連載小説
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最終話「砂の王冠伝説」
こうして、ウィルザードにまた一つ、英雄伝説が生まれた。

砂の王冠に自身の責務と良心を含む全てを捧げた皇帝は、赤の巨人と共に斃れ、ウィルザードに平和が訪れたのだ。

読者の中には、彼女と関わってきた人々のその後の動向が気になる人もいるだろう。そこで本紙面では、筆者が把握できた範囲内で、彼女たちの「後日談」を書き記したいと思う。




現皇帝ムストフィル4世が、上皇の手によって殺害されたことが判明した時、空白の玉座がウィルザードに新たな反乱を引き起こすことを危惧した人々の数は少なくないだろう。

結果的に、その恐れは杞憂となった。皇帝は秘密裏に交際していたキキーモラが、生と死を司る女神「ヘル」の力を借りる儀式を行ったことで、アンデッドとして蘇ることに成功したのだ。

上皇が殺めた他の大臣なども同様の儀式によって蘇生に成功し、帝都はその統治力を失わずに済んだ。

尤も上皇の暴走と、それによる被害からの回復に魔物娘の力を借りざるを得なかったという事実は、ウィルザードの支配者層の意識を、良くも悪くも変えていくと筆者は考えている。




コレール=イーラを始めとした英雄たち(勿論その中には、赤の巨人が崩壊するまで抵抗を続けた兵士たち一人一人も含まれる)の活躍により、神聖ステンド国は辛くも赤の巨人による国土の蹂躙を免れることが出来た。

ゼロ=ブルーエッジはその戦いの場に駆けつけることが間に合わなかったことを深く後悔すると同時に、「ホワイトパレスの悲劇」で失われたはずの命がアンデッドとして蘇り、二度と叶わないと諦めていた妻子との再会を迎えられたことに歓喜の涙を流したという。

ブルーエッジはこの機会に公式に「ブルーエッジ派」の解散を宣言。ステンド国の大司教も彼らの破門を取り消した。

とはいえ「ホワイトパレスの悲劇」が起こったという事実は変えられない以上、国内での解放奴隷との軋轢が起こる可能性もある。

それでも筆者はステンド国の人々が憎しみの連鎖を乗り越えることができると信じている。たとえ主神の加護は得られなくとも、この国には人々の希望をつなぎとめる「勇者」がいるのだから。




筆者は「フォークス」と名乗る「海から来た悪魔」の襲撃の生き残りへのインタビューに成功している。詳細は後のページに記すとして、彼は最後の最後で自身の故郷を滅ぼした人物への復讐を断念した。本人曰く「復讐への旅路を後悔しているわけではないが、結局の所最後に残ったのは、文字通り空っぽになった胸中だけだった」とのことだった。

この後はどうするつもりなのかと聞くと、「アテはないが、空っぽになった心を埋めてくれる何かを探しに行く」とのことだ。

長い旅路の果てに、彼が安らぎを得られることを筆者は願っている。




一時期「Mr.スマイリーの正体はコレール=イーラの仲間の一人であるドミノ=ティッツアーノである」という根拠のない噂が流れていたことがある。

しかし、あの青年と黒魔術を操る猟奇殺人犯を結びつける物的証拠は何一つ発見されず、次第に他の他愛無い噂と同様に、人々の記憶から消えてしまったようだ。

赤の巨人の消滅以降、Mr.スマイリーの目撃情報は無いものの、ウィルザードの犯罪件数は増加しておらず、むしろ緩やかに減ってきている。

これに関しては魔物娘の流入によるものと言う説が一般的だが、その一方で「Mr.スマイリーは今でも生きており、かつて原因不明の滅亡を迎えた国家、インファラードの跡地に根城を構えて、悪人を人知れず始末している」という都市伝説も流れ始めている。

筆者としては前者の説が正しいことを祈るばかりである。

なお、ドミノ=ティッツアーノの奥方であるエミリア=ティッツアーノは、Mr.スマイリーの活動によって生まれた孤児や、迫害された子供たちを保護するための施設を運営している。

この施設の連絡先は、本ページの下部に記す。




赤の巨人撃破の功労者の一人であるクリス=ジョーカーは、夫の元妻の息子を魔王軍に保護されていたコボルドに引き合わせた後、魔王軍を引退。その後、夫のアラーク=ジョーカーと共に、ウィルザードで奴隷商人の残党の捕縛に力を注いでいる。彼女が語るところによると、「正義のため。そして、夫の贖罪に力を貸すため」だそうだ。

たとえ魔物娘でも、人が過去に犯した過ちを無かったことにすることは出来ない。

けれどもその罪を共に背負い、今まさに存在する理不尽に立ち向かうことは出来る。

そして、傍らに愛する魔物娘がいるならば、人は残酷ではいられない。

私事で恐縮だが、筆者はハースハートの名探偵ヴィンセント=マーロウにとって、そのような存在でありたいと思っている。





そして肝心のコレール=イーラについてだが、彼女は一度中央大陸へ帰還した後、ウィルザードでの功績を認められ正式に魔王軍に復帰。そして今度はウィルザードでの駐在員として、夫のパルム=イーラと共に、ハースハート領の荒野の一角に居を構えたとのことだ。

筆者は彼女と個人的な交流を続けているのだが、彼女は時々ハースハートで起こる厄介事に首を挟みつつもも、愛する夫と穏やかな日常を楽しんでいる。




荒野と砂漠の大陸ウィルザード。この国を襲った、砂の王冠を発端とする災厄は、コレール=イーラという名の英雄によって退けられた。

歴史書にはそう記されるだろう。

もし再びこの国を災厄が襲った時に、それに立ち向かう英雄は、彼女の意思を受け継ぐ者なのだろうか。それとも、全く無関係の誰かなのだろうか。

それは神のみぞ……いや、神や魔王ですら知り得ないに違いない。

未来は不確定だが、私たちのような凡人にも出来ることはある。未来の英雄にとって、この国が救うに値するものであるように、毎日を懸命に生き、少しずつ前を進むことだ。

この教訓を締めとして、ここで一度筆を置きたいと思う。

(カナリ=ジナー)





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(愛を求めているのに、それはずたずたに引き裂かれている)


(どうしてだろう?)


(僕らが抑圧を打ち破ろうとしているのを尻目に、狂気は笑っている)



原作:クロビネガ「魔物娘図鑑」(健康クロス氏)



(僕たちにもう一度だけチャンスをくれないか?)


(愛にもう一度だけチャンスをくれないか?)


(愛をもう一度だけ信じてみないか?)


(愛なんてもう古ぼけた言葉だけど)


(愛は君たちに勇気をくれるから)


(夜の端に追いやられた人々に手をさしのべる勇気を)


(そして愛は君に勇気をくれるからーー人生を変える勇気を)


(僕たちの人生を変える勇気を)



筆者:SHAR!P



(これが僕たちの最後のダンス)


(これが抑圧の下で生きる僕たち自身なんだ)




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リディーマーズ 〜砂の王冠〜


END.


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20/11/05 19:54更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
はい。というわけで第1話の冒頭同様、()内の歌詞をクイーンとデヴィッド・ボウイのシングル「Under Pressure」より引用したところで、本作は完結を迎えられました。

一応本作の世界観と地続きのシリーズのプロットを2つほど考えています。

一つはJK妖狐のハチャメチャアクションコメディ。もう一つが記憶のない少年と、翼を無くしたワイバーンの少女の、ドラゴニアの属国を舞台にしたラブロマンスです。

ただ、今となってはこちらの投稿所ではそのようなジャンルの長編作品は求められていないのでは? とも考え始めており、いっそのこと前述のプロットは骨子を使い回し、一次創作として別の小説投稿サイトで発表し、こちらの投稿はちょっとした短編やエロSSを中心にすることも考えています。

ともかく本作の5年という長期連載に付き合ってくださった読者の方々には、この場を借りてお礼を申し上げます。

本当に、ありがとうございました。

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