第34話「賢者の森A」
ペリコが広げた新聞の記事に書かれていたのは、「古代の貴重な遺物、神聖ステンド国近くの遺跡で発見される」という大見出しだった。
「おいおい、神聖ステンド国つったら、ウィルザードの主神教団のおひざ元じゃ――」
「黙ってろドミノ。内容を詳しく読んでみる」
コレールはそう言うと記事の本文を目で追い始めた。
―――――――――――――――
――神聖ステンド国の魔物担当大臣、リネス=アイルレット氏が率いる調査団たちが発見したこの遺物は、ウィルザードの伝説に伝わる「魂の宝玉」ではないかという推測が為されており、現在も同国で詳しい分析が進められている――
―――――――――――――――
「ドミノ。しばらくエミィとこの辺りを散歩でもして来い」
コレールは新聞を折りたたむと、ドミノにきっぱりと言い放った。
「えっ、どうして――」
「いいから行って来い。ペリコ。案内してやってくれ」
ぶつくさ文句を言いながらエミリアとペリコを連れ立ったドミノが出ていくと、残された四人は額を突き合わせて議論を開始した。
「要するに、ドミノを神聖ステンド国に連れてこないといけないってこと? 『ホワイトパレスの悲劇』の後だっていうのに?」
[別に、領地の外で待っててもらえば良いんじゃないの?]
「いいや、それは駄目だ」
クリスに対するパルムの提言を却下するペリコ。
「あいつから……オニモッドから目を離すわけにはいかない。危険すぎる」
「そもそも私たちがステンド国に入国出来るかどうかが問題だな」
アラークが神妙な面持ちで口を開く。
「今は中立派が国を運営しているとはいえ、相手は主神教団だ。加えて我々は良くも悪くも各地で騒動を巻き起こしている」
コレールたちは議論を続けたものの結局明確な解決策は思いつかず、「とにかく神聖ステンド国に向かってから考えよう」という結論に落ち着くこととなった。
――――――――――――――――――――――
――その夜。
「うーん、うーん……」
コレールはペリコの家の寝床の中で、ひたすらにうなされていた。ペリコが森の外から持ち込んだ春本(エルフの森にはそういった類の物品が無いということで、積極的に持ち込んだはいいものの、それが原因で村の若エルフの中でおかしな風潮が流行っているらしい)を読んでいたら、「ほのぼのおねショタものと見せかけて、途中で汚いおっさんが乱入してショタの目の前でおねが寝取られた」という悲劇に遭遇してしまったことが原因である。
「ねぇ、コレール?」
そうこうしていると、ペリコが忍び足で彼女の寝床に近づいてきた。
「……うお! 何だ、夜這いか?」
「そうじゃないわよ! パルムについて話があるの!」
「えっ? パルム?」
コレールはペリコに連れられて、月明かりの差し込む工房へと足を踏み入れた。
「……ねぇ、コレール。貴女はパルムのこと、どう思ってる?」
「セックスしたい」
「自分に正直で結構」
ペリコは苦笑しつつ工房内の椅子に腰かける。
「もしあの子と単なる友人以上の関係となりたいのなら……あの子が喋ることの出来ない理由を教えておく必要があると思ったのよ」
ペリコは静かに息を吐いてから、コレールにパルムの半生について語り始めた。
「私とペリコはハーフエルフ……父親が人間だったの。変わった人だった。『ウィルザードのエルフ文化研究の第一人者』とか言ってこの森に来て、何度も森のエルフに叩き出されても、めげずにコンタクトを取ろうとして、結局エルフたちの方が折れて、この集落への滞在を許されたんだって」
「それで……そこのエルフの女性と結ばれて、産まれたのがお前とペリコだったってことか」
「そう。お父さんは私とパルムに、外の世界のことをたくさん教えてくれた。私はいつか賢者の森の外に出て、色んな物をこの目で見たいと思うようになって、お父さんはその時のためにって、自分の子供時代の作業着と、このゴーグルを譲ってくれたのよ」
パルムは手の中の古ぼけたゴーグルを指先で撫でながら、呟いた。
「ある日、お父さんはパルムを連れて珍しいキノコを探しに行ったの。そうしたら、賢者の森の遺跡を荒らしに来ていた盗掘団と鉢合わせになってね。隠れてやり過ごそうとしたんだけれど、パルムが怯えた声を出しちゃって。お父さんは連中の注意をそらすためにわざと挑発して、自分だけが追われるようにしむけて、そして……」
パルムの声色に震えが混じったのを察したコレールは拳を握り、唇を噛み締めた。
「……ごめんなさい。盗掘団は捕まったけど、お父さんは重傷を負っていて、そのまま3日後に死んじゃったの。パルムは『自分のせいだ』と思うようになって、お父さんの使ってたバンダナを覆面に使うようになって、それからどんどん口数が減っていって……最後には殆ど何もしゃべらなくなっちゃった」
ペリコの話を聞き終えたコレールは暫くの間黙り込んでいた。そして、一度だけ鼻をすすってから口を開いて一言だけ話した。
「気の毒に」
「ありがとう」
ペリコは椅子から腰を上げると、床の上に座っていたコレールの隣に腰を下ろした。
「私、パルムが少しでもお父さんのことを忘れられればと思って、外界の旅に連れてったんだけど……駄目ね。私と一緒にいること自体が、お父さんのことを思い出させるきっかけになっちゃうみたい」
「パルムを私のところに預けたのは、そういう理由もあったのか」
「そう。ごめんね、押し付けるような形になっちゃって」
コレールは隣に座るペリコの小さな肩に腕を回し、自分の傍らへと抱き寄せる。
「お前の判断は間違ってないよ、ペリコ。あいつもうちでよくやってくれている」
「……うん……」
その呟きを最後にして、二人は無言で寄り添ったまま、長い夜を過ごしていった。
―――――――――
翌日、賢者の森を出たコレールたち一行は、一路神聖ステンド国を目指しウィルザード中央部の砂漠地帯で、荷車を走らせていた。
「(……なぁ、クリス。今朝コレールが寝床を抜け出して、工房でペリコと一緒に寝てた件についてなんだが……)」
「(ちょっと、止めなさいよアラーク! パルムが目の前に座ってんのよ!)」
ペリコとの関係についてあらぬ妄想を廻らせている二人をよそに、コレールは無言で魔界豚の手綱を握っていた。だがそれは、目の前の砂上に落ちている物体を目で確認するまでの話だった。
「きゃっ! どうして止めたのコレール? 」
「人が……倒れてる」
「ええっ!?」
すぐさま荷馬車から降りて駆け寄る魔物娘たちの後ろで、アラークは鋼鉄製の剣を抜き身にしながら慎重に人影に近づいていく。
「気を付けろコレール。盗賊の罠という可能性もある」
コレールは周囲を警戒しつつ、うつ伏せに倒れている人間の体を、足で持ち上げて裏返す。
露わになった人間の顔を覗き込んだドミノは顔をひきつらせて、顔面を手で覆った。
「あちゃー、やっぱり死体だったか。半分ミイラ化してるし、放っておこうぜボス」
「そうじゃなくて! この人ゼロ=ブルーエッジでしょうが!!」
彼の傷と火傷だらけの顔面についての笑えないジョークを口走るドミノを怒鳴り付けるクリス。彼らを尻目にエミリアはゼロの口元に耳を近づけていた。
「コレールさん! この人、息があります! 何か呟いて――」
その先を言いかけたところで、エミリアはピタリと言葉を止めていた。
コレールたちは誰一人エミリアの話を聞いていなかった。血のように赤黒い砂煙が自分たちを包み込んでいるという状況に、全員が言葉を失っていたのだ。
「逃げろ……『赤い砂嵐』だ……」
ゼロ=ブルーエッジの口から、今度ははっきりと言葉が発せられた。
――第35話に続く。
「おいおい、神聖ステンド国つったら、ウィルザードの主神教団のおひざ元じゃ――」
「黙ってろドミノ。内容を詳しく読んでみる」
コレールはそう言うと記事の本文を目で追い始めた。
―――――――――――――――
――神聖ステンド国の魔物担当大臣、リネス=アイルレット氏が率いる調査団たちが発見したこの遺物は、ウィルザードの伝説に伝わる「魂の宝玉」ではないかという推測が為されており、現在も同国で詳しい分析が進められている――
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「ドミノ。しばらくエミィとこの辺りを散歩でもして来い」
コレールは新聞を折りたたむと、ドミノにきっぱりと言い放った。
「えっ、どうして――」
「いいから行って来い。ペリコ。案内してやってくれ」
ぶつくさ文句を言いながらエミリアとペリコを連れ立ったドミノが出ていくと、残された四人は額を突き合わせて議論を開始した。
「要するに、ドミノを神聖ステンド国に連れてこないといけないってこと? 『ホワイトパレスの悲劇』の後だっていうのに?」
[別に、領地の外で待っててもらえば良いんじゃないの?]
「いいや、それは駄目だ」
クリスに対するパルムの提言を却下するペリコ。
「あいつから……オニモッドから目を離すわけにはいかない。危険すぎる」
「そもそも私たちがステンド国に入国出来るかどうかが問題だな」
アラークが神妙な面持ちで口を開く。
「今は中立派が国を運営しているとはいえ、相手は主神教団だ。加えて我々は良くも悪くも各地で騒動を巻き起こしている」
コレールたちは議論を続けたものの結局明確な解決策は思いつかず、「とにかく神聖ステンド国に向かってから考えよう」という結論に落ち着くこととなった。
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――その夜。
「うーん、うーん……」
コレールはペリコの家の寝床の中で、ひたすらにうなされていた。ペリコが森の外から持ち込んだ春本(エルフの森にはそういった類の物品が無いということで、積極的に持ち込んだはいいものの、それが原因で村の若エルフの中でおかしな風潮が流行っているらしい)を読んでいたら、「ほのぼのおねショタものと見せかけて、途中で汚いおっさんが乱入してショタの目の前でおねが寝取られた」という悲劇に遭遇してしまったことが原因である。
「ねぇ、コレール?」
そうこうしていると、ペリコが忍び足で彼女の寝床に近づいてきた。
「……うお! 何だ、夜這いか?」
「そうじゃないわよ! パルムについて話があるの!」
「えっ? パルム?」
コレールはペリコに連れられて、月明かりの差し込む工房へと足を踏み入れた。
「……ねぇ、コレール。貴女はパルムのこと、どう思ってる?」
「セックスしたい」
「自分に正直で結構」
ペリコは苦笑しつつ工房内の椅子に腰かける。
「もしあの子と単なる友人以上の関係となりたいのなら……あの子が喋ることの出来ない理由を教えておく必要があると思ったのよ」
ペリコは静かに息を吐いてから、コレールにパルムの半生について語り始めた。
「私とペリコはハーフエルフ……父親が人間だったの。変わった人だった。『ウィルザードのエルフ文化研究の第一人者』とか言ってこの森に来て、何度も森のエルフに叩き出されても、めげずにコンタクトを取ろうとして、結局エルフたちの方が折れて、この集落への滞在を許されたんだって」
「それで……そこのエルフの女性と結ばれて、産まれたのがお前とペリコだったってことか」
「そう。お父さんは私とパルムに、外の世界のことをたくさん教えてくれた。私はいつか賢者の森の外に出て、色んな物をこの目で見たいと思うようになって、お父さんはその時のためにって、自分の子供時代の作業着と、このゴーグルを譲ってくれたのよ」
パルムは手の中の古ぼけたゴーグルを指先で撫でながら、呟いた。
「ある日、お父さんはパルムを連れて珍しいキノコを探しに行ったの。そうしたら、賢者の森の遺跡を荒らしに来ていた盗掘団と鉢合わせになってね。隠れてやり過ごそうとしたんだけれど、パルムが怯えた声を出しちゃって。お父さんは連中の注意をそらすためにわざと挑発して、自分だけが追われるようにしむけて、そして……」
パルムの声色に震えが混じったのを察したコレールは拳を握り、唇を噛み締めた。
「……ごめんなさい。盗掘団は捕まったけど、お父さんは重傷を負っていて、そのまま3日後に死んじゃったの。パルムは『自分のせいだ』と思うようになって、お父さんの使ってたバンダナを覆面に使うようになって、それからどんどん口数が減っていって……最後には殆ど何もしゃべらなくなっちゃった」
ペリコの話を聞き終えたコレールは暫くの間黙り込んでいた。そして、一度だけ鼻をすすってから口を開いて一言だけ話した。
「気の毒に」
「ありがとう」
ペリコは椅子から腰を上げると、床の上に座っていたコレールの隣に腰を下ろした。
「私、パルムが少しでもお父さんのことを忘れられればと思って、外界の旅に連れてったんだけど……駄目ね。私と一緒にいること自体が、お父さんのことを思い出させるきっかけになっちゃうみたい」
「パルムを私のところに預けたのは、そういう理由もあったのか」
「そう。ごめんね、押し付けるような形になっちゃって」
コレールは隣に座るペリコの小さな肩に腕を回し、自分の傍らへと抱き寄せる。
「お前の判断は間違ってないよ、ペリコ。あいつもうちでよくやってくれている」
「……うん……」
その呟きを最後にして、二人は無言で寄り添ったまま、長い夜を過ごしていった。
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翌日、賢者の森を出たコレールたち一行は、一路神聖ステンド国を目指しウィルザード中央部の砂漠地帯で、荷車を走らせていた。
「(……なぁ、クリス。今朝コレールが寝床を抜け出して、工房でペリコと一緒に寝てた件についてなんだが……)」
「(ちょっと、止めなさいよアラーク! パルムが目の前に座ってんのよ!)」
ペリコとの関係についてあらぬ妄想を廻らせている二人をよそに、コレールは無言で魔界豚の手綱を握っていた。だがそれは、目の前の砂上に落ちている物体を目で確認するまでの話だった。
「きゃっ! どうして止めたのコレール? 」
「人が……倒れてる」
「ええっ!?」
すぐさま荷馬車から降りて駆け寄る魔物娘たちの後ろで、アラークは鋼鉄製の剣を抜き身にしながら慎重に人影に近づいていく。
「気を付けろコレール。盗賊の罠という可能性もある」
コレールは周囲を警戒しつつ、うつ伏せに倒れている人間の体を、足で持ち上げて裏返す。
露わになった人間の顔を覗き込んだドミノは顔をひきつらせて、顔面を手で覆った。
「あちゃー、やっぱり死体だったか。半分ミイラ化してるし、放っておこうぜボス」
「そうじゃなくて! この人ゼロ=ブルーエッジでしょうが!!」
彼の傷と火傷だらけの顔面についての笑えないジョークを口走るドミノを怒鳴り付けるクリス。彼らを尻目にエミリアはゼロの口元に耳を近づけていた。
「コレールさん! この人、息があります! 何か呟いて――」
その先を言いかけたところで、エミリアはピタリと言葉を止めていた。
コレールたちは誰一人エミリアの話を聞いていなかった。血のように赤黒い砂煙が自分たちを包み込んでいるという状況に、全員が言葉を失っていたのだ。
「逃げろ……『赤い砂嵐』だ……」
ゼロ=ブルーエッジの口から、今度ははっきりと言葉が発せられた。
――第35話に続く。
20/07/28 01:25更新 / SHAR!P
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