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第26話「リディーマーズ@」
ハースハートのスラム街で最も大きいとされる広場ーー通称「篝火広場」は騒然としていた。

広場の中心では大量の薪が赤々と燃えており、そのすぐ側には書籍を山のように積んだ荷車。周りにはバトリーク率いる教団のアウトサイダーたちが睨みをきかしている。

騒ぎを聞き付けて集まってきたスラムの住民たちは、武装した男たちの前に一人で立ち向かうアヌビスの少女の姿を心配そうに見つめていた。

「またお前か小娘! 一体何度我々の邪魔をすれば気が済むんだ!?」

憤然とした面持ちで怒鳴り付てくるバトリークであったが、カナリは動じていなかった。

「自分が何をやろうとしているのか分かっているんだろうね、バトリーク」

「何を今さら! 我々は主神様の教えの元に行動する信者だ。あの図書館には魔物娘との共存を唱えるものや主神教団に対する批判的な内容の本が保管されていた。それを処分したがるのは当然のことだろう!」

「でも、実際に行動することを決めたのは、あんたじゃないんだろう?」

この一言で、バトリークの視線が俄に泳ぎ始めた。

「な、何の話だーー」

「ヴィニーが言ってたよ。あんたは指導者としては中途半端な人間だから、何か大きなことをする時は、必ずバックに誰かがいるって」

「生意気な……! おい、誰かこいつを捕まえろ!」

バトリークの命令に二人の兵士が反応し、彼女の両腕を捻り上げる。

「ちょうどいい機会だ。お前の体を使ってスラム街の連中に、我々に楯突くとどうなるか見せしめてやろう」

バトリークが顎で合図をすると、カナリを捕らえた兵士は真っ赤に燃え盛る薪木の炎に彼女の腕を近づける。

「カナリ!!」

血相を変えて駆け寄ろうとするヴィンセントの腰に、より強い力でハーンの刃が押し付けられる。

「仮にあんたが俺を振りきれたとしてもだ。ここは野次馬共の中……俺が一分で何人殺れるか、見せてやろうか?」

「くっ……!」


「みんな! 僕の話を聞いて!!」

利き腕を焼かれる寸前だという状況にも関わらず怯むどころか、スラムの人々に向かって声を張り上げるカナリ。

「焚書というのはただ本が焼かれるというだけの意味合いじゃないんだ! 命は限りあるもので、人は忘れる生き物だから、彼らは自身の経験や知識を、犯してしまった過ちを本に記した! そうやって未来に生きる人々のために、自分の意志を伝えてきた! それを焼いてしまうということは、未来を憂い、同じような過ちを繰り返させないという彼らの意志を踏みにじることなんだ!」

決してインテリとは言えないスラムの人々にも、彼女の言わんとしていることは何となく理解できた。

何故ならカナリが設立に携わり、無料で誰でも使うことが出来るハースハート中央図書館の恩恵を最も享受してきたのは、他ならぬ貧困層の人間たちだったからだ。

彼らはお金を払わずに何度でも読める本を通して様々なことを学んできた。教書は文字の読み書きと数の数えかたを、医学書は怪我や病の応急処置を、歴史書は様々な人間が為してきた偉業や過ちを教えてくれた。小説や漫画は酒や麻薬以外の娯楽となり、絵本は子供たちに道徳や世界の豊かさを教えてくれた。

図書館に並べられた本の存在は、スラムの人々の生活レベルを1つ上の段階に押し上げてくれた。それが今、自分達の目の前で灰になろうとしている。そんな結末は、誰一人望んでいなかった。

しかし、悲しいことにとかく人は暴力による支配に弱い。武装した兵士たちを前にして、カナリの必死の訴えに応えようとする者は一人もいないように見えた。


「ん、なんだあいつ?」

「どうした?」

「いや、屋根の上に……」


いや、彼女の言葉に己の行動でもって応えようとする者が今、ここにいた。


ザンッ!!


屋根の上から一人のリザードマンが、カナリを取り押さえている二人の兵士の前に飛び降りた。

「……」

両足と片手を地面に着け、砂埃を巻き上げながら着地したそのリザードマンは、無言で顔を上げ、カナリたちの方へ歩み寄っていく。

「コレール!!」

「おい、何の用ーーぐがっ!?」

コレールは彼女の歩みを止めようとした兵士の鼻柱に裏拳を叩き込むと、動揺した隙にもう一方の兵士をカナリの体から引き剥がし、そのまま頭を掴んで燃え盛る薪木の中に突っ込んだ。

「あぢゃあちちちちちちちちちっっ!!!」

「げっ、こっちくんな馬鹿!」

頭に篝火を焚かれた兵士はパニックになって明後日の方向へ走りだし、家屋の壁に激突して気絶した(彼の毛根の6割が焼け焦げた)。

「貴様、マーロウが逃げたときの……!」

「よし。やれクリス!」

カナリの安全を確保し、バトリークと対峙したコレールが何かの合図を送る。


「……あ?」

「クレイジードッグ」が上空の異変に気がついたときにはもう手遅れだった。氷の雷撃と化した魔法が彼を直撃。彼の体は一瞬にして薄い氷に覆われ、凍りついてしまった。

「うわっ!」

「ひいっ!」

「気を付けろ! 破壊魔術師(ソーサラー)がいるぞ!」

同じような氷の雷が何本か、教団の兵士たちの上に降り注ぐ。周りにいた野次馬たちも驚いてその場から逃げ出し、ヴィンセントは混乱に乗じてカナリの元まで走り寄ることができた。

「ヴィニー!」

「カナリ。怪我はーー」

「おいおいマジかよボス! 今の登場無茶苦茶かっこいいじゃねえか! 俺ももうちょい趣向を凝らしゃ良かったよ!」

野次馬たちが一斉に後退りして出来た空間を、ドミノが悠々と歩いてくる。その手には赤い液体が滴る肉塊が握られていた。

「ちょっとドミノ……それって人間の……」

浮遊魔法で物陰からコレールたちの側に着地したクリスが、ひきつった顔でドミノの握る「それ」を指差す。

「ボス、気を付けた方がいい。バトリークの一味の他に、奴らとつるんでるギャングも集まってきてる……殺しちゃいないぜ。多分」

そう言って地面に肉塊を放り捨てるドミノ。それは早速彼に見つかって餌食になったのだろう、引きちぎられたギャングの腕だった。

「くそ、ふざけおって……おい! その女を人質に取れ!」

バトリークの怒りは頂点に達しようとしていた。

「リンリンさん! 逃げて!」

カナリの叫びを聞いたリンリンはすぐにその場を離れようとしたが、先程尻餅をついた際に足をくじいてしまったらしく、思うように体を動かすことができなかった。

「さぁ、こっちに来い!」


白澤に向かって怒鳴りながら腕を伸ばす兵士。

指先が彼女の袖に触れようとした瞬間、風切り音と共に飛来した矢がその関節を貫いた。

「うぐあっ……! おごっ!?」

それだけでは済まなかった。リンリンの華奢な体がたくましい腕に引き寄せられると同時に、兵士の喉を黒い剣先が貫く。

いくら魔界銀によって作られた剣といえども、喉を物理的に貫通されては呼吸器を塞がれ、呼吸困難に陥ることは必至である。哀れな兵士は動く方の腕を振り、磔にされた蛙のようにもがいていた。

「リンリン……大丈夫か?」

「は、はい……助けに来てくれたのですね?」

「宇宙の果てからでも駆けつけるさ」

アラークはそう言うとリンリンを背後に庇い、兵士の喉から魔界銀の剣を引き抜く。そのまま崩れ落ちようとする体を回し蹴りで吹き飛ばした。

「いちゃついてる場合じゃないわよアラーク……ドミノの言う通りだった。潜んでいたギャング共が出てきたわ」

いつでも破壊魔法を放てるように魔杖を構え、全身の毛を逆立てて警戒するクリス。

屋根の上に潜んでいたパルムもコレールの所まで走りより、本の積まれた荷車の周りに全員が集まっている。しかしその周りはバトリーク一味の兵士や傘下に加わったギャングたちによって完全に囲まれていた。

「貴様らの介入を予見して、ギャング共を集めたのは我ながら懸命な判断だったな……」

そう呟くバトリークの話を、コレールは聞いていなかった。彼女の視線は、荷車に積まれていた本の山の中の一冊に注がれていた。


「(あの絵本は……私が子供たちに読み聞かせた……)」


コレールはリンリンからの頼みで「サキュバス姫」の読み聞かせをしたときのことを思い出していた。

あの場には貧しそうな子供も、裕福そうな子供も、男の子も女の子も、魔物娘の子供もいた。

子供たち全員が話の展開に一喜一憂し、目を輝かせて物語の中の世界へと引き込まれていく感覚を共有していたあの時間。あの穏やかな時間をバトリークたちが他の子供たちから奪おうとしているのだと考えると、彼女の胸の中で静かに、怒りの炎が燃え上がるのだった。

「おい、聞いているのかこのとかげ娘! 余所者のお前が何故我々の活動にいちいち首を突っ込むのだと聞いているんだ!」 

バトリークの言葉を聞いたコレールは、わざとらしいそぶりでその男の言い分について考え込み始めた。

「確かにこの騒動は私たちには関係ないな。クリス。ここはやっぱり何も見なかったことにするか?」

「ふざけないで。魔術師にとって書物から得る知識は無くてはならないものよ。どんな内容の本でも、焚書されるだなんて、見過ごしてなんかおけない!」

「おお! 面白くなってきましたネ!」

クリスは魔杖を縦に一回転させて戦闘の構えを取り、その先端でベントが興奮を抑えられないといった様子で点滅する。

「ドミノ。お前は別に私たちの個人的な闘いに付き合わなくたっていいんだぜ?」

「冗談じゃねえよ。復讐屋を休業してから大分経ってるんだ。こんなに大量のくそ共をなぶれる機会を見過ごしてたまるかってんだ!」

「女性を手荒に扱う連中に、礼儀と言うものを教えてやらんとな」

ドミノの顔面に白いシミのような模様が広がっていき、その横でアラークが獲物を狙う豹のような姿勢で兵士たちに狙いを定める。

「……」

パルムは決意を秘めたまっすぐな視線をコレールに向けて、コクリと頷いた。

「うっとうしい奴らめ……! 計画の邪魔だ! 全員叩き潰せ!」

バトリークの合図と共に兵士とギャングたちが行動を始めた。コレールたちを一人残さず始末するために、じりじりと包囲網を狭めているのだ。

それを見たコレールは手早く仲間たちに指示を出し始めた。

「クリスとアラークは私と一緒に中央で暴れろ! 互いの背中を守り合うんだ! ドミノは召喚術で敵を撹乱して、連携行動を取らせるな! パルムは家屋の屋根の上で遠くから狙ってくる弓兵がいたら狙い打ってくれ! それでーー」

コレールは不安そうに周囲を見回していたカナリたちに目を向ける。

「カナリとヴィンセントは館長を荷車に乗せて、図書館の方へ向かってくれ。途中でエミィを待たせているから、合流したらそのまま一緒に図書館まで向かって、出来れば衛兵たちに保護してもらうんだ」

コレールの的確な指示に全員が躊躇する様子もなく頷き、各々の役割を果たすために行動を始めた。

スラム街の住民らが固唾を飲んで見守る中、コレールたちとバトリーク一味との乱戦の火蓋が切って落とされた。



ーー第27話に続く。
17/08/21 22:55更新 / SHARP
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■作者メッセージ
文章だと表現するのがなかなか難しいのですが、コレールがやったのはいわゆる「スーパーヒーロー着地」です。膝に悪いんだよねあれ。でもみんなやる。

次回からバトル回に入ります。ちなみに私の中でのコレールたちのジョブはこんな感じです。

コレール:武道家(ファイター)
クリス:破壊魔術師(ソーサレス)
ドミノ:召喚魔術師(サモナー)
アラーク:剣士(グラディエーター)
パルム:弓兵(アーチャー)
エミリア:治癒師(ヒーラー)

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