連載小説
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第20話「麗しのハースハートB」
「ボスなら今出かけてるぜ、パル」

一夜明け、宿屋の窓から朝の日差しが室内に差し込んでいる。部屋の中をそわそわと歩き回るパルムに対して、柔らかいチーズの塊をかぶりつきながら、ドミノが話しかける。

「お前は寝てたから知らないだろうけど、昨夜城からの使いだって名乗るデュラハンが二人、この宿屋に来たんだ。何でも城の方でボスに会いたいって言うお偉いさんがいるから、明日の朝に城まで来いとさ」

「それで今朝になってその二人がまた来たかと思うと、そのままコレールを窮屈そうな礼装に押し込んで、愚痴を言う彼女を馬車に連れ込んで行ってしまった……気の毒に」

ベッドの端に腰かけていたアラークは愛情を込めて最後にそう付け加えると、さくっと音をたててリンゴにかじりつく。

「そう不安そうな目をするな……午前中には戻ってくるそうだ」

アラークはそう言うとパルムに向かって柔らかな笑顔を向けた。

ーーーーーーーー

城に向かうコレールを見送ったクリスは、多少無理を言ってでも同行するべきだったかもしれないなどと考えながら、歯を磨くために水飲み場の近くまで足を運んだ。

「あら……やだ、誰か歯ブラシを置き忘れてるわ」

そこに置き忘れられていたのは、木製の柄に青色の塗料で印をつけた歯ブラシだった。

「(えっ、ちょっと待った。これ確か昨日アラークが使ってたやつじゃない!)」

クリスは手に取った歯ブラシを暫くの間無言で見つめていたが、突然腕を伸ばして顔から引き離すと、脳内に浮かんだ邪な考えを取り除こうとするかのように、頭を左右に激しく振り乱した。

「(駄目よクリス! それは流石に駄目! 端から見たら気持ち悪いにも程があるわ!)」

クリスは不機嫌な時の猫のような唸り声を上げて葛藤する。彼女の頭の中では、煩悩と理性が互いに火花を散らして争っていた。





「(で、でも……ちょっとだけなら……)」





……。





パクっ、シャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコシャコ……


「おい猫、それ俺の歯ブラシだぞ」


ピタッ



自身の真横から届いた聞き覚えのある声に、クリスの腕の動きが停止する。それと同時に、彼女の顔色がみるみると青ざめていく。

「アラークの歯ブラシとは紛らわしいことになってんだよな。俺のは柄の先端が割れてるんだよ」

「……っ……!?……」

クリスは首の部分が酷く錆び付いたからくり人形の様な動きで、ゆっくりと声の主のいる方向に顔を向けた。






ーー10分後。

「なぁ……パル。女って理不尽な生き物だと思わないか?」

「?」

左頬に肉球型の腫れを作ったドミノが、パルムに対してそうぼやくのだった。


ーーーーーー

一方、領主の住む城を訪れたコレールは、前を歩く二人の騎士に向かって、ぶつぶつと不平を投げ掛けていた。

「なぁ、この服どうにかならないかな? 胸元がきついし、歩きにくいんだよ」

「……」

「それにあんたら、二人ともデュラハンって嘘だろ? 何でそんな魔物娘にはすぐばれるような嘘をつくんだ?」

「……」

「……分かったよ。もう何も言わないさ」

二人の騎士は上階の廊下を進んだ奥にある部屋の前で歩みを止めると、片方が扉をノックして、「例の女を連れてきました」と小窓越しに話しかけた。

「構わん、入ってこい」

部屋の中から帰ってきた言葉を確かめると、騎士はコレールに向かって「入れ」と言ったきり、扉の両端の壁の前に立って、その場を守るガーゴイルの如く沈黙した。



扉を開けたコレールの目に入ってきたのは、木製の書斎机の前に腰かける初老の男だった。地味な配色ではあるが上質な服を纏い、こちらを射抜く様な視線で見つめてくる姿は、年老いて尚戦い方を忘れていない獅子を思わせる。

「コレール=イーラだな?」

低く唸る様な男の声に黙って頷くコレール。

「私はムストフィル3世。ハースハートの国民には内密で、この国の視察を行っている」

コレールはウィルザードに上陸する前に、クリスから国の内政についての教示を受けた際に聞いた名前を思い出して、息を呑んだ。

「ムストフィル……つまりあんたはウィルザードの皇帝か」

「正確には『元』皇帝だ。上皇と呼んでもらっても構わない。皇位は既に息子に譲っている」

その言葉を聞いたコレールは、更にウィルザードの皇室における伝統についての話を思い出した。

ーーウィルザードの皇帝は退位して上皇になると、容易に帝都から離れることが出来なくなる若い皇帝に代わって主要な領国を視察して巡り、そこで得た各国の情勢に関する資料を元にして、新たな皇帝に政治決定の方針を提案するのであるーー。

「この国……ハースハートは、ウィルザードでは数少ない魔物娘が領主として治めている国家だ。一度、この目で直に見て回りたかった」

そこまで言うとムストフィルは鋭い視線をコレールの顔に向けて来た。

「さて……そろそろ本題に入ろう。最近ウィルザードの各地で、強大なマジックアイテムが見つかったとの話題が、同時多発的に報告されている」

上皇は書斎机から立ち上がると、コレールの立っている場所に向かってゆっくりとした足取りで歩み寄って来る。

「そしてほぼ同時期に女王一人の首を飛ばすほどの能力を持った魔王軍の精鋭がこのハースハートに現れた。彼女は中央大陸から海を越えてウィルザードに足を踏み入れ、何人かの地元民まで従えている」

ムストフィルがコレールの顔に自身のそれを近づける。お互いの鼻が触れ合いかねない距離だ。

「どこまで知っている? コレール=イーラ。魔王に『魂の宝玉』を献上して、未来の支配者の右腕になろうという魂胆か?」

コレールは上皇の顔を、視線を一切ずらすことなく、真正面から見据えたまま暫く沈黙する。

「……何のことを話しているのかさっぱりです、上皇殿。私が魔王軍の構成員であることは事実ですが、ウィルザードに来た目的は、この国に住む同胞達が、どの様な扱いを受けているのかを調べるためです」

やがて彼女の口から返ってきた言葉には、一切の感情の起伏が伴っていなかった。

上皇はそのまま険しい表情でコレールのことを睨み付けてから、書斎机の方まで戻って腰を下ろした。

「去るがいい、亜人の娘よ。ただ、この私がわざわざ他人に警告をすることなど、滅多にないということは覚えておいた方が身のためだぞ」


ーーーーーーーー

いつもなら太陽が本調子を出してくる時間帯だが、生憎今日のハースハートは曇りがちということもあり、スラム街はいつも以上に陰鬱な空気に包まれている。

腐った生ゴミを炙っている様な臭いに包まれた道の真ん中を、コレール一行は早足で進んでいた。

「(皇族まで首を突っ込んでくるとはな。あれは本人が話してた通り警告……いや、脅迫だ。……胸騒ぎがする。なるべく早くカナリを見つけて、上皇が何を求めているのかを突き止める必要がある)」

「ねぇ、コレール。結局貴女を召喚した人ってーー」


「その話は後だ、クリス。今はカナリを見つけることに集中しよう」

こちらを振り向きもせずに素っ気ない返事を返すコレールに、クリスは溜め息をついて、尻尾をダランと下げてしまう。

「(何だか……今日のコレールさん、ずいぶん気が立っているみたいです)」

「(時々あんな態度をとる日があるのよ。特に、何かを一人で抱え込んでいる時なんかはね)」

エミリアとクリスのこそこそした会話も、先を急ぐコレールの耳には届いていないようだった。


「や、止めてください……私、誘ってなんか……」

「そんな格好して誘ってないとか、うっそやろあんた……」

道の真ん中でいかにも柄の悪そうなチンピラが、いかにも気の弱そうなつぼまじんの女の子に、いかにもな絡み方で彼女を困らせている。彼にとっては、たまたまその場をコレール一行が通りすぎようとしていたのが運の尽きだったのだろう。

「邪魔だ!」

「ブギっ!?」

コレールのすれ違い様の右フックが、チンピラの鼻をいとも簡単にへし折る。

「死ねやタコ」

「うぎゃぁぁぁ!」

彼女の後ろについていたドミノが、思わずうずくまろうとしたチンピラの股間に強烈な蹴りを喰らわせる。

「失せろ」

「……っ! かっ……!」

ドミノの後ろについていたアラークが鳩尾に肘鉄を打ち込んだことで、チンピラは声すら出せなくなった状態で地面に転がり、そのまま気を失った。

「あっ、あの……ありがとうございます……! 何かお礼を……!」

速度を一切変えずにその場を去ろうとするコレール達に、つぼまじんの女の子は何とかお礼の言葉を言おうとして、追いすがってきた。

「お礼は良い。それより、スラム街の探偵が居る場所を知ってたら、教えてくれ」

「あっ、知ってます! この道を真っ直ぐ行って、分かれ道を左に曲がった先に看板があるので、そこの路地の奥に探偵さんの事務所があります。ただ、私も迷子の猫ちゃんを探してもらおうとして訪ねたんですけど、どうも留守みたいで……」

「大丈夫だ。ありがとう」

早口で捲し立てるつぼまじんの女の子にそれだけ言うと、コレールは彼女の方を見もせずに、歩き去ろうとする。

「気を付けてくださいね! 探偵さん、ギャングに命を狙われてるっていう噂もありますから!」

去っていくリザードマンの恩人の背中に向けて、つぼまじんは精一杯の声を張り上げて注意を促すのだった。


ーーーーーーー

つぼまじんの女の子の示した場所には、「ヴィニー探偵事務所」と記された、一枚の吊るし看板が架けられていた。看板の文字と、路地裏の方向を指し示す矢印は、恐らく魔法で作られたものであろう緑色にキラキラと光る粉で彩られている。

「よし、私たちが幸運であることを祈ろう」

コレール達は路地の奥まで進むと、スラム街の他の建物よりほんの少しマシとも言える造りをした家屋の玄関の扉をノックする。

「ごめんなさい、探偵事務所は今閉鎖中なんだ」

扉の向こうから返ってきたのは、聞き覚えのある声だった。

「カナリ! コレールだよ。お前の力を貸してほしい」

扉越しに、物がバタンと倒れる音と、何かが割れる音、続いてドタドタと人がこちらに向かってくる音が聞こえてくる。

扉を開けて出てきたのは、間違いなくサンリスタルで会った、男装をしたアヌビスの少女だったが、以前会った時とは大分印象が違っていた。サンリスタルでは隠していた尻尾と耳が露になっているというのもあるが、それ以上に目につくのが、彼女の充血した目と、その下にある大きな隈だった。

「コレールさん!」

カナリはいきなり抱きつく様な勢いでコレールの両手を握りしめると、戸惑う彼女の顔を見上げる格好で捲し立ててきた。

「力を貸してあげたいのは山々なんだ! でもお願い。先に解決して欲しい問題があるんだよ」

必死の形相で懇願するカナリの目尻からは、今にも涙が零れ落ちそうになっていた。



ーー第20話に続く。
16/12/25 21:33更新 / SHARP
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■作者メッセージ
何故かどんどん変態化していってるような気がするクリスさん。ドミノの下着漁りはどちらかというと修学旅行の男子校生のノリといったものに近いので、純粋な変態度ならクリスさんのほうが上かも……。





「次回予告」

貧困と暴力、そして陰謀が渦巻くスラム街。そこでコレール達は一人の探偵と巡り会うことになる。やがて彼女達は、彼から「砂の王冠」にまつわる伝説を知るのであった。

次回、「アンラッキー・ヴィニー」

いつだってそうだ。厄介事に首を突っ込んでるんじゃない。厄介事の方から首を突っ込んで来るんだ。

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