連載小説
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第44話「突入!」
深紅の砂が吹き荒れる砂嵐の中、神聖ステンド国の勇者であるカエデは、砂の中から次々と現れる怪物たち相手に、孤軍奮闘していた。

「頑張るでござる! カエデ頑張るでござる! 拙者は今までよくやってきた! そして今日も! これからも! 首が捩じ切れそうになっても! 拙者が挫けることは絶対にないでござる!」

赤の巨人の魔力によって産み出された怪物たちは、赤い砂粒で造り上げられた骸骨のような姿をしていた。

一匹一匹は脆くてもその尋常ではない数と無尽蔵に産まれてくるしつこさから、ステンド国の連合軍をじわじわと追い詰めている。

カエデは負傷した兵士たちを撤退させるために、ただ独り前線に残って、怪物たちの集団を斬り捨て続けていた。

「しまっ……!」

一瞬の隙に足首を掴まれ、倒れ込んだカエデの首筋に怪物の牙が迫る。アンデッドである彼女が死なずとも、深傷を受けて戦えなくなれば、次に怪物たちが襲うのは撤退中の兵士たち、そしてステンド国の市民だ。

「くそっ!」

尚も諦めずに拳を振り上げて抵抗するカエデ。

ブズッ!

鈍い金属音が響くのと同時に、彼女に覆い被さる怪物の脳天に一本のナイフが突き刺さっていた。

「カエデっ!」

声の聞こえた方向に目を向けると、砂塵の中から一頭の魔界豚と2頭の馬が近づいてくるのが見えた。

「ドミノ、アラーク! カエデと合流して戦線を維持するんだ!」

牙を振り回し、怪物たちを蹴散らしながら駆けるカクニの上から、コレールが指示を出す。

「私はクリスたちと赤の巨人に近づけるところまで近づく! それまで耐えてくれ!」

二人は素早く馬から飛び降りてカエデの側に近づくと、四方から襲いかかってくる砂の怪物たちの対処を始めた。

「っしゃあ! こいつら生物ですらねえから殺し放題だぜ!」

ドミノが詠唱を始めると、地面から赤黒い剣の形の無数の刺が突きだし、怪物たちを昆虫標本の様に縫い止めていく。

「カエデ。後は私に任せろ」

アラークはいつものハンサムな笑みを浮かべると、飛びかかってくる怪物の集団の攻撃を華麗な足捌きで躱しつつ、その首を次々と斬り飛ばしていった。

―――――――――――――――――

「コレール……見える……?」

「あぁ。見えてきた。……『赤の巨人』だ」

目を開けておくことすら難しいほどの激しい砂嵐の中で、コレールはクリスの問いに静かに答える。

「ムストフィルの影は見えないな。多分、『中』にいるに違いない。パルム、狙えるか?」

パルムは無言で頷くと、砂塵の中を悠然と闊歩する巨人の顔面に向けて、弓矢を構える。

砂嵐の轟音に書き消されて音は聞こえない。しかし、青く輝く鏃の弓矢は確かに風を切り、僅かの沈黙の後に巨人の体勢が大きくよろめいた。

「クリス、奴の顔面に向けて飛ばしてくれ」

「分かった」

クリスは魔杖を構えると、コレールの体に「浮遊呪文」をかけ始めた。

「コレール……」

「どうした?」

「死なないでね」

コレールはクリスに向かって静かに頷くと、カクニの背中から飛び降りる。

浮遊呪文の効果でその体は重力を無視。そして、導かれるようにして赤の巨人の体へと吸い込まれていった。

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「くそっ! 数が多すぎる! 対応しきれねえ……!」

最初は気分良く押し寄せる怪物たちを処刑していたドミノも、殺せど殺せど押し寄せてくる圧倒的な物量を前に、疲弊の色が隠せなくなってきた。

「ドミノ殿! 己自身で己を鼓舞するでござる! 拙者はそれで今まで耐え抜いてきた!」

アラークの背中に飛び掛かろうとした砂の怪物を袈裟斬りにしながら、カエデが呼び掛ける。

「頑張れ! ドミノ頑張れ! 俺は今までよくやってき無理に決まってるだろうがこんちくしょ
ぉぉ!!」

速攻で音を上げるドミノに向かって、怪物たちが砂糖に群がる蟻のごとく襲いかかっていく。

あわや無残な挽き肉と化す(今まで散々他人にやってきたことだが)寸前、強力な魔力による衝撃波が怪物たちの群れを襲った。

「カエデ! 無事だったか! 遅れてすまない!」

「クーデターの次はでかい砂の化物! いったいこの国はどうなっておるんじゃ!」

「た、助かった……」

皮肉屋のドミノも、合流したフレイアとルーキの助太刀には素直な感想を漏らすのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ううぅっ……!! ぐおっ!!」

深紅の砂粒で構成された巨人の肉体を通り抜けていき、コレールが叩きつけられたのは、赤い樹木の根が張り巡らされて造り出されたような小部屋の床だった。

「いつつ……ここは……赤の巨人の心臓部か?」

もしそうならば、赤の巨人の制御装置たる砂の王冠、ひいてはそれを装着したムストフィル3世がいるはずである。

「出てこい、上皇! 決着をつけるぞ!」

コレールはよろめきながらも立ち上がり、姿を隠しているであろうムストフィルを挑発する。

「……」

肩で息をするコレールの呼吸音だけが、小部屋の中で反響する。

「ぐあっ!?」

一瞬の隙をついて、背後に現れたムストフィルがコレールの体を殴り飛ばした。

「しつこいトカゲ女め! 城で止めを刺しておくべきだったな!」

怒りに燃えた上皇が倒れこんだコレールの首根っこを掴んで持ち上げる。

「ぐっ……!」

咄嗟に振るったダガーも、砂の王冠によって形作られた籠手で、いとも簡単に弾き飛ばされた。

「そんなのが奥の手か……? 随分と見くびられたものだ」

ムストフィルは左腕でコレールの首をしっかりと固定すると、籠手を嵌めた右の拳を握りしめる。

「さらばだコレール=イーラよ。貴様の魂もまた、この赤の巨人の糧としてやろう!」

コレールの頭を粉々にするために、大きく振りかぶった拳打が放たれた。





ガスッ!!

「ーー!」

目の前の光景が受け入れられず、ムストフィルは血走った目を見開いた。

「奥の手は……こっちの方だ……」

籠手をはめられた拳が顔面に到達する寸前に、コレールは砂の短剣を自身の眼前に携えていた。

ムストフィルは自分から砂の王冠に砂の短剣を突き刺す形となったことを知り、その顔からみるみる血の気が失せていく。

「愚かな……何と愚かな……!」

コレールの体を投げ飛ばすとその場で跪き、魔力を失い宝玉もろとも只の砂となっていく王冠を前に慟哭する。

「貴様は! 何てことをしてくれたのだ! 失われたのだぞ! 魔王にも匹敵するほどの力を持つ秘宝が! ウィルザードを! そこに住まう民を御し、正しい方向へと導くための最後の手段が!」

「あんたの考え方は時代遅れなんだよ、上皇」

這いつくばりながら力の限り叫ぶムストフィルに対して、コレールは冷静に言い放った。

「力で民を捩じ伏せる他に手段の無い時代なんて、とっくの昔に終わってるんだ」

「……!」

ムストフィルが信じられないと言わんばかりの目付きでコレールを見据えたと同時に、砂の王冠が完全に砕け散った。

二人のいる小部屋が俄に振動を始めた。

ーーーーーーーーーーー

「パルム! あれを見て!」

カクニの手綱を握り、砂嵐の中を駆け抜け続けていたパルムは、荷車の方で怪物たちを食い止めていたクリスの声に反応した。

クリスが指差した方向に目を向けると、赤の巨人のシルエットが、糸を切られた操り人形のそれと化していた。その肉体から光る玉のようなものが抜け出していく様子が見てとれる。

同時に、自分たちを取り巻いていた深紅の砂塵の勢いがみるみる落ち着いていることに気がつく。

荷車に取り付いていた大勢の砂の怪物たちも、いつの間にか姿を消していた。

「コレール……」

パルムは安堵と不安が入り交じった口調で、愛する魔物娘の名前を呟く。

「パルム、あれ!」

先ほどより大きなクリスの声に戸惑いながら視線を凝らす。

「コレール!」

パルムが目にしたのは、崩壊していく赤の巨人の近くの中空で、黄金の粒子に囲まれながら浮遊するコレールの姿だった。

ーーーーーーーーーーー

「(……コレール……聞こえるか、コレール=イーラ)」

「(……誰……だ……?)」

「(私だ。ヘリックスだ。砂の王冠が壊されたことで、魂の宝玉も、赤の巨人も完全に破壊された。宝玉の中に囚われていた私たちの魂も、解放されたのだ)」

「(解放されたのは私たちだけじゃないわ。赤の巨人の動力源として囚われていた魂たちも、皆解き放たれたの。貴女は大勢のウィルザード人の魂を救ったの。このリンキングが代表して礼を言うわ。本当にありがとう)」

「(私の専門ではないが、魂の行方は多岐にわたると推測できる。現世に新鮮な肉体が残っていればそのままそこへと戻り、そうでない場合は輪廻転生へと導かれるか、『ゴースト』や『ゾンビ』といったアンデッドへと変わる者もいるだろう)」

「(……おや、私はどうやら随分と長い間眠っていたようだな)」

「(……ラゼンのことは気にするな。とにかく古代のウィルザード人の犯した過ちを精算してくれたことに、我々は心から感謝している。名残惜しいが、我々もまた本来いるべき場所へと還ることにしよう)」




頭の中に響いてきた声が聞こえなくなり、あやふやだった意識が明瞭となっていく。

気がつくとコレールは、すっかり平穏を取り戻した砂原の真ん中に、仰向けで横たわっていた。

「(貴女たちとの旅は、本当に楽しかっタ。クリスさんにもよろしく伝えといてくださいネ。)」

傍らを一迅の風が吹き抜けた瞬間、頭の中にそのような声が聞こえてきたような気がした。


ーーーーーーーーーーーーー

「はぁ、はぁ……!」

ムストフィル三世は己の下半身が砂のように消えていく光景を見て、己の命が幾何もないことを察していた。

自身の体質にとても収まりきらない程の魔力を扱おうとして、失敗したことに対する代償が、自分自身の肉体と魂で支払われようとしているのだ。

早い話が、己の命を含む全てを砂の王冠に預けるという、自殺同然の行為による自滅である。

薄れ行く景色の中でぼんやりと見えてきたのは、自身の野望を挫いたリザードマンの姿だった。

「これで……勝ったつもりか……? お前たち魔物娘は……存在そのものが歪みなのだ……!」

無言で見下ろしてくるコレールに対して、更にまくしたてる。

「いずれ必ず私や、主神に代わる存在が、この世界の理(ことわり)を正すために、お前たちを滅ぼしにくる……! 全ての存在が幸福に生きることが出来る理想郷など、存在……しな……い……」

口元まで砂状になってしまったことで、ムストフィルの言葉は途中で途切れてしまった。

後に残ったのは、只々風の吹きすさぶ、何もない空間だけだった。

「『理想郷など存在しない』、か」

コレールはポツリと呟いた。

「でも、理想郷を作り出したいと思うことは悪くないだろう」

そう言うとコレールは、カクニの荷車に乗ったクリスたちが手を振って近づいてくる方向に、笑顔を向けた。

ーー最終話に続く。
20/11/03 22:02更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
冒頭のカエデのセリフは……多分、説明するまでもないですね。某有名作品のパロディです。近いうちに無限列車編見に行きます。

次回、最終話です。

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