第27話「リディーマーズA」
「くそぉっ!」
ギャングの一人が突き出した剣を、身を翻してかわすコレール。突き出された手首を掴んで男の肘をへし折ると、男は悲鳴をあげて地面の上をのたうち回った。
「くそっ、なんてリザードマンだ! 剣も持たずに……!」
コレールの足元には既に何人もの兵士やギャングの体が転がっており、対峙する他の連中たちの腰もすっかり引けていた。
「来ないならこっちからいくぞ? クリス!」
ちょうどギャングの一人を衝撃波で吹き飛ばしたクリスが振り向き様に魔杖を振り下ろし、巨大な氷塊を出現させる。
その氷塊に向けてコレールは構えをとると、体全体を使った渾身の回し蹴りを打ち放った。
「おい、逃げろ!」
兵士の一人がその意図に気づいた時には手遅れで、無数の氷の礫が集団に襲いかかり、男たちを薙ぎ倒していく。
「一人ずつかかろうとするな! 大勢で一斉にかかれ!」
見かねたバトリークの指示にしたがって、3人の兵士がコレールの体に組んでかかる。何人かのギャングも兵士に続いてコレールを金物屋の方へと押し出し始めた。
「放せい!」
コレールは組付いてくる兵士の一人の背中に何度も肘打ちを振り下ろすが、皮の鎧越しの、それも背中では致命的なダメージを与えることはできない。
「コレール! ――あっ!」
隙を見せたクリスに兵士の剣が振り下ろされるが、彼女は寸でのところで魔杖を使いこれを受け止める。
「うおおっ!」
耳障りな金属音を立ててコレールの体が金物屋に突っ込んだ。がらくた越しに止めを刺そうと兵士とギャングたちが各々の武器を構えてコレールににじり寄る。
バコォンッ!!
「ぶぎゃっ!」
「何いっ!」
コレールは槍を突き刺そうと飛びかかった兵士の顔面を、咄嗟に右手で握りしめていたフライパンでぶん殴った。
慌てた兵士の突き出した剣先も左手のフライパンで逸らし、そのまま脳天に叩きつけて気絶させる。
一斉にナイフを突き刺そうとしたギャングたちも、思っていた以上に頑丈なフライパンで攻撃を防がれ、瞬く間に叩きのめされていく。
「ぐおっ!?」
兵士の一人が背後からメイスで殴り掛かろうとしたが、コレールは身をかがめて横薙ぎの攻撃をかわし、男の脛にフライパンで強力な一撃を喰らわせる。
バコッ!
バコッ!
バコッ!
バコッ!
バコッ!
激痛に思わず膝をついた兵士の顔面に対して、コレールは無慈悲なフライパン往復ビンタを喰らわせてから、地面に蹴り倒した。
コレールから少し離れた場所では、クリスがアラークと共に互いの背中を守りながら押し寄せる敵を捌いていた。
「このっ!」
兵士の振り下ろした斧を魔杖の柄で受けとめ、刃を食い込ませたまま杖を回し、体勢を崩した兵士の腹部に衝撃波を叩き込む。横から襲いかかるギャングたちの攻撃は魔法を使うまでもなく、巧みな杖さばきであしらっていた。
「魔術師! あの猫を何とかしろ!」
バトリークに発破をかけられた数人の魔術師が、クリスに向かって魔法封印の術をかける。素早い詠唱で封印の術を解いたクリスだったが、その一瞬の隙を突いて兵士の一人が斬りかかろうとした。
「クリス!」
アラークはすかさず側にいたギャングの顔面に頭突きをかまして捕まえると、ナイフを握ったままのその男の体を兵士の方に向けて背中を蹴飛ばした。
「ぐええっ!」
背中を蹴られた勢いで兵士の体にぶつかったギャングの男は、ナイフを兵士の太股に刺してしまい、そのまま二人揃って地面へと倒れ込む。
「調子はどうだ、クリス?」
「ありがとう。でも心配ご無用よ」
手を差し伸べてくるアラークに向かって、クリスは毅然とした態度でムッと胸を張った。
「くそ……たった4人にどうしてこんなに苦戦するんだ! とっととけりをつけるぞ!」
そう叫ぶ兵士の眼前の地面に一本の弓矢が突き刺さり、威嚇する蛇の様な音をたてる。
兵士がその正体に気づく前に矢にくくりつけられていた爆薬が炸裂し、爆風で空中に投げ出された兵士たちの姿を見た野次馬たちの中から歓声があがった。
「どいつもこいつも役立たずのカカシばかり……ラグノフ、デカルト! 二人とも行くんだ!」
バトリークの命令を受けて、全身を甲冑で覆った二人の兵士――1人はかなりの大柄で、もう1人は小柄な体格である――が彼の側から離れ、前線へと向かっていく。
「ハーン! お前も凍ってないで少しは働け! お前1人に一体幾ら払ってると思っているんだ!」
バトリークの言葉に呼応するかのようにハーンの体を覆っていた氷にヒビが入り、氷塊の中から湾曲した刃のカランビットを両手に握ったハーンが姿を表した。
「たっく、うるせえな……」
ぶつぶつと愚痴を呟きながら、兵士やギャングたち相手に大立ち回りを演じるコレールに歩み寄るアスラン。
「ボス、後ろだ!」
ドミノの声に振り向いたコレールは振り上げられた刃を目にし、咄嗟に右手を上げて自身の首筋を庇う。
「さて……少しは消耗してくれたかな?」
的確に頸動脈を狙った刃が硬い鱗に覆われた掌を貫通し、赤黒い鮮血が吹き出した。
―――――――――
「あぁ、無事で良かった! 皆さん、こっちです!」
荷車を引くカナリとヴィンセントを見つけたエミリアが、二人の元へわたわたと走り寄ってきた。
「すぐにスラム街から出ましょう! 私も後ろから荷車を押して手伝います!」
エミリアはそう言うと書籍が積まれた荷車の背後に回り、後ろから全力で押し出し始める。
「えっ? ちょっと……エミリア、すごい力!」
「ホブゴブリンは俊敏じゃないが、腕力そのものは普通のゴブリンの比じゃない。これくらいの重さなら朝飯前だろう」
驚くカナリに対して冷静に分析をするヴィンセント。
エミリアの助力でかなり軽くなった荷車を引いて、カナリたちは全速力でスラムの外へと向かっていく。
「待て! その荷車を置いていけ!」
「ちっ……カナリ。エミリアと一緒に本を頼む。俺は奴らを食い止めておく」
「……分かった。無茶はしないでね」
ヴィンセントは一度だけ頷くと荷車から手を放し、後ろから追いかけてきた兵士たちへ立ち向かっていった。
どうにか街の中心部へとたどり着いたカナリたちの元に、3人組の衛兵が駆け寄ってくる。
「市民からの通報を受けたぞ! 君たち、大丈夫か?」
衛兵の姿を目にしたエミリアは安心して荷車の動きを止めて、大きく手を振った。
「ああよかった! 衛兵さんが来てくれました!」
「お願いです! この荷車に積まれた本を図書館まで持っていって、保護してください!」
「ああ分かった館長。事情はよく呑み込めないが、取り合えず貴女も安全なところまで――うぐっ!?」
リンリンと話していた衛兵がうめき声と共にその場に崩れ落ちる。彼の後ろには剣を抜きだした二人の衛兵が立っていた。
「悪いな同胞。バトリークにはけっこうな額を積まれているんだ」
「そんな! 貴方たちまでバトリークに買収されて……!」
「よし、領主が出張ってくる前に片付けよう」
衛兵はカナリの言葉には耳を貸さずに、彼女の腕を掴んで荷車から引き離そうとする。それを見たエミリアは反射的にその男の体を突き飛ばした。
「離してください!」
ドガッ!
エミリアに押された衛兵の体は一瞬で真横から吹き飛ばされ、そのまま家屋に突っ込んで動かなくなった。
「あ……ごめんなさい……」
エミリアは思わずひっくり返った衛兵の体に向かって丁寧に謝罪の意を表す。
「お……このガキっ!」
残されたもう一人の衛兵は5秒ほど言葉を失っていたが、すぐに自分を取り戻して目の前のホブゴブリンに斬りかかろうとする。
「……えっ……?」
が、その剣を振り下ろそうとする前に、衛兵は自分の体が重力を失ったかのように宙に浮いていることに気が付いた。
「がっ! ごっ! びっ!」
エミリアとカナリが呆然としている前で男の体は2度、3度と地面に叩きつけられ、先ほどエミリアに突き飛ばされた衛兵と同じように真横へと吹っ飛び、そのまま仲間と仲良く地面に転がって動かなくなった。
「相変わらず騒ぎに首突っ込むのが好きだな、カナリ?」
「フォークス!」
カナリが家屋の屋根の方に目を向けると、そこにはこの暑い日中の最中に上着を着こんだ小男が独りたたずんでいた。
「俺ぁこういう揉め事にはあんまし関わりたくないんだけどよ……まっ、あんたらのことは応援してるぜ、ちびっこ共」
「ありがとう……フォークス」
「ありがとうございます! フォークスさん!」
「本当に、ありがとうございます……!」
ちょこんとウインクするフォークスにカナリたちはお礼の言葉を告げてから、三人は図書館の方へと向かっていった。
――――――――――――――
「ひぃぃぃぃっ! 頼む! 降参するから見逃してくれ!」
「おい待てって! 足が片方しかないんじゃバランス悪いだろ! もう一本もちゃんと切り落としてやるから逃げるなよ!」
篝火広場では片方の足を切り落とされて、泣きわめきながら這いずって逃げ回るギャングをドミノが追いかけ回していた。
敢えて1人の敵を必要に痛めつけて他の敵の恐怖心をあおり、少しでも人数差の不利を少なくするという一応彼なりに考えた作戦である。
ヒュッ
ドサッ
「……ん?」
ふと右腕に冷たい感触と妙な違和感を感じたドミノは、ギャングを追い回すのをやめて自身の右腕に注意を向けた。
そこに確かにあったはずの右腕が、肘の先からきれいさっぱり無くなっていた。
「うおわあああああああ! 俺の右腕が! この人でなしぃ! ってうおっ!?」
残った方の左腕が急に上の方へと引き上げられ、そのまま足が地面につかない高さまで体ごと引き上げられる。
そこで初めてドミノは、大斧を携えた見上げるような大男が、自分の腕を掴んで持ち上げていることに気が付いた。
「やあどうも……初めまして」
「初めまして。『大斧』のドリ=ラグノフだ。さようなら」
大男はそういうとドミノの体を軽々とぶん投げて、脇の建物へグシャグシャっと音を立てて突っ込ませた。
「……」
ラグノフは無言で屋根の上から援護射撃を続けるパルムの方に視線を向けると、懐から魔法陣が刻み込まれた投げ斧を取り出し、彼に向ってブンと投げつける。
「!」
向かってくる投げ斧に気が付いたパルムはすぐさま走ってそこから離れようとしたが、投げ斧はしつこく彼の背中を追いかけ回す。
「……!!」
咄嗟に身をかがめたパルムの背中を投げ斧がすれ違いざまに薄く切り裂いていく。その時の衝撃でパルムの体は屋根から落下し、地面へと投げ出された。
「……」
パルムは自分の方へ悠々と歩み寄る大男を鋭い目つきでにらみつける。
その背中にはUターンして戻ってきた魔法の投げ斧が迫っていた。
「どけ。私がやる」
「デカルト様!」
重く鋭い両手剣を巧みに扱い、「剣の結界」とでもいうような動きで敵を寄せ付けないアラーク。この男に立ち向かうべく、全身をプレートアーマーで覆った小柄な兵士が部下を押しのけて現れた。
「はあっ!」
「むっ!」
デカルトと呼ばれた兵士は一足飛びでアラークの間合いに踏み込むと、彼の脳天めがけて剣を振り下ろす。アラークがすかさず刀身で受け止めていなければ、彼の頭蓋骨は真っ二つになっていたことだろう。
「なるほど。骨のある者もいるみたいだな」
目の前の兵士の実力を一撃で悟ったアラークは、後ろに飛んで距離を取り、一旦剣を下ろして名乗りを上げる。
「サンリスタルのアラーク=ジョーカーだ」
「お前の名前になど興味はない」
デカルトはそう吐き捨てると、再びアラークに向かって斬りかかった。
―――――――――
パルムは自身の2倍はあろうかという背丈のラグノフに向かって、真正面から走って向かっていく。
「馬鹿め。真っ二つにしてやる」
ラグノフは敵がやけくそになったのだろうと考えて自身の得物である大斧を振り上げる。例えこの攻撃が外れても、奴の背後から迫る投げ斧の刃が後頭部に直撃することは間違いない。ラグノフは自身の勝利を確信していた。
「……!」
パルムはラグノフの間合いに足を踏み入れるその瞬間、体勢を低くして、大男の股の間を潜り抜けるような姿勢でスライディングしつつ、弓を真上に構えた。
予想外の動きに対応できなかったラグノフの大斧は虚空を切り裂き、更にエルフの背中を追っていた魔法の投げ斧がそのままの軌道でラグノフの方に突っ込んでくる。
「うぐおっ!?」
ラグノフの腹部を投げ斧が直撃すると同時に、顎の下から放たれた弓矢が鎧兜に直撃し、仕込まれていた火薬が炸裂した。
「うおぉ! 熱い!」
ラグノフは鎧越しに喰らった投げ斧の衝撃に耐えつつ、火薬の爆熱で熱せられた兜を脱ぎ捨てる。
「くそったれめ……だが、今の一撃で仕留めきれなかったのがお前の運のつきだ」
露になった厳めしい顔つきをサディスティックな笑みで歪めつつ、体を起こしたパルムに向かって大斧を突き付ける。
「……何の音だ?」
やたらと大きな虫か何かが這い回るような音を耳にしたラグノフは、ふと足下に視線を向ける。
「えっ」
音の正体が明らかになると同時に、ラグノフの顔から一気に血の気が失せていた。
まるで、高熱にうなされた夜に見る悪夢のような光景だった。先ほど仕留めたはずの男の切断した右腕が指を使って這い廻り、ゴキブリのように自分の体に登っている。
それが決して幻覚の類いではなく、紛れもない現実に起こっている現象であるという事実を受け入れる前に、その右腕はラグノフの顔面にへばりついていた。
「ば、化物! 放せっあっ、あぎっ、あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「……」
「黒魔術をなめんなよ、ウジ虫野郎……」
ドミノの右腕が異様に伸びた爪でラグノフの眼球を抉り出し、瞼を引きちぎり、舌を穴だらけにするのを唖然とした様子で眺めるパルム。その横にはいつの間にか、頭から派手に流血していてフラフラのドミノが立っていた。
ガキィンッ!
「うぐっ!」
熾烈な剣撃の応酬の末に、一瞬の隙をついたアラークの一閃がデカルトの剣を弾き飛ばし、尻餅をつかせた。
そのまま魔界銀の剣で首筋を打ち据えるーーその寸前、アラークは自身の動きをピタリと止めてしまった。
「……何故斬らない!」
「君は……女性だろう?」
「……えっ?」
デカルトが慌てて鎧兜を外すと、その下から出てきたのは後ろ髪をまとめた、若く美しい女性の素顔だった。
「何故分かった?」
「体の動かし方に、男にはない特徴があったから、もしやと思ってね」
アラークは剣を下ろすと、地べたに座り込んだままのデカルトに微笑みかけながら手を伸ばした。
「良い闘いだった。さぁ、お手をどうぞ」
「……優しいのだな」
デカルトは頬を染めつつ差し出されたアラークの手を握りしめーー
「ふんっ!」
「おぉっ!?」
ーーそのまま空いてる方の腕で彼の無防備な股間を強打した。
「このっ! どちらかが! 死ぬまでが! 闘いだろう!」
「まっ! ちょっと待った! うぐおっ! これはきつい!」
下半身に走る激痛に悶絶して地面を転がり回るアラークの体を突き刺そうと、執拗に追いかけ回して剣を突き立てるデカルト。
「くっ、ちょこまかと……うわっ!」
青筋を立ててアラークに止めを刺そうとする彼女を、氷でできた無数の蝶の大群が襲う。
「調子はどうなの、アラーク」
「心配ご無用といいたいところだが……今のは流石に効いた……」
アラークは下半身を小刻みに震わせながら、差し出されたクリスの腕を握って何とかその場に立ち上がった。
「(首筋、脇腹、内腿……一撃一撃が確実に急所を狙ってやがる。こいつ、プロの殺し屋か……)」
「そらそらどうしたお嬢さん! その綺麗なお顔を切り刻んじまうぞ!」
クレイジードッグによるカランビットの連撃を片腕で捌きつつも、コレールは防戦一方の闘いを強いられていた。
「くっ!」
一先ず敵の動きを止めようと放った右足の蹴りを受け止められ、鱗で覆われていない内腿を切りつけられる。
「うぐっ……」
コレールは傷口から赤黒い血を垂れ流しながら、広場の端の方にある木箱まで後退り、もたれ掛かった。
「あんたと男共を殺したら、連れの女は両目を縫い合わせて、俺専用の性玩具にしてやるよ」
ハーンは嗤いながらコレールの髪の毛を鷲掴みにして、カランビットを喉元に突き付ける。
その瞬間を狙ってコレールは、地面に転がっているところを拾った空き瓶でハーンの耳を殴り付けた。
「いぎゃあっ!」
悲鳴を上げて、瓶の破片で切り裂かれた耳を押さえるハーンの頭を、両手で持ち上げた木箱で更に殴り付けるコレール。
地面に突っ伏したハーンの首筋を掴んで無理矢理引き起こし、追い討ちと言わんばかりに下腹部に膝蹴りを打ち込んでいく。
「うがぁぁっ!」
ハーンは怒りに任せてコレールの腕を振り払うと、彼女の肩口から腰にかけて
一気にカランビットで切り裂いた。
乾いた砂の地面に鮮血が散らばり、体勢を崩したコレールの喉を切り裂こうと、両手持ちの刃を体全体で押し込んでいくハーン。
コレールはギリギリのところでこれを受け止めると、顔面に頭突きを喰らわせて怯んだハーンからカランビットを奪い取る。
すかさず腹を裂こうと薙ぎ払ったハーンの腕を受けとめ、その腕を2度と人を斬れないようにすると言わんばかりにズタズタに切り裂いた。
「(なんでこいつ……止まらねえんだよ……!)」
激痛と怒りに歪んだハーンの顔が後ろからガシリと、掴まれ、レンガの壁に強かに打ち付けられる。
「おぉっ!」
トドメに彼の後頭部に、コレールの全力の回し蹴りが放たれる。
レンガとの板挟みになってグシャグシャになった顔面が、壁面に真っ赤な顔拓を描いていた。
「馬鹿な……三人ともやられたというのか……!」
汚い言葉を吐きながら暴れようとするデカルトを、クリスとアラークが二人がかりで縛り上げているのをみて、バトリークは愕然とした面持ちで呟いた。
「こんなことがあってーーいたっ!?」
「この国から出ていけ!」
「もう諦めろバトリーク!」
野次馬たちが投げ始めた石の1つがバトリークのハゲ頭を直撃した。コレールらの闘い振りを目撃したスラム街の住民たちはもはや完全に彼女たちの味方となり、勇気を振り絞ってならず者たちに抵抗の意を示したのだ。
「倒しても倒してもキリがないわ……このままじゃ泥沼よ!」
「知るか!(ゴボゴボ) それなら誰も動かなくなるまで痛め付けるまでだ!(ゴボゴボ)」
ドミノは口から大量の人喰いムカデを撒き散らしながら、クリスの言葉に返事をする。
だが彼の考えに反して、この闘いは唐突に、そして誰もが予想だにしなかった形で終わりを迎えることになるのであった。
ーー第27話に続く。
ギャングの一人が突き出した剣を、身を翻してかわすコレール。突き出された手首を掴んで男の肘をへし折ると、男は悲鳴をあげて地面の上をのたうち回った。
「くそっ、なんてリザードマンだ! 剣も持たずに……!」
コレールの足元には既に何人もの兵士やギャングの体が転がっており、対峙する他の連中たちの腰もすっかり引けていた。
「来ないならこっちからいくぞ? クリス!」
ちょうどギャングの一人を衝撃波で吹き飛ばしたクリスが振り向き様に魔杖を振り下ろし、巨大な氷塊を出現させる。
その氷塊に向けてコレールは構えをとると、体全体を使った渾身の回し蹴りを打ち放った。
「おい、逃げろ!」
兵士の一人がその意図に気づいた時には手遅れで、無数の氷の礫が集団に襲いかかり、男たちを薙ぎ倒していく。
「一人ずつかかろうとするな! 大勢で一斉にかかれ!」
見かねたバトリークの指示にしたがって、3人の兵士がコレールの体に組んでかかる。何人かのギャングも兵士に続いてコレールを金物屋の方へと押し出し始めた。
「放せい!」
コレールは組付いてくる兵士の一人の背中に何度も肘打ちを振り下ろすが、皮の鎧越しの、それも背中では致命的なダメージを与えることはできない。
「コレール! ――あっ!」
隙を見せたクリスに兵士の剣が振り下ろされるが、彼女は寸でのところで魔杖を使いこれを受け止める。
「うおおっ!」
耳障りな金属音を立ててコレールの体が金物屋に突っ込んだ。がらくた越しに止めを刺そうと兵士とギャングたちが各々の武器を構えてコレールににじり寄る。
バコォンッ!!
「ぶぎゃっ!」
「何いっ!」
コレールは槍を突き刺そうと飛びかかった兵士の顔面を、咄嗟に右手で握りしめていたフライパンでぶん殴った。
慌てた兵士の突き出した剣先も左手のフライパンで逸らし、そのまま脳天に叩きつけて気絶させる。
一斉にナイフを突き刺そうとしたギャングたちも、思っていた以上に頑丈なフライパンで攻撃を防がれ、瞬く間に叩きのめされていく。
「ぐおっ!?」
兵士の一人が背後からメイスで殴り掛かろうとしたが、コレールは身をかがめて横薙ぎの攻撃をかわし、男の脛にフライパンで強力な一撃を喰らわせる。
バコッ!
バコッ!
バコッ!
バコッ!
バコッ!
激痛に思わず膝をついた兵士の顔面に対して、コレールは無慈悲なフライパン往復ビンタを喰らわせてから、地面に蹴り倒した。
コレールから少し離れた場所では、クリスがアラークと共に互いの背中を守りながら押し寄せる敵を捌いていた。
「このっ!」
兵士の振り下ろした斧を魔杖の柄で受けとめ、刃を食い込ませたまま杖を回し、体勢を崩した兵士の腹部に衝撃波を叩き込む。横から襲いかかるギャングたちの攻撃は魔法を使うまでもなく、巧みな杖さばきであしらっていた。
「魔術師! あの猫を何とかしろ!」
バトリークに発破をかけられた数人の魔術師が、クリスに向かって魔法封印の術をかける。素早い詠唱で封印の術を解いたクリスだったが、その一瞬の隙を突いて兵士の一人が斬りかかろうとした。
「クリス!」
アラークはすかさず側にいたギャングの顔面に頭突きをかまして捕まえると、ナイフを握ったままのその男の体を兵士の方に向けて背中を蹴飛ばした。
「ぐええっ!」
背中を蹴られた勢いで兵士の体にぶつかったギャングの男は、ナイフを兵士の太股に刺してしまい、そのまま二人揃って地面へと倒れ込む。
「調子はどうだ、クリス?」
「ありがとう。でも心配ご無用よ」
手を差し伸べてくるアラークに向かって、クリスは毅然とした態度でムッと胸を張った。
「くそ……たった4人にどうしてこんなに苦戦するんだ! とっととけりをつけるぞ!」
そう叫ぶ兵士の眼前の地面に一本の弓矢が突き刺さり、威嚇する蛇の様な音をたてる。
兵士がその正体に気づく前に矢にくくりつけられていた爆薬が炸裂し、爆風で空中に投げ出された兵士たちの姿を見た野次馬たちの中から歓声があがった。
「どいつもこいつも役立たずのカカシばかり……ラグノフ、デカルト! 二人とも行くんだ!」
バトリークの命令を受けて、全身を甲冑で覆った二人の兵士――1人はかなりの大柄で、もう1人は小柄な体格である――が彼の側から離れ、前線へと向かっていく。
「ハーン! お前も凍ってないで少しは働け! お前1人に一体幾ら払ってると思っているんだ!」
バトリークの言葉に呼応するかのようにハーンの体を覆っていた氷にヒビが入り、氷塊の中から湾曲した刃のカランビットを両手に握ったハーンが姿を表した。
「たっく、うるせえな……」
ぶつぶつと愚痴を呟きながら、兵士やギャングたち相手に大立ち回りを演じるコレールに歩み寄るアスラン。
「ボス、後ろだ!」
ドミノの声に振り向いたコレールは振り上げられた刃を目にし、咄嗟に右手を上げて自身の首筋を庇う。
「さて……少しは消耗してくれたかな?」
的確に頸動脈を狙った刃が硬い鱗に覆われた掌を貫通し、赤黒い鮮血が吹き出した。
―――――――――
「あぁ、無事で良かった! 皆さん、こっちです!」
荷車を引くカナリとヴィンセントを見つけたエミリアが、二人の元へわたわたと走り寄ってきた。
「すぐにスラム街から出ましょう! 私も後ろから荷車を押して手伝います!」
エミリアはそう言うと書籍が積まれた荷車の背後に回り、後ろから全力で押し出し始める。
「えっ? ちょっと……エミリア、すごい力!」
「ホブゴブリンは俊敏じゃないが、腕力そのものは普通のゴブリンの比じゃない。これくらいの重さなら朝飯前だろう」
驚くカナリに対して冷静に分析をするヴィンセント。
エミリアの助力でかなり軽くなった荷車を引いて、カナリたちは全速力でスラムの外へと向かっていく。
「待て! その荷車を置いていけ!」
「ちっ……カナリ。エミリアと一緒に本を頼む。俺は奴らを食い止めておく」
「……分かった。無茶はしないでね」
ヴィンセントは一度だけ頷くと荷車から手を放し、後ろから追いかけてきた兵士たちへ立ち向かっていった。
どうにか街の中心部へとたどり着いたカナリたちの元に、3人組の衛兵が駆け寄ってくる。
「市民からの通報を受けたぞ! 君たち、大丈夫か?」
衛兵の姿を目にしたエミリアは安心して荷車の動きを止めて、大きく手を振った。
「ああよかった! 衛兵さんが来てくれました!」
「お願いです! この荷車に積まれた本を図書館まで持っていって、保護してください!」
「ああ分かった館長。事情はよく呑み込めないが、取り合えず貴女も安全なところまで――うぐっ!?」
リンリンと話していた衛兵がうめき声と共にその場に崩れ落ちる。彼の後ろには剣を抜きだした二人の衛兵が立っていた。
「悪いな同胞。バトリークにはけっこうな額を積まれているんだ」
「そんな! 貴方たちまでバトリークに買収されて……!」
「よし、領主が出張ってくる前に片付けよう」
衛兵はカナリの言葉には耳を貸さずに、彼女の腕を掴んで荷車から引き離そうとする。それを見たエミリアは反射的にその男の体を突き飛ばした。
「離してください!」
ドガッ!
エミリアに押された衛兵の体は一瞬で真横から吹き飛ばされ、そのまま家屋に突っ込んで動かなくなった。
「あ……ごめんなさい……」
エミリアは思わずひっくり返った衛兵の体に向かって丁寧に謝罪の意を表す。
「お……このガキっ!」
残されたもう一人の衛兵は5秒ほど言葉を失っていたが、すぐに自分を取り戻して目の前のホブゴブリンに斬りかかろうとする。
「……えっ……?」
が、その剣を振り下ろそうとする前に、衛兵は自分の体が重力を失ったかのように宙に浮いていることに気が付いた。
「がっ! ごっ! びっ!」
エミリアとカナリが呆然としている前で男の体は2度、3度と地面に叩きつけられ、先ほどエミリアに突き飛ばされた衛兵と同じように真横へと吹っ飛び、そのまま仲間と仲良く地面に転がって動かなくなった。
「相変わらず騒ぎに首突っ込むのが好きだな、カナリ?」
「フォークス!」
カナリが家屋の屋根の方に目を向けると、そこにはこの暑い日中の最中に上着を着こんだ小男が独りたたずんでいた。
「俺ぁこういう揉め事にはあんまし関わりたくないんだけどよ……まっ、あんたらのことは応援してるぜ、ちびっこ共」
「ありがとう……フォークス」
「ありがとうございます! フォークスさん!」
「本当に、ありがとうございます……!」
ちょこんとウインクするフォークスにカナリたちはお礼の言葉を告げてから、三人は図書館の方へと向かっていった。
――――――――――――――
「ひぃぃぃぃっ! 頼む! 降参するから見逃してくれ!」
「おい待てって! 足が片方しかないんじゃバランス悪いだろ! もう一本もちゃんと切り落としてやるから逃げるなよ!」
篝火広場では片方の足を切り落とされて、泣きわめきながら這いずって逃げ回るギャングをドミノが追いかけ回していた。
敢えて1人の敵を必要に痛めつけて他の敵の恐怖心をあおり、少しでも人数差の不利を少なくするという一応彼なりに考えた作戦である。
ヒュッ
ドサッ
「……ん?」
ふと右腕に冷たい感触と妙な違和感を感じたドミノは、ギャングを追い回すのをやめて自身の右腕に注意を向けた。
そこに確かにあったはずの右腕が、肘の先からきれいさっぱり無くなっていた。
「うおわあああああああ! 俺の右腕が! この人でなしぃ! ってうおっ!?」
残った方の左腕が急に上の方へと引き上げられ、そのまま足が地面につかない高さまで体ごと引き上げられる。
そこで初めてドミノは、大斧を携えた見上げるような大男が、自分の腕を掴んで持ち上げていることに気が付いた。
「やあどうも……初めまして」
「初めまして。『大斧』のドリ=ラグノフだ。さようなら」
大男はそういうとドミノの体を軽々とぶん投げて、脇の建物へグシャグシャっと音を立てて突っ込ませた。
「……」
ラグノフは無言で屋根の上から援護射撃を続けるパルムの方に視線を向けると、懐から魔法陣が刻み込まれた投げ斧を取り出し、彼に向ってブンと投げつける。
「!」
向かってくる投げ斧に気が付いたパルムはすぐさま走ってそこから離れようとしたが、投げ斧はしつこく彼の背中を追いかけ回す。
「……!!」
咄嗟に身をかがめたパルムの背中を投げ斧がすれ違いざまに薄く切り裂いていく。その時の衝撃でパルムの体は屋根から落下し、地面へと投げ出された。
「……」
パルムは自分の方へ悠々と歩み寄る大男を鋭い目つきでにらみつける。
その背中にはUターンして戻ってきた魔法の投げ斧が迫っていた。
「どけ。私がやる」
「デカルト様!」
重く鋭い両手剣を巧みに扱い、「剣の結界」とでもいうような動きで敵を寄せ付けないアラーク。この男に立ち向かうべく、全身をプレートアーマーで覆った小柄な兵士が部下を押しのけて現れた。
「はあっ!」
「むっ!」
デカルトと呼ばれた兵士は一足飛びでアラークの間合いに踏み込むと、彼の脳天めがけて剣を振り下ろす。アラークがすかさず刀身で受け止めていなければ、彼の頭蓋骨は真っ二つになっていたことだろう。
「なるほど。骨のある者もいるみたいだな」
目の前の兵士の実力を一撃で悟ったアラークは、後ろに飛んで距離を取り、一旦剣を下ろして名乗りを上げる。
「サンリスタルのアラーク=ジョーカーだ」
「お前の名前になど興味はない」
デカルトはそう吐き捨てると、再びアラークに向かって斬りかかった。
―――――――――
パルムは自身の2倍はあろうかという背丈のラグノフに向かって、真正面から走って向かっていく。
「馬鹿め。真っ二つにしてやる」
ラグノフは敵がやけくそになったのだろうと考えて自身の得物である大斧を振り上げる。例えこの攻撃が外れても、奴の背後から迫る投げ斧の刃が後頭部に直撃することは間違いない。ラグノフは自身の勝利を確信していた。
「……!」
パルムはラグノフの間合いに足を踏み入れるその瞬間、体勢を低くして、大男の股の間を潜り抜けるような姿勢でスライディングしつつ、弓を真上に構えた。
予想外の動きに対応できなかったラグノフの大斧は虚空を切り裂き、更にエルフの背中を追っていた魔法の投げ斧がそのままの軌道でラグノフの方に突っ込んでくる。
「うぐおっ!?」
ラグノフの腹部を投げ斧が直撃すると同時に、顎の下から放たれた弓矢が鎧兜に直撃し、仕込まれていた火薬が炸裂した。
「うおぉ! 熱い!」
ラグノフは鎧越しに喰らった投げ斧の衝撃に耐えつつ、火薬の爆熱で熱せられた兜を脱ぎ捨てる。
「くそったれめ……だが、今の一撃で仕留めきれなかったのがお前の運のつきだ」
露になった厳めしい顔つきをサディスティックな笑みで歪めつつ、体を起こしたパルムに向かって大斧を突き付ける。
「……何の音だ?」
やたらと大きな虫か何かが這い回るような音を耳にしたラグノフは、ふと足下に視線を向ける。
「えっ」
音の正体が明らかになると同時に、ラグノフの顔から一気に血の気が失せていた。
まるで、高熱にうなされた夜に見る悪夢のような光景だった。先ほど仕留めたはずの男の切断した右腕が指を使って這い廻り、ゴキブリのように自分の体に登っている。
それが決して幻覚の類いではなく、紛れもない現実に起こっている現象であるという事実を受け入れる前に、その右腕はラグノフの顔面にへばりついていた。
「ば、化物! 放せっあっ、あぎっ、あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「……」
「黒魔術をなめんなよ、ウジ虫野郎……」
ドミノの右腕が異様に伸びた爪でラグノフの眼球を抉り出し、瞼を引きちぎり、舌を穴だらけにするのを唖然とした様子で眺めるパルム。その横にはいつの間にか、頭から派手に流血していてフラフラのドミノが立っていた。
ガキィンッ!
「うぐっ!」
熾烈な剣撃の応酬の末に、一瞬の隙をついたアラークの一閃がデカルトの剣を弾き飛ばし、尻餅をつかせた。
そのまま魔界銀の剣で首筋を打ち据えるーーその寸前、アラークは自身の動きをピタリと止めてしまった。
「……何故斬らない!」
「君は……女性だろう?」
「……えっ?」
デカルトが慌てて鎧兜を外すと、その下から出てきたのは後ろ髪をまとめた、若く美しい女性の素顔だった。
「何故分かった?」
「体の動かし方に、男にはない特徴があったから、もしやと思ってね」
アラークは剣を下ろすと、地べたに座り込んだままのデカルトに微笑みかけながら手を伸ばした。
「良い闘いだった。さぁ、お手をどうぞ」
「……優しいのだな」
デカルトは頬を染めつつ差し出されたアラークの手を握りしめーー
「ふんっ!」
「おぉっ!?」
ーーそのまま空いてる方の腕で彼の無防備な股間を強打した。
「このっ! どちらかが! 死ぬまでが! 闘いだろう!」
「まっ! ちょっと待った! うぐおっ! これはきつい!」
下半身に走る激痛に悶絶して地面を転がり回るアラークの体を突き刺そうと、執拗に追いかけ回して剣を突き立てるデカルト。
「くっ、ちょこまかと……うわっ!」
青筋を立ててアラークに止めを刺そうとする彼女を、氷でできた無数の蝶の大群が襲う。
「調子はどうなの、アラーク」
「心配ご無用といいたいところだが……今のは流石に効いた……」
アラークは下半身を小刻みに震わせながら、差し出されたクリスの腕を握って何とかその場に立ち上がった。
「(首筋、脇腹、内腿……一撃一撃が確実に急所を狙ってやがる。こいつ、プロの殺し屋か……)」
「そらそらどうしたお嬢さん! その綺麗なお顔を切り刻んじまうぞ!」
クレイジードッグによるカランビットの連撃を片腕で捌きつつも、コレールは防戦一方の闘いを強いられていた。
「くっ!」
一先ず敵の動きを止めようと放った右足の蹴りを受け止められ、鱗で覆われていない内腿を切りつけられる。
「うぐっ……」
コレールは傷口から赤黒い血を垂れ流しながら、広場の端の方にある木箱まで後退り、もたれ掛かった。
「あんたと男共を殺したら、連れの女は両目を縫い合わせて、俺専用の性玩具にしてやるよ」
ハーンは嗤いながらコレールの髪の毛を鷲掴みにして、カランビットを喉元に突き付ける。
その瞬間を狙ってコレールは、地面に転がっているところを拾った空き瓶でハーンの耳を殴り付けた。
「いぎゃあっ!」
悲鳴を上げて、瓶の破片で切り裂かれた耳を押さえるハーンの頭を、両手で持ち上げた木箱で更に殴り付けるコレール。
地面に突っ伏したハーンの首筋を掴んで無理矢理引き起こし、追い討ちと言わんばかりに下腹部に膝蹴りを打ち込んでいく。
「うがぁぁっ!」
ハーンは怒りに任せてコレールの腕を振り払うと、彼女の肩口から腰にかけて
一気にカランビットで切り裂いた。
乾いた砂の地面に鮮血が散らばり、体勢を崩したコレールの喉を切り裂こうと、両手持ちの刃を体全体で押し込んでいくハーン。
コレールはギリギリのところでこれを受け止めると、顔面に頭突きを喰らわせて怯んだハーンからカランビットを奪い取る。
すかさず腹を裂こうと薙ぎ払ったハーンの腕を受けとめ、その腕を2度と人を斬れないようにすると言わんばかりにズタズタに切り裂いた。
「(なんでこいつ……止まらねえんだよ……!)」
激痛と怒りに歪んだハーンの顔が後ろからガシリと、掴まれ、レンガの壁に強かに打ち付けられる。
「おぉっ!」
トドメに彼の後頭部に、コレールの全力の回し蹴りが放たれる。
レンガとの板挟みになってグシャグシャになった顔面が、壁面に真っ赤な顔拓を描いていた。
「馬鹿な……三人ともやられたというのか……!」
汚い言葉を吐きながら暴れようとするデカルトを、クリスとアラークが二人がかりで縛り上げているのをみて、バトリークは愕然とした面持ちで呟いた。
「こんなことがあってーーいたっ!?」
「この国から出ていけ!」
「もう諦めろバトリーク!」
野次馬たちが投げ始めた石の1つがバトリークのハゲ頭を直撃した。コレールらの闘い振りを目撃したスラム街の住民たちはもはや完全に彼女たちの味方となり、勇気を振り絞ってならず者たちに抵抗の意を示したのだ。
「倒しても倒してもキリがないわ……このままじゃ泥沼よ!」
「知るか!(ゴボゴボ) それなら誰も動かなくなるまで痛め付けるまでだ!(ゴボゴボ)」
ドミノは口から大量の人喰いムカデを撒き散らしながら、クリスの言葉に返事をする。
だが彼の考えに反して、この闘いは唐突に、そして誰もが予想だにしなかった形で終わりを迎えることになるのであった。
ーー第27話に続く。
17/09/10 22:19更新 / SHAR!P
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