連載小説
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第19話「麗しのハースハートA」
「クリス! 最後に会ってから一ヶ月も経ってないのにまた一段と綺麗になったな! 嗚呼、まるでウィルザードの砂漠に咲く一輪の花の様な美しさだ。初恋のときめきが、数十年の時を越えて、私の胸の中に戻ってきた気分だ……」

「……」

アラークの渾身のご機嫌取りにも口をつぐんだままのクリスを見て、コレールは苦笑いを浮かべながらドミノの肩に手をやった。

「ドミノ。お前の方からも何とかフォローしてやってくれないか」

「フォローたって、どんな言い方すりゃいいんだよ」

「それは……まぁ、お前のセンスに任せるよ」

ドミノは溜め息をつくと、アラークに対して顔を背けたままのクリスの肩を叩いて、口を開いた。

「おいクリス! 発情期に何本くわえ込んだかわからない腐れ中古×××の分際であんまり調子に乗ると、承知しねえぞこのアバズレ獣(けだもの)×ッチ! ……ってボスが言ってたぜ」

「お前に任せた私が馬鹿だったよ!!」

コレールはドミノの腰を後ろから抱え込むと、そのまま勢いよく体を反らして、見事なバックドロップを決めた。

「……行きましょ、エミィ。その図書館とやらへ」

「あ、あの、クリスさん……」

クリスは後頭部を地面に強打してひっくり返った、間抜けな格好のドミノに、ナマコか何かを見るような目を向けてから、エミリアの手を取った。

その後を、困った表情のアラークが続いていく。

コレールはドミノの足首を掴むと、そのまま地面に彼の体を引き摺りながら、空いている手でパルムと手を繋いで歩き始めた。

「一応言っとくけど、クリスは私と同じで生娘だよ、ドミノ」

「やっぱり? 性格キツいもんな。……それより、引き摺るのめっちゃ痛いから勘弁して欲しいんすけど」

「私の親友を腐れ×××呼ばわりした罰だ」

「(……やべぇ、かなり怒ってる。ここは黙って引き摺られてよう)」


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ハースハート中央図書館は、領主がヴァンパイアに取って代わられてから建設された、ハースハートで唯一最大の図書館である。

「全ての人魔に教養を」

このスローガンの元に建てられた施設には、子供向けの絵本から古代の伝説を記した歴史書まで、あらゆる時代と地域に関する資料が保管されており、それら全てに目を通すことが許されている。勿論、入場料は無料である。


「(ウィルザードの古い伝説に関する本が殆ど貸し出されてる……カナリが持っていったのね)」

頭の中で考えながらふと視線を読書用の机に移したクリスの目に、大きな図鑑を広げてパルムに何かを教えているドミノの姿が入ってきた。

「ここが小陰唇で、ここが陰核……俗にいうクリトリスだな。そしてここがーー」

そこまで聞いたクリスはドミノの背後にツカツカと歩み寄って、彼の頭に猫パンチを喰らわせた。

「いてぇ! 何しやがるこのアマ!」

「子供に何を教えてんのよこの変態!」

「じゃああれは良いってのかよ!?」

ドミノが舌打ちをして指差した方向に目を向けると、アラークが同じように図鑑を広げて、酷く赤面したエミリアに何かを教えていた。

「これが亀頭、ここが包皮小体で、これは陰のうだ……」

「〜〜〜〜!!!」

クリスは声にならない怒号をあげると、アラークの背後から杖を持った腕を彼の首に回して、そのままグイグイと締め上げ始める。

「馬鹿! スケベ! エロオヤジ! スケコマシ!」

「ま、待ってくれクリス……これは適切な年齢に応じた性教育であってだな……決して彼女の反応を見て楽しんでいた訳では……」

「あの二人何してんだ?」

「さぁな。よし、パルム。次は房中術についての本を探しにいくぞ」

ドミノは図書館での聞き込みを終えて仲間の所に戻ってきたコレールにそう言うと、パルムを書棚の陰へと連れていった。

「この、このぉ……」

「お止めなさい。図書館ではお静かに」

「ふぇ?」

アラークの首を魔杖で責めていたクリスは、いきなり背後から伸びてきた腕に杖を取り上げられる。

「これは危険物として預からせて貰います。退館時には言ってくれれば返却しますので、お忘れの無いように」

クリスから杖を取り上げたのは、両方のこめかみから角を生やし、眼鏡をかけたスタイルの良い獣人の女性だった。霧の大陸から来た博識の徒ーー「白澤」である。

「あ、あの、ちょっと……」

どうにか言い訳を考えてお茶を濁そうとするクリス。魂の宝玉を嵌め込んである杖を一時的とはいえ他人の管理下に置いておきたくはないが、原因が自分にあるだけに言葉選びに苦慮しているようだった。

その様子を見たアラークは白澤の女性の進路上に回り込んだかと思うと、素早い動作で彼女を壁際まで追い込み、右手で壁をドンと突くことで、彼女の進路を塞いでしまった。

「えっ、なっ、何を……?」


「騒がしくしてしまって申し訳ない、ご婦人。しかしその杖はとても貴重な品物でもあるんだ。どうか今回に限り、私に免じて容赦してくれないだろうか」

「しっ、しかし……?」


大人の男の色気に満ちた微笑に至近距離まで迫られた白澤は、気が動転してしまい、自身の眼鏡が顔からずれていることにも、取り上げた杖を床に落としていることにも気づいていない。

「ま、まさか……あれが、世に聞く『壁ドン』なのか!?」

「知っているのか、ドミノ!」

「ああ。この本に詳しいことが書かれていた……!」

ドミノはそう言うと、手に持った古い書物のページを捲って、コレールの目の前に広げて見せた。


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古代、戦乱の世の霧の大陸
において、伝説の密偵としてして各国の王を震え上がらせた男がいた。「火部 呑(かべ どん)」という名前で知られたその密偵の手口は、己の中性的な容姿を活かして敵国の宮殿に女官として変装し、潜入するという大胆不敵なものであった。

女官らに紛れ込んだ火部は、手頃な女官に自信が男であることを打ち明け、その秘密を共有させることを切っ掛けとして女官と親密な仲になり、彼女を唆すことでまんまと敵国の内部情報を引き抜いたという。

火部が女官を堕とす時、彼は決まって壁を背にした女官の脇に、音が出る勢いで手を突き、顔を至近距離まで接近させるという行動を取っていた。この一見威嚇ともとれる動きは、近年の研究によって、女性の心理に所謂「一目惚れ」にも似た作用を起こす働きがあることが明らかになっている。なお、現在において、女性を口説こうとする男が壁際に女性を追い詰めて、手を壁にドンと突く行為のことを「壁ドン」と呼ぶが、火部の名前が由来である事は聡明な読者諸兄には言うまでもないだろう。

民明書房刊「性で制する政治術」より


〜〜〜〜〜〜〜〜

「こうして近くで見ると、貴女は思慮深さと聡明さを秘めた美しい瞳をしている……この図書館の管理を任されているようだが、それも納得だな……」

「そ、そんなことを言っても、私は、その、そんな急に……」

白澤の女性は完全にアラークの誘惑に心を捕らわれてしまっているのか、取り落とした杖をパルムに回収されていることも、アラークが左腕で自身のネクタイをほどき、胸元のボタンを外していることにも気がついていないようだった。

「(落ち着け。元々はお前が騒いだのが原因だろ)」

「(だからって胸元はだけさせる意味はないでしょうがぁぁ!)」

コレールが今にもアラークに飛びかからんとするクリスを羽交い締めにして止めていると、向こうの方から図書館の職員らしきつぼまじんが駆け寄ってきた。

「リンリンさん! 大変です! 今日の朗読会に来てくれるはずだったエキドナさんが、急な精渇望症で来れなくなってしまいました!」

「な……何ですって?」

リンリンと呼ばれた白澤の女性はハッとして、アラークの腕を押し退けると、はだけた胸元を整えつつ、つぼまじんの女性に向かい合う。

「どうしましょうリンリンさん……子供たちはもう集まっています……!」

「うぅん……参ったわね……只でさえ人手不足なのに……」

悩ましげに呟くリンリンがふと後ろを振り返ると、コレールの肩を抱いたアラーその場に立っているのが目に入る。

「ひんぱいふるな、リンリンふぁん。すふなくおも私たひは人材ほもてあふぁしている」

アラークはクリスに頬をつねられながらも、微笑みを絶やさずにリンリンへの助力を申し出た。

ーーーーーーー


「退魔師の力によって正体を暴かれたサキュバスの姫は、悲しげな顔でこう言いました」

「『嗚呼、もう隠しきれないわ! ごめんなさい王子様、実は私はモンスターなの!』」

「しかし王子様は、サキュバスの姫の手を取り、彼女に優しく語りかけました」

「『姫。貴女が人間だろうとモンスターだろうと私は気にしない。どうかこの私と、永遠に添い遂げて欲しい』」

「幸せそうに見つめ合う二人を前に、退魔師は無言で剣を収めます」

「『姿形は関係ない。大切なのは、真に相手を思いやり、愛し合う心だったのだ。この国には、最初から恐ろしい怪物などいなかった』」

「こうしてサキュバスのお姫様と人間の王子様は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし……」



コレールが「サキュバス姫」の本を閉じると、子供たちは歓声を上げて拍手をした。

「クリス。お姫様の台詞、いい演技だった。随分心が籠ってたじゃないか」

「ま、まぁ、私にかかればこれくらいは、ね……」

王子様と退魔師の二役を演じたアラークは、わちゃわちゃと人懐っこくすり寄ってくる子供たちの頭を撫でながら、クリスに言葉をかける。クリスの返事はそっぽを向きながらであったが、顔がにやけているのを誤魔化しきれていない。

「彼らのお陰で助かりました。子供たちは、毎週の読み聞かせをすごく楽しみにしてますから……」

三人の読み聞かせを、エミリアと一緒に少し離れたところから見守っていたリンリンは、そう言って満足げに頷いた。

「私も、小さい頃は寝る前に、お母様に絵本の読み聞かせをしてもらいました。ちっちゃな子には、必要なことですよね」

人間の男の子を両脇に抱え、アリスとスフィンクスの女の子を肩に乗せて楽しませているコレールの姿を見ながら、エミリアが同意する。

「そうなんです。小さい頃から絵本を読んで他者の考え方を学び、やがて文字の読み書きが出来るようになるというのは、とても大切なことなのです。カナリさんもその事を分かっていてくれて、この図書館の設立の後押しをしてくれました」

「カナリさんが?」

リンリンの話の中で唐突に現れた聞き覚えのある名前に反応するエミリア。

「えぇ。カナリさんが人種と社会的地位を問わずに知識を学べる場が必要だとして、新聞と演説を通して市民運動を起こしてくれたのです。その運動に今の領主様が応える形で造られたのが、この図書館というわけです」

そのように語るリンリンは、図書館で多くの知識を学び、いずれこの国を支えるであろう子供たちが、大人たちと無邪気に遊んでいる光景を見つめている。彼女の横顔は、教育者としての喜びに満ちていた。


ーーーーーーーー

図書館を後にしたコレールたちが最初にしたことは、いつの間にか館内から抜け出していたドミノとパルムを探し出すことだった。二人は図書館前広場のベンチで、のんびりとくつろいでいた。

「ドミノ! どうして読み聞かせを手伝わなかったの!?」

大股開きでベンチに腰かけるドミノを、クリスが尻尾を逆立てて問い詰める。

「けっ、17にもなってガキの面倒なんか見てられっかてんだよ。……おっ、サンキュー、パル」

ドミノはそう言うと、パルムが指先から魔法で出した火で、口にくわえた巻きタバコに点火する。

それを見たコレールはドミノの口からタバコを取り上げると、素早い動作で前後を逆にしてから改めてくわえ直させた。

「あっづぁ#&*#%!??!」

唇を襲った高熱に悶絶してひっくり返るドミノを無視して、クリスはこれまでの情報を整理し始めた。

「図書館にもカナリは居なかったわ。とすると他に彼女が居る可能性のある場所は……」

「……例のスラム街の探偵の家、か」

コレールが出した結論に黙って頷くクリス。

「スラム街か……トラブルに巻き込まれないといいけどな。君も、そのアヌビスの女の子も」

「私の方は諦めてくれ。いつもトラブルの方から飛び込んでくるんだ」

アラークの言葉にそう返すと、コレールは涙目のドミノの腕を掴んで立たせてやってから、口を開いた。

「一先ず今日は風呂場に寄ってから、宿を取ろう。スラム街の探索は明日からだ」


ーーーーーーーー



「だぁくそっ、また負けた!」

美しい三日月が夜空に輝くハースハートの、宿屋の一室。ドミノはチェス盤の前で頭を抱え込む。反対側では余裕の笑みを浮かべたアラークがチェスの駒を手で弄んでいた。

「ふふ……初心者にしてはなかなかの動きだが、まだ無駄が多いぞ、ドミノ」

彼が言い終えるのとほぼ同時に、部屋の入り口のドアを軽くノックする音が室内に響く。

「ドミノ……いる? ドミノ?」

ドミノは怪訝な表情を浮かべると、椅子から腰を上げてドアを開いた。

「何だよ猫。そういやパルムがどこ行ったか知らないか?」

「パルムは私たちの部屋よ……そんなことより早くドア閉めなさいよ」

ーーーーーーー

「zzz……」

「(落ち着けコレール……襲うのはまだ時期尚早だ……まだ早すぎる……ここは堪えるんだ……!)」

「(……コレールさん、パル君を膝枕しながらモジモジしちゃって……おしっこ我慢してるのでしょうか?)」

ーーーーーーー


「閉めたぞ。で、何だって?」

ドミノは後ろ手にドアを閉めてから、クリスに改めて問い掛ける。

「貴方……見たんでしょ、風呂場で」

「風呂場で、何を?」

「だからその……アラークのことよ」

「アラークもいたぜ。それがどうかしたのか?」

「うう……だから……その……」

言いづらそうに頬を染め、肉球をモジモジさせるクリス。

「その……アラークの体よ」

「傷だらけだったな。本人は3割程は痴情のもつれが原因だって言ってたけど」

「だ、だからそこじゃなくて! その……何というか……」

「言いたいことがあるならはっきり言えよ! 毛皮にすっぞ!」

「その……アラークの……ち……ちん……」

ここに来てようやくクリスが聞きたがっている内容を察したドミノは、自身の顎を指で摘まみ、少しの間思索を巡らせてから、おもむろに口を開いた。

「30ゴールド」

「……はっ?」

「情報量30ゴールド。嫌なら取引は不成立だ」

「〜〜〜〜っ!!」

クリスは恥辱と屈辱で顔を真っ赤にしながらも、懐から金貨の束を取り出して、ドミノの手に握らせる。

それを受け取ったドミノは右腕の袖を巻くって、クリスの前に突き付けた。

「え……どういうこと?」

「サイズだ」

「……え?」

「確か、サイズはこんくらいだった」

クリスの顔が、今度は興奮で深紅に染まっていく。

「大きさだけじゃない。親父の奴、俺にとんでもないものを見せやがった」

「えっ、何それ、どういうこと!? 教えて!」

「50ゴールド」

クリスはすぐさま懐から50ゴールドを取り出し、ドミノの手に握らせた。

「動いたんだよ。アレが」

「動いたって……まさか……!」

「そのまさかだ。腰は振らずに、上下左右。調子の良い日は回転も出来るそうだ」

「……っ……っ……!」

クリスは自分の中で「それ」が鰻の様に動き回る光景を想像してしまう。それでも、興奮して鼻血を漏らしそうになってしまうことだけは寸前で耐え切った。

「そ、そう……教えてくれてありがとう……」

ドミノはおぼつかない足取りで女性部屋へと戻るクリスの背中を見送ると、ドアを開いて再びチェス盤の前に腰を下ろす。彼の前には、困ったような、楽しんでいるような、微妙な表情のアラークが座っていた。

「誰のペニスが上下左右に動くって?」

「あっ、やっぱ聞こえてた?」

ドミノは懐をジャラジャラ言わせながら、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「後でちゃんとお金は返すんだぞ。さぁ、もう一戦だ」

そんなこんなで、ハースハートの夜は更けていくのだった。


ーー第20話に続く。
16/10/23 22:36更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
更新が大幅に遅れて申し訳ありませぬ……! これでも色々削ってどうにか週末に完成までこぎ着けたのです。入浴シーンとか、それと入浴シーンとか。

アラークは自分の中では某イタリア人アサシンや、某ウィッチャーみたいなイメージで書いていたつもりなんですが、なんか高田○次が混じっちゃってるような気がしてきました……。

えっ? 何で図鑑世界に民明書房があるかって? 何処の世界にあってもおかしくないでしょう、あの出版社なら(暴論)








以下、話のテンポを良くするために本編から削った未公開シーン

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「一応言っとくけど、クリスは私と同じで生娘だよ、ドミノ」

「やっぱり? 性格キツいもんな。……それより、引き摺るのめっちゃ痛いから勘弁して欲しいんすけど」

「私の親友を腐れ×××呼ばわりした罰だ」

「(……やべぇ、かなり怒ってる。ここは黙って引き摺られてよう)」

ズルズルズル……


「……ちょっと待ったボス。今、『私と同じ』って言った?」

「……そうだよ。悪いか?(くそっ、口が滑った。耳ざとい奴め……」

「いや、悪くはないけどさ……ちょっと意外だな、って思ったんだ」

「膜は無いけどな」

「へっ? どういうこと?」

「あぁ、いや、その……前に、人間の体でやったら確実に怪我するレベルの、独創的なオ○ニーをしちゃって……それで……」

「……オーマイガー」

「パルムには言うなよ! あいつの前では『経験豊富な大人のお姉さん』でいたいんだ……!」

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