敵襲です!
どこからともなく敵の兵士が現れ、人々は大混乱です!」
「そんな馬鹿な!?」
「パスカルさん、とにかく今は兵士たちを鎮静させなければ。
それにフェデリカ様へ連絡を。」


敵襲の知らせを受けたパスカルとグレイシアは、
うろたえる兵士たちを一部落ち着かせることが出来たが、、
それでも把握できた人数はわずか200人あまり。
あとの兵士は二人の声が行き届かなかったり、
混乱している最中にやられてしまっている。


「兄さん…私達はどうなってしまうの…?」
「私まだ死にたくないよぅ…!」
「大丈夫。二人は絶対死なせはしないよ。僕が何としても守るから。」

パスカルの妻の魔女二人…イリーナ、イレーネもかなり不安なようだ。
彼らが取るべき道は二つ。
この場で徹底抗戦するか、市街地に逃げ込むか…

「グレイシアさん、残念ながらここはもうこれ以上は持ちません…
早めにフェデリカ様たちと合流しましょう。」
「そうですね…、もはやここの占領を阻止することは不可能です。」
「ではもう手段を選んでいる暇はありません。
せめて武器を持たない無抵抗な者から先にここの窓から逃がしましょう。」


彼らは徹底抗戦を放棄し、この場を脱出することにした。
グレイシアとパスカルが誘導する中、役人や使用人たちが次々と脱出していく。
兵士たちは無抵抗な者たちを守るために最後まで残ることになった。
もし彼らが、十字軍は武器を持たない者を手にかけないと知っていたのなら
彼らは真っ先に脱出できたかもしれない。


そしてとうとう、パスカルの執務室にも十字軍がなだれ込んできた。

「き、来た…!しかも帝国親衛隊だ!!」
「帝国親衛隊ってあの……、わ…私達で勝てるのでしょうか…」
「あちゃ〜、この部屋にもバリケード作っておくべきだったかな?」

やってきたのはリッツ率いる帝国親衛隊。
アネット兵たちは帝国親衛隊を極度に恐れていた。

なぜなら、かつてアネット革命が起きた際に
武装蜂起した住民たちが帝国親衛隊にさんざん苦しめられた記憶がある。
革命の首謀者も帝国親衛隊を率いる武将に討ち取られたとされている。


「さてアネット兵ども、お前たちにはもはや勝ち目はない。
武器を捨てて降伏しろ。そうすれば命だけは助けてやっても……」
「あれ?あなた…どこかで見覚えが?」
「人の話を聞け!!この木端役人…が?」


なぜか、パスカルとリッツはお互いに少し接近し、顔を見比べる。
周囲は異様な雰囲気に包まれた。


「……あ…あなたは…、もしかして!!」
「なんだパスカルじゃないか。生きてたのか。結核で死んだものと思っていたのだが。」
「ラヴィア!!生きてたのか!!」
『!!!???』

アネット兵たちに今以上の緊張が走る。
ラヴィアというのは先ほど述べた革命の首謀者を討ち取った将軍の名前で、
実は彼も最終的に反乱の鎮圧に失敗して戦死している。
どうやらリッツがよほどラヴィアという武将に似ていたらしい。
同じ帝国親衛隊だし…

そしてリッツもパスカルのことを知っているらしい。


「ほう、俺のことをその名で呼ぶ奴がまだいたとは。
それにしてもパスカル……ちっとも老けてないな。何があった?」
「あら、リッツさんが敵と雑談なんて、珍しいこともあるものですね。」
「む…サエか、すまんな。今は任務を優先させてもらおう。構え!!」
『ヤヴォール!』

鬼将軍モードに戻ったリッツは、一転して親衛隊たちに指示を出し
グレイシアやパスカルたちを包囲する。


「もう一度勧告する。武器を捨てて降伏せよ。
さもなくば敵対の意思ありと見なし、攻撃を開始する。」
「私達は無駄に命を刈りとりはしません。ですが、武器を向けられたなら話は別です。」

サエもまた配下の魔道部隊を親衛隊の後ろに整列させ、呪文詠唱の準備を手配する。
アネット兵たちは絶体絶命のピンチ。

だが…


「グレイシアさん、こうなったら最後の手段です。」
「?」
「行くよ二人とも!」
「はい、兄さん!」「うん、お兄ちゃん!」
「待て!何をする気だ!!」


ドオオオォォォン!!


「みんな!今のうちに脱出だ!!」
「は…はい!!」

「クソッタレ!窓側の壁を破壊して逃走するつもりだ!逃がすな!」
「ですが今魔法を撃てば民間人にも被害が…」
「今はんなこと気にしている場合じゃない!突撃だ!!」

ワーワー











府庁が敵の奇襲にさらされたとの報は、瞬く間に城壁守備部隊に伝わった。
その場を離れるわけにはいかないフェデリカに代わって、
レナスとカペラとシャノンが3000人の兵士を伴って府庁に急行した。

「まったく!敵はいつの間に地下通路など掘っておったのじゃ!」
「私も気が付きませんでした。音も気配もないものですから。」
「やられたわね。守備兵たちがいつまで耐えてくれるか…」

駆け足で府庁に向かった三人。
だが、彼女らが到着したころには奇襲部隊によってほとんど制圧されていた。
しかも運の悪いことに、カーターの部隊と鉢合わせしてしまった。

「軍団長!新手です!」
「ずいぶんと遅かったじゃないか。ついでに始末してやろうじゃないか。」

「いくわよレナス!シャノン!」
「合点なのじゃー!」
「ええ。」


両軍は府庁の外で衝突する。
兵力差は3対1とアネット兵側が有利な上に、バフォメットのレナスを始め
サキュバスのカペラとメドゥーサのシャノンがいる。
彼女たちが得意の魔法を連発すれば、勝つのはたやすい。
はずだった……


ザジュウゥッ!!

「きゃああああぁぁぁぁっ!!」
「なに!どうしたのじゃカペラ!!」

「敵将のサキュバスは第二軍団第一師団参軍ローディアが討ち取りました!」

居合の達人であるローディアが、呪文詠唱の隙を与えることなくカペラを切り裂いた。
あまりの速さに強力なサキュバスの彼女ですらなすすべがなかった。
エオメルの市長も務めたカペラは、ローディアに討ち取られた。


「よくやったローディア。俺も負けてはいられないな!」
「おのれ!よくもカペラを!下で話し合える貴重な友人だったのじゃぞ!」
「許さない……!」

怒りをあらわにするレナスとシャノン。
彼女らもローディアと距離を置きつつ呪文詠唱を始める。
そして彼女らを囲むようにアネット兵が守る。


ヒュン!ヒュヒュヒュン!ヒュンヒュン!ヒュヒュン!
スパパーン!パーン!ヒュパーン!ビシィッ!スパーン!


「あぐっ!?」「がはっ!」「む…むぉ…」
「はあっはっはっはっは!!くたばれ!跪け!砕け散れっ!!」
「お…おぉぉ…ワシらの味方兵が……」

カーターが振うライトニングウィップは普段だと長さ4メートルほどだが、
ひとたび振うと使い手の技術によって大幅に射程が伸びる。
カータークラスになると普通に数十メートルも射程が伸びるのだから驚きだ。
はっきりいってエルよりもたちが悪いかもしれない。

鞭によって次々と打ちのめされていくアネット兵たち。
レナスやシャノンも対抗して魔法を放つも、鞭によってかき消される。
次元の違う強さを見せるカーターの前に彼女らは成す術がなかった。
そして……


ザンッ!!

「くっ…くううぅ……無念じゃ……」
「ったく、手こずらせやがって。」

リッツの剣がレナスを切り裂き


バリバリバリ!ピシャアアァッ!!

「フェデリカ…せめてあなただけでも…生きて…」
「ごめんなさいね。これも仕事ですので。」

サエの雷魔法がシャノンを焦がした。


こうなれば将のいない兵士など雑魚同然。
自由都市アネットの中核は、別行動部隊によって完全に制圧されたのだった。















城の内部だけではなく、城壁の方でも変化が起きていた。

城内からの合図を受けたエルは、今まで温存しておいた竜騎兵隊を投入した。
貴重な航空兵力なのでどうしても出し惜しみしがちだが、
ここで決着をつけるとあれば多少の損害覚悟で働かせた方が良いと判断したからだ。


「シモン、カステヘルミ。喜べ、ようやくお前ら二人の出番だ。」
「はい!俺の活躍に期待してください!」
「よっしゃ!まかせときな!あんな奴らちゃちゃっと始末してきてやるさ!」
「では、私の加護もつけておきますね。」


ユリアの加護をもらった竜騎兵隊5000人は、晴れ渡るアネットの大空に舞い上がり
そこから城壁めがけて突撃する。



「おー、エルも同じこと考えてたみたいだね。それじゃイシュトー、よろしく。」
「承知しました、ファーリル様!」
「残念ながら僕はユリアさんみたいに能力の底上げはできないけどね。」
「いえいえ、出撃させてくれるだけで感謝したいくらいです!」

第二軍団もまた手持ちの竜騎士隊を出撃させる。
第三軍団の半分程度である3000人の竜騎兵が、空を飛んでゆく。


竜騎兵たちは城壁の上にいる敵兵を次々と倒し、そこから歩兵が登っていく。
各地で戦線が崩壊し、いよいよ城壁が突破されるのも時間の問題となってきた。




「姉さん、大丈夫?」
「なんとか保ってるけど、そろそろ限界が近いわ。」

レナータとゾーエ、リザードマンの姉妹は城壁の上で孤立し
左右から包囲されてしまっている。
倒しても倒しても次々と登ってくる十字軍の兵士たち。
持っている武器もそろそろ壊れてしまいそうだ。

「あーあ、私もフェデリカ様みたいに恋人作ってみたかったな。」
「そうですね、姉さん。旅立ってから私は…ずっと戦ってばかりで。」
「でもね、私将軍になってよかったって思う。
この街のみんなと仲良くなれたし、強い敵とも戦えた。」
「私は…どちらかと言えば将軍向きではなかったかもしれません。
ですがこの街を守るために私が出来ることはこれくらいしかありませんからね。」
「そうね!私達は誇り高きリザードマンの戦士!最後まで精いっぱい戦おう!」
「はい!!」

城壁の上で繰り広げられるゾーエ・レナータ姉妹による
リザードマン無双はその後数十分続いた。

倒した兵士の数は実に100人以上。
剣が折れたら敵の武器を拾ってでも戦い続けた。

そんな二人の激闘に終止符を打ったのは……


「ふーん、すごいじゃないあの二人。
けど、そろそろ二人揃って楽にしてあげるかな。
来世でも二人が共に在ることを祈るよ。」

第二軍団第四師団長のルーシェントが、
自分の身長以上の大きさを持つ大弓『アーチドロワー』を満月のように引き絞り
狙いを定めて ひゃうふつ と放った。

その矢は見事に

「うっ!!」「ぐあっ!!」

ゾーエの胸元を貫通し、レナータの背中まで射抜いた。
二人は弓矢で背中合わせに縫い付けられたまま、その場に崩れ落ちた。


「さ、さすがルーシェント将軍……まさに神技です!」
「んむ、そう言ってくれると私も嬉しい。
しっかしさ〜、あれに比べるとまだまだだと思うんだけどねえ。」
「あれ、と言いますと?」


ルーシェントの部下が、彼女の指差した先を見る。




「イーフェ、城門はまだ破れないのか?」
「そうは言ってもエル司令官、この城門あまりにも硬すぎて
破城槌使ってもなかなか壊れないんでさぁ!」
「仕方ない、一旦扉に攻撃している奴らをどかせ。」
「へ、へい!」

エルに命じられたイーフェが城門を攻撃している部隊を下がらせる。
兵士たちは何をする気なのか半信半疑だ。


「よーし、派手にやってやるぜ!『アインツェルカンプ』!!」


ガガガガガガガガガガガガッ!!


ズズウゥゥン!!ガラガラガラ!!

「ほれ一丁上がり!」
「おおー!!さすがエル司令官!!」


破城槌すら手間取った城門を、エルは一瞬にして粉砕する。
これを見た第三軍団の兵士たちは大いに沸き上がった。






「いやーすごいねぇ。何食べたらあんなに強くなるんだろうね。」
「あのー…総司令官様は本当に人間なのでしょうか?」
「ま、そんなわけでエル司令官やファーリル軍団長と比べれば
私なんてまだまだってわけさ。そんじゃ次のところ行こっか。」


城門を破り、城壁を突破した十字軍。
60000人の大軍は主に西と南側から自由都市アネットの市街地になだれ込んだ。
後はこの都市の市長フェデリカに負けを認めさせれば戦いは終わる。

しかし…


「おかしい…」
「どうしたのですかエルさん?」

第三軍団の先頭に立って市街地をかけぬけようとしたエルが突然歩みを止めた。
そのためついてきた兵士たちまで急停止する羽目になる。
狭い市街地で突然立ち止まるのは本来避けるべきであるが…

「ユリアさん、市街地の様子を見て何か気が付きませんか?」
「そうですね…個々中央区画に向かう大通りですよね。
ですが誰ひとりとして見受けられません。どうしてでしょう?」
「本来なら市街戦となれば、逃げ惑う市民たちが少なからずいるはずです。
これはゲリラ戦を覚悟する必要があるかもしれません。」


ユリアの指摘通り、城壁付近ではまだ敵兵が戦闘を繰り広げているのに対し
市街地には人っ子一人おらず、実に静かな雰囲気である。

「左右の通路に気をつけながら用心して進め。」


こういう場合は、路地や建物に潜んでいる敵がこっそりと攻撃してくるかもしれない。
念には念を入れて慎重に進軍する。

だが、人影が見当たらなかった理由はそんなものではなかった。

「エルさん。通信用水晶にカーターさんから通信が入っています。」
「受け取ります。」
『こちらカーター。少々厄介なことが起きた。
そのままアネット中心部に向かってくれ。どうぞ。』
「こちらエル。了承した。このまま中心市街地に向かう。どうぞ。」
『ヤヴォール』

「ふむ、何が起きているというんだ。とにかく向かってみよう。」


エルたちはそのまま市街地を突き進む。
するとしばらくしないうちに、何やら味方の兵士たちが集まっているのに出くわした。
どうやら彼らは装備から察するに別行動部隊の兵士たちのようだ。

「あっ!エル様、お待ちしておりました。」
「サエか。お前らはこんなところで何をやっている。」
「はい、この先をご覧になっていただければ分かるかと。」

エルはサエの部隊をかき分けて前に出る。

「土嚢による壁が四重……、屋根の上に射手用の足場…、
なんてやつらだ。この場所で徹底抗戦する気か。」
「どうやらそのようです。その上あの方々は服装から判断して
とても正規兵だとは思えません。おそらくは……」
「市民が抵抗しているのか。こいつは厄介だな。」


ヒュッ

「ん?」

カツン!

どこからか飛んできた矢が、エルの足元から30pほど前方の石畳に当たる。

「この辺りはもう射程圏内のようだな。少し下がるとしよう。」


エルがいる場所から先には、いくつもの土塁が築かれていた。
土塁の後ろには兵士に交じって武器を持った一般市民が待ち構えている。
さらに屋根の上には木材で足場を組んで、弓を持った者たちが乗っている。
普通に攻撃しても突破は容易なのだが、市民が混じっているとなれば
うかつに攻撃することが出来ない。

「先ほどから私達はこの広場を取り囲んでおります。
カーター様は北に、リッツさんは西に、ローディアさんは東に。
そして私はここ南通りに陣取り、機会をうかがっているのです。」
「なるほど。事情はよくわかった、俺の部隊にも包囲の指示を出しておこう。」












自由都市アネットの市長フェデリカをはじめとした生き残りのメンバーは、
町の中心広場に市民たちが自主的に築いたバリケードの中に逃げ込んでいた。
残存兵力はわずか1000人足らず。そのほかの兵士たちは城壁での戦闘で
倒されるか降伏するかしてしまったようだ。

しかし、アネット全人口の三割にあたる25000人もの市民が、
中央広場に集合し、徹底抗戦の構えを見せている。

ある者は手に竹槍を持ち、ある者はスコップを構える。

十年前の革命によって帝国の支配から脱し、自治都市となったアネットにふさわしく
最後の最後まで自分たちの自由を守るために命をささげようとしているのだ。


「やれやれ、勢いでここまで逃げ込んだはいいが、この後どうすっかねぇ。
グレイシア、あいつらはまだ攻撃してこないのか?」
「はい。この広場から延びる大通りはすべて包囲されておりますが、
未だに攻撃してくる気配が見受けられません。」
「ふーん、まさか市民を攻撃するのをためらっているんじゃないだろうな。」
「どうでしょうか?そこまでは判断しかねます。」

フェデリカの予想は大体あっている。

「さてカレルヴァ。まさかあんたもここにきているとは思わなかったよ。」
「まーな、どうせ俺はもう十字軍には戻れないんだし。それに…」
「それに?」
「ここにいるうちに、なんだかもう神やら教会やらが馬鹿馬鹿しくなっちまってね。
どうせなら…ずっとお前といられた方が…いいかなって……思ってな。」
「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。私もあんたのこと愛してる。
だから、これからもずっと私のそばにいてくれよな。」
「……愛してる、ね。そう言ってくれるのは…フェデリカだ。」

何やらいい雰囲気に突入しようとしたところで


「フェデリカさん、南側からエンジェルが一人こちらに向かってきます。」
「ちっ!空気の読めない天使もいたもんだね。」

フェデリカが南の大通りに行くと、確かに一人のエンジェルが
バリケードのギリギリ手前まで来ていた。


「すみませんが、ここを通していただけないでしょうか。」
「エンジェルさんが何の用でしょうか?」
「ちょっとアネットの市長さんとお話がしたくて。」

(私と話がしたい?いったいなんなんだあのエンジェルは?)

「私が市長のフェデリカだ。私に何か用かい?」
「ええ。ここで話すのもなんですから、広場まで連れてってもらえますでしょうか?」

そのエンジェル…ユリアは、一歩間違えれば攻撃されるというのに
怖気づくことなく、笑顔を向けてくる。


「いいだろう、ついてきな。」
「はい。」

フェデリカはそのまま背を向けると、ユリアを伴って中央広場に戻ってきた。
突然の美しい訪問者に、市民たちは固唾をのんで見守る。

中央広場のさらに中心に噴水があり、噴水の中央には大理石の女性像が立っている。
フェデリカはユリアをこの噴水のそばまで連れてきた。

「それで?話と言うのは何だ?」
「はい、話と言うのはほかでもありません。負けを認めて降伏してもらえませんでしょうか。
私達はこれ以上いたずらに血を流すことを望みませんから。」
『!?』

市民たちの間に緊張が走る。

「降伏…だと!はっはっはっは、私たちが降伏すると本気で思ってんのか?」
「やはり降伏の意思はないようですね。残念です。
でしたら一歩譲って私達からお願いがあります。」
「降伏の次はお願いか…。」
「せめて市民の皆さんだけは武装解除をお願いいたします。
フェデリカさんたちも無辜の民を巻き込みたくないだろうと思いますし、
私達十字軍も後味の悪い思いはしたくないのです。」
「……………」

フェデリカは悩んでいた。

フェデリカだってなるべく市民たちを巻き込みたくなかった。
彼らには生きて、自由都市アネットの明日を紡いでいってほしいのだ。
しかし市民たちはフェデリカと戦う道を選んだ。
たとえフェデリカが拒絶しても市民が従わないかもしれない。


「わかった。何とか努力しよう。」
「そうですか。」
「だがその前に、半刻ほど猶予をくれないだろうか。」
「半刻の猶予ですか。では少々お待ち下さい。」


ヒュウウゥゥン

ユリアはその場から転移してエルの下に戻る。


「どうでしたユリアさん。」
「残念ながら降伏はしないようですが、
半刻猶予をもらえれば市民たちを巻き込まないよう最大限努力するとのことです。」
「半刻…何をする気でしょう?逃げるのであればいつでもかまわないのですが。
いいでしょう、彼らに猶予を認めると伝えてください。」
「わかりました。」


ヒュウウゥゥン



「エル様は半刻の猶予を認めてくれました。
また、逃げるのであれば武器を捨てた者の通過を許すとのことです。」
「猶予を認めてくれたか。ありがとう。
ちょっと最後に私個人がやり残したことがあってね。」
「やり残したこと…ですか。」
「ああ、これをやっとかないと死んでも死にきれないからね。」


その後、フェデリカはパスカルに指示して何かの準備をさせていた。









その日は雲ひとつない青空だった。


「フェデリカ・ロカテッリ。」
「はい。」
「カレルヴァ・バルトメロ」
「ああ。」
「両者とも、どのような苦難にあろうとも共に在り、
喜びを分かち合い、永遠に愛し合うことを誓えますか。」
「誓います。」「誓います。」
「では、両者とも誓いのキスを……」


自由都市アネットの中央広場、女性像のある噴水の前で
この瞬間に新たな夫婦の誕生を祝う…即席の結婚式が行われていた。

別に神前で誓うわけではないのだが、
仲介としてユリアが進行を務めている。


「おー、キスしてるキスしてる。あんな大勢の目の前で公開結婚とか、やるな。」
「よかったね、カレルヴァも。運命の人と出会えて。」
「魔物嫌いの教会騎士が魔物と結婚。世の中何があるかわからんもんだ。」


カーター、ファーリル、そしてエルは
勝手に、建物の上に組まれた足場を占領して結婚式の様子を観察している。
もはやそれだけ彼らに余裕がある。

「しっかしどうせ結婚式やるんだったら酒が欲しい。」
「何か食べる物も欲しいね。」
「酒と食べ物は戦勝祝いまでとっておけ。あとちょっとたてば約束の半刻だ。」


時刻は正午を少し過ぎた頃だろうか。
包囲のど真ん中での結婚式という異例の事態は、いよいよ大詰めを迎える。

結婚指輪の交換が終わり

「おいおい、でかい指輪だなありゃ。アンクかと思ったぞ。」

市民による惜しみない拍手が送られ

「第二、第三軍団!拍手!!」

ワーワー

パチパチパチパチパチパチパチ!!

そして最後に、ブーケを空中に思い切り放り投げる。


「あんなに高く投げて……、……、ああブーケが空中分解起こしてるよ。」

「さてそろそろ時間だな。」

エルがその場で右手を掲げた。
すると、包囲していた兵士たちは一斉に武器を構えた。


ヒュウウゥゥン

「ユリア戻りました。」
「おかえりなさい、そしてご苦労様でした。」
「いえいえ。それより、フェデリカさんから伝言を賜ってきました。
『私を倒せれば、他の全員は降伏する』そうです。」
「わかりました。本当かどうか怪しいところですが、これで攻撃の口実は整いました。」



エルは、掲げた右手を横に振る。


攻撃開始の合図…



「攻撃の合図だ!」
「帝国親衛隊、突撃!」
「弓兵、一斉射撃の用意!フォイア!」
「抜刀隊、行きます!」

ワーワー



アネット市街地における最後の攻防が始まった。
十字軍の狙いは市長フェデリカ一。彼女さえ倒せばこの戦いは終わる。


「かかってきな!私は逃げも隠れもしないよ!」

そのフェデリカは西側の通路で堂々と仁王立ちしていた。
真っ先に突入した帝国親衛隊のリッツが、フェデリカと対峙する。

「なんというでかさだ。まるで神話の『ロードスの巨像』みたいだな。」
「っ!あんたはラヴィア!あのとき倒したはずだったのに!」
「お前も俺のことをその名で呼ぶか。実に不愉快だ。
俺の名はリッツ・フォン・シュタットハルトだ、覚えておけ!!」


ガキィン!!

リッツの剣とフェデリカの斧がぶつかり、重い音が響く。
まともにぶつかりあえば、フェデリカ愛用の超重量斧が
リッツの剣を砕くかもしれない。
しかし、どうしても斧は攻撃が大ぶりになってしまい
素早い斬撃をかわすことが難しくなる。

「くっ、強い。せめてドロテアとレナータが援護してくれれば…」

もちろん死んだ者が援護できるわけがない。
だが、今では新しいパートナーがいる。

「フェデリカ!俺も援護してやるぞ!」
「カレルヴァ、この裏切り者が。まとめて討ち取ってやろう。」


とうとうカレルヴァはかつての味方に刃を向けた。
新しく調達したレイピアでリッツの側面を狙おうとする。

ところがそう簡単にはいかない。

「リッツ将軍をお守りせよ!」
「我々帝国親衛隊が相手しよう。その辺の雑魚と一緒にするなよ。」
「こしゃくな…!」

敵はリッツだけではなく、彼の率いる帝国親衛隊や後続の部隊もいる。
次第に数の暴力がフェデリカ達を追いつめる。


ザンッ!

「痛っ!」
「まだだ、お前をヴァルハラに送るまで手を緩めはせん。」

ガン!キィン!

ビシィッ!

「くうぅっ!せめて一撃でもっ!」
「しぶとい奴だ。だがそろそろ……」

何度も切り刻まれるフェデリカ。
しかし、彼女の体力が異常なのか、はたまた根性か。
深手を負ってもなお周囲の帝国親衛隊を何人か倒し、戦い続ける。


だが、結局最後はリッツのとどめの一撃を受け、轟音と共に倒れ伏す。

「あ……ああ…、せめ…て、もうすこし……」


あとすこしだけ

生きたかった





「敵将フェデリカ、討ち取った!!」


おおおおおぉぉぉぉぉっっ!!








開戦から72日。

カンパネルラ地方最後の拠点、自由都市アネットは十字軍によって陥落した。

カレルヴァはフェデリカの後を追って死亡。

グレイシアやパスカルとその妻の魔女二人はその場で降伏。

武装していた市民もエルの武装解除に応じた。




「内政長官のパスカルです。」
「総司令官のエルクハルトだ。これよりこの都市は十字軍の支配下に置く。
時期がくれば、帝国に返還することも考えられる。」
「……、わかっています。あなたたちが、これからも
これまでと変わらぬ公明正大な統治を行うことを期待します。」
「残念ながら、ここにはもう魔物が住むことはできなくなるが、
それ以外のことはこれまでと変わらず、平穏に統治していくことを約束しよう。
なにせもう一度革命を起こされるのは御免だからな。」

内政長官パスカルの手からエルに、
この都市の市長の証とされる槍が手渡される。

「その槍は…自由を求めて戦った女性の残したものです。
これからこの都市を統治する方に、この槍にまつわる話を伝えておいてください。」
「ウイングドスピア(穂の底に攻撃を受け止める刃を持つ形状の槍)か。」
「あとは…特にお話しすることはないでしょう。
私は魔女を妻に持つ身、これ以上この地に居ることはできません。
故郷を失うことは辛いですが、旅をしながら安息の地を見つけようと思います。」
「ああ、俺が言うのもなんだが、道中気をつけてな。」

パスカルは話し終えるとすぐに、二人の妻の元へ向かった。


「さ、二人とも。行こうか。」
「兄さん…本当にもうアネット姉さんと会えないのですか?」
「そうだね…残念だけど、もう会えないかもしれないね。」
「でもね!私はお兄ちゃんさえいればそれでいいの!
いっぱいいっぱい旅をしてみようよ!」
「そうですね、兄さんがいれば私達は平気ですから…」
「イリーナ…イレーネ…。うん、三人一緒ならどこへでも行けるはずだ。」

故郷を離れなければならない彼らの心は、とても悲しいものだっただろう。
それでも、三人は笑っていた。笑っていれば、悲しい時も乗り越えられる。


「おうおう、相変わらず仲のいい兄妹だな。」
「うっ…、き、君は…」

三人水入らずを邪魔したのは…

「言っておくが俺はラヴィアじゃないぞ。忘れたのか?
一時期はお前とも仲が良かったし、結核にかかった時は何かと世話してやっただろう。」
「あ!もしかしてリッツおにい……じゃなくてリッツさん!?」
「本当だ!リッツさんですね!?でもなんか印象が凄く違うような…」
「大当たり。十年ぶりに戻ってきてやったぞ、敵としてだけどな。
うむ…しかし……、どっちがどっちだったか…」
「イリーナです!」「イレーネです!」
「相変わらず見分けがつかん…しかもちっとも成長してねぇ。どういうことだパスカル。」
「二人はもう人間じゃないんだ、魔女になったんだ。」
「ほほう、魔女になると成長が止まるのか。ついでにお前も。」
「まあね。でもリッツ…君は変わりすぎだよ!どうしてそうなったんだ?」
「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべしってやつだ。」
「どういう意味なのでしょうか?」「難しすぎて分かんないよう。」
「自分たちで調べてみるんだな。さて、俺も長話をしている場合じゃないな。
あばよロリコン、せいぜいくたばらないようにな。」


かつての友は、今は敵。

リッツとパスカルはお互いもう二度と会うことはないだろうと思いながら、
別々の方向へ歩いて行った。









「お疲れ様です、エルさん。お茶を一杯いかがですか?」
「ありがとうございますユリアさん。
自分でいれるよりもユリアさんに入れてもらったお茶の方が数倍美味しいんですよ。」
「ふふふ、そう言っていただけるととても嬉しいです。
ですが私にとってはエルさんが入れてくれたお茶の方が美味しく感じます。」

何気ない会話を交わすエルとユリア。

エルは現在、戦後処理を終えて適当な部屋でくつろいでいる。

面倒な行政は全部ファーリルに押しつけたし、
そのうち代わりの行政官が派遣されてくるはずだ。


痛ましい市街戦が終わり、外は夜の闇に包まれている。
後は何事もなければ歯を磨いて寝るだけ。
自由都市アネットに、二ヵ月半ぶりの平和が戻ってきていた。


「さ、て、と。ユリアさん、俺はこれから少し外を歩こうと思うのですが一緒にどうですか。」
「ええ、喜んでお供いたします。」

何を思ったのか、エルはユリアと共に夜間のアネットを散策する。


府庁を出て、間諜者が集まる区画を出て商店街を歩き、
戦いによって痛んだ城壁を見て回り、大通りを横切る。
彼は散歩と言いながらも、この都市をじっくり観察していた。
そして適当に市街地を一周した後、町の中心に来た。

町の中心には、立派な大理石の女性像が噴水の中心に立ち、
その周りには休憩用のベンチが並んでいる。
平和な時には市民の憩いとしてにぎわっていただろうと思われるこの場所も、
さまざまな物が打ち捨てられ、散乱している。
大通りに築かれた土嚢はもうすでに撤去済みだ。


「ここで少し休憩していきましょうか。」
「そうですね。」

二人は並んでベンチに腰を下ろす。
あたりは人がいないこともあって非常に静か。
ただ、噴水からわき出る水の音だけがあたりに響く。


「そう言えばエルさん、あの女性の像は一体どのような人なんですか?」
「あれはですね、十年前にこの都市で革命を先導した勇者の像です。」
「革命を先導した勇者…」
「彼女の名前は『アネット・レオーネ』。かつては名の知れた冒険者でした。」
「アネット……この街の名前…」
「実は彼女、ロンドネルの冒険者ギルドにいたこともあるんですよ。」
「ええっ!ということはエルさんも面識があるのですか?」
「もちろんありますよ。俺があったのはかなり小さいころでしたが、
それでも結構印象に残っています。」

ユリアにとってはまさに衝撃的な事実だった。

「アネットさんはやたらと正義感の強い人でして、
悪さをする者がいたら放っておけない性格だったようです。
そのため、一時期はギルドからも指名手配されていました。」
「でも…アネットさんはこの地で命を落とした…」
「この都市はアネットさんの故郷です。どうやら彼女は
圧政に苦しむ人々を見過ごせなかったのでしょう。
聞くところによれば、アネットさんが起こした反乱は一度失敗したそうです。
ですが、彼女の遺志を継いだ者たちが革命を成し遂げた…。
これが『アネット革命』の顛末です。」
「なるほど、そのようなことがこの都市であったのですね。」


ふと、ユリアは女性の像を眺める。
新月を一日過ぎた月の微かな光が照らす顔は、どことなく素朴ながらも、
ただひたすら前に進もうとする意志が宿っているかのようだ。

そして、噴水の手前にある石碑にはこう書かれている。

『我々の常に先頭に立ち 自由を求めて戦った勇敢な女性の像』


「かつてアル爺がこんなことを言っていました。
『人によっては死後に与える影響の方が、生前よりも大きいことがある』と。
アネットさんの残した意志は、こうして我々の軍を70日も押しとどめたわけです。」
「そう考えると、とてつもない話ですね。」
「それに、アネットさんの残した意志はまだ死んでいません。
この都市の名前を旧名に戻そうとすれば、それだけで反乱が起きかねません。
それだけ人々に与えた影響が大きいのでしょうね。」
「そうですね…。アネットさんが死んでも…自由は死なず。
これからこの都市を治めていく人は大変そうですね。」
「まったくです。」



十字軍によって陥落した後も、
この都市の名前は『自由都市アネット』のまま変わらなかった。
その後の世に至るまで、この都市は自由の精神を貫き、
何度も自治都市として独立したと言われている。


カンパネルラ地方攻略 概要

11/04/24 00:00 up

登場人物評


パスカル  賢者18Lv
武器:風魔法
自由都市アネットの内政長官を務める官僚。並みの魔道士より強力。
実年齢は30を超えているが、サバトの魔術で不老不死になっている。

イリーナ 魔女15Lv
武器:炎魔法
パスカルの妻の魔女。双子の姉の方。優しく慎み深い性格
実はこの双子はパスカルと兄妹。重婚も近親相姦も魔女には無関係。

イレーネ 魔女15Lv
武器:雷魔法
パスカルの妻の魔女。双子の妹の方。明るく活発な性格
三人が揃えば合体攻撃が出来る。その威力は計り知れない。




エル「ごきげんよう諸君。今回の話は楽しんでいただけたかな。
まさか小説の進み具合がリアルで三カ月かかるとは思わなかった。
間で色々余計なことをやってたからその分遅くなった。申し訳ない。

さて、一応今回でカンパネルラ編は終了となる。
なんだかキャラが大量に死んでしまったな。
その割には味方キャラの死者は1名だけ。
話の都合上とはいえ、不公平だという人もいるかもしれないが
あらかじめ決まっていたことなのでどうしようもない。
こんな序盤で味方を何人も死なせるわけにはいかないからな。

そしてサブキャラにスポットを当てすぎた。
だいたいリッツの鬼軍曹キャラはまだ定着していないだろう。
それなのにやはり話の都合上、ここにもってくるしかなかった。
これから大丈夫かなリッツ。鬼軍曹キャラ定着するかな?
大体モデルの人物からして無理がありすぎた気がする……ふぅ。

悩みは尽きないが、物語の愚痴はこの辺りにしておこう。
次の話は一旦戦争から離れて丸々作戦会議の話の予定。
そしてその次から新しい地方での戦争を描いていくつもりだ。
次の地方にはどうやら海があるらしい。
海と言えば海戦。船と船のぶつかり合いが見どころか。
え、なに?もっと別に期待する要素がある?ナンノコトヤラ。


んー、とにかくひと段落ついたな。じゃあ俺はこれにて失礼する。

あ、そうそう。アネット革命に興味がある人は
拙作『ミゼラブルフェイト』を読んでみてくれ。


以上、エルでした♪」

バーソロミュ
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