第25話「海から来た悪魔の伝説」
ヴィニー探偵事務所から少し離れた路地裏で、ドミノは冷や汗を垂らしながらコレールに弁解をしていた。
「なぁ、ボス。聞いてくれ。オニモッドの意識が出てる間は、俺の意識は眠ってるんだよ。だからホワイトパレスでのことは、何も覚えちゃいないんだ。本当だって」
「そんなことは想像つくよ。いいからオニモッドを呼びな」
「……へ?」
「聞こえなかったか? オニモッドを出せって言ってるんだ」
コレールの有無を言わさぬ物言いに、ドミノは慌てて耳を塞ぎ、オニモッドの意識との交信を始めた。
「……駄目だ、ボス」
「どういうことだ?」
「オニモッドの奴、こっちから呼び掛けても全く反応してこない。要するにあんたと話をするつもりはないってことだな」
コレールは無言でドミノの前に立ちはだかると、瞳の奥に静かな怒りの炎を宿しながら口を開いた。
「奴が出てくるつもりはなくても、お前の意識が起きている間はオニモッドも話を聞いてるんだな?」
「えーと、まぁ、そんな感じだ」
コレールは大きく息を吐くと、ドミノに向かって確かな怒りを込めた言葉で、行き過ぎた復讐の扇動に対する非難を始めた。
「ステンド国には魔物娘の工作員が入り込んでいた。お前が何もしなくても、奴隷たちは解放されたんだ。なのに、お前は奴隷たちの憎悪を煽り立てて、無関係な人々の命まで奪い去った」
「…………」
「必要な犠牲だったとでもいうのか? ヴィンセントに向かって、『無関係なあんたの姉を死に追いやったのは自分だけど、仕方の無いことだったんだ。許してくれよ』と言い切れるのか? あいつの目の前で?」
「……おい、ボス」
「大切な人の命が自分の知らない所で奪われることの恐怖を想像できないのか? 何十人も殺す前に少し立ち止まって、自分がやろうとしていることについて、考えたことなんて、一度もないと?」
「なぁ、ちょっとーー」
「お前はーー」
「つべこべ言うなこのクソアマッ!!」
突如として怒鳴り声をあげたドミノの顔面には、見覚えのある蝋化した死体のような皮膚が侵食していた。しかし、その模様は現れたのと同じくらい急速に引っ込んでいた。
「あぁ……いや、その……悪かった。今のは失言だ」
ドミノはばつが悪そうに咳払いをしてから、今度はコレールの目をしっかり見据え、毅然とした態度で口を開いた。
「ボス。確かに俺とオニモッドは殺す必要の無い人々まで死なせてしまった。悲劇と言えるだろうな。でもな、全ての根源は罪の無い人々を虐げて、奴隷として扱った連中にあるってことを忘れないでくれ。罪の無い人々の死の責任を負うべきなのは、そういう人たちの身に危険が及ぶことすら考えなかった、ステンド王国の上層部の連中だ」
ドミノはそこまで話終えると一瞬躊躇するような表情を見せたが、すぐに意を決したような眼差しを取り戻して、再び口を開いた。
「正直言って……俺たちが殺してきた人々の中に、どれだけ『根はまとも』な人間がいたとしても、俺の知ったことじゃない。そんなこといちいち気にしてたら、復讐屋なんてやっていけねえよ……ヴィンセントのダチの件だって似たようなもんさ」
不機嫌な狼の如く、唸り声をあげるドミノ。
「心理学者は『集団心理』だとか『パニック状態』とかそれらしい言葉で説明したがるだろうが、要するにヴィンセントのダチには、『か弱い女性を無理やり犯したがる素質』があったっていうだけの話だって思わないか? そんなクズが尻に剣をぶっ刺されて、苦しみ抜いて死んだところで、誰も罪悪感を抱く必要なんて無いんだ。正直言って俺には、ヴィンセントがそいつのことで悪夢を見るまで追い詰められる神経が理解できねえよ」
ドミノの主張を聞き終えたコレールは口を開こうとしたが、それより先にドミノが彼女に向かって「静かに!」のジェスチャーを行った。
「表道の方が騒がしくないか? 向こうで何かあったのかな?」
「……見に行こう」
コレールはドミノを連れて騒ぎの原因を確認しに行こうとして、丁度事務所から飛び出したヴィンセントの体にもろにぶつかってしまった。
「おい、なんだ! ……あぁコレール、あんたか」
「表の通りの方で何かあったらしい。少し様子を見てくるよ」
「いいや、あんたもドミノも俺の事務所で待っていてくれ。俺一人で行ってくる」
ヴィンセントが言うには、コレールたちのような余所者がスラムでの騒ぎにいちいち首を突っ込むと、事態がややこしくなってしまうとのことだった。
バトリークの所から救い出してくれた義理があるからこそ、これ以上バトリークや、スラムのギャングに目をつけられてほしくないらしい。
「あのじいさんとエルフにも事務所で待つように言ってある。ここは俺に任せてくれ」
そういい終えるが早いか、ヴィンセントはトレンチコートの裾を翻し、足早に騒ぎの発生元へと向かっていった。
ーーーーーーーーー
「彼ら」の故郷は、ウィルザード大陸の北方に位置する島国だった。
「彼ら」の国の土は痩せており、空は年中雲におおわれていて、太陽の光が差す日はまれにしかなかった。
頼みの綱である周辺の海も荒々しく、魚を捕りに行った男たちが、船の残骸だけ残して二度と帰ってこないことなど、珍しくはなかった。
島の内部では数少ない資源をめぐる争いが絶えず、「彼ら」の多くは屈強で冷酷な戦士だった。
ある日、「彼ら」は頑丈な船を作って外海へと飛び出し、豊富な資源を求めてウィルザード大陸へと進出した。
「彼ら」は故郷の家族を養うために、ウィルザードの人々から物資を略奪し、人間は捕らえて奴隷商人へと売り飛ばした。ウィルザードの人々は抵抗したが、恐れを知らない戦士である「彼ら」の侵略から身を守ることは、容易ではなかった。
やがて、あらゆる集落に無慈悲に侵攻していく「彼ら」のことを、ウィルザードの人々は「グァーナ」……古代ウィルザードの言葉で、「海から来た悪魔」と呼ぶようになった。
だが、数十年続いた「彼ら」ーー「グァーナ」の蜜月は、ザムートにおける奴隷制度の廃止と皇帝直々の非合法勢力宣言によって、あっけなく終わりを告げた。
主要な稼ぎ口を失い、只の盗賊団と化したグァーナは急速にその勢力を失っていった。
傭兵などの仕事に就こうにも彼らの悪名はウィルザード中に知れ渡っており、それどころか復讐を至高の正義と見なすウィルザード人たちは、彼らに容赦のない迫害を加えた。
最終的にグァーナの大部分は、故郷である北方の島国へと逃げるように戻っていった。しかし、程なくしてウィルザードから持ち込まれた疫病が国内で流行り始めることとなる。おまけに復讐心に燃えるウィルザード人の、故郷にまで及ぶ襲撃や、いよいよ枯渇を始めた資源をめぐる争いによって、国は荒廃の一途を辿っていったのだった。
そのような境遇となっても、極一部のグァーナはウィルザードの光の当たらない部分において、細々と活動しているという噂が、今もまことしやかに流れている。
ーーーーーーーーー
「まぁ、こんなところだ……ご清聴どうも」
そう言うとフォークスはジョッキの中に残っていたラム酒を一気に飲み干した。
「(……ねぇ。エミィはこの『グァーナ』の話は知ってた?)」
「(はい。ただ、詩歌の中とかでしか聞いたことがなかったので、グァーナの人たちの故郷がそんなに酷いことになってたとは……)」
クリスがフォークスの方に視線を戻したときには、彼の姿は影も形もなくなっていた。
「フォークスーー」
彼女が驚く間もなく、酒場の窓から、聞き覚えのある少女の叫び声が飛び込んできたのだった。
ーーーーーー
時間は数分前に遡るーー。
「おい、どけ、どいてくれ。そこを通してくれ!」
「マーロウの旦那! 奴らが何か良くないことをしようとしてるんだ! なんとかしてくれよ!」
「分かってる! とにかく道を開けてくれ!」
すがり付いてくるスラムの住民を押し退けて、野次馬たちの最前列へとたどり着いたヴィンセント。
彼が目にしたのは、スラムで最も大きい広場のど真ん中で、バトリークの一味が大量の薪に火を付け、何かを燃やす準備をしている光景だった。
「バトリークのやつ……一体何をしでかすつもりだ……」
「やめて! こんなの間違ってます! 考え直してください!」
「リンリン……!」
ハースハート中央図書館の館長が、黙々と荷車を押し運ぶ兵士に必死の形相で語りかけている。荷車に積まれているのは、図書館から持ち出したのだろう大量の書物だ。
「ええい、邪魔をするなこのアバズレめ!」
「きゃあ!」
ヴィンセントの視界に姿を現したバトリークが、荷車にすがりつくリンリンの体を強引に引き剥がして、尻餅をつかせる。
「リンリンさん!」
体勢を崩した彼女に駆け寄ったのは、今しがた事務所を飛び出していったはずのアヌビスの少女ーーカナリだった。
「カナリ!」
助手の姿を目の当たりにしたヴィンセントも咄嗟に前に出ようとしたが、寸前で腰の辺りに屈曲した刃の鋭さを感じ、動きを止めた。
「黙って見てなよ旦那……これから面白いことが起こるぜ」
「……ハーンか。何故お前がバトリークに協力する」
ヴィンセントはカナリとリンリンから視線は離さないまま、一ギャングの用心棒として動いていたはずの男に問いかける。
「前のボスは金払いが悪くてな……鞍替えしたのさ。ボスの生首を手土産にね」
「外道が……!」
「アスラン=”クレイジードッグ”=ハーンにとっちゃあ、そいつは誉め言葉にしかならんよ」
「リンリンさん……! バトリークは一体あの本をどうするつもりなの!?」
カナリが足首を捻ってしまったリンリンに肩を貸しながら問い質す。
「お願い、やめさせて……あの人たちは……!」
リンリンは真っ青な顔で書物が積み込まれた荷車を指差しながら叫んだ。
「あの人たちは……あそこにある本を全て燃やしてしまうつもりなんです!」
ーー第26話に続く。
「なぁ、ボス。聞いてくれ。オニモッドの意識が出てる間は、俺の意識は眠ってるんだよ。だからホワイトパレスでのことは、何も覚えちゃいないんだ。本当だって」
「そんなことは想像つくよ。いいからオニモッドを呼びな」
「……へ?」
「聞こえなかったか? オニモッドを出せって言ってるんだ」
コレールの有無を言わさぬ物言いに、ドミノは慌てて耳を塞ぎ、オニモッドの意識との交信を始めた。
「……駄目だ、ボス」
「どういうことだ?」
「オニモッドの奴、こっちから呼び掛けても全く反応してこない。要するにあんたと話をするつもりはないってことだな」
コレールは無言でドミノの前に立ちはだかると、瞳の奥に静かな怒りの炎を宿しながら口を開いた。
「奴が出てくるつもりはなくても、お前の意識が起きている間はオニモッドも話を聞いてるんだな?」
「えーと、まぁ、そんな感じだ」
コレールは大きく息を吐くと、ドミノに向かって確かな怒りを込めた言葉で、行き過ぎた復讐の扇動に対する非難を始めた。
「ステンド国には魔物娘の工作員が入り込んでいた。お前が何もしなくても、奴隷たちは解放されたんだ。なのに、お前は奴隷たちの憎悪を煽り立てて、無関係な人々の命まで奪い去った」
「…………」
「必要な犠牲だったとでもいうのか? ヴィンセントに向かって、『無関係なあんたの姉を死に追いやったのは自分だけど、仕方の無いことだったんだ。許してくれよ』と言い切れるのか? あいつの目の前で?」
「……おい、ボス」
「大切な人の命が自分の知らない所で奪われることの恐怖を想像できないのか? 何十人も殺す前に少し立ち止まって、自分がやろうとしていることについて、考えたことなんて、一度もないと?」
「なぁ、ちょっとーー」
「お前はーー」
「つべこべ言うなこのクソアマッ!!」
突如として怒鳴り声をあげたドミノの顔面には、見覚えのある蝋化した死体のような皮膚が侵食していた。しかし、その模様は現れたのと同じくらい急速に引っ込んでいた。
「あぁ……いや、その……悪かった。今のは失言だ」
ドミノはばつが悪そうに咳払いをしてから、今度はコレールの目をしっかり見据え、毅然とした態度で口を開いた。
「ボス。確かに俺とオニモッドは殺す必要の無い人々まで死なせてしまった。悲劇と言えるだろうな。でもな、全ての根源は罪の無い人々を虐げて、奴隷として扱った連中にあるってことを忘れないでくれ。罪の無い人々の死の責任を負うべきなのは、そういう人たちの身に危険が及ぶことすら考えなかった、ステンド王国の上層部の連中だ」
ドミノはそこまで話終えると一瞬躊躇するような表情を見せたが、すぐに意を決したような眼差しを取り戻して、再び口を開いた。
「正直言って……俺たちが殺してきた人々の中に、どれだけ『根はまとも』な人間がいたとしても、俺の知ったことじゃない。そんなこといちいち気にしてたら、復讐屋なんてやっていけねえよ……ヴィンセントのダチの件だって似たようなもんさ」
不機嫌な狼の如く、唸り声をあげるドミノ。
「心理学者は『集団心理』だとか『パニック状態』とかそれらしい言葉で説明したがるだろうが、要するにヴィンセントのダチには、『か弱い女性を無理やり犯したがる素質』があったっていうだけの話だって思わないか? そんなクズが尻に剣をぶっ刺されて、苦しみ抜いて死んだところで、誰も罪悪感を抱く必要なんて無いんだ。正直言って俺には、ヴィンセントがそいつのことで悪夢を見るまで追い詰められる神経が理解できねえよ」
ドミノの主張を聞き終えたコレールは口を開こうとしたが、それより先にドミノが彼女に向かって「静かに!」のジェスチャーを行った。
「表道の方が騒がしくないか? 向こうで何かあったのかな?」
「……見に行こう」
コレールはドミノを連れて騒ぎの原因を確認しに行こうとして、丁度事務所から飛び出したヴィンセントの体にもろにぶつかってしまった。
「おい、なんだ! ……あぁコレール、あんたか」
「表の通りの方で何かあったらしい。少し様子を見てくるよ」
「いいや、あんたもドミノも俺の事務所で待っていてくれ。俺一人で行ってくる」
ヴィンセントが言うには、コレールたちのような余所者がスラムでの騒ぎにいちいち首を突っ込むと、事態がややこしくなってしまうとのことだった。
バトリークの所から救い出してくれた義理があるからこそ、これ以上バトリークや、スラムのギャングに目をつけられてほしくないらしい。
「あのじいさんとエルフにも事務所で待つように言ってある。ここは俺に任せてくれ」
そういい終えるが早いか、ヴィンセントはトレンチコートの裾を翻し、足早に騒ぎの発生元へと向かっていった。
ーーーーーーーーー
「彼ら」の故郷は、ウィルザード大陸の北方に位置する島国だった。
「彼ら」の国の土は痩せており、空は年中雲におおわれていて、太陽の光が差す日はまれにしかなかった。
頼みの綱である周辺の海も荒々しく、魚を捕りに行った男たちが、船の残骸だけ残して二度と帰ってこないことなど、珍しくはなかった。
島の内部では数少ない資源をめぐる争いが絶えず、「彼ら」の多くは屈強で冷酷な戦士だった。
ある日、「彼ら」は頑丈な船を作って外海へと飛び出し、豊富な資源を求めてウィルザード大陸へと進出した。
「彼ら」は故郷の家族を養うために、ウィルザードの人々から物資を略奪し、人間は捕らえて奴隷商人へと売り飛ばした。ウィルザードの人々は抵抗したが、恐れを知らない戦士である「彼ら」の侵略から身を守ることは、容易ではなかった。
やがて、あらゆる集落に無慈悲に侵攻していく「彼ら」のことを、ウィルザードの人々は「グァーナ」……古代ウィルザードの言葉で、「海から来た悪魔」と呼ぶようになった。
だが、数十年続いた「彼ら」ーー「グァーナ」の蜜月は、ザムートにおける奴隷制度の廃止と皇帝直々の非合法勢力宣言によって、あっけなく終わりを告げた。
主要な稼ぎ口を失い、只の盗賊団と化したグァーナは急速にその勢力を失っていった。
傭兵などの仕事に就こうにも彼らの悪名はウィルザード中に知れ渡っており、それどころか復讐を至高の正義と見なすウィルザード人たちは、彼らに容赦のない迫害を加えた。
最終的にグァーナの大部分は、故郷である北方の島国へと逃げるように戻っていった。しかし、程なくしてウィルザードから持ち込まれた疫病が国内で流行り始めることとなる。おまけに復讐心に燃えるウィルザード人の、故郷にまで及ぶ襲撃や、いよいよ枯渇を始めた資源をめぐる争いによって、国は荒廃の一途を辿っていったのだった。
そのような境遇となっても、極一部のグァーナはウィルザードの光の当たらない部分において、細々と活動しているという噂が、今もまことしやかに流れている。
ーーーーーーーーー
「まぁ、こんなところだ……ご清聴どうも」
そう言うとフォークスはジョッキの中に残っていたラム酒を一気に飲み干した。
「(……ねぇ。エミィはこの『グァーナ』の話は知ってた?)」
「(はい。ただ、詩歌の中とかでしか聞いたことがなかったので、グァーナの人たちの故郷がそんなに酷いことになってたとは……)」
クリスがフォークスの方に視線を戻したときには、彼の姿は影も形もなくなっていた。
「フォークスーー」
彼女が驚く間もなく、酒場の窓から、聞き覚えのある少女の叫び声が飛び込んできたのだった。
ーーーーーー
時間は数分前に遡るーー。
「おい、どけ、どいてくれ。そこを通してくれ!」
「マーロウの旦那! 奴らが何か良くないことをしようとしてるんだ! なんとかしてくれよ!」
「分かってる! とにかく道を開けてくれ!」
すがり付いてくるスラムの住民を押し退けて、野次馬たちの最前列へとたどり着いたヴィンセント。
彼が目にしたのは、スラムで最も大きい広場のど真ん中で、バトリークの一味が大量の薪に火を付け、何かを燃やす準備をしている光景だった。
「バトリークのやつ……一体何をしでかすつもりだ……」
「やめて! こんなの間違ってます! 考え直してください!」
「リンリン……!」
ハースハート中央図書館の館長が、黙々と荷車を押し運ぶ兵士に必死の形相で語りかけている。荷車に積まれているのは、図書館から持ち出したのだろう大量の書物だ。
「ええい、邪魔をするなこのアバズレめ!」
「きゃあ!」
ヴィンセントの視界に姿を現したバトリークが、荷車にすがりつくリンリンの体を強引に引き剥がして、尻餅をつかせる。
「リンリンさん!」
体勢を崩した彼女に駆け寄ったのは、今しがた事務所を飛び出していったはずのアヌビスの少女ーーカナリだった。
「カナリ!」
助手の姿を目の当たりにしたヴィンセントも咄嗟に前に出ようとしたが、寸前で腰の辺りに屈曲した刃の鋭さを感じ、動きを止めた。
「黙って見てなよ旦那……これから面白いことが起こるぜ」
「……ハーンか。何故お前がバトリークに協力する」
ヴィンセントはカナリとリンリンから視線は離さないまま、一ギャングの用心棒として動いていたはずの男に問いかける。
「前のボスは金払いが悪くてな……鞍替えしたのさ。ボスの生首を手土産にね」
「外道が……!」
「アスラン=”クレイジードッグ”=ハーンにとっちゃあ、そいつは誉め言葉にしかならんよ」
「リンリンさん……! バトリークは一体あの本をどうするつもりなの!?」
カナリが足首を捻ってしまったリンリンに肩を貸しながら問い質す。
「お願い、やめさせて……あの人たちは……!」
リンリンは真っ青な顔で書物が積み込まれた荷車を指差しながら叫んだ。
「あの人たちは……あそこにある本を全て燃やしてしまうつもりなんです!」
ーー第26話に続く。
17/06/26 18:52更新 / SHAR!P
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