第33話「賢者の森@」
魔王軍の野営地を発ったコレールたち一行は、ウィルザード唯一にして最大の森林地帯、通称「賢者の森」の中を進んでいた。
コレールたちがこれまで集めた情報によると、そこはウィルザードに古来から住むエルフたちの縄張りであると同時に、魂の宝玉発祥の地であるということである。
「(踏むのは雑草だけ……枝を折らないように……)」
「おいクリス」
エルフの縄張りを歩く上での注意を頭の中で繰り返しなが進むクリスの後ろから、ドミノが呼び掛ける。
「なに? 大事な話じゃないなら落ち着いてから――」
「いいや、大事な話だ。今すぐ話したい」
「……分かった。続けて」
いつになく真剣な声色で続けるドミノに、クリスは真面目な面持ちで応える。
「お前……いつになったらアラークの親父とセックスするんだ?」
クリスは後少しで、足元の水溜まりに顔面から突っ込むところだった。
「ななななに言ってんのよ!! 大事な話だって言ったじゃない!」
顔を真っ赤にして、尻尾を毛羽立たせるクリス。
「だから大事な話だろ。で? いつになったらヤるんだ?」
「そんなの私とアラークの間の個人的な話でしょうが!」
「あのなぁ……最近あいつの様子がおかしいんだよ! 真顔で俺の尻を見つめてきて……俺のケツ安全のためにもとっととあいつの欲求不満を解消してくれよ!」
「心配しすぎよ! いくら溜まってたって男の貴方とエッチするわけないでしょ!」
「お前……聞いてないのか? 親父の奴、サンリスタルに来る前に金欠で散々困った挙句、物好きな貴族のおっさんと――」
「いいから! それ以上聞きたくないっての!」
「思ったより悪くはなかったって――」
「だから黙りなさいってば!」
「『先輩、童貞より先に処女を失うかもね』」
「パル、てめえぶっ殺すぞ!?」
「おい……」
クリス、ドミノ、パルムの三人が前を見ると、眉間に皺を寄せたコレールと、生々しい内容の話に引き気味のエミリアが立っていた。
「ご、ごめんなさいコレール……エルフの縄張りでは静かにするっていう約束だったわね?」
「いや、そうじゃなくて……アラークはどこだ?」
「え?」
クリスが見回すと、確かにコレールの言う通り、アラークの姿が見当たらない。
「さっきまで一緒にいたのに……あいつが迷子になるなんて、考えにくいよな」
「た、大変! すぐに探さないと!」
最悪の事態を想像したクリスは、すぐさま歩いてきた道を戻って、アラークの行方を捜し始めた。
――――――――――――――
「だ、だめだよお姉ちゃん……私たち姉妹で、女の子同士なんだよ……?」
賢者の森の茂みの奥で、一人のエルフの少女がもう一人のエルフの少女に押し倒されていた。
「う、うるさいわね……大体、貴女が可愛すぎるのがいけないのよ……!」
姉妹の姉らしきエルフはそう言って妹の体を優しく愛撫する。
「お、お姉ちゃん……」
妹エルフは未知の感覚に顔を火照らせながら、身もだえする。
「か、覚悟しなさい。もう私無しじゃ生きられない体に――」
ガサッ
「はっ!」
茂みが揺れる音に振り向いた姉エルフが目にしたのは、灰色の髪をした壮年の人間の男の姿だった。
「(うう……まずい……きっとこの男は、私たち姉妹にエッチなことを……)」
「……早続」
「……へ?」
男の口から出てきた不可解な響きの言葉に、姉エルフは奇妙な声をあげてしまった。
「我不邪魔。姉妹百合性交超尊! 我完全勃起! 光景眼刻!」
「お姉ちゃん、何この人……怖い……」
妹エルフがひきつった顔で呟いた直後、男の背後で小さな影が蠢いた。
ガツン!
「ごめんなさいね〜♪ おほほほ……」
男の後頭部を魔杖でガツンと殴った白毛の猫の獣人は、エルフの姉妹が唖然とした表情で見送る中、男を引きずりながら不自然な愛想笑いでその場を離れるのだった。
―――――――――――――――――――
「この大バカ! 敵に襲われたかと思ったじゃないの! 何で寄り道なんかしてんのよ!」
「いや……このご時世、ああゆうのは金払ってもなかなか見れるもんじゃないし……」
クリスはアラークに怒声を浴びせつつも、仲間たちと共に賢者の森の中を進んでいく。
「止まれ。誰かいる」
先頭をいくコレールが皆をその場に静止させると、前方の少し開けた空間
に眼を向けた。
「凄く可愛いよ、ミク……」
「は、恥ずかしいよエリ……」
「また女同士かよ……ここに住むエルフは一体どうなってんだ?」
「いや、よく見ろドミノ。あのカップル……片方は男だ」
コレールに言われたドミノが改めて二人のエルフをじっくりと観察すると、
確かに片方のエルフは女性ものの衣服を身に付けてはいるが、その体つきは確かに少年のそれに近しかった。
「猶更業が深いじゃねえか……」
「完全勃起」
「うっせぇ親父! 大体その言葉何なんだよ!?」
「知らないのか? 霧の大陸の言語だ(大嘘)。興奮するとつい出てきてしまってな……」
「……マジで?」
「ちょっと! 誰か来たわよ!」
クリスのつぶやきに、皆が一斉にエルフのカップルの方に目を向けた。
「おやおやエルフの遺跡を物色しに来たら……随分楽しそうなことしてんじゃねえか」
「に、人間……近づかないでください!」
「女同士で乳繰り合うより、俺の方がずっと気持ち良くしてやれるぜ、お嬢さんたちよぉ?」
いかにもガラの悪そうな男が、二人だけの空間にズカズカと足を踏み入れてくる。
「(まずいことになったわね……アラーク、ドミノを――)」
「(ステイステイ。まだだまだだ)」
「(ありがとう。さすがに対応が早いわね)」
クリスが視線を向けた先では、今にも男を叩きのめしに飛び出しそうなコレール、ドミノ、パルムの三人を、アラークが両腕を広げて制止していた。
「(ここはもう森の中心部に近い。下手に騒ぎを起こしてエルフたちを刺激するわけには――)」
「ってお前よく見ると男じゃねえか! あっちいってな気持ちわりい!」
男はイラついた様子で男の娘エルフの肩を突き飛ばす。
「今だ行け! ゴーゴーゴーゴー! 骨も残すな!!」
その直後にアラークがGOサインを出したことで、コレールたちは一斉に男の方へと飛び掛かった。
「ゴーしちゃ駄目でしょうがーっ!!」
クリスの叫びも虚しく、三人の奇襲を受けたチンピラはなすすべなくボコボコにされるのであった。
―――――――――――――――――――
「ハーレルヤ♪ ハーレルヤ♪」
「ドミノさん! それ以上は死んじゃいます!」
讃美歌を歌いながら、既に意識のないチンピラの顔を殴り続けるドミノを、なんとか止めようとするエミリア。
その横では目の前の惨状にドン引きしているエルフのカップルたちへのフォローをしようと、アラークが話しかけていた。
「酷いと思うかい? でもあの男は5000の人を殺し、1億ゴールド分の財宝を盗み、メイドとセックスする時はカチューシャはおろか、黒ストッキングまで脱がしてからことに及ぶ、稀代の大悪人なんだよ……」
その隣ではとうとう心の折れたクリスが頭を抱えて座り込んでいた。
「どうしたクリス。頭痛でもするのか?」
その様子を見たコレールが心配そうに声をかける。
「当たり前でしょ! エルフの縄張りのど真ん中でこんなバカ騒ぎをして!」
「そんなに気を揉むなって。あのエルフのカップルを助けられたことだし、連中に見つかってもそんな悪い印象はみ”ッッ」
言葉の途中で謎の音節を漏らしたコレールの尻を見てみると、そこには一本の矢が刺さっていた。
「ごめんクリス。正しいのはお前の方だったよ」
そう言い終えるとそのままの表情とポーズでその場に倒れ伏す。
「伏せて!!」
クリスが叫ぶと同時に、四方八方から弓矢と魔法弾が雨あられと襲い掛かってくる。
エルフのホームグラウンドである森の中で包囲、先制攻撃された以上、こちらからの反撃などできるはずもない。
コレールたちは、先ほど助けたエルフのカップルたちと一緒になって地面に伏せ、攻撃が止むのを待つことしか出来なかった(ドミノは例外で、『がんばれゼロ=ブルーエッジ二号!』と叫びながらチンピラを盾にして、ずりずりと安全地帯へ逃げこもうとしていた)。
「ちょっと待ってみんな、お願い! 攻撃を止めて!」
森の奥の方から叫び声が響き、その直後にエルフたちの攻撃の手が止まる。
「やっぱり……パルム! コレール! みんな生きてたのね!」
薄汚れた作業服にゴーグルという一般的なエルフのそれとはかけ離れた、しかし彼女らしい服装のペリコが森の奥から飛び出してきて、弟の体をぎゅっと抱きしめた。
――――――――――――
ペリコが住んでいる家屋は、他のエルフたちのそれと同様、巨大な樹木のうろの内部に造られた代物だった。
しかしその樹木の上部を見ると、煙突から派手な色の煙を吹き上げている、工房の様な建築物が枝に支えられて乗っかっているのが、その他のエルフの家屋とは大きく異なる点である。
「さぁさぁどうぞ! 寛いでいって!」
ペリコはコレールたちを最も大きな部屋の敷物の上に座らせると、どぎつい緑色の飲み物を彼女たちに振る舞い始めた。
「ねぇペリコ。あの工房って……」
「あぁ、あれはね、私の秘密の工房! あの中で錬金術や魔法薬を作り出したり、ドワーフの細工を研究したりしてるの! 最近はグレムリンの絡繰りなんかもいじってるかな」
クリスの問いに対して自慢げに語り始めるペリコ。
「あっ、言っておくけど勝手に中に入ったりしないでね。無闇にそこら辺のものを弄くったりしたら、何が爆発するか分からな――」
けたたましい爆音と共に、大木の家の中がぐらぐらと揺れる。
「……まぁ、何もしなくても爆発する時はあるけどね」
―――――――――――――――――――――
「ペリコ。こいつを見てくれ」
コレールが眼前の床に座って魂の宝玉を並べると、ペリコは信じられないと言う顔つきで3つの宝玉を見渡した。
「嘘でしょ。これって……」
「『魂の宝玉』だ。私たちはこれらに関する情報を求めて、賢者の森まで来たんだ」
ペリコは戸惑いながらも宝玉を手に取ってあらゆる方向から見渡すと、コレールたちが今まで見たことのないような、深刻な表情で口を開いた。
「……『魂の宝玉』の逸話は、賢者の森のエルフならみんな知ってるわ。けど、宝玉の原石は私たちのご先祖が、その更に先祖と交信するために使っていた、森の大岩なの。当時はエルフたちとウィルザード王朝の人間との間でしょっちゅう小競合いが起きてたんだけど、最終的に和平を結んだ際に、友好の証として原石の一部が、当時のウィルザード国王の手に渡ったらしいわ」
「それを元にして作られたのが、『魂の宝玉』ってことね」
クリスがペリコの言葉尻に付け加える。
「ええ。魂の宝玉そのものはエルフじゃなくて人間の手によって作られたものだから、私たちがどうこうすることは難しいわ。でも、王都になら魂の宝玉に関する資料が残っているはずよ。作り方から……壊し方まで」
「えっ、壊すの?」
大人しく話を聞いていたドミノが、ペリコの「壊し方」という言葉に反応した。
「流石にそれはもったいないぜボス。壊すぐらいなら俺にくれよ。悪い使い方はしないからさ」
「貴方は悪い使い方しか考えないでしょ!!」
「というより宝玉が壊れたら、ベントさんたちは死んでしまうのではないですか……?」
「気にするな娘よ。むしろ今まで生きてた方がおかしいのだ」
「えっ、私あんま死にたくないんですけド……」
「そもそも宝玉に魂をとらわれたこの状態を、『生きている』と定義できるかどうかよね」
ドミノに食って掛かるクリスやエミリアをフォローするヘリックスたちをよそに、コレールは無言で自分の腕を見つめていた。
「……コレール? 大丈夫?」
様子のおかしいコレールに、不安げな表情で呼びかけるぺリコ。
「……ああ。そうだな。砂の王冠も魂の宝玉も、この世にあってはならないものだ」
コレールはぽつりと呟いて宝玉をしまうと、ぺリコに向かって引き締まった表情で口を開いた。
「ペリコ、私は宝玉も王冠も全て破壊するつもりだ。だから何でも良い。残りの魂の宝玉がある場所について、心当たりがあったら教えてくれ」
「ありがとうコレール。……宝玉のことなんだけど、ちょっと面倒くさいことになると思う」
ペリコはそう言うと立ち上がり、テーブルの上に置かれていた新聞を手に取って、床に広げた。
「この新聞、私が森に戻る少し前に手に入れた物よ」
新聞の三面記事を目にしたコレールは、顎先に指を当てて低いうなり声を上げた。
「成程……これは確かに面倒くさいことになりそうだ」
――第34話に続く。
コレールたちがこれまで集めた情報によると、そこはウィルザードに古来から住むエルフたちの縄張りであると同時に、魂の宝玉発祥の地であるということである。
「(踏むのは雑草だけ……枝を折らないように……)」
「おいクリス」
エルフの縄張りを歩く上での注意を頭の中で繰り返しなが進むクリスの後ろから、ドミノが呼び掛ける。
「なに? 大事な話じゃないなら落ち着いてから――」
「いいや、大事な話だ。今すぐ話したい」
「……分かった。続けて」
いつになく真剣な声色で続けるドミノに、クリスは真面目な面持ちで応える。
「お前……いつになったらアラークの親父とセックスするんだ?」
クリスは後少しで、足元の水溜まりに顔面から突っ込むところだった。
「ななななに言ってんのよ!! 大事な話だって言ったじゃない!」
顔を真っ赤にして、尻尾を毛羽立たせるクリス。
「だから大事な話だろ。で? いつになったらヤるんだ?」
「そんなの私とアラークの間の個人的な話でしょうが!」
「あのなぁ……最近あいつの様子がおかしいんだよ! 真顔で俺の尻を見つめてきて……俺のケツ安全のためにもとっととあいつの欲求不満を解消してくれよ!」
「心配しすぎよ! いくら溜まってたって男の貴方とエッチするわけないでしょ!」
「お前……聞いてないのか? 親父の奴、サンリスタルに来る前に金欠で散々困った挙句、物好きな貴族のおっさんと――」
「いいから! それ以上聞きたくないっての!」
「思ったより悪くはなかったって――」
「だから黙りなさいってば!」
「『先輩、童貞より先に処女を失うかもね』」
「パル、てめえぶっ殺すぞ!?」
「おい……」
クリス、ドミノ、パルムの三人が前を見ると、眉間に皺を寄せたコレールと、生々しい内容の話に引き気味のエミリアが立っていた。
「ご、ごめんなさいコレール……エルフの縄張りでは静かにするっていう約束だったわね?」
「いや、そうじゃなくて……アラークはどこだ?」
「え?」
クリスが見回すと、確かにコレールの言う通り、アラークの姿が見当たらない。
「さっきまで一緒にいたのに……あいつが迷子になるなんて、考えにくいよな」
「た、大変! すぐに探さないと!」
最悪の事態を想像したクリスは、すぐさま歩いてきた道を戻って、アラークの行方を捜し始めた。
――――――――――――――
「だ、だめだよお姉ちゃん……私たち姉妹で、女の子同士なんだよ……?」
賢者の森の茂みの奥で、一人のエルフの少女がもう一人のエルフの少女に押し倒されていた。
「う、うるさいわね……大体、貴女が可愛すぎるのがいけないのよ……!」
姉妹の姉らしきエルフはそう言って妹の体を優しく愛撫する。
「お、お姉ちゃん……」
妹エルフは未知の感覚に顔を火照らせながら、身もだえする。
「か、覚悟しなさい。もう私無しじゃ生きられない体に――」
ガサッ
「はっ!」
茂みが揺れる音に振り向いた姉エルフが目にしたのは、灰色の髪をした壮年の人間の男の姿だった。
「(うう……まずい……きっとこの男は、私たち姉妹にエッチなことを……)」
「……早続」
「……へ?」
男の口から出てきた不可解な響きの言葉に、姉エルフは奇妙な声をあげてしまった。
「我不邪魔。姉妹百合性交超尊! 我完全勃起! 光景眼刻!」
「お姉ちゃん、何この人……怖い……」
妹エルフがひきつった顔で呟いた直後、男の背後で小さな影が蠢いた。
ガツン!
「ごめんなさいね〜♪ おほほほ……」
男の後頭部を魔杖でガツンと殴った白毛の猫の獣人は、エルフの姉妹が唖然とした表情で見送る中、男を引きずりながら不自然な愛想笑いでその場を離れるのだった。
―――――――――――――――――――
「この大バカ! 敵に襲われたかと思ったじゃないの! 何で寄り道なんかしてんのよ!」
「いや……このご時世、ああゆうのは金払ってもなかなか見れるもんじゃないし……」
クリスはアラークに怒声を浴びせつつも、仲間たちと共に賢者の森の中を進んでいく。
「止まれ。誰かいる」
先頭をいくコレールが皆をその場に静止させると、前方の少し開けた空間
に眼を向けた。
「凄く可愛いよ、ミク……」
「は、恥ずかしいよエリ……」
「また女同士かよ……ここに住むエルフは一体どうなってんだ?」
「いや、よく見ろドミノ。あのカップル……片方は男だ」
コレールに言われたドミノが改めて二人のエルフをじっくりと観察すると、
確かに片方のエルフは女性ものの衣服を身に付けてはいるが、その体つきは確かに少年のそれに近しかった。
「猶更業が深いじゃねえか……」
「完全勃起」
「うっせぇ親父! 大体その言葉何なんだよ!?」
「知らないのか? 霧の大陸の言語だ(大嘘)。興奮するとつい出てきてしまってな……」
「……マジで?」
「ちょっと! 誰か来たわよ!」
クリスのつぶやきに、皆が一斉にエルフのカップルの方に目を向けた。
「おやおやエルフの遺跡を物色しに来たら……随分楽しそうなことしてんじゃねえか」
「に、人間……近づかないでください!」
「女同士で乳繰り合うより、俺の方がずっと気持ち良くしてやれるぜ、お嬢さんたちよぉ?」
いかにもガラの悪そうな男が、二人だけの空間にズカズカと足を踏み入れてくる。
「(まずいことになったわね……アラーク、ドミノを――)」
「(ステイステイ。まだだまだだ)」
「(ありがとう。さすがに対応が早いわね)」
クリスが視線を向けた先では、今にも男を叩きのめしに飛び出しそうなコレール、ドミノ、パルムの三人を、アラークが両腕を広げて制止していた。
「(ここはもう森の中心部に近い。下手に騒ぎを起こしてエルフたちを刺激するわけには――)」
「ってお前よく見ると男じゃねえか! あっちいってな気持ちわりい!」
男はイラついた様子で男の娘エルフの肩を突き飛ばす。
「今だ行け! ゴーゴーゴーゴー! 骨も残すな!!」
その直後にアラークがGOサインを出したことで、コレールたちは一斉に男の方へと飛び掛かった。
「ゴーしちゃ駄目でしょうがーっ!!」
クリスの叫びも虚しく、三人の奇襲を受けたチンピラはなすすべなくボコボコにされるのであった。
―――――――――――――――――――
「ハーレルヤ♪ ハーレルヤ♪」
「ドミノさん! それ以上は死んじゃいます!」
讃美歌を歌いながら、既に意識のないチンピラの顔を殴り続けるドミノを、なんとか止めようとするエミリア。
その横では目の前の惨状にドン引きしているエルフのカップルたちへのフォローをしようと、アラークが話しかけていた。
「酷いと思うかい? でもあの男は5000の人を殺し、1億ゴールド分の財宝を盗み、メイドとセックスする時はカチューシャはおろか、黒ストッキングまで脱がしてからことに及ぶ、稀代の大悪人なんだよ……」
その隣ではとうとう心の折れたクリスが頭を抱えて座り込んでいた。
「どうしたクリス。頭痛でもするのか?」
その様子を見たコレールが心配そうに声をかける。
「当たり前でしょ! エルフの縄張りのど真ん中でこんなバカ騒ぎをして!」
「そんなに気を揉むなって。あのエルフのカップルを助けられたことだし、連中に見つかってもそんな悪い印象はみ”ッッ」
言葉の途中で謎の音節を漏らしたコレールの尻を見てみると、そこには一本の矢が刺さっていた。
「ごめんクリス。正しいのはお前の方だったよ」
そう言い終えるとそのままの表情とポーズでその場に倒れ伏す。
「伏せて!!」
クリスが叫ぶと同時に、四方八方から弓矢と魔法弾が雨あられと襲い掛かってくる。
エルフのホームグラウンドである森の中で包囲、先制攻撃された以上、こちらからの反撃などできるはずもない。
コレールたちは、先ほど助けたエルフのカップルたちと一緒になって地面に伏せ、攻撃が止むのを待つことしか出来なかった(ドミノは例外で、『がんばれゼロ=ブルーエッジ二号!』と叫びながらチンピラを盾にして、ずりずりと安全地帯へ逃げこもうとしていた)。
「ちょっと待ってみんな、お願い! 攻撃を止めて!」
森の奥の方から叫び声が響き、その直後にエルフたちの攻撃の手が止まる。
「やっぱり……パルム! コレール! みんな生きてたのね!」
薄汚れた作業服にゴーグルという一般的なエルフのそれとはかけ離れた、しかし彼女らしい服装のペリコが森の奥から飛び出してきて、弟の体をぎゅっと抱きしめた。
――――――――――――
ペリコが住んでいる家屋は、他のエルフたちのそれと同様、巨大な樹木のうろの内部に造られた代物だった。
しかしその樹木の上部を見ると、煙突から派手な色の煙を吹き上げている、工房の様な建築物が枝に支えられて乗っかっているのが、その他のエルフの家屋とは大きく異なる点である。
「さぁさぁどうぞ! 寛いでいって!」
ペリコはコレールたちを最も大きな部屋の敷物の上に座らせると、どぎつい緑色の飲み物を彼女たちに振る舞い始めた。
「ねぇペリコ。あの工房って……」
「あぁ、あれはね、私の秘密の工房! あの中で錬金術や魔法薬を作り出したり、ドワーフの細工を研究したりしてるの! 最近はグレムリンの絡繰りなんかもいじってるかな」
クリスの問いに対して自慢げに語り始めるペリコ。
「あっ、言っておくけど勝手に中に入ったりしないでね。無闇にそこら辺のものを弄くったりしたら、何が爆発するか分からな――」
けたたましい爆音と共に、大木の家の中がぐらぐらと揺れる。
「……まぁ、何もしなくても爆発する時はあるけどね」
―――――――――――――――――――――
「ペリコ。こいつを見てくれ」
コレールが眼前の床に座って魂の宝玉を並べると、ペリコは信じられないと言う顔つきで3つの宝玉を見渡した。
「嘘でしょ。これって……」
「『魂の宝玉』だ。私たちはこれらに関する情報を求めて、賢者の森まで来たんだ」
ペリコは戸惑いながらも宝玉を手に取ってあらゆる方向から見渡すと、コレールたちが今まで見たことのないような、深刻な表情で口を開いた。
「……『魂の宝玉』の逸話は、賢者の森のエルフならみんな知ってるわ。けど、宝玉の原石は私たちのご先祖が、その更に先祖と交信するために使っていた、森の大岩なの。当時はエルフたちとウィルザード王朝の人間との間でしょっちゅう小競合いが起きてたんだけど、最終的に和平を結んだ際に、友好の証として原石の一部が、当時のウィルザード国王の手に渡ったらしいわ」
「それを元にして作られたのが、『魂の宝玉』ってことね」
クリスがペリコの言葉尻に付け加える。
「ええ。魂の宝玉そのものはエルフじゃなくて人間の手によって作られたものだから、私たちがどうこうすることは難しいわ。でも、王都になら魂の宝玉に関する資料が残っているはずよ。作り方から……壊し方まで」
「えっ、壊すの?」
大人しく話を聞いていたドミノが、ペリコの「壊し方」という言葉に反応した。
「流石にそれはもったいないぜボス。壊すぐらいなら俺にくれよ。悪い使い方はしないからさ」
「貴方は悪い使い方しか考えないでしょ!!」
「というより宝玉が壊れたら、ベントさんたちは死んでしまうのではないですか……?」
「気にするな娘よ。むしろ今まで生きてた方がおかしいのだ」
「えっ、私あんま死にたくないんですけド……」
「そもそも宝玉に魂をとらわれたこの状態を、『生きている』と定義できるかどうかよね」
ドミノに食って掛かるクリスやエミリアをフォローするヘリックスたちをよそに、コレールは無言で自分の腕を見つめていた。
「……コレール? 大丈夫?」
様子のおかしいコレールに、不安げな表情で呼びかけるぺリコ。
「……ああ。そうだな。砂の王冠も魂の宝玉も、この世にあってはならないものだ」
コレールはぽつりと呟いて宝玉をしまうと、ぺリコに向かって引き締まった表情で口を開いた。
「ペリコ、私は宝玉も王冠も全て破壊するつもりだ。だから何でも良い。残りの魂の宝玉がある場所について、心当たりがあったら教えてくれ」
「ありがとうコレール。……宝玉のことなんだけど、ちょっと面倒くさいことになると思う」
ペリコはそう言うと立ち上がり、テーブルの上に置かれていた新聞を手に取って、床に広げた。
「この新聞、私が森に戻る少し前に手に入れた物よ」
新聞の三面記事を目にしたコレールは、顎先に指を当てて低いうなり声を上げた。
「成程……これは確かに面倒くさいことになりそうだ」
――第34話に続く。
18/11/04 13:27更新 / SHAR!P
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